第7章 ドッペルゲンガー
「んで、どうするよ」
「どうしようか?」
ウォンとイオは顔を見合わせた。それから示し合わせたようにアルマの顔を見る。
「そんな! 妾に問われても……」
「……だよなあ」
二人は同じようにしょげ返った。
「でもこのまま何もしないわけにも……」
スーチの言葉に、イオが力無く答える。
「それで絶対だめってわけでもないと思うけどな」
「どうして?」
「だって考えて見ろよ。カイの奴は実際に一度失敗してるんだぜ。何しろ1500年も時代遅れの仕組みを使ってるんだからな。今のところ順調って言っても、どこで壁に当たるか分からないだろ?」
だがそれを聞いたスーチは首を振った。
「確かにそうだけど、でもうまく行っちゃったらどうなるの? 外にはギィやラーンさんだけじゃなくて、市長の一行もいるのよ。本来はここにはゼナさんがいたはずなのに、どうしてあたしがいるか知ってるでしょ!」
それを聞いてイオもウォンも思いだした。
彼らがいきなり割り込んできたから、ゼナが来られなくなってスーチがいるのだ。すなわち現実世界では僅か十数メートル離れたブースに市長一行が入っているはずだ。
「うわあああ! そういえばそうだった!」
「あたしだって、そりゃカイが失敗してくれたらいいなって思うけど、でもそれで何もしないで、それでギィが死んじゃったらあたしどうすればいいの?」
スーチは一生懸命に涙をこらえている。
「そりゃそうだけど、じゃあいったいどうすればいいんだ? ここはゲームの中なんだぜ。リセットスイッチなんて俺達にはいじれないだろ?」
「だからって手をこまねいて見てろっていうの? そんなことになったら、そんなことになったら……」
ついにスーチの目から涙がぽろぽろこぼれ始めた。
「お、おい、スーチ、だからさ……」
その時ウォンが口を挟んだ。
「なあイオ。スーチいじめてないでさ、ちょっといいか?」
イオはむっとした顔をしながら振り返った。
「なんだよ」
「俺、システムにはあまり詳しくないけどさ、さっき出てったドッペルゲンガーいるじゃない」
「ああ」
「あいつらぶっ殺したらどうなると思う?」
「はあ?」
「ゲームがフリーズして止まったりしないかなあ?」
イオは驚いたようにウォンの顔を見つめた。確かにあいつらのことは今まですっかり忘れ果てていた。四人の中ではイオが一番そういったことには詳しい。
確かにこれは考える価値がありそうな話だ。現在のベラトリックスシステムはカイの非常ルーチンが動いていて決して安定な状態ではないはずだ。特にあのゴーストデータと彼らの実データとの関わりは微妙なはずだ。従ってフリーズする可能性はあるが……
「でもフリーズしたりしたら、それこそ何が起こるか分かんないぜ。全員即死したりして……」
「だから言ってみただけだろ」
だがその会話は状況打開のための大きなヒントとなった。それを聞いてイオはゴーストデータのそもそもの目的を思いだしたのだ。
「ちょっと待ってくれよ。そういえばそもそもあいつらはラーンを騙すために作られたんだよな。だとしたらラーンは、あいつらをずっと見てるってことになるよな……」
それを聞いてスーチが叫んだ。
「それじゃそこに行って手を振ればいいのね! あたし達が2組出たらいくら何でもおかしいわよね!」
一同は顔を見合わせた。途端にウォンとアルマが立ち上がる。
「よっしゃ! いくぜ!」
「よし! 行くぞよ!」
それを慌ててイオが引き留めた。
「ちょっと待てよ。そんなにうまく話がいくか! おい、カイ、そんなことになったらどうなるんだ?」
「ああ? 君たちがゴーストデータの所に行ったらどうなるかってことかい? もちろんどうもならないさ。何しろ君たちは表向きは存在してないんだ。だからモニター上からは見えないんだよ。そもそもゴーストが出た瞬間、まさにそういう状態になってたはずだよね」
イオはため息をつきながら両手を広げる。それを聞いたウォンとアルマは顔を見合わせると、また背中合わせに座り込んでしまった。
だがスーチがカイに続けて尋ねた。
「でも攻撃したら? 目に見えない敵から攻撃されてるように見えるの?」
「そうだね。確かにそんな風に見えるだろうね。だからそんなことはしない方がいいだろうね」
一行は顔を見合わせた。こいつが『そんなことはするな』と言うってことは、どうやら一発決まったらしい。幸先の良い知らせだ! 同時にウォンとアルマが同時にスーチの手を取って同時に言った。
「よくやった! スーチ!」
「スー殿、かたじけない……」
「そ、そんなことないわよ」
今度こそ本当に何とかなりそうだ。全員が一斉に立ち上がって歩き出そうとした。だがそこでまた重要な問題に気がついた
「で、あいつらどこにいるんだ?」
ウォンがイオに尋ねる。
「カイが知ってるだろ。なあ、カイ。あのゴーストデータは今どこをうろついてる?」
だがカイは肩をすくめて言った。
「さあ?」
「さあって、なんだよ?」
「分からないって意味だよ」
「なんで分からないんだよ!」
「覚えてるかい? 僕はただのシェルにしか過ぎないんだ。しかもカイがどこかのメモリーの隙間にこっそりと突っ込んだ代物なんでね、君たちの名前だって最初は分からなかっただろう?」
「でもあいつらはお前が作ったんだろう?」
「創造主だからって、被造物の全てを管理しているわけじゃないんだよ。具体的に言えばあのゴーストデータはベラトリックのNPC制御システムが動かしているんであって、僕じゃないんだ。確かに僕はそいつをキックしたけど、そのあとそいつらがどこに転がっていくかは、僕にはまったくわからないんだ」
一同ははまたへたりこんだ。だが今度はウォンが打開のきっかけを作った。
「でもあいつらはまだそんなに離れちゃいないよな?」
ウォンの言葉にイオが答える。
「そりゃそうだけど、分かれてからもう1時間ぐらいは経ってるから、あの分かれた地点から半径4キロぐらいの……」
そこまで言いかけてイオははっとした顔をしてカイに尋ねた。
「そうだ、カイ、あいつらどう見ても俺達にうり二つだったけど、あの時のデータをコピーして作ったのか?」
「そうだよ」
「じゃああの時俺達はずいぶんヘロヘロになってたけど、あいつらもそうだったってことになるよな?」
「そうだろうね」
「もちろんあいつらバカじゃないよな。そんな状態でもっと危ないところへ行ったりはしないよな?」
「普通そうだろうね」
それを聞いてスーチが言った。
「じゃあ、あの偽物は街に帰ったってこと?」
スーチの問いにイオがうなずいた。
「そういうこと。あの後にもっと遠くに行こうなんて自殺行為だろ? 絶対街に戻って、怪我の治療や装備の補給をしてるはずだよ」
そして幸運にも今彼らは街のすぐ外にいる。
それは良い知らせだったが、ウォンが少しうんざりした顔で言った。
「でも街ったって広いぜ。それに人がうようよいやがるし」
「じゃあ手分けして探す?」
スーチの言葉にイオが答える。
「その方が良さそうだな。でも離れてどうやって連絡を取ろう? 確かそんな魔法もあったみたいだけど、まだ覚えてないよな」
「だったら分散するのはやばいか?」
「それならば空耳貝を買えば良いのじゃ。その辺の道具屋で売っておる」
彼らが話しているのを聞いてアルマがあっさりと言った。
「なんだ? そりゃ」
「遠く離れて会話ができるアイテムじゃ。大昔の電話のようなものじゃ。が、ちっと値が張るぞよ」
「いくらだ?」
「確か500G」
それを聞いてスーチが言う。
「今の持ち合わせが1400Gぐらいだから、二つしか買えないわ」
「では二手に分かれるしかなさそうじゃな?」
「だな。で、誰と誰が組む?」
その組み合わせを巡ってお約束の一悶着があった後、結局ウォンとアルマ、イオとスーチということになった。カイはアルマに自動的についてくるようになっているようだ。
組み合わせが決まると一行は道具屋に行って空耳貝を二つ購入した。
「それでは妾達は街の東側を探すのでな。そっちは西側を頼むぞよ」
「ああ、わかった。気をつけてな」
それから一行は二手に分かれて偽パーティーを探し始めた。
だが簡単なようでこれがなかなか大変だ。最初の街とはいってもここは王国の首都という設定なので、街のど真ん中に大きな王宮があったりする。それを取り巻いてにぎわう街は、差し渡しが数百メートルはあるだろうか? しかも街はいろんな人々でにぎわっている。
ウォンとアルマは最初、冒険者が訪ねそうな店を手当たり次第に当たってみたが、そこには彼らは来ていなかったようだ。
最後の店を出たところでウォンが言った。
「これは思ったより大変だな」
「そうじゃな」
「後はその辺の奴らに聞いて回るしかねえか?」
「うむ」
だがそれは更に望み薄な作業だった。この辺をうろついているのは全てシステムが操作しているNPCである。特にどういうゲームでも町の人というのはいい加減に造られているものだ。同じような顔や格好をした奴らがうろうろしているのだが、同じ顔だからといって同じキャラだとは限らない。だから以前見た顔であっても確実を期すためには再度訊いてみないといけない。でもそうすると煙たがられたりする。
しばらくして二人はいい加減疲れてしまった。
その時ウォンは道ばたに屋台が出ているのを見つけた。そこでは串焼きのような物を売っている。
「へえ、こんなもんがあるのか。いくらだ?」
ウォンは屋台の親父に尋ねた。
「1本が銅貨5枚だ」
「じゃあ2本」
ウォンはこういう場合反射的に買ってしまう癖がある。
「なんじゃ? おのれはそんな物を……」
「いいじゃん、おもしろそうだし。ほら、1本やるよ」
アルマは串焼きを押しつけられてそれをじっと見ながら言った。
「……礼を言いたいところじゃが、これはまずいぞよ」
「はあ?」
見かけは非常においしそうな焼き肉だ。だがウォンがそれにかぶりついてみるとこれまた反射的に吐き出さざるを得ない代物だった。
「うあっ! ぺっぺっぺ、インチキだぜ」
まるで消しゴムに無理矢理肉の香りが付いたようなわけの分からない代物だ。
「あの野郎、とんでもないもんつかませやがって!」
ウォンが屋台の親父に報復しに行こうとするのをアルマが引き留める。
「やめておけい! ここの食べ物はみんなこのようなものじゃ。それに町人に手を出したら、警備兵が飛んでくるぞよ。今のお前では瞬殺じゃ!」
しかしその時のウォンはアルマの忠告など聞いてはいなかった。というのはウォンを引き留めるためにアルマが彼の左腕に抱きついているような状態になっていたからだ。
もちろんウォンだってここがゲームの中であることは知っている。左手に感じる彼女の胸の感触が本物ではないことも知っている。だが1500年前のシステムであるにもかかわらず、味覚に比べてこの部分の触覚のシミュレーションは極めて忠実にできていたと言って良い。
ウォンは気づいたときにはアルマの肩に手をかけていた。アルマは一瞬びくっと体をこわばらせる。今までならばここでストレートパンチか膝蹴りが飛んでくるはずなのだが……
「なんじゃ?」
アルマはまっすぐにウォンの顔を見返してきた。その反応はウォンが一番予期していなかった物だった。
「え? いや、な」
一体何を話せばよいのだ? この肩に置いてしまった手のやり場をどうすれば良いのだ? ウォンはなんだか人生最大の危機のような気がした。
その時アルマの持っていた空耳貝がちりちりという音を立てた。
アルマはウォンの手を払いのけると、貝を取りだして耳に当てる。
『聞こえる? あたし!』
スーチの声だ。彼女は期せずしてウォンの危機を救ったのだ。
「聞こえるぞよ」
『手がかりがあったわ。偽物パーティーがね、ついさっき西門の近くの薬屋に寄ってったみたいなの』
「何と! まことか? して、奴らは西門から出ていったのかや?」
『ううん。北の方に歩いていったって』
「なに? 北じゃと?」
それがひどく驚いた言い方だったので、スーチは問い返した。
『北だと何かあるの?』
「いや、北にはステーションがあるのじゃ。そこを使われたらまずいのじゃ」
『ステーションって、他の大陸に渡るところ?』
「そうじゃ」
『でもアルマ、チケットはあるんだから追いかければいいんじゃない?』
「だめじゃ。ステーションからはいろいろな大陸に渡れるのじゃが、奴らが行ってしまった後では、もうどの大陸に向かったか確かめようがないのじゃ」
『ええ? 行っちゃったら追いかけられないってこと?』
「そうじゃ。薬屋では奴らの行き先は分からなんだか?」
『そこまでは……』
「なら、何としても奴らを渡らせてはならぬ!」
『わかったわ。あたし達も急ぐから!』
「すまぬ」
貝をしまい込むとアルマはウォンに言った。
「北じゃ。行くぞよ」
「おう」
今の会話で大体状況は分かっていたので、二人は即座に北に向かって駆けだした。ともかくステーションを押さえなければ。そこを通ることさえ阻止しておけば、あとは何とでもなる。
そのうちに高い塔のある建物が見えてきた。
「あれがステーションじゃ!」
「あ! いやがったぜ!」
見ると見たことのある連中が塔に入ろうとする直前だった。
感心してしまうほど彼らとうり二つである。これはおもしろい戦いになりそうだ。ウォンはメイスを構えると突っ込んで行こうとした。だがそれをアルマが止める。
「馬鹿者! おのれは下がっておれ」
「誰がバカだって?」
「当然であろう! おのれは死んだらまずいことをもう忘れたかや?」
それを聞いてウォンは背筋がぞっとした。
「わ、忘れてなんかねえよ」
「だったらここは妾に任せよ」
「……わかったよ」
ウォンは仕方なくメイスを収めると後ろに下がった。
「待てい! そこな偽物ども!」
アルマは大声でわめいた。偽一行はそれを聞いて振り返る。それから偽アルマが一歩前に出て言った。
「なんじゃ? おのれは?」
「おのれこそなんじゃ! この偽物どもめ!」
「なんじゃと? 最近のNPCめは失礼じゃな」
「誰がNPCじゃ! そこに直れ! 叩ききってくれるわ!」
「ほほほ! おもしろい! 後悔するでないぞ!」
偽アルマは見かけだけでなく喋り方までそっくりだ。このあたりはカイがデータを仕込んでおいたのだろうか? 大変息が合っている。
二人は剣を抜きはなった。そうやって剣を構えて相対している様は、完全に点対称になっている。
それを見てウォンがつぶやいた。
「さすが同一人物だぜ」
そこにイオとスーチが息を切らしながら到着した。起こっている状況を見てスーチが慌てる。
「ちょっと! ウォン! 止めなくていいの?」
「騒ぎを長く続けてる方が気づかれやすいだろ? ラーンは寝てるかもしれないんだぜ」
実際その時もラーンは完全に熟睡していた。もし目を覚ましていたのならかなり楽しい画面が見られたのだが。
「でも……」
「それに俺達は死んだら死ぬんだぜ」
そのことはスーチもすっかり忘れていたようだった。彼女は一瞬凍り付いたようになり、それから慌てて答える。
「そ、そう言えばそうよね……で、どっちが本物なの?」
「手前の奴だ」
ウォン達はアルマ同士の戦いを目を皿のようにして見つめた。そうしていないと二人とも着ている物も同じであれば、武器の構えや動き方もうり二つだ。しかも二人は剣を構えたままぐるぐると回り合いながら隙を窺っている。一瞬でも目を離したら、それこそどっちがどっちか分からなくなるだろう。
そういった膠着した状況がしばらく続いた。それを見てウォンがイオにささやいた。
「どうするよ。埒があきそうもないぜ」
「じゃあ手助けするか?」
ウォンもそろそろ飽きてきていたので、足下に落ちていた石を拾い上げると、おもむろに偽アルマに投げつけた。
「!」
それで十分だった。偽アルマに生じた一瞬の隙をアルマは見逃さなかった。
「おうりゃ!」
かけ声と共にアルマは一気に偽アルマに突っ込む。偽物はアルマの剣を払いのけようとする。
「遅いわ!」
アルマは偽物の剣を打ち落とそうとした。
ところが両者の剣が触れた瞬間、なぜかバシーンという音と共に雷光のような光が走ったのだ。あたりの者はその光で一瞬目がくらんだ。
最初一行は敵の誰かが魔法を使ったのかと思った。だがそんな魔法は見たことがない。
「きゃあああ!」
一行の目が慣れてきた途端にスーチが叫んだ。同時にウォンもイオも息を呑んだ。なぜなら彼らの目の前で“アルマ”が血を流しながら倒れているのだから。
アルマは相手の剣で完全に貫かれていた。いくら相手が偽物とはいえ……だがそのとき彼らはやられたアルマの位置関係がおかしいことに気がついた。この位置だとやられたのは本物の方ではないか? だがあの状況からどうしてこんな逆転になるというのだ?
理由はともかく起こったことを理解したウォンは体中の毛が逆立ったような気がした。
「てめえ、やったなぁ!」
そう叫んでウォンが突入しようとしたまさにその時だった。一行の頭の中に次のような無性的な声が聞こえてきたのだ。
『不正なアイテムを検出したので、消去しました』
あまりのことにウォンはそのままつんのめって倒れてしまった。それから倒れているアルマを見る。彼女は確かに、何の武器も持っていない!
「なんだと? コラァ!」
「なに? これ!」
「いったいどういうことだ?」
三人はしばし呆然と動けなかった。それからイオが頭を抱えながら叫んだ。
「ああ、あのデータ、コピーだからか?」
このメッセージはコピーデータや改竄データを使用したときなどによく言われるメッセージだった。ゲーム内ではいかに実物っぽくても、その実体はただのデジタルデータである。従ってコピーすることは簡単にできる。しかしプレーヤーに勝手にそういうデータをコピーされてしまったら、ゲームをしている意味がなくなってしまう。そのため可能な限りそのようなデータが使えないような仕組みにするのは当然の処置だ。
だがカイのルーチンが偽パーティーを作ったとき、いろんな意味で最も手っ取り早いのがオリジナルの完全なコピーを作ることであったはずだ。カイの意図としてはそもそもオリジナルとゴーストが接触することはないはずだったので問題にもならなかったのだろうが、それがこういった形で接触してしまったことでコピーチェック機構が働いてしまったのだ。
「ふざけるなよ! 偽物はあっちだろうが!」
ウォンが叫ぶ。だがイオが首を振った。
「だってシステム的にはあっちが本物だってカイが言ってただろ?」
もちろんその通りだ。デジタルデータというのはオリジナルとコピーの区別がつかないところが取り柄なのだ。今となっては彼らの方が偽データなのだ。
ウォンは偽物達をにらみつけた。だが状況が分かってしまうと迂闊に攻撃することさえできない。
偽物達は彼らなどこの世にいないように、そのまま塔の中に消えてしまった。
何もできなかったウォンはとにかく自分が情けなかった。
「くそ! なめやがって……」
その時スーチがウォンの手を掴んで言った。
「ねえ、それよりアルマが死んじゃう!」
見るとアルマが倒れているあたりに血溜まりができている。彼女を助けられるのは僧侶である彼しかいないではないか。
「うわあああ!」
今アルマに死なれるわけにはいかない。ウォンが慌ててアルマに駆け寄った。
「おい! アルマ! 生きてるか?」
「お…の…れ……」
蚊の鳴くような声だが、とりあえず息はあるようだ。虫の息でもあると無いでは大違いだ。ウォンは慌てて治療の呪文を唱える。まだレベルが低いので効くまで時間がかかる。その上アルマが回復したときには、今度はウォンの方が魔法の使い過ぎでへたばっていた。
その間四人は往来の真ん中に放心状態で座り込んでいた。道行く人々が変な顔をしながら彼らを見ていく。だが四人にとってもはやそんなことはどうでもよかった。
それからしばらくしてからイオがぼそっとつぶやいた。
「万策尽きたか?」
それを聞いてスーチが泣きそうな声で言う。
「そんな、じゃあギィはどうなるの?」
イオは何も答えられなかった。代わりにウォンが言う。
「あいつ頑丈だから大丈夫なんじゃないか?」
その無責任な言葉にスーチが目を真っ赤にして突っかかる。
「いい加減なこと言わないでよ!」
「それにラーンなら悪運だけは強いから、大丈夫なんじゃねえの?」
もちろんウォンはジョークのつもりだったのだが、スーチはもう怒ったり突っかかったりせずに、ただ黙って下を見つめて言った。
「そりゃあなたにとってはどうでもいいかもしれないけど……そんなことになったらあたし……あたし……」
そう言いながら涙がぽたぽた滴り落ちる。
「お、おい、だからさ、スーチ」
ウォンはたじたじとなった。それを見てイオが言う。
「おい、ウォン。スーチいじめてないでさ、もうちょっと前向きに考えようや」
ウォンはイオの顔を睨む。
「そりゃ結構だけどね、万策尽きたんじゃねえの?」
「まだ分からないだろ? ともかくこういうときは状況確認だな……なあ、カイ、今の状況はどうだい?」
一見イオの喋り方は快活だったが、もちろん無理してそうしているのは誰の目にも明らかだ。
「ああ? 順調だよ。今のところ障害はないね」
本当に無理していないのは今ではこいつだけだ。普通順調だと聞けば心躍る物なのだが、どうしてこんなに腹が立つのだ?
「はは。そうかよ。この調子だとあとどのくらいだ?」
「そうだな。あと5時間ぐらいでなんとかなるかもな」
一行は大きなため息をついた。それからしばらくしてイオがアルマに尋ねた。
「あのさあ、アルマ」
「なんじゃ?」
「あいつらの行った先、本当に分からないのか?」
それを聞いてアルマは首を振る。
「七つの大陸のうちのどれかだということ以外はわからぬ」
「ローウェルのある大陸は?」
「北の大陸じゃ」
「とりあえずそこに行ってみるってのは?」
「だめじゃ。チケットは一枚じゃ。行ったらもう戻って来れぬ。それにあそこは剣呑なところじゃ。出てくる敵の強さは半端ではないのじゃ。死んだらどうするのじゃ?」
それを聞いてイオはがっくりと肩を落とした。
「畜生! 何で俺達がこんな目に会わなきゃならないんだよ!」
ウォンのつぶやきにアルマが答える。
「すまぬ……」
声の調子にいつもの勢いがない。それに気づいてウォンは慌てて言った。
「いや、お前を責めたんじゃなくてな」
だがアルマは完全に萎れていた。
「いいのじゃ、みんな妾の責任じゃ……妾さえ来なければこんなことにはならなかったのにな……」
ウォンは何とかアルマを元気づけたいと思ったが、いいセリフを思いつかない。
「お、おい、うじうじするんじゃねえよ。らしくねえだろ?」
「それは買いかぶりじゃ。所詮妾など……凍ったまま二度と目覚めぬ方が良かったのじゃ……」
「がたがた言ってるんじゃねえよ! そう言うのはあとにしやがれ! このゲームのこと一番知ってるのはお前だろ? お前がそんなになっちまったら俺達どうすりゃいいんだよ!」
だがアルマはそれには答えずうつむいて肩を震わせ始める。スーチが慌ててアルマの肩を抱いて慰める。イオも慌ててウォンを引き離して苦言を垂れた。
「おい、ウォン、ちょっと言い過ぎだろ?」
だが今度はウォンまでが拳を握りしめて体を震わせていた。
「畜生! こんなときさあ、俺どうすればいいんだ?」
「ちょっと、お前まで、やめろよ!」
状況は最悪だ。あらゆる危機の中で最悪の危機がパーティーの瓦解である。今まさにウォン達はそれに直面していた。
だがそれが分かっていたからといって、残されたイオに打開策があるわけではない。彼が何とか泣き出さずに済んでいたのは、彼までが泣き出したらもう洒落にならないという事実一点にかかっていたのだ。
イオはありったけの空元気を集めると言ってみた。
「ともかくまだ時間はあるし、何か方法はあるって」
そう言いながらイオ自身が全くそれを信じてはいなかった。だがそれを聞いたスーチが、最初に泣き出して泣き疲れたせいか、気を取り直してくれた。
「そ、そうよね。こういうのって何か方法はあるはずよね。そう言う風にできてるんだから」
さすがに誰もこの場合はそうでないかもしれないと突っ込むようなことはしなかった。
「でも、どうすればいいの? ああ、あたしなんかがじゃなくて、ゼナさんが来てればよかったのに……ゼナさんだったら絶対あそこで止めてたわ。あたしがバカだったらいけないのよ」
そう言いながらスーチは再び声を震わせ始めた。
「やめろよ、みんな、こんな情けないとこラーンやミースに見られたら、永久に語り継がれちまうぞ!」
「見ててくれるんなら、一生言われ続けたっていいわ!」
それを聞いてウォンは急に腹が立ってきた。
「そうなんだよな。大体さっきのアルマの決闘、ラーンの野郎、見てなかったのかよ」
「どうなんだろう。見てたら何らかのリアクションはありそうなんだが」
「やっぱり寝てたのよ」
「ってことは、あの野郎、人が死にそうな時に自分だけぐうぐう寝てやがったってことだよな! 畜生、ぶっ殺してやる!」
そう言ってウォンは立ち上がるとメイスを抜きはなった。それを見てイオが慌てて押さえる。
「おいおい、ここで暴れたって見てないんだからどうしようもないだろ?」
「じゃあ、何とかしてあいつら見つける方法を考えやがれ!」
「お前、勝手なことばっかり言ってるんじゃないぞ」
だがその時だった。スーチがはっと顔を上げた。
「そ、そうなのよ。ラーンさんにこの窮状を伝えないといけないんだわ」
「そりゃ……そうだろ」
他の三人がスーチの顔を見る。確かにその通りなのだが。
「でもあたし達、あのゴーストデータを見失っただけなのよね。ラーンさんに何か伝える方法って、それ以外には何もないの?」
三人は一瞬絶句した。確かに言われたとおりではある。彼らが失ったのは可能性の一つにしか過ぎない。
「でも他にって、どんな方法があるんだ?」
イオの問いにスーチはしばらく考え込んだ。それからぼそっと言う。
「例えば、クリアしたら?」
「はあ? クリアって、ゲームのクリアのことか?」
スーチはうなずいた。
「ファイナルブレードとかだったら、どこかのパーティーがゲームをクリアしたらモニターにそういう表示が出るじゃない。知り合いだったらそれを見ておめでとうって言うでしょ? ベラトリックスでも同じような仕掛けはないの?」
「ちょっと待ってくれよ。表示が出たところで、あと5時間しかないのにクリアなんて無理だよ」
イオがそう言うがスーチはきっと目を見開いて答えた。
「そんなの分かってるわ! でもラーンさんに何かを伝える方法ってまだあったってことじゃない。他にもっとないの? みんなで泣いてるよりも、そんなことでも考えてた方がましじゃない!」
イオはスーチの剣幕にたじたじとなった。だが言われてみれば確かに全くその通りである。イオもウォンも考え込んだ。それからイオがウォンに言う。
「うーむ。要するにゲーム内でできることで、コンソールに割り込み表示が出そうな物ってか?」
「死んだぐらいじゃだめだよな?」
「そんなんで一々出してたら、うざったくてしょうがないよ。な、アルマ、そうだろ?」
ところがアルマは心そこにあらずという風で宙を見つめてぶつぶつ何か言っている。
「ああ? どうしたんだ?」
「おい、アルマ?」
その途端アルマはなぜか「ああっ」と声を挙げると再びうつむいてしまった。
「おい、どうしたんだよ」
ウォンの問いかけにアルマは手を振った。
「いやいい。気にせずにな」
「気になるってんだよ」
「ねえアルマ、何かアイデアがあるんだったら、とりあえずでも言ってみたら」
スーチの問いかけに対して、しばらくしてアルマは答えた。
「四聖獣じゃ……」
「は?」
「東の大陸のブルードラゴン、西の大陸のホワイトタイガー、南の大陸のレッドフェニックス、それに北の大陸のブラックトータスのことじゃ」
それを聞いて一同はうなずいた。東西南北の果てにこの種の大モンスターや精霊がいるのはほとんどどういったゲームでもお約束に近くなっている。
「へえ、それってここにもいるんだ……で?」
ウォンがそう言うとアルマが続ける。
「ああ。実はな、この四聖獣をな、どれでもよいから倒したら、スー殿が言うようにモニターに派手なメッセージが出るのじゃ」
「なんだって? それじゃそいつをやっつけたらラーンと連絡がとれるってことか?」
アルマはうなずいた。それを聞いてイオがカイに尋ねた。
「なあカイ、そういうことをしたらどうなるんだ?」
「ああ? 確かにコンソールにメッセージが出るだろうね。だからそんな目立つことをしちゃいけないよ」
幸先の良い答えだ! だがこの話にはそれ以前の根本的な問題がありそうだった。それに関してスーチが尋ねた。
「でも、四聖獣って名前からしてものすごく強くないの?」
「ああ。はっきり言って魔王などよりよほど強いのじゃ。だからこ奴らを倒すことはゲームをクリアすること以上の名誉なのじゃ。だからこそ祝いのメッセージが出るのじゃ」
期待は一気にしぼんでしまった。だがアルマは続けた。
「でも実はこの中のレッドフェニックスじゃが、これをレベル1で倒す裏技があるのじゃ」
「なんだって?」
三人は身を乗り出した。
「裏技って、じゃあ今の俺達でも倒せるってことか?」
ウォンの問いにアルマが答える。
「まあ、不可能ではないじゃろうが……」
「なんだよ? そんないい手があったんなら……」
そう言いかけたウォンをアルマは遮った。
「でも、だめなのじゃ」
「どうしてだよ?」
「どうしてって……そのためには絶対に誰かが死なねばならぬからじゃ」
三人はしばらく言葉が出せなかった。
しばらくの沈黙の後にイオが尋ねた。
「どうして……死ななきゃならないんだ?」
彼の問いにアルマは答えた。
「もちろんレベルが80とかを越えておれば死なずに済むかもしれぬ。じゃが我々はレベルが1なのじゃ。そうでもせねば絶対勝てぬ相手なのじゃ」
「もっと詳しく教えて」
スーチの問いにアルマは説明を始める。
「これはいろいろ複雑なのじゃ。まずレッドフェニックスは南の大陸のノートス高地に巣くっておるのじゃが、ここはペルナタウンから歩いて2時間ぐらいの所なのじゃ」
「ペルナタウンって?」
「ああ、南の大陸の首都なのじゃ。そこのステーションから一発で行くことができるのじゃ。そしてな、ノートス高地まではまあまあ安全なので、今のレベルでも何とかなるのじゃ。本当に危険なところといえばペルナタウンその物と、トロールの居留地だけなのじゃ」
そう言ってアルマはちょっと言葉を切る。三人は黙って続きを待った。
「ペルナタウンの方は妾が安全な道を知っておる。トロールの居留地の方じゃが、そこは実はトロールよりもその周辺に巣くう獣共のが厄介でな、でもそいつらを追い払う方法も知っておるのじゃ」
三人は黙ってうなずいた。
「そうしてノートス高地に行き着いたのであれば、フェニックスと戦わねばならぬのじゃが、こ奴は二つの超能力を持っておる。一つは精霊召還じゃ。奴は炎の精霊を精神力を使わずに召還することができるのじゃ」
「なるほど。フェニックスだしな」
ウォンがそう言って笑う。だがイオはあまり気に入らない様子で尋ねた。
「っていうと、召還し放題ってことか?」
「まあそうじゃが、これは気にせんでよい。召還する数が決まっておってな、こちらのレベルが5以下じゃと1匹も出てこぬのじゃ。それ故、中途半端にレベル5を越えるよりはそれ以下の方が良いのじゃ」
「なるほど。そういうことね。で、もう一つの超能力って?」
「これはスーパーノヴァという奴でな」
一同はその名前だけで大体想像がついた。
「もしかしてあたり一面火の海とか……」
「まあそんなものじゃ。全体攻撃にもかかわらず、耐熱防御を最大に上げても、半死半生じゃ。今の我らでは骨も残らんじゃろう」
「はは! なるほど! フェニックスだしな」
「そんなの食らったらみんな死んじゃうんじゃないの?」
スーチが心配そうに言う。
「もちろんまともに食らったらその通りじゃ。しかしな。これは光の属性なので、岩の陰などにいて直接見えていなければ大丈夫なのじゃ」
「でもそれじゃ、どうやってフェニックスを攻撃するんだ?」
ウォンが言うとアルマが答えた。
「このスーパーノヴァはな、こちらのパーティーが半分以上死んでおると使ってこぬのじゃ。よってそうなればフェニックスに攻撃することができるのじゃ」
それを聞いてイオが言う。
「え? ってことは、死んでなきゃならないってのは……」
「そうじゃ。全員生きておっては、奴はこいつを無制限に使うのじゃ。それではどうあがいても絶対に勝てぬのじゃ。でも半分以上死んでおれば、奴はこれを使わぬので勝ち目が出てくるのじゃ」
一同は顔を見合わせる。大変納得のいく話だ。このたぐいのゲームでは、意図したしないに関わらず、相手の動きにはこうした特徴があるものだ。いかにそれに気づくかで戦いが有利にも不利にも展開する。
「でも半分死んでたら、残り二人でしょ? それで倒せるの?」
「そうは簡単には行かぬのじゃ。何しろあ奴は、傷を負ってもあっという間に元通りに回復してしまうのじゃ」
「はははは! なるほど! フェニックスだしな」
「それじゃどうやって倒すの?」
スーチの問いにアルマが答える。
「一撃で生命力をゼロにするのじゃ。奴は生命力そのものはそれほど高くはないし、防御力も大したことがないのじゃ。それ故にレベルが十分高い戦士であれば一撃で殺せるのじゃ」
「でもあたし達レベル1よね。そんな一撃で殺せたりするの?」
「それは無理じゃ。でもここにもちょっとしたバグがあるのじゃ」
それを聞いてイオが身を乗り出した。
「バグ? どんな?」
「フェニックスが生命力を回復するときにはな、本来であれば生命力の“上限値”にまで回復する仕様だったそうな。でもカイが勘違いをしたせいで、奴は攻撃を受けたときの生命力の“現在値”にまでしか回復しないのじゃ」
それを聞いてイオはちょっと考え込む。
「そういう仕様でも……最初は生命力は上限まであるんだし、結局上限値まで戻るのと変わらないんじゃないのか?」
「そう思っておったので放置しておったらしいのじゃ。ところが奴の回復はコンマ何秒かの時間がかかるのじゃ。わかるかや?」
それを聞いた途端にイオは手を打った。
「あ! なるほど! 回復中にもう一度攻撃したら、そこまでしか回復しないってことか!」
「そうなのじゃ」
その時スーチが口を挟んだ。
「でも今アルマ、コンマ何秒って言わなかった? そんな短い間に二発も攻撃を入れられるの?」
「じゃから二人必要なのじゃ。奴の軌道に沿って並んでおいて、前の者が斬った直後に後ろの者が斬るようにするのじゃ」
それを聞いてウォンは口笛を鳴らした。
「へえ! おもしろそうじゃん」
それを聞いてアルマがウォンの顔をにらみつける。
「おもしろいとはどういうことじゃ? 生きるか死ぬかの瀬戸際なのじゃ!」
それに対してスーチも一見同調する。
「そうよ! ウォン! あなたいつもおもしろいかどうかだけで決めちゃうんだから!」
ウォンは何か言い返そうとしたが、その前にスーチはアルマの方に振り返って続けた。
「でもアルマ、そうやったら本当にフェニックスを倒せるの?」
アルマは意表を突かれたようだった。
「え? まあ一度だけ成功したことがあるが」
「本当にあたし達にできるかしら?」
スーチの目がきらきら輝いている。
「スーチ殿、まさかやる気なのかや?」
「当然じゃない! できることがあったんだから!」
スーチは冗談を言っている様子ではない。
「でもこれは命がけなのじゃ!」
「分かってるわ。でも30分以内に片をつけてくれれば蘇生できるでしょ。ゲーム中のこととかは忘れちゃってるかもしれないけど」
昔なら数分以上死んでいたらもはや二度と蘇生は望めなかったが、この当時の見積もりとしてはかなり妥当な線である。
アルマはショックを受けたように黙り込んだ。彼女はちょっとその可能性を考えてみたが、やはり危険すぎると思った。
「そのような保証はできぬのじゃ。妾も成功したのは一度だけなのじゃ。それもレベルが4のときじゃ。成功するという保証はできぬのじゃ」
だがスーチはひるまない。
「難しいのは分かるわ……でもね、あたし考えたの。そりゃ放っておいても何も起こらないかもしれないわ。それにカイはアルマ、あなたを助けようとしてやってるんだから、あなたは絶対安全だし、あたし達も多分大丈夫でしょうね。でもそうやって生き残ったとしても、ギィやラーンさんが亡くなってたらどうなの? もう楽しい日なんて来ないわ。だって今あなたがとっても素敵な可能性を教えてくれたのよ。そうなったらあたし一生後悔し続けるのよ。もしあの時あの裏技をやっていたらって。あたし嫌。そんなの。アルマはそれでいいの?」
アルマはたじたじとなる。
「じゃが、そうすると少なくとも二人が本当に死んでしまうかもしれんのじゃ! ああ、妾が死ぬことにすれば、一人で良いな。でも誰か一人は確実に一時は死なねばならんのじゃ!」
それを聞いてスーチは考え込んだ。それから決然と言い放った。
「あたしが死ぬわ」
「ちょっと、スー殿!」
「この作戦じゃあたしが一番役に立たないもの。あたしとアルマが死んで、イオ君とウォン君でフェニックスをやっつけてくれればいいのよ」
それを聞いてイオが言った。
「いやそれより、ウォンとアルマに任せた方がいいだろうね」
「イオ殿! どうして?」
「だって剣の扱いは君の方が僕より上手だしね。実際に経験してるわけだし」
「でも……イオ殿が死んでしもうてはティルナ殿などがどう思われるか……」
それを聞いてイオも一瞬口ごもった。だがすぐ彼は顔を上げる。
「やる以上はそんなこと言ってられないさ。それにそもそも俺はそのまま本当に死ぬつもりはないんだけど。で聞きたいんだけどアルマ、その作戦って死に役が死んでからどのぐらいで終わる?」
イオの問いにアルマはちょっと考え込んでから答えた。
「始めてしまえば……多分10分もかからぬと思うが」
「それだったら保険がかけられるだろ?」
「保険じゃと?」
「ああ。作戦をカイの突入予定時刻のちょっと前に始めるんだ。死亡予定時刻が大体突入時刻の30分ぐらい前になるようにするのがいいかな?」
「どういうことじゃ?」
「カイが突入しちまったら、少なくともアルマ、君は目覚めるだろ? 目覚めれば蘇生作業もできるわけだ。その時に死んでから時間が経ちすぎてなければいいわけだ。こうしておけば最悪でも30分ぐらいしか死ななくていいだろ?」
アルマはそれを聞いて目を丸くした。
「それにフェニックスをやっつけるのに成功すれば20分の余裕がある。それだけあればカイの突入に対応するにはまあ十分だろうな」
「しかし……」
アルマは困ったような顔でスーチを見た。だが彼女は言った。
「あたしも良い考えだと思うわ」
「でも……」
アルマは最後にウォンの顔を見た。だが彼も同じだった。
「じゃあ決まりだな。それで行こうや」
アルマは何度もウォンを、それからイオ、スーチの顔を見る。だが彼らの顔に迷いはない。だとすれば彼女にできることはただ一つだ。
「かたじけない……妾のためにそこまでして頂いて。分かり申した。しかしやるのであれば成功させねばならぬ。ならばせねばならぬことはたくさんあるぞよ」
そう言いながらアルマは立ち上がった。
「まずはペルナタウンに向かうぞよ。細かいことは歩きながら説明するぞよ。向こうに着いたら色々準備がいるのでな」
一行もうなずいて立ち上がり、ステーションに向かって歩き出した。