エピローグ
「……じくん、英二君」
懐かしい声がする。
薄目をあけると、間近に叶瑞希の顔があった。
《えっと……どうなったんだっけ?》
何か恐ろしい―――とてつもなく恐ろしい夢を見ていたような気がするが……
「よかった。気がついたわ。死んでなかった!」
瑞希がぎゅっと英二の頭を抱きしめる。
頬が彼女の柔らかいやや控えめな胸にきゅっと押しつけられて―――少し汗臭い香りが鼻腔をくすぐった。
なんだろう? これって……
見るとどうもここは神社の境内のようだ。見覚えがある。確かちよこの八幡宮の……
それから記憶が鮮明になってくる。
《まさか、夢だよな。あはははは……》
だが、あたりには焦げ臭い香りが漂っている。
上をみると―――ご神木が縦に裂けて、ぶすぶす煙が上がっている。
「…………」
体を起こしてあたりを見ると、そこら中に葉っぱや折れた枝などが散らばって、まるで台風でも来たあとのようだ……
「あの……」
ふり返るとすぐそばに瑞希の涙に濡れた顔があった。
「ごめんね」
再び彼女が英二を抱きしめる。
「本当によかった……」
その声の方には同じく立花ちよこが涙を拭いながら立っていた。
「えっと……それじゃやっぱり今までのって?」
「ええ。あなたが東磨を救ってくれたの」
………………
…………
……
「それじゃさっきのって……」
ちよこ少し赤い顔でうなずいた。
「ごめんなさい。高祖君の覚悟を瑞希さんに伝えるにはああするしかなかったの」
覚悟って―――あはははは。
「まあそりゃそうかもだけど……でもほら、まずは話してみるとかからじゃないのか?」
だがちよこは首をふった。
「いえ、言葉なんて本当に無力なものだから……あんなに荒ぶってたらもう何を言っても通じないのよ。悪霊はいくつも見てきたけど、説得できたのなんていなかったもの。だから雷ちゃんに消してもらうしかなかった……本当にかわいそうなのもいたんだけど……」
「そうなのかなあ……」
英二がちょっと釈然としていないところに、チリーンという鈴の音とともに赤い首輪をつけた黒猫が現れた。
「まあ、うちには説得のきかないような奴ばっかり紹介されてくるのにゃ」
「はいぃーっ? 猫が喋った⁈」
「何を今さら驚いているのにゃ。これが普通のときのうちなのにゃ」
「え、あ、そうなんですか……」
とは言われてもやっぱりこれって―――目を白黒させる英二にちよこが尋ねた。
「ねえ、それじゃもし前に私が、しゃべる猫が友達だって言ったら信じてくれてた?」
「え? いや、そりゃ……」
絶対にちょっとかわいそうな子だと思ったにちがいないが……
「でしょ? 百聞は一見に如かずなの……だからあのとき思ったの。どんなに口でだいじょうぶって言っても瑞希さんには届かないだろうけど、もし実際にだいじょうぶなところを見てもらえたらって……」
何がダイジョーブなところだったんでしょうねえ? あはあはあは!
とまあ、彼女がそうしたわけは納得できたのだが……
ふり返った英二を見たとたんに瑞希が真っ赤になった。
「いや……だってあいつが悪いんだからねっ! 最初は偉そうにしててさあ、そのくせあたしが叶って分かったとたんにお友達になりましょうとか言いだしてさあ、でも裏じゃねちねち悪口を広めたりしてて。みやっちのことだってしつこくいじめてたし……」
いきなり何の話だ? そこにちよこが小声でささやいた。
「キヨネって人のことみたいです」
「そう。宇上清音よ。どっかの社長令嬢様らしいんだけど。よっぽどぶちのめしてやろうかって思ったんだけど、みやっちがそんなことは止せって言うし。で、そんなときはこうしたらいいって教えてくれたのがあれで……」
「あはははは。それでにその子を悪役にしてやっつける話を書けばと?」
「いやー、でもやっぱ書いてるだけじゃまだもにょもにょしてたんだけど、今度のでスッキリしたわー。ありがとう」
あはははははははは。ってか―――ちょと待てぇ! それならミンチのところで終わりだろうがーっ! それからどうして英二が受けてやらにゃならんのだーっ! どっかで本末転倒してるだろうがーーーっ!
英二はジト目で瑞希を見つめながら尋ねる。
「んで、僕がその話の主役やってる必然性って……?」
瑞希は清々しく逆ギレした。
「はあ? だいたいあんたが悪いんでしょうが! もう戻って来ないとか言ってさあ。いつも顔合わせるようなのを使ってたら気まずいじゃないのよ。だからもう二度と会えないって言ってたあんたを主役にしてみただけで」
「だってあのときは本当にみんなそう思ってたんだし……」
「ぐだぐだ言いわけしてんじゃないわよ。誰でもよかったのよ。書きやすけりゃ。なのに秋に絵を描いてくれるとか? じゃあ、どーすりゃ良かったってのよ!」
その剣幕に英二はたじたじとなるが……
《なに勝手にぶち切れてんだよ……ぜんぜん意味分かんないから。もう……》
どう考えたって英二が責められるいわれはない。ここはひとつ言ってやらねば!
そこで彼は精一杯の笑顔を浮かべると神社の惨状を示した。
「だけどさあ、なんてかほら、もうすこし自制とかできなかったのかなーって……」
「だってちょっとカーッとしちゃったんだもん」
えーと、その―――ちょっとカーッとしたってレベルですか? これが?
「いや、でもさあ……」
二人のやりとりをニヤニヤ眺めていた黒猫が横から口を挟んだ。
「あー、それがけっこう難しいのにゃ。あまり瑞希様を責められないのにゃ」
「え? どうしてだよ?」
「覚えてるかにゃ? 霊っていうのは実体がなくて、何かに憑いてないととても不安定だってことにゃ」
「あ? うん」
すると雷がひょいと英二の膝の上に乗ってきた。
「実体のないモノがその存在を保とうとしたら、果てしなく自身を再定義し続けなければならないのにゃ。まさに思念の無限ループなのにゃ。するとポジティブフィードバックがかかって思念はどんどん増幅して、ますます極端な存在になってしまうのにゃ」
えーっと、この理数系妖怪がまたなんか難しいことを言ってるようなのだが……
それを聞いた瑞希がうなずいた。
「あーっ……確かにああしてないと自分が消えちゃいそうで……そう思ったらもうそれ以外考えられなくなっちゃって……いや、ほんと。最初はちょっやだなって感じだったのに。でもそのうちもう絶対に嫌だって気になってきて……」
雷がこんどは瑞希の膝に飛び乗った。
「悪霊化とはそもそもそういうものなのにゃ。うちも悪霊出身だからその気持ちはよく分かるのにゃ」
「そうなんだ。ありがとう。雷ちゃん」
「いいのにゃー」
瑞希がぎゅっと抱きしめると雷は嬉しそうに目を細めた。
うぬーっ。それはそういうものだとするしかないようだが―――しかしだ!
それ以前の問題も多々あるわけで。
「でもさあ、これってとっとと立花さんに相談してたらよかったよねえ?」
瑞希がぴくりと停止して、それからちよこをちらっと見る。
「だーってえ、ちよこちゃんがあたしの体、取っちゃったって思ってたし」
ちよこが口ごもった。それに答えたのはまた雷だった。
「空っぽの体を放置なんてできなかったのにゃ。そんなことをしたらすぐ悪い物が寄ってくるのにゃ。さかりのついた動物霊なんかに入られたらえらいことなのにゃ」
あ、まあそれはそうだろうが―――おまえが言うか? 齢千三百年とかいったらそっち方面は枯れ果ててるのかもしれないが……
「それにちーこも友達を欲しがってたし、ちょうどいいと思ったにゃ」
「え? それってどういうこと?」
とたんにちよこが真っ赤になると、瑞希に向かって大きく頭を下げた。
「ごめんなさい。本当に一生懸命に探したんです。雷ちゃんと一緒に毎日毎日……でも瑞希さん、ぜんぜん見つからなくって。それでちょっと思っちゃって……このまま瑞希さんが戻ってこなければって、そうしたらずっとこうしていられるのかな、なんて……」
え? それじゃやっぱり彼女が実は瑞希のことを好きだったってこと?
そんな二人の視線を感じて彼女はさらに赤くなる。
「違うの! そんなんじゃなくって、ただ……」
「ただ?」
ちよこはうつむいてしばらくもじもじしてから答えた。
「人間のお友達が欲しかったから……」
………………
…………
……
英二と瑞希はぴしっと凍りついた。
人間の? お友達?
ちよこはうつむいたまま続ける。
「こんなお勤めしてると変なものがいっぱい寄ってくるの。霊的なものもあるし、あの湯川ミヤコみたいな危ない人たちも……だから迂闊に近しい人を作ったら危険な目にあわせてしまうから……だからあたし友達はずっと雷ちゃんだけで……でも本当はみんなともっとお話したかったんだけど……だから、本当にごめんなさい!」
英二と瑞希はしばらく言葉が出なかった。
あはははは。なんていうか―――彼女ってすごい宿命に生まれついてたんだなあ……
そこに気を取りなおした瑞希が尋ねる。
「それじゃどうして英二くんにあたしの世話しろなんて言ったの?」
そ、そうだった、そんなこともあったが……
ちよこはまたうつむいた。
「あれは……自信がなかったから……雷ちゃんの入った瑞希さんは、いくら記憶はあったってやっぱり雷ちゃんだし……」
それを聞いて思わず英二は、かねがね疑問に感じていたことを尋ねていた。
「あ、それでなんだけど、魂の抜けた体にもやっぱり記憶ってあるんだ?」
「え? そうだけど?」
さも当然といった顔で言われて口ごもる英二に、雷が突っ込んだ。
「あのにゃー。おまえの頭に脳みそは入ってないのかにゃ? 何のためにそれだけでエネルギーの二十パーセントも消費する器官がついてると思うのにゃ」
「へ?」
「脳というのは魂をコピーしておける外部記憶装置みたいなものなのにゃ。だから体に入ればそいつの記憶はみんな分かるのにゃ。夢枕に立っていろいろ見せられるのも脳の情報を利用できるからなのにゃ。だからこそ人体がこの世で最高の依代なのにゃ」
「あーっ、なるほど!」
そういうことだったのか―――瑞希が分裂したのでなくて本当によかった……
などという感慨は置いておいて……
「で、それでなんの自信がなかったの?」
瑞希の追及にちよこがもじもじと答える。
「ちゃんと育ててあげられるかどうか……雷ちゃんってとっても賢いけど、人としては生まれたてみたいなものだから、いろいろあるし……」
「いろいろって?」
「たとえばネズミが大好きだったりとか」
思わず目を丸くした二人に、しれっと雷が答える。
「そりゃ生まれつきの性というもので、簡単には変えられないのにゃ」
「あー、まあそりゃしかたないっていうか、ちょっと困るわよねー」
苦笑いする瑞希にちよこが続ける。
「だから人間の常識を覚えてもらわないと困るんだけど、あたしってこんなだし……だから高祖君ならいいかなって思って」
「どうして英二君だと?」
「あのときもう、あれ読んでたの。だから瑞希さんも、その本望かなって……」
………………
…………
……
瑞希は一瞬ぽかんとして、それからまたみるみる真っ赤になった―――続いて思いっきり笑ってごまかそうとする。
「あっはははは。そーだったの。あはははは」
「あの、だから明日学校でみんなに謝ります」
ちよこはまた大きく頭を下げる。
「え? なにを?」
瑞希が不思議そうに首をかしげる。
「だってそのせいで瑞希さんが、その、あたしのお姉様みたいにされちゃって……」
そういえばそういう問題もあったが―――瑞希はしれっと答えた。
「あー。それなら別に謝らなくっていいんじゃないかな?」
「え?」
「だって妹なら私もほしかったし。それにこんな秘密知られちゃったんだからー、身近において監視してないとねー……」
瑞希はちよこを抱きしめて頬ずりした。
ちよこは真っ赤になって、続いて瞳に涙を浮かべる。
「本当にいいんですか?」
「あはははは。いいっていいって」
瑞希はぽんぽんとちよこの背中を叩くと、今度は英二に向かってお辞儀する。
「それと英二君も。本当にありがとう」
「私からもお礼を言います。ありがとうございました」
ちよこも英二に向かって礼をする。
「いや、まあ。あはは……」
かくして物語は爽やかに終了してしまいそうなのだが……
―――でもいいのか? この程度で許してしまって。この二週間、こいつらのせいで警察のご厄介とか、もう半端なくひどい目にあっていたような気がするのだが……
だがしかし……
「あ、そうそう。あたしのメアド教えてなかっよね。ケータイケータイ」
などと言われておずおずと携帯を取り出している自身の姿があった。
メアド交換すると瑞希はにこやかに微笑んだ。
「これで一件落着ねー。あー、よかったよかったっ!」
―――と、そのときだった。
‼
ちよこと瑞希の目が見ひらかれる。
「なにこれ?」
「恐ろしい邪気……?」
あたりに凶悪な気が渦巻いているのが英二にまでぴりぴりと感じられた。
《まさかさっきの悪霊がまだ残っていたのか?》
背筋に冷たいものが走る。
すると背後の藪がガサガサっと音を立ててそこから現れたのは……
「すべて聞かせてもらったわ‼‼‼」
凄まじい形相に鬼神のような怒気を身にまとった―――春華おばさんだった。
「あ、ママ。どうしてここへ?」
「どうしてじゃありません! 何かとんでもないことが起こってるから慌ててやってきてみれば、あんたが暴れてたとか……」
「いやーだから、あはははは!」
頭を掻く瑞希に春華おばさんがつかつかと歩み寄ると……
ごすっ!
あたりに鈍い音が響きわたった。
「あぎゃーっ! 痛ーいっ! なにするのよぉーっ!」
「だまらっしゃい! 見なさい。この惨状を!」
おばさんは瑞希の首根っこをつかむと、ぼろぼろになった境内に目を向けさせる。
「まずはみなさまにお謝りなさい‼」
そのまま瑞希を引きずっていくと、まず本殿に向かって土下座させた。
「はひーっ。本当に申しわけございませんでしたーっ」
「今度はこっち!」
続いて裂けたご神木に向かって土下座させる。
そうやっておばさんは瑞希を神社の各所に向かって謝らせていった。
「えっと……あそこになにがあるんだ?」
ちよこに尋ねると……
「あ、高祖君には見えないのね? 神社の中だから、あちこちに小さな神様がいらっしゃるのよ。みんなおびえちゃって……」
「そーなんですかー」
なにかもはや違う世界に入りこんでるんじゃないのかー?
謝罪が一段落したところで、おばさんが瑞希を引きずって二人の元に戻ってきた。
「あなた達もごめんなさいね。迷惑かけて」
「あ、はい」「はい……」
二人が一も二もなくうなずくと、ちよこが春華おばさんに尋ねた。
「あの、それでそれで春華様。少しお聞きしたいことがあるのですが……」
おばさんは分かっているといったようすでうなずいた。
「ああ、この子の力のことよね?」
「はい。ちょっとその、雷ちゃんでも手に負えないとか……」
その力は菅原道真級ということらしいのだが……
「そうね……こうなったらもうあなた方には話しておかなければならないわね」
―――そして彼女は話し始めた。
春華おばさんは三人の顔を順番に見渡した。
「みんな、東磨がかつて魔を倒す里という意味で、倒魔ヶ里って言われてたのは知ってるかしら?」
ちよこと瑞希はうなずいたが、英二は初耳だった。
「そうなんですか?」
「そうなのよ。実はね、ここはその名のとおり外世界からやってくるさまざまな悪鬼や妖魔を調伏するための場所だったの」
「はいぃ……?」
英二はもう呆然とうなずくしかなかった。
「一柱の神では相手にならない本格的な悪鬼が来たような場合にね、多くの神々が結集して迎えうつための決戦場だったのよ、ここは。そしてそんな戦いのおりには、姫神様が叶家の当主に降りられて戦いの総大将をなさっていたの」
「姫神様?」
首をかしげるちよこに春華おばさんが尋ねた。
「東磨神社のご祭神は?」
「それは八幡大神、神功皇后それに比売大神でしたけど……」
とたんにちよこが目を見張る。
「では……比売大神そのお方が直々に、ですか?」
「ええ。だから叶家の当主は女性でなければならなかったのよ」
えーっと、よくわからんのだが、もしかしてすごい話を聞いてる?
「それでね、悪鬼や妖魔のたぐいは普通、人や物に憑いてやってくるから、博多や長崎が外国への表玄関だった時代はここが戦いの最前線だったの。でも文明開化でそれが横浜や神戸に移って、今では羽田や成田になっちゃって、こっちはもうずっと開店休業状態だったのよ。それでそろそろ本格的に店じまいしようかってことになったの」
文明開化以来ずっと開店休業?
「明治維新ってもう百年以上も前なんですが……えらくのんびりしてるんですね」
それを聞いた春華おばさんはにっこりと笑った。
「だって千年以上も最前線でやってきたんだから。そう簡単には閉められないのよ」
「そうなんですかー」
何だか時間の感覚がよく分からなくなってくる。
「ともかくそれで姫神様がおっしゃったのよ。これを機会にいちど普通の女の子として生きてみたいって。千年以上働き続けてきて少々くたびれてしまったからって……それでそのとき私が身籠もっていた娘に転生していただいたの」
………………
…………
……
「ほえ?」「えーっ」「にゃんですとーっ⁈」
三人が一斉に叫んで、それから英二とちよこが瑞希の顔を見つめる。
「じゃあ、みっちゃんって神様なの?」
だが春華おばさんは首をふった。
「確かに姫神様の御霊を持ってはいるけど、でも人間には間違いないわ。それが姫神様のお望みだったから。だから神様としての記憶などはご自身で封じられているのよ。そんなものがあったら普通の女の子じゃなくなっちゃうしね」
えっと―――まあその、悪霊化瑞希がとんでもないパワーを持っていた理由は納得いったわけだが……
「春華様、だから瑞希さんがいなくなっても心配してなかったんですか」
ちよこの問いに春華おばさんがちょっと苦笑する。
「だって、この子の魂が抜けたのはこれが初めてじゃないし」
「え? そうなの?」
瑞希が驚いて尋ねる。
「そうよ。小さいころはよくね。それで変なところに入りこまれたりして。探すのが大変だったんだから」
「そういうことだったんですか……」
「そうなの。だから簡単にどうこうなるわけないって高をくくってたんだけど……」
おばさんがまた鬼の形相になると瑞希のほっぺたをむにゅっと掴む。
「でもま・さ・か・悪霊化するとは思ってなかったけどねっ‼」
「あひゃひひひゃ。らからほれはもう謝っはれひょ~?」
「なにへらへらしてるんですか! あなたは! もうちょっとでこの町を吹き飛ばすところだったんですからね」
「だからちょっとした事故だって~」
「ちょっとじゃありません! 大惨事です。だから……こんな事故をもう二度と起こさないためにも、この夏は本気で修行してもらいますからね」
「しゅ、修行ってなによ?」
「なにって熊野の大峯奥駈道とか……あ、そこは女人禁制だったかしら。それじゃ四国八十八箇所通し打ちでいいわ」
「でいいわってそんなー! いったい何日かかるのよ!」
「四十日くらいです。夏休みで十分終わるわ」
「えー。友達と海に行く予定あるのーっ!」
「断りなさい」
「そんな~。やだー!」
ごちん!
再び春華おばさんの拳骨が瑞希の脳天にめりこんだ。
「あーっ。殴ったわね? 神様の私を殴ったわね?」
「話を聞いてなかったんですか! あなたは神様である以前に……」
―――私の娘ですっ! ごちーん‼
「うわー。なによ~。パパにも殴られたことないのに~!」
「パパは優しいからです」
「人でなし~! 悪魔~! オニババー!」
―――そんな二人を見て英二は思わずちよこに話しかけていた。
「みっちゃんって……やっぱあれが本物だったんだ……」
「あはは。そうみたい」
ちよこがにこっと英二に微笑み返す。
微笑み? 彼女の笑顔って初めて見た気がするが―――こんなにかわいかったんだ。
何だか英二の頬までちょっと熱くなってきたりして……
などと軽く青春していたところに春華おばさんが言った。
「お二人には本当に迷惑かけたわねえ」
「いえ、そんな」
「こんなですけど、ちよこちゃん、英二君。今後ともこの子をよろしくね」
「はいっ。もちろんです!」
ちよこが満面の笑みを浮かべて答える。
「あ、はい」
それに釣られて英二も思わずうなずいていた―――のだが……
《あれ? 今後ともよろしくって……どゆことカナー?》
その恐ろしい意味に気づいたときには、春華おばさんはもう瑞希を引きずって行ってしまったあとだった。
「うわー。夜ってこんなに静かだったんだなー」
英二は自室のベッドに大の字になって独りごちた。
この二週間、一時たりとも休む間がなかったがこれでやっとゆっくりできる。
《それじゃそろそろ……うっふっふ》
なにしろ少年のソロゲームにはとんとご無沙汰なのだ。あれはエネルギーを貯めすぎると変な暴発をしたりするから―――と、携帯にメールが着信した。
「ん? 誰からだろう?」
見ると……
【送信】Mizuki♪
【件名】今日はありがとう
あの話、続編があるんで。
またよろしくね
………………
…………
……
夜のしじまに悲しき叫びが響きわたった。
脳内劇場☆HARAIYA☆ おわり