アウラ、覚醒する 第3章 アウラ、正体を現す

第3章 アウラ、正体を現す


 あれさえなければ……

 あれさえなければ……

 アウラは一人ベッドの上に座って落ち込んでいた。

 寝ようと思っても目が冴えて眠れない。

 そもそも最初にアウラは王妃と約束したのではなかったか? 彼女が前にバルグールに剣を抜いて叱られたときに、もう城内では緊急のとき以外は抜かないと誓ったのではなかったか?

 あれの一体どこが緊急なのだ? 逃げ出してもいいし、はり倒してもいいし―――いくらでもやりようはあったはずだ。

 それなのに今回はなぜかほとんどお咎めなしになってしまったが、アウラにとってはそういう問題ではなかった。

 彼女は約束を守れなかったのだ―――そのことが彼女の心を苛んでいた。

《どうしてあたしってこうなの?》

 フィンに出会う直前にトレンテの村で起こした騒ぎのときもそうだった。

 グラテスで起こした喧嘩でもそうだった。

 冷静に見れば、相手にあんな仕打ちをするほどのことではない。あのときも彼女はちょっと手を掴まれただけなのだ。

 それでも一人で旅をしているときならばどうでもよいことだった。

 だがここで彼女はかけがえのない人を何人も得てしまったのだ。

『男なんてああいう生き物なんだから、適当にあしらえばいいのよ』

 ヴィニエーラの姉御がそう言ったことを思い出す……

 アウラも頭ではそう分かっている。

 だが―――彼女の胸の傷が痛むと体が勝手に動き出してしまうのだ……

《どうしてあたしって……》

 アウラはベッドから立ち上がって、窓際に歩いていった。

 外は夜も更けている。天空高くに満月が輝いている。

 アウラが向かいの棟を見ると、こんな夜更けに明かりの灯っている部屋がある。ナーザの部屋だ。

 そう思った途端に、またアウラは無性に腹が立ってきた。

 アウラは部屋の中をぐるぐる歩き回り始める。

 しばらくそうしていた後、アウラはいきなり部屋の隅に立てかけてあった薙刀を掴むと、部屋の外に出ていった。

 そしてどこをどう歩いたか覚えていなかったが、気がついたらナーザの部屋の前に立っていたのだ。

《いったいあたしは何してるの?》

 本当に何をしているのだろう?

 アウラはやっと自分がとてつもなく馬鹿なことをしているのに気づいて、慌ててきびすを返そうとした。

 だがそのとき時部屋の中から声がしたのだ。

「誰?」

 アウラは凍り付いた。

 逃げようとしたが体が動かない。次いで部屋の扉が開く。

「まあ、アウラ、どうしたの? こんな夜更けに」

 聞き慣れた声がする。

「あ、あ……」

「用があるのならお入りなさい」

 アウラは動けなかった。

 ナーザはそんなアウラをじっと見つめた―――それから彼女はアウラが手にしていた薙刀を指していった。

「あなた、どうしてそんな物を持っているの?」

 気づいたときにはそれを構えてしまった後だった。

 だがそれを見てもナーザは眉一筋動かさずに、平然とこう尋ねたのだ。

「もしかして……私を斬りに来たのかしら?」

 アウラは言葉が全く出てこない。

「私、何か悪いことした?」

 その言葉にまたふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「図書館で……」

 アウラはやっとそれだけ言葉を絞り出した。

「図書館?」

 ナーザはちょっととまどった顔をしたが、それからおもむろに言った。

「ああ、あれね。でもどうしてあなたが怒るの?」

 どうしてだって?

 そんなことは……

 そんなことは……

「ル・ウーダ様と抱きあっていたからって、あなたには関係ないでしょう?」

 アウラは真っ赤になった。

《フィンは! フィンは……》

 頭の中で誰かがそう叫んでいる。アウラは口をぱくぱくさせた。

「え? なに?」

「あんなことしないで!」

 気づくと彼女はそう叫んでいた。

 その形相を見れば、どんな鈍い者でもその意味がわかるだろう。

 だがナーザは全く意に介していないようだった。

 ナーザはしばらくアウラの顔を見つめると、にっこり笑う。

「嫌だって言ったら?」

 アウラはもう限界ぎりぎりだった。薙刀を握る手に力がこもる。

 それを見たナーザが言った。

「それでは外に出ましょう」

「え?」

 アウラは呆気にとられた。

「ここでは絨毯が汚れてしまうわ」

「…………」

 無言のアウラを見てナーザが更に言う。

「私とどうしても決着をつけたいんでしょ?」

 ナーザはそのまま、すたすたと歩き出す。ちょっと行ってから振り返るが、アウラはまだそこで固まったままだ。

「どうしたの?」

 アウラは操られるようにナーザの後を追った。


 二人は城の庭に出た。満月の月明かりで全てが青白く見える。

 ナーザは適当な広場に来ると、向き直った。

「このあたりでいいかしら?」

 ナーザの声は相変わらず落ち着いている。

 アウラも少し離れて立ち止まる。

「あんた、武器は?」

「これでいいわ」

 そう言ってナーザは懐から扇子を取り出した。

 アウラはまたかっと血が上る。

「なめてんの?」

「どうかしら。でもその前に聞いておきたいことがあるんだけど」

「何よ!」

「あなたが勝ったとき、私はどうすればいいの?」

 アウラは絶句した。

「ル・ウーダ様にもう近づかないだけでいいのかしら? それとももっと何か?」

 当然彼女がそんなことを考えているはずがない。

 アウラが答えないので、ナーザは更に言った。

「それともう一つ。逆に私が勝った場合は、どうなさるおつもり?」

 そちらの方がまだ答えやすかった。

「好きにすればいいわ!」

 それを聞いてナーザは微笑んだ。

「わかったわ。それでは始めましょう」

 こんな展開になるなんて想像もつかなかった。

 しかし、考えようによっては彼女にとっては最も都合の良い展開とも言えた。

 アウラはあまり話すのは得意ではない。ナーザ相手に口げんかを仕掛けても勝負にもならない。

 だがこっちの方は何よりもアウラの得意な分野だ。

 彼女は自分の腕に絶対の自信を持っていた。

 今までどんな敵を相手にしても怖くなかった。

 目の前にいるのはただの女一人。いかようにもあしらえる―――そのつもりだった……

 アウラは薙刀を構え直して、ナーザを見据えるが……

《えっ?》

 途端に背筋に冷たい物が走った。

 アウラは今まで何度もこういう戦いを経験していたが、それに全て勝ててきたのは、彼女が獣並のスピードを持っていたからでも、男勝りのパワーを持っていたからでもない。

 彼女が持っていたのは“聞く”力だった。

 ―――といっても耳で聞くのではない。こうして対峙したとき、相手が無言で発する言葉を聞くことができたのだ。

 対戦する相手というのは生きた人間だ。銅像ではない。

 微妙な息づかい、目線の変化、筋肉の緊張、足の運び。全てが意味を持っているのだが、多くの者はその意味を理解できない。

 だがアウラはその意味するところを、まるで言葉で話しかけられるように理解することができた。

 遊郭でガルガラスと決闘したときも、彼は全身で叫んでいたのだ。これから突っ込んでやる! お前の体をまっぷたつにしてやる! さあ行くぞ! と。

 アウラは自らの体の言葉でこう言い返せばいいだけだった。いやよ。ごめんだわ! あんたがそうなればいいのよ! と。

 敵の中にはそのような言葉を解する者もいた。そういう敵と戦うのは、とてもおもしろい体験だった。

 敵が叫ぶ。アウラが答える。敵もまたそれに答える―――というように会話が続いていくのだ。

 特に養父ガルブレスとの練習の時は、一番おもしろかった。

 彼はそういう語彙が豊富だった。アウラがつまらない受け答えをすると、どんどん痛いところを突いてくる。アウラも必死になってそれに答えようとする。

 最後にどっちが勝ったかなんて覚えていなかった。

 アウラはただその会話が楽しかった。

 アウラにとって戦いとはそういう物だった。

 だが―――今、目の前にいる敵はそうではなかった。

 ナーザは静かにアウラの前に立っている。

 それなのにアウラには分からなかったのだ。彼女は息もしているし、手にした扇子は緩やかに動いている。

 なのにアウラにはその意味するところが全く聞こえなかったのだ。

 ガルガラスとの戦いでさえそれは会話だった。会話ならばいかようにも答え方を知っている。

 だが―――それを拒絶されたとき、アウラは為す術を知らなかった。

 冷たい汗が脇の下を流れた。

 その時点で勝負はもう決まっていたようなものだった。しかしもう引き返すことはできない。

 アウラに残された選択は、何の成算もなくただ全力で打ち込むことだけだった。

 だがそれさえも許してもらえなかった。

 気づいたらナーザはアウラのすぐ側にいて、薙刀の柄がをしっかりと掴まれていた。そして喉元にはぴたりと彼女の扇子が当たっている。

 アウラはそのまま地面にへたりこんだ。

「まだ続ける?」

 ナーザの問いに、アウラは黙って首を振った。

 それを聞いてナーザもはあっと大きく息をついた。

 それからアウラの肩にそっと手を置くと、ささやくように言った。

「それでは約束を果たしてくれる?」

 アウラは黙ってうなずいた。


 ナーザはアウラを導いて自室に戻った。

 彼女の部屋は王女の部屋と同じような造りになっていた。二間に別れていて、奥の部屋はナーザの寝室になっている。

 そこには小さいながら専用のバスルームもあった。だが飾りはほとんどなく、一見がらんとした感じだ。

 ナーザは入り口付近に為すすべもなく立っていたアウラに向かって言った。

「それじゃ服を脱いでお湯を浴びていらっしゃい」

「え?」

 いったいナーザは何をしようとする気だ?

 そういうアウラの目を見て、ナーザは笑った。

「汗ぐっしょりじゃないの?」

 確かに言われたとおりだ。下着が濡れて冷たくなっている。

 アウラは黙って言うとおりにした。

 アウラが上がってきたとき、ナーザが湯気を立てているティーカップを持って立っていた。

「それではこれを飲みなさい。少しお酒が入っているわ」

 アウラが黙ってそれを飲むと、少しリラックスした気分になった。

 彼女が飲んでいる間、ナーザはベッドに座ってそれを見つめていたが、飲み終わったのを見定めると黙って手招きした。

 アウラはもうどうなってもいいという気分で、ナーザの横に座る。

「いい子ね。それじゃ……」

 アウラは身構えた。だがナーザの次の言葉は予想とは全く違っていた。

「私に話してくれる?」

「え?」

「私にあなたのお話をしてくれないかしら?」

「……何の?」

「ガルブレス様と一緒にいた頃の話よ」

「でも……それはもうお話ししました……」

 あれ以来ルクレティア王妃とは何度も話をしている。特にガルブレスの思い出に関しては何度何度も話をした。その場にはナーザもいたはずだが……

「ええ。でもまだ一つ抜けているでしょう?」

「!」

 ナーザはもしかしてあのときのことを話せと言うのだろうか?

 胸の傷が痛んだ。目から涙があふれ出してきた。

 そんなアウラをナーザはそっと抱きしめた。

「辛くても話してもらわないと困るの。順番に最初から、一つずつ、何も省略せずにね」

 これは罰なのだ。

 負けたアウラにナーザは最も惨い罰を科そうとしている……

 だが彼女は敗北者なのだ。彼女に選択権はない。

 アウラは言われるとおりにした。



 小屋の外からは風が吹き荒れる音が聞こえてくる。

《吹雪かしら》

 アウラは考えるともなしに考えた。

 その冬、アウラとブレスは冬越しのために村はずれのこの小屋を借りたのだ。

 小屋はお世辞にも立派とは言えなかったが、暖かな炉端に座ってアウラは満足だった。小屋がどう粗末であろうと、ここなら絶対安心だ。なぜなら……

 アウラが炉の向こうに目をやると、そこにはブレスが黙って座っている。

 この世界にブレスほど強い人はいない。

 そしてブレスほど優しい人もいない。

 アウラにとってはブレスが全てだった。

 今では彼に会う前のことはほとんど思い出せない。アウラの人生は、燃え上がる馬車の側で泣いている彼女を、彼の強い腕が抱き上げてくれたとき、そのときに始まったのだ。

 アウラは何か話したかった。だがブレスは目を閉じて何か瞑想している。そんなときには話しかけたってどうせ答えてくれない。

 ブレスは無口だ。稽古をしている時も口ではほとんど何も言わない。今までずっと二人で旅をしてきたが、ブレスはいつも必要以上は何も喋らなかった。

 だがアウラは別に退屈はしていなかった。

 二人きりで黙って火の側に座っているというのはいつものことだ。そこでアウラもよく真似をして、ブレスのように目を閉じてじっとしていようとするのだが、すぐに彼女はそのまま眠ってしまうか、思い出し笑いをしてしまう。

 火が少し弱くなりかけたので、アウラは炉の薪を継ぎ足した。

 ぱっと火の粉があがる―――途端にぴくっとブレスが動いて目を開けた。

 アウラは何かまずいことをしてしまったのかと思ったが、そのとき彼女も彼が気づいた物に気がついた。

 外で誰かが歩く気配がする! いったい誰だろう?

 昼間だったら村の人が食べ物を持ってきてくれることもある。だがもう日は暮れてしまっている。

 次いで小屋の扉をノックする音が聞こえた。

 ブレスは剣を取って立ち上がった。

 扉を開けると、そこには旅人姿の男が二人立っていた。男の一人が言った。

「すまないな。こんな時間に」

「どうした?」

「明かりを見つけたのでやってきたんだ。もう一駅は歩けると思ったんだが、途中雪が深くて……今晩一晩泊めてはもらえないだろうか?」

「別に構わないが、ここから村まではもうすぐだ。宿屋の方が疲れがとれる。案内しようか?」

「ああ、そうなのか? だったらお願いできるかな?」

 そう言いながらも、ブレスは手にした剣を離さなかった。

 その様子はアウラの所からも見えたが、アウラも漠然とした不安を感じていた。

 その男達は一見して普通の旅人ではなかった。

 少なくとも片方の男は相当腕が立つようだ。いったいそんな者達が、こんな季節にどうしてわざわざ旅をしているのだ?

「ちょっと村まで行って来る」

 ブレスが振り返ってそうアウラに言ったのだが……

「あっ!」

 その瞬間、男の一人ががやにわに剣を抜いたのだ。腕が立ちそうだと思った方だ。

 だが同時にブレスもまた剣を抜いていた。

「何の真似だ?」

「ちっ! さすがガルブレスだな」

「私に何の恨みがある?」

「俺は別に恨みなんかないがな」

「なら、誰に雇われた?」

「それを聞いてどうする?」

 男は剣を構えた。

 アウラは目を見開いて行方を見守った。

 だが彼女に不安はなかった。ブレスが戦うところは何度も見ている。

 それに彼女にもブレスと相手の男の力の差はよく分かる。なめてかからなければ、ブレスが負けるようなことはあり得ない―――といっても、相手もなかなかの使い手のようだ。一太刀では片はつかないかもしれないが……

 相手の男もその実力差は肌で感じていたのだろう。なかなか斬り込んでくることができなかった。

 そのときアウラは男がもう一人と目配せするのに気づいた。

《二人がかり?》

 だがこんな狭いところではほとんど意味がない。それにもう一人の男は剣を抜いてさえいない。何をする気だ?

 次の瞬間、男が斬り込んできた。

 それを見てアウラは安心した。これなら大丈夫。アウラにはブレスの次の動きが見えるような気がした。

 広い場所ならばブレスは回り込んでそれをかわすだろう。だがここは狭い。ブレスは擦り上げて相手の剣を逸らし、次いで相手を両断するに違いない。

 その通りにブレスは相手の剣を擦り上げようとした。

 ところがその途端に予想もしないことが起こったのだ。いきなりブレスの剣が根元から折れてしまったのだから……

「ええっ?」

 アウラは思わず声を上げる。

 相手の剣は軌道を変えられることなく、ブレスに命中した。

 たぶんブレスも何が起こったか分かっていなかっただろう。彼は折れた剣を見つめながらよろめいた。

 男が間髪を入れずに二の太刀を繰り出すと―――もうブレスはそれを避けることはできなかった。

 男の剣が深々とブレスの胸に突き刺さる。

 どさっという音とともに、ブレスは倒れた。

「アウラ……」

 そう言ったブレスの顔はぱっくりと割れている。

“逃げろ!”

 ブレスの体がアウラに向かってそう叫んでいる。

 だがアウラは体がすくんで動かなかった。

《どうして?》

 男が再びブレスに剣を突き立てる。

 アウラの目の前でブレスが痙攣し、目の輝きが消えていった。

《どうして?》

 アウラの頭の中は真っ白だ。一体何が起こったんだ? どうしてブレスが敗れたのだ? そんなはずはないのに?

 次の瞬間、アウラは我に返ると自分の薙刀を探した。薙刀はどこだ? それは入り口の側に立てかけてある!

 あたりに武器になりそうな物は? 何もない!

「このガキも殺るのか?」

「ああ」

 男はアウラに剣を向けた。

「ん? こいつ女だぜ」

 そう言って男は舌なめずりをした。

 もう一人の男もそれを聞いてにやっと笑う。

 その瞬間にアウラは男の脇を駆け抜けようとした。だがこんな狭い小屋の中では、どだい無理な話だ。

「おっと!」

 そう言って男はアウラの髪を掴んで引きずり倒した。

 アウラは床にたたきつけられて目を回した。

 それはほんの一瞬だっただろう。だがその間にアウラは男に馬乗りになられていたのだ。

「ブレス!」

 アウラは叫んで、逃れようと身をよじる。だがこうなってしまっては体力の差は歴然だ。

「うるせえ!」

 男はそう言ってアウラを殴った。かーんと頭が白くなる。

 男はそのままアウラの服を引き破る。アウラの上半身が露わになった。

「へ! ガキだとおもったら、結構あるじゃねえか」

 男はそう言って、アウラの乳房をわし掴みにする。アウラは下から男の顔をかきむしろうとしたが、もう一人の男がその両手を押さえつける。

「元気がいいねえ」

「いや!!」

 アウラはもがいた。

「ほら、おとなしくしろよ!」

 そういって男はまたアウラを殴り飛ばした。

 再び気が遠くなる。その隙に男はアウラのはいていたズボンを下履きごと引きずり下ろした。

「いやあ!」

「すぐによくしてやるぜ!」

 男はそう言いながら今度は自分のズボンを下ろし始める。

 アウラがそこに見た物は……

 アウラは首を振る―――だがそうするとざっくりと割られたブレスの顔が見えてしまう。

 男はアウラの両足首をがっちり掴むと、その間に割って入ってきた。アウラは恐怖に襲われた。彼女はまた全力でもがいたが、二人の男の力の前には、完全に無力だった。

「ああああああ!」

 すさまじい痛みが体を突き抜けた。

 アウラは叫び、もがいた。

 だがそのたびに男はアウラを殴りつけるので、彼女はついに抵抗する力を失ってしまった。

 それから二人は無抵抗のアウラを前から後ろから散々に辱めた。

 ―――どれほどそうされていたのか分からない。

 次に気づいたときは、アウラは裸で炉端に力無く横たわっていた。

 下半身は焼けた杭で引っかき回されたような感じだ。

 口の中は血の味がする。

 瞼は腫れ上がって目は半分閉じかかっている……

 男達がアウラを見下ろして何か言っているのが聞こえた。

「じゃ、やっちまえ」

「結構良かったのに。売り飛ばしたらいい金になるぜ」

「馬鹿野郎! そんな暇があるか」

「ちっ! しょうがねえな」

 アウラは本能的に身の危険を感じると、跳ね起きた。それと同時にアウラの倒れていた所に剣が突き刺さる。

 アウラはそのままよろけた。体に全然力が入らない。

「まだ動けるのかよ?」

 男はそう言って再び剣を振り下ろす。

 アウラは避けようとしたが―――だが彼女の体は思い通りには動いてくれなかった。

 その瞬間、痛みは感じなかった。

 ただ肩から腹にかけて嫌な感触がしただけだ。

 見るとぱっくりと巨大な傷口が開いている―――次いでどっと血が噴き出すのが見えた。

「ちっ! すばしこい奴だな」

 男はとどめの剣を振り上げたが、アウラは無我夢中で男に体当たりをした。

 男はそう来るとは思っていなかったようで、バランスを崩して尻餅をついた。

「あ! このガキ!」

 そのままアウラは小屋の外に飛び出していった。

 外は猛吹雪になっている。

 彼女がそのままふらふら何歩か歩くといきなり体が傾いた。次いで足下が急になくなってしまったような気がして―――それから柔らかな雪が彼女を受け止めると、ごろごろとアウラは斜面を転がり落ちていった。

 小屋はかなり高い土手の上に建っていたのだが、彼女はそこから転落したのだ。

 あたりは真っ暗だ。ただ轟々と風の音だけが響いている。

 かすかに上の方から声が聞こえる。

「どこ行きやがった!」

「そこから落ちたみたいだな?」

「とどめを刺すか?」

「いや、あの傷であの格好だ。すぐにくたばるさ」

 痛みは感じなかった。最初少し感じていた寒さも、すぐになくなった。

 妙に体がだるい。眠ってしまいたい―――だが彼女は逃げなければならないのだ。ブレスがそう言ったのだから。それが彼の最期の言葉だったのだから……。

 アウラは雪の中を這いずり始める。

《ブレス! 助けて!》

 ひたすら雪の中を這いずり続ける。

 彼女の頭の中でその名前だけが繰り返されていた───



 気づいたらアウラはナーザの胸の中で泣きじゃくっていた。

 ナーザは母親のようにアウラを抱きながら優しく彼女の頭をなでている。

「辛かったのね……」

 ナーザは嫌いなはずだった―――だが、その言葉はアウラにはひどく甘く響いた。

 アウラはナーザを見つめる。ナーザがそっとアウラの涙を拭く。

「アウラ……」

「はい……」

「あなた、ブレスは好きだったわね?」

 アウラはうなずいた。

「じゃあ、ブレスはあなたのことを好きだった?」

 その言葉にアウラは一瞬凍り付いた。

「え?」

 絶対そうだ。そうでなければ―――だがブレスがそう言ってくれたことはあっただろうか?

 アウラの顔が曇るのを見て、ナーザが言った。

「そうよ。ブレスはあなたのことが大好きだったのよ」

 それを聞いてアウラはなぜか心が安らいだ。

 アウラの顔が和むのを見て、ナーザが言う。

「それでは……あの男達に今度会ったら殺してやりたい?」

 アウラはきっとナーザをにらみつけると、歯を食いしばった。

「当然ね。でも……これを見て」

 そう言ってナーザは手鏡を取り出すと、アウラの顔を映して見せる。

「見える?」

「…………」

 そこにはまるで獣のような顔をした女が映っている。

「これは誰?」

「…………」

 アウラは目を背けた。見ていたくなかった。

「ブレスは……この子は好きかしら?」

 ………………

 …………

 ……

 脳天をがんと殴られたような気がした。

 途端にがくがくと体が震えだしす。

 勝手に目から涙がこぼれ落ちる。

「アウラ。だめよ。ちゃんと見るの」

 ナーザはアウラを抱きしめる。

 アウラは渋々もう一度鏡を見る。

 するとナーザが耳元にささやくように言った。

「さあ、思い出してごらんなさい。ブレスが好きだったのはどんな娘だった?」

 確かにブレスはこんなアウラは嫌いかもしれない……

 だが、一体どんな顔だったのだろう? ブレスが微笑みかけてくれたときのアウラの顔とは?

 アウラは目を閉じた。

 幸せだったあの日々が蘇る。

 確かあのとき彼女は笑っていたはずだ。

 だがそれと同時に、ブレスの最期の姿までが浮かび上がってきてしまう!

「だめ! だめなの!」

「どうしてだめなの?」

「だって、だって、忘れられないの! 殺された、あのときが……」

 ナーザはアウラを抱きしめながら言った。

「忘れなくていいのよ。いえ、忘れてはいけないわ」

「ええ?」

「あいつらにブレスは殺されて、あなたもひどい目にあった。そんなことを忘れてどうするの?」

 ナーザはそう言ってアウラの目の中をのぞき込んだ。

「でも、もっと忘れてはいけないことがあるでしょう?」

「え?」

「あなたはブレスのことを忘れてるのよ」

 アウラは反射的に叫んだ。

「そんなことないわ!」

「そうかしら?」

 そう尋ねてじっと見つめられると、アウラは思わず目をそらした。

 そんな彼女にナーザは静かに問いかけた。

「あなたはどんな顔でブレスを見つめていたの?」

「…………」

「あなたはどんな気持ちでブレスに話しかけたの?」

「…………」

「あなたがブレスに抱きついたときはどんな感じだった?」

 アウラは目を見開いた。

 頭の中で何かがきーんと鳴っている。

 ブレス。ブレス! 優しくて強いブレス!

 そうなのだ!

 その通りなのだ!

 強くて大きいブレスの手! 厚くてたくましいブレスの胸!

 小さい頃はずっとそれに包まれるように眠っていたし、アウラが稽古で上達したら黙って彼女を抱きしめてくれた。

 その感触―――あれほど快い物はなかったのに……

 ブレスほど男らしい男はいない。

 アウラはブレスが大好きだった。

 それなのにどうしてブレスの感触を忘れてしまっていたのだろう?

 気づいたらアウラはまたナーザの胸で泣いていた。

「ブレスはもういないわ……でもブレスみたいにあなたを好きな人は、もっとたくさんいるのよ」

 アウラはナーザを見つめる。言っていることがよく分からない。

「今は分からないでしょうね。でも目が覚めたら分かるわ」

 そう言ってナーザはアウラの頬を撫でた。

 その夜アウラはナーザと共に眠った。

 母親の感触を初めて知ったような気がした。



 アウラはこっそりと木の上に隠れていた。

 もう少ししたらブレスがやってくる。そうしたらおどかしてやるのだ。

 アウラはわくわくしながら待っていた。やがて道の向こうからブレスがやってくるのが見えた。アウラの胸は高まった。

 ブレスがちょうど木の真下に来たときを見計らって、アウラは飛び降りる。

『きゃっ!』

 だが下には何もない。アウラは思いっきり地面に尻餅をついた。

 目の前でブレスが立ち止まって笑っている。

『どうして止まるの!』

『だって、アウラが当たったら痛いだろ?』

『どうして分かるの?』

『分かるさ』

 そう言ってブレスはアウラを抱き上げた。

 気持ちいい感触が身を包む。

 ブレスの強い腕が―――こんなに細かった? それに今日のブレスは何だかずいぶん小さくなってしまったようだ―――体もひょろっとしているし、首も細い……

『で、そろそろ降りてもらえるかな?』

 アウラは驚いてブレスの顔を見る。だがその顔は……


「いやあっ!」

 アウラは飛び起きた。体が熱い。心臓がどきどきしている。病気なのだろうか?

「どうしたの?」

 アウラが慌てて振り向くと、横でナーザが眠そうな目でアウラを見つめている。どうしてナーザがこんな所に?

 そう思ってあたりを見回すと―――いや、ここは自分の部屋ではない!

 それから徐々に昨夜のことを思い出した。

「ごめんなさい……」

 窓からは朝日が射し込んでいる。全くいつも通りの朝―――なのか⁈

 その日は何か違っていたのだ。

 朝日の色ってあんなにきれいな黄金色だっただろうか?

 それに窓から見える木の色は今日はずいぶん青々としている。夜中に雨でも降ったのだろうか?

「夢でも見たの?」

 ナーザにそう問われて―――アウラは今の夢を思い出した。

《どうしてフィンが?》

 そう思った途端に顔のあたりで、ぼしゅっ! と音がしたような気がした。

 顔が、体が熱い!

「え、いえ、何でもないの!」

 だがアウラの体はあの感触を覚えていた。

 フィンと一緒にあの崖を飛び降りたとき―――そのままだ。

 アウラはそのままベッドから降りると、ふらふらと窓の方に歩いていった。

 世界が―――全く違って見える。いったいどうしたというのだろう?

 空って、あんなに青かっただろうか? 雲ってあんなに輝いていただろうか? 窓から流れ込む風が心地よい。空気ってこんなにおいしかっただろうか?

 昨日までは石の固まりにしか見えなかったガルサ・ブランカ城も、なぜか今日は命を吹き込まれて息づいているように見える……

「アウラ?」

 呼ばれて振り返ると、ナーザがベッドの上で体を起こしていた。

「よく眠れた?」

 アウラはうなずいた。

 何だか夕べは今までになくぐっすり眠れたような気がする。

 でも―――何かが引っかかっている。何なんだろう?

 ナーザは微笑んだ。

「アウラ。少し謝っておかなければならないわ」

「え? 何を?」

「フィンのことよ」

 途端にまたアウラはさっきの夢を思い出した。胸がぎゅうっとする。

 だが―――前のように傷が痛むのではない。もっと内の方で何かが疼いているのだ。

「図書館のことなんだけど……」

 途端にアウラは打ちのめされた。

「あ……あたし……」

「違うの。あれは嘘よ」

「え?」

 アウラはぽかんとしてナーザを見る。

「フィンが言ってたでしょ? 私が足を滑らせたって」

「え? じゃあ……」

「本当に落ちそうになった私をフィンが支えてくれただけなのよ」

「……それじゃどうして夕べ……」

 ナーザは意味ありげな笑みを浮かべた。

「あなたをからかおうと思って」

 アウラは真っ赤になった。

「い、意地悪!」

「だから謝ってるのよ。ごめんなさいね」

 アウラは怒りでぶるぶる震えていた。

 だがその怒りは今まで感じていたようなどす黒い怒りではない。怒ってはいても、心の中はなぜか晴れ晴れとしているのだ。

「でも、あそこまで効くとは思わなかったわ」

「効くって、何が?」

 だがナーザはそれには答えず、代わりにこう尋ねた。

「あなた……フィンのこと好き?」

 再びアウラは真っ赤になった。それを見てナーザは笑った。

「あ、あの、あたし……」

「いいの。もう答えなくてもいいわ」

 アウラはうつむいた。

《フィン……》

 その名前を考えるだけで、なぜか胸が苦しくなってくる。心臓がやけに大きな音を立てている。

 どうしてだ? 今まではこんなことはなかったのに……

 二人が洗顔を済ますと、ナーザがアウラの顔を撫でながら言った。

「さあ、よく目が覚めたみたいね。それじゃこっちに来て」

 ナーザはアウラを導くと、衣装箪笥を開いた。中には綺麗な服が何着もぶら下がっている。

 その中からナーザは濃い青色のドレスを取りだしてきた。

「たぶん体に合うと思うけど……着てみて」

「ええっ?」

「夕べ何でもするって言ったでしょ? だから着るのよ」

 そう言ってナーザはアウラにドレスを着せた。

「サイズはぴったりのようね」

 次いでナーザはアウラの髪を綺麗に結い、顔には化粧をした。

 アウラは何が何だか分からない。

 最後にナーザはアウラを鏡の前に導く。

「どう?」

 そこには、見たこともない女性が立っていた。

 アウラは今までこんな格好をすることに憧れたことはなかった。ここに来てすぐ何度かドレスを着せられたことはあったが、なんだか鬱陶しい服だと思っただけだ。

 だが今は違った。

 アウラは何だかひどく嬉しかった。

 朝食の間も、アウラはなんだか夢心地だった。

 食事の後ナーザが言った。

「それではあなたに最後の命令をします。これで昨日の約束は終わりよ」

「は、はい……」

 アウラはいったいどういうことを言い出されるのか不安になった。

「まず、お庭の噴水の側で待ってるのよ」

「はい……それで?」

「そこにフィンを連れてきてあげる」

「ええ?」

 アウラはまた真っ赤になる。

「でも……」

「言うことが聞けないの?」

「いえ……」

「それからはあなたの好きにしていいわ。あなたの感じるとおりにね」

 アウラはわけが分からなかったが、ともかく言われるとおりにした。



 フィンは朝食を食べ終わると、図書館に向かった。もうほとんど日課になっている。

《それにしても……あのバカ!》

 昨日は心労で死ぬかと思った。アウラが裁判にかけられている間中、フィンは傍聴席でただ見守ることしかできなかったのだ。

 フィンはその結末を見て心の底から安堵した。

 アイザック王はなかなかしゃれたことをしてくれた。エルミーラ王女が王に取りなしてくれたのだろうか。でなければどう考えてもアウラは処罰されているはずだ。

 だがこれ一回で終わりになるだろうか? 再度同じ事をやったりしたら、いくら何でもここから追放されてしまうのではないだろうか?

《そんなことになったら……》

 そう思ってフィンは大きくため息をつく。

 そして、だからどうして俺がそんなことを考えなければならない! と心の中で叫ぼうとする。

 だが今日はそれができなかった。

 彼にとってもそろそろ自分をごまかす限界に達していたのだ。

《もしかして俺……あいつが好きなのか?》

 フィンはぶるぶると首を振った。

 だとしたらとんでもない話だ! 触られただけで人を斬るような女だ。一度抱きしめられればもう残りの人生はどうなっても良いというのなら話は別だが……

 だがそんな彼の脳裏にあの大滝の下で見たアウラの姿が浮かびあがる。

「きれいだったよな……」

 そうつぶやいてまたフィンは何度も首を振った。

《馬鹿野郎! 何で俺は手に取れないような物ばかり好きになるんだ?》

 フィンは再びため息をついた。


 図書館に入り口に着くと、なぜかそこでナーザが待っていた。

「おはよう。フィン」

「あ、おはようございます。ナーザさん。どうしたんですか?」

 こんなことは初めてだった。

「実は少しお願いがあるの。いいかしら?」

「え? なんです?」

 ナーザはフィンをじっと見つめる。フィンはあの図書館での体験を思い出してしまった。あれは、事故だったが―――結構嬉しかったのも確かだ。

「あなたに会ってほしい人がいるの」

「え?」

 全く予想外の話だ。

「実はね、お城に勤めている女の子で、あなたのことを思ってる娘がいるの」

「え? ええ?」

「私、相談を受けてしまって、それで、いいわって答えちゃったの」

「あの、でも……」

「あなた、誰か好きな娘がいるの?」

 フィンの瞼にアウラの姿が浮かび上がる。だが……

「え? いえ……」

「それじゃ会ってくれない? とってもいい娘なのよ」

 フィンは断りたかったが断り切れなかった。そもそも理由がないし、頼んでいるのはあのナーザなのだ。

 彼女の後を付いていきながら、フィンは思った。

《いったいこんな所をあいつに見られたら……》

 そう思ってフィンはやっぱり断る決心をした。

 こんな中途半端な状態では相手にも失礼だろう。

 ナーザには悪いが、相手に直接言えばそこまで角も立たないはずだ……

 そうして二人は噴水の側にやってきた。

 噴水の向こう側に青いドレスをまとった娘が座っているのが見える。その後ろ姿を見てフィンはなぜかぞくっとした。

「彼女よ」

 ナーザがささやいた。

「あ、はい……」

「それじゃ私は」

 そう言ってナーザは引き留める間もなく消えてしまった。

 フィンはしばらく呆然と立ちつくした。いったいどうすればいいんだ?

 だがこのままこうしているわけにもいかない。

 フィンは決意を固めて、その女性の側に近寄った。

 だが女性はうつむいたまま振り向かない。

 フィンは手を伸ばしかけて少し躊躇した。

 いったい何と言う? いきなり断るのはさすがにまずいだろう。とりあえず名前だけでも聞いておくか?

 フィンは女性の肩に触れると―――女性がぴくっと体をすくめた。

「あの……君が?」

 その女性の震えが手に伝わってくる。

 だが彼女は答えない。すごく内気な娘なのだろうか?

 フィンは彼女の側に跪いて、そっと手を取った。とにかく何か言わなければ―――だがこの手は? 何だかすごいたこができているのだが?

 フィンが驚いて女性の顔を見上げると―――同時に彼女が振り返った。

「ア、アウラ?」

 顔が真っ赤だ。

《なんだ? これって⁈》

 フィンは彼女が何しているのか尋ねようとしたが―――そのとき恐ろしい事実=彼がアウラの手を握っているということに気づいたのだ。

「うわわわわぁ!」

 フィンは慌てて手を離して、尻餅をついた。殺されてしまう!

 だがアウラは刃物は出さなかった。その代わりに真っ赤な顔で言った。

「な、何よ!」

「何でお前がここに!」

「いちゃ悪い?」

 アウラはフィンをにらんだ。

 だがいつもみたいに怖い顔ではない。そういう表情をどこかで見たような気がするが―――どこだっただろう?

《な、何なんだ?》

 二人はしばらくそうしてにらみ合った。

 それからアウラは立ち上がった。

「で、いつまでそこでへたってる気?」

 言われてフィンは慌てて立ち上がり、ズボンの埃を払う。そういうフィンをアウラはまたにらみつける。

「だ、大体なあ……」

 何でそんな格好をしていると言おうとしたのだが、そのときフィンはアウラの姿に見とれてしまい、続きの言葉が何も出なくなってしまった。

《い、一体何をしてるんだ? 俺は!》

 いまだに何と言っていいのか、言葉が出てこない。

 すると―――急にアウラが笑い出したのだ。

「うふふふふ!」

「ああ?」

 うふふだと? いったいどういう笑い方だ?

 そう思った瞬間、いきなりアウラはフィンを突き飛ばしたのだ。

 フィンの後ろには噴水がある。

 予期せぬ攻撃にフィンは吹っ飛ばされて、大きな水しぶきを上げた。

 それを見たアウラが平然と言った。

「あ、当たっちゃった! ごめんね」

「へ?」

 それからアウラは体をよじって笑い始めた。

 今まで見たこともない笑顔だが―――そんな場合じゃないだろ!

 フィンはがばっと立ち上がった。

「お、お前なあ……」

「寄らないでよ! 濡れるでしょ!」

「な、なんだと? いったい誰が……」

「それじゃ。あたし謹慎中だから」

 そのままアウラは笑いながら行ってしまった。

《おい……》

 フィンは噴水の中から呆然とその後ろ姿を見送った。