銀嶺の巫女 第7章 宮国式

第7章 宮国式


 宮国のシヴュラ達がどうやってリ・マージョンしているかということはさておき、それが可能であることが分かったならば為さねばならないことが二点あった。そのバリエーションを増やすことと、いかに確実にそれを出せるようにするかだ。

 種類が必要なのは当然だ。彼女達に求められているのは戦いに役立つリ・マージョンだが、今は“来るな! あっち行け”の一種類しかない。そのリ・マージョンは宮国シムーンもよく行うようで、あちらでは“鮫のリ・マージョン”と言うらしい。だが宮国シムーンはそれ以外の攻撃リ・マージョンもたくさんやってくる。

 だがその“来るな! あっち行け”をするだけでも毎回怖かった体験を思い起こさねばならないのに、それ以上強力なリ・マージョンとはどんなことを考えなければならないのだろうか?

 その後彼女達が成功した戦いに利用できそうなリ・マージョンはあと二種類だけだった。

 その一つは“お前なんかやっつけてやる”という祈りで、かくかくっと五回ほど鋭角ターンをすると“来るな! あっち行け”よりももっと広範囲にダメージを与えることができた。だがやっつけてやると言っても、気持ち的には相手がいじめっ子レベルで、二~三発殴って追い返せる程度の話だ。それ以上のことを本気で祈ることなどちょっと不可能だ。

 もう一つは仲間が攻撃されているような時に“どうか彼らをお守りください”という祈りだ。こちらの方はもっとずっと自然に祈ることができる。そうしてできたのは守りたい対象の周りをぐるぐる回るリ・マージョンで、きらきらした防壁ができあがった。

 その防壁は実際に凄く丈夫なようで、試しに攻撃してもらったのだが大口径の砲で撃たれてもその内側は無事だった。ただ周囲を回っているシムーンその物は無防備なのでそこを攻撃されてしまうとお終いなのだが。

 この新しい二つのリ・マージョンも宮国ではそれぞれ、隼のリ・マージョン、金剛石のリ・マージョンとしてよく知られている物らしい。結局相手が既にたくさん知っている中から、やっと三つが使えるようになったということだ。

 だから今これで宮国シムーンと戦場で戦えるかと言われたら、正直無理だとしか言いようがない。戦艦に機銃だけで立ち向かうようなものである。今までが豆鉄砲だったからそれよりは遙かに進歩しているとはいえ……相手は数百年以上のシムーン運用の実績があるのに対して、こちらはせいぜい二週間程度だ。そこの所は少し甘く見てもらわないと立つ瀬がないのだが……

 とは言っても、一つでも多くのリ・マージョンを出せるようにしなければならないのは確かだった。

 またもう一つ別な問題として、リ・マージョンの安定した発動があった。

 戦いに行った場合、ここぞという瞬間に即座にやりたいリ・マージョンができないと意味がない。

 だが二人で心を合わせて祈るというのは、どちらかの気が散っただけで失敗するということだ。パンケーキのリ・マージョンのように二人の好きなリ・マージョンならまだしも、攻撃型のリ・マージョンは本来あまり嬉しくない物であるし、練習の時には特にそうだが、それで相手が怪我したら嫌だなとか思っただけでもう発動しない。

 またリ・マージョンは複数の機体で連動して行うと効果が高いが、そのタイミングを合わせるのがまた難しい。

 その日も彼女達はリ・マージョン同期の練習をしていた。

 通信機からヴォルケの声が聞こえる。

『それじゃもう一度行くわよ?』

「了解!」

 グレイスとアントレーネは、また敵に追いかけられた時を思い出しながら祈った。

「「来ないで! あっち行って!」

 だが今回は彼女達は成功したが、ヴォルケ達が失敗だ。

『アリエス!』

『あは、ごめん』

『もう……』

『でも、なんていうか難しいのよ。瞬間的に気持ちをそっちに持って行くのが』

 それは彼女の言う通りだった。先ほどは同じような理由でこちらが失敗していたのだ。

「ねえ、もうちょっと何とかならないかな?」

 グレイスは思わずこぼした。

『何とかって?』

 ヴォルケが尋ねる。

「だから何とか。急に、はいって言われても、難しいし」

『じゃあどうすればいいのよ?』

 それに対して混ぜっ返すようにアリエスが言う。

『じゃあ、ゆっくりとはいって言う?』

「そういうのでもないけど、ほら……」

 もちろんその先は考えていないから言葉も出ない。

 その時ふとアントレーネが言った。

「ねえ、前に追悼のお祈りした時、儀式でのお祈りの言葉、使ったでしょ? ヴォルケが招詞を詠んでくれたから、ぴったり合ったじゃない。ああいうのないかしら?」

 確かにそれはそうだが……

「でも祈祷書に“あっち行け”なんてお祈りないでしょ?」

 グレイスが答えると無線機の向こうからアリエスの笑い声が聞こえてくる。アントレーネはそれを無視して続けた。

「無ければ作るのよ。例えば、ほら、敵に追いかけられている情景とかをまず詠んで、それから来ないで、あっち行ってください、って続けたら気持ちが合いやすくないかしら?」

 グレイスがあっと思った瞬間、アリエスの声がした。

『それってナイスなアイデアかも!』

 更にヴォルケの声もする。

『分かったわ。ちょっと待って!』

「分かったって?」

 だが返事はなかった。それからしばらくしてヴォルケが通信して来る。

『例えば……こんなのどうかしら』

 そう言って彼女は下記のような詩を読み始めた


 『家路失いし闇の森。

 炉端の灯火は彼方にありて、

 背後に響ける遠吠えの声。

 ああ、アニムスよ、我らの願いをききたまえ。

 獣の群れを遠ざけたまえ』


 それから彼女は詩の内容を解説する。

『森の中で道に迷って夜になってしまって、そこに後ろから狼とかの遠吠えが聞こえてくるの。そういう状況って誰でも想像付くでしょ?』

「え? うん」

 グレイスは実際似たような体験があった。小さい頃山にキノコ狩りに行って迷った時だ。実際暗くなってしまって本当に山犬の鳴き声がしていて、父親達が探しに来てくれたのが本当に嬉しかったのを覚えている。

「すごい。ヴォルケ。今作ったの?」

 アントレーネの問いにヴォルケがちょっと恥ずかしそうに答える。

『え? 何か昔読んだ本にあったのを改変しただけよ』

 それにしたってこういうのをすぐ作れるとは……

『で、これは招詞みたいに最後の一節を繰り返せばいいの?』

『ええ、そう』

「わかったわ」

 そこで再びヴォルケは今の詩を読み始めた。

『家路失いし闇の森、炉端の灯火は彼方にありて、背後に響ける遠吠えの声、ああ、アニムスよ、我らの願いをききたまえ、獣の群れを遠ざけたまえ!』

 それを聞いて全員が祈る。

「「「「獣の群れを遠ざけたまえ!」

 途端に二機のシムーンはリ・マージョンを描き始める。できあがった軌跡は同時に弾けて飛んだ。

「やった!」

『うまくいったわね』

「もういちどやってみよう」

 それから彼女達は何度か繰り返してみたが、この方法なら前よりもずっと安定してリ・マージョンが出せることが分かった。

 それが一段落したところでアリエスが言った。

『ねえねえ、それじゃ別のにも作ってみようよ』

「別の? やっつけてやる奴とかに?」

『うん。実はもう作ったんだけど』

「どれどれ?」

 そこでアリエスは意気揚々と自作の詩を披露した。


 『悪い奴らがやってくる

 妹いじめにやってくる

 妹の泣き顔見たくない

 ああ、アニムスよ、我らの願いをききたまえ

 奴らをがつんとやっつけたまえ』


「ちょっと、なによそれ!」

 アントレーネが呆れ声をあげる。ヴォルケは絶句して声も出ないようだ。グレイスも同感だ。

「こんなんでいいのかしら?」

 そもそもこれって詩なんだろうか?

 だがアリエスはめげなかった。

『でもあれってこんな感じでしょ? 詩ってのは気持ちを読めばいいんでしょ?』

「そうかもしれないけど……」

 そこにヴォルケが口を挟む。

『まあ……口語の詩もあることだし、気持ちは伝わるわね。これでやってみる?』

『やろ! やろ!』

「分かったわ」

 だが一回目はやっぱり笑ってしまって失敗だった。しかし二回目には成功した。慣れてくればこれでも全然OKだ。

『ほら! どうだ!』

 得意満面のアリエスに、他の巫女達はちょっとばかり納得がいかない気もしたが……シムーンの神様は思ったより気さくなお方なのかもしれない。



 彼女達の作ったリ・マージョン発動詩のアイデアは司令達にいたく気に入られて、また夕食をごちそうになることになった。

 その席上でリフェルドルフ総司令はご機嫌だった。

「うむ。素晴らしい! 何というか、軍人や科学者の頭からは出てこない発想だな」

「彼女達が敬虔な巫女だったからこそですよ」

 ベネトラルフ副司令も同様だ。

「うむ。こうなったらもう私はお役ご免ですかな」

 ドクターまでがこんなことを言い出すとは、少々酒が入っていたとはいえかなり面はゆい。

 頬の緩んだ巫女達に副司令が言う。

「これで発動の安定性が増したのならば、あとは種類ですか」

 褒められた後にはこういうセリフが来るのは常套だ。

 だがそれに答えたのはドクターだった。

「うむ。だが破壊的なリ・マージョンが負の感情から生み出されているとすると、もっと強力なリ・マージョンはもっと強い……何というか、憎しみのような感情からでないと現れないのではないかと思うのだが……」

 そう言って彼は巫女達の顔を見た。

 それは彼女達も感じていたことだった。彼女達ができるようになった攻撃型の鮫と隼のリ・マージョンは、宮国シムーンが使ってくる一番弱いタイプのリ・マージョンなのだ。彼らはもっともっと強力な物を行うことができるが、それはどんな祈りから生まれているのだろうか?

《多分できないことはないんだろうけど……今なら……》

 あの記憶が風化していない今なら多分できるだろう。大切な仲間を奪っていった敵なのだ。彼らに対してならば心の底からそういった祈りを唱えることはできるかもしれないが……

 でも彼女達は怖かった。

 彼女達は何よりも先にアニムスの巫女なのだ。初めの巫女達は言ったのだ。憎むよりもたくさん許していかないと、世界は憎しみで満ちてしまうと。たとえ相手にひどいことをされたとしても、まず自分から許してやりなさいと。

 確かにそれはとても難しいことだ。でも巫女達はみんなそれがとても素晴らしいことだと知っていたし、そうありたいと願ってきた。

 それなのに……そんなことを祈ってしまったら、アニムスは彼女達のことをどう思うだろうか? シムーンで祈るということは、決して自身を欺くことができないということだ。リ・マージョンが描かれてしまったら、それは間違いなく彼女自身の祈りということなのだから。

《もしそんなお祈りをして……神様に見捨てられてしまったりしたら?》

 考えただけで背筋が冷たくなってくる。

 他の巫女達も同様のことを思っているのだろう。

 その様子を見て副司令が慌てて答える。

「できればの話です。まずこの三つができるだけでも素晴らしい事です」

 昨日、そのリ・マージョンがどの程度の破壊力があるかテストを行った。対象は今度礁国が開発したベスポラドールという無人飛行艇だったが、リ・マージョン一発でそれが一瞬にして跡形もなく消滅してしまったのだ。

 初めて試した時にはグレイス達もその威力に肝を潰した。

 そのことは司令達も重々承知の上で、リフェルドルフは巫女達に言った。

「うむ。まずは無い物ねだりはせずに、いまある力を確実に出せるようにすることだな」

「はい!」

 巫女達は一斉にうなずいた。ともかく宮国シムーンはそういうリ・マージョンを実際に行うわけだし、何かうまい方法があるのかもしれない。

「それとこんな席だが君たちにも言っておこう」

 リフェルドルフがちょっと真顔になった。

「実は近い将来、アンシエンシムーンの再奪取作戦が行われることになった」

 さすがに巫女達もそれには驚いた。グレイス、ヴォルケ、アリエスが口々に言う。

「再奪取? ですか?」

「でも、あそこにはもう残ってないと思いますが……」

「アングラスの乗っていたのは宮国が持って行ったんじゃないですか?」

 それに答えたのはドクターだ。

「それについてなんだが、まだあるかもしれんのだ」

 ヴォルケが首をかしげながら尋ねる。

「それでは別な洞窟があったのですか? でも十分見ましたが、あそこ以外にはシムーンの出入りできそうな大きな洞窟はありませんでしたが」

 ドクターはうなずいた。

「ああ。その点は別に疑ってはいない。理由は別にあって、聞くところによるとあの聖地はどうも非常に特殊な場所らしいのだ。それによると非常に時空が不安定らしい。そこでいろいろと、特にシムーン関係で何かをすると予期せぬ事が起こるそうだ。君たちはそこからアンシエンシムーンを持ち出してきた。そのこと自体がトリガーとなって再び時空の擾乱が起こるかもしれない」

 巫女達は全員ぽかんとしてドクターの話を聞いていた。

「君たちの巫女アングラス殿がそこで発見されたというが、報告では彼女はアルクス・プリーマの爆心地にいたはずで、そもそも遺体がまともに残るはずがないのだ。だがその彼女の遺体があそこにあったということは、シムーンが破壊された時にその影響で空間が聖地につながってしまったのかもしれない。似たような話は他にもあって、シムーンに事故が起こった際に、乗員だけが消えてしまったという例もあるようだ」

 ますます持ってよく分からないが……事故を起こしたら乗員が消える? それってちょっと怖いんじゃないのか?

「更に我々は君たちが帰ってからずっとあの機体を調べてきたのだが、正直驚いているのは、何百年も放置されていたものとはとても思えないことだ。どんな物質でも我々の知っている物は、時がたてば劣化する。それなのにあれはよくて数年とかそんな感じだ。それは一体何を意味するのだろうか?」

 だから分かるはずがない。

「あの、どういうことでしょうか?」

 ヴォルケの問いにドクターはにっこり笑って答えた。

「ああ、要するにだ。もう一度行けばまたそこにあるかもしれないということだ」

「えええ?」

 巫女達は一斉に声を挙げる。それからリフェルドルフ総司令やベネトラルフ副司令の顔も見るが……

「正直現在の二機だけでは作戦に使うには少なすぎる。なので新しい機体が取得できる可能性があるのであれば、確認してみる価値はあると思っている」

「あなた方にはまたあそこに行ってもらうことになると思いますが……」

 二人とも真顔でそういうことを言う。

 うへえええ!

 巫女達は顔色を失った。だが総司令は続けた。

「でも、前のような事にはならないだろう。前回は遺跡に行くまでこちらの輸送機で行かなければならなかった。そのため色々と無理しなければならなかったが、今回は君たちのシムーンで行って来られる。あれの航続距離は実質無限だ。だからぐるっと後ろから回って入れば、ほぼ敵に会う可能性はない」

 言われてみればそれは確かにそうだった。

 宮国の国防はほとんどシムーンに依存している。さらにそれは元々あまり数が多くなく、しかもこの間の偽装会談でも相当数が減っていたので、国境線全てをカバーすることができない。そのため飛行機械で侵入を何度も試みている礁国国境に最重点的に配備されている。それ以外の国境地帯はほぼ無防備と言っていいのだ。

「そのため、シムーンに巫女を六人ずつ乗せられるようなアタッチメントを現在大急ぎで開発中だ。それで控えの十二人を連れて行って、彼女達の機体を得ることができれば、我が方は本格的反攻に出ることも夢ではない」

 あのシムーンにあと六人乗せる? 何だか相当無理な感じだが……でもシムーンの推力というのも礁国機の比ではないことが分かっている。重くて飛べないことはないだろうが、でもその六人の子は荷物みたいに詰め込まれてしまうことになるのではないだろうか?

 総司令に対してヴォルケが尋ねる。

「あの、遺跡に警備とかがついていたりしないんですか? あんな事があった後だし……」

「それについても確認済みだ。特に警備隊を配置するようなこともしていないらしい。実際彼らもあそこはもう空っぽで、何も取る物は無いと思っているようだ」

「はい……」

 ヴォルケは首をかしげた。

《うーん……大丈夫なのかしら?》

 みんな思っていることは同じようだが……でも、確かに今回は前に比べたら楽なのは間違いない。行ってみて、無ければ帰ってくればいいわけで、まあちょっとしたお使いのようなものだろうか。

「再奪取作戦の基点は空軍基地になるので、もうしばらくしたらあちらにまとめて移動することになる」

「え? 本当ですか?」

 思わずグレイスは声を挙げた。

「ああ」

 それは正直嬉しかった。シュネルギアの上は空が広いのはいいのだが、水と食事が今ひとつだ。それに戻ったらみんながいる。彼女達もシムーンに乗れるのを心待ちにしているはずだ。



 それからも巫女達は訓練を続けた。

 やるべき事がきっちり分かってしまえば訓練にも身が入る。まずは既にできるようになった鮫と隼のリ・マージョンを確実に出せるようにする練習だ。これはすぐに、止まっている対象相手ならほぼ確実に命中できるようになった。動いている相手でも飛行爆弾のように軌道が単純な物ならばかなりの確率で当てられる。

 だが実際の敵は宮国シムーンだが、それに命中させる事はほぼ無理だと思われた。危険なので仲間のシムーン相手にテストはできないが、シムーンの機動力をもってすればリ・マージョンを始めたことに気づいたらすぐに離脱できてしまうからだ。

 そのことをウルガヌフ司令に話したら彼はこう言った。

『おまえらがリ・マージョンできるってことが重要なんだ。相手はその威力についてはお前ら以上によく知ってる。お前らがいるってだけで、あいつらはもう前みたいな好き勝手はできないって事だ』

 確かにその通りだ。何も一々消してしまわなくとも相手が戦闘できなければそれでも構わないわけだ。

 そう思ったらますます気持ちが楽になる。なにしろ宮国のシムーンにだってアウリーガとサジッタが乗っているはずなのだ。その子達は嶺国の巫女達とそんなに違わない歳のはずだ。

 それまではあまり意識していなかったのだが、彼女達がリ・マージョンを行えるようになってからというもの、宮国のシムーンシヴュラ達に対する興味が日増しに強くなっていたのだ。

 それは訓練の合間に、新作リ・マージョンの開発という名目でクイズ合戦を始めたこともあるかもしれない。

 それはアリエスの発案なのだが、新しいリ・マージョンが完成したら元のお祈りが何だったかを別の組に当ててもらうというものだ。最初は雲を掴むようなことだと思ったのだが、リ・マージョンとその効果というのは元のお祈りと全然無関係でもないのだ。

 例えばパンケーキのリ・マージョンで香りが出るところとかがまさにそうだ。攻撃型のリ・マージョンは、怖い物に追いかけられたり嫌な奴をやっつけてほしいとかいった気持ちとつながっている。朝の祈りだって言われてみたらそんな雰囲気がする。

 すなわちこのクイズに答えることとは、リ・マージョンをした二人が何を思っていたかを想像することだ。それはとりもなおさず、宮国シムーンには一体どんな子達が乗っていてどんなお祈りを捧げているのだろう? という興味につながってしまうのだ。

 グレイスとアントレーネはまた今、新作リ・マージョンを披露していた。何だか凄く躍動的に踊り回るような軌道を描いた挙げ句、さいごにぽんと音を立てて消えた。

「さあ! どうだ!」

 それを聞いて通信機の向こうからアリエスが答える。

『今度は何の料理を失敗したのよ?』

「違うよーだ。お料理とは直接関係ありません」

 グレイスが答えるとヴォルケが言う。

『ってことは、全く関係ないわけじゃないのね? 食材がらみ?』

「う……まあ、そうだね」

 それを聞いてアリエスが言う。

『あの子達が二人で食材がらみっていうと、山菜採りに関係してる?』

「う……まあ、山菜採りっていったらそうだね」

『じゃあ、フキノトウが出てますように?』

「フキノトウじゃないもん!」

『いきなりだと難しいわよ。もっと狭めないと……それって春のもの?』

「いや、春じゃないけど……」

 そこにアントレーネが口を挟む。

「これで質問五つめよ」

『分かってるって。春じゃないなら秋?』

「うん」

『秋なら栗拾いとか? でも栗見つけるのに苦労はしないし……じゃあキノコ?』

 ヴォルケは容赦なく答えの範囲を狭めてくる。

「う……まあ、そうだね」

 それを聞いてアリエスが叫んだ。

『わかった! 踊り子キノコじゃないの?』

「うわあああ! 正解」

『よし! これで五勝二敗よ』

「う、う、う……」

 このクイズは質問十回以内に当てる事にしているのだが、二人の好みとリ・マージョンのイメージから結構当てられてしまうことが多い。

 グレイスとアントレーネは料理がダメな系統はいくらでも新作ができる。対象を変えるだけでリ・マージョンも変わるのだ。だが料理系だとやっぱり出来上がりのイメージが何となく似ている。料理以外だと野外での山菜採りとかキノコ狩りとかも共に好きなので、このあたりならどんどん作っていけるのだが、逆にこういう風に相手にすぐ読まれてしまう。

 アントレーネが橇とかが好きだったらもっと種類を増やせるのだが、あれは怖いから嫌だと言う。スケートなら両者共に好きではあったが、彼女のお願いは上手なスピンができますようにで、グレイスは誰よりも速く滑れますようにだ。

 互いの共通点に関してはヴォルケとアリエスは正直分かりにくい。そもそもパルになったのだって消去法みたいなものだったし、あの喧嘩のときは大変だった。その後も何だか結構事務的に組んでいるという様子がありありで……だが、その割には変なところで馬が合っている。

 例の朝の祈りもそうだったし、両者共に山羊が苦手というのは分からなかった。何でも小さい頃山羊に服を食べられそうになったからだそうで……あと、夏に夕立が降ったら必ず虹が出るようにお祈りしていたとか。何だか食べ物系ばかりのグレイス=アントレーネパルとは毛色が違いすぎる。

 そんなことを考えている間にアリエスとアントレーネが雑談をしている。

『でも踊り子キノコって美味しいわよね。シチューに入れると凄くいい味が出て』

「見つけるのは結構大変なのよ。穴場を知らないとまず無理で。だから見つけたら嬉しくって」

 そこにヴォルケが割り込んだ。

『それじゃ今度はこっちの番よ』

「よーし! いいよ!」

 グレイスが答えるとヴォルケは通信を切って、新しいリ・マージョンを始めた。

 それはちょっと雪の結晶にも見える凸凹した多角形だが、できあがると内側がきらきらっと虹色に輝いて消えた。

「うわ! 綺麗……」

 グレイスはなんだかうっとりと見とれてしまった。

「すごいな! 何だろう? あれ、やってみたいね……」

 彼女のつぶやきにアントレーネが答える。

「そうよねえ……あら?」

「どうしたの?」

 グレイスが振り返ると……アニムスの心臓に今見たばかりのリ・マージョンが現れている。

「え? 何で?」

 グレイスは驚いてアントレーネの顔を見るが、彼女も首を振る。

「さあ……今何お祈りしたの?」

「今の綺麗なの、あたしもやってみたいなって……ああ?」

 その時グレイスは彼女達のシムーンから光跡が出ていることに気がついた。

「なに?」

「後ろ! 見てよ! アントレ!」

 振り返ったアントレーネも光跡に気づいて驚きの声を挙げる。

 何だか知らないがリ・マージョンが始まるらしい。

 グレイス達は身構えて待ったが……それ以上は何も起こらなかった。

 しばらくしてヴォルケ達から通信が入る。

『あんた達、何してるの? その真っ直ぐなリ・マージョンは……』

 光跡は出たが何も起こらなかったせいで、後ろにただ真っ直ぐな光跡が出て消えていったのだ。

 グレイスが混乱した声で答える。

「あの、あたし達、さっきのあなた達のリ・マージョン見て、凄く綺麗だなって思って、二人でやってみたいなって思ったの。そうしたらアニムスの心臓にそのリ・マージョンのイメージが出て、だから始まるかなと思って待ってたんだけど……」

『ええ? でもあなた達あたし達のお祈り知らないでしょ?』

「うん。でも本当だよ?」

 それを聞いてアントレーネも言った。

「ええ。心臓にさっきの星形? の形が出てたわ」

 通信機はしばらく沈黙して、やがてアリエスの声がした。

『どういうことだろう?』

 続いてヴォルケが尋ねる。

『あなた達、意味は分からないけど綺麗だから、そのリ・マージョンをしたかったってことよね?』

「そういうことになるね」

 グレイスがうなずくとアントレーネが言った。

「あ、あの綺麗なリ・マージョンを描かせてくださいってお祈りをしたらどうなるかってことかしら?」

 それを聞いてヴォルケがぶつぶつ何かを言い出した。

『さっきのリ・マージョンをやりたいと思って、意味は分からないけどそうお祈りしたと……すると心臓に私たちのリ・マージョンの形が出て? どうしてかしら。それってあのお祈りじゃないから、違った形にならないとだめなのに……』

 ヴォルケはしばらくそんなことをつぶやいた後、また尋ねた。

『リ・マージョンって、あたし達のお祈りを神様に伝える言葉みたいな物よね? パンケーキを上手に焼きたいってお祈りがあの丸い形で、とか』

「うん。そういえばそうだね」

『同じようにさっきのリ・マージョンは、新雪の上に最初のシュプールが描けますようにってお祈りだったんだけど……』

「あー! そうだったの!」

 グレイスとアントレーネが膝を叩くと同時に、アリエスが突っ込んだ。

『ヴォルケ! 答え言ったらダメじゃない!』

 ヴォルケが一瞬絶句する。それから早口でまくし立て始めた。

『……って、いいじゃないのこの際! ともかく、さっきやろうとした時はあなた方はこれを知らなかったわけでしょ?』

「え? うん」

『でもそれで描けちゃったら、アニムス様が混乱するじゃない。あなた方は単にリ・マージョンが描きたかっただけなのに、その形は新雪のシュプールのお願いで……』

「え? え?」

『アリエス、ちょっとやってみましょう。パンケーキの形、覚えてるわよね?』

『もちろん』

 それから彼女達の通信が切れた。

 やがて彼女達の機体の後ろから光跡が出始めるが……ただ真っ直ぐだ。機体が旋回するとそれに合わせて光跡も曲がるが、それだけだ。やがて光跡が消えるとヴォルケから通信が入った。

『リ・マージョン、何でもいいからその形を具体的にイメージして、それを描きたいって願ってご覧なさい。アニムスの心臓にそれが出るみたい』

「え? そうなんだ!」

 確かにさっきはそういう状況だったが……

『今私たちは、パンケーキのリ・マージョンの形をイメージして、あれを描きたいってお願いしたのよ。そうしたら心臓にあのパンケーキの形が出てきたの……あ、確かめるなら普通にはできないリ・マージョンの方がいいかしら?』

「分かった! じゃあ、朝の祈りやってみよう」

「ええ」

 朝の祈りのリ・マージョンは何度となくその形は見ていたのですっかり覚えている。二人は朝寝坊をしたいと思ったことはなかったが、そのリ・マージョンができないこと自体は少々癪に障っていたのだ。

 二人はその形を思い浮かべると大空にそれを描き出したいと願った。すると、アニムスの心臓はその想いに答えてくれたのだ。

「出たわ!」

「それじゃ……」

 だが、その先が起こらなかった。今まではここから自然に機体が動いてくれたのに、今回は普通に飛ぶだけだ。グレイスが何度か宙返りしてみたらその通りの光跡は出るが、もちろんそれは期待したリ・マージョンではない。

「何でできないんだろう?」

 グレイスのつぶやきにヴォルケが答える。

『今思ったんだけど……もしかして自分でやれってことじゃないかしら?』

「え? 自分で?」

『ええ。だって形を思い浮かべただけでできちゃったら、いきなりお願いが叶ったことになるでしょ? アニムス様はお願いを聞くだけで、あとは自分で努力しなさいってことなんじゃないかしら……』

「えええ?」

 そんなところだけ厳しくしてくれなくてもいいのに……

 それからアリエスが言った。

『あと、アントレーネ、見た? アニムスの心臓に出た輝線の他に点が見えたでしょ?』

「え? ああ、そういえば……」

『あれって自分の機体の位置みたいな気がするんだ』

「そうなの? よく分かったわね?」

『だって、その点、ヴォルケが操縦したように動いてたし。だとしたらそれがラインから外れないようにしてればいいかも。ほらサジッタ席の操縦桿、何で付いてるんだろうねって言ってたけど、ラインから外れないように調整するためじゃない? アウリーガからは心臓、見えないし』

「ええ?」

『ああ! 宮国のマニュアル!』

 その会話を聞いていたヴォルケがいきなり大きな声を挙げた。

 それを聞いてみんなは思い出した。半分忘れかけていた宮国のリ・マージョン実行マニュアルの方法だが、それがこんな感じではなかっただろうか?

 ということは?

「宮国の子って、リ・マージョンはみんなこうやってるってこと?」

『じゃないかしら……』

 グレイスの問いにヴォルケが半信半疑といった様子で答える。

「ともかくやってみようか」

「ええ」

 そこで彼女達はめいめいで自力リ・マージョンを行おうとしてみた。

 すぐに分かったことは、これがどえらく難しいと言うことだ。

 しばらく試してみて、ついにグレイスは音を上げた。

「これ、大変だよ!」

「そうよね……」

 アントレーネも呆然としている。

 やってみたいリ・マージョンの具体的なイメージがあれば、それをアニムスの心臓に出すことまでは簡単にできる。

 だがそこからが大変だ。リ・マージョンの形どおり飛ぶと言っても、グレイスの位置から全体が見えるわけではない。いわばリ・マージョンの内部からの視点だ。しかもめまぐるしく方向が変わっていく。形を体で覚えておかなければならない。だからサジッタの指示や調整が非常に重要になってくるのだが、こうなると二人の息が完璧に合っていないと全くお話にならないのだ。

 朝の祈りも新雪のシュプールも難しすぎて、一番簡単そうな鮫のリ・マージョンに変更してみても全然うまくいかない。

 結局その日、二機で何十回も試した挙げ句、ヴォルケ達が一回だけ鮫のリ・マージョンを成功させることができた―――すなわち、普通にやったときのように破壊効果が現れたということだ。それが確認できただけでも成果だが……

 日が傾いてきた頃、アリエスがぼそっとつぶやいた。

『あっちの巫女ってこれ、思い通りにできるってこと?』

『多分そうなんじゃないかしら』

 ヴォルケの返事に思わずグレイスはうなった。

「それって滅茶苦茶凄くないの?」

 アントレーネやアリエスも口々に言う。

「うん。そう思うわ」

『どれだけ頑張ったらそんな風になれるんだろう?』

 それを聞いてヴォルケが答える。

『そういえばドクターが言ってたじゃない。あちらにはシヴュラになる学校があって、そこを出た一握りだけが本物のシヴュラになれるって』

 今となってはこれ以上なく納得できる話だ。それから今度はアントレーネがつぶやいた。

「でもこれって形さえ分かればどんなリ・マージョンでも描けるって事よね?」

「あ、そうか……だからあんな怖いリ・マージョンでもやってられるんだよ。きっと!」

『そういうことだったのね……』

 ヴォルケの言葉にアリエスが言う。

『んー……何かそれってずるくない?』

「でも向こうはこのために何年も練習してるんだろうし……」

 アントレーネの言うとおりだ。彼女達はこのために一生懸命努力したのだ……その気持ちはもうよく分かる。

『それはそうだけど……』

 グレイス達はまだ宮国の巫女と直接会って話したことはない。だから彼女達が何を考えているかなんてもちろん分からない。

 でもこれだけは分かる。彼女達がリ・マージョンを描く時、それは心の底からあの美しい図形を大空のキャンバスに描き出したいと思っていることだ。そう思わなければシムーンは答えてくれない。

 最初の頃、彼女達は宮国のマニュアルに従ってリ・マージョンをしようとしてできなかった。今ではその理由はよく分かる。まず彼女達に具体的なリ・マージョンのイメージがなかったことと、何よりもそれは純粋な気持ちからではなく、義務感から行っていたことだからだ。空にリ・マージョンを描きたかったのではなく、彼女達はそうしなければならなかったからそうしていた。

 でも今は違う。あんな美しい物を見てしまったら、あれを自分でも描いてみたいと思うのは当然ではないか! 理屈ではない。単に自明なこととして……これは“シムーン乗り”でないと分からない気持ちなのかもしれないが……

『さて、そろそろ夕暮れだし、終わりにする?』

 ヴォルケの言葉にグレイスは言った。

「あ、その前に、さっきの新雪のシュプール、みんなでやってみない? 普通に」

『普通に、ね。いいわよ』

「じゃ、リードはお願いね」

『分かったわ……朝起きたら外は真っ白。ふわふわの雪が積もってて……まっさらのゲレンデに最初のシュプールが描けますように!』

 それに続いて巫女達が一斉に祈る。

「「「「まっさらのゲレンデに最初のシュプールが描けますように!」

 二機のシムーンは絡み合うように飛び始めると、二重のラインになった新雪のシュプールのリ・マージョンを描き出す。模様はぴかっと光って虹色にきらめきながら消えていった。



 その日の晩、今日発見したことの報告をすると、またまた司令達に絶賛された。

「見事だな! 君たちは!」

 リフェルドルフはグレイス達一人一人の手を握りながら続けた。

「君たちの貢献は本当に素晴らしい! 今まで謎だったシムーンについて、次々に新事実が出て来る。本当に君たちがいてよかった!」

「ありがとうございます」

 司令が手を握る力が強すぎてちょっと痛いが、でも誇らしいのも確かだ。

 その横でドクターが一人でぶつぶつ言っている。

「マニュアルがああなっていたのは、そういうわけだったか……そして最初の方式と矛盾はしないと。確かにああいう綺麗な物を描きたいというのもとても素直な祈りだが……その祈りに自己言及が含まれている場合、シムーンがそのような反応をするわけで……」

 また何を言っているかよく分からないが、迂闊に尋ねたら延々と講義されそうなので黙っておくことにする。

 その側でリフェルドルフ総司令がベネトラルフ副司令に言う。

「それにしても彼女達がこれほど賢明で、しかも協力的だったのは、我々にとって本当に幸運だった」

「いえ、運がよかったといいますか、それこそアニムスのお導きでしょう」

 彼もにこにこしながら巫女達の顔を見る。

《え? あたしが賢明?》

 グレイスは今までそんなことは言われた事がなかったが、言われてみるとなかなか気分の良い物だ!

 そこに口を挟んだのはウルガヌフ司令だ。

「しかし……これで分かったことは、シムーン操縦技術に関しては我らはまだ宮国の足下にも及ばないと言うことでしょう?」

「それは……そうだな」

 リフェルドルフはうなずいた。ウルガヌフは続けた。

「対シムーン戦においてリ・マージョンがあまり効果的でないとすると、直接空戦に持ち込まれる可能性が大ですが、そうなるとかなり危険かと」

 それは彼の言うとおりだ。リ・マージョンはものすごい破壊力はあるが、開始から完成までに時間がかかる上に何をしているか相手に丸わかりという欠点がある。動きの鈍い相手なら問題ないが、シムーンのような機敏な対象を捕らえるのは相手が寝てでもいない限りほぼ不可能だ。

 そうなればあとは一対一の空中戦ということになるが……あんな複雑なリ・マージョンを軽々と自力でこなせる相手なのだ。分が悪いなんて物ではない。

「それについてはどうしましょうか?」

「うむ。上にも報告して検討しなければなるまいな。ウルガヌフ。ドクターと共同して今回の件の報告書を早急に作成してくれ」

「了解しました」

 それから総司令は巫女達に言った。

「君たちはまた訓練を続けてくれたまえ。可能であれば新しい物を開発してもらえるともっと助かるが」

「分かりました」

 彼女達はうなずいたが、それはちょっと心が重かった。あれ以来結局どうでもいいリ・マージョンは大量に開発しているが、戦いに使えそうな物は全然増えていないのだ。

「では今日はこれまで」

 司令の言葉に巫女達が引き上げようとした時だった。ウルガヌフが彼女達を呼び止めて言った。

「あ、ちょっと一言お前らに言っとくことがある」

「なんでしょうか?」

 巫女達は彼の前に並んだ。

「お前ら、最近食堂とかで、宮国の巫女について話しているそうだな?」

「え? はい」

 グレイスが答えると、ウルガヌフはちょっと怖い顔になる。

「それについて苦情が来ている。お前らが宮国の巫女を笑いながら褒めてたってな。そういう態度はちょっとまずい」

 巫女達は顔を見合わせた。それからヴォルケが答える。

「え? あの……褒めてたって……彼女達は操縦が上手なんだなって話してただけだと思いますが……」

 ウルガヌフが首を振る。

「ああ。そんなとこだとは思ったさ。でもな。あいつらも気が立っているんだ。つい最近たくさんの仲間を消されたんだ。分かるだろ?」

 それは……

「正直宮国シムーンの乗員と言うだけで、ひねり殺したいと思ってる奴も多いんだ。そういう奴らの気持ちを逆なでするようなことは、止めてくれ」

 巫女達は黙ってうなずくしかなかった。

 考えてみれば二週間くらい前までは自分たちもそうだったのだ。リ・マージョンができるようになるまで、彼女達もまた亡くした仲間達の無念を晴らすためだけに頑張っていたのだ。

 だがリ・マージョンできるようになると劇的に見方が変わってしまった。

 それまでの彼女達にとってシムーンとは、言わば特殊な戦闘機の一種でしかなかった。彼女達がこの作戦に参加した理由は、それが始まりの巫女達が失った翼だったという“象徴的事実”があったからだ。だが現実は何と言おうとそれは“究極の兵器”を得るためだった。

 だが実際に乗ってみて彼女達は分かった。シムーンとはそれが言われていたとおりの物だったのだと。宮国ではシムーンを操縦することをシムーンと話すといい、リ・マージョンを描くことを空に祈ると言い習わしてきた。それはまさにその通りなのだということを……

 だが乗らない者には分からない。兵士達はシムーンに乗ることができない。だから彼らに宮国の巫女達が何を考えているか想像してくれ、彼女達はただ純粋に空に祈りを描きたがっているだけなのだ、などという言葉が届くはずもない。

 ミーティングの後、巫女達は何となくグレイスの部屋に集まった。今まではそういう時は食堂で話していたのだが今後はそれはできないだろう。

「ちょっと狭いね……」

 グレイスはこぼした。彼女達のもらった士官用の個室は本当に狭い。シュネルギアという閉ざされた空間上なのだから仕方ないとはいえ。

 それを聞いてアントレーネが言った。

「四人部屋にしてもらう? 一人だと何だか寂しいし」

「うん。それいいかも」

「そうね。特別待遇らしいんだけど、これじゃあまり嬉しくないし」

 アリエスとヴォルケの言葉にグレイスはちょっと嬉しくなる。

「ああ、みんなそう思ってたんだ。まだ時々怖い夢見るし。一緒にいられると嬉しいな!」

「グレイスもそうなの?」

「うん。ヴォルケも?」

「ええ」

 顔を見るとどうやらみんな同じのようだ。それから何となく場が沈んでしまう。

「総司令の言ってたの、どうする?」

 アントレーネがつぶやいた。

 もちろん彼女の意味したのは新しい攻撃リ・マージョンのことだ。

「ええ。そろそろもう一つくらい新しいのができるようにならないと……」

 ヴォルケがそう答えるが口ぶりは重い。

「シムーンに乗るのは楽しいんだけどね……」

「でも敵をやっつけるために乗るのって……」

 アリエスやグレイスもそれぞれつぶやく。

 あの作戦からそろそろ三週間近く経っている。作戦中は他にすべきことが多すぎて考えている暇もなかったが、こうして余裕が出て来るとやはり本来のことを考えてしまう。

 そう。そもそも彼女達は巫女なのだ。戦争とは本来無関係のはずなのだ。本来ならばカテドラルで穏やかな祈りの日々を過ごしているはずなのだ。

 それなのに……何故か今、こんな場所で敵を倒すために祈れと言われている……

 やりきれない気持ちがするが……もちろんそう言われる理由も分かる。たくさんの仲間が先に行ってしまったのだ。彼らのためにも彼女達が頑張らねばならないは確かなのだが……

 やがてぽつんとアリエスが言った。

「あの子達、怖くないのかな?」

「さあ。でも宮国式だったら、あまり怖くないのかも」

 ヴォルケの答えにグレイスはつぶやいた。

「綺麗なリ・マージョンを描きたいってお祈りよね……」

「昔は儀式の時にしか飛ばなかったって言うけど……」

 ヴォルケの思い出したような言葉に、アントレーネが言った。

「じゃ今はあの子達も……敵をやっつけるためにお祈りしなさいって言われてるのかしら?」

 巫女達ははっとして顔を見合わせる。

 それが本当だったとしたら……まるで彼女達と同じではないか?!

《それって? 本当なの?》

 実際のところ宮国の巫女達はどんな気持ちで空に祈りを捧げているのだろうか?