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 ― 紗夜子の場合   愛と情と愛情 33





 偏愛的だとちゃんと自覚している。

 でもだって男の替えはいくらでもいるけれど、幼なじみの親友は一人だけだもの。

 ひとめ見たときからわかった。あの子は私の友人になるんだって。祥子のほうは覚えていないくらいの普通のクラスメイトとしての出会いだったのだけれど。
 だから許せなかった。祥子が吃驚するくらいの正直さで生きてきたことを曲げた男。祥子は世間の善悪じゃなくて自分の信じることを行動にしてきた子だった。それが正しいか正しくないかは別として、自分の真実を誰に見せても、弟たちに見せても恥ずかしいことがないような生き方を選んでいた。
 あの子にとっては、お互いに好き合っているならばそれは正しいことだった。 だけど、人のモノを盗るのは駄目だ。祥子にとって他人の恋人というのは、そういう認識だった。

 「あ、祥子、こっちこっちー」
私が手を振ると、祥子はうんざりした顔を向けて近寄ってくる。
「わがままサヤコ」
そう言ってコツンと私の額に触れる祥子は、誰よりも私のわがままを許していた。

 本来なら私は、信頼や愛情といった当たり前のものから離されて育つはずだった。実際、祥子に出会うまで、私は無条件に信じられる人間など存在せず、世の中というものは、そういうものなのだと理解していた。
 だけれども、私は幼くして祥子に出会うことができた。
 彼女と、彼女の周囲の人々に、私は違う世界があるのだと教えられ、そうして自分も彼らに信頼される人間になりたいと思えた。
 そのお陰で私は私の嫌いな人種にならずに済んだのだ。

 祥子にビールが渡され、新たに乾杯の真似をする。
「お疲れ。どう、新しいところは?」
「んー? そうね、一から作っていくのが楽しいかな」
そう笑う瀬名は、今の仕事に満足しているようだ。

 「・・・つまんなーい」
「え?」
「つまんない、つまんなーい」
私がブーブーと言い始めると、祥子が呆れた顔をする。
「ひとの人生に波乱万丈を求めないでくれる?」
「えー面白いのに」
私がそう言ってにっこり笑えば、祥子はやれやれと溜息をついた。

 ――でも、祥子はわかっている。

 ちゃんとわかっている。
 私が本当は、祥子の平和な毎日を願っていることを。
 私が、祥子に何かあったときにはどんなことがあっても助けるつもりでいることを、知っている。

 私が祥子を信じているように。


 「瀬名、そういえば」
ビールから焼酎に移行していた山本が、今その話題を思い出したかのように祥子を見た。
「お前、遠野のおっさんと歩いてただろ? 先週の土曜日」
「おっさんって」
口の悪い山本に、祥子はいくつも違わないでしょうと苦笑する。
「知り合いなの?」
「前に一緒に仕事したことがある」
山本の口調はあまりに何気のない気楽なものだったが、実際には尋ねるタイミングを計っていたはずだ。山本は祥子の友人ではあるが、ハルタの味方だと私は踏んでいる。

 山本は、真っ直ぐのように見えて、どこか歪んでいる。 道を曲がりくねって、そして直線に出たかのような。
 斜めの道筋を知っているけれど、だが最終的には前を選んだのだろう。

 順は、私とコイツを同人種と認識したようだが、だが根本的なところで違う。


 私は、人を信じない。

 どこかで人を信じてしまう祥子、性善説というのだろうか、根本的なところでは人というものを信じている。そして、山本もきっと人を信じているだろうと感じる。だから直線に戻ってきた。

 私はそうではない。信じられない。性悪説で、でも理性が勝ることのできる人間が好きだ。
 欲望の選びどころを心得ている人間がいると思っているだけだ。

 だが、しかし、祥子のような存在には、やはり同様の人間が集まって、それで彼らの周囲では性善説は成り立っていく。逆に、私の周りには私同様の人間が引き寄せられてくる。だから私は抜け出せないまま。

 幼い頃に偶然手に入れることのできた、細い繋がりに縋って、ただ私はその蜜を味わっているだけ。

 祥子とデートをしていた遠野という男、きっと祥子と同人種だろう。それで祥子はあんなに安心した顔をして話している。


 ねえ、ハルタ、でもあなたは違うでしょう。
 私と同じでしょう?

 祥子を手にしてしまって、もう手放せないでしょう?


 私は本当は反対なのよ、遠野のような男に祥子を許すつもりだったし、祥子はそういう男を最終的には見つけてくるだろうと思っていたのよ。


 だけど、祥子は私に手を差し伸べたように、あなたの手を握ってしまった。
 私がその繋がりを命綱にしているから、だから、あなたに手を放せとは言えない。

 あなたにとって、どれだけその繋がりが大切なものか解るから。


 ただ、祥子が放してという信号を出したなら、私はどんな手を使ってでも全力で引き離すわ。
 私は祥子にはなれない、でも、だから、私はどんな手も使える。

 私の本質は、自分が軽蔑する行為をしようと自分が最低だと自分で感じようとも、手に入れたいもののためには汚い手を使える人間だ。
 祥子は、私にそんな真似をさせることを望んではいないけれど、だけど、私がこういう人間であって、祥子の友人であることの意味は、祥子のために戦う力を持っているからだ、と理解している。
 自分のためには使わないことで自分をなんとか違う人間にしようと足掻いているけれど、リミットを外すのは簡単なことなのだ。


 ハルタ。
 祥子の情を利用して、祥子を手に入れるつもりなら、私はゆるさないわ。

 祥子が確かな愛情とともに、あなたを選ぶのではなければ。







あいとじょうとあいじょう
2010/04/17




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