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高校時代の同級で、話も合った。
まあ、私の好みではないけれど、彼を選んだ花嫁は目が高いと思った。





結婚式で、花婿の幼馴染である友人は、笑っていても限界が近いと判った。
彼女は中学のときに一度振られ、諦めたはずだった。
友達付き合いをしていたはずだった。
でも、きっと、その距離は気持ちを風化させるには近すぎたんだろう。
どちらかに恋人がいるのは いつものことで、それにも関わらず、一番近い距離にいた。
でも、彼は、違う女性の隣りに立つと決めた。
他に大切な人を選んでしまった。
いつかはきっと、このときが来るだろうと思っていた私は、彼女をやりきれない気持ちで見た。
そばにいたら、つらいんじゃないの。
私はそう訊いた。 そのたびに彼女は、友達だ、もう恋愛感情はないと言った。
たぶん それは嘘では なかった。
一番大切のは お互いだったから、『友人』でも良かったのだ。彼女は、そのことに気づいていなかった。
いつか彼女が泣くときが来る、と、私はずっと予測していた。

ふっと目を逸らすと、カクテルを作る男が目に入った。
彼が、となりで必死に笑顔を浮かべている友人と同じ顔をしていることに、私はすぐに気がついた。
     ああ、なるほど。
花嫁を見つめる優しい、だけど哀しい眼。
きっと彼も、友人と同じ思いを抱えているんだろう。
お祝いとして彼が作ったカクテルは、周りにも配られ、花嫁がそのエピソードを面白く披露する。
『エロエロマシンガン』
花婿と会ったばかりのときに作ってくれた、という花嫁の言葉に、友情を恋愛には変えられなかった二人を思う。

はじめに言い出したのは、友人だった。
あの『エロエロマシンガン』を飲みに行こう、と誘われた。彼女は彼がどこで働いているか幼馴染に訊いたらしい。
友人は彼が花嫁に恋愛感情を持っていたことには、気づいていないようだった。
バーテンをする彼は確かに格好よく、世慣れた雰囲気を持っていたが、結婚式の様子を見てしまった 私には、自分の感情というものにスレていない、大人になりかけの少年のように思えて仕方がなかった。
彼の作るものは、とても私の口に合って、たまに店に通うようになった。
そして彼は独立し、食事に誘われる。
彼が私に何を見たのかは知らないけれど、期待をさせない方がいいと思った。
早い時間を指定した。

「息子なの。挨拶は?良太」
いつも泥だらけで遊びまわる息子の良太は、身奇麗にされたのが居心地悪いのか、ズボンを引っ張っている。
人見知りはしない、マイペースな子なので、目の前の初めて会う男の人が自分を見て茫然とするのにも無頓着だ。
「はじめましてー」
ニコニコして、はやく ごはんにしよう、と、そんなことしか興味がない。
彼が私の左の薬指を見るので、結婚はしてない、と言った。
その場の食事は良太を交えて他愛もない話で終わり、聞き上手で話し上手な彼を良太は気に入ったようだ。
さすがに、サッカーの話で盛り上がり、お互いに名前で呼び捨て合う仲にまでなったのには驚いたけれど。
「じゃーな!」
ブンブンと手を振った良太は、私を振り返って、また弾丸のように話し始めた。

それで、終らせたつもりだった。

「最近、来てくれませんね」
そう、彼から電話があるまでは。
「…仕事が忙しくて」
嘘ではなかった。
「そうですか」
彼は少し口をつぐんだ。
「…実は、新作が出来たんです」
私の意見が聞きたい、と彼が言った。
彼のカクテルを飲めないのを残念だと考えていた私は、彼が電話を掛けてきてくれたのが嬉しかった。
普通の客として、通っていい、と許可を得たように思った。

「甘くない、って、俺 言いましたよね」
彼は、そう言った。
「え?」
一瞬、この新作のカクテルのことかと思ったが、そのセリフを言われたのは、もっと以前のことだ。
「俺もね、そんなに鈍い方じゃないんですよ」
にっこり笑って言う。
その言葉に私は混乱した。
良太がいることを知らせることで、私は彼の恋愛感情を防いだつもりで、鈍くないという彼は 私が牽制をかけたことが判っただろう。
でも、今の『甘くない』という話は・・・
「あ、意外。自分の感情には鈍いんですね?」
私が?
自分の感情に?
「んじゃ、遠慮なく言いますけど。俺だって、結構 悩んだんですよ?」
自分の感情を伝える彼に、格好悪い、悪くないで 行動を決めるのは止めた、と彼が言っていたのを思い出した。
彼女のときには、自分が悩んでいることさえ言えなかったんだろう。
「日曜、良太とサッカー観に行きますから、一緒にどうですか?」
「・・・え?」
「食事のときに良太が行きたいって言って、じゃあ今度 行こうって話になったじゃないですか」
確かに。
でもアレは社交辞令でしょう?
「この間の電話のときに良太がはじめに出たでしょう。そのとき約束しました」
「母親の許可もなしに?」
「お母さんの許可もらってねって良太に言いました」
「・・・・・・」
許可、した。
友達とサッカーを観に行くという話だった。
家からそう遠くない距離にあるサッカー場で、 良太がいつも通っているサッカークラブもそこにあるから、別に特別なことでもない。
なぜ訊くんだろう?と反対に不思議に思ったくらいだ。
「良太は了解もらったって言ってましたけど、 今日の調子だと俺が相手だとは聞いてないんだろうな、と思って」
「いつ」
「すぐ次の日。『母さんが いいってさ』って電話が」
「電話…」
「携帯ナンバー教えましたから」
いつのまに…と、複雑な気持ちで、彼の顔をまじまじと見てしまった。
そんな私の様子を見て、彼はニヤッと笑った。
「おかしいなぁ、と思って。 俺のこと断るにしても、子供をダシに使うような人じゃないし」
私は、彼が何を言いたいのか、段々わかってきた。
「しかも、わざわざ会わせて。 牽制するんだったら、子供が居るって言葉だけで充分でしょう?」
「・・・わかったから」
自分の行動の意味を他人に教えられるほど、恥かしいことはない。
「俺のこと、好きでしょう」
ずばり、と彼が言った。
嬉しそうな、顔。
その顔がサッカーで点を入れたと言う良太と同じで、男って いくつになっても やっぱり変わらないものなのかしら、と思った。
「好きだから、子供が居るってことで諦められるのがいやで、 でも もしかしたら仲良くなってくれるかも、って」
「ああもう!言わなくていいってば!!」
自分で、自分の行動を判っていなかった。
言われて、気がついた。
頭を抱えてしまった私の耳元に彼は口を近付けて、
「日曜、デートしましょうね」
と言った。



― end or start ? ―







スノウ ドロップ











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