消えた王女 第14章 絶対確実な方法

第14章 絶対確実な方法


 窓から朝日が差し込んでいる。

 アウラは布団からちょっと顔を出し、そのまぶしさに慌ててもう一度潜り込んだ。

 側ではフィンがまだ寝息を立てている。

 アウラは少し混乱したが、すぐに思い出した。

 彼らは昨日の昼前にガルサ・ブランカ城に帰還したのだ―――エルミーラ王女と共に。

 もちろん城内は大騒ぎだ。王女は衰弱が激しかったので早々に休んでしまったのだが、ナーザとアウラは報告のためにそれからずっとあちこちを引っ張り回されていた。

 同様にフィンもセロの大勝利の立役者として、別な所で引っ張りだこだ。そんな調子で夜までもみくちゃにされたせいで、彼らが再会できたのは夜も更けてからだった。

 もちろん二人ともくたくたで、昨夜はそのまま倒れ伏して眠ってしまったのだ。

 アウラは布団から再び顔を出した。

 朝といってもまだ早朝のようだ。起きる時間にはもう少し間がありそうだ。

 アウラは再び布団に潜り込む。それから横で寝ているフィンにすり寄って、腕を撫でてみる。

 フィンはそこにいる。

 それが感じられてアウラはひどくほっとした気分になった。

《この気持ち……?》

 何だかひどく懐かしいような、安心なような気分。

 こんな気持ちになったのはすごく久しぶりだ。

 いつだったのだろう? 前にこんな気分になったのは……

 少なくともエルミーラ王女がさらわれる前のことだった。王女がさらわれてからはもうてんやわんやで何をどうしていたかほとんど覚えていない。アウラはフォレス国内の探索隊に加わってあちこちの町や村を転々としていたのだから……

 その挙げ句今度はベラの探索行だ。こちらに至ってはベッドで寝られたことの方が希だった。

 ということは―――王女と一緒に眠ってしまったときのことだったのだろうか?

 確かにあのときも幸せな感じだったが、今感じるような安心感とは何か違うような気がする……

 だとするとエクシーレの侵攻騒ぎがあった前のことか?

 その頃は確かにフィンと一緒に寝ていたが―――こんな目覚めを迎えたことがあっただろうか?

 朝起きるたびに横にフィンの気配を感じて嬉しく思ったのは確かだが―――あれってこんな感じだっただろうか?

 いや、違う!

 これはそんなに最近の記憶ではない。もっとずっと昔の思い出だ。

 そう―――彼女がまだ小さかった頃、ガルブレスと一緒に旅していた頃の記憶だ!

 二人は夏の間は宿に泊まったり野宿をしたりしながらあちこちをさまよい歩いていた。

 ガルブレスが何のために放浪しているのかは知らない。ただそんな旅の生活そのものがひどく面白かったことだけを覚えている。

 そうだ。あれは暗い森の中で野宿したときのことだ。

 彼女は夜の暗がりが怖かった。だからブレスの寝袋に潜り込んだのだ―――そしてそのまま眠ってしまった。ブレスは大きかった。彼女がまだ小さかったことを割り引いても、今のフィンなどよりずっと大きい。その胸に身を寄せて眠った晩―――次の朝、ブレスと一緒の寝袋から顔を出して木漏れ日を見上げたあの朝の光……

 どうしてこんなことを思い出してしまったのだろう。

 それだけでなくどうして今、そんな安心感を覚えてしまったのだろう?

 ここで何度となくフィンと一緒に寝ていたはずなのに……

 アウラはフィンの寝顔を見つめた。

 何なんだろう? この気持ちは―――今までは何だか不安のような気持ちしか湧かなかったのに……

 そう思った瞬間アウラは再び現実に突き戻された。

 そうなのだ。未だに彼女とフィンとの間の問題は解決していないのだ。

 確かにあの日の夜王女に解決のヒントはもらった。更に具体的にどうするか作戦まで練ってきた―――だがそれが成功するかどうかは全く不明なのだ。

《どうしよう?》

 アウラは怖くなった。もしあのやり方がだめだったとしたら、もしかしたら今よりずっと悪い状況になってしまうかもしれない。そんなことになったら……

 もしかして今の状態を続けていた方がいいのだろうか?

 アウラは布団に潜り込んで目を閉じる。

 そんなことではいけない気がする―――だが、彼女にそんな勇気があるのだろうか……


 扉をノックする音がした。

《誰かしら? こんな時間に……》

 アウラは体を起こすとガウンを羽織り、扉に向かった。

 開けるとそこにはコルネが手に何かを持って立っていたのだ。彼女はアウラが現れたのを見てあからさまに動揺した。

「あ、あ、アウラ様、お、おはようございます!」

 驚いたのはアウラも同じだ。彼女がやってくるということは―――もしかして本当は寝過ごしていたのか?

「え? もうそんな時間?」

 だがコルネは首を振る。

「いえ、違うんです。あの、その、実はル・ウーダ様に……」

 コルネがフィンに用事? 一体全体、しかもこんな早朝に⁈

「フィンになんなの?」

「あの、ですからその、頼まれてた物があって……」

「頼まれてた?」

 不思議そうに尋ね返すアウラの顔を見て、なぜかコルネは泣きそうな表情になる。

《どうしたのかしら?》

 と、そのとき後ろからフィンの声がした。

「ん? どうしたんだ?」

「コルネが用があるって」

 それを聞いた二秒後、フィンは弾かれたように起きあがる。それから慌ててガウンを羽織ると駆け足でやってきた。

「や、やあ」

「ル・ウーダ様、あの……」

 コルネは手にした箱を示した。

「もしかしてあれ、取ってきてくれてたのか?」

「はい。あの、まずかったですか?」

 フィンは首をふるとアウラの顔を見る。

「あの、ちょっとあっち行っててくれるか?」

 アウラは何だかかちんと来た。

「あ、そう。いいけど。どうせそろそろ行く時間だし」

 声に怒りが含まれているのを聞いてフィンが慌てる。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」

「どっちなのよ」

 アウラがフィンを睨む。フィンはアウラとコルネの顔を見比べながら言った。

「えっと、だから、じゃあそこでちょっと後ろを向いててくれ」

「え?」

「だから後ろを向いててくれ!」

 何のことだかよく分からなかったが、アウラは取りあえず言うとおりにした。

 後ろでフィンがごそごそ何かやっている音が聞こえるが―――やがてうわーっというコルネの声。

「何してるのよ」

「まだ振り向くなよ?」

 そう言ってフィンが後ろからアウラの左手を取った。

「え?」

 そこでフィンが薬指に何かをはめてくれたことに気がついたのだ。

《!!》

 アウラは振り向くと左手を見る。

 そこには見たこともない美しい銀の指輪が嵌まっている……

「サイズ、ぴったりだったな」

「えっと、あの、これ……」

「プレゼントだ。君が行ってる間に買ったんで、サイズがちょっと心配だったけど」

 アウラはその指輪をしげしげと眺めた。

 綺麗だ―――だがこの模様は一体なんだろう?

 そのときフィンがもう一つ指輪を出してくると、アウラの指の指輪と合わせた。

 すると今度はそれが何かすぐ分かった。

「これ、鹿?」

「うん」

 それをのぞき込んでいたコルネが感激したように言う。

「うわあ、綺麗です!」

 アウラは呆然としてフィンの顔を見つめた。

 えっと、これはいったいどうなっているのだろう?

 フィンがにこにこ笑っている。彼女も微笑み返すべき何だろうか?

 だが顔がこわばって声が出ない―――気がつくと彼女はフィンに抱きついていた。

「ありがと!」

 アウラはやっとそれだけを言うことができた。

 こんな気持ちを表せる言葉なんて、ナーザや王女なら知っているのかもしれないが、彼女は知らない。

 アウラはただフィンを思い切り抱きしめて何度もそう繰り返すことしかできなかった。

「アウラ、ずっと一緒にいよう」

 フィンが耳元でささやいた。

 アウラは目を見開くと、フィンの顔をまじまじと見る。

 今聞いた言葉は本物なのか?―――だがフィンの目に嘘は見えなかった。

 アウラは黙ってうなずいた。

「コルネ、聞いたよね?」

「ええ、はい!」

「君が証人だから」

「はいっ!」

 フィンがアウラの目を見つめる。アウラは黙って目を閉じた。フィンの唇がアウラの唇に触れてくる。

 何だか時間が止まってしまったような気がした。



 そんなことがあったおかげでその日は全く仕事に身が入らなかった。

 ただ王女は今日もまだ起きあがれないので、王女の警備が役割のアウラとしてはすることが全くない。だから柊の間の片隅で指輪を見ながらぼうっとしていても特に問題はなかったのだが……

《ん~……》

 もう昼過ぎだというのになぜかまだあの唇の感触が離れない。フィンとのキスはもう別段珍しいことではないはずなのに。

 だが左手に填っている指輪は違った。

 アウラはそもそもそういった類の装身具はほとんど持っていなかったし、それを身につける習慣もなかった。

 だから薬指の指輪はそれがあるだけで何か不思議な感じだ。何をしていても左手が目に入るだけでそれが気になって見とれてしまう。

 それにしても不思議な形の模様だ―――今見てみると何の形かさっぱり分からない。あそこで二頭の鹿の姿になったのはまさか夢ではなかったはずだが……

 帰ったらまたフィンの指輪と合わせて見てみよう。もしかしたらこれは何かの魔法かもしれない……

 そんなことを考えながらアウラがにやけていると、隣の部屋の方からばたーんと音がした。

「きゃあ! コルネ!」

 メイの声がする。

 リモンがまだ完全復帰できてないので、王女の身の回りの世話にメイが抜擢されて来ているのだが……

「どうしたの?」

 アウラは慌てて音の方に走った―――といっても別にそれ程心配していたわけではない。コルネだったら良くある話だったからだ。

 実際、コルネはお盆を手にしたまま単に何もない所で転んだだけだった。お盆には何も乗っていなかったので特に何の損害もないが……

 アウラは首をかしげながらコルネに尋ねた。

「また? どうしてそこで転べるのよ?」

「絨毯に引っかかったんです」

「コルネ、あんた歩き方変なんじゃない?」

 そこにメイが突っ込む。彼女は幼なじみだけあって歯に衣を着せない。

「そんなことないわよーっ!」

「じゃあちょっと歩いてごらんなさいよ」

 コルネはぶつぶつ言いながら歩いて見せる。

「ほら、そんなに膝を曲げないで歩くから引っかかるのよ」

「膝? 曲げてるわよ!」

「もっとよ」

「こう?」

「それじゃ兵隊さんでしょ!」

「じゃあどうすればいいのよ!」

 なにやら二人は言い争いを始めた。

《もう大丈夫みたいね?》

 今日はコルネもいつもの調子に戻れたようだ―――というのも昨日は大変だったのだ。

 王女の一行が帰り着いたときには顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくってしまって、もう手がつけられない状態だったのだ。

 無理もない―――あのとき彼女が忘れ物をしなければアウラがあの場を離れることもなかったのだ。そうすればあんなにむざむざと王女をさらわれることなどなかった。

 しかも実行グループのリーダーのフェデルタという男は、どうもアウラのもう一人の仇だったらしい。彼女はそこで期せずして仇討ちができていたかもしれないのだ。

 アイザック王はアウラと同じようにコルネに対しても責任を問わないと言った。だが彼女も、だからといって“はいそうですか”と納得できる娘ではないのだ。

 アウラはコルネがずっと一人で王女の間を守ってきたことを知っていた。

 外回りが忙しかったので彼女とはほとんど会えなかったのだが、グルナなどから聞いた話では夜もほとんど寝ずに王女の間を完璧な状態に維持していたという。

 昨日彼女達が自室に戻ったときは、何週間もそこを空けていたとは思えないほど全くいつも通りだった。

「ほらこうすればいいじゃない!」

「どこが違うのよ!」

「全然違うでしょ!」

 二人はまだ言い争っている。

 そんな風景をあまり見たことがなかったので、アウラはあえて止めずに二人の姿を眺めていた。

 彼女はコルネ達がちょっとうらやましかった。彼女はブレスと共にあちこちを転々としていたせいで、幼なじみと言えるような友達はいなかったのだ。

 長く滞在したときでも冬越し程度の期間である。そういった所で一時的に誰かと仲良くなることはあってもすぐに別れがやってくる。だから彼女は本能的にそういった子供達と深いつき合いをすることを避けてきた。

 彼女にとってはブレスがいてくれるだけで十分だったのだ。

「ちょっと?」

 グルナの声だ。コルネとメイは慌てて背筋を正す。

「あなた達なに騒いでいるの?」

 奥からグルナが現れるが、来たのは彼女だけではなかった。

 その後ろから続いてやってきたのは……

「リモン!」

 アウラは思わず彼女に駆け寄ると抱きしめた。

 彼女こそが今回の事件の一番の被害者だ。アウラのミスで彼女は命を失いかけたのだ。その上背中には大きな傷跡が残されてしまった。

 娘の体の傷跡がどういう意味を持つか、アウラもよく知っていた。彼女自身ならともかくリモンはごく普通の娘だ。一体どう謝ればいいのだろう?

 アウラの頭の中には瞬間的にそんなことが駆けめぐるが……

「あ、痛い!」

 リモンが小さな悲鳴をあげた。

 アウラが慌ててリモンを離すが。彼女は苦痛に顔をしかめている。どうやら背中の傷はまだ完治していないようだが……

 リモンはすぐにそんな痛みは忘れたかのようにアウラに微笑んだ。

「あ、アウラ様。お帰りなさい」

 まるで何事もなかったかのようだ―――彼女は怒ってはいないのだろうか?

 アウラは恐る恐る尋ねた。

「傷は……大丈夫なの?」

「はい。先週退院できました」

「でもまだ痛いんでしょ?」

「もう大丈夫です」

 そう言いつつ今さっきのこともある。それに動きに前のようななめらかさがない。明らかに傷をかばった動き方だ。

「本当に?」

 そう言ってアウラはリモンの背中を撫でようとすると、彼女は反射的に身をすくめる。やっぱりまだ痛いのだ。

「まだまだじゃない。もっと休んでた方が……」

「このぐらい大丈夫です」

 そのやりとりを見ていたグルナも心配そうに言った。

「本当にまだ痛いのなら、アウラの言うとおりもう少し休んでいていいのよ? メイにも来てもらっているし……」

 だがリモンは黙って首を振る。彼女は口数は少ないが言い出したら頑固だ。グルナもそれはよく知っていた。

「じゃあメイ、リモンの手伝いをしてあげて。リモン。そのうち彼女も正式に王女様付きになるから、いろいろ教えてあげて」

「分かりました」

 リモンがそう言ったとき、ふっとアウラの指に目を止めた。

 彼女は目を丸くしてアウラの指輪を見つめると、アウラの顔を見上げる。

「え? なに?」

「それ、ル・ウーダ様からですか?」

 アウラが耳まで真っ赤になる。それを見たリモンの方が慌ててしまったようだ。

「いえ、その、そういうつもりじゃなくて、凄く綺麗だったから」

「あ、ありがと」

 アウラが他の娘達を横目で見ると―――みんな何かにやにやしているようだ。

「な、何よ! みんな!」

 こういった場合どう言えばいいのだ? アウラはこんな状況には全く免疫がなかった。

 だが娘達もアウラを露骨にからかうのはちょっと怖いようだった。

 そんな微妙な沈黙を破ったのはリモンだ。

「あの、アウラ様。薙刀がもっと上手になるにはどうすればいいでしょうか?」

 アウラは驚いてリモンを見返した。だが彼女の目は真剣だ。

「え? どうして?」

 そう問われてリモンはうなだれた。

「私のせいで王女様がさらわれてしまって……だからもっと上手になりたいんです」

 それを聞いたグルナが慌てて言う。

「リモン! あなたがそんなこと言うなんて! みんなの中では一番頑張ったのに」

 アウラはその言葉がずきんと胸に響いた。

「リモンは悪くないわ。あたしがあそこでいなくなったのが悪いのよ」

「でもあそこで私が代わった以上、お守りできなかったのは私なんです」

 アウラは困ってしまった。

 同じようなことをアイザック王に言ったことがあるが、王は悪くないと言ってくれた。だが彼女もあれで納得していたわけではない。

 それを聞いたコルネが言いだす。

「リモンは悪くないもの。やっぱりあたしがあのとき……」

 最後の方は嗚咽でもう言葉にならない。それを見て今度はリモンが慌てる。

「コルネ。誰もあなたを責めてないわ」

 だがコルネは完全に泣き出してしまった。メイが慌てて彼女を慰め始めるが、彼女は泣きやまない。

 だいたいどうすれば彼女を慰められるというのだ? 彼女のせいじゃないなどという言葉など無力だし……

 いったいどうすれば?

 そのときだった。エルミーラ王女の声がした。

「あなた達いったいどうしたのよ?」

 一同が驚いて振り返る。王女はまだ出歩けないはずだが―――その答えは簡単だった。王女は車椅子に乗って入ってきたのだ。車椅子を押しているのはナーザだ。

 一同は慌てて礼をする。王女は彼女たちを見渡すと言った。

「寝てるのも退屈なんでナーザにお願いしたのよ」

 そういって王女は車椅子をぽんと叩く。

「なのにどうしてこの子は泣いてるの? せっかく久々にみんな揃ったっていうのに」

 王女はグルナの顔を見る。彼女が状況を説明しようとする前に、コルネが王女の前に駆け寄って跪き、王女のスカートを握った。

「王女様、ごめんなさい。首にしないで下さい」

「ちょっとコルネ、その話は昨日終わったでしょ? どうして蒸し返すのよ?」

「でもやっぱり私が悪いんです」

 王女はよく分からないと言う表情で娘達を見た。グルナがため息をつきながらこうなった経緯を話す。それを聞いた王女はきっぱりと言った。

「コルネ、顔を上げなさい」

 コルネは慌てて顔を上げる。王女は自分のハンカチを取り出すと彼女の涙を拭いてやる。それでコルネは驚いて固まってしまった。

「あのね、あの場で一番悪かったのはあたしなのよ。わかる? どうせ誰も見てないし手で食べちゃおうって言えばそれで終わりだったでしょ? それなのにわざわざアウラに食器を取りに行かせたりして。そうでしょ?」

 王女はそう言って微笑みながら娘達の顔を一人一人見る。それに対して反論できる娘はいなかった。

「わかった? だからこの話はこれでおしまい。いいわね?」

「王女様!」

 コルネは相変わらず涙声だ。ただし今度は感涙の方だが……

 それを見て王女は苦笑いしながら言った。

「コルネ、ちょっと早いけどお茶にしましょう。準備をしてちょうだい」

「は、はいっ!」

 コルネは弾かれたように立ち上がるとぱたぱた駆けていった。アウラはまた転ばないかちょっと心配になったが、今度は大丈夫のようだ。

 それを見送ってから王女が言った。

「そういえばリモン、あなたもっと薙刀を練習したいって?」

 リモンはいきなり言われてぴくっと体を震わせたが、すぐにうなずいた。それを見て王女がナーザとちょっと顔を見合わせる。

「ねえアウラ、彼女どんな感じ?」

「え? どんなって?」

「お父様がね、私の警護をもっと増やすって言っててね、でもほら、プライベートな所だと男の護衛だと何でしょ? 今はあなた一人だし。で、彼女はどうかなって」

 それを聞いたリモンがはっと顔を上げてアウラを見る。懇願するような目だ。アウラは王女とリモンの顔を交互に見た。

「え? えっと……」

 どう答えればいいのだ?

「アウラ、正直に答えて。彼女がいて困るのならあとででいいけど」

 アウラはリモンの顔を見る。

「今おっしゃって下さい」

 リモンはきっぱりと言った。

 アウラは困った。確かにリモンは筋がいいし成長は著しい。アウラでもそうそう油断はできないレベルには達している。だが―――やはりその道のプロとして扱うにはまだまだのレベルだ。もし一緒に仕事をすることになったとしても、彼女に背中を任せるのはまだ……

 アウラが口ごもっているのを見てナーザが言った。

「ちょっとまだまだみたいですわね」

 リモンはあからさまに落胆した。その表情を見て王女が言う。

「リモン、そんな顔しないで。こればかりは仕方がないわ。それにあなたまだ始めて一年も経ってないでしょ? だからあなたには今まで通りこのフロアをお願いするわ。でもここももう少し人が増えると思うから、そのときはフロアマスターをしてもらおうと思ってるから」

 リモンは驚いて顔を上げる。彼女の年齢でフロアマスターなど大抜擢以外あり得ない―――とはいっても元々ここはほとんどリモン一人で管理していたようなものだが……

 彼女の顔に喜びの表情が浮かぶ。

「はい。頑張ります」

 リモンは王女に礼をする。その彼女に向かって王女は続けた。

「それに別にそれで薙刀を止めることはないのよ。好きなんでしょ?」

「え?」

 リモンがちょっと赤くなる。それはアウラも感じていた。

 彼女が薙刀の練習をしているときは本当に楽しそうだ。それに彼女は外にはあまり露わにしないが相当の負けず嫌いで、いつかアウラから一本取ってやろうと虎視眈々と狙っていたのは明らかだ。

「フロアマスターが薙刀を使えて悪いことはないでしょうし。ね、アウラ?」

 王女の言い方は明らかに趣味として続けられればという意味合いのようのだが……

「え? うん。でも……」

 アウラはちょっと考えこんだ。

「でも何?」

 王女に促されてアウラは答えた。

「どうせなら警備隊の人とかと練習した方がいいかも。本当に戦うときの相手って普通は剣を持ってるから……」

「え? それって?」

「どういうことですか?」

 王女とリモンが不思議そうに尋ねる。

「ちゃんとやれば強くなれると思うから。リモンなら。そうしたら警護だってできると思うし」

 リモンの目が丸くなる。

「あの……本当ですか?」

「うん」

 アウラはにっこり笑ってうなずいた。

 それを見た王女はうなずいた。

「そう。じゃあリモン、警備隊の訓練に混じってみる?」

 リモンの目がきらきらと輝いた。しかしそこに王女が釘を刺す。

「厳しいわよ? 今度はもう止めたいからって止められないわよ?」

「はい」

 だがリモンは即座に答えた。

 その点に関しては心配いらないだろう。実際アウラは彼女達に教えるとき、まずいことをしたら本気で打ち据えていたからだ。ブレスが彼女にそうしてきたように。

 そのためコルネは結局リタイアしてしまったが、リモンはどんなに痣ができても一言も文句を言わなかった。

 ただ―――こういうことはもう少し小さいころから始めた方が上達するのは仕方がない。それを思うとこの先彼女がどれほどこの技に熟達できるかは未知数ではあったのだが……

 そのとき思いだしたのが、あの旅の最中にナーザに踊りを教わったときのことだ。そこで彼女は思った。もしもっと小さい頃にあんな踊りを教わっていれば、一体今はどういう人生を送っていたのだろうか? と……

 だがアウラは首を振る。

 今そんなことを考えてたって仕方ない。彼女は結局こう育ってきたのだし、ガルブレスに技を教わったことで後悔したことは一度もない。彼女は彼女なのだ。

 そしてリモンもまたリモンなのだ。これから彼女がその道を選ぶというのなら、アウラはできる限りの手助けをする―――それだけだ。


 と、そのとき奥からコルネが戻ってきた。

「あの、王様がいらしてます。それからお茶も入りました」

「お父様が?」

 娘達は王女の居間に移動した。

 そこではアイザック王が先にお茶を飲みながら待っていた。

「エルミーラ、寝室に行ったらもぬけの殻でびっくりしたぞ。またどこかへ行ってしまったのかと思った」

「ごめんなさい。お父様。でも寝てるのは退屈で」

「そんな無茶をしていたら直る物も直らんぞ!」

 そう言いつつもアイザック王は怒っている様子ではなかった。それから王女の後ろに控えている侍女達に向かって言った。

「何をしておる? お前達も座りなさい。これはいつも通りのエルミーラの茶会なのだろう?」

 午後のお茶会に王がやってくることは滅多になかった。だから当然、侍女たちが国王とこんなに身近に接する機会などほとんどない。娘達はおずおずと席に着く。特にメイは今日が初めてのようなものだ。完全に上がってしまっている。

 そんな彼女を見て王が言った。

「もしかしてお前がメイかな?」

「え? は、はい!」

「お前の話は聞いておるぞ。ハビタルではずいぶんと活躍したそうだな?」

「え? いえ、その、たまたまですけど……」

 メイがうつむいて答えるが……

「いや、機会があったときに自分の得意なことを活かせるのが、活躍というのだ。お前は誇っていいぞ?」

「あの……ありがとうございます」

 王の直々の言葉にメイも半分硬直気味だ。

「それでお母上の具合はいかがかな?」

「え? はい。ず、随分よくなりました!」

「それは良かった。聞けば今度エルミーラ付きになるというが、こ奴のことをしっかり頼むぞ?」

「は、はいっ!」

 王に直接話しかけられてメイは目を白黒させている。

 それを見ながらコルネがくすくす笑っているが―――メイがそんなコルネをじろっと睨む。

 そんな彼女達を見ながら王はにこにこ笑っていた。

 それからしばらく彼らはしばらく雑談していたが、それが一段落すると王が言った。

「そういえば、凱旋式の話はしたかな? いやまだだったな?」

 それを聞いた王女が答える。

「凱旋式? そうね。今回のはそれだけの値打ちがあるものね」

「ああ。十倍以上の敵勢力を食い止めた挙げ句、あの機甲馬を倒したとあってはな。もう既に城下ではその話でもちきりのようだ。これで何もしないわけにはいくまいて。それに今年はこの騒ぎで収穫祭がお流れになっているしな。その代わりにといってはなんだが、少し派手に打ち上げてみようかと思っておる」

「あ、それって何だか面白そうね」

 アウラは王と王女の会話を人ごとのように聞いていた。

 ガルサ・ブランカの収穫祭はあちこちから芸人などが集まってきて面白いぞと聞かされていたのだが、あの騒ぎで結局見られずじまいだった。

 ここでそんな面白いことがあるのなら彼女としても大歓迎だ。

「それで具体的なことはコルンバンに任せておいたのだがな、奴め、ネブロスの連隊を黒の女王が率いてくるようにしたいとか言い出しおってな」

「黒の女王?」

 王女が訝しそうに尋ねた。

 確かに黒の女王は戦いの守護を司ると言われているが、凱旋式でそんな風に演出するような例はあまりなかった。

「今回の勝利はネブロスの力だけで得られたものではあるまい? セロで取りあえずの勝利は得られたとしても、お前が間に合わなければ更に混乱が深まっていただけであろう?」

「でもあたしがそのような役は……」

「馬鹿者! 誰がお前にやれと言った! お前は月桂冠を授ける役と決まっておる!」

 王女は慌ててうなずいた。当然だろう。

 だとすれば女王役ができるのは?

 そしてすぐに彼女は理解したという顔でナーザを見る。ナーザもすぐに気づいたようで驚いたようにアイザック王の顔を見た。

「ああ、ナーザ殿とアウラがいなければエルミーラは未だに盗賊に囚われたままだったのであろう?」

 それを聞いたナーザが慌てて言った。

「ちょっと、アイザック様!」

「何かな?」

「あの、ちょっとこの歳でそのようなことは……」

「何を言っておる。ナーザ殿ならでこそのアイデアではないか? 誰が文句を言うというのだ?」

 口ごもるナーザを見て王女が追い打ちをかける。

「そうよ! いいじゃないナーザ。あたし常々黒の女王役なんかをやったらぴったりだと思ってたのよ。それに今回の最大の功労者なんだし。でもそれならお父様、アウラの役はどうなりますの? 彼女だってナーザと一緒に来てくれたんだし」

「もちろんそれも考えておる。彼女は黒の女王の両翼を守る守護天使だそうだ」

「ああっ! それいいっ!」

 王女が叫ぶ。アウラは未だに状況を良く理解できていない。

「えっと、あの⁇」

「ほら、だから黒の女王の絵にはよく二人の守護天使も描かれるじゃない。広間にかかっていた絵を見なかった?」

「えっと……」

 あまりのことにアウラは開いた口がふさがらない。

 いや、だからいったいこれはどういう展開なのだ?

「凄いです。アウラ様」

 コルネが感極まった風に言う。グルナやリモンもうなずいている。アウラが混乱している間に彼女が守護天使になることは既成事実になってしまった。

「でもそうしたらもう一人の守護天使は誰が?」

 王女の問いを聞いて王が笑った。

「もちろんそれはリモンだ」

「えええええ?」

 それを聞くなり普段は寡黙なリモンが飛び上がった。

「あの、あの……」

 だがエルミーラ王女が首をふる。

「考えてみたらそうよね。彼女しかいないじゃない。それに二人とも薙刀を使えるし、ぴったりじゃないの?」

「あのあたし、そんなことできません」

 リモンが抗弁するが―――誰も彼女の言うことは聞いていない。

「何難しいことはない。少し着飾って馬に乗っておればいいとのことだ。あと観衆に手を振るぐらいで」

「えっと、あの……」

「もしかして馬に乗れなかったか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」

「じゃあ決まりだ。いいな?」

 リモンも諦めた様子でうなずいた。

 だがその横顔には隠しきれない誇らしさが浮かんでいる。


 ―――といった調子でアウラ達は凱旋式の主役になることが決まってしまったわけだが、その話が一段落した所で王女が尋ねた。

「それでお父様。凱旋式の日取りは?」

「うむ。色々準備があるから月末頃かな。詳しくは今日中には分かると思うが」

 聞いた王女がちょっと考え込んだ。

「それだと……ぎりぎりですわね」

 そして王女は何か怪しげな笑みを浮かべる。

 こういう笑みを浮かべている王女は大抵何かとんでもないことを考えている。それはアウラでも十分によく分かった。もちろん王がそれを知らないはずがない。

 王は少し眉をひそめて聞き返す。

「ぎりぎり? 一体何が?」

「体が治ったらちょっとベラまで行って来ようかと思っておりましたので」

「ああ? なんだと?」

 王だけでなくその場にいた者はみな驚いた。だが王女は涼しい顔で続ける。

「あまりにも急いで出てきたので、クレアスでやり残したことがありますのよ。いろいろと買い物をしたのにお代金をお支払い致しておりませんの。これはいけませんわよね?」

 王女はにこ~っと媚びるような笑顔を王に向ける。

 だが王はそういったことには十分慣れていた。

「そんな物は誰かに持たせればいいだろう?」

 王はとりつくしまもない。だが王女も諦めない。

「私の命の恩人の方々ですのにそういうわけには参りませんわ」

「しかし今からベラに行くなど時期が遅すぎるだろう? もう冬だ」

「ええ。ですのでちょっと冬の間はベラに滞在してこようかと思っております」

「なんだと?」

 王はじろっと王女を睨む。

「さては最初からそのつもりだな?」

 王女は微笑んだ。

「まあ? やっぱり分かります? 本当はこの秋ベラでゆっくりするつもりでしたのにこの騒ぎでしょ? よろしいんじゃありません?」

 アイザック王は王女をじっと見つめた。それからおもむろに尋ねる。

「セロでロムルース殿に何か言ったそうだな?」

 王女がちょっと眉をひそめた。

「ええ、まあ……」

「まさかそういうことを考えておるのではないだろうな?」

 だが王女は即座に否定した。

「いいえ。そういうことはございません。ただしばらくロムルース様のお側にいるのも悪くはないかと、そう思ったまでです」

「なんだと?」

 それから王女はベラの内情のことを話し始めた。

 元々あのフラン地方は決して豊かな地域ではなかったが、それでもあんなに荒れた所でもなかった。もちろんその直接の原因は領主がプリムスだったせいなのだが、それよりも問題はそのことがベラの上層部には全然知られていなかったことだ。

「……これらのことは今ベラで起こっていることのほんの一握りでしかないと思います。でもこれを見ただけでもベラはその見かけ以上に疲弊しているように思えます。こういったことをロムルース様にお伝えして、なおかつ改善をお願いできるのは私を置いて他にはあまりいないのではないでしょうか?」

 王は驚いた顔で王女を見つめていたが、やがて渋々うなずいた。

 ああいった性格のロムルースにもう少し真剣に物を考えさせるためには、間違いなくエルミーラ王女は適任者と言える。彼女はフォレスだけでなくベラの法律や行政に関しても十分な知識があるし、何よりもロムルースは彼女にベタ惚れだ。

「フォレスとベラは一蓮托生です。もしベラが混乱したらフォレスも立ち行きません。ですのでその、ちょっと変わったやり方だとは思いますがお許し願えないでしょうか?」

 アイザック王は腕を組んで考え込んでしまった。

 それから少し言いにくそうに言った。

「だが……」

「他に何か問題がございます?」

「そのだな、お前達が一緒にいて、何か間違いでもあったら?」

 王女は微笑むと、即座に答えた。

「もしそういうことがあったとして、それは間違いでしょうか?」

「何と?」

 王も、周囲にいた一同も驚いて王女の顔を見る。王女はその質問も予期していたかのようにすらすらと答える。

「もし王子が生まれればフォレスの跡継ぎができますわ。血筋も十分ですし」

「何だと?」

 泡を食った様子の王を横目に王女は続ける。

「私、アサンシオンに行ってあそこの娘からいろいろ聞いたりします。お父様、あの娘達の夢って何かご存じですか?」

「いや?」

「あの娘達はたとえ高貴な人に見初められたとしても、決して妾妃以上にはなれません。でも正妻という地位は得られなくても真の寵愛を得られるのは自分達なのだと、そう彼女たちは信じております。名を捨てて実を取ると。その話を聞いたときは私も違った世界の話だと思っておりました。でも今考えてみれば今の私の立場とどれほど違いがあるでしょうか?」

 王は黙って王女を見つめるばかりだ。王女は続けた。

「お前は自分が遊女と同じと言うのか?」

「いえ、そういうわけではございません。ただ私はもうこうなってしまった以上、王女としての結婚というのは望めませんので」

 そう言って王女は笑ったが―――その笑顔にはまごうことなき悲しみの色があった。

 王はしばらくじっと王女を見つめると、大きくため息をついた。

「分かった。お前に任す」

「ありがとう。お父様」

 エルミーラ王女は車椅子から立ち上がるとよろよろ歩いて王の元まで行き、その頬にキスをした。

 王はそんな王女の髪を撫でながら言った。

「そういうわけでナーザ殿、またちょっとあなたにお願いせねばならないようだ」

 ナーザはうなずいた。

「承知しております」

「え? ナーザこそ今度ので疲れてるでしょ? ゆっくりお休みなさいな」

 王女がとぼけたように言うが……

「馬鹿者! お前がそういう調子だから紐を付けておかないと心配なのだ!」

 それを聞いた王女がちらっと舌を出す。ナーザがくすっと笑って言った。

「それであとベラには誰を連れて行きますか?」

「それなんだけど、あたしはここにいるみんなに来てもらいたいんだけどどうかしら?」

 娘達は全員驚いた。

「全員って私もですか?」

 メイが尋ねる。

「ええ。秘書はもうすこしグルナにしていてもらわなければならないと思うし、リモンはアウラと一緒に警備の方に回って欲しいの。いいでしょ?」

 王女はアウラとリモンを見る。二人とも異存はないが、リモンが尋ねる。彼女は先ほど王女の警備を志願して断られたばかりだ。

「でもあの、私でいいんでしょうか?」

「だってあなた以外いないじゃないの。それにすぐ強くなってくれるんでしょ?」

 それは普通ならとんでもない無茶振りだったが、リモンは即座にうなずいた。

「はい」

 それを見て王女はメイとコルネに言った。

「だから身の回りの世話はコルネとあなたにお願いしたいのよ」

「は、はい……」

 二人はうなずいた。

 コルネはともかくメイはいきなりのことで半分白目になっている。

 それを聞いていたアウラの頭の中もパニック状態だった。

 王女は彼女は当然来るものとしてもはや尋ねもしない。もちろんそのことに問題はない。だがベラだって? 春まで? ということはまたずっとフィンと離ればなれになってしまうのか?

 アウラはずっと悩み続けてきた。何かある度にまだ先はある、そう考えてはずっと先延ばしにしてきた。だが今回はそれではいけない気がする。

《今日これをもらったのよ!》

 アウラは左手の指輪を見て心を決めた。

 もう先延ばしはできない―――決着をつけなければならないのだ。



「はあ、長かったな……」

 フィンは自室の風呂場から出てくると、どっかりと腰を下ろして大きく息を吐いた。

 さっぱりして気分はいいが、やはりまだ疲れは少し残っている。

 今日は朝から一日中会議だった。全てが終わったのだからもっとゆっくり休めるかと思っていたのに……

 出陣以降ずっとテント生活で、まともなベッドの上では眠っていない。昨日城に帰り着いてやっとこのベッドで眠れたのだが、さすがに一晩ぐらいではこの疲れは抜けそうもない。その上今日の朝は早くからあの騒ぎだ。

 そのせいで会議中に目を開けておくのは本気で大変だった。何しろ会議の半分ぐらいはエクシーレ侵入の件だったし、セロの話になっても報告するのはネブロスだ。

 結局フィンはほとんど口を開くこともなくずうっとその会議を聞いていただけだった。今考えても良く熟睡してしまわなかったなと思う。

「ふう……」

 それからフィンは大きく満足のため息をついた。

 会議は退屈だったとはいえ、決して苦痛な時間ではなかったからだ。

 出陣前にも彼は何度も城の会議に出ていたが、そのときは本当に彼は空気のような存在だった。フィンはフォレスにとってはただの客人であり、よそ者でしかなかった。会議の場に出ても丁重な中にも何かよそよそしい扱いをされていた。

 その上ベラから身柄の要求をされた後はもう、なんでさっさと渡してしまわないのだという目で見られているのがありありと感じられた。

 だが今回の会議では全然空気が変わっていたのだ。

 フィンは特に発言はしなかったとはいえ、人々の注目がいい意味で集まっていることが感じられた。

 セロの作戦を立案し機甲馬の撃退までしたことで、それまではただの外国人としか思っていなかった人々が信頼の目を向けてくれるようになったのだ。

 彼はそのことが何よりも嬉しかった。

「にしても……これからどうするかな?」

 そうやって信頼を得たのはいいとして、相変わらず彼の立場は曖昧なままなのだ。

 もし軍に属していたのなら何の問題もなかっただろう。だが彼はまだ公式には一部外者に過ぎないのだ。今後彼らに協力して行くにしても立場を明確にしておかなければ色々と不都合がありそうだが……

《そういえばナーザさんはどういう立場だったっけ?》

 彼女も正式には軍に属するわけではないが、軍の顧問もしていると言っていた。しばらくはそれと似たような立場になるのだろうか?

 そう思ってフィンは苦笑いした。

《軍人だって?》

 ここに来るまでそんなことになるなんて想像もしていなかった。だが今では既にネブロス連隊の一員のような扱いを受けている。ガルガラス達とは一緒に死地を通り抜けてきたし、今度の凱旋式にも彼らと一緒に参加することは決まっている。

《凱旋式ね……》

 これは恐ろしく名誉なことのはずなのだが、何か全くぴんと来ない。

 聞けばそこではナーザとアウラ、それにリモンが先導してパレードするとかいう。確かに今回の事件解決は彼女たちの力がなければあり得なかった。

 だがなんだって? アウラが守護天使? どっちかというと破壊の女神の方がいいんじゃないのか? あいつが天使なんて想像できるか?

 だがそう思ってフィンは目を閉じた。

 想像してみればできないわけじゃない―――というか、もしかしたら結構合ってるのでは? 黒の女王を守護する戦いの天使とか、そんなイメージならもしかしてどんぴしゃりじゃないか?

 そんなアウラの姿を想像してみると……

《うん! これは見てみたい!》

 それから目を開いてアウラの姿を探すが―――今日はあれ以来彼女を見ていない。王女はまだ療養中というからその側についているのだろうが……

 そう思った途端にフィンはまた二人の間の問題を思い出してしまった。

 途端に盛り上がっていた気分がへこんでしまう。

「はあ……」

 フィンは小さく諦めのため息をついて立ち上がると、ベッドにごろんと転がって、そのまま部屋の中を所在なげに見回す。

 アウラはまだ帰ってこない。

「はああ……」

 再びため息が出てきた。

 部屋はやたらに広くて空虚だ。フィンは何度も扉の方を見やる。こんなに遅いなんて彼女は一体何をしているのだろうか?

 だがそうは思いながらも、もし本当に彼女が帰ってきたら帰ってきたでどうしていいか分からなかった。

 帰ってきて欲しい。でも欲しくない―――フィンは目を閉じる。

 すると以前に彼女を愛そうとしたときの光景が浮かんできてしまう。アウラが泣いている。あのアウラが目を閉じて体を小刻みに震わせながらすすり泣いている。そんな彼女を一体どうすればいいというのだ?

 今まではそんな彼女をそっと抱いてやっていた―――そうすればやがて彼女は安心して眠ってくれるだろう。

 だがそれはフィンにとっては必死の自制心が必要とされる行為だった。彼女がこんな近くに、彼の腕の中でこんなに無防備だというのに。それ以上触れる勇気がなかったのだ。だがいつか、このままではいつか暴発してしまうのは間違いないだろう。

 そんなことになったら彼女はどうなってしまうだろう?

 目覚める前のあの男嫌いに戻ってしまうのだろうか?

 出会ったとき見せた獣のような目―――あんな目はもう二度と見たくない。

 ともかくそうならないようにどうにかしなければ。ふらふらと彼女に手を出してしまわないようにするためには、定期的に発散する手段を見つけなければ……

「でもあれがだめだと……」

 そうつぶやいてフィンはまたため息をついた。

 隠れてするのはもう限界に近かった。それでは何か別な方法で―――例えば手とか口とかで……

 とんでもない! 遊女じゃあるまいしいきなりそんなことをしろなんて無理に決まっている‼

《だとすればやっぱり郭か?》

 それは一番現実的な解決法かもしれなかった。

 思えばベラに行ったときパサデラと一晩過ごしてしまったことを彼女は怒らなかった。それに考えてみればアウラだって定期的にアサンシオンに行っているじゃないか。さらにこの前はどうも王女様とむにゃむにゃしてしまったらしいし―――間違いなく彼女はNOとは言わないだろう。言わないはずだが。多分……

 フィンはそうは思いながらもやがて黙って首を振る。

《違うんだよ……》

 その考えは今までも何度も弄んできた。

 そう。発散させるだけならばもちろんそれで十分だが―――問題はそういった肉体的なことではないのだ。

 フィンが肌を合わせたかったのは“アウラ”となのだ。彼女とそうすることに意味があるのだ。

 幾ら肉体的に発散しようともフィンはもう本当の満足は得られなかった。それどころか心のわだかまりはその度に大きくなっていく。これが今の彼にとってのまぎれもない事実なのだから……

「アウラ……」

 そうつぶやいてフィンはアウラの枕を握りしめた。

 しばらくそうやってフィンはベッドの上でごろごろと妄想に耽っていた。

 それからふっと顔を上げる。

《それにしても遅すぎないか?》

 これが王女が忙しいときだったらまあ仕方がない。だが今は王女も療養中のはずだ。こんな遅くまで警護が必要になるはずはないと思うのだが―――それとも何か別な用で? 用って一体どんな用が?

《まさかまたお泊まりとかじゃないよな?》

 そう思ってフィンは赤面した。

 アウラも言っていたはずだ。城内ではそんなことは本来はしないと。あのときは王女が国王代行で多忙だったせいだと……

 でもルールは変わることもある。一度破ってしまえばそれからなし崩しにということだってよくある。そもそもアウラだって人の温もりを恋しているのだ。そしてあの王女も……

《うう!》

 もしかしてエルミーラ王女はアウラにとってフィン以上にずっと優れた相手なのでは? 何しろ胸の傷が痛む心配が全くない。おまけに二人とも女同士であるということには何の抵抗もないだろうし―――アウラが王女よりもフィンを選ぶ理由というのはあるのか?

 フィンはアウラじゃないとだめだと感じていた。だが一体彼女はどうなんだ?

 もしかしたら―――苦しくならないなら誰でも良かったということじゃ? だとすれば―――いや、まさか……

《うううっ!》

 フィンはベッドから体を起こして顔をぴたぴたと叩いた。いや、そんなことあるはずない。あるはずないはずだが―――そもそも王女の方はロムルースが好きなんだろう? セロのあのときの様子はちょっと芝居とは思えなかった。もしロムルースが肯定していたらそのまま行ってしまいそうなそんな迫力だったが……

 でも王女がいくらロムルースが好きだったからといって、二人が結ばれることはあり得ない。方やベラの首長であり、もう方やフォレスの世継ぎなのだから。

《王女だって寂しかったんだ。そうに違いない!》

 考えてみればエルミーラ王女はフィン達よりもっと辛い立場なのかもしれない。

 フィンの脳裏にあのときメイが話していたエピソードが浮かびあがる。


 ―――王女様には一つだけできないことがあるんだって。それは夜に床を共にする相手だけは、自分で自由に決めることができないんだって。それってまるで遊女みたいだけど、でもあの子たちは一晩我慢すればいいのに、王女の場合は一生我慢しなければいけないんだって―――


 彼女は本当に愛する人間とは決して結ばれない運命なのだ。正式な結婚相手は政略結婚以外はあり得ないわけで―――そんな所にアウラがいたらどうすると思う? お互いに慰め合ったとして何がおかしい?

 もしかしてアウラは王女の方に必要とされているのか?

 もしそうだったとして―――じゃあアウラの方は?

 でも考えてみれば本当にアウラが王女の方を好きだったのなら、どうしてこの部屋に居着いたりしたのだろう?

《ううう……》

 やはり収まるべき相手はフィンにとってはアウラだし、アウラにとってはフィンなのだ。そのはずだ。そうでなければならない。そうであって欲しい―――フィンにはそう言い切れるだけの確信が欲しかった。

 彼がアウラのことを想っていることは間違いない。

 だが彼女の方は実際の所どうなのだろう?

 そのときだった。

 部屋の扉が開くとアウラが戻ってきたのだ。

「お帰り」

 フィンはなるべく平静さを装って言った。

「ただいま」

 アウラはそんなフィンの様子には全く気づかない様子で、そのまま制服を脱ぎ始める。

 全くいつもの調子だ。そういうことをされるとフィンとしては大変目のやり場に困るのだが―――何度か遠回しに言ってみたことはあるが、元々彼女はそういった言い方が通じないタイプだった。それにそういう姿を見たくないわけではないし……

 黙って着替えを続けるアウラにフィンは言った。

「凱旋式、守護天使なんだって?」

「うん」

「ナーザさんが黒の女王なんだって?」

「うん」

「……」

 アウラの返事は何だか上の空だ。どうしたんだろう。この話なら絶対食いつくと思ったのに……

 こんな場合は結構恥ずかしがるはずなのだが……

 アウラは制服を脱いでクローゼットにかけ終わると、そのまま奥の風呂場に入ってしまった。フィンは何だか拍子抜けした。一体どうしたのだろう? もしかしてまた何かへまでもしでかしたのか?

 だがそういったときは明らかに落ち込んでいるのが見て分かるのだが、今はそうでもなかったし……

 そんなことを考えていると奥から水音が聞こえてくる。

 それを聞く度にフィンはあの滝で見た彼女の姿を思い出してしまう。あの扉の向こうに彼女がいるのだ―――うう、行ってぎゅっと抱きしめてやりたい。だがそんなことをしたら―――いや、それだけなら彼女も喜んでくれるはずだ。それはもう実証済みだ。抱き合ったりキスし合ったりすることなら何の問題もないのだ。

 もしフィンがそれだけで満足できればどれほど良かっただろう?

 でも彼には無理だった。そんな状態で寸止めにされるなんて……

「はあ……」

 フィンはまたため息をつく。そのとき奥からアウラの声がした。

「フィン……」

 ん? どうしたんだ? なにやら声の様子がいつもと違う。

「なんだい?」

「あの……」

「ん?」

 それからアウラはしばらく黙り込んだ。フィンはしばらく待ったが彼女は何も言わない。

「どうしたんだ?」

 フィンは少し心配になって立ち上がると風呂場のドアの前に立った。

「アウラ?」

 彼女がドアの反対側にいる気配がする。フィンは何となく安心した。アウラもフィンが来たことを感じたのだろう。

「あの、フィン……」

 一体どうしたんだ? 彼女は大抵言いたいことはずけずけと言う方なのだが……

「なんだい?」

 それからまたしばらくの沈黙があった後、やっとアウラは言った。

「あの、もう一度試してみていい?」

「え?」

 フィンはそう言って一瞬言葉を失った。

 何だって? もう一度試すって―――その、もしかして? そのもしかしてを?

 フィンは恐る恐る尋ねてみた。

「試すって? えっとそのあれかな?」

「うん……したくない?」

 扉の向こうから消え入るような声でアウラが言う。

「そんなことないよ」

 そう言いつつフィンは大混乱だった。

 いきなり彼女がこんなことを言い出すなんてどうしたのだろう?

 フィンの返答を聞いてからまたしばらく彼女は扉の向こうで黙り込んだ。

《何なんだ? これは?》

 フィンは心配になった。これはもしかしてフィンが入って来るのを待っているのか? それならそう言ってくれた方がいいのだが……

 フィンが思い切って扉を開けようとした瞬間、逆にアウラがばたんと扉を開いた。フィンはもう少しでそれにぶつかる所だ。フィンは文句を言った。

「うわ! 危ないじゃ……」

 だが言葉はそこで喉につかえて出てこなくなってしまった。

 出てきたアウラは薄衣一枚をまとった姿でその下の体が淡く透けて見えている。肌からはまだ湯気が立ち上り、甘い香りが漂っている。

 だがもちろんそれだけならそれ程驚くことではなかった。彼女と一緒に生活をしている以上、このぐらいならば見慣れた姿だ。だが今回はそれまでと決定的に違った物があった。

 というのは彼女の手には何故かナイフとロープが握られていたのだ。フィンはあんぐりと口を開けてそれを見つめた。

「えっと、それは?」

 それからアウラの顔を見るが―――冗談をやっている顔ではない。必死という言葉がまさにふさわしい表情だが……

 彼女は何か言おうとしているようだが、言葉が出てこないという風情だ。

 そして彼女はついに言葉で伝えることを諦めた。

「あは⁈」

 アウラはフィンにナイフを突きつけるとそのままにじり寄ってきたのだ。

 フィンはずりずりと後ずさりしていく。

「お、おい!」

 アウラの目は涙で潤んでいる。一体どうするつもりだ?

 まさか彼を殺して彼女も死ぬとか言い出すんじゃ―――ちょっと待て! そこまで思い詰める前にもうちょっと相談をだな……

 そのときフィンの足がベッドに当たる。その拍子でフィンはベッドに座り込んだ。それを見たアウラが言った。

「脱いで!」

「え?」

「だから脱いで!」

 フィンは黙って指示に従った。ここで彼女に逆らうのはまずい。絶対まずい。

 フィンがシャツを脱ぎ終えるとアウラが更に言う。

「下も」

「……」

 フィンは少し躊躇したがおとなしく従った。フィンが裸になってしまうとまたアウラが言う。

「寝て」

「おい、あの……」

「お願い!」

 フィンは言われるとおりベッドに横になった。その途端にアウラはフィンの右の手を取ると、手にしていたロープでベッドの手すりにくくりつけた。次いで左手、そして右足、左足を同様にベッドに縛り付ける。フィンはX字形にベッドに縛り付けられた格好だ。

「おい、ちょっと、これは?」

 だが次の瞬間アウラはそこで着ていた薄衣を脱ぎ捨てて、フィン同様に一糸まとわぬ姿となった。

 あの滝で見た姿そのままだ。

 見事なスタイル、髪の毛がある程度は隠しているとはいえ、その隙間から小降りだが整った乳房が覗いている。

 そしてその真ん中を切り裂くようにつけられた長い傷跡―――初めて見たときはフィンも息を呑んだが、今ではそれはもうアウラをよりアウラらしくするトレードマークのようなものだ。

《!!》

 それを見たフィンの体が反応していく。かっと顔に血が上る。同じように別な所にも血が集まっていく。

 おい、これはちょっとその何だな―――だがアウラはそういったフィンの姿をじっと見つめたまま何も言わない。

 その状態でしばらく二人は互いに見つめ合っていた。

 そのときにはフィンは何となく分かってきていた。彼女は戦っているのだ。彼女の中の何かと。

 だとすればフィンはどうすればいいのだ? この状態では何かしようとしてできるものではない。だとすれば後は応援するしかない……

「アウラ」

 フィンは言った。アウラがぴくっと体を震わせる。

「君ならできるよ。思いっきりやってごらん」

 言ってみた後、何だか恐ろしく間抜けなことを言ったような気がしたが―――それを聞いてアウラは目を見張った。それから黙ってうなずいてベッドの上に座る。

 そしておもむろにフィンのそれを思いっきり手に取った。

「うわあああああああ!」

「きゃああ!」

 フィンの絶叫に驚いてアウラが反射的に数メートルも跳び下がる。

「い、痛かった?」

 本当に潰れるかと思ったが……

「思いっきりって、そういうんじゃなくてだな。もっとそれは優しく、な?」

 痛さで涙が出てきている。

「ごめん」

 アウラは再び戻ってくると、今度はそれを優しく手に取った。

 背筋がぞくっとしてフィンは思わず声を上げる。そのままアウラがフィンの顔をちらっと見る。

 フィンはうなずいた。

「今度は……大丈夫?」

「ああ。大丈夫。すごくいいよ」

 それを聞いて彼女はフィンの物をじっと凝視した。

 それからゆっくりと愛でるように愛撫し始める。

 フィンはアウラの一挙一動を息を呑んで見つめていたが、すぐにそれは張り裂けそうに大きくなっていった。

 それを見ていたアウラの息が荒くなる。

 胸が呼吸と共に揺れ動き、少し開いた唇からは白い歯が見え隠れしている。

 やがて彼女は決意したようにフィンの顔を見つめると、そのままフィンの上で中腰になった。

 二人の目が合った。見るとアウラも相当な興奮状態になっている。フィンは軽くうなずく。アウラが視線を落としてそれをあてがうと、すっと腰を落とした。

 フィンの物を柔らかく包み込む感触が……

「あ!」

「うあっ!」

 二人が同時に声を上げる。

 その状態でたっぷり一分間は見つめ合っていただろうか。

 それからアウラが小声で言った。

「これなら……怖くない」

「本当か?」

「うん!……怖くないの! フィン!」

 そう言いながらアウラは喜びのあまりぽろぽろと涙をこぼす。

「痛かったり……しないか?」

「うん。全然!」

 そのままアウラは前に倒れこんでフィンに抱きついた。

 それからじっとフィンの顔を見ると、次いで唇を合わせる。

 フィンも思い切り彼女を抱き返してやりたかったが―――両手両足を縛られているこの状態ではそれは無理な相談だった。



 次の日の朝、朝食が終わってもアウラが顔を出さなかったのでエルミーラ王女はコルネにアウラを呼びに行かせた。

 だが使いから戻ってきたコルネは何故かしどろもどろで全く要領を得なかった。

「だからどうしたのよ? アウラは?」

「え? いえ、もうすぐいらっしゃいますです。はい」

「あんたどうしたの? 何かあったの?」

「いえ、その、あの」

 様子のおかしいコルネを見て王女はぴんと来た。彼女は側のナーザの顔を見る。今日も車椅子生活なのでナーザも一緒だったのだ。

 ナーザも同じことに気づいたようで苦笑いを浮かべている。

 そこで王女は向き直るとコルネに尋ねた。

「ル・ウーダ様は?」

 途端にコルネが飛び上がった。

「うわあああ! 見てません。何も見てません!」

 王女は吹き出した。これ以上彼女をいじめても仕方がない。

「分かったわ。分かったから、これを片づけてちょうだい」

「は、はいっ!」

 コルネはふらふらしながら朝食の食器を下げていった。

 ナーザと二人きりになると王女は言った。

「じゃあル・ウーダ様とはうまくいったのかしら?」

「コルネのあの様子では……多分そうでしょうね」

 二人は顔を見合わせて笑った。それからナーザが言った。

「でも、ちょっと彼女慌てすぎのような気もしますが」

「そういえばそうよね。一体どうしたのかしら?」

 二人はコルネが見たはずのフィンとアウラの姿を想像した。

 別にベッドに一緒に入っていたぐらいなら前から同居しているのは周知の事実だし、いかなコルネでもあそこまでパニックになるとは思えない。だとしたら……

「まさかまだル・ウーダ様、ほどいてもらってないのかしら?」

 それを聞いてナーザは目を丸くした。

「幾らアウラでも……まさか……」

 それから二人は同時に吹き出した。

 アウラなら物凄くあり得そうな話だ。もしそうだとしてそんな所をコルネが見てしまったのだとしたら―――彼女にはさぞ刺激が強かったに違いない。

 しばらくの間二人は笑い続けた。

 やっとそれが収まるとエルミーラ王女が腹を押さえながら言った。

「あの方法ね、絶対確実な方法だと思ったのよ」

 それにナーザが答える。

「そうですわね。でも必要以上に確実すぎたかもしれませんわね」

「じゃあ何? セロのお返しってこと?」

 二人はまた顔を見合わせて吹き出した。


シルバーレイク物語 消えた王女 完