「 はい。エロエロマシンガン 」
にっこり笑って、彼は自分の作ったカクテルを差し出した。
エロエロ マシンガン
「またそういうネーミングを…」
私は呆れながらそれを受け取った。
彼は、大学時代の友人で、バーテンダーをしている。
会社帰りに行くと特製のカクテルを作ってくれて、私で新作を試す。
彼がまだバイトで下っ端をしていた大学のときから、私は彼の考案したものを飲んでいた。
その頃の彼の部屋は6 畳の狭い部屋だったが、片隅が小さなバーのようになっていた。
お酒の強い私は彼のいい実験台だった。
他にもたくさん批評をしてくれる人ができても、一番に彼の新作を試すのは必ず私だ。
私の好みは、すっごくドライか、限りなく甘いもの。
極端すぎるとよく言われる。
ワインも友人が蜂蜜みたいと称するドイツの甘いものが好きだ。
「ど?」
「……美味しい」
さすが、私の好みを知り尽くしていることだけある。
これはきっと好きだと思うよ、と言われて飲むものは大体が私の満足のいくものになっている。
もちろん私の好みとは全然関係なく、単純に批評を求められるものもあるのだけれど、その後には必ず私のお気に入りのものを作ってくれる。
それが、私は少し悔しい。
お酒の好みだけでなく、いろんな物の好みまで知られてしまっているかのように感じてしまうからだ。
……まあ、実際、知られてしまっているんだけど。
食べ物はもちろんのこと、服の好み、本の好み、男の好みまで。
「男、できたって?」
彼がそう訊く。
「うん」
私は緑色をした『エロエロマシンガン』を飲みながら答えた。
これはドライではなく、甘い。
初めて作ってもらったときから、彼のカクテルの名前は変だった。
私は意外とこの彼のおかしなセンスが好きだったりする。
お店に出されるときは、きちんとマトモな名前に変えられてしまっていて、残念だけど、仕方ないのかもしれない。
誰がお店に『エロエロマシンガン』という名前のカクテルを置くだろう。
私が密かに楽しみにしているのは、彼が自分のお店を持ったとき。
そこのメニューが見てみたい。
『FAT LADY』とか、『ぶう 太郎』とか。
彼の付けた名前が復活したら、面白いだろうなぁ~と思うのだけれど。
‘連れて来い’と言われたので、新しく出来た彼氏を連れて行った。
のっそりと体格のいい、眼鏡をかけた彼は、会社のコピー機を直しにきた電器屋の二代目。
直しているのを見ていた私と彼は、話が弾んで、気がついたら電話番号を聞いていた。
多分、自分から積極的になるのはこれが初めてじゃないかと思う。
シャツを折り上げて、太い指が、器用に機械をいじった。 その、一見無骨そうに見える長い指が、すごく色っぽく見えて、自分でもびっくりした。
別に彼は何をしたというわけではなく、ただコピー機を直していただけなのに。
機械に触れる指に、ぞくりとした。
その色気は、私の思考を止めてしまって、私は、一度しか会ったことのない人を食事に誘うという、普段なら絶対にしないことをした。
彼はよく食べてよく笑って、でも、コレと言って特別なところはないように見える、普通の男だった。
とても優しい顔で笑う。
女友達は、私が趣味がうるさいのを知っているので、なんで、と不思議がった。
私だって何故かなんてわからない。
ただ、彼は特別だった。 理由なんて無い。
「よろしく」
バーテンダーの彼が言う。
彼は背は高い方だが、すらりとしていて、体格のいい彼氏と並ぶと対称的に見える。
(いい男二人、って感じだなあ)
そう、しみじみ思ってしまった。
「何にする?」
「うーん、なにかオリジナルがよくない?」
「あ、うん、そうだな。 おすすめのモノがいいな」
にこにこと彼が言う。
「ん~…じゃあ、『エロ』いっとく?」
「えろ?」
「最新作だよ。この間飲ませてもらった。 『エロエロマシンガン』」
「何その名前 ?!!!」
ブハハハハ!!と彼が爆笑する。
「おもしれ~」
「でしょ、でしょ?」
やっぱり、彼なら このセンスを判ってくれると思った。
「じゃあ、それ」
嬉そうに言った。
「あ、でも止めた方がいいかも」
ふと、彼が牛乳が駄目なことを思い出して言った。
「ちょっとだけど、あれ、ミルク入ってるよね?」
「ん」
「そっか、じゃあ、ちょっと無理かなあ」
「牛乳ダメ?」
「飲めないわけじゃないんだけど。 あんまり飲みたいとも思わないっていうか」
「へぇ…」
「それ、なに?」
彼が私に作っているのを指して訊いた。
「『ニヒあひる』」
「う…わ、懐かしーー!」
「え、なに?」
「こいつの大学時代の彼氏」
「変な言い方しないでよ!!」
バン、と腕を叩く。
「コイツね、ニヒルが好きだ~とか、クールで無口がいい!とか言ってさ」
「ああ、で、『ニヒル』」
「私に彼氏が出来るたびに、こうやって遊ぶのよ」
「……ふうん…」
カクテルのメニューを見ながら、相槌をうつ。
その様子を見て、他の客のカクテルを作り終えた彼は、
「…あのさ、俺、いま新作思いついたんだけど、あんた、飲んでみる?」
と訊いた。
「え?」
「ええ !!!? 」
私は思わず大きな声を出してしまった。
だって、それは私の役目なのに。
言われた彼は、少し目を細めて相手の顔を見ている。
「 うん、飲ませてくれるかな?」
「牛乳、使うよ?」
「いいよ」
……訳がわからない。
二人は私を無視して、まるで睨み合っているかのように互いの目を見ている。
「はい、どうぞ」
「なに? それ?」
自分がなんとなく疎外されているように思えて、私はムスッとしながら訊いた。
「ベースは苺、と、ミルク」
私の好きなパターンだ。
(…私に飲ませてくれたらいいのに…)
半透明のうすい赤。
「甘…」
少し飲んで、彼がそう呟く。
「飲ませて!」
「…一口だけね」
「うわ…美味しい…」
本当に美味しかった。
私の好きな味。
しかし一口飲むと、彼に取り返されてしまった。 チビチビと飲んでいる。
「はい、お前にはコレ」
「ありゃ、これはまた懐かしいものを…」
新しく差し出されたものも、大学時代に作ってもらったものだった。さっきの『あひる』もそうだが、遊びで作ったこんなものを、よく忘れずに憶えているなぁ、と驚いた。
「ね、さっきの新作、なんて名前?」
帰り際、私は訊いた。
「『苺ぱんつ』」
「またぁ…なにそれ?」
プッと笑って私は言った。
それを聞いた隣りに立つ彼は、ちょっと口を歪めて笑って、
「今度来るときは、『エロエロマシンガン』 頼むな」
と言った。
「そうか?」
「だって、俺の、だろ?」
「ま、ね」
他の客のカクテルを作りながら、鼻で笑った。
「また来いよ」
私に向き直って言う。
「新しいの作ってやるからさ」
「うん」
「…新作は出来ないよ」
コートを着た彼が、長い指で眼鏡を上げて言った。
「え?」
「なんでもない。…な?」
「そ、こっちの話。 …悪いけど、きっと俺はまた新作を作ることになるよ」
「それはどうだか」
「?」
「気をつけて帰れよ。今度みんなで飲もうな」
「?? うん」
『すっごくドライな奴か、限りなく甘い奴が好き 』
― end or start ? ―