賞金首はもっと楽じゃない! 第6章 農園の夜は更けて

第6章 農園の夜は更けて


 上がってきてみるとバラノスは更に大きく見えた。ハスミンと比べるとまるで大人と子供だ。

 年齢は四十過ぎくらいだろうか? 日焼けしてやや厳つい顔立ちをしていて、長年の労働で鍛えられたせいか上腕の筋肉ははちきれそうだ。

 だがそんな男がアウラの前で小さくなっているのを見ると、妙におかしかった。

「あ、初めまして。フィンといいます」

「ああ、どうも。バラノスです」

 フィンが自己紹介すると、バラノスは再びアウラに向かって礼の続きを言い始めそうになる。だがそこにハスミンが口を挟んだ。

「パパ、そんなの後でいいじゃない。ほら、お姉様お腹空かせてるみたいだし。お姉様、ごめんなさい。あたし達だけで晩ご飯食べちゃったけど、待ってたんでしょ?」

 ハスミンがしゃべり出すとバラノスは全然口が挟めないようだ。

「ごめんなさいね。でもみんなの分の食事はやっぱり先にしなくちゃならいし。それにいつもより多く作らなきゃならなかったんで、オーブンに入りきらなかったの。二回に分けて焼かなきゃならなかったから。でもほら、持ってきたの。一番いい所。焼きたてよ」

 そう言ってハスミンはバスケットにかけていたナプキンを取った。

 ぷーんといい香りと共に、中から大きなローストチキンとパン、チーズ、それにワインの瓶が現れた。それを見た途端アウラの腹がぐうっと鳴った。

 それを聞きつけてハスミンが笑って言った。

「あ! やっぱり! ほら、お姉様のお腹って正直なのよ。前から」

「いいじゃない!」

 アウラがちょっと顔を赤らめる。それを見てバラノスも表情を崩した。

「それよりどうぞ。こんな物しかありませんが」

「ありがとうございます」

 二人は礼を言って食べ始めた。

 空腹は最高の調味料というが、それを除外してもこれは美味しかった。

 チキンもチーズもパンも、シンプルだが新鮮でいいものばかりだ。そして持ってきてくれたワインというのが実に極上だった―――というより、こんな食事時に出すには高級すぎるような気がするが……

 そう思ってフィンは尋ねた。

「あの、これって、結構いいワインじゃありませんか?」

 それを聞いてバラノスはにこっと笑う。

「わかりますか? うちで仕込んだ十二年ものなんですがね」

 フィンは驚いた。

「ええ? そんな物を?」

 十二年物って、そんなのを水代わりにがぶ飲みしていたのか? なんて勿体ない……

「ええ? そんなにいいものなの?」

 アウラもフィン同様にパンを喉に流し込むのに使っていたのだろう。思い直したようにグラスを取り直して味わい始める。

 そんな二人を見てバラノスは微笑んで言った。

「たくさんありますから思いっきり飲んで下さい」

「あ、ありがとうございます」

 さすがワイン農家だ。こういう贅沢ってのはそうはできるものじゃない。

 そんな調子で二人はお腹一杯になった。

 彼らが食事している間、バラノスとハスミンは持ってきたワインをちびちび飲んでいたので、二人が食べ終わった頃には全員がほろ酔い状態となっていた。

 食事が一段落した所で、ハスミンが言った。

「どうでした? お姉様! ほとんどあり合わせだったんだけど?」

「うん。とっても美味しかったわ。ありがとう。ハスミン」

 アウラがそう答えると、ハスミンは満面の笑みを浮かべた。

「ここって食べ物はとってもいいんです。いい小麦が取れるし、牛乳なんかもいいのが手にはいるし。だからパンを普通に焼いただけで美味しいんですよ。それに葡萄はパパが丹精込めたのが一杯取れるし。おかげでちょっと太っちゃいました。あはは」

「あ、それ言おうと思ってたんだ」

「そうでしょう? ヴィニエーラでこんなに太ったらもう何言われるか分からなかったけど、ここだったら全然大丈夫って」

 それを聞いてバラノスが苦笑いしながらハスミンを見る。それに気づいて彼女は慌ててフォローする。

「あははは。これでも最近少し痩せたのよ。だって最初の頃はパパ何もさせてくれなかったんだもの。食べて寝てばかりじゃすぐ太っちゃって。最近はいろいろお仕事を始めたから。このチキンとかパンとかも全部あたしが作ったのよ。どうかしら?」

「ええ? そうなの? すごく美味しい」

「うん。とっても上手だと思うよ」

 お世辞抜きにこれは賞賛できる。

「またあ! でもありがとう。まだ時々失敗するから、そうなったらどうしようかって思ってたの。それはそうとフィンさん、あなた、お姉様と一緒に賞金稼ぎしてるって言ってましたよねえ?」

「え? まあね」

 フィンがそう答えるとハスミンはじっとフィンの全身を眺め回した。酔っているせいか顔が少し赤い。

「あのう、そのなんて言うか、結構腕細いですよねえ? その、ちょっと意外で。いえね、別に賞金稼ぎだからみんなマッチョってことはないと思うんですよ。でもあたしが知ってた人ってみんなそうだったし。あ、お姉様は別よ。お姉様は薙刀があるし。でもほら、悪い奴らやっつけるのってやっぱりその、喧嘩とか強くないとっていうか……」

 彼女の言わんとする所はよく分かった。そう思うのも無理はない。実際バルコ達の仲間を見ればそんな奴らばっかりだったし、あそこでも信頼されるまではちょっと時間がかかったわけで……

「ま、そうだね。でも腕力だけが全てじゃないわけなんで……じゃあどうしようか?」

 その頃にはフィンもかなりいい気分になっていたので、またちょっとばかりデモンストレーションをやってやろうという気になってきた。

 そこでフィンは立ち上がるとハスミンに言った。

「それじゃちょっと手を貸してもらえるかな?」

 そう言ってフィンはにやっと笑いながら手を差し出す。

「何なんですか? 握手ですか?」

 ハスミンは一瞬驚いたようだが、立ち上がってフィンの手を取った。

 そこでフィンはバラノスに向かって言った。

「あ、ちょっと準備してて下さい」

「は?」

 バラノスは何だかさっぱり分からない顔だが、それを無視してフィンはハスミンに軽身の魔法をかけるとそのまま宙に放りあげた。

「きゃああ! ええ? 何? これ何? いやああ! どうして?」

 空中でハスミンがじたばたして叫び声をあげる。

 それからゆっくりと天井近くまで漂うように上がっていくと、やがてゆっくり落ちてきた。

 フィンはそのまま彼女を誘導して目を丸くした旦那の腕の中に下ろしてやった。

 バラノスとその腕の中のハスミンはしばらく絶句してフィンを見つめていた。

 それから彼女がはっと気づいた様子で言った。

「フィンさんって、もしかして魔法使いだったんですか? これってそうでしょ? うわあ! こんなの初めて! すごい! お姉様。魔法使いの人が一緒なら鬼に金棒ですね。これだったらどんな奴らがやってきても一瞬でやっつけられますね?」

 聞いたアウラが苦笑しながら答える。

「ああ。そうでもないのよ」

「ええ? どうしてですか?」

「この人他にあまりできないし」

 ハスミンはまん丸な目でフィンを見る。

「ええ? そうなんですか? 空から火の雨を降らせたりとか、湖の水を一瞬で凍らせたりとか、、大きな岩を一撃で砕いたりとか、空を飛んだりとか、嵐を起こしたりとか、人をネズミに変えたりとか、睨んだだけで人を思い通りに動かしたりとか、空飛んでる鳥に乗り移ったりとか、動物に化けたりとか、ええと、できないんですか? あたしの知ってる人に、人の心が読める人がいましたけど、そういうこととかどうですか?」

「いや、そういうのって大魔導師じゃないと無理だよ」

 大魔導師だってできないことが混じってるようだが―――ハスミンは大きくうなずいた。

「ああ! 言われてみればそうですよねえ。そんな大魔導師の人なら王様に雇ってもらえますよね。さすがにそんな人が賞金稼ぎなんてやってませんよね」

 なにげに失礼なことを言ってるんじゃないか?

 だがフィンが突っ込む前にハスミンはアウラに向かって話し始めた。

「そういえばクリスティさん、覚えてます? あの人がね、魔道軍の、えっと、ハルディンって人のお気に入りになってたの覚えてます? その人が人の心を読めるって人だったんですよ。そんな人とお付き合いするのってやっぱり怖いじゃないですか。魔道軍の人ってすごいエリートだから、あたし達みたいな残花じゃ相手にしてもらえなかったから、それだけは良かったんですけど。でもクリスティさんってそういう人でも平気で。っていうかあの人普段からぽうっとしてたから心読まれても別段困らなかったんじゃないかとか言われてたけど……」

 へえ。ヴィニエーラにもシルヴェストの魔道軍のメンバーが来ていたのか……

《確かに読心系の人たちって誤解を受けやすいからなあ……》

 そういう能力者が真実審判師と呼ばれて畏れられているわけで……

「でもクリスティさん、言ってたんですよ。その人って心の中が分かるから、焦らすのがすごく上手だったって。ああして欲しいとかここ触って欲しいとか思うだけでそうしてくれたり、わざとはずした所ばかり撫でてきたりして、もう振りなんか全然してられないって言ってました。それ聞いたら一度はお相手してみても良かったかなって思うんだけど、やっぱりほら、頭の中が全部分かっちゃうとなんだか嫌だし……」

 それを聞いてフィンは言った。

「ああ、それって結構大丈夫なんだよ?」

「どうしてですか?」

 ハスミンが目を丸くして尋ねる。フィンは言った。

「読心っていうのは、心の中で思った言葉とかイメージなんかは分かるけど、それ以外はおおざっぱな気分ぐらいしか分からない物なんだ。それに普通は体に触れてないと分からないことが多いし」

 一般人の間ではそんな認識をされている読心能力だが、フィンは都で魔導師の学校に一応在籍してため、そういったことに関しては正しい知識を持っていた。

 だがハスミンは首を振って言った。

「それじゃ全然だめじゃないですか。あたし喋ってなくても頭の中じゃいつも何か考えてるし」

「でも君の場合、それを次に全部喋っちゃうんだろ?」

 フィンは勢いでついそう言ってしまって、これは彼女も怒るかと心配したが―――彼女はまるで納得したといった顔で言った。

「あ? そういえばそうかも……じゃあハルディンさんのお相手してあげた方が良かったのかしら? 一度チャンスがあったのよ。クリスティさんがお出かけのときにやってこられて。相手が相手だから姉御さんも指名せずに希望者を募ったから、あたし適当なこと言って逃げちゃったんですが……でもそれだったらアウラお姉様もすごいですよね。嘘言ったらすぐ分かっちゃうし……あ! もしかしてお姉様って本当は魔法使いだったんですか?」

 聞いていたアウラがぽかんとしてから慌てて否定する。

「そんなことあるわけないじゃない!」

「ええ? でもほら、嘘だったらくすぐるゲーム、お姉様すごく強かったじゃないですか。それにほら、お上手だったのだって、お姉様もすごく焦らし上手で……」

 フィンはハスミンの旦那と顔を見合わせる。旦那はずっと苦笑いし続けている。

 アウラは首を振りながら答えた。

「ああ、あれって、ほら、仕草でわかるのよ。服着てないと特に」

 アウラの場合はそうだった。

 だがその“仕草”を見分ける目ははっきり言って魔法レベルだと思うのだが―――そう思いながらフィンは口を挟む。

「ああ、仕草ねえ。確かに。例えばほら、嘘だと真っ直ぐ目を見て話さない奴とかいるよな。そんなんだろ? ティアがそうだったな……」

 それを聞いたアウラが変な顔をした。

「うん。そんな感じだけど……王妃様にそんな癖あった? それにそんな呼び方……」

 フィンは慌てて訂正する。

「ティアって、妹の方だよ。俺の」

「ああ、そういえばフィンに妹っていたわよね」

 アウラが納得したようにうなずくが、そんなやりとりを聞いていたハスミンが不思議そうに尋ねた。

「王妃様? なんですか? それ?」

《あ! しまった!》

 このことはややこしくなるから秘密にしとくつもりだったのだが……

「いや、賞金稼ぎ始める前にアウラとどこで出会ったかって話してなかったよね? 俺達大きな屋敷の警備をしててそこで彼女と出会ったんだけど、そのお屋敷の奥方が“王妃様”って呼ばれてたんだ。偉そうだったんで……その王妃様の愛称がティアだったんだ」

 内心でルクレティア王妃に謝りながらフィンはそう誤魔化した。

「へえ? そうだったんですか! お姉様、そんな所に勤めてらしたんですか? でもどうしてそれじゃ賞金稼ぎなんかに?」

 ハスミンはその説明に疑問は抱かなかったようだ。まあ普通はフォレスの王宮に勤めてましたって方が嘘っぽいが。

「まあちょっといろいろあって……」

 そこでフィンはバルコ達に話すためにでっち上げた彼らの過去の話をここでもう一度話した。 大きなお屋敷の警備をしていてそこでアウラと恋仲になって、そこだと二人で一緒にいられないから駆け落ちしてきたとかいった内容だ。

「ふうん。じゃあそれから二人で賞金稼ぎやってるんですか?」

「俺はやったこと無かったんだけど、こいつが経験あるって言うからさ」

「どんな奴らをやっつけました?」

「ああ、グラテスの方で盗賊団を一つ潰してきたけどね」

「ええ? 本当ですか? 二人で?」

「いや、二人じゃなくて、もっと一杯仲間がいたけど」

「すごい! 聞かせて! 聞かせて!」

 そこでフィンはまたあの盗賊退治のエピソードを語って聞かせてやった。

 今度はアウラが如何に活躍したかとかいったことを中心に―――もちろんハスミンは大喜びだ。

「すごい! お姉様やっぱりすごい!」

 話が終わった頃にはハスミンはアウラに抱きついて、キスし始めそうな勢いだ。

 そのときだった。そこまで黙って聞いていたハスミンの旦那がそこで口を挟んだのだ。

「あなた方を追ってる奴らって、その盗賊団の仲間なんですか?」

「え?」

 フィンは一瞬言葉に詰まる。

 ここはどうすべきか? 詳しく話すのは―――やはりまずいだろうなあ……

「いや、あまり話しすぎるとそちらに迷惑がかかるかも……一人二人じゃなくてちょっとした組織になってるみたいで。もっと別な盗賊団みたいなのかもしれないけど……」

 それを聞いてバラノスが言った。

「実は今日の昼、グリシーナの警吏って奴がやってきて、この辺りで怪しい奴らを見かけなかったかとか聞かれたのですよ」

「ええ?」

 フィンはどきりとした。

「もちろん私は何も知りませんでしたから、そう答えましたがね」

 フィンはほっと胸をなで下ろす。

 だがうかうかはしていられなさそうだ。そこでフィンは尋ねた。

「その警吏ってこの辺の人じゃなかったんですよね?」

「はい。初めて見る顔でしたが」

「怪しい奴らを見かけなかったかとそう言ったんですよね?」

「はい」

「具体的な特徴とかは?」

「それは特に何も」

 フィンは考え込んだ。

 やはり奴らの手が伸びてきたと考えるべきか?

 だが奴らはフィン達がここに来ているという確証を持っているわけでもなさそうだ。

 基本的には死んでいるはずだが、死体が見つからないから一応確認しに来た、っていうのならいいんだが……

「多分それって敵が化けてたんだと思いますが……」

 ところがそこでバラノスがむっとした顔になった。

「何だ? そうと分かっていれば叩きのめしてやったものを!」

 フィンは少々慌てた。

「いや、そういった危ないことは……」

「とんでもない。こいつの恩人の命を狙うような奴を許しておけますか?」

「でもほら、やはり相手はならず者だし……」

 そこに今度はハスミンが口を挟む。

「ええ? パパって強いのよ。この間の腕相撲大会で三等賞だったのよ。西の谷のヴァーグさんと川下のトリスさんにはどうしても勝てないみたいだけど。でもあの人達すごい体してるから。完全に逆三角形なのよ。しょうがないかもね……」

「村に自警団もありますから、そんな奴らが少々来ても大丈夫ですよ」

 うわあ、どうしよう? そういう問題じゃないんだが……

 でも彼らがあまり深刻に考えてないからといって、本当のことを言ってビビらせても仕方ないし―――とは言いつつ、自分でも本当に本当のところがよく分からないことが一番の問題なのだが……

 そのときフィンは思い当たった。

《もしかしてこの子なら何か知ってたりして?》

 ハスミンはアウラとはまた別にレジェのことを知っていたりするのでは? ならばもっと何かが分かるかもしれないわけで……

《でもそうしたらあの日のことをもっと詳しく説明しなきゃならないよなあ……》

 アウラにも辛い話しだし、もしかしたらハスミン達を巻きこんでしまうかもしれないし―――などとフィンが考えていたときだった。

「そうそう。それでお姉様、レジェ姐、今どこにいるんですか? お姉様と一緒に行ったんですよね? 当然」

 アウラがぴくっとしてフィンの顔を見た。

《どうする? 誤魔化すか?》

 あの日二人がいなくなったのは事実だが―――一緒に行動していたという証拠はないはずだ。二人が仲良かったから一緒に行ったとみんな考えているだけで……

 だが、ハスミンはきらきらとした目でアウラを見つめている。アウラはどう答えていいか分からない様子でフィンの方を何度も見る。

 フィンは心を決めた。

 そしてアウラに俺が喋ると合図をして、それからハスミンに向かった。

「ああ、それなんだけどね、ハスミン」

「え? 何ですか?」

「レジェ姐さん、亡くなったんだ」

 ハスミンは数秒の間絶句した。

「え? ええ? ええええええええ? 嘘でしょ? からかってるんでしょ? ねえ、お姉様」

 だがアウラも暗い顔でうなずく。

「ほんとなの」

 再びハスミンは絶句する。

 次いで目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ出し始めた。

「嘘! 嘘! 嘘! 嘘! 嘘! 嘘! 嘘よ! レジェ姐が死んだなんて、だってお姉様が一緒だったんでしょ? それで……ああ、病気か何か? そうよね? お姉様と一緒に慣れない土地に行って、そこで病気になっちゃったとか? じゃなきゃ……」

「ごめん……」

 アウラはただ一言そう言うと―――彼女の目からも涙がこぼれ落ちた。

 それを見たハスミンがアウラに抱きついた。

「お姉様! お姉様!」

 アウラはハスミンを抱きしめると黙って泣き始める。

 ハスミンの嗚咽の声が低く部屋に響き渡る。

 二人が落ち着くまでしばらくかかった。

 それからフィンがあのアビエスの丘で起こったことを説明してやった。それを聞いて再びハスミンは涙ぐむ。

「そんなわけでレジェさんは今、アビエスの丘の上なんだ」

「うぇっ! うぇっ! お姉様ぁぁ」

 そのときそれまで黙ってその話を聞いていたバラノスがぼそっと口を挟む。

「レジェ姐さんのことはこいつからよく聞かされてますよ。小娘のとき最初に付いたのが彼女だってことで……随分と世話になったようですが」

 バラノスはハスミンとアウラにワインを注いでやった。

 ハスミンが落ち着いてきたのでフィンは彼女に尋ねてみた。

「それでハスミン、ちょっといいかな? レジェ姐さんと親しかったユーリスって奴のことなんだけど、彼のこと何か知らないかな?」

 ハスミンは顔をしかめた。

「ユーリスさんですか? うう……ひどい最期だったです。広間でずったずたにされてて……ああ、思い出すだけでも悪夢に見そう。だってひどいんですよ。あいつらユーリスさんを殺すだけじゃ飽きたらず、ずたずたにして内蔵引きずり出したりして、もう屠殺場みたいな有様で……お姉様とあそこであんな風に会ってなかったら、もうげろげろ吐いちゃってたと思います。他の子達はみんなそうだったし……」

 ハスミンのその説明にフィンも少し引いた。

「そ、そんなにひどかったのか?」

「はい。もう。お陰で広間の掃除が大変だろうとか思ったんだけど、そのまま焼けちゃったから掃除はしなくて済んだんですが……でも、そうなんだ。レジェ姐、あの後すぐにユーリスさんの所に行っちゃってたんだ……うえっ、うえっ」

 ハスミンはまた泣き出してしまった。

 彼女の背中を撫でながら今度はアウラが尋ねる。

「ねえ、ユーリスとレジェのこと、もっと知らない?」

 ハスミンは涙を拭くと話し始めた。

「ええ? そうですねえ。レジェ姐はユーリスさんのこと本気で好きだったですから。お休みのときは大抵ユーリスさん来てました。レジェ姐はいっつもあの貧乏人が貧乏人がって言ってましたけど。でもみんな知ってました。レジェ姐、ずっと待ってたんです。ユーリスさんがお金を貯め終わるのを。ユーリスさん、お給料のほとんどをレジェ姐の請け出しのために貯めてたんです。だからまともにはなかなかやって来れなくて。だからあたしも何回もこっそりと案内してあげたことがあるんです。そうしたら本当にいつでもありがとう、ありがとうって。すっごくいい人なのは間違いないですよ。あたしにもお菓子とかいろいろ買ってくれたし……」

 へえ。やはりそういうことか。

「でもレジェさんって、誰か別な奴と婚約してたよね?」

 フィンがそう尋ねるとハスミンはむっとした顔で答えた。

「パルティールですか? そうなんですよ。フェデレ公のご子息で、フェデレ公っていえばこの国でも五指に入る大貴族様じゃないですか。そのご子息のお目に叶ったっていうんだから、普通はこれ以上ない玉の輿じゃないですか。しかも正妻だったんですよ? 普通そんなことないでしょ? いくら部屋持ちだったって、やっぱり遊び女が。囲ってもらえるだけでも夢みたいなのに……」

 ハスミンは手にしたワインをぐびっと飲んだ。

「でもね、ひどいんですよ。あのパルティールって奴ですね、ホモだったんです。しかも完全真性の。だから女を見ても全然勃たないんです。だからレジェ姐、お屋敷に何度もお呼ばれされたのに、そこでなーーーにもされなかったってカンカンだったんですよ? そういえばほら、お姉様がレジェ姐のお付きで行った事あったじゃないですか、レジェ姐が落ちた日の前の晩、そこで二人が大喧嘩したの止めたんじゃなかったんですか? エステアが言ってましたが……」

 アウラから聞いたあの話か……

 だがアウラはその話の別な所が気になったようだった。

「レジェが落ちたって何よ? それ?」

 ハスミンはにっと笑った。

「そりゃもう、アウラお姉様の優しさの前に落ちたってことじゃないですか。あたしなんか絶対最初はクリスティ姐さんだって思ってたんですよ? レジェ姐なんてどう考えたって最後だって思ってたのに、それが一番最初とか……おかげで銀貨二枚損しちゃったんですよ?」

「ちょっと、あんた達そんなこと賭けてたの?」

「えー? だって、ほら」

 話が何だか違う方に行きそうになったので、フィンは慌てて話を戻す。

「それはそうとさ、じゃあユーリスはパルティールのことどう思ってたんだ?」

 ハスミンは思いっきり首を振る。

「そりゃもちろん嫌ってましたよ。『本当にレジェを愛して妻にしたいんなら身を引くが、自分の見栄のためだけにそうしたいだけなら、断じて許さない!』って言ってましたよ。だってそうでしょう? あたしだって嫌ですよ。お姫様みたいな生活ができるからって、半分幽閉されるようなものでしょ? それだったらこの農園みたいな所の方が百万倍ましですよ。ねえ、パパ!」

「ははは」

 バラノスは苦笑するばかりだ。ハスミンは構わず喋り続ける。

「それでユーリスさんもよっぽど腹が立ってたんでしょうねえ。ディレクトスで行われてる汚職を暴いてやるとか何とか言って、すごく張り切ってたし」

「ええ? なんだそれ? 詳しく分かる?」

 フィンが尋ねるとハスミンはちょっと首を振った。

「さあ、あたしもちょっと聞いただけだから。ほら、ユーリスさん警吏だったから、そういうのを調べるのもお仕事だったし。大体ディレクトスって何かやな感じだったじゃないですか。まああたし達の商売敵だったからそう思えたのかも知れないですけどね、でもあそこってほら、結構人の出入りが激しくて、ツバメさん達も居心地悪かったんじゃないですか? ヴィニエーラだと自分から出て行きたがる子なんていなかったと思うけど。だから中で何か怪しいことやってるんじゃないかって噂で。ディレクトスってフェデレ公が経営してたでしょ? だからそんなのを見つけられたら、それをネタにレジェ姐を諦めろ、とか言えるかもしれないし……」

 それを聞いてフィンは驚いた。

「ええ? ユーリスがそんなことを?」

 だがハスミンは笑って首を振った。

「ええ? いやあ、違うのよ。それ言ったのはアミエラよ。あの子ねえ、本当にこういった怖いことばっかり言うんですよ。だからこんな所にいるよりも盗賊団の女首領になった方がいいんじゃないってみんなで言ってたけど。でもそういう割にドジだったから……」

「はは。なるほど」

 ユーリスがフェデレ公を強請っていたわけではないにしても、これは結構含蓄のある話だ。

 ともかく王の話に出てきた“高官”とはほぼ間違いなくフェデレ公のことだろう。

 フェデレ公とはあの夜会の翌日会っている。

 王に更に詳しい話をした折りに同席していたのを覚えているが……

《結構疲れたような顔をしていたなあ……》

 だが時折ふっと鋭い眼差しを見せることもあって、やっぱりただ者ではないと思ったものだが……

 後から聞いたら王が若い頃からの親友で、今は引退しているが、以前はシルヴェストの警吏長官だったとかで―――王の信頼厚い男なのは間違いない様子だった。

「フェデレ公ってどんな人かな? 何か噂聞く?」

「え? さあ……ホモって以外はあまり変な噂は聞かないけど……あ、そうだ。変な噂じゃないんですけどね。フェデレ公がどうしてホモになっちゃったかって話なんですが、実はね、そこに悲恋が絡んでるっていうんですよ。フェデレ公って王様の乳兄弟じゃないですか? だから昔から王様とすごく仲が良かったらしいんだけど、二人で同じ人を好きになっちゃったらしいんです」

「え? それってもしかしてシフラの舞姫とか?」

「よくご存じですね。ええ。そうなんですよ。シフラにええと、ファ、ファ何とかっていう踊りの大先生がいて、その門下生の中で一番の美人だったらしいですよ。踊りもすごく上手くて。確か……タマラ姫だったかしら。ところがですね。フェデレ公は自分は身を引いてその人を王様に譲っちゃったらしいんですよ。相手が王様だから仕方なかったんでしょうけど。でもやっぱり本人は忘れられなくて、それ以来どんな女の人を見てもだめになっちゃって、それでとうとうホモになっちゃったっていうんですよ」

「あ、あはははは!」

 フィンは笑い出した。そして手にしたグラスのワインをぐっと飲み干すと、ハスミンに尋ねた。

「でさ、じゃあ普段ユーリスがどんな奴と付き合ってたかなんてのは分かる? これはさすがに無理かな?」

「ああ、さすがにそれは……でもまじめな人だったからあまり変な所には出入りしてなかったみたいですよ。大体レジェ姐のためにお給金全部貯めてたみたいだから、他の所に行くお金なんかなかったと思うし」

「だよね……」

 ハスミンに聞いて分かるのはこんな所だろうか?

 だが彼がディレクトスに関わる汚職だか何だかを追及していたとかは新情報だが―――でもそんな汚職程度でこれほど命を狙われるなんてことがあるだろうか?

 やはりユーリスは王の敵対勢力に利用されたと考えるべきなのだろうか。結局のところ状況はあまり変わらずという所か? ユーリスの交友関係が分からない以上、これ以上手の着けようがないが……

 フィンがそんなことを考えている間もハスミンは相変わらず喋り続けていた。

「……でね、そうでしょ? 戻ったらまたヴィニエーラ再開できるってみんな思ってたのよ。それなのに、変な役人がやってきてヴィニエーラは取り潰しになっただって。どう思う? ディレクトスはそのままなのに。挙げ句にそれから三日もしないうちにみんなばらばらに行く先が決まってるのよ。役所なんて大抵陳情したって何もしてくれないのに、あのときばかりはすごい勢いで……だからパパが来てくれなかったらあたしもどこか遠くの郭に送られちゃってたところなの。でも嬉しかった。パパが来てくれて。あのときは本当に泣いちゃったから。ああ、みんなどうしてるかな。お姉様どこかで誰かに会わなかった?」

「ん? えっとハビタルでパサデラに会ったわよ」

 アウラがそう答えるとハスミンはまたひどく驚いたようだ。

「ええ? ハビタル? ってどこ?」

「ベラの都だけど」

「ええ? ベラ? あんな所まで? どうだった? あの子元気にしてる?」

「うん。すごく売れっ子になってるわよ。部屋も持ててるし」

「へえ? そうなんだ。ねえ、じゃあ他には?」

「え? タンディはガルデニアにいて、カテリーナがセイルズにいて、エステアはアキーラで……」

 その質問に対してアウラがすらすら答えだしたので、ハスミンはしばらく目を丸くしてそれを聞いていた。

「ええ? どうしてお姉様そんなにみんなのこと知ってるの?」

「あ、これってブルガードさんに聞いて……」

 そう答えてしまってから、アウラははっとした顔をしてフィンを見た。

《あはは……》

 このことも黙っておくつもりだったのだが、喋ってしまった以上仕方ない。

 ところがそこでハスミンの目が輝いた。

「ブルガードさんって、もしかしてもじゃもじゃの?」

「もじゃもじゃ?」

「そうなの。胸からお尻までずっともじゃもじゃの毛がつながってるの」

 そういうことを言われても普通分からないと思うが……

「そんなの知らないわよ! ともかく親衛隊員のブルガードさん」

「ああ! やっぱりそうだ。あの人に会ったんだ! 有名だったのよ? あの人。覚えてない? 羊の会なんてのを作ってて、もう暇さえあればいつでも入り浸ってたんだから。ヴィニエーラの娘全員の色紙を集めるのが夢だとか言って。あたしもあげたんだけど、初めてのときっておかしかったのよ? あたしがずっとお話ししてたらそれをずっと聞いててくれて、気が付いたら朝になってて……何だか半泣きみたいになってて、それで可哀想になったから次のお休みのときにこっそりと……」

 その辺まで喋ってハスミンは、アウラとフィンが沈痛な表情をしているのに気づいた。

「あら? どうしたの? ブルガードさんに何かあったの?」

 ………………

 …………

 フィンとアウラは再び顔を見合わせる。

《こうなったらしょうがないか……》

 そこでフィンは暗い声で答えた。

「いや……実は彼も亡くなったんだ」

「ええええええええ?」

「こっちへ来たとき彼と知り合いになって、それでこの場所も聞いたんだけど、こちらの方に用事があるからって一緒に旅してたんだ。そしたら何者かに襲われて……」

「ええ? でも、ブルガードさんって親衛隊員でしょ? お休み中だったの?」

「いや、こちらへは仕事で来てる所だったんだが」

 それを聞いたバラノスが小声で尋ねた。

「親衛隊がいるのを分かってて襲ったんですか?」

 フィンは彼の方を見てうなずいた。

「そういうことです」

 バラノスが顔色を変えた。フィン達を狙っている敵が半端じゃない奴らだということが分かったのだろう。

 親衛隊というのは王の直属だ。それを襲うということは、国家に対して喧嘩を売るようなことだ。まともな神経をした奴らがすることではない。

「だからここに来た最初は、ハスミンさんを遠くから眺めるだけにしとこうと思ったんですが。元気な様子を見るだけにして先に行こうって。でもあの犬に見つかっちゃって……」

「メル君、いい鼻してるもんね。パパが買ってくれたの。ここに来たらノゾキに来る奴が一杯いて、ストーカーみたいなのまでいて怖かったのよ。メル君が来てからそういう奴は全然いなくなったのよ」

 だがハスミンの方は今ひとつその重要性は分かっていないようだ。

「ヴィニエーラから来たって言ったらそうなるわよね」

 アウラもまあそうだが……

「ともかくそういうことで早めに国外に逃げようかと思ってるんです」

 そこでバラノスが尋ねてきた。

「どういった経路で?」

 フィンはちょっと考え込んだ。

「ええ? まあピーノに行くのが一番いいのかな? でも追っ手がいたらそう考えるだろうし……」

 ロタから国外に出るには、大まかに言って四通りあった。

 一つはピーノ村に行ってそこからシフラに抜ける経路、同じくピーノからベルジュに行って水路でセイルズに行く経路、ベルジュから陸路でアコールに行く経路、そしてツィガロ経由でグラテスに抜ける経路だ。

 だがどれも今ひとつぴんと来なかった。

 敵はフィン達が生きていると考えたなら、その経路はどれも押さえてくるだろう。あそこで死んだと考えてくれていればいいのだが―――一応この村にも調査の手は伸びているらしいし。死んだと思ってくれることを当てにしてはいられない。

「表の街道はやっぱり厳しいですかね? 裏道とか何か知ってませんか?」

 バラノスはしばらく考えてから答える。

「いろいろあることはありますが、結構入り組んでますし、それに国境はやはり警備がありますから」

「そうでしょうねえ。やっぱり変装か何かした方がいいのかなあ……」

 二人がそんな話をしていると、ハスミンが口を挟んだ。

「ねえ、お姉様達は外国って、どこに行くんですか? サルトス? レイモンの方?」

「ああ、最初はサルトスに行くつもりだったんだけど、今となってはもうどこでもいいな。国から安全に出られれば」

 フィンがそう答えるとハスミンが言った。

「じゃあエクシーレでもいいんですか? 西じゃなくて東でも?」

「え? まあそっちで構わないけど?」

 だが東? そっちに街道なんてあっただろうか?

「じゃあ、あたしの村からカロス山脈を越えてエクシーレに抜けたらどうです? さっき山登るの得意って言ってましたよね? 盗賊やっつけるとき、二人で崖を登ってったって」

「え? まあそりゃ結構得意な方だけど……何? 君の村からカロス山脈越え? できるのか? いくら何でも道もない所は……」

 カロス山脈はフォレスやベラといった旧界とこのシルヴェストやレイモンといった中原の国々を隔てる大山脈だ。

 五千メートル級の峰々が連なるその山脈は、簡単に越えることはとてもじゃないが不可能だ。

 だからこそフォレスからグラテスに抜けるパロマ峠越えの街道が重要なのだ。

 それ以外の経路は今回通ってきたフィブラ峠越えの経路が知られているだけで―――シルヴェストからエクシーレに抜ける経路なんてあっただろうか?

 だがハスミンはにっこり笑って言った。

「そう思うでしょ? そうなんですよ。カロス山脈ってすっごい山だから、みんなそう思うんです。実際そうなんだけど。でもですね、あたしが生まれたの、山脈にへばりついたような小さな村だったんです。畑なんかも全然できなくて、冬はもう完全に雪に閉ざされて動けなくなって。でもそれでも何とかやってられたのは、実はあたしの村、密輸業者の拠点だったからなんですよ?」

「え?」

「ええ? そうなの?」

 フィンとアウラが驚いてハスミンに問い返す。ハスミンは得意そうに答える。

「はい。さすがにあたしでもそんなこと言いふらせませんから、これ話したのお姉様達が初めてなんですが、だからあの村で大きくなってたら密輸業者の誰かと結婚してたと思います。まあ、ほらあの人達ガラ悪いけど優しい人もいたし……でもさすがにあたし嫌だったから、だって密輸業者っていつ退治されるか分からないでしょ? それに別な密輸業者が襲ってきたりとか。そんなことになったらあたしだってひどい目にあわされるかも知れないし……実際にそういう目にあった人何人も知ってたから、だからディオスさんが来てあたしに目を付けて、ヴィニエーラに来ないかって言ったとき、本気で嬉しかったんですよ。だってほら、ヴィニエーラって夢みたいな所だって聞いてたから……」

 ハスミンの話がまたヴィニエーラの思い出になってきたので、フィンは口を挟んだ。

「ごめん。それって本当? エクシーレからシルヴェストに抜ける道があるなんて聞いたことなかったから」

 ハスミンは大きくうなずいた。

「間違いありませんよ。馬だとさすがに厳しいですけど、人夫とかを雇って歩いて越えれる道がついてるんです。だからあまり重たい物は運べないんです。でも宝石とかそんなのだと大丈夫でしょ? フォレスとグラテスを通って来ると、宝石とかにはすごく関税がかかるじゃないですか? だから直に持ってくるとすごく儲かるらしいんですよ。でも儲けるのはあいつらばっかりで、村はやっぱり貧乏なままで……」

 フィンはこれは行けると思った。

「それっていいかも知れないな……俺達山には慣れてるし、この季節ならカロス山脈越えもそこまで厳しくなさそうだ」

 それにエルミーラ王女は東西交易路を広げることを模索中だし、こういう経路があり得ることが分かるだけでも喜ばれるかも知れないし……

「でもそのためには一度グリシーナまで戻ることになるよな……まあ相手も俺達がそう来るとは思ってないと思うが……」

 フィンがそうつぶやくと、バラノスが言った。

「それでしたら来週グリシーナに商談のため行く予定なんですが、一緒に行きませんか? 家族ってことにしたらばれにくいでしょう?」

「ええ? でも……」

 フィンは一瞬ぽかんとしたが―――結構願ってもない申し出ではないか? それを聞いて更にハスミンが言った。

「あ! あたしも一緒に行く! アビエスの丘に行って、せめてレジェ姐のお墓参りしてあげたいの!」

 それを聞いて―――結局フィンは断り切れなかった。

 彼らを段々深みに引きずり込んでいる気がして少々気が重いのだが……

 でも一緒にいられる仲間も欲しかった。


 ―――何だかんだといって、アウラと二人だけでは、やはり心細かったのだ。