被爆者が辿った道

2006・11・9

  平和ガイド仲間が「九日の会」の例会で、あの日、被爆し傷ついた方々が、助けを求め辿った道を歩きました。
原爆資料館を出発、長崎大学医学部を通って坂本町の経の峰墓地を登り穴弘法へ、墓地では8月9日没とある墓誌が目に付きました。一家で6人が同じ日に亡くなっったことを示しているものもありました。
  穴弘法には500以上の石仏があるとか、巨岩の穴に本尊が祀られているが、被爆した沢山の地蔵尊があり、稲荷社の倒壊した鳥居の柱もありました。穴弘法には清水が湧き、また、浦上から山越えして、市街地にぬける道の途中にあたっていました。被爆者が列をなして登ってきて、重軽傷者の一時的避難所になったが、この地で息を引き取った方も多かったという。
  穴弘法からはどんぐりやしいの実が落ちている急坂の山道を砲台跡に向います。かつての高射砲陣地です。ここでも陣地の兵士と登ってきた市民が亡くなっています。この地の慰霊碑は、その様子を「その惨状阿修羅地獄といわんか」と刻んでいる。   砲台跡で昼食をすませ金比羅神社本殿にむかい、金星観測点記念碑をみて西山を下り、かつての長崎高女までを歩きました。 この道は、当時、長崎高女の生徒で大橋の三菱兵器に動員され被爆した林京子さん(作家)が辿った道です。


原爆に破壊され修理されていない墓・坂本町 錫杖を持つ手の穴が熱で塞がれてしまっている

胴から下を失った石仏 足をコンクリートで修復された地蔵

頭部を割られたり、落とされた首地蔵たち 稲荷社の倒壊した鳥居の柱、

原爆殉難者供養の平和観音 穴弘法の巨岩(陰陽石)

砲台の退避壕跡にせいたかあわだちそう 1874年金星観測記念碑

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