第3章 謀略の予感
「ふえー。それにしても、こりゃ全部読むのは一生かかるな」
フィンはずらっと並んでいる図書館の書架を見てつぶやいた。
アイザック王の図書館は聞きしにまさる規模だった。最初の数日は図書館にどんな本があるか見回るだけで終わってしまったぐらいだ。
フィンは書架の間を歩き回りながら、ときどき気になった本を手に取ってみる。
「えーと、この辺だな」
彼は歴史書の書架の前に来て立ち止まると、一つ一つを手にとって眺め始めた。
この世界では印刷技術はあまり発達していないので、かなりの本が手書きで書写されたものだ。一部は木版で刷られた物もあるが、いずれにしても本は貴重なのだ。
そのときフィンに語りかける声がした。
「またここにいらっしゃったの? ずいぶん熱心ね」
振り向くとそこにはナーザが立っていた。
「ああ、ナーザさん」
フィンはナーザの前に出ると国王や王妃の前に出る以上に緊張した。どうしてかはよく分からない。ただ、彼女の目に見据えられると全てが見通されてしまう、そんな気分がするのだ。
彼女は今まで見たどんな女性とも異なっているように見えた。白銀の都で貴族をしていた以上、彼も様々な高貴な女性と出会うことがあった。だから女性に対する対し方は十分心得ているつもりだったのだが……
そんなことを考えているとナーザが言った。
「何の本をお探し?」
「え? ああ、ベラで書かれた歴史の本を探しているんです」
「それだったら隣の棚よ。赤い背表紙の本が並んでるでしょう?」
「ああ、これですか?」
フィンはその本を一冊抜き取った。確かにその通りだ。
「よくご存じですね」
ナーザはこの図書館の内容を把握しているのだろうか?
「いえ、私も歴史は好きなのよ」
「ああ、そうなんですか」
二人は何となく一緒に閲覧室に戻った。
ナーザはフィンと同じデスクに座って、彼女の持ってきた本を広げた。
フィンも同じように本を広げたが、側にいるナーザが気になって本に集中できない。
彼に落ち着きがないのに気づいたのかナーザが顔を上げる。
すると二人の目が合ってしまった。
「どうなさったの?」
「い、いえ、ナーザさんは何の本を読んでるのかなと思って……」
フィンは慌ててごまかした。
「ああ、これ? これはシフラ攻防戦に参加した兵士の日記よ」
「ええ?」
フィンは驚いた。てっきり昔の物語とかそんな物を読んでいると思っていたのだ。
「何かおかしいかしら?」
「いえ、そんなことはありません。でもちょっと意外で……」
ナーザはにっこり笑った。
「ああ、そう言えばまだお話ししてなかったかしら? 私、軍の顧問もしているの」
彼女があまりにもあっさりと言ったので、フィンはその言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
「え?」
何だって? 軍の顧問だって? 彼女が⁇
「あの、王女様の先生じゃなかったんですか?」
思わずフィンはそう言ってしまった。それを聞いてナーザは微笑んだ。
「みんな、最初は驚かれるみたいね。あなたも女がそんなことをしてはいけないとお思い?」
フィンは慌てて首を振った。
「そんなことありませんよ。もう驚きません」
そう言ってフィンはしまったと思った。変な女ばっかりの国だなと思ったことに気づかれただろうか?
だがナーザはまたにっこりと笑っただけだった。
それを見てなぜかフィンは胸がどきどきしてきた。
「私、父が軍人だったのよ。それで小さいときからこういうことに興味を持ってしまって、ずいぶんと叱られたものよ」
「そうなんですか」
「でもここに来てそれが役に立って……アイザック様が心の広いお方で、とても感謝してるわ」
フィンはうなずいた―――少なくともそれは事実だ。でなければどうして娘が郭などに出入りしているのを認められるというのだ?
しかし未だにフィンは何か納得がいっていなかった。心が広いというよりどこか壊れているんじゃないのか? と。
王宮の中ではあの家族はまるで非の打ち所がないように見える。
だが最初に郭の中で出会ったのも間違いなくエルミーラ王女だ。それだけにあの現実とのギャップが大きかった。
だがそういうことをいちいち悩んでいてもここでは仕方がない。それよりフィンはナーザの持っている本に興味がわいた。
シフラ攻防戦とはどんな者でも知っている歴史上の大事件だが、特に魔法使いにとっては大きな意味を持っている、というよりトラウマになっていると言う方が正しいが……
「その本、シフラ攻防戦の本って言いましたね? おもしろいですか?」
「ええ、そうね。壁役兵士の生の声が読めて、とても興味深いわ」
「壁役兵士……ですか?」
「見てみる?」
「あ、いいですか?」
フィンはナーザから本を受け取って、ぱらぱらとめくった。
だが最後のページまで行くとなぜか中途半端なところで終わっている。
「この本の続きはあるんですか?」
「いえ、それが全部よ」
「え?」
途端にフィンは理解した。これは兵士の日記なのだ。ということは―――その兵士はその後を書くことができなくなってしまったのだ。
「壁だと……そういうこともあるでしょうね」
フィンは沈黙した。
壁役とは、魔導師の周囲を取り囲んで守る役割を持った兵士達のことだ。当時の戦いでは魔導師の魔法が戦いの帰趨を決めた。だから魔導師を守ることは戦いにおける最重要課題だったのだ。
「そういえば、あなたは魔法が使えるというお話でしたわね」
「ええ。少し使えます。でも本当に少しだけです……」
「それでは、都の学校にも行かれたんでしょう?」
「ええ。まあ……」
「そこではこの戦いのことはどんな風に教わりました?」
「え?」
フィンは少し言葉に詰まった。
それを察したようにナーザが言った。
「無理にとは言いませんけど……」
別にそれは秘密でもなんでもなかった。フィンが言葉に詰まった理由は、何だか身内の恥をさらしてしまうような気がしたからだった。
「教わらなかったんです……」
「教わらなかった?」
「はい……」
白銀の都はベラと並ぶ魔導師の本拠地だった。それ故にクォイオの戦いやシフラ攻防戦が起こるまではこの世界で最も権威のある国だった。
だがこの戦いを境にその権威は一気に失墜する。
今、世界で最も影響力がある国はシフラ攻防戦の勝者であるレイモン王国なのだ。
「たぶん長い間その上にあぐらをかいていたせいなんでしょう。またこの戦いで有力な魔導師がみんな戦死してしまって……長老連中は、それ以来思考停止なんです。学校でこの話題を出すことは、タブーなんです」
「まあ……それではみんな一体何をしているの?」
「さあ。なんだかどうでもいいような研究ばかりしてますよ。祭典のときにいかにきれいな火花を出すかとかね。僕はつまらないから勝手に一人でやってたんです。結局それで大したことは覚えられませんでした。もともと大した才能もなかったんですが」
そういうフィンを見て、ナーザが笑いながら言った。
「それでもお二人でやってくるときには役に立ったのでしょう?」
「まあ、盗賊から逃げるのには役立ちましたが、それ以外は全然役にたちません」
「そこまで言う人は珍しいわね」
「そうですか? 都ではたぶんみんな内心はそう思ってるんです。口には出さないけど。でもみんなどうしていいか分からないから、今までと同じことを繰り返しているんです。だったらどうすればいいのか考えればいいのに」
「あなたには何かお考えがありますの?」
そう問い返されてフィンは言葉に詰まった。
「ええ? まあ考えようとしたことはあります。でもよく分からないんですよ。都じゃ。それでこっちに来たら何か分かるかなと思って、ここに来たのはそういうわけもあるんです」
それは事実だった。
フィンがベラで書かれた歴史書を探していたのは、ベラではいったいこのことについてどう考えているのか知りたかったからに他ならない。
「そう……」
ナーザは少し黙った。それからフィンに問いかけた。
「あなたはクォイオの戦いでどうしてガルンバ将軍が勝ったと思う?」
いきなり問われてフィンは少々慌てた。そういうことは考えたことがなかったが……
「ええ? それは魔法が効かなかったからでしょう?」
それを聞いてナーザはさらに問いかけた。
「どうして魔法が効かなかったのかしら?」
どうしてだって? いったいどうしてなんだろう……
「よく分かりません。都では誰も教えてくれませんでしたから……」
「だったらちょっと待っててね」
ナーザは立ち上がると、書庫に入っていった。しばらくして一冊の本を手にして戻ってくる。
「これ読んでごらんなさい」
フィンはナーザの持ってきた本を開いた。
それはクォイオの戦いに関して書かれた本だった。
フィンはしばらくそれを見ていたが、驚いて声を上げた。
「ええ? 水かぶって突っ込んだだけなんですか?」
クォイオの戦いはレイモン王国の南の平原で行われた。
対するウィルガ王国軍は、白銀の都から派遣された魔導師を中心に伝統的な円形の陣を敷いた。そこにガルンバ将軍の騎馬隊が一気に突入したのだ。騎馬隊の兵士はあらかじめみんな水をかぶっていた。だから魔導師が少々火の雨を降らせても、平気だったのだ。
騎馬隊の突撃に壁の兵士達は一気に蹴散らされた。そうして壁を失った魔導師達は、その後は為すすべもなかったというのだ……
「そんな簡単なことだったんですか?」
そう尋ねたフィンにナーザは不思議な笑みを浮かべる。
「そう? 簡単かしら?」
「だって、どこが難しいんですか?」
「確かに結果は簡単だけど……私はガルンバ将軍がどうしてこんな簡単な作戦で勝てたのかっていう方が気になるけど」
「え? どういうことです?」
「ガルンバ将軍の結論は簡単だったけど、その結論を出すことは果たして簡単だったのかしら?」
それを聞いてフィンは考え込んだ。
もし、ガルンバ将軍の作戦があらかじめ予想できたものだとしたら―――ウィルガ軍はいくらでも防御策を考えられたはずだ。
だが彼らはそうせずに敗北した……
ウィルガ軍の司令官は、その簡単な結論を出すことができなかったのだ……
「私はガルンバ将軍は本当に優れていると思うわ。その証拠にシフラ攻防戦だとこうは簡単じゃないから」
「シフラ攻防戦ではどんなことが起こったんです?」
「説明してたら大変だから、あなた自身で調べるといいわ。あとで参考になる本を教えてあげるわ」
「ありがとうございます」
フィンはまだナーザの言ったことを完全に理解したわけではなかったが、今までずっと頭の中でもやもやしていたことに対する糸口が見えたような気がした。
そしてそれ以上に、目の前にいる女性に対する尊敬の念が増してきた。
《凄い人だな……》
フィンは思わずナーザに見とれた―――ちょうどそのときだった。
「ああ! ナーザ。待った?」
やってきたのはエルミーラ王女だ。
「いいえ。私も今来た所です」
「じゃあ早速なんだけど、これね、ちょっと教えて欲しいんだけど」
「どこです?」
王女は持ってきた本を開いてナーザにあれこれ尋ね始めた。
《なんだ、やっぱり先生もやってるじゃないか》
聞くともなしに二人の話を聞くうちにフィンは段々驚いてきた。これはかなり高度な法律の話だ。この王女はこんなに勉強熱心なのか?
そのとき後ろに人の気配がする。
フィンが振り向くと―――途端に彼をにらんでいたアウラと目が合ってしまった。
彼女は既にトレードマークとなっている女性兵士の制服姿だ。
城内でそんな格好をしているのは彼女だけだが、はっきり言って格好いい。既に女官の間では噂の的になっている。
それはともかくフィンは言葉に詰まった。
「や、やあ」
「なに?」
と言われても返答に困る。
その間にアウラはふいと横を向いてしまった。
フィンはむっとしたので、また向き直して本を読もうとする。
だが前にはナーザと王女、後ろにはアウラだ。
《ちっ! これじゃ集中できない!》
フィンは本を返しに行くふりをして席を立った。
部屋を出るときにちらっと振り返ると、またアウラがこっちをにらんでいるのが見えた。
フィンは逃げるように書庫に入っていった。それからまたなぜか腹が立ってきた。
《何であいつはいちいち人をにらむんだ? いっぺん何か言ってやるか?》
だが―――いくら強がった所で逃げた方の負けである。
そんな様子を王女とナーザがじっと見て互いに目配せしていたのだが、当事者同士は全く気づいていなかった。
《何よ! あいつ! 言いたいことがあったら言ったら?》
アウラはそんなことを考えながらフィンを見送った。
フィンは部屋を出ていくときまたちらっとこっちを振り向いたが、アウラと目が合うと逃げるように行ってしまった。
《どうでもいいけど》
アウラは王女とナーザの話が終わるのを待った。
彼女たちの話は専門的でアウラにはよく分からない。
だが彼女は待つのには慣れていた。ヴィニエーラにいたときは毎晩庭の隅でじっとあたりの気配を伺いながら朝を待ち続けたのだ。それに比べたら楽なことこの上ない。
そこでアウラは薙刀のイメージトレーニングを始める。待っているときの暇つぶしには最適なのだ。
「アウラさん」
彼女がはっと顔を上げると、二人の話は終わっていて雑談になっていた。
「はい。なんでございましょう」
「ここではそんなに堅苦しくしなくていいのよ」
「え? は、はい」
王女のお付きになってから一月以上が経っている。城の人たちの顔はだいたい覚えた。王女お付きの三人娘とももう仲よしだ。
だがアウラはこのナーザは何だか苦手だった。王様の前の方がまだ緊張しないぐらいだ。
「そろそろ慣れてきた?」
「ええ? まあ」
最初の頃は勝手が分からず緊張のしっぱなしで、一日が終わると着替える気力もなくベッドに倒れ込んだものだ―――だがすぐにアウラはこつを飲み込んだ。
城の中では別に四六時中王女にくっついている必要はない。
特に城内でプライベートなときは逆に少し間を開けていないと王女も困るだろう。
そういうときはアウラも適当に休むことができた。もちろん王女の声が届く範囲内には必ずいる必要があったが……
しかし王女が公式な場に出るときと、お忍びで外に出るときは話が別である。そんな場合には当然、脇にぴったりと控えていなければならない。
お忍びの時はまだ良かった。そういう状況はある意味経験豊富だったからだ。
それより困ったのは公式な場に出るときだった。
なにしろ周囲には高貴な人ばかりである。ヴィニエーラのときは掟破りな客相手なので別に地のままで良かったのだが、ここでは明らかに相手が悪くともそれなりの対応をしなければならない。
それを聞いて王女が口を挟んだ。
「バルグールを殺しかけた以外はすごくよくやってくれてるわ」
「だって、ミーラが嫌そうだったから……」
アウラにしてみればこの話はして欲しくなかった。
だがナーザは興味を持ったようだ。
「まあ? どうなったの?」
「ナーザには話してなかった? 一昨日ね」
「もうやめて下さい」
「いいじゃない。喜んでる子も多いのよ」
「バルグールというと、あの男ですよね?」
「そう。あいつったらちょっと離れてる隙にグルナを口説いてたのよ。そこにあたし達が戻ってきたものだからあいつ慌てちゃってね。ごまかすためにあたしの手を取ろうとしたの。そうしたときにはもうあいつの首筋に薙刀の刃がね」
そう言いながら王女は自分の首筋に手を当てる。
「それは見てみたかったわ」
「そのときのバルグールの顔ったらね」
「やめて下さい」
アウラは真っ赤になってうつむいた。
確かにあれはやりすぎだった―――城の中で軽々しく刃をさらすなんてもってのほかだ。
アウラはその後王妃に呼び出されてさんざん叱られたのだ。
しかしナーザはにこにこ笑っていた。
「確かにもう少し手加減を覚えないとまずいわね。でもエルミーラ様に危害が及ぶまで抜かないよりはずっといいわ」
「はい……」
アウラはうつむいたまま答えた。
「それじゃナーザ、ありがとう。そろそろ戻るわ」
王女が立ち上がる。後を続こうとするアウラにナーザが言った。
「じゃあアウラ。がんばってね」
「はい……」
アウラは振り返らずに答えた。
後から失礼だったかと思ったが、何となく振り返りづらかったのでそのまま出てきてしまった。
二人は王女の私室に向かった。
王女の部屋は西棟で図書館は東棟だ。なので戻る途中には庭の回廊を通ることになる。
二人がそこにさしかかると、向こうから男が一人やってきた。アウラは嫌な気分になった。どうしてこんな所でまたあの男と出会うのだ?
「これはこれは、王女様。ご機嫌麗しゅうございます」
出てきたのはバルグールだった。
王女もこの男を嫌っていることが態度からも分かる。あのときもバルグールが王女の手を取ろうとしたとき嫌がるのが分かったので、アウラは反射的に男に刃を突きつけたのだ。
「そうですね」
王女も冷ややかに答える。
二人はそれ以上何も言わずに男の側を通り過ぎた。
アウラはまた男が何か無礼なことをするのではないかと横目で観察した。途端に背筋に悪寒が走った。
バルグールは王女ではなく今度はアウラをじろじろと見ていたのだ。
城の中にいる以上男がたくさんいるのは仕方ない。
またアウラが王女のお付きになってからは多くの男に取り囲まれることもよくあった。
もちろんたいていの男は何の悪意も持っていない。ごく当たり前にアウラに接してくれる。そういう場合ならアウラも何とか我慢できるようになっていた。
だがこのバルグールという男だけは最初から虫が好かなかった。
彼は一見礼儀正しくは振る舞っていた。だがこの男が丁寧に喋れば喋るほどアウラは嫌な気分がわき上がってきた。
その男が今アウラを見ているのだ。
しかも男はアウラの顔を見ているのではなかった。
アウラの今着ている女性用軍服だが、これは動き易さを考慮した結果かなり体のラインが浮き出てくる仕立てになっていた。
男はそのアウラの体を眺め回していたのだ。
アウラの胸の傷が痛み、男を叩きのめしたくなる感情がわき上がってくるが、彼女は必死にそれを押し殺しながら黙って王女の後に付いていった。
男が見えなくなるとアウラはほっとため息をついた。
それを聞いて王女が言う。
「そんなにあいつが嫌い?」
アウラは慌てて王女の顔を見る。王女の顔にはいたずらっぽそうな笑みが浮かんでいる。
「嫌いよ。グルナだってそうでしょ?」
「あいつが好きな子もいるのよ」
「変なんじゃないの」
王女は声を立てて笑った。
「ほっときなさいって。無視すればいいのよ。それ以上手なんか出せないんだから」
「…………」
そんな話をしながら二人が部屋に戻ってくると、ちょうどグルナがお茶を持って出てきたところだった。
「ああ、王女様。ちょうど良かったですわ。今お茶が入った所なんです」
「ありがとう。グルナ」
「アウラ様もどうぞ」
「ありがとう」
「他のみんなは?」
「もうすぐ来ると思います」
しばらくするとリモンとコルネがやってきた。
今ではアウラもこの三人娘達のことがかなりよく分かってきていた。
グルナは一番年長で一番落ち着いている。お姉さんという雰囲気だ。何か大切なことを任せるときは彼女が一番安心できた。
リモンは普段はほとんど喋らない。お茶会の時でも大体は黙って人の話を聞いていることが多い。といっても単なる引っ込み思案なのではなく、ときどき鋭い突っ込みを入れてくることがある。
コルネは三人の中では一番可愛い娘で、やる気だけは人並みはずれている。だがどうしてもそれが空回りすることが多く、二~三日に一回はなにかしょうもないドジをふんでは、グルナに叱られている。
三人に共通して言えることは、みんな心の底から王女が好きなことがひしひしと伝わってくるという点だ。
アウラは当初彼女たちは王女の子猫ちゃんなのだと思っていた。
だがある日それとなく聞いてみたら王女は言下に否定したのだ。
『まあ! とんでもないわ! それはあの娘たち可愛いけど、あたし手当たり次第に手を付けたりしないのよ!』
アウラは平謝りに謝ったのだが、王女は全然怒った様子ではなかった。彼女は笑いながらこう付け加えたのだ。
『最初あの娘たちがあたしのお付きになったとき、本気でおびえてたのよ。コルネなんか半ベソで。見せたかったわ! だから約束したの。あの娘達には絶対そんなことしないって。でないとあの娘達、お嫁に行けなくなっちゃうでしょ。そういうのはあたしだけで十分』
そのときアウラはまずいことを言ってしまったということばかりに気を取られていたので、王女の言ったことの意味によく気がつかなかった。
王女達が笑いさざめいている姿を見ていると、そんなことが思い出されてくる。
アウラはこのお茶会の時間が一番好きだった。
彼女たちはまた他愛のない談笑にふけっていたが、その日はアウラがバルグールをやっつけた話で盛り上がってしまった。
そんな話にちょっと一息ついたとき、コルネがアウラに向かって尋ねた。
「あの、それでアウラ様……あたし達考えたんですけど……」
同時にリモンもうなずいた。
「なに?」
「えっと、あたし達に薙刀を教えてください!」
「ええ?」
アウラは驚いてコルネとリモンを見る。エルミーラ王女も同様だった。王女は言った。
「あなた達がそんなことまでしなくていいのよ」
だが二人の目は真剣だった。
「でも、全然できないよりできた方がいいと思うんです」
「アウラ様一人を危ない目には合わせられません」
だがエルミーラ王女はきっぱりと言った。
「これは遊びじゃないのよ」
「遊びじゃありません」
そう答えたのはリモンだった。それからコルネが半泣きでうなずく。
エルミーラ王女はどうしようかという顔でアウラを見た。アウラはかわいそうになってきた。
「あたしはいいわよ。お勉強の間は結構暇だし」
二人の目が輝いた。だが王女は言った。
「あなた方、これがどういうことか分かっているの?」
二人は口を揃えて言った。
「分かっています!」
王女はしばらく考え込んだ。それから答えた。
「じゃあ、アウラ……お願いしていい?」
「いいわよ」
「ありがとうございます!」
また二人が口を揃えて言う。だが王女は続けた。
「でもアウラ。教える以上は本気で教えてね。痣だらけになってもいいから」
「ええ?」
アウラは少し困った。適当にやってお茶を濁そうと考えていたからだ。
薙刀だろうと剣だろうと、苦痛を伴わずには強くなれっこない。当然彼女もそうだった。ブレスとの薙刀の稽古は楽しかったが辛くもあった。
それをこの二人に強いるのはあまり気が進まなかったのだが……
それを聞いて二人も顔を見合わせる。しかしすぐにまたそろって答えたのだ。
「かまいません」
迷っている目ではなかった。
アウラは不思議に思った。
どうしてこの娘達はそこまでしようとするのだろう? 護衛なんかは兵士に任せておけばいいのではないか? 自分はたまたまそれしかできなかったからこうしているだけなのだし……
アウラは彼女を見つめるリモンとコルネの顔を代わる代わるに見つめた。
この娘達はエルミーラ王女のことが本当に好きなのだ。
アウラはうなずいた。
「わかったわ。じゃあ明日から始めるわね。でも王女様の言ったとおり、手は抜かないからそのつもりでね」
そう言われて二人は改めて少し心配になったようだったが、すぐにまた声を揃えて言った。
「お願いします!」
そのときアウラは心から王女が羨ましいと思った。