プロローグ 高い城
その古城は広い平原を見下ろす険しい岩山の上に建っていた。
城を取り囲むほぼ垂直の外壁は長い年月をかけて維持されてきたらしく、あちらこちらの石積みが少々不統一だ。
城壁の一角には高い望楼が聳え立ち、そこからは遙か彼方の敵軍勢をも発見することができる―――だが今そこで遠くを見据えていた者は、こういった場所にはやや不釣り合いな白いバスローブを纏った若い女だった。
女の年齢は二十代も半ばというところだろうか。
ゆったりした服装のせいで細かい体つきは分からないが、その腰帯の締まり具合からはかなり良いスタイルをしていることが見て取れた。
無表情に遠くの平原を眺めている女の側を冷たい風がふっと吹き抜けて、その長い髪をさらっとなびかせた。
「まだ寒いのですね……」
そうつぶやくと女は体をちょっと震わせた。
冬ももう終わりが近いとはいえ、その風にはまだ春の息吹は感じられなかった。
冷気がバスローブに染みこんでくる―――だがさきほど風呂から上がったばかりなので体の中はまだ暖かい。
女はふっと息を吐くと再びぼんやりとした眼差しで遠くを見渡した。
陽はまだ高い。
その雄大な景色を眺めながら女は思った。
《あの頃こんな場所があると知っておりましたら……》
かつて彼女が“生徒”として滞在していた頃は、ここはもっと辺鄙な山奥の館だとばかり思っていたのだ。生徒用の棟からは城の中庭しか見えない。そこの屋上からも同様だ。ここの望楼に上らない限りは外の世界など見えなかった。
だから彼女が“教官”として戻ってきて初めてこんな景色があることを知ったのだが……
そんなことを考えながら女はふっと鼻で笑った。
知っていたらどうだったというのだろう? 何かが少しでも違っていただろうか? 疲れて眠りについたときに少しは良い夢を見ることができただろうか?
女は黙って首を振った。
大した違いはなかったに違いない。
上にいた頃には何の疑問もなかったわけだし、下に降りてしまったらもうそんな余裕さえなかったわけだし……
《あの頃は……》
そのとき、再び冷たい風が吹き抜けた。
今度はさっきよりもずっとその冷気が肌に染みた。
「あらあら、これでは湯冷めしてしまいますね」
それならばまた彼女達に風呂を沸かさせればいいのでは? と考えて、女は軽く首を振ってつぶやいた。
「いえいえ、それは下のときでございました」
今は上の教官だ。あまりそんな無茶も言えない。それにお湯に浸かってゆったりしてしまうと、こんな風にほっこりとした良い気分になってしまって、あまり厳しくすることができなくなってしまうのだ。
そんなことで生徒達が怠け者になってしまっては、お仕置きされるのは自分の方だ。
「そろそろ降りましょうか」
女はそうつぶやくと、最後にもう一度四方を見渡した。
彼方に広がる平原地帯……
あちらにはどのような人々が住んでいたのだろうか?
もう記憶は定かではなかったが、多分―――こちらとそんなに差はなかったと思う。
それから女は首をぐるっと回して肩をすくめると、長い望楼の螺旋階段を降りていった。