あーあ・・・、 つまらない。
竜くんは卒業式が済み受験が全て終わると、旅行の準備を始め、いそいそと旅立った。
今日、つまり世にいうホワイトデーは
遠い空の下。
由希先輩を含めたクラスメイト4人で、ヨーロッパを巡っている。
格安の航空券、格安のホテル…と、貧乏旅行をするそうだ。
学校がある私は、当然、お留守番。
竜くんと旅行……。 いいなぁ。行ってみたいなあ。
こんなときは一歳の年の差を悔しく思う。
授業中 窓から空を眺めながら、大きく溜息をついた。
「真琴さま、着きましたよ」
運転手の南さんが言ったので、帰りの車の中で寝転んだ身体を起こした。
いつもは竜くんがいた場所。
竜くんは伊集院の屋敷に引っ越してきて、始めの頃はバイクや電車などを使って学校に通っていたけれど、
足の骨折を機に、単語帳や参考書を開きながら一緒に乗るようになった。
教科書を凝視する姿は他を寄せ付けない集中力で、一旦こうすると決めた竜くんは戦っているときと同様の迫力があった。だから、車の中で仲良くお喋りというわけにはいかなったのだけれど。
竜くんが得意なのは理数系で、だから通学中は苦手な英語や古典の単語帳を開いていた。
古典や現代文は、登場人物の心情なんて知るか、知りたくもねぇ、
ウジウジしやがって!と、文学に向かない態度を見せて、
竜くんは、勝ち負け(?)のはっきりする数学や物理がお気に入りだった。
竜くんの居ない屋敷に、違和感を感じる。
一緒に暮らした年月の方が、ずっとずっと少ないというのに。
ホワイトデーのお返しは、もともと期待していなかったけれど、
その人の存在さえ近くにないのは流石に落ち込んだ。
あと少しの辛抱、と自分に言い聞かせる。
竜くんが居なくなってから家に帰る気もしなくて、
ここのところ学校で時間を過ごす日が続いている。
教室から出るときは まだ出ていた太陽も、すでに落ちていた。
慌てて出発した雑然としたままの竜くんの部屋を覗く。
窓から見える月を、今は見ていないだろう。
14日の今日は…スペイン。 時差は八時間、現地では昼だ。
むこうは晴れているだろうか。
竜くんの気配の残る部屋は何やら落ち着けて、持ち主のいないベッドに寝転んで私はぼんやりと空を眺めた。
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「っだ〜、時差ぼけ、ねみぃ〜」
竜くんは帰ってくるなり、そう言って伸びをした。
「ヨーロッパ、どうでしたか?」
「すごかった」
竜くんが興奮したように言う。
久しぶりの その笑顔に、自分の心が弾むのが判る。
「興奮冷めやらず…、ですね」
「まあ、そうだなー。向こうは やっぱ異文化だよな、街並みだけで違う」
教会はデカイし、遺跡はすげぇし
、と感慨深そうに言う。
「川原なんてもっと興奮してたぞ。イタリアとスペインでサッカー観れてさ」
川原先輩は、サッカーを大学でも続ける予定らしい。
「問題は食事と風呂だよな。やっぱ米は食べたくなるしさ、シャワーばっかで。よし、久しぶりに風呂だ」
竜くんは浮かれた様子で廊下を歩いていった。
その後ろ姿を見て、溜息をつく。
自分の指を見下ろすと、小さく震えていた。
久しぶりで緊張する自分が、一年前と何も変わっていないようで、苦笑が漏れる。
「真琴さま、葉書が届いてますよ」
「え?」
玄関で突っ立っている私に、梅さんが声を掛けてきた。
受け取ったのは、古い都市を写した絵葉書。
青い空、丘の上の街と、囲むように流れる河。
『 いま、ここに いる 』
「……竜くん!」
「どゎっ! 勝手に風呂 入ってくんな!!!」
ギャーッと竜くんは悲鳴を上げたが、そんなことを気にしている場合じゃない。
「これ!」
「…あ? 葉書? 今 届いたのか」
腰にタオルを巻いて竜くんが言う。
「日本まで一週間 掛かるって言ってたもんな」
ふーん、と私の手元を覗き込んだ。
「トレドの街の写真、これ」
綺麗な都市だった、と笑う。
「いいだろ? ここ」
「なんで…」
「え?」
「なぜコレを送ろうと?」
「んー? や、向こうで なんとなく思い出したから」
大した事ではないかのように、きょとん、とした顔をして、竜くんは私を見た。
わかっていないの?
旅先で、別の空間で、思い出してもらえるという意味を。
同じ風景を伝えるために、送った、という、気持ちを。
「……ありがとう、竜くん」
「おう」
Tシャツを被って、顔を出した竜くんはニカッと笑った。
「竜! おっかえり〜! 土産は?」
兄さまは帰るなり、竜くんに両手を広げて言った。
「お前、一言目にそれかよ」
「まぁまぁ」
兄さまは竜くんの背中を叩いて、頼んだワインは?と せっついた。
「ワイン?」
「固いこと言うなよ、真琴」
「もう」
私は呆れた声を出したが、相変わらずの竜くんと兄さまの馬鹿話を、
なんだかホッとしたような気持ちで眺めた。
違和感のあった屋敷が、いつもの空気を取り戻す。
やっぱり、竜くんが居ないと。
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葉書の消印は 3/14、私は思い掛けない お返しを貰ったことになる。
私が夜空を眺めているとき、竜くんは この街で晴れた空を見ていた。
私達ふたり、同じ時にお互いのことを想っていたんだね。
マドリッドのプラド美術館で
興味なさそうにしていた竜也が
一枚の絵の前で立ち止まってね
『 伊集院みてえ 』 って
Santa Catalina
竜也に とっての
真琴ちゃんのイメージなのかな?
剣 を も つ 聖 女
「……なに?」
大学の入学式に着ていくスーツを選んでいた竜くんが振り返る。
「なんでもありません」
そう言ったものの、こぼれてきてしまう笑みは隠しようもなくて、竜くんは不審そうに私を見た。
「・・・学校が離れてしまうから・・・、少し不安だったんですけれど」
私がいうと、竜くんは驚いた顔をする。
竜くんはいつも、私が自信のないことを言うと不思議そうにする。
まるで常に私が何も考えないで突っ走っているかのように思っている。
でも、私が走れるのは、竜くんがいてくれたからなんだよ?
初めて会ったときから竜くんは、私が私のままでいいって言ってくれた。
やりたいならやればいいじゃん、って笑ってくれた。
竜くん、わかってる?
私が、私でいられるようになったのは、竜くんに出会ったからなんだよ。
「・・・不安だった、けど?」
竜くんが問い掛ける。
真っ直ぐなその瞳を見返すと、力をもらっていると改めて実感する。
「大丈夫かもしれない、・・・って」
離れているときでも、竜くんが私のことを考えてくれる時間があるなら。
お互いに、お互いを想う時間があるなら。
それは、ふたつの心がそれぞれに近づこうとしているってことだよね。
「大丈夫に決まってんだろ」
竜くんは呆れたように言う。
うん、そうだね。
もう、片思いしていたときとは違う。
その呆れ顔に、
ちゅっと口づけた。
「大好き、竜くん」
今年のホワイトデーのお返しはこれで許してあげる。
無意識の気持ちをもらったからね。
「やーヨーロッパも良かったけど、やっぱり日本の風呂は最高だな!」
お風呂を上がった竜くんが髪を拭きつつ言う。
湯上りの竜くん・・・ほっぺが赤くてなんだか可愛い。
「受験が終わってやっと行けるなー温泉♪」
「楽しみですね!温泉旅行!!」
「・・・ホントに一緒に行く気か?」
「もちろんです!!!」
「今からでもシズカと替わったら」
「絶対イヤ!です!!」
「・・・あ、そう・・・」
「竜くんの浴衣姿、楽しみ〜♪」
「それ、普通は俺のセリフ・・」
「言ってください」
「イヤだ」
昼も夜も。
降っても晴れても。
あなたのことを想う。
Happy White Day !
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