あぶない秘密工作 第6章 アルエッタの秘密

第6章 アルエッタの秘密


 その部屋の中でフィンはアルエッタと二人きりだった。

《えっと……あれ? なんでだ?》

 どうも頭がはっきりしない。どうして彼女と一緒なのだ?

『ねえ、入っていっていい?』

 アルエッタが甘えた声を出す。なぜかフィンのベッドに入って来たそうだ。

 見ると暖炉の火はもう消えかかっていて、部屋は冷え込んできている。このままでは彼女が凍えてしまう!

《こういう場合仕方ないよな……》

 こんな場合の定番は、抱き合って肌と肌で暖め合うことだ。そうしないと彼女が死んでしまう。

 でもそうすると―――フィンは何故か思い出した。

 そうだ。確か昨夜は服を着ずに寝てしまったのだ。布団の中で彼はすっぽんぽんだ。そんな所にいきなり入ってきたら驚かないだろうか?

『大丈夫よ。あたしだってもう子供じゃないから』

 アルエッタは何もかも知っているといった様子で、布団をはぐろうとした。

《ちょっと、まずいんじゃないか?》

 フィンは理由は分からないが何となくそう思ったので、必死でそれを遮った。

 だがそれを見てアルエッタがまた甘えた声で言った。

『ごめん。服着たままじゃだめだった?』

 アルエッタは彼の目の前で着ていたガウンを脱ぎ始める。ガウンの下には何故か何も着けていない。彼女のむき出しの肌に鳥肌が立っているのが見えた。

 いけない。このままでは彼女が凍えてしまう!

『はやくおいで。凍死しちゃうよ』

『うれしい……やっと入れてくれるのね?』

 そう言うとアルエッタはフィンの横に滑り込んできた。

 彼女の肌の感触が伝わってきた。

 体は冷え切っている。これでは単に一緒に寝るだけではだめだ。もっとしっかり抱きしめてやらなければ……

 だが本当にそんなことをして良いのだろうか? 何だか心配になってきた。

 フィンが躊躇しているのを見てアルエッタが耳元でささやいた。

『ねえ、寒いの』

 彼女の肌に触れると、まだ鳥肌が立ったままだ。このままでは彼女は凍え死んでしまうに違いない。これは彼女を救うために必要なことなのだ。

『じゃあいくよ』

 そう言ってフィンは彼女に覆い被さった。それから彼女の下腹部にそっと手を伸ばす。ここが凍ったら大変なことになってしまうからだ。

 だがそこはまだ暖かく濡れていた。

 フィンは安堵のため息を漏らした。それと同時にもう我慢ができなくなってきた。

 だがいきなりだと彼女が驚いてしまうだろう。何か理由を付けなければ……

『いいかい? アルエッタ? 中から暖めてあげるからね』

『え? 本当?』

 アルエッタが微笑む。

『こうするのが一番暖かいんだよ』

 そう言いながらフィンは彼女の中に自分の物を沈めていった。

 アルエッタが呻く。

 だがこれは彼女が暖まっている証拠だ。でなければこんなに……



「うわ!」

 目が覚めて何が起こったかに気づいたとき、フィンはしばらく茫然自失だった。

 下履きの中が濡れて冷たい。この歳になって―――するか? 普通……

 しかも何だ? この夢は? よりにもよってなんでアルエッタなんだ? 大体彼女の裸なんて見たこともないのに、あのリアルさは……

 それもこれもヴォランに付き合って、あんな物を見てしまったせいなのは間違いない。彼はまだ若い上にここ最近の禁欲生活中だ。刺激が強すぎたのだ。

 フィンは大きくため息をついた。

 ともかく替えの下履きに着替えるしかないが、汚れた奴はどうする?―――といっても人目を忍んで洗うしかないが―――そんな所を見つかったりしたら、はっきり言って恥ずかしくて死ぬぞ? 何でこんな目に会わなければならないのだ?

 それに恥ずかしいと言えば何だ? あそこが凍ったら大変だの、中から暖めてやるだの、これって本当に何なんだよ?

 夢の中ではよく分からない動機に駆られて何かやってることはよくあるが……

 だが夢というのはその人間の本心が現れるとか聞いたこともあるし―――って、これが俺の本当の心? やめてくれよーっ⁉

 そんなこんなでフィンは朝から最悪の気分だった。

 服を着替えて階下に降りると、いつも通りに針子たちが朝食を取っている。

「あ、おはようございます!」

 現れたフィンを見てアルエッタが挨拶してきた。

「おはよう」

 フィンも答えたが、今朝は特に彼女の顔を正視できない……

 彼女に対して裏切りの疑惑を抱いてしまってからというもの、何か罪悪感があって彼女をまっすぐ見られなくなってしまっていたのだが、今はそれにも増してあの夢の光景が浮かび上がってきてしまう。

《だめだって!》

 彼女を見て変な妄想に耽るなんて! しかも朝っぱらから……

 だが幸いなことに彼女はフィンのそんな所には気づいていないようだ。夜遅くまで仕事していて疲れているのだと思っているらしい。

 アルエッタが針子の一人に尋ねるのが聞こえる。

「そういえばヴァルダさんの具合どうだった?」

 針子の一人が昨日から風邪を引いて寝込んでいたのだ。

「今日は随分良いみたいだけど、まだ少しお腹が痛いって」

「そう。じゃあ今日もオートミール作ってあげないと……リエカさん。いい?」

「いいですわよ」

 奥からリエカの声がする。

 いつも通りに彼女達は家事仕事で大忙しのようだ。

 そんな彼女を見ていると、彼女が裏切り者のわけがないように思うのだが?

《でも女は化けるっていうしな……》

 昨夜もそんなことを考えながら寝てしまったからあんなことになったのだろうか?

 フィンはあれからそれとなくアルエッタについて調べていた。そして針子の一人からしばらく前に彼女が父親のドゥーレンと大喧嘩したことを聞いていた。

 喧嘩の理由は、彼女が店の手伝いをしたいと言ったら断られたからだという。

 彼女はこういう店に生まれ育ったこともあって、小さい頃から手芸や裁縫が大好きだったらしい。そしてゆくゆくは父親の跡を継いで仕立屋をやりたいという夢を持っていたという。

 ところがドゥーレンは彼女は店を継ぐんじゃなくて、誰かと結婚して家庭を持てといって聞く耳持たなかったらしい……

《普通ならそんなにあっさり拒否するかな?》

 彼女が好きなことならやらせてもいいように思うのだが―――とは言ってもこれはドゥーレン親娘の問題だ。彼が口出しできることではない。

 それにドゥーレンの場合、仕立屋という職はその裏稼業と密接に関連している。彼の跡を継いだりしたら、そちら方面と関わらざるを得ないかもしれない。そう考えれば彼が反対するのは当然だが……

 そんな理由はともかく、彼女がドゥーレンに夢を認めてもらえなかったのは事実だし、そのときは随分と凹んでいたらしいが、例えばもしそんなときに言葉巧みに言い寄られたらどうだろう?

 それに裏切れとかそういうのではなく、ちょっとお父さんの友達について話してもらえるかな? とか訊かれただけならどうだろう? 彼女なら悪気なく教えてしまいそうだし……

 そのとき食堂のドアが開いてドゥーレンが入ってきた。

「エッタ? 弁当はできてるか?」

「できてるわよ」

 フィンが振り返って見るとドゥーレンは分厚い外套を着込んでいた。

「あれ? どちらかにいらっしゃるんですか?」

「ああ、ちょっとメリオル村までな」

 そう言ってドゥーレンはアルエッタから弁当の包みを受け取ると、部屋から出て行った。

「メリオル村ってどの辺?」

 フィンは横で食事していた針子に尋ねた。

「ここからずっと東の方よ。馬車で半日くらい」

「へえ。じゃあドゥーレンさんは今日は戻らないのか?」

「明日だって言ってたわ」

 アルエッタの事をドゥーレンに話すべきか悩んでいたが、これで二日ほど自動的に先送りになってしまった。

 だがこの件に関しては二日後でもまだ悩んでいるような気がする。

 大体何の証拠もない状態でいきなりそんなことを言うわけにはいかない。

 だがそういう可能性がある以上何もしないわけにもいかない―――と言って、そのために彼女の後をつけ回すというのも何かひどく引っかかるのだが……

《でも調査するってことは、そういうわけで……》

 しかもそんな行為をしてアイオラのときのような別な事実が出てきたら、それはそれで困ってしまうし……

 実際あの後ヴォラン達が彼女の所に行ってかなり揉めたという話が伝わってきている。

 これがアルエッタだったらどんな騒ぎになることやら……

《別に彼女だって恋人くらいいるかもしれないし……》

 これじゃ単に家庭不和の種を蒔いているだけなのでは?

 フィンはため息を隠しながら固いパンをコーヒーで流し込んだ。

 だが組織のことが敵にばれたらそれこそ家庭不和どころの話ではない。何もかもが終わりになるのだ。

 それ以前に、実は情報は既に敵に漏れているかもしれないのだ。

 元々ドゥーレンがそういう疑惑を感じたのは、彼らの仲間のネイードという男が死んだからだった。

 詳しく話を聞けば彼も確証を持っているわけではないらしい。

 だが自然な死と考えるにはあまりにも状況が不自然なのも確かだ。だから少なくともネイードの正体がばれたのは間違いないだろう。

 もし彼の正体をばらしたのが配下の侍女からだったとすれば、それ以外の仲間の正体はまだばれていない可能性が高い。だがそうでなければ―――まず裏組織の事は既に敵に知られていることになる。

 しかしネイードの一件以来特に何も変わったことは起こっていない。

 だとすればそれが示す可能性は二つ。彼らのことはまだ知られていないか―――もしくは知った上で泳がされているかだ。

《それもはっきりいってまずいが……》

 下手をすると組織は既に相当にヤバい状態になっているのかもしれない。

 だがここで心配をしても仕方がない。ともかくその辺りをはっきりさせるためにも、彼女の疑惑にはきっちり片をつけなければならないのだ。たとえ彼女が裏切っていたにしても……

《あれ?》

 だがそこまで考えてフィンは気がついた。

 例えば組織情報を流したのが仮に本当にアルエッタだったとする。

 その場合敵はアルエッタに接触すれば裏組織の情報が得られると、どうして分かったのだろうか? 彼女はただの仕立屋の娘でしかないのに……

 とすれば敵はその仕立屋がスパイの巣窟だという情報を既に得ていたことになる。

 ならば最悪、彼女が利用されたことはあったかもしれないが、彼女が元凶ではないことになる。

《だったらいいけど……でも……》

 そうでない可能性もある。

 例えばアルエッタが自分から敵に情報を売り込んだ等だが……

《そんな馬鹿な!》

 彼女はそもそも父親達がそういうことをしていることを知らないはずだ。

《でももし知っていたら?》

 ドゥーレン達は彼女は裏稼業の事を知らないと思っていたが、実はアルエッタは気づいていたということも―――そして父親と喧嘩した際にぶち切れて……

 フィンは首を振った。想像すればするほど気分が重くなってくる。

「どうかしたの?」

 横にいた針子が不思議そうにフィンを見ている。明らかにフィンは挙動不審だった。

「いや、何でも。何か風邪気味なのか、ちょっと頭が重くって」

 フィンは慌ててごまかした。

「そうなの? 風邪、流行ってるみたいだし、気をつけないとね」

「そうだね」

 そのときアルエッタがリエカに話しているのが聞こえてきた。

「リエカさん、今晩また夕食の支度、お願いしていい?」

「またお友達の所に?」

「うん。今日はお父さんもいないし」

「分かりましたわ」

 どうやら彼女はまた“友達の所”に行くらしい。それがどういう友達なのかは、今までそれとなく尋ねるだけでは分からなかった。

《もし何かあるとしたらその“友達”か……》

 フィンは彼女の横顔をちらっと見た。相変わらず屈託のない笑顔だ。とても何か内に秘めているようには見えないのだが……

 ともかく彼女の潔白の証明をさっさとやってしまおう。

 あらゆる意味でそれが一番のようだ。



 その日の昼過ぎ、フィンは食堂でコーヒーを啜りながら考え込んでいた。

《全くどうしよう……》

 朝の淫夢から始まって、これからアルエッタを見張らねばならないと思ったところに、今度はヴォランの愚痴と新情報が加わって、頭の中はごちゃごちゃになっている。

《もうヴォランときたら……》

 先程までヴォランと話をしていたのだが、はっきり言ってひどく疲れる内容だった。

 ヴォランは昨夜はベルナリウスの所に行っていたとかで帰りが遅く、昼前まで寝ていたのだが、起きたと思ったら今度はフィンを呼びつけていきなり愚痴を垂れ始めたのだ。


 ―――ヴォランはベッドに座ったまま喋り続けていた。

「……でさ、ベルナリウスが話をつけることにして収まったんだけどさ。やっぱあの野郎、騙そうとしてやがったから。あの奥さん、バシリカの大店の娘だそうで、離縁なんかできるわけないじゃないか。なのにあいつもころっと騙されやがって……」

 部屋には酒瓶が転がっている。夕べは帰ってからも飲んでいたのだろうか?

「何かさあ、何やってんだろうな。俺は」

 そう言ってヴォランは頭を抱える。

 頭を抱えたいのはフィンも同様だった。

 陽も高くなって起きてきたと思ったらいきなり呼びつけられて、何か新情報でも入ったのかと思って勇んで来てみたら、開口一番アイオラの事を話し始めて、あとはずっとこの調子だ。

 よっぽど出て行こうかと思ったが、フィンは我慢して話に付き合ってやっていた。

 何しろ彼はフィンよりも随分年輩だし、この数ヶ月はいろいろな意味で世話になりっぱなしだ。

 それに彼の人柄も結構気に入っていた。

 その彼が何だか随分しょげこんでいる。こんなときは黙って話を聞いてやるのが男意気という物だが……

「あいつさあ、もう三十なんだってさ」

「はあ……」

「最初会った時が三歳だったから、二十七年かよ。すげえよな。十倍だよ。長いよなあ。あれから……」

「そうですね……」

「でさあ、あいつが泣くんだ。この歳になったらもう尻も撫でてもらえないってさ。そう思うか? あいつまだ可愛いよな?」

「え? まあ……」

 可愛いというのか? 確かにアイオラはヴォランよりは随分年下だが、フィンよりは随分年輩だ。フィンから見れば、どっちかというと色年増と言った方がいいのだが……

 少なくともすごい色気があるのは間違いない。特にあのときの声などを思い出しただけで―――大体そのせいで今日の朝は……

 じゃなくって!

「だからもう潮時なんじゃないかって思ってたら、あのハゲがやってきて嫁にしてやるとかほざいたらしいんだがな、何がいけないんだって言われてさ、だめだよな? そんなの」

 そう言われても……

「でもさ、言えなかったんだよ。あいつにやめろって。だからさ、あの野郎が嘘吐いてること教えてやるしかなくてさ、でもそうしたらあいつ、知ってたけどって泣くばっかなんだ……」

 と、さっきからずっとこんな話のループなのだ。

 フィン自身も色々問題を抱えている状況で、あまりこういうことに付き合ってられないというか、せめて酒でも飲みながらにしてもらいたいのだが、この朝っぱらから飲み始めるわけにもいかないし……

 フィンは曖昧にうなずいた。ヴォランは大きくため息をついた。

 この落ち込み具合は尋常でないが、だからといってこのままずっと愚痴を聞き続けるのも限界だ。

 そこでフィンは言ってしまうことにした。

「えっとヴォランさん、何かすごくアイオラさんのこと心配してますけど……」

「そりゃ心配だろ? 二十七年だぞ? 二十七年!」

「えっと、そのヴォランさん、アイオラさんのこと、ずっと好きだったりします?」

「え?」

 ヴォランが言葉に詰まる。

「お前、何言いやがるんだよ! あいつを行商に連れてけってのか?」

 そこまでは言ってないのだが、ヴォランはしどろもどろになった。全く持って予想通りだ―――というか、これだけ分かりやすいのも珍しい。

「いえ。でもアイオラさんならいろいろ隠し事する必要はないし、別に夫婦の行商ってそんなに珍しくないでしょ?」

「………………」

 それを聞いてヴォランは考え込んでしまった。

《何か手がかかるな……この人》

 一見エロ親父風に見えるのだが、こういうところではひどく純朴な所があるのは少々意外だったが……

 でも本当に好きな娘の前で本心を明かせないというのは―――フィンにも心当たりがありすぎて人のことを言えた義理ではないが……

 そんなことを思っていると、いきなりヴォランは頭を上げると言った。

「まあいいや。そうそう。それでさ、ゾリナスと連絡が取れたんだけどさ」

 フィンはぽかんとした。

 何がまあいいんだ? 何か話をごまかそうとしてるな? でもそこを突っついてもしょうがないし―――それよりゾリナスって誰だよ?

 そう思ってフィンが尋ねると、ヴォランは笑って言った。

「ああ。何て言うかな、盗賊みたいなもんかな?」

「はあ?」

 相変わらず訳が分からない。

 そんな表情のフィンを見てヴォランは真剣な表情になった。

「お前、証拠が欲しいって言ってただろ? 都の裏切りのさ」

「え? ああ、はい」

「ベルナリウスもさ、都方面はノーチェックだったんだが、もう一度洗い直してみたら、怪しい奴らがちょこちょこ出てきたみたいでさ」

 フィンは目を見開いた。

 ベルナリウスは行商人組合の元締めをしている。

 元締めと言っても行商人を彼が全て管理しているわけではない。そもそも組合と言っても行商人の連絡会みたいなもので、別にそれに属さなければ商売ができないというわけではない。

 だがこれに入っておくといろんな情報が手に入りやすくなったりするので、大部分の行商人は会費を払って組合に属しているのだ。

「メリス行きの奴らの中に、何かやたらに警護が厳しいのがいるみたいなんだ。護衛が兵隊上がりばっかりで固められてるって話で。運んでるのは一応高い酒みたいなんだがな。でも酒ごときにそこまで警護はいらねえだろ?」

「ですね」

「で、それがメリスで都行きに積み替えられてるんだってさ」

 フィンはうなずいた。

 なるほど。それは確かに怪しいかもしれない。

 フォレスとベラのような関係だったらともかく、特にレイモンの場合、国境を超えて移動するのは行商人がほとんどだ。だからそういった“連絡網”があれば行商人が関係していることが非常に多い。

 例えば彼らが密書とかを運んでいたとすれば……

「で、それをそのゾリナスという人にチェックしてもらうと?」

「まあ、そういうことだな」

 ヴォランはそう言ってにやっと笑った。

 要するにその行商人を襲って何か持ってないか確かめてみようということだ。少々荒っぽいが―――ここはそれしかないのか?

《でも似たようなことはやった記憶があるし……》

 襲うだけが手段の全てではないし―――それにもしそれで何か見つかれば、その足で都に行って話をしても信用してもらえるだろうし……

 フィンは心を決めた。

「そのゾリナスって人と話せますか?」

「もうちょっと待ってくれ。あいつ今別なところにいるんで。その前にもう少しその行商のことを調べとく必要があるし……なんで今日はまた遅くなるってエッタに言っといてくれ」

 フィンはうなずいた。うまくいけばこれで突破口が開けるかもしれない……

 そう思うと少し気が楽になった。

「あとそれとさ、フィン」

「なんでしょう?」

 フィンが顔を上げると、ヴォランが何だか恥ずかしそうな顔で少しもじもじしていたが、やがて意を決するように言った。

「やっぱ……アイオラに話してみるわ」

「え?」

「あいつってさ、何か妹みたいな感じだったからさ、何て言うか、言い出しにくくってな。それに歳も離れてるし……でもさ、お前に言われて踏ん切りがついたみたいでさ」

「あ、はい」

「どうなるかはわかんないけどな。まあ、あんがとよ」

 そう言うとヴォランはベッドから立ち上がってフィンの肩をぽんと叩く。それから服を着替えると部屋を出て行った―――


 そういうわけでアイオラの件はどうやら決着したようだ。

 もちろん彼が振られない保証はないが―――でもその場合は彼もはっきりと諦めがつくはずだ。

《……ってかもう、完全に彼らだけの問題だし……》

 後はフィンのやるべき事だけなのだが―――それが頭痛の種だった。

 調査という名のついたストーキングの他に、強盗の算段も立てなければならなくなっていたからだ。

《何だかなあ……》

 自分のやっていることを考えると、はっきり言って情けない。

 だがそんな風に考えている自分に気づいてフィンはすこし愕然とした。

《なんだ? これは……》

 他人の住居に侵入して天窓から中を覗くというのでもかなり大概でない。

 それなのに今度は下手をすれば人殺しをするかもしれないようなことを計画しているのだ。

 なのにそれに対する感想が“ちょっと情けないな”程度でいいのだろうか?

 何かが麻痺してきているのは間違いない……

「フィンさん、カップは片付けといて下さいね」

「ああ。わかった」

 そんな中でアルエッタだけが一人楽しそうだ。

 彼女を見ると妙に心が和む。

 その彼女を彼は疑ってつけ回そうとしているのだ。挙げ句に朝のあの夢は……

《いかん。また何か落ち込みそうだ……》

 それというのも元を正せばマオリ王が変なことを考えるからだ! ファラが危険に陥っているのでなければこんなことはしていないわけで……

 ともかく叩きつぶしてやるのだ。少なくともあんたの手にだけは渡さない! 彼女は……

 そう思ってまたフィンは呆然とする。

《渡さないって……俺の物でもなんでもないのに……》

 フィンは首を振った。

 やめるんだ。もう余計なことを考えるのは止すんだ。

 今更こんなことを考えたって何も得ることはない。今は自分がやろうとしていることをやるのみだ。

 そしてさっさと終わらせて帰ろう。アウラの所に―――そうすれば……

 途端にフィンの脳裏にアウラの思い出がまざまざと蘇ってきた。

 あの旅の間はいつも彼女と一緒で、目覚めると側に彼女がいて……

「あ!」

 同時にフィンは悟った。

 そうなのだ。朝見た夢は―――あれはまさにアウラの手触りだったのだ。

 彼女の温もりや感触はフィンの体中隅々が覚えている。

 夢のアルエッタを抱きしめた時、あれほどリアルだったのはそのせいだったのだ……

 そう気づいた瞬間だ。

「どうしました?」

 アルエッタがびっくりした顔でフィンを見ている。不意を突かれて顔が熱くなってくる。それに思わず声も出ていたし―――フィンは慌ててごまかした。

「いや、別に」

「でも大丈夫ですか? 何か少し顔が赤いような」

 痛いところを突かれてフィンは更に赤面する。

「いや、朝からちょっと風邪気味で……」

「あ、そんなこと言ってましたね。どうします? お薬作りましょうか?」

「いや、大したことないから。大丈夫だよ」

 フィンが手を振るとアルエッタはうなずいた。

「そうですか。じゃ、あたし、ちょっと出かけるんで……お薬とかがいるならリエカさんに言って下さいね」

「うん。分かったよ」

 アルエッタは再び厨房の方に行ってしまった。

 フィンはほっとした。

 彼女が無邪気な分、こういうときには本当に困ってしまう。

 それはともかく、ついに彼女が出かけるようだ。フィンは気を取り直すと、再び彼女にこっそりと注意を向けた。

 アルエッタはしばらくばたばたと厨房の片付けをしていたが、それが終わると自室に戻っていった。

 しばらくしてから彼女はマフラーをして外套を纏った姿で現れる。

「それじゃ行ってきまーす!」

 アルエッタの声に厨房のリエカが答える。

「行ってらっしゃい」

 その返事を聞いてフィンもこっそりと立ち上がった。

 それから玄関に隠してあったポンチョを纏うと、彼女の後を追って工房から出た。



 工房から出るとフィンはつかず離れず彼女の後を追い始めた。

 このあたりは結構人混みもあるし、ポンチョをかぶっていれば顔も見えないからそう簡単に気づかれることはない。

 アルエッタは市場の方に向かって歩いていった。

 天気は良かったが風が結構冷たい。

 彼女はそのまま市場に入って行くと、やがてパン屋の前で立ち止まって買い物を始めた。

 フィンがこっそり観察すると、彼女は小さなパンを幾つか買った。

《何する気なんだ?》

 それから彼女は再び歩き始めて、今度は肉屋の前に止まってチーズとソーセージを買った。

 ただこれもあまり多くない。一人前程度だ。

《弁当か何かなのか?》

 友達に持っていくお土産にしてはちょっと変だが―――確か彼女は朝、リエカに夜は遅くなるようなことを言っていたが、そうするとあれは彼女の夕食なのだろうか?

 でも彼女は友達の家に行くのだろう? その“友達”は遅くなるというのに食事も出さないのだろうか?

 それとも材料を持ち寄りで何か作る気なのだろうか? だがパンとチーズとソーセージで何ができる? それに二人分にしては量が少ないようにも思えるし……

 今ひとつ彼女の行動の目的がよく分からない。

 アルエッタはそんなフィンの疑惑をよそに、楽しそうな足取りで市場を出ると町の別なブロックに入っていった。

 そこは城の役人達が住んでいる一角で、この時間帯はかなり閑散としている。

 フィンは少し距離をとった。

《役人って……》

 やはり彼女はここの誰かと通じているのだろうか?

 だが彼女はそのブロックを素通りしただけだった。

 その先にはいろいろな職人の集まった一角があった。

 アルエッタはそこでとある裏路地に入っていった。

《あそこか?》

 フィンは辺りに気を使いながら彼女の後を追ってその路地に入ろうとした。

「うわ!」

 だがそのとき後ろからやってきていた馬車が急に曲がってその路地に入っていったため、車輪に引っかけられそうになった。

《危ねえだろ!》

 フィンは叫びそうになったのを押し殺した。

 普段なら文句の一つも言ってやりたいところだが、ここで騒ぎを起こすのはまずい。

 フィンは怒りを抑えて彼女が入っていった裏路地を覗き込む。

 路地は少し行ったところでT字になっていて、彼女はそのどちらかに曲がっていったようだ。

 フィンがT字路まで行って頭を出そうとしたときだ。

《ん?》

 その先で何かが起こっている。

 フィンはもう一度周囲を確認して誰もいないことを確認すると、こっそりをその先を覗いてみた。

 T字路から少し左に行ったあたりに、さっき彼を追い抜いていった馬車が停まっていた。その横に男が二人ほどいて、その間に挟まれるように―――アルエッタだ!

《何してるんだ?》

 もしかしてこうやって誰かと接触しているのか? だとすると……

《まずい! 馬車の中で話をする気なのか?》

 そんなことをされたらこれ以上追うことができなくなってしまう! 密談するにはいい方法なのだが―――などと感心している場合ではない。

《えっと、どうする?》

 彼女たちが乗り込んだ後、馬車に取り付くしかないか?

 でもここは町中だ。そんな状態で馬車が走っていたら目立ってしまうし―――そう思った瞬間だ。


「だから知りませんって! 人を呼びますよ⁉」


 アルエッタの声だ。その声には恐怖の響きがある。

《え?》

 次の瞬間男の一人がアルエッタを後ろから抱きかかえると口を手で塞ぎ、もう一人が彼女の足を持ち上げた。アルエッタは手をばたばたさせて暴れるが、男達はそのまま彼女を馬車に押し込んでしまった。

 続いて馬車は急発進する。

「えっ?」

 フィンは全く想定外の状況にしばし呆然としていた。

 これって―――何かさらわれていったように見えるが……

 ………………

 …………

 いや、さらわれたのだ‼

 フィンは我に返ると慌てて後を追おうとした。

 だがそのときには馬車はもう次の角を曲がって消えていくところだった。

 フィンは全力で走り出したのだが―――彼が次の角に行き着いたときには、馬車の姿は影も形もなかった。

 ………………

 …………

 ……

《ええええええ?》

 フィンはその場でしばらく呆然と立ち尽くした。

 一体これは何なのだ?

 彼女は何者かと接触しに行ったのではないのか?

 だがどう見ても彼女は拉致されていったようにしか見えないが―――わざわざ拉致されに出かけるはずがないし……

 ということは……⁉


《本当に、本当にさらわれていったのか?》


 そんな馬鹿な! どうして彼女が⁉

 だが考えてみたら決して不自然ではなかった。

 彼女にはさらうだけの価値は十分にある。

 例えば仮に組織の存在が敵にばれていたとして、相手が組織を潰すのではなく利用しようと思ったとする。

 そんなときにドゥーレンを捕まえて何か言うことを聞かせようとしても、彼は絶対言いなりになどならないだろう。

 だがそれがアルエッタだったらどうだ? いかなドゥーレンでも彼女を見殺しにはできないだろう?

 極めて古典的だが有効な手段だ―――などということが分かっても今更手遅れだ。

「ちょっと待ってくれよ……」

 一体これからどうすればいいのだ?

 フィンは頭の中をまとめるのにしばし時間がかかった。

 ともかくここに突っ立っていても仕方がない。だが追いかけるのももう無理だ。とすれば、せめて誰かに通報しなければならないが―――ドゥーレンはどこか遠くに出張している。

 だとすればヴォランか? だがこの時間彼がどこで何をしているか分からないし。

 オールデンとは駐屯地に行く際に一度一緒になったが、彼の店はここから随分遠い。アイオラの所も同様だ。ベルナリウスとはまだ会ったこともないし……

《これってどうするよ?》

 事態は一刻を争うのだが……

「あ、リエカさんか?」

 フィンは思い出した。

 そういえば彼女は元々はあの奥方の侍女アルテラの後釜だったはず。ということは彼女の任務が何か理解して来ているのは間違いない。

 ならばこういった場合の緊急連絡先を知っているかもしれない!

 だとすればともかく工房に戻るのが先決だ!

 フィンは駆けだした。

 こんな場合軽身の魔法をかけながら行けば速くて疲れないのだが、この町中ではそうもいかない。

 工房に帰り着いたときにはフィンは完全に息が上がっていた。

 ゼイゼイ言いながらふらふらになって戻ってきたフィンを見てリエカが驚いた。

「どうされたのですか?」

「ちょっと、いいですか?」

 フィンは周囲に他の針子などがいないことを確かめると、彼女を手招きした。

「なんでしょう?」

 リエカは恐る恐るといった感じで近づいてくる。

 フィンは彼女が来ると、耳元で囁くように言った。

「アルエッタが……さらわれたみたいなんです」

「えええ?」

 リエカは驚愕のあまり、部屋の中でもずっとかぶっていた帽子を落としてしまった。

 そこから現れた横顔がすごく美人だったことにフィンは一瞬驚いた。

 だが彼女が帽子を拾おうとして反対を向くと、そちら側は焼けただれて引きつっている。

 普段だったらもっと色々な思いがわき上がって来そうな状況だが、今はそれどころではない。

 帽子をかぶり直すとリエカが言った。

「どういう事なのです?」

 彼女の声もうわずっている。フィンは息を少し整えると言った。

「えっと、リエカさんは知ってるんですよね? 僕が何でここに来てるかとか」

 リエカはちょっと無言でフィンの顔を見つめ、それから軽くうなずいた。

「はい。存じております」

 やっぱりか。だったら話は早いだろう。

「それではヴォランと僕がある調査をしてたこと、ご存じですか?」

「え? はい」

 リエカは再びうなずいた。そこでフィンは続けた。

「それで今日、ちょっと彼女の後をつけてたんです」

 リエカが驚いた。

「え? エッタを? どうして? 彼女に何の関係があるんですか?」

「あれと無関係なことを調べたかったんです。彼女がちょっと怪しい行動をしてたんで、仕方なくなんですが……」

「怪しい行動って?」

「実は彼女の“友達”についてなんですが……」

 それを聞いてリエカが即座に尋ね返した。

「友達って……もしかして彼女が夜に出かけていたことですか?」

「ええ、まあ」

 リエカはしばらくびっくりした顔でフィンを見つめていたが、次いで笑い出した。

 何がおかしいんだ?

「リエカさん?」

 だがそれを聞いてリエカは笑いながら答えた。

「すみません。あれを疑ってたんですか?」

「ええ、まあ……」

 それから彼女は笑いを止めると答えた。

「エッタは自分の工房に行ってたんです」

「自分の工房?」

 フィンはぽかんとして答えた。リエカは続けた。

「はい。あの、フィンさんはエッタとドゥーレンさんが喧嘩した話はご存じですよね?」

「はい。聞いてますが?」

「エッタちゃん、本当に裁縫とかが好きで、それまでも暇があったらいろんな物を作ってたそうなんです。将来オリジナルのドレスをデザインしたいって私にも言ってましたし。でもそれ以来ここで裁縫とかをするのを禁止されてしまって……だからブランダさんっていう彼女の幼なじみの所に部屋を借りて、そこでやってたんです」

「え? そうだったんですか?」

「このことはみんなで秘密にしておいてあげようって、それで黙ってたんですが……」

 なんだって?

 フィンは愕然とした。要するに彼女は本当に無関係ということなのか?

 だがそうだとすると……

「じゃあ一体誰が彼女を?」

 リエカは首を振った。当然彼女が知っているはずがない。

 それよりも何よりも、今はもっと大切なことがある。

「えっと、ともかくみんなに連絡しないといけませんが、連絡方法とか分かりませんか?」

 リエカもうなずくとちょっと考えた。

「ベルナリウスさんですね。こういう場合は」

「でも僕は会ったことがないんですが……」

「私が行って参ります」

「僕も一緒に行きましょうか?」

「いえ、フィンさんはこちらに残っていて下さい。何か接触があるかもしれません」

「あ、そうですね」

 彼女の言うことはもっともだ。

 確かに彼女はあのアルテラの後任をする予定だっただけあって、こういうときには信頼が置けそうな気がする。

 リエカはすぐに出発の準備を始めた。

 だがそのとき表から針子の一人が入ってきた。

「フィンさんいる?」

「え? はい」

「何かお手紙よ?」

 そう言って彼女はフィンに手紙を差し出した。

「手紙? 僕に? 誰から?」

 針子は首を振る。

「さあ。子供だったけど。これを女の人から預かったって」

 フィンは手紙を受け取ると、リエカと顔を見合わせる。リエカが軽くうなずいたのでフィンは針子に礼をする。

 彼女が出て行くと彼は慌てて封を切った。

 それにはこう記されてあった。

お得な商談があります。本日の夕刻、西の門の前でお待ち下さい。その際分かりやすいように何か赤い物をお持ち願います。ラッキーワードはカナリアです。

なお定員はお一人までとさせて頂きます。

無名の友より

 フィンはそれを見るとあんぐりと口を開けたまま凍り付いてしまった。

「フィンさん?」

 リエカが心配そうな顔でフィンを見ている。

 フィンは彼女にその手紙を渡した。彼女もそれを見て顔から血の気が引く。

 それから彼に尋ねた。

「これって……それじゃ身代金目的なんですか? どうして? うちはそんなに裕福でもないのに……」

 だがフィンは首を振った。

「いえ、違いますよ」

 その返事にリエカが首をかしげた。

「え? どうしてです? お得な商談って……」

 知らずに読んだらそう考えるのも無理はないだろう。というか、そう考えさせるためにこう書いたのだから。オリジナルの方は。

 そこでフィンは彼女に説明を始めた。

「リエカさんは、僕がシルヴェストでやったこと、ご存じですよね?」

「ええ、まあ……」

 リエカが不思議そうな顔でうなずいた。

「この文面なんですが、僕がシルヴェストでフェデレ公をおびき出す際に書いたのと同じなんです」

「ええ?」

「違ってるのは待ち合わせの場所と定員の数だけで。これ書いた奴はそれを見たことがあるんですよ」

 リエカが驚いて口に手を当てた。フィンは続けた。

「男娼が卵の中に忍ばせてた密書を、こんな手紙とすり替えたんですよ。そうして買い戻しに来たところを取り押さえてやろうと」

「……ということは?」

「その手紙を見れた者が犯人です。でもアラン様やフェデレ様が関係してるはずがないから、残りは例の男娼ルートの誰かってことになりますね……」

そのときフィンはもっと重大なことに気がついた。

「ってか、彼女、この手紙は僕宛って言ってましたよね? なら要するに僕が狙いってことじゃないですか?」

 その内容に仰天していて忘れていたが、要するに敵はフィンの事も知っているのだ。

「まあ!」

 リエカが驚いて声をあげる。

 それから気を取り直すように首を振った。

「ともかく、このことを伝えてきますわ」

「あ、ちょっと待って下さい」

 出て行こうとするリエカをフィンは引き留めた。

「はい?」

「ベルナリウスさんに伝えて下さい。僕はこの手紙の指示通りにするって。それを目立たないように見張って欲しいんです」

「え? あ! はい」

 フィンの意図を理解してリエカはうなずいた。

「奴らが僕のしたことを真似してるんだとすると、この後の展開も予想がつきますし。そうすれば裏を掻くこともできるかもしれませんし」

 そしてフィンはリエカにあのときの事をかいつまんで話した。

 もし敵が彼の方法を丸パクリしているのなら、目印をつけて西の門に行ったら子供が出てきてどこか別な場所に行けと言うはずだ。下手をすれば墓場かもしれない。

 そこで取引を持ちかけてくるか、もっと別なことを言い出すかは分からないが。

「……この通りになるかどうかは分かりませんが、少なくとも目立たずに後を追える準備はしていて下さい。馬車などに乗せられて行くことも考えられますし」

「わかりましたわ」

 話を聞いたリエカはうなずくと出て行った。

 フィンは大きく息を吐くと、手近な椅子にへたり込んだ。

《何でだよ……》

 敵の正体に関しては、まず間違いなく男娼ルート関係者だろう。

 だとしたら動機は―――思いっきりある。彼のせいで男娼ルートが潰れたのだから。彼らがフィンを恨んでいても当然だ。

 そしてルートが潰れた後、彼らはどうなったと言ってたっけ? 確かディレクトスの男娼は国外退去になったような気が―――だとすればそいつらがアキーラにいてもおかしくないし……

《ってことは……?》

 もしかして今回のこれって―――全部彼のせいだったということなのか?

《ちょっと待ってくれよ……》

 何だか事態は悪い方に悪い方に転がっているような気がするのだが……