太陽と魔法のしずく 第2章 もしかして、地獄?

第2章 もしかして、地獄?


 それから数日が経過していた。

 ここはクォイオの村はずれにある村長屋敷の奥まった一室だが―――陽はもう高いというのに部屋のよろい戸はぴたりと下ろされ、窓の内側にはぶ厚いカーテンが垂れていた。薄暗い部屋のなかには蝋燭の明かりがゆらめいている。

《あは。天国だなあ、ここって……》

 柔らかなソファに寝そべりながらフィンは心の中でつぶやいた。

 脇のテーブル上には酒瓶と簡単なつまみが並んでいる。

 その向こうには―――下着姿の若い娘が二人、かしずいていた。

《今日はアカラとアルマーザか》

 共にヴェーヌスベルグ出身だ。

「それじゃお清めを始めましょうか」

 ちょっとぽっちゃりした感じの娘が濡れタオルを手にしながら言った。

 彼女はアカラといってエルセティアに付いてきた娘の一人だが、そのなかでは一番の料理上手だという。だが今はそんなことより彼女の下着の裾から覗いている、柔らかそうな横乳の方が何とも気になってしまう。

「さ、前開いて下さいね。それともあたし、やったげましょうか?」

 そう言いながらにじり寄ってきたのはアルマーザといって、背はそれほど高くはないが健康的な肢体をしている。特に腰からお尻へのラインがなかなかで、思わずそそってくる。

「いや、自分でできるって」

 フィンは断って帯を解いた。

 彼はいま、素肌にガウンを羽織っただけだ。そのため帯がはらりと落ちると、体の前面が二人の前に露わになった。

「きゃっ」

 それを見た娘たちが嬉しそうな声を上げる。

 こんな状況だ。フィンの体が反応していないわけがない。普通の娘なら間違いなく顔を赤らめて背を向けてしまいそうな光景だが、二人は嬉々として濡れタオルでフィンの体を拭き清めはじめた。

 だがその手つきは、拭き清めるというよりはもう愛撫に近い。そのため……

「うあっ」

 アカラがそそり勃ってきたモノに手をかけたときには、思わず声が出てしまった。

「あ、痛かったですか?」

「いや、ちがうよ」

 フィンはあわてて首をふる。

「じゃ、気持ちよかったですか?」

 といきなりアルマーザが竿の先をちょんとつつく。

「こらっ!」

「きゃあっ!」

「だめよ。あんまり触ったら。出ちゃうじゃないの」

「あはは。ごめん」

 いや、いくらなんでもそこまで早くはないから。

 ―――とは言っても、初めてのときはわりと危なかった。

 何しろこの二年近くアウラに義理立てして郭にも行かずに我慢してきたのだ。そこにこんな娘たちに囲まれて体中をなで回されたりしたら、そりゃいろいろ自然の摂理というものが発生してしまうわけで……

 最近は少しは慣れてきたとはいえ、そもそもフィンは若い男だ。こんな状況に反応しないわけにはいかないのだ。

《あは。やっぱりここって天国かなーっ?》

 フィンは心の中でつぶやいた。

 と、ぱたんと扉が開くと、隣の部屋から入ってきたのはリサーンだ。

「こっちは準備できたよーっ」

 彼女もまた下着一枚の格好だ。

「さ、行きましょ」

 フィンは促されて立ちあがると彼女に続いて隣室に入っていった。

 その部屋も同様に窓は閉めきられて薄暗く、蝋燭の明かりがきらめいていた。

「いらっしゃ~い!」

「お待ちしておりましたわ。“フィーネ”さん

 甘ったるい声でささやくのはアーシャとマウーナだ。

「じゃ、フィン、がんばろうね」

 横からそうささやいたのはアウラだった。

 全員が薄い下着姿で、体のラインが透けて見えている。

《あはははーっ、ここは天国なんだーっ!》

 フィンは心の中でつぶやいた。

 続いてその“天使たち”の姿をもっとよく見ようとすると―――とある物体が視界の隅に入ってきた。

 部屋の中央には大きなダブルベッドが置いてあったのだが、なぜかその上にシーツにくるまった大きな物体があるのだ。それに向かってリサーンが何やらささやきかけているのだが……

《あはは! 抱き枕に向かって話しかけるとか、変わった子だなあ! ははっ》

 フィンは心の中でつぶやいた。

 それからもう一度、これから夢のようなことが行われる部屋の中を見渡す。

 彼の両脇にはアーシャとアウラ、正面にはマウーナがいて、奥には小さなテーブルがあって、その前に座ったハフラが何か書いているようだが―――彼女はすでに全裸だった。

《ぶはっ》

 フィンは思わず吹きだしそうになった。

「どうしてもう?」

 答えたのはリサーンだ。

「一人だけ服着てたんじゃやっぱ恥ずかしいんだって」

「どこがだよ?」

 彼女たちの感覚はもうよく分からない。っていうか、今は一人だけ裸だろうがっ!

 そんな視線に気づいてか、ハフラが答える。

「始まってから脱いでたんじゃ細かいところ、見落とすかもしれませんから」

 ふり向きざまに彼女の大きな胸がぷるんと震えた。

 フィンはそれ以上突っ込むのをやめた。

「それじゃ、始めましょうか?」

「お、おう……」

 アーシャの声にフィンがうなずくと娘たちは全員、目の前でするりと下着を脱ぎすてた。

《うわあ……》

 フィンは思わず心の中で歓声をあげる。

 いや、先ほどのアカラやアルマーザが悪いとは言わない。正直二人ともポイントは高いと言ってよい。だが、目の前の二人を見てしまうと……

 アーシャというのは例の男狩り―――ヤクート・マリトスで主役を張っていた娘で、まさにそれにふさわしい姿だった。

 顔立ちも美しく、流れ落ちる黒髪がつやつやと蝋燭の光に輝いている。

 それよりも何よりも、そのプロポーションが見事だ。はち切れんばかりの乳房に、可愛らしい黒い乳首、引き締まったウエストからヒップが見事なラインを描いている。見ただけで男がふらふらついて行ってしまったというのも、まさに納得がいく。

 その隣のマウーナという娘もこれまた素晴らしかった。

 もしアーシャがいなければ彼女が主役でもおかしくなかっただろう。だがこうして並んでみると、どうしてもやや胸が小さくお尻が大きすぎるのが分かってしまうのだが……

《でもあのお尻って……》

 フィンは思わず唾をのむ。

 それだけを取り出したなら、まさに絶品である。そして今日の目的のためには……

《いや、そんなことはどうでも良くって!》

 あまり見つめていても目の毒なのでフィンが目を背けると、今度は一糸まとわぬアウラの姿が目に入る。

 かつてあの滝壺で目にしてからというもの、何度こうして見たか分からない。

 確かにその姿だけなら彼女は前の二人には見劣りするかもしれない。しなやかな体つきだが二人よりややほっそりとしており、しかもその胸には肩口から脇腹まで巨大な醜い傷跡が走っている。

 だがフィンはそれが全てではないことをよく知っていた。

 猫のような身のこなしでアウラがフィンに寄り添ってくると、すっとガウンの中に手を差しこんでくる。

「じゃ」

 アウラはそうつぶやくと、絶妙の手つきでフィンのモノを愛撫しはじめたのだ。

 そうなのだ。彼女はこれが天才的だった。

 ヴィニエーラにいたときに覚えたというその技は当初は女子専用だったのだが、フィンと一緒になってからは彼に対してもずっと使ってくれていたのだ。

 というより、世界で彼女のその能力を身をもって知る男はフィンだけだろう。

 その体は彼女にはもう熟知されていて―――みるみるうちに硬くそそり立って来るのが分かる。

 アーシャとマウーナがごくりと唾をのむ音が聞こえる。

「すごい

「ねえ、フィーネさん。あたしたちもう我慢できない」

「だからねえ、お願いよ」

 二人は口々にそんなことを言いながら、体を擦りつけてくる。

《あははははっ! 天国だ! 天国だーっ!》

 三つの至高の裸体にぴったりと囲まれて、フィンは心の中で叫んだ。

 と、視界の片隅にこちらを見ながら何やらメモしているハフラや、ベッド上の不思議な物体に寄り添っているリサーンの姿も入ってくるが……

《あははははっ。何してるんだろうなあ、あの子たちは。全裸で!》

 などという些細な点はともかく―――フィンが今、こんな素敵な状況になっている理由はもうお分かりであろう。


 ―――あの日あの後、当然のことながら次のような展開が繰りひろげられたのだった。

「ちょっと待って下さいーっ! そんな無茶なーっ!」

 フィンの悲痛な叫びにエルミーラ王女が冷徹に答える。

「でも、それで呪いが解ける可能性がある以上、試してみるしかしかないでしょう?」

「そりゃそうですけど、無理ですって。そんな大の男相手になんか」

「あー? 世界が救えるかどうかの瀬戸際に、なに甘えたこと言ってるのよ?」

 そういうドたわけたことを言うのはエルセティアしかいない。

「だれが甘えるか! 無理なもんは無理だっての。そもそも俺にはそんな性癖ないから」

 だがティアはにたっと目尻を垂らす。

「あれえ? でも確かボニー君だっけ? 一緒に住んでたんでしょ? 何もしなかったの?」

 ぐはっ。

 こいつは下らないことに関する記憶力だけはいいのだ。回りの女たちの視線がぐさぐさ突き刺さってくる。

「だーかーらー、一緒に住んではいましたが、何もしてませんって!」

 あの件に関しては秘密なのだっ!

「それは……困りましたわねえ……」

 エルミーラ王女が腕を組んで考えこむ。

 ところがそこでさきほどのリサーンが悪魔のようなことを言いだした。

「でも要するに勃てばいいんでしょ? 誰かが途中までお相手してあげて、ぎりぎりのところで入れ替わったらどうかしら?」

 ぶはっ!

 王女がはたと膝を打つ。

「まあ、それはいい考えですわね。それならだいじょうぶなのでは?」

「そんなの見た瞬間に萎えちゃいますって!」

 フィンは抗弁したが―――あっさりとハフラが言う。

「それなら部屋の明かりを消したらどうですか?」

「あ、あの本に書いてあった? いやん、明かりを消して、っての?」

「そう。こちらじゃ明るいところじゃ恥ずかしい人もいるんでしょ?」

 おまえら恥ずかしくないのか?

「いくら明かりを消したって分かりますって」

「それじゃ、目隠しなら?」

 ああ言えば、こう言うっ!

「だから、んなもん、目隠ししてたって分かっちゃいますって!」

 とフィンが叫んだ瞬間だった。

 

「どうして分かるんですか?」

 

 ぶはっ!

 この、ハフラとかいう女はぁぁぁぁ!

「ほら、手触りが、その男と女じゃ……」

「そんなの別な子のおっぱいでも握ってればいいわよねえ」

 ぶはっ!

 この、リサーンとかいう小娘はぁぁぁぁ!

 フィンは絶句した。

「ル・ウーダ様はそういう状態でも、分かってしまわれるとそうおっしゃるわけですね?」

 あの、エルミーラ様?

「要するに~、やっぱりお尻の方でしたことあるんでしょ?」

 最後に身も蓋もないことを抜かしたのは、やはりティアだった。

「でも先ほど一緒に住んでいた男娼の少年とは何もなかったとおっしゃってましたよね」

「じゃあいったい誰と?」

 一瞬の沈黙。そしてティアが……

「まさか、アウラお姉ちゃん、こいつに無理矢理?」

 アウラが真っ赤になって首をふる。

「それじゃ実はもっと前ってこと?」

「違いますうっ!」

 フィンは土下座した。

「だからその、はい。すみません。嘘ついてましたーっ。その、ボニートと、ちょっとやっちゃいましてっ」

「あーっ、女じゃなかったらノーカンってことで、お兄ちゃん、その子とやりまくってたのね?」

「違うわーっ!」

 確かに女じゃないからノーカウントとは考えた。だが大聖と白と黒両女王様の名にかけて、やりまくってはいないーっ!

 フィンはそのときの事情を再度説明した。

「……そんなわけで、あいつをアラン王のもとに送り出したんだけど、本っ当に命がけの任務だったから、あいつの頼みを聞いてやったんだって! そのために仕方なく、本当に一回きりで……」

「でも、してあげたってことは、勃ったわけよね?」

 こ・い・つ・は―――どうしてこんな奴がフィンの妹なのだ?

「だからあいつはなあ、女装したら女と区別がつかないような奴だったの!」

 そこに口を挟んだのがまたリサーンだ。

「女みたいな子でいいなら、あたしたちでもいいの?」

「は?」

「あたしたちのお尻でしてるつもりになれればいいのよね?」

 ………………

 …………

 ……

 あ?

 ヴェーヌスベルグ娘が顔を見合わせる。

「そういえばマウーナ、あんたシャアラに、あ。間違えた~! とかされてたとき、結構喜んでなかった?」

「そんなことないわよっ! いやよ! そんなの!」

 マウーナは顔が真っ赤になる。

「だいじょうぶだって。本当に入れるわけじゃなくって……」

 いや、だからそれって―――


 そんなわけで今……

「ねえ~ん、フィーネさ~ん。あたし、ここに欲しいのっ

 マウーナがベッドに両手をついてお尻をくねらせながら、フィンに甘ったるい声でせがんでいるのである。

「もうここがガマンできないの~。だからねえ、入・れ・て

 蝋燭の光にてらてら濡れ輝いている割れ目の上で、きゅっと締まったお尻の穴がひくついている。

「ほら、マウーナの大好きなあそこ、慰めてあげて!」

 横でアーシャが甘い声で、フィンのお尻をつねる。

《あははははっ!》

 たとえ理由はどうであれ、こんなことをされて興奮しないわけにはいかない!

 フィンは思わずそのまま突っ走ってしまいそうになるが……

「あ~ん。でもやっぱり恥ずかし~い。やだ、じっと見ないで~

「それじゃ暗くしましょうね」

 ふっと蝋燭が消されて、部屋の中が真っ暗になる。さらに誰かがフィンに目隠しをする。

 続いてアーシャがフィンの両手をすべすべの柔らかなマウーナのお尻に導く。さらに別の手がフィンのモノを支えると―――先っぽが何か柔らかいところにつんと当たった。すると……

「きゃん

 というマウーナの声とともに「うっ」と低い声が聞こえたような気もするが―――もちろん気のせいである。

 それに何だか手にしているお尻の位置と、先っぽの当たっている位置が微妙に合わないような気もするが―――これも気のせいである。

「あーん、きて~。もう我慢できない~」

 マウーナの妖しい声。耳元ではアーシャが……

「ほら、強く行ってあげて

 と囁きながら、ずんとうしろから腰を押す。

《うわっ!》

 その勢いで―――むりっと狭い穴の中に先っぽが入ってしまうが……

「いやあああああっ」「うああああっ」

 何だか声が二重に聞こえるようだが―――気にしないっ!

 それよりも……

《うわああああっ》

 何やらすごい力で竿の中ほどが締め付けられて……

 でもその先の方は暖かくて柔らくって……

《あははははっ! マウーナの中って、最高だなあ!》

 フィンは心の中で快哉をあげた。

「さあ、ほら、もっと深く突いてあげて」

 そんな囁きとともにまた後ろからずんと押されると―――フィンのモノは根元までその“最高の穴”の中に入っていた。

「どう? 痛くない?」

 誰かが誰かにそんなことを尋ねているような気がするが―――もちろん気にしないっ!

「あ~ん、それじゃもっと気持ちよくして~!」

 マウーナがせがむ。

「ほらあ、焦らしてないで楽しませて、あ・げ・て

 そんなことを言いながらアーシャがフィンの尻をなでる。

《そうっ。これはマウーナの中なんだからっ!》

 フィンは心の中でまたそう叫ぶと、始めはそうっと、それからリズミカルに腰を動かしはじめた。

 その動きに合わせて、マウーナの喘ぐ声(だけのはずだっ!)があたりに響きわたる。

「いやん(うっ)、いやん(あっ)、あん(うあっ)」

 同時に耳元ではアーシャが……

「すごいわ、すごい! あんなに入ってる!」

 そんなことを言いながら胸に唇を這わせてくる。

「もっと~(ぐっ)、ああん(おあっ)、いいわ(うがっ)。もっと(ぬっ)」

「ああ。マウーナ、気持ちよさそう!」

 竿の根元を愛撫しているのはアウラの指か?

「ああ~、突いてっ(むあっ)、突いてっ(むあっ)、突いて~~っ!(ぬぅああん!)」

 こうなってしまってはフィンはもうどうしようもない。思わず激しく腰を使い始めると……

「あっ、あっ、うああああっ!」

 とどめがたい快感とともに“彼女の中に”たぎった精を残らず注ぎ込んでいた。

「いやあぁぁぁぁぁぁ」「ぬぁぁぁぁぁ!」

 マウーナ(だけのはず)の、感極まったような叫び声。

《ああ……》

 フィンはしばらくその中で余韻に浸っていたが、やがて腰を引くとするりと自分のモノを抜き去った。両脇からさっとアーシャとアウラが支えてくれる。

 それからフィンは目隠しをしたまま二人に挟まれるようにしてその場を離れた。

 後ろから何やら男のすすり泣きや、「うん、よく頑張ったね。泣いてもいいのよ」とかいう囁き声が聞こえてくるような気もするが―――気・に・し・な・いーっ‼



 アーシャとアウラに連れられてて隣室に戻り、そこで目隠しが外されてみると―――目の前には先ほどのアカラとアルマーザの姿はなく、代わりにエルセティアのにやけ顔があった。

「どうだった~?」

「おまえが何でここにいるんだよ?」

「だってお兄ちゃんが心配じゃないの~」

「嘘つけ!」

 絶対に単なる興味本位である。

「でもすごく慣れてきたじゃないの」

 フィンは一瞬言葉につまる。実際そうだったからだ。

 最初のときはもっとすごかった。

 ヴェーヌスベルグの娘が全員参加して、フィンはたくさんの大きなおっぱいに取り囲まれているし、ベッド上は裸の娘たちのお尻の山になっているし、余った娘は前方で妖しい踊りを披露しているし―――おかげでほとんど触られただけで逝ってしまいそうになって往生したのである。

 フィンはこれまで約二年のあいだ禁欲生活を続けていた。従ってそんな状況に我慢ができなかったとしても、まさに不可抗力である。

 なので、そのときに比べたらほんとに手慣れてきているのではあるが……

「これだったらもうそろそろ一人でできるんじゃないの?」

「アホか~~~っ!」

 フィンは叫んだが―――実はもう目を閉じてマウーナの痴態を思い浮かべるだけで、できてしまいそうな気もしていた。だが……

《いーや、ダメだっ! それだけはっ!》

 人間には決して踏みこえてはならない一線というものがあるのである。

 ティアとそんなことを言い合っていると、アーシャがすり寄ってきた。

「それよりフィーネさん、お疲れじゃないですか?」

「え? まあな、あははは」

 正直疲れていないと言ったら嘘になる。その上バカと言い合いをしたせいで余計に疲労が増えている。

「ともかくゆっくりお休み下さいな」

 アーシャとアウラの二人がフィンをぴたりと挟むようにソファに誘った。

「あ、ほら、出して」

 すかさずアウラが濡れタオルを手に、フィンの汚れた部分を拭き清めはじめる。

 こんなことをされても、このタイミングでだけはわりと冷静でいられるのだった。

 と、ぱたんと扉が開いて……

「みんなお疲れ~っ」

 リサーン、マウーナ、ハフラの三人が戻ってきた音がした。後始末が終わったのだろう。

 フィンがねぎらいの言葉をかけようとふり返ってみると―――ハフラは相変わらず全裸だった。

「服はーっ!」

「あ、そこです」

 そう言って彼女は部屋の隅に畳んであった服を着はじめる。

 だが着たといっても下着姿だ。むしろそこからこぼれる大きなおっぱいが余計にエロチックかもしれない。

 そんな彼女をリサーンが肘で突っつく。

「まーったくハフラったら、見せつけちゃって。やっぱ自分がしたいんじゃないの?」

 だがハフラは涼しい顔で、いきなりリサーンの下着の中に手を突っ込む。

「あんただってどうなのよ。ほら、濡れちゃってるじゃないのよ~」

「あんっ。って、なによ? あったり前じゃないの。目の前であんなに激しくされたら」

 あー。この娘たちはいったい何を言っているのだ?

「ともかく一休みしたら?」

 三人は対面のソファに腰を下ろすが、アウラがフィンを浄めている光景をマウーナがじーっと物欲しそうに見つめている。

《あははは。迫真の演技だったからなー》

 実際のところ、フィンは彼女のお尻にずっと手をついていただけで、それ以上は何もしていないのだ。おかげで彼女が少々本気で発情してしまっているのはしかたない……

《いやー、何考えてるんだー。さっきずっとやってたのは彼女じゃないかー!》

 そう。フィンはこの天国のような場所で、素敵な彼女たちとずーっと愛欲の日々を過ごしているのであって、間違っても……

 いや―――もちろん間違いなどないのである。


 ―――最初はまさにダメ元であった。

 ここにいる一同、誰一人として確信を持っていた者はいなかった。だが、ザヴォート氏は確かに何らかの理由で呪いが解けているのだ。いま、アロザールの呪いが解けるかどうかというのは何よりも優先される事項だった。

 だからほんの僅かでも可能性があり、それを簡単に確かめることができるのであればやってみて損はないわけで……

 ところが―――何とそれで本当に呪いが解けてしまったのである。

 あの日の夜、最初にフェルテという兵士を“解呪(げじゅ)”してみたわけだが、その男は翌朝にはもう体が軽くなっていて、夕刻にはもう十分に動けるようになっていた。

 だとすればもう続けてやってみる他はない。

 それからというもの、フィンは連日このような解呪行為を行っていた。

 だがその際に漫然と行っているわけにはいかなかった。なにしろこの方法が最善かどうかは分からないのだ。もっと他に手段があるかもしれないわけで。

 そこでまずは状況を逐一観察して記録することになったのだが―――普通はそういうことはメイの役目なのだが、ちょっとこれは彼女には刺激が強すぎた。そこで代わりに観察役になったのがハフラである。

 彼女は先ほどのように少々困ったところもあるのだが、しかしその観察眼はなかなか正確でいろいろ有益な情報が得られたのも事実である。

 まず最初に分かったのが、この方法で呪いが解けるのは確かだが、一回では必ずしも確実ではないことだった。現在のところ成功の率はおおむね三回のうち二回といった割合だ。

 そこで彼女の記録を見てみると、急いで行ったときよりも時間をかけてじっくりやった方が解呪率が高いようだった。また当初は潤滑が不足していて相手が痛がっていたので、後からローションを多めに使ってみたら解呪率が下がったというのもある。

 また、これも彼女の発案でフィンの精液だけを注入することも試してみたのだが、その場合は一人も呪いは解けなかった。

 要するに呪いを解くためにはフィンはじっくりと、しかもかなり激しくしてやらなければならないのである。

 そのためのサポートの方もいろいろ研究が進んで、最初は男をしっかり押さえる役とかもいたのだが、誰かがやさしく寄り添ってやるだけで我慢できることが分かったこと。また“煽り役”も少数精鋭でよくて、結局いまの、素晴らしい姿態のアーシャ、淫靡なお尻のマウーナ、フィンの体を知り尽くしたアウラの三人に落ちついていた―――


 そんなことを思いおこしていると、ほかほか湯気をたてた皿を持って、パミーナとアカラが入ってきた。パミーナはもちろん、アカラももうまともな格好である。

「皆さん、お腹減ったでしょ? いっぱい食べて下さいね」

 二人がテーブルの上に次々に料理を並べていくが……

「まあ、すごい!」

「このローストはメイちゃんの特製ソースですよ」

「うわ、出たっ! 宮廷料理!」

 娘たちが口々に喜ぶ。実際このあたりじゃ滅多に食べられそうもないような豪華な料理だ。こういった物は元宮廷料理人のメイがいてこそである。

「とりあえず頂きましょう。午後の部もありますから」

 あはははは!

 そうなのだ。さきほどのは午前の部で、これから午後の部、場合によっては夜の部まであったりするのである。

「フィーネさん、少しいかがですか?」

 パミーナがお酒を勧めてくれる。

「ありがとう」

 飲みすぎるわけにはいかないが―――でも少しくらいは飲まないとやってられない!

 フィンが絶品のローストビーフをぱくつきだすと、向かいのソファ上ではリサーンとマウーナがもうディープなキスを始めている。

 そんな二人を見たパミーナはちょっと顔を赤らめるが―――それだけで、にこっと笑うと出ていった。人間どのような環境にでもわりと慣れてしまえるものなのである。

「マウーナったら、もうすごい!」

 見るとリサーンの指がマウーナの下着の中に伸びている。

「あんっ。しょうがないじゃないの~」

 おいおい! 食べてる前じゃ控えろって!

 フィンの体が今のようなタイミングでなければ、ちょっと正視できない痴態なのであるが……

 だからと言って止めさせるわけにもいかなかった。なぜなら午前の部で火照ってしまった彼女たちの体はどこかで冷まさねばならないわけだし、フィンがその姿を眺めることで午後の部の元気が出てきたりもするからだ。

「うふっ。もしかして、本当に後ろでしたくなってない?」

「なに言ってんの……って、あん! どこ触ってるのよ」

「ほらー、やっぱりー」

「ちがうって……あん……」

 ちなみにヴェーヌスベルグでは男との交合は共同体を維持するために必須の行為である。そのため無駄にする精液など一滴もなく、後ろを使う習慣などないとのことであった。

 でもあれって……

 先ほどのマウーナの痴態は、本当に“振り”なのであろうか?

《何考えてるのかな~。俺ってずーっと彼女としてるじゃないかー》

 マウーナが小声で喘ぎはじめる。こっちはさっきと違って本気の喘ぎ声だ。

 その声に先ほどまでは賢者モードだった体がもう反応しはじめた。目を閉じればフィンの下でよがり狂うマウーナの姿がリアルに浮かびあがってきて……

 あははははっ!

 確かに客観的にはフィンは、彼女たちとは何もしていない。何もしていなかったのだが―――主観的には幾度となく彼女の後ろを責めてよがり狂わせていたのだ。しかもアウラの見ている目の前で……

《やっぱダメだろ! これって人としてどうなんだよっ?》

 二人から視線をそらすと、今度はそのアウラと目が合ってしまう。その顔には何やら微妙な笑みが浮かんでいる。

 あはははははははっ!

 そうなのだ。あの朝約束したというのに、こんなことになってしまったせいで彼女とはまだ何もできていなかった。

 なのに、そういうところだと少々物わかりがよすぎるのが彼女の欠点で、こうしてちょっと悲しそうにフィンを見つめているだけなのだが……

《いいわけないよな? こんなんでいいわけないよな?》

 というか、息子の名前だってつけてやらなければならないのに……

《ぬぉぉぉ! せめてあのとき見栄をはらずにご休息しとけばよかったっ!》

 衆人環視状態なんて今と大差ないというか、今の方がずっとダメではないか……

 フィンがそうやって必死に一人で見えない敵と戦っていたときだ。

「フィーネさん!」

 ぱたんと部屋の扉が開くと、飛び込んできたのはメイだ。

 彼女も部屋の中の状況をちらりと見るが、ほとんど気にもとめずに言った。

「ルンゴからの伝令が来ちゃいましたがどうしましょう?」

「え? ルンゴから?」

「はい。とりあえずふんじばっておきましたが」

「分かった。ともかく行こう」

 そう言ってフィンが立ちあがるが……

「ひゃっ」

 メイが慌てて後ろを向く。

「あわっ」

 ガウンの前がはだけて、そこからにゅっと顔を出しているのは……

「外で待っててくれっ! すぐ行くから!」

「はいっ」

 大急ぎで下着を着けながら、思わずフィンは……

《やたっ! 地獄に仏だ!》

 心中でそう喝采をあげてしまったのだが……

「なに言ってんだーっ。天国じゃないかーっ。ここはーっ!」

 いきなりの叫びにアーシャたちが不思議そうな表情でフィンを見つめるが……

 ―――もちろんそんなことを気にかけてなんかはいられないのである。



 そろそろだとは思っていた。

 エルセティアの一行はルンゴの村でアロザールの随行員全員を倒してしまって、残った女たちだけがこのクォイオにやってきていたのだ。捕虜はみんな鍵をかけて閉じこめてあるとはいうが、遅かれ早かればれてしまうのは必定だ。

 だからフィンはどんな形かは分からないが近いうちに追っ手が来ると考えて、村人に頼んで見張りだけは立てておいたのだ。

 ところがやってきたのは伝令が一人だという。

《ってことは……大皇后一行はこっちには来てないって思ってるわけだ》

 そんなことを考えながら村長の屋敷から宿屋まで、メイの後をついて走っていると……

「うあっと!」

 ローブの裾を踏んで転びそうになってしまった。

「だいじょうぶですか? フィーネさん」

「危ないなあ。この裾、もっと短くしてもらえないかなあ」

「だめですよ。足が見えちゃったらまずいですから」

「んなもん誰も見やしないって」

「とんでもない。男の人って、ローブを着た女の人がいたら、むしろ足首だけでも見えないかって目を皿のようにしてますよ」

 ………………

 フィンはいま、裾の長い女物のローブを頭からすっぽりとかぶっていた。その下にもドレスをまとっている。下着だけは女物は免れていたが―――もちろんこんな服は初めてだから着心地の悪いことおびただしい。足下はおぼつかないし、下半身はスースーするし……

 それはともかく……

「それでだいじょうぶだったか? 暴れたりはしなかったか?」

「伝令ですか? はい。シアナ様が『ル・ウーダって、これのことか?』ってあの骨みせたら、腰抜かしちゃいまして。あはは」

「あはは。そうか」

 そうなのだ。彼が今こんな女装で名前も“フィーネ”などと呼ばれていたのは、“ル・ウーダ・フィナルフィン”はもう死んでいたからだ。

 今後の活動において、彼が存在するのはかなりまずいことだった。

 まず彼はアロザールの手先でメルファラ大皇后を迎えに来た“敵の幹部”である。それが大皇后と一緒に行動しているとなると間違いなく無用の混乱を招くだろう。さらにこの地域はアロザールの呪いのために動けるレイモンの男はほとんどいないから、男の姿でいるのもまずい。

 そんなわけで彼はしばらくこんな格好をしていなければならないのである。メイの見せた骨とは、たまたまこの近くで葬儀があったので、頼みこんで貸してもらったものなのだ。

 二人は宿屋の裏口から中に入ると、控えの部屋に入った。

「それじゃ上から見ているからよろしく頼むよ」

「分かりました」

 そう言いながらメイは鏡を見ながら大きな羽帽子をかぶる。

 彼女が着ているのはメルファラの服を改造して作った、ゴシック風のドレスである。

「ルルーって器用だよね」

「本当ですよね。あれをこんなぴったり直しちゃって」

「あははは」

 フィンがいま着ているドレスも、彼女がフィン用にと仕立ててくれたものだった。

「じゃ、行きます」

「おう。気をつけて」

 フィンは彼女を送り出すと、こっそりと二階の廊下から宿屋のホールを見下ろした。ここに来たとき逆さ吊りにされた場所である。この場所は相変わらず簡易謁見所として利用されているのだ。

 そこでは既にリモン、シャアラ、マジャーラそしてサフィーナの四人が武器を手にして、縄でぐるぐる巻きにされた伝令を取り囲んでいる。

「あ、どうもお待たせしましたーっ」

 そこに少々場違いなセリフと共に現れたのがメイである。

 後ろからは都の魔導ローブを羽織ったニフレディルとファシアーナが一緒だ。

《こうしてみると……怪しいよなあ……》

 一行の中ではネイを除けばメイが一番背が低い。そのためまるで貴族風のドレスを着た子供が出てきたかのようだ。

 これが立派な女性であればまだ納得もいくだろうが―――いや、もちろん彼女の年齢は十分に大人なのだが―――謁見者はまずその見かけに混乱してしまうのだ。

 だがそれはそんなハッタリだけが理由ではなかった。

 なぜなら、こういうことを任せられる人物といえば全体のことをよく理解していて、度胸があって弁が立つ人物でなければならない。

 とすると他にはフィンかエルミーラ王女くらいしかいないが、もちろんフィンが出ていくのはまずいし、王女がいきなり出張るわけにもいかない。大魔法使いにはまた別の役割がある。

 すなわち残るはメイだけなのである。

 ―――そんなことを考えていると尋問が始まった。

「私、フォレス王国のエルミーラ王女の秘書官をしております、メイと申します。聞くところによりますと、あなたはル・ウーダ・フィナルフィンという男に伝言しにいらっしゃったそうですが、それがどんな伝言だったか教えていただけますか?」

 だが伝令は黙って下を向いているだけだ。

「えーっと、聞こえてらっしゃいますか?」

「……聞こえてる」

「でしたら教えていただけませんか?」

「…………」

 男は一応は守秘義務を守ろうとしているらしい。だが……

「あー、そうですか。わかりました。いいんですよ? 黙ってても」

 伝令が少し驚いて上を向くと、そこにメイがにこ~っと笑う。

「こちらにいらっしゃるのは、都の大魔導師で真実審判師であられるニフレディル様です。あなたが黙っていても、頭の中を直接見せていただければそれでよろしいので」

 男は目が丸くなった。そこにメイがたたみかける。

「でも、私としてはあまりお勧めできませんよ? あなた、人に絶対知られたくない秘密とかありませんか? そんな関係のないことまでがぽろっとばれちゃったりするし、ここは私に問われたことだけ正確に答えておいた方があなたのためだと思うんですけど?」

 男は冷や汗をたらたら流し始めた。

《あはははは。なかなか堂に入ったもんじゃないか!》

 彼女は周囲の大柄な女剣士や両大魔法使いなどに囲まれていると、本当に子供みたいに小さく見える分、こういうことを言わせたら怪しさ大爆発だ。

《それにしても、いったいどこでこんな風になっちゃったんだ?》

 いまだにフィンの中では、ハビタルに一緒に旅行した小さな少女のイメージが強すぎて、どうにもしっくりこない。それにリモンにしても……

《あれ……マジ迫力あるよな?》

 薙刀を立ててじっと佇んでいるだけなのに、変な動きをした途端に一刀両断されそうな、そんな張りつめた殺気が感じられる。

「それでどうしましょうか?」

「ひーっ。話します。話しますっ!」

 捕虜は話しはじめた。

 こっちに来ているアロザール軍は傭兵が主体なので、こういった場合の忠誠心というのはほとんど期待できないのは予想済みだった。

 ―――伝令の言うことには、まずルンゴでティアたちは随行員を全員倒して、生き残りは地下室などに放り込んでいた。そいつらはルンゴの村人が閉じ込めておいてくれたのだが、やはり素人かつ女性ばかりの悲しさ。仮病に引っかかってそのうちの一人に逃げだされてしまう。

 脱出した兵士が近くの駐屯地に逃げこんで、そこからルンゴに追跡部隊が送りこまれてくる。

 ところがそこで村人たちは自発的に協力してくれていた。

 すなわち―――大皇后一行は迂回して都に戻ろうとしていると、追っ手に明後日の方角を教えたのである。

 実際、その方が大皇后一行の行動としては自然である。兵士たちは疑いもせずに言われた方角の探索に向かった。

 伝令はまずこのことをクォイオで一行を待っているはずの出迎え役、ル・ウーダ・フィナルフィンに伝えにやってきたのだった。

「どうもありがとうございます。それじゃ最後にもう一つ、小ガルンバ・アリオールというお名前をご存じありませんか?」

「え? 知ってますが?」

「居場所をご存じありませんか?」

 伝令は首をふった。

「いえ、知りません」

「本当ですか~?」

「本当ですっ!」

 伝令は首をすくめて答える。メイがにっこりと笑った。

「そうですか。ありがとうございました~。んじゃ、お願いします」

 彼女がリモンにうなずくと、四人の女戦士たちが伝令を囲んで引っ立てていった。

 尋問が終わるとメイとニフレディル、ファシアーナが控えの部屋に戻ってきた。

 フィンは二人の大魔導師に礼をする。

「どうも、お疲れ様です」

「いえ。フィーネさんこそ……」

 答えたのはニフレディルだ。いつも超然としている大魔法使いだが、フィンの姿を見て頬がゆるんでいるのが分かる。

《はいはい。もういいですから……》

 こちらに来てというもの、何か大切な物を失いまくりな気がする。

 などと少々いじけていると、今度はエルミーラ王女とメルファラがやってきた。

「メイ、なかなかだったわね」

「はい。どうもありがとうございますっ!」

「あ、それにフィーネさんも、午前はどうでした?」

 王女は明らかににやっと笑う。

「そりゃもう、息災ですよっ!」

「ほほっ、そうでしたか。それはなにより」

 と、そこで王女は軽く咳払いをすると、真顔になった。

 それから一同の顔を見る。

「さて、とうとう後には退けなくなってしまいましたね」

 一瞬、誰もが息を呑む。

 分かっていても胃が縮む思いだ。だがもはややるしかない。フィンは答えた。

「そうですね」

「で、これからは?」

 王女の問いにフィンはうなずく。

「やはりルンゴに向かうしかないでしょう」

 ルンゴの村人が協力してくれたことで、ここでは戦わずにすんだ。

 だが逃げた大皇后一行を追っていった兵士たちは、やがては戻ってくるだろう。言われて行った方で手がかりをつかめるはずがないからだ。

 そこで嘘をついたことが明らかになれば、もちろん村人はひどい目にあうことだろう。

 フィン達はまずなによりもそれを阻止しなければならないのだ。

「人数は二十人ほどと言っておりましたね」

「はい。その程度の人数なら確実に何とかなります」

「彼ら以外の敵についてはだいじょうぶなのでしょうか?」

「しばらくは問題ありません」

 それについてはフィンはある程度の確信があった。

 そもそもアロザールの守備隊は呪いの存在に依存しているため、全般的に数が少なく、街道筋は平定が完了しているので兵はほとんど常駐していない。多くは辺境の方に向かって敗残兵狩りをしている。そのため街道筋で敵に出くわすとすれば、移動中の部隊がたまたまあったときだけだ。その確率はそんなに高くはない。

 またクォイオから南については既にフィンから、大皇后が体調不良で到着が少し遅れる旨の書状を出している。出迎え役の正式な書状を疑う理由はない。もちろん起こったことの噂が広まるまでの間だが……

 従って今すぐ敵が殺到してくるというわけではないだろうが、でも噂というのは思ったよりも早く伝わるものだ。そうなる前に何か手は打たねばならないが……

 ともかく最初のターゲットはルンゴに戻ってくる連中にするしかないのである。

「それでは発つのは?」

「明朝にしましょう。クォイオの人々にもいろいろ説明しておくことがありますし」

 それにもう一つ、フィンには大きな気がかりがあった。彼はメイに尋ねる。

「えっと……いま解けてるのはまだ六人だよね?」

「はい。えーっと、そうですね」

「六人ですか……」

 そうなのだ。確かにあの解呪の儀式によってアロザールの呪いが解けることは証明された。

 だがあれから四日経ったが、まだ六人しか解呪できていないのだ。

 そう。すなわちこのペースではレイモンの解放など、まさに夢物語なわけで……

 だからもう少しここでいろいろ検証しておきたかったのだが……

「えっとメイ、もういちど屋敷に行って、夕べの人、見てきてもらえる?」

「え、はい。分かりました」

 メイが部屋を出ていこうとしたときだ。少し興奮した様子のパミーナが駆けこんできた。

「フィーネさん。解けましたよ。ブランゾさんが」

 一同が顔を見合わせた。

「本当か?」

「はい。明らかに体が軽くなったそうで。この調子なら今晩には動けるんじゃないかと」

「はあぁぁぁぁぁぁ!」

 思わずフィンは床にへたり込んだ。

 なぜならそのブランゾ氏を解呪したのはフィンではなく、フィンが最初に呪いを解いたフェルテだったからだ。

 ―――そう。もし呪いを解けるのがフィンだけだったのなら、これはあまりにも非効率だった。

 だがもし、呪いの解けた者にも解呪する能力があったのなら話は全く別になる。そうなれば次々に連鎖的に別な者の呪いを、ネズミ算式に解いていくことができるのだから!

「良かったですねえ、フィーネさん。レイモン中の男の人とやらずにすんで」

 にこにこしながらメイがそんなことを言うが……

「あははははっ」

 あの小さく無垢だった子はいったいどこに行ってしまったのだろう?


 それはともかく、これで最大の障害はなくなったのだ。

 ならば―――あとは最初の一歩を踏みだせばよい。