ふうっと息を吐いて、俺はベッドに寝転がった。
着替えなければスーツがシワになると判ってはいたが、そんな気にはなれなかった。
6,7,8 …と数える。ほぼ、10年。
10年近く、俺はあの女に恋してたわけだ。
ストロベリーぴんく
今日は、あいつの結婚式だった。
大学時代からツルんで、俺が想ってるなんて全く気づきもしない、鈍い女。
結婚相手はたった半年前に出会った男で、堅実、安全パイだと女友達からは言われたらしい。
昔から男の好みがうるさく、しかし恋人を切らしたことのないあいつには、確かに珍しいタイプだ。
優しげで人当たりがよく、クセのない男。
彼女たちの頭の中では彼にイイ男という形容詞はつかないようだった。
絶対に自分からは誘いを掛けないあいつが、出会ってその日のうちに食事を誘ったという男に、俺は興味を持って、自分の働いているバーへ連れて来いと言った。
あいつに恋人がいるのはいつものことだったが、なんだか胸がざわざわと騒いだ。
俺の勘はいつも当たる。
「よろしく」
と、そう言ってニカッと笑った彼は、間違いなく『イイ男』だった。
流石あいつの選んだ男だな、と思ってしまった俺は、結局またあいつに負けたんだ。
俺は、出会ったときから負け続けている。
学科が一緒で、コンパで隣りに座った。
酔ったことが無いという俺に、彼女は生意気〜と言って、
「一度は限界知っとけ?」
と、その場で思いつくかぎりの『面白そうな酒』を注文した。
「これ、気になってたのよね〜」
と次々と味見をしていく。
俺は見事に潰されてしまった。
二人で他愛もない話をしながら杯を空けていった。
俺は初めて吐いて、彼女は初めて二日酔いになったと言った。
いつ、好きになったんだろう?
自覚したときは憶えてる。
何か忘れたが、あいつが俺に助けを求めてきた。
そのとき俺には恋人がいて、でも、あいつの方が大切だと思ってしまった。
しかし、だからといって何が変わったわけでもない。
あいつが俺に恋愛感情を持つことはないと知っていたし、あいつは俺に、
「友情を壊すようなマネしたら許さないわよ !!」
と事あるごとに言っていた。
それは、俺の気持ちを知っていて言ったのではなかったが、俺を牽制するには充分だった。
俺は、何を考えているのか判らないと言われている ( あいつはこのことを女友達から聞いて、「クール?わはは !! 」と爆笑したらしいが )。
所詮、そんな男なんて頭で計算して不利な感情を出さないようにしているだけだ。
何事もすいすい上手くやってるように見えて、本当は、臆病で自分の気持ちを知られるのを恐れている。
失敗しないのはそれだけの根拠をもって行動するからだ。
でも、あいつはそういう男を選ばない。
潔く、正直で、自分が不利だと知っていても真っ直ぐな男。
あいつが連れてきた男は、エロエロマシンガンの意味まであっさりと見抜いて、ソレを今日の祝い酒として指定してきたんだから、いい神経をしている。
本来なら結婚式の招待客のなのに、しっかりカクテルを作らせられてしまった。
人の良さそうなトボケた感じなのに、侮れない。
果たしてあいつに手におえる男かどうか。
まあ、こんなことを考えてる時点で俺の負けなんだろう。
「馬鹿じゃん」
そう言うのは、このあいだ拾ってきたガキだ。
育ててくれた祖父が死んで一人の家に帰りたくなくて夜の街をブラブラしていたらしい。
「うるせえな」
拭いていたグラスで頭を小突いた。
「暴力ハンターイ」
そう言って、俺の出したものを飲んでいる。
「ここでバイトさせてくれないかな〜」
「酒飲めるようになってから言え」
「飲めるけど」
「20歳過ぎてからって言ってんだよ」
「よく言うよ。自分だって絶対にそんなの守ってなかったろ」
「俺は品行方正な男だ」
「嘘つきだな」
俺はもう一発頭に入れて、出来たカクテルを持っていく。
「弱いんだから、その位にしときなって」
「ほっといて〜今日は結構飲めそうなんだから〜〜」
「って既に酔ってるじゃないのよ…」
仕事帰りの女友達という感じの二人だ。
酔いつぶれそうな方が目を上げて、俺を見る。
「あ!見つけた〜〜!」
俺を指差してそう言った。
「ねえ、ここだって聞いたから来たのよ?『エロエロマシンガン』出してよ」
「え?」
「メニューになくて困ってたのよ〜〜」
きゃはは、と笑う。完璧に酔っ払いだ。
俺は彼女がなんでその名前を知っているのだろう、と思った。考えられる理由としたら、あいつの結婚式くらいだ。
俺がせっかく名前を変えて出してやったのに、あいつが本当の名前は、と公表してしまったのだ。
「そうそう、あの馬鹿男の結婚式で〜飲んだの〜」
どうやら、花婿の方の知り合いだったらしい。
「わたしより先に結婚するなんて〜それって許せな〜い」
そう言って、うつ伏して寝てしまった。
俺が呆気に取られていると、隣りにいた女性がゴメンナサイと謝った。
「ずっと好きだった幼なじみなのよ」
「はあ…」
曖昧に返事をする。そりゃ俺と逆の立場もあるだろう。
「私も飲んだわよ。高校の同級なの」
私も飲みたいから持ってきて?と注文する。どうやら彼女の方は酒に強いらしい。
お気に召したようで、次も俺のオリジナルを頼んだ。
「…結婚式のとき、花嫁だけに特別に作ってたわね」
ふと、彼女がそう言った。
「それ、作ってくれない?」
彼女は挑むような顔だ。
「あれは…」
「彼女だけにしか作れない?」
ふふ、と笑う。
まるで何もかもを知っているかのような その様子に、俺は少し意地になったのかもしれない。
「はい」
彼女の前に静かにグラスを置いた。
「名前は?」
彼女がそう訊く。
「苺ぱんつ」
俺がいうと、彼女は驚きもせず、
「初恋の味ね」
と言った。鈍いのもどうかと思うが、鋭すぎるのも困りものだ。
たぶん、俺の初恋だったんだろう。それまでしたオママゴトのようなものじゃなく、本当に大切にしたいと、心から思った。
初恋という、その言葉に、寝ていたあの男の幼馴染はむくりと起きた。友人の手からグラスを取る。
「甘い…」
一口飲んで、そう言った。
あいつと俺の間には、甘いことなんて何もなかった。
それでも、出会った頃にいつか出すと期待を込めて考えたソレを、結婚式に贈った。
あの男はそれさえ判っていたんだ。
宣戦布告として出された、赤いカクテルに込められた本当の意味さえ。
それから、俺の生活は何も変わらない。
あのときの鋭い女性は、気に入ったとよく店に訪れるようになっていた。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
「独立するって聞いたわよ」
「相変わらず情報が早い」
俺は降参、というように手を挙げて言った。
「あなたのそのままのネーミングを楽しめるかと思うと嬉しいわぁ」
にこにこと言った。
彼女は俺より少し年上で、俺を子供扱いするようなところがある。
「・・・新作、飲みます?」
「頂くわ」
俺は、つい先日考えたものを作った。
「名前は?」
「ストロベリーぴんく」
「平凡ね」
あっさりと切り捨てる。
優雅、といえるような仕草でグラスを傾けて口元へ持っていく。
「 甘くないのね」
「ええ、甘くありません」
「・・・ふうん?」
そう言って、彼女は俺の挑戦を受けたように微笑んだ。
― end or start ? ―
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