エピローグ クォイオの惨劇

エピローグ クォイオの惨劇


 馬車は平原の一本道をひた走っていた。

 窓から見える光景は、以前に通ったときは行きも帰りも茶色い枯れ野原だったのが、今では新緑の絨毯のようだ。

 フィンは馬車の窓からその光景を無感動に眺めていた。

 最近ずっと心中は暗澹たる灰色の霧に閉ざされていて、そんな物に感動している余裕は全くなかった。

《………………》

 何か考えようにも考えるべきことが浮かんでこない。

 クォイオの村はもう遠くはない。そこで彼はすべきことをしなければならないというのに……

 フィンは仕方なくもう一度“計画”のおさらいをしてみることにした。

 メルファラを連れて脱出するには、やはりクォイオからバシリカの間のどこかしか考えられなかった。バシリカを過ぎてしまうと随行員の数が膨れあがってしまうからだ。だがこの区間ならまだ人数も少ないし、上手いこと全員に薬を盛って眠らせることも可能だろう。

 少ないと言っても合わせれば三十名を優に超えるのだが―――都の大皇后を迎えるのだ。本来なら数百名の行列ができてもおかしくないのだが、そこはフィンが一生懸命工作して人数を最低限に抑えていた。

 それに多分メルファラ側にもそれなりに腕の立つ護衛がいるはずだ。彼らは間違いなく味方になってくれるだろうし……

《こんなときアウラが一緒に来てたらなあ……》

 彼女がいればこういった荒事が必要なときには心底心強いのだが―――などと空想にふけっても仕方がない。

 問題はその後だ。

 このあたりは旧レイモン王国の最奥部と言える地域で、要するに国外に脱出するためには中央平原を突っ切って大河アルバを渡河し、さらに前線地域を越えて行かなければならないのだ。

 大河の向こうが“前線地域”というのは、フィンの予想通りにアロザールがかつての同盟国に敵対行動を取ろうとしているからだ。

 小国連合四カ国が集まって行われた戦後処理会議で、アロザールは自分たちがレイモンを倒したようなものだから当然領土はアロザール王国の総取りであるといったことを言い出した。

 当然他国が納得するはずはなく会議は決裂した。

 現在はまだ戦いは発生していないが、今度はアロザールが東方に主力を集中し始めている。早晩戦闘の火蓋が切られるのは間違いない。

 すなわち東方の諸国に助けを求めようとすると、そういった地域を横切っていかなければならないのだ。

 要するに運良く逃げ出せたにしても、もっと大きな包囲網の中にいるだけなのだ。

 多分フィンの色々な要求が通ったのも、そこまでの信頼があったからではなく、逃げたって逃げ切ることができないのが明白だったからなのだ。

《はあ……》

 フィンは自分の無力を噛みしめる。

 心の中でため息をついたのは何百回目だろうか? それとも何千回目だろうか?

「はう……」

 フィンの横に座っていたネイがあくびをした。フィンは少年の横顔をちらっと見る。

《連れてきて良かったのかな?》

 これは本当に彼の幸せになったのだろうか?

 だが残しておいてもろくな目に遭わないことはほぼ間違いない。

《それにチャイカも……》

 あそこでああしたことは本当に正しかったのだろうか? 信念を曲げてでもマスターになってやった方が良かったのだろうか?

 終わったことだとは思いつつも、事ある度にそのことは彼の心を苛んだ。

 フィンは無理矢理にそれを心から追い払うと、脱出計画をもう一度チェックし始める。

 結局そういうわけなので東に向かうのはほぼ無理で、北や南に行けば敵のど真ん中に突っ込むことになる。だとすると後は西しかないわけで―――正直、全然いいアイデアとは思えなかったが……

 ともかくそのためにフィンは予め、クォイオの近くにあった廃村に幌馬車と商品を隠していた。

 脱出後はまずそこに行って変装して東に向かう振りをして、どこかで方向転換して西に向かう。行商のふりならもはやお手の物だし、そういった一家は結構いる。それにファラは一般には知られていないが男装も得意だし……

 だがこれでは随行してきた侍女達がすべて救えない可能性大だ。さすがに行商人一家では数名までが限界だ。七~八名も家族には見えない女達が同行していたら明らかに変だと思われるだろう……

《とは言っても……》

 どうすればいいというのだ?

 何だか白紙で出すわけには行かないから、落第点間違いなしの答案を無理矢理書いて出している気分だ―――試験なら赤点で済むが今回は……

「ねえ、あそこ?」

 ネイの声にフィンは窓外を見る。

 馬車は緩やかな丘を下り始めているが、その下に小さな村が見える。

「ああ。そうだな」

 クォイオの村だ。

 この地は思い入れの深い場所だからよく覚えている。

 だがその歴史的な位置づけとは裏腹に、それがなければ本当に草原の中の何の変哲もない小さな村に過ぎない。彼がヴォランと共に初めてやってきたときには随分拍子抜けした記憶がある。

 ―――それはともかく、大皇后一行はあそこに既に到着しているはずだ。

 そう思った途端にフィンは急に緊張してきた。

《そういえば……ファラに会うのは何年ぶりなんだろうか……》

 彼女の前にちゃんと立っていられるだろうか?

 フィンは黙って首を振る。今はもうやるしかない。選択の余地はもうないのだ。

 やがて馬車はゆっくりとクォイオの村に入っていった。

 村にはほとんど人気がなかった。

 だがそれはこれまで通過した村全てに言えたことだ。

 アロザールの“天罰”は今では各地の村にも広がっていて、男達のかなりの数が寝込んで動けなくなっているのだ。

 村のメインストリートには都風の侍女服を纏った女性が、数名の女兵士を従えて待っているのが見えてくる。

 フィンはその侍女の顔をよく知っていた。

《あれは? パミーナさんか?》

 ということは―――彼女が大皇后の替え玉になっているわけではないということだ。

 馬車は彼女達の前で停止した。

 フィンは大きく何度か深呼吸をする。

 これからが本番なのだ。落ち着かなければ―――だがそう思っても心臓の鼓動が早まるのは止められない。

 最後に謁見したときのメルファラの顔が思い出される。

 フィンは今すぐ逃げ出したくなる気持ちを抑えて、少し震える手で馬車のドアを開けると、ステップから降りてクォイオ村の大地を踏みしめた。

 その姿を見てパミーナが大きく礼をした。

「ル・ウーダ様。お久しゅうございます」

「ああ。お出迎えありがとう……」

 彼女とは本当なら語るべき事は幾らでもあるのだが、緊張のあまりまともな言葉が出てこない。

 それは彼女の方でも同じらしかった。

「大皇后様は中でお待ちでございます」

 パミーナはそう言って素っ気ない様子で背を向けるとつつっと先導して歩き始めた。

《いきなりかよ?》

 フィンは慌ててその後を追う。

 こうなってはもはや周囲をじっくり観察する余裕もない。

 パミーナは村にある唯一の宿屋に向かった。

 宿屋の玄関をくぐると、そこは二階まで吹き抜けのホールになっていた。

 普通は食堂や酒場に使われる場所だが、今はそこのテーブル等は片付けられていて、簡易謁見室になっていた。だがそれは大急ぎでやったらしく、部屋の隅にはまだ少しガラクタが積まれている。

 床の上には、多分都から運ばれてきたと思われる場違いな赤い絨毯が敷かれていて、ホールの奥には絹でできた白く四角い天幕が張られていた。その前面は薄いヴェールになっていて、中に座している大皇后の姿がうっすらと見えている。

 フィンは思わず息を呑んだ。

 天幕の横には二人の侍女が控えていた。

 彼女達は鍔の広いボンネットをかぶってうつむき加減に立っていたので、その顔はよく見えなかった。

 フィンが現れた瞬間、場にぴんと緊張が走る。

 彼はきょろきょろすることはしなかったが、あちらこちらから監視されているような視線を感じた。

 先導してきたパミーナが大皇后に向かって敬礼を行う。

「ル・ウーダ様をお連れしました」

 その言葉を聞いて大皇后が軽くうなずくのが見える。

 パミーナは先にいた二人の侍達の横に並んで立った。

《えっと……》

 沈黙が訪れた。

 大皇后はそのまま何も言おうとしない。

 そこで仕方なくフィンは跪くと都風の敬礼を行った。

「大皇后様には遠路はるばるご足労頂き、まことに恐悦至極でございます」

 そう言いながら、フィンはこっそりと大皇后に向かって都の狩りで使われるハンドサインを送った―――それは以下のような意味だった。

『私ハ、味方ダ』

 これは一人のときずっと練習してきたのだが、口で喋っていることと全然違うことを手で表現するのはなかなか難しい。

 お迎え役という立場でも、大皇后本人やその腹心と監視抜きで話せる機会があるかどうかは疑わしい。そのため考えたのがこの作戦だ。

 都の狩りのハンドサインは独特なので他国の者はほとんど知らないと言っていい。だから衆人環視の中でもこうして秘密の会話ができるのだ。もちろん狩り用のサインなので語彙は限定されるのだが……

 それを見た瞬間、大皇后がぴくりと体を震わせた。彼の意図に気づいたに違いない。

「私はアロザール王ザルテュス閣下の名代として大皇后様をお迎えに上がりました、ル・ウーダ・フィナルフィンでございます」

 そう言いながらフィンは更にサインを送る。

『後デ、話シタイ』

 それを見て大皇后の体が固まったように見えた。それから何かわなわなと体を震わせ始めたように見えるが……

《え?》

 もしかして怒っているのだろうか?

 いや、確かにそれは仕方ない。フィンは申し訳ないといった意味のサインを送ろうとした。

 そのとき大皇后の手が動いた。

『オマエ……』

 やった! 彼女が何か伝えようとしている!

 フィンは彼女の手の動きを凝視した。

 だがその先はこうだった。


『狩ル!』


 フィンはぽかんとして大皇后の方を見る。ヴェール越しなのでもちろん表情は分からない。

 彼女は再びサインを送ってきた。

『オマエヲ、狩ル!』

 いや、だから、その……

『オチツイテ……』

 フィンは慌ててサインを送るが……

『狩ル!』

『狩ル!』

『狩ル!』

『狩ル!』

『狩ル!』

 ええええ?

 次の瞬間だ。天幕のヴェールがさくっと切り裂かれたかと思うと、目にもとまらぬ速さで大皇后がフィンに襲いかかってきたのだ!

《?!》

 声を挙げる間もなかった。

 フィンはそのまま大皇后に組み敷かれてしまった―――と思ったのだが……


「アウラ?」


 フィンは思わず間抜けな声を挙げていた。

 そう。彼を組み敷いていたのはメルファラではなくアウラだったのだ。

 彼女は真っ赤に目を泣きはらし、鋭利な短剣を手にしている。

 振り払っただけで薄いヴェールを切り裂けるほどに研ぎ澄まされた切っ先が、フィンの顔の上でぶるぶると震えている。

「ああ! だめよ!」

 誰かが叫ぶ声がする。何だか聞き覚えのある声なのだが……

「すぐ殺しちゃだめだって!」

 横にいた侍女の一人が慌ててやってきてアウラの肩に手をかける。アウラが振り返って言う。

「でもミーラ……」

《ミーラ? って……⁉》

 フィンが驚いて彼女の顔を見ると―――下からだから今度は顔がよく見える。

 間違いない! 彼女はエルミーラ王女だ!

 どうして彼女がここに?―――というか、アウラもそうなのだが……

「言ったでしょ?」

 エルミーラ王女がアウラをしかりつける。

「うう……でも……」

 その瞬間フィンを組み敷いていたアウラの腰が少し浮いた。フィンは反射的に後ろに這いずるとアウラの下から逃げ出した。こんなゴキブリ並の速度で床が這えるとは本人も初めて知ったくらいだ。

 そのときエルミーラ王女に並んで立っていた“もう一人の侍女”がやってきた。

「フィン……」

 フィンはその声を聞いて凍りついた。

 それからゆっくりとその声を発した人の顔を見る。

 ボンネットの下には―――彼がよく知っていた、というより夢にまで見た女性の、ひどく悲しげな顔があった。

 そう。彼女がメルファラだった。

《なんでアウラとファラが一緒で、王女様まで……》

 フィンは頭の中が真っ白だ。

 こういう場合どうしたらいいのだ?

 混乱した頭はフィンに少々間抜けな回答を与えた。

 フィンはとりあえず一時撤退して頭を冷やそうとしたのだ。

 ―――要するに振り向いて逃げようとしたのだが……

「あ!」

 エルミーラ王女の叫びが聞こえる。

 だが宿屋の玄関には抜き身の薙刀を手にした金髪の女性がすっくと立っていた。

《え?》

 その女性は射貫くような眼差しでフィンを見据えた。近づいたら即座に一刀両断されそうだ。

「お戻りください。ル・ウーダ様」

 フィンはその声にも聞き覚えがあった。

「リモン?」

「お久しゅうございます」

 何だか前と全然雰囲気が違うんだが、一体どうして⁉―――などと考えている余裕はなかった。

 振り返るととてもよく切れそうな短剣を手にしたアウラが真っ赤な顔で睨みつけている。

 エルミーラ王女が抑えていないと今すぐまた飛びかかってきそうだ。

 まさに前門の虎、後門の狼である。

《こうなったら……》

 もう後は上しかなかった。

 フィンは軽身の魔法をかけると思いっきり飛び上がる。

 吹き抜けホールの上の屋根には天窓があるから、ともかくそこから逃げることはできるだろう―――と思った瞬間だ。

 いきなり体がぐるぐると回転し始めたのだ。

「え? あ? だわわわあ!」

 フィンは訳の分からない声を上げながらしばらく空中で三軸回転していた。

 完全に目が回ったところで、フィンはやっと停止する。上下が逆さまではあったが……


「やあ、劣等生」


 こ、この声は?

 首を傾けると止まっていても視界がぐるぐる回っているが―――二階の廊下の手すりにもたれている赤いローブを着た女性が見えるようになった。

 年齢は四十を超えていそうだが、その表情には何だか子供っぽいところもある。

 もちろんフィンは彼女をよく知っていた。

「ファシアーナ……様?」

 声が完全に裏返っている。

「久しぶりだねえ」

 ファシアーナはにやにや笑っている。

「お、お久しぶりです……」

「あんたが殺される前に訊いときたいんだけど」

「なんでしょう?」

「あたしが封印していた必殺技の名前なんだけどさあ。妙にこのあたり流布してるの。どうしてなんだろうねえ?」

「へ? 何のことで?」

「“マグナ・フレイム・エテルナム”って、知ってるでしょ?」

「あははははは」

「後で話し合おうね♪」

 次の瞬間、部屋の隅にあったロープがまるで生きているかのように飛び上がると、フィンの足を縛り、次いで反対側が天井の梁に巻き付いた。

 フィンはファシアーナの背後から紫のローブを着た女性が出てきたのを認めた。

「ニ……フレディル様?」

「お久しぶりですね」

 ニフレディルが冷たい声でそう言った途端、いきなりフィンの体が落下した。

「うぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 フィンは思わず叫び声を挙げる。次の瞬間彼は脳天から宿屋の床に叩きつけられてしまった!―――と思ったのだが、ロープで足を縛られていたせいで、あと数センチという所で頭蓋を割らずに済んでいた……

 フィンはもう失禁しなかったことを喜ぶ以外には何もできなかった。

《………………》

 そのときだ。ばらばらと入口の方から大勢がやってくる足音がした。

 一体今度は何なんだ?

 見るとやってくるのは女性兵士の一団だ。

 それを見てやっとフィンは何かちょっとおかしいことに気がついた。

 そう言えばこんな女性兵士って都にいただろうか?

 ベラの後宮には警護用に女性兵士軍団があるのは知っている。薙刀というのは彼女達の制式武器なのだ。だが都にはあまりそういう物がなかった。だからアウラを見て新鮮に思ったというのもあるのだが……

 それはともかくこうやって改めて彼女達を見ると、服装は一応都の近衛兵の制服っぽいが、その顔が何かすごく日焼けしているような感じで都会的ではないのだ。

 何というかこう、風雅さに欠けるというか……

 そのとき兵士達をかき分けて前に出てきた娘がいた。


「おいこら! この腐れ外道が!」


 え? その声は⁉

 フィンが顔を上げると、そこには見慣れた―――というよりは見飽きた顔があった。

「ティア?」

「ああ? 馴れ馴れしくそんな呼び方するんじゃないのよ!」

 口を尖らせてフィンを見下ろしているのは―――間違いない。彼の妹、エルセティアだ!

《何でこいつまでいるんだ?》

 いや、ファラの危機だしフィンが絡んでいるとなれば、付いて来ないわけないか? それはともかく何だ? こいつの格好と来たら、変な刺繍の入っただぶだぶのシャツに提灯みたいなズボンをはいて、腰は色鮮やかな帯を締めているが―――何かのコスプレか?

「お前まで来てるのかよ?」

「お前? ちょっと失礼なんじゃない? あたしを誰だと思ってんのよ?」

「誰だって、ティアだろ?」

「違うわよ! 今の私は前の私じゃないのよ! レギーナ・エルセティア・ノル・ヴェーヌスベルグとお呼びなさい!」

 ………………

 …………

 ……

「は? 何だって?」

 ヴェーヌスベルグの女王エルセティア?

 逆さ吊りの状態であっても、ここは断固突っ込まざるを得ない。

「なんでお前がエロ本の女王様なんだよ?」

 その肩書きは強い印象と共にフィンの心と体に刻みつけられていた。

 そう。“ヴェーヌスベルグの女王”とはチャイカがネイに読ませていた本の中の一冊だが、没収後返すまでにフィンも何度かお世話になっていたりしたわけで……

 だがもちろんそんなセリフは禁句だった。

「ああ? 何かこいつ、すごい屈辱的なこと言ったでしょ? 今!」

 それを聞いて彼女の横に立っていた精悍な顔つきの女性兵士が言った。

「どうします? ティア様」

「やっちゃっていいわよ」

 だああああ!

「おい! ちょっと待て! ティア」

 それを止めたのは見知らぬ男だった。

「何よ! あんたは黙っててよ!」

「いきなり殺したらだめだろ?」

「だってこいつ……」

 エルセティアは知らない男を睨み付ける。

 普通ならこいつは誰だと尋ねるところだが、もちろんそんな余裕はない。

「あの、ティア様? キール様のおっしゃる通りだと思いますが……」

 そこに割って入ったのは、これまた知らない娘だ。エルセティアと同じような服を着ているが……

「でもアラーニャ……」

「エルミーラ様もおっしゃってましたし……」

 それを聞いてエルミーラ王女も言った。

「ええ。まずは色々白状させてからですわ。その後にしてくださいな。それに優先権は彼女にありますし」

 エルミーラ王女はそう言ってアウラを指さした。

「ううう……しょうがないわねえ」

 エルセティアはすごく悔しそうに言う。

 何というかフィン的には全く心が和まない会話が続いていくのだが……

 そのとき、またしても表の方からどやどやと足音がして誰かが入ってきた。

 その方から誰かがすすり泣くような声も聞こえてくるのだが―――あの声ってまさか……

 入ってきた一団を率いていた娘にエルミーラ王女が声をかけた。

「あら、メイ。外は終わり?」

「はいっ! 同行の人たちの確保は終わりました。みんな縛って向かいの家に閉じ込めてます」

 彼女にももちろん覚えがある。エルミーラ王女の秘書官となった元厨房のメイだが―――なに? 彼女がフィンの同行者を捕縛する際の指揮を執ったのか? 何かそんなイメージではなかったと思うのだが……

 それはともかく、王女はメイに尋ねた。

「ご苦労様……でも、その子は?」

 フィンは何だか恐ろしい予感がした。

「はあ。それが……」

 メイは首をかしげる。

 フィンは体を捻ってその方を見る。

 すすり泣きの声は―――間違いなくネイだ。女兵士の一人に首根っこを掴まれている。

 ネイは泣きながら言った。


「ゆるしてください……ぼく、ほんとうにフィン様のただのせいどれいなんです……」


「などという供述を繰り返しておるのですが……」

 周囲の空気が凍り付いた。

 次いでゆっくりと全員が向き直ると、その視線がフィンの体全体にざくざくっと突き刺さる。

 そして……

「えええ?」

「はああ?」

「性……奴隷?」

「なんじゃそりゃ?」

「まあ……」

「せいどれいってなんですか?」

「そういうわけで……」

「変態……」

「マジ殺る?」

「少年って……」

 あたりは阿鼻叫喚の坩堝と化した。


 ともかく―――こうして彼らは再会した。


シルバーレイク物語 キケンな出世街道 完