プロローグ 王女都へ行く

プロローグ 王女都へ行く


 初夏のさわやかな日差しが降りそそぐ中、白銀の都に向かう街道上を走る馬車の一隊があった。

 一行は数名の乗馬兵士に先導され、続く本隊の馬車はみな優美な鋼で作られた台座に箱形の客室が乗った高級車だ。

 客室の外部後方には張り出すように座席があつらえてあり、そこには兵士の姿をした男が二名、周囲に目を光らせている。

 その後に荷物を満載した荷馬車が続き、その荷台にも兵士の姿が見える。

 彼らが単なる隊商などではないことは、その中でもひときわ見事な赤い馬車を見ただけで明らかだろう。そしてその側面に象眼された白鷺の紋章から、その馬車にはフォレス王家の王族が乗っていることを知った者も多かったに違いない。

 ―――もちろんその一行とは都に向かうエルミーラ王女の一行だった。

 彼女達は早春にフォレスを発ち、まだ雪に覆われたパロマ峠を越え、自由都市グラテスを通り、アイフィロス王国に立ち寄り、延々二ヶ月近くかけてここまでやってきていた。

 そのせいでどの馬車もあちらこちらに汚れや傷が目立っている。

 王女達も護衛の兵士達も単調な旅暮らしにはいい加減飽き飽きしていた―――若干一名を除いては……

 赤い馬車に乗っていたのは三人の若い娘だった。

 後部座席の中央にはエルミーラ王女が陣取り、その向かいに座っているのがメイとリモンだ。

 馬車の中で王女はずっと編み物をしていた。

 リモンはじっと目を閉じて何かをイメージしている。

 それに対してメイはずっと馬車の外を楽しげに眺めていた。

 しばらくして一行の横を一台の馬車がすれ違って行った。

「あれーっ?」

 メイが歓声をあげる。

 だが王女はちょっと手を止めてその方を見たが、またすぐ下を向いて編み物に集中する。

 リモンに至っては振り向きもしなかった。

 だがメイはもう気にしていなかった―――たとえそれがどんなに重要なことでも、人によってはそうでないこともある。人それぞれということを認めるのは大人への第一歩なのだから……

《でも今のって結構大切なことなんじゃ?》

 今すれ違ったのは一見ワゴネットだったが、そのボディーはよく見るとブレークなのだ。

 ワゴネットとブレークは後部座席のスタイルで区別できると思っていたのだが、こちらでは必ずしもそうではないらしい。縦並びの座席は主に荷物用に使うワゴネットだからだと思っていたのに……

《乗用に使うんなら座席は横並びがいいって思うんだけど?》

 そこで王女達にも意見を聞いてみようかとも思ったのだが、メイは止めにしておいた。

 なぜだかこういう話題には王女もリモンも乗ってきてはくれないのだ。

《あとでトランキーロさんに訊いてみーようっ♪》

 御者の彼ならさすがに色々詳しいし……

 代わりにメイは再び外を眺めた。

 流れゆく景色を見ているのはいつでも楽しい。

 この光景は何となく見覚えがあるような気がする―――とは言ってもここに来たのは間違いなく初めてなのだが……

 街道はゆったりした上り道で、両脇には森林が広がっている。

 所々森林がぽっかり開けて草地になっているが、そこには見覚えのある花が咲いている。

《そういえばル・ウーダ様も言ってたわよね……都とフォレスって何か似てるって……》

 そう。彼女達はもうすぐ白銀の都に来る。

 都の話は小さい頃から幾度となく聞いてきたが、その姿をこの目で見ることなど絶対ないと思っていたのに……

《ほえー……》

 何だかため息が出てきてしまう。

 いったいどうしてこんな所にいるんだろう?

 当初の予定とは随分違ってしまっているのだが……



 メイが生まれ育ったフォレス王国は山間の小国である。

 彼女はその首都ガルサ・ブランカ近郊の平凡な農場生まれだった。

 彼女はそこで平凡に育って平凡に結婚して平凡な家庭を持つという平凡な未来を信じて疑っていなかった。

 最大の夢は故郷の村にレストランが開けたらいいなと思っていたことだが―――ところがそんな人生設計が狂いだしてしまった最初のきっかけは、コルネという奴と一緒にお城勤めができるようになったことだった。

 メイにとってそれは、レストランへの野望に近づく第一歩だと思われた。そこで彼女は厨房に勤めて料理人への道を歩み始めたのだが―――そこでなぜかフォレスの王女様と顔なじみになってしまったのだ。

《あそこで『今なら一杯生ってますよ』とか口走らなかったら、どうなってたんだろう?》

 間違いなく全然違った人生を歩んでいたに相違ないが……

 ともかくそんなわけで―――ついでにコルネのボケが王女付き侍女なんかになってしまったせいもあって、以来かなり頻繁に王女の側に出入りすることになってしまったのだ。

 そこで王女の他にもグルナやリモンという素敵な先輩達と出会えたのは幸運だったのだが―――そうこうしているうちに何故か王女の秘書官にならないか? などという話が持ち上がってしまったのである。

 それ以来、彼女の人生はまさに急転直下していった。

 まず最初に厨房の用事でハビタルに派遣されたのだが―――それまでメイはガルサ・ブランカの側を離れたことさえなかった。

 そのとき同行したのがあのフィンだったのだが―――いきなりすごい宴会に連れていかれたかと思ったら、フレーノ卿という人がどう見ても無実の罪で処刑されそうになっているのに関わりあってしまうし……

《あれだけでもう一生分の冒険したかと思ったんだけど……》

 でもそれをきっかけにパティシエールのファリーナや、大魔法使いのグリムール、それにファルクス親方やフレーノ卿本人とも知り合えたのは大変な僥倖であったわけだが……

 ところがそれから帰ってすぐ、なんと今度はエルミーラ王女が誘拐されてしまうのだ。

 それだけでも全員顔面蒼白なのに、今度はそこにベラとエクシーレが攻めてきたりして―――まあさすがにそういう事態に厨房の料理人が出張って無双したりすることはなかったわけだが、その後がもう訳が分からない。

 戦争が何だか奇跡的に終結すると、ついにメイは秘書官となるべくまず王女付き侍女に取りたてられたのだが―――するといきなりベラまで連れていかれて、挙げ句になぜか仕事がないから留学してこいなどと言われてしまって……

 その留学では―――あー、えーっと、ともかく色々なことが起こってー、今度はイービス王女やアスリーナなどと知り合えたのはとても嬉しかったのだが……

《大体あれより怖い目にあう事なんてもうないだろうって思ってたのに……》

 それまでの人生で一番怖かった出来事とは、コルネと二人で帰っている最中に、悪い奴にコルネがさらわれてしまって、彼女の命を助けたくばアウラを連れてこいと言われたときだが……

《今回はマジ死にかかってたし……》

 あんな目にあうのは二度とご免なのである。

 だがメイがいくらそう思っていても、あの王女様と一緒にいるとトラブルの方からやって来てくれる―――というか、ご本人が間違いなく最大のトラブルクリエイターで……

《グレイシーさんとケンカしてるくらいならまだ可愛げがあったんだけど……》

 いや、あれはあれでえらい目にあったのだが―――ガリーナなんかそれで人生を狂わせかけてたし……

《それにもう、あの和平会談からの一連の出来事ときたら……》

 思い返すたびにため息が出る。

 あんな風に異国の王子様と会話ができただけでも、平民の娘にとってはあり得ない幸運と言うべきなのに、その後デートになってみたり、そこでリモンが刺客をやっつけてみたり、ものすごい船に乗せてもらったりと、子々孫々に語り継げるほどのネタの宝庫だったのだが……

《その後の騒ぎに比べたらもう、おまけみたいなものだし……ははっ!》

 いやいやもう、乾いた笑いしか出てこない。

 向かいに座っているエルミーラ様はまだ“王女様”なのだが、既に一児の母なのだ。それだけでももはやあり得ない話なのに、そうなった経緯ときたらもう……

《挙げ句に、もしかしたら間違えてた? とか……》

 あのときは心労で本当に胃に穴が開きそうだったし―――いや、それどころか一つ間違えれば、どこかの片田舎で王子を秘密裏にお育てしている所に襲ってきた刺客の刃から王子を身を呈して守りながら『あなたこそは女王様と長様の真の落し胤! 生き延びるのですよ!』などと叫びながら絶命する育ての母になっていたかもしれなかったのだ。

《あはははは!》

 まあ何とかそういうことにはならずに済んだのだが―――おかげでガリーナさんの先輩のティグリーナさんとお知り合いになれたり、ペペちゃんにファーストキスを奪われちゃったりして あはっ! あれは本当に残念だったなー、あはははっ!

 もちろん事件の詳細は国家機密だったりするわけだが、そんな物がそこらに転がっている日常ってのはどうなんだろう? と、わりとよく本気で考える今日このごろなのだ。

 実際、今こうやって並べてみても、何だこりゃ? ってことにしかならないし……

 そんなわけで最初はちょっとこれは無理だと思ったのだ。

 何の変哲もない田舎の娘には少々荷が重いから、リタイアさせてもらおうかとかなり本気で考えたのだ。

 だが―――それがエルミーラ王女の選んだ道だった。

 本当に一番大変なのはエルミーラ王女本人だったのだ。

 そんな王女の決意のほどを知って、たった一人で茨の道を歩ませるわけにはいかないと微力ながらも自分もそんな王女を支えていこうと心に決めたのだが―――それはメイ一人だけではなかった。

 グルナもリモンもコルネもガリーナも、フィンやアウラもみんなそんな王女とともに歩もうとしているのだ。

 こんな仲間たちと一緒なら、少々辛いことがあっても、みんなで行けば怖くない!―――などと迂闊にもそのときには思ってしまったのだが……

《あははははっ!》

 いや、本当にこれだけ色んな目にあえばメイだけでなく他の皆だって、少々のことにはもう動じないぞ? という自信はあったと思うのだが―――昨年の冬、白銀の都のメルファラ大皇后からの書状が来たときには、その誰もが唖然として声も出なかった。

《全くアウラ様ったら……》

 メイがアウラと深く接するようになったのは、コルネが薙刀を習い始めて以降のことである。

 それまでは、単にとにかく強くて格好いい人というイメージだった。

 だが一緒に行動するようになってみると、強くて格好いいのは間違いないのだが、でもメイの目から見ても何だかすごく子供っぽいというか、危なっかしい所があって―――まあそんな部分が何だか不思議な魅力になっているのだが……

 ともかく今回のような真似はもう世界中で彼女にしかできないだろう。

 でもそのせいでメイは今こんな所まで来られているのだが―――遠くに行くのがフィンやアウラの役目、故郷で王女を支えるのがメイ達の役目と思っていたというのに……

《人生万事塞翁が馬ってこんなことなのかしら?》

 その手紙は彼女も見せてもらったのだが―――それはこんな内容だった。

フォレス王国王女エルミーラ様


 初めまして。私は白銀の都大皇カロンデュールが后、メルファラと申す者でございます。このような形で唐突にお便りを差し上げることをお許し下さいませ。

 さて、まずお伝え致したいことでございますが、それは先日私の屋敷に訪ねていらっしゃいましたフェレントム・ガルブレス様の養い子、アウラ様についてでございます。

 そのアウラ様でございますが、フォレスへの帰途と伺っておりましたが、そろそろ秋も深まっておりますし、ご本人に少々事情もございましたので、この冬はこちらに滞在されることになりましたことをまずはお伝え申し上げます。

 私どもと致しましてもアウラ様のようなユニークなお方と共に過ごせるのは望外の喜びでございます。最初にいらした時は少しばかり警備の者との行き違いもございましたが、それも屋敷の警備についてリアルなご助言が頂けたということで今では大変感謝しております。

 その他にもアウラ様からは色々興味深いお話を聞かせて頂きました。聞けばアウラ様はル・ウーダ・フィナルフィン様の奥方様だとか。私どもは以前ル・ウーダ様には大変お世話になりましたので、またお会いしたかったのですが、今はアウラ様とは別々にご活動中だというのは大変残念でございました。もしそちらにル・ウーダ様が先にお帰りになられた際は、私からもよろしくとお伝え下さいませ。

 最後になりましたがエルミーラ様についてもいろいろとお話をお聞き申し上げておりますが、聞けば聞くほど一度お会いしてお話ししてみたいという念が募って参ります。

 そこで唐突ではございますが、アウラ様もお一人でお帰りになられるのは何かと心細いことと思いますので、都は少々遠方ではございますが、来年の春にでも一度遊びにいらっしゃいませんか? いらして頂ければできうる限りの歓迎を致したい思っております。

 いきなりで不躾だとはお思いでしょうが、この願いお聞き届け頂ければ幸いでございます。


白銀の都のベルガ・メルファラより

 えーっと―――これは一体何なのだ?

 まずどうしてアウラが一人で都にいるのだ?

 昨秋のフィンからの書状には、レイモンで調査したいことがあるのでアウラだけを先に帰らせたとあったから、多分彼女が勝手に行ったのだろうが……

 そこでどうやって彼女は大皇后と知り合ったのだ?

 文面から察するに、どうやらフィンが大皇后と知り合いだったらしいから、そのつてで訪ねていったとすれば納得はいくが……

 いや、だからといって一人で大皇后を訪ねていくものだろうか?

 しかも警備の者と行き違いになって、とかあるが……?

 これって―――やっぱり彼女が暴れたということなのか? 立ち会いとかでそんな言い回しをするはずがないし……

 だがどういった状況ならそうなるのだ?

 まさかコルネの言ったことが本当ではないだろうが……


 ―――これってル・ウーダ様とメルファラ様は昔恋人同士だったんだけど、わけあってメルファラ様が大皇様とご結婚なさることになって別れることになったんだけど、ル・ウーダ様は彼女の事が忘れられなくって、でもアウラ様には言えなくて隠してて、それを後から知ったアウラ様が怒って一人で話をつけに行っちゃったとかじゃないですか? そしたら警備の人に止められて、みんなやっつけちゃったとか―――


 アホか! あり得ない! あの小娘ははっきり言って物語の読み過ぎで頭がバカになった典型だ。そんなことがあるわけないではないか!―――とは思いつつも、ことアウラが関係しているとそれが絶対無いとも言い切れないところが怖いのだが……

 理由はともかく、本当にアウラが大皇后邸に乱入したのなら、これは駆け出し秘書官のメイにとっても空前絶後の事態だということは良く理解できた。

 ご存じの通り、白銀の都とベラ首長国は不倶戴天の敵同士だ。

 長年この世界の国々は都派とベラ派に別れて対立してきた。

 だがその長い歴史の中でも両国が直接事を構えたことはない。そんなことになったら世界中の国を巻き込んだ戦争になってしまうからだ。

 だからお互いは常に一歩引いた状態で相手と接してきた。

 ところが今回の騒ぎは、ベラの姫が都の大皇后を殺めようと押し入った、と思いっきり解釈できるわけで……

 メイは歴史も好きでそれまでいろいろな本を読んでいたから、もっと小さな事件から戦争が始まって一方の国が滅びてしまったこともあったことを知っていた。

 そのときは、へえぇ~大変だな~、という感想で済んだのだが……

 そしてもう一つの大きな問題は、この手紙はそれにも関わらず何だか妙にフレンドリーだということだった。

 常識的に考えて、もしアウラがそんな真似をしでかしたのなら、まずはアイザック王宛に抗議がやってくるのが筋ではないだろうか? それなのにどうしてエルミーラ王女宛に『遊びに来ないか?』などと言ってきているのだろう?

 これではコルネでなくとも裏に何かあるのではと勘ぐりたくなる。

 例えば王女を都におびき寄せて人質にしてしまおうとか……

 確かにそうなってしまったらフォレスどころかベラにまで大変な影響がある。

 誰もが知っての通り、ベラの国長のロムルースは王女にぞっこんで、ハルディーン王子が生まれてからはそれに親バカまでがプラスアルファされているし……

《いつかいきなりフォレスにやって来たときもそうだったけど……》

 あのときは厨房のメイにまでかなりの被害が及んだのだが―――これでもし都で王女に害が為されたとしたら……

《あはははは!》

 正直考えたくもない。

 ―――しかしだからといって放置するわけにもいかない。

 想像しづらいが本当に“ちょっとしたトラブル”だった可能性だってあるし、それに元々アイザック王は都との対話をしたかったのだ。フィンを召し抱えたのはそのためだし、そう考えれば今回のお招きは千載一遇のチャンスでもあるのだ。

 そんなわけなので、今回の旅行は大変な覚悟のいる旅だった。

 一同はエルミーラ王女やアイザック王から、今回の旅には大きな危険が伴うかもしれないから、無理に行けとは言わないと言われていた。

 実際、王女は発つ際に“遺書”を残していたくらいなのだから―――それには、もし都で彼女の身に何かあった場合は、もはや彼女は“存在しなかったもの”として扱うように、特にロムルースに対しては決してそのことで軽挙妄動しないようにと記されてあった。

 そんな状況であったから、さすがにみんなかなり腰が引けていた。

 グルナはハルディーン皇子のお育て役だから仕方ないとして、コルネやガリーナも結局留守番を選択することになった。

 メイもまたかなり悩んだのは確かだ。

 迷わずに付いていくと答えたのは最初はリモンだけだ。

 実際みんな悩むのは仕方がない。

 もしかしたら本当に戻って来られなくなるかもしれないのだ。遠く異国の地で果てるというのは―――メイだって考えるだけでぞっとする。

 だがその反面、これはまだ見ぬ都に行けるというチャンスでもあった。これを逃したら一生行く機会などないだろう。

 それに王女はしれっと今回もまたあの“赤い馬車”で行くことになるけど? などと付け足すのだから……

 赤い馬車―――それはラットーネ工房製のベルリン68年型、通称“ファイヤーフォックス”のことだ。

 ベルリン型はランドー型に比べて乗り心地ではやや劣るが、頑丈で長距離旅行向きだ。

 乗り心地が劣るといっても、それはガルサ・ブランカのような舗装された街を走っている場合だ。地方の悪路を走らなければならない場合はどうやったって乗り心地は悪いし、そうなると頑丈さや修理のしやすさなどが重要になるわけで、シンプルで信頼性の高い構造になっていなければならない。

 もちろん内部は王宮仕様だし、場合によったら車内で寝ることもできる構造になっている。一度はそうやって夜を明かしてみたかったし―――いや、誤解してもらっては困るが、もちろんメイは王女と運命を共にする覚悟でついて行ったのであって、馬車に乗りたかったからではない。

 大体この馬車には昨年ベラでさんざん乗っていたわけだし―――それを思い出すと、うー、ちょっとお尻がうずうずしてきたりしてしまうわけだが―――えへん! ともかく大切なのでもういちど言うが、馬車が目的なのではない。

 そんな気持ちがちょっとだけあったとしても、それは本当にちょっとだけで、全体の八十パーセントくらいは本当に王女様を純粋に思う心からで―――七十五パーセントくらいかも―――などと細かいことはともかく、そんなわけで都までの旅路は楽しい反面、常に最悪の事態への対応も考えておかなければならなかった。

 実際、馬車に乗っている間はともかく、宿で寝るときになるとどうしても考えが悪い方にばかり向かってしまう。

 もし都に行っていきなり捕虜にされてしまったらどうしよう? とか、その反対に、行ってみたら『あんたらなんか呼んだ覚えはない』と言われて追い返されたりとか……

 はたまたやっと大皇后に謁見したら『おーっほっほ! かかったわね? これが私達のお・も・て・な・し・よ!』とか言われて、床がぱっくり割れて地下牢に落とされると、そこにはボロボロになったアウラが壁に鎖でつながれていて―――などという悪夢を見てしまったくらいだし……

 やはり物語を読みすぎると頭がダメになるというのは確からしい……

 このように彼女たちは全員、大なり小なり“悲壮な決意”を胸に秘めてここまでやってきていたのである。



 馬車は大きくカーブすると坂道を登り切った。

 その先に広がった光景を見て、メイは思わず叫んでいた。

「うわーっ! 王女様! 王女様!」

「今度はどんな馬車が来たの?」

 エルミーラ王女は顔も上げずに答える。

「違います! 馬車じゃありません! あれって、銀の塔じゃないですか?」

 それを聞いてさすがに王女とリモンも馬車の外を覗く。

 街道は今、開けた尾根上を走っている。そこから白銀の都が一望できた。

 眼下には広い湖が広がり、その先に白く美しい街が見える。

 街の背後の高台には城のような建物がいくつもあるのが見えるが、それにも何にも増して目を引くのは、その高台の縁に立っている高い銀色の塔である。

「……すごい」

 リモンが思わず口に出す。王女も目を見開いてそれを見つめている。

 メイも同様だった。

《あれが……都?》

 フォレスからの道のりは長かったが、ついにやってきたのだ。

 旅にはいつか終わりがあるものだが、こんな長い旅は生まれて初めてだった。おかげで何だかもうずっとこんな生活が続くんじゃないかという気になっていたのだが―――とうとう目的の場所にやって来たのだ。

 それは彼女たちの正念場だということでもあった。

 王女とリモン、そしてメイは互いに顔を見合わせる。

 それから王女がにっこりと笑うと……

「着いたみたいね?」

 その一言に、二人はうなずいた。

 生か? はたまた死か?

 いかなる運命がそこで待ちかまえているのであろうか?

 そんな不安に満ちた想いと共に、彼女たちは都に足を踏み入れたのだ。


 ―――であるからして……