ホムンクルスの図を見て2010.9.1掲載)
 

大脳の表面に広がるシワシワは大脳皮質と呼ばれる。この大脳皮質は知覚、随意運動、思考、推理、記憶など脳のもっとも高次な機能をつかさどる大切な部分である。カナダの脳外科医ペンフィールド(18911976)は、人間の身体のさまざまな部位の機能が、大脳のどこに対応しているかを表す脳地図を作製している(図-1)。この身体各部位の大きさと脳地図で対応している大きさは、比例した関係にはなっていない。身体各部位の大きさを、逆に脳地図での大きさに置き換えた模型を「ホムンクルス」という(図-2)。

 図-1 脳の部位と体性感覚野の地図 図-2 人間のホムンクルス 
   
   図-1~2.池谷祐二著『進化しすぎた脳』から


このホムンクルスの図は、どの身体各部が、感覚器として重要かが一目で分かる表示方法になっている。同じようにして「動物のホムンクルス」もつくられる(図-3)。
 図-3 動物のホムンクルス    
 サル  ネコ   ウサギ
     
   図-3.池谷祐二著『進化しすぎた脳』から

ネコやウサギのヒゲに相当する部分は大きく、大切な感覚器であることが分かる。子供のころ、ネコのヒゲを切ってはいけないと言われたものである。

「人間のホムンクルス」からは、胴体にくらべて、舌や(くちびる)・手の指(とくに人差し指)・目が大きいのが目立つ。この「人間のホムンクルス」を見ながら、関連するかどうかは不明だが、『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』に書かれている文章を思い出す。

『普勧坐禅儀』は、日本の曹洞宗の開祖である道元が、中国(宋)での修行を終え、帰国した1227年(嘉禄3)に書いた、わが国の最初の本格的な坐禅の指導書である。『普勧坐禅儀』は漢文で書かれ、わずか七百五十六文字の短文である。その()み下し文も普通に読めば10分とはかからない。なお6年後の1233年(天福元年)に書いた道元肉筆の『普勧坐禅儀』(天福本)が、永平寺に保存され国宝となっている。

この『普勧坐禅儀』には、坐禅をするときの ①下半身の脚の組み方 ②上半身の姿勢 ③身体の特定箇所の調(ととの)え方なども書かれている。
 図-4 脚の組み方  
 結跏趺坐  半跏趺坐
   

① 脚の組み方としては、結跏趺坐(けっかふざ)半跏趺坐(はんかふざ)で坐る(図-4)。

② 両ひざとお尻の三か所で上半身を支え、上半身を傾けてはいけない。その姿勢を保ちやすいように、尻の下に布団(ふとん)坐蒲(ざふ))を敷く。

調(ととの)える特定箇所として手と舌と(くちびる)と目を挙げている。

この手と舌と(くちびる)と目について、『普勧坐禅儀』では次のように記している(()み下し文)。

<< (つぎ)(みぎ)()(ひだり)(あし)(うえ)(あん)じ、(ひだり)(たなごころ)(みぎ)(たなごころ)(うえ)(あん)ず、(りょう)大拇指(だいもし)(むか)いて相拄(あいさそ)う。(すなわち)正身端坐(しょうしんたんざ)して、(みぎ)(そばだ)(ひだり)(かたむ)き、(まえ)(くぐま)(しりえ)(あお)ぐことを()ざれ。(みみ)(かた)(たい)し、(はな)(ほぞ)(たい)せしめんことを(よう)す。舌上(したうえ)(あぎと)()けて、唇歯相著(しんしあいつ)け、()(すべか)らく(つね)(ひら)くべし。>>

(次に、右の手を左の足の上におき、左の手を右の手の上におく。両方の親指であいささえる。姿勢を正しく背すじをまっすぐにして坐り、右へかたよったり、左にかたむいたり、前方にかがみこんだり、後方に仰いではいけない。耳と肩とあい対し、鼻とヘソとをあい対する。舌は上あごにつけ、(くちびる)と唇、歯と歯を全部つける。目は常に開く

上記の特定箇所の調え方について、具体的には次のように、教わりまた坐禅指導書などには書いてある。

(ひだり)(たなごころ)(みぎ)(たなごころ)(うえ)(あん)ず、(りょう)大拇指(だいもし)(むか)いて相拄(あいさそ)

親指以外の四指は重ね合わせ、親指どうしをあいささえ定印(じょういん)をつくる(図-5)。

-5 手の組み方
 

親指の先はかすかに接し、離れても強く押し付けてもいけない。親指は眠くなると一番初めに力が抜ける。これを「親指から眠る」といい、常に離れないように注意を向けなくてはならない。

 






舌上(したうえ)(あぎと)()けて

英語のLの発音をする時のように、舌先を上あごの歯の付け根に軽く押し付けるようにして、舌を上あごに付ける。このようにすると口の中に空気が残らない。舌の快い緊張の刺激が坐禅に有効な働きをする。

 

唇歯相著(しんしあいつ)

歯と歯をかみ合わせ、(くちびる)をひきしめる。いわゆる「へ」の字にする。こうすると(くちびる)と歯の間に空気が残らない。そして唇の筋肉がしまって、顔面から快い緊張を持続することができる。

 

()(すべか)らく(つね)(ひら)くべし

目は閉じてはいけない。見開いてもいけない。顔を正面に向け、視線だけを1メートル先の畳に落とす。目から入る光の刺激によって眠りとは違った落ち着きが実現する。目はつむると眠くなったり空想したりするし、カッと見開くと興奮する。

「人間のホムンクルス」から重要とされる感覚器と、780年前に書かれた『普勧坐禅儀』のなかで、調え方を指示している身体の箇所は重なる。偶然の一致かもしれない。あるいは重要とされる特定の感覚器に、一定の刺激をあたえ続けることが、坐禅をするうえで大切なことであることを、(いにしえ)の人は直感や経験から気づき、伝え続けてきたのかもしれない。 


参 考

池谷祐二『進化しすぎた脳』講談社ブルーバックス(2007

秦慧玉『普勧坐禅儀講話』曹洞宗宗務庁(1982

東隆眞「『坐禅用心記』に参ずる」大法輪閣(2007

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