第5章 同じ月の下
アウラがエルミーラ王女を私室まで送って来たときには、もう深夜になっていた。
部屋に入るとそよ風が顔に当たる。見ると窓が開け放たれたままだ。アウラと王女はちょっと不思議に思って顔を見合わせているところに、二人のやってくる気配を感じて奥からリモンが姿を現した。
「お帰りなさいませ」
「あれは?」
王女が開け放たれた窓を見て尋ねるとリモンが答えた。
「昼間は本当に暑かったので。涼しくなるまで開けておきました」
「ああ、そうね」
確かにリモンの言うとおりだ。いつもならこの時間は窓を閉めないと少し寒くなるくらいなのに、今日はまだ昼間の熱気が部屋に残っている。
「遅くまでありがとう。リモン。もう下がっていいわ」
「かしこまりました。おやすみなさいませ」
リモンが一礼して下がっていく。
その後ろ姿を満足げに見守ると、王女はふうっと息をついて長いすに座り込んだ。
アウラは窓の外を眺めた。空には月が出ているが、うっすらと雲がかかっているようで星はあまり見えない。それから振り返って王女を見る。彼女は長いすに座ったまま天上を見つめていた。
《疲れてるみたい……》
エクシーレの侵攻騒ぎがあってからというもの、何だか毎日がこんな感じのような気がする。アウラにとって深夜まで起きていることは別にそれほど大変なことではなかった。かつてヴィニエーラにいた頃は、一晩中起きて見張っているのが役目だったからだ。この程度の時間はまだまだ宵のうちだった。
だが王女には結構堪えているようだった。何しろこうなるまでは、夜更かしすることがあれば次の日は昼まで寝ていてもいい身分だったのだ。だが今の状況と立場でそれは許されない。明日も早い時間から謁見の予定が入っている。
これ以上邪魔をしてもよくないだろう……そう思ってアウラは退室しようとした。
「それじゃ……」
だが王女は反応しない。
「ミーラ?」
王女は長いすの上で寝てしまったのか? だったらベッドに移してやらないと風邪を引く!
そう思ってアウラは慌てて彼女に近づいた。だがその気配を感じて王女が振り返る。
「起きてるわよ」
「ああ……」
何と答えていいかよく分からなかったので、アウラは曖昧に微笑んだ。
王女はまたふっとため息を漏らすとつぶやいた。
「グルナ、大丈夫かしら」
「うん……」
アウラには答えようがない。グルナはずいぶん落ち込んでしまっていたようだが―――今日こんな遅くになってしまったというのも、実は彼女の落ち度のせいだった。昼間開かれた会議の資料を完全に取り違えていて、そのせいで夕食後、臨時の会議を開かなければならなくなったためだ。
確かに彼女も王女同様に非常に多忙だったのは確かだが、現在城で暇な者などいない。王女も立場上、彼女を公衆の面前で叱責せざるを得なかった。
「ねえ、アウラ、ちょっとあれ取って」
王女は戸棚の上に乗っているボトルを指した。
アウラはボトルとグラスを取ると王女の前に置いた。それからボトルの栓を開けるとグラスに中身を注いだ。甘いワインの香りが立ち上る。
「あなたもどう?」
「え? うん……」
何だかうやむやのうちにアウラもグラスを手にしていた。
中身を口に含むと少し甘めのさわやかな味が広がる。何だか最近はこんなことをする機会が増えているが……
「ちょっと本当に辛そうだったわよね」
「グルナが?」
「ええ」
アウラはうなずいた。叱られていたグルナは本当に小さくなっていた。だがそれだけでなく、彼女を叱らなければならなかった王女もまた辛そうだった。
「やっぱり誰か代わってもらった方がいいみたいね……このままじゃ……」
アウラは曖昧にうなずいた。このままではグルナは参ってしまうだろう。だが代わりの者とは?
秘書の業務ができる者はそれなりにいる。だが“王女”の側近くに仕えるだけの信頼を持った者となるとそうはいない。
《それにいても男だし……》
アウラにとってはそちらの方が問題だった。
最近では前よりは遙かに慣れてきていたとはいえ、フィン以外の男が近くにいるのはやはり気分が良くなかった。そこでアウラは尋ねてみた。
「メイちゃんはどうなの? お母さんの具合ももういいんでしょ?」
それを聞いて王女は微笑んだ。
「なんだけど……厨房がなかなか出してくれなくって」
彼女はなんでも学校を主席で卒業したそうで、前からお側仕えに取りたてようという話はあったらしい。そんな娘が何でまた厨房などで働いているのかはよく分からないが―――まあそのせいで美味しいお菓子には事欠かない。彼女は三人娘達と仲が良くて、よく色々なおやつを持ってやってくるのだ。
「グルナ、元々メイが来るまでのつなぎって話だったんだけど……」
王女はそう言ってまたため息をつく。
「今年はイチゴ狩りにも行けなかったわ……」
「うん……」
イチゴ狩りの話は冬の間ずっと聞いていたような気がする。アウラもぜひみんなと行きたいと思っていたのだが……
「メイちゃんの実家の近くだっけ?」
「そうなのよ。ブルーベリーもキイチゴも一杯あるのよ。素敵な穴場があって」
「せめて寒くなるまでに一度ピクニックに行けるといいわね」
「そうね。そのときにはグルナにケーキを作ってもらおうかしら」
「うん」
やはりこんなときには楽しいことを考えるに限る。いずれにしてももう少ししたらアイザック王も戻って来られるそうだ。そうすればまた前のような平穏な日々が訪れることだろう。
だがやがて王女が即位する日が来るが、そうなったらどうなるのだ?
《それって……》
こんな日々がずっと続くことになるのだろうか? そんなことになったら本当にぶっ倒れてしまわないだろうか? アウラは何だか心配になってきた。
「ん? どうしたの?」
王女が不思議そうな顔でアウラを見る。
「いえ、王様になったら毎日がこんななのかなって思って……」
それを聞いて王女は吹き出した。
「それは大変ね。死んじゃうかも」
「死んだらだめじゃない!」
「死なないように頑張るしかないわね」
「だって……」
まじめなアウラの表情をみて、王女はちょっと真剣な顔になる。
「ありがとう。アウラ。大丈夫よ。お父様だって死んでないでしょ? だから私だって大丈夫よ。それに、もうちょっとでコツが掴めそうな感じなの」
「そうなの?」
「ええ」
エルミーラ王女は微笑みながら軽くうなずいた。
何だか知らないが、王女の立場というのも大変なのだ。
さて、あまり長居してもいけない。そろそろ下がらなければ―――そう思ってアウラは立とうとした。
だが自分の部屋に戻っても誰もいないことを考えると、何となく気が引けてくる。しかも彼女はあることに思い当たって少し愕然とした。
《えっと……お風呂頼んだっけ?》
頼んだ記憶はない。ということは戻っても冷たい水のシャワーがあるだけだ。
今日は結構暑かったから別に水で悪いわけではないが―――でも何だかゆったりとお湯に浸かりたい気分だ。
《どうしよう?》
アウラは部屋の奥の扉を見た。あの先はバスルームだ。すごく広い湯船があって、間違いなく暖かなお湯で満ちているはずだ。リモンがそういうところをうっかりするはずがない。だとしたら?
アウラはほとんど何も考えていなかった。
「汗かいてない?」
それを聞いて王女は不思議そうな顔をする。
「え? そういえば……」
「流してあげよっか?」
「え?」
王女がアウラの顔をまじまじと見つめる。
次の瞬間アウラはとんでもないことを口走ってしまったことに気がついた。確かに王女とはこういった会話をよく交わしたことがあるし、実際にそうしたことも何度もある。
だがそれはすべて“アサンシオン”での出来事だ。そしてそこでは互いの体を清めるということにはもっと大きな意味がある。
それを思い出してアウラはかっと顔が熱くなった。
「あ、その、ごめんなさい。ちょっと部屋のお風呂が、その、頼んでなくって……」
だが、しどろもどろのアウラに向かって王女は微笑んだ。
「いいわよ?」
「え? でもやっぱり……」
「何よ? 自分から言い出しといて?」
そう言った王女の目には何か怪しい光が宿っている。
《あ……》
何だか知らないが、王女のスイッチが入ってしまったようだ。
最近は王女は激務続きで全然“気晴らし”にも行けていない。そしてアウラ自身もそれを結構楽しんでいたということに今更ながら気づく。
「だから、ちょっと、その、お風呂に入りたくって……」
「いいわよ。一緒に入りましょ?」
―――そうして気づいたらアウラは湯船の中でエルミーラ王女と顔を見合わせていた。
《えっと……どうしよう?》
いいのだろうか? 本当にいいのだろうか?
王女は期待に満ちた眼差しでアウラを見つめている。
ともかく間を持たせないと―――そう思ってアウラは尋ねた。
「えっと……お尻はもう大丈夫?」
それを聞いて王女はちょっと赤くなる。
「もう大丈夫よ」
王女はそう言って笑う。アウラも一緒に笑った。
今でこそ笑い話だが、あのときは本当にびっくりした。
その日エルミーラ王女は嘆願に来た商人と謁見を行っていた。多分に漏れずその前夜も遅くまで王女は仕事をこなさねばならず、そのときも相当の睡眠不足だった。その上、その商人がはっきり言ってどうでも良いことを要領悪く説明し続けるので、王女はつい緊張が切れてうとうとしてしまったのだ。
それまでもそのようなことが何度かあったので、アウラが気づいたら突いて起こしていた。だがそのときは運悪く彼女は別のことに気を取られていた。そして異常を感じてアウラが振り返った瞬間、エルミーラ王女は座っていた椅子からずり落ちたのだ。
そのとき王女が着ていたドレスは滑らかなシルクで、椅子に乗っていたクッションは肌触りも良いが滑りも良いベルベットだった。
「まったく上等なお洋服っていうのも考え物ね」
王女が湯船の中でお尻をさすりながら言う。もちろん普段ならちょっと恥ずかしいだけで済む程度のことだが、そのときは完全に意識が飛んだ瞬間だ。受け身も何もない。王女は見事に尻から着地して、結構な青あざができてしまったのだった。
おかげでその後は居眠りせずに済んだのだが……
「ちょっと見せて?」
エルミーラ王女は素直に湯船の中で膝立ちすると、アウラに背を向けた。
「どう?」
「うん。まだちょっと跡があるけど、すぐ消えるね」
「ああ、よかった。間抜けなアザが一生残るかと思ったわ」
「そんなこと……」
そんなことない、と言おうとした瞬間、王女がそのまま後ろに倒れ込むようにアウラの膝の上に乗ってくる。
「ちょっと!」
アウラが小声で囁く。
「いいじゃない……ここ好きなの」
「もう……」
そう言いつつも、アウラは王女を軽く抱きしめた。
確かに今までこんな風にたくさんの娘達を抱きしめてきたが、そういう意味では王女も彼女達も何一つ差異はない。
そんな感じでしばらくじゃれ合った後、二人は体を洗いっこする。
別に王女がそんなことをしなくていいと言うのだが、彼女は頑として言うことを聞かない。最近ではアウラも諦めて彼女のなすがままにされていた。
やがてさすがにのぼせてきたので、二人は風呂から上がった。
明かりは消えていたが、窓から差し込む月明かりで部屋の中は青白くまた違った風情になっている。
火照った体に冷たい風が心地よい。
《えっと……どうしよう……》
このままだと何だか本当に行くところまで行ってしまいそうな気がするのだが……
そう思いつつもエルミーラ王女がやる気満々なのは火を見るよりも明らかだったし、服を着て出て行こうにもアウラの着替えはここにはない。あるのは先程脱ぎ捨てた汗で濡れた服だけだ……さすがにそれをもう一度着るというのはかなり気が引けた。
そんなことを考えながら振り返るとベッドの上から王女が手招きしている。当然身には何も着けていない。
「どうしたの? こっちにいらっしゃいな」
何だか選択の余地はもうなかった。
アウラがそのままの姿でベッドに滑り込むと、王女がぎゅっとアウラに抱きついてくる。それから耳元で囁いた。
「ル・ウーダ様がいなくて寂しい?」
それを聞いてアウラは顔がかっとした。それを見て王女はくくっと笑うとまた囁く。
「今日は私じゃダメ?」
アウラは一瞬何のことかと思った。だがその意味を理解した途端、今度は体中がかっとしてくる。
その姿を見て王女はちょっと意味ありげに微笑んだ。
だが王女の考えていたことはアウラの思いとは少し違っていた。彼女はまだアウラとフィンの間にある“ちょっとした問題”について知らなかったのだ。
王女はアウラとフィンが同居を始めた後、一度彼女に男の人にされるのはどんな気分かと尋ねてきたことがある。そのときはアウラが絶句してしまったので、それ以来は何も訊いてこないが……
だが間違いなく彼女はアウラが恥ずかしがっていたのだと信じていた。ある意味恥ずかしいことなのは確かなのだが……
そういうわけでそれ以来、しばしばこういった仄めかしをしてくるのだ。
「一緒にいてくれるでしょ?」
「うん……」
王女は微笑むと再びアウラをぎゅっと抱きしめて、今度は胸に顔を埋めてきた。それからまた悪戯っぽそうな目つきでアウラを見ると、乳首を軽く噛んでくる。
ぞくっと背筋に電流のような物が走った。
「あうっ!」
アウラは思わず声が出た。前と違って今ではこういったことをされると、彼女の体はなぜかすごく反応してしまうのだ。
それを見て王女は再びアウラの乳首を噛んだ。
「やだ……」
アウラは体を離すと、今度は王女の乳首を軽くつねる。
「あん……もう……」
王女がとろんとした目つきでアウラを見た。アウラもなんだかほわっとした気分になっている。気づいたらもう下の方がじっとりしている。
王女はアウラに覆い被さってくると、そのまま唇を合わせてきた。
ねっとりとした舌が入り込んでくる。アウラもその舌に彼女の舌を絡み合わせる。その状態でしばらく二人はぴったりと抱き合っていた。
ただそれだけだというのにもう、体の芯の方で何かがじんじんいっている。
《どうして?》
王女と一緒だと最近はすぐこんな風になってしまう。こうなってしまうともうあとは二人で上り詰めるだけだ。
こんな風になれれば上にいるのがフィンだって大丈夫のような気がするのに……
そのことを思い出すとアウラはちょっと醒めてしまった。
「どうしたの?」
エルミーラ王女が潤んだ瞳で見つめる。
「ううん」
アウラは軽く首を振ると、王女の背中をそっと撫でる。
フィンが相手のときでも最初は期待で体はこんな風に熱かったのだ。嫌だなんてことはまったくなくて、心から彼を受け入れたいと思っているはずなのに……
それなのに彼が覆い被さってきた瞬間、目の前が真っ暗になってしまうのだ。
何度かそういうことを繰り返した結果、最近ではもうそれが怖くて始めることさえできない。
そのことで彼が辛い思いをしているということも分かっているのだが……
でも離ればなれになると思ったらもっと暗澹たる気分になってしまうし……
《どうしたら……》
多分いつ放り出されてもおかしくないのだ。本来ならば自分から出て行くべきなのだろうが……
だが彼女にはそれもできなかった。
「あ!」
びくんと尖った感覚がアウラの体を走る。
気づくと王女の指がアウラの秘められた場所を這っていた。
「そんな……あたしがして上げるから……」
「だめよ。きょうはあなたがお客様なんだし」
「ええ? お客様って……」
「ここは私の部屋よ。当然でしょ?」
何だかよく分からない理屈だがアウラは納得して王女の愛撫に身を任せた。
はっきり言って王女のテクニックはプロ級だった。もう五年以上も郭で鍛えているのだ。当然と言えば当然だが……
「あうっ!」
やがて快感の波が体の中を駆け巡る。気づいたらアウラは王女に抱きついて荒く息をしていた。
王女の眼差しがすぐ側にある。
「どう?」
「うん……」
それからやにわにアウラは王女の乳房にキスをすると、その唇を下に向かって滑らせた。
「あ、やだ……それ……」
そういいながらも王女の両足はアウラが力を入れずとも開かれる。アウラはその先にある敏感な部分に軽く舌を這わせた。
「あ……」
その呻きと共に王女が体をくねらせるが、アウラはその動きに追随して舌を這わせ続けた。
それから体を半分起こすと濡れた唇をふっと拭い、王女の秘所を優しくまさぐり始める。
「あ……あ……」
あっという間に王女は上り詰めてしまった。
《あ……》
ちょっとやり過ぎてしまっただろうか? 最近アサンシオンに行っていないせいもあるのか、今日はとりわけ早かったような……
ぐったりした王女を見ながらアウラはなんだか不完全燃焼のような気がしていた。
月明かりにアウラは自分の体を見下ろす。
前は壊れてしまっていたとばかり思っていた体がこんな風になってしまうなんて……
アウラはそっと自分の固くなった乳首をつまんでみる。ぞくっとした感覚が背筋を走る。それから今度はじっとりと濡れた秘所にも指を走らせてみる。愛液に濡れた指が触れただけで電撃のような感覚が体内を貫いた。
《どうしてフィンと一緒だとだめなんだろう……》
嫌じゃないのに……全然嫌じゃないのに……
そう思ってアウラが何だかがっくりしていると、急にエルミーラ王女が動いてアウラの腰に抱きついてきた。
「何してるのよ! 一人でなんてだめよ!」
「そんなんじゃなくって……」
「じゃあ何よ? その手は?」
「いえ……これは……」
王女はまたアウラに抱きつくとそのままベッドの上に押し倒す。それから耳の側でつぶやくように言った。
「だめよ……だめなのよ。一人じゃ……」
「え?」
「もし、世の中に王様たった一人しかいない国があったりしたら、とっても寂しいと思わない?」
アウラには王女が何を言っているのか分からなかった。
「え? うん……」
よく分かってない表情のアウラを見て、エルミーラ王女は少し寂しそうに笑う。
「あなたがいてくれて良かった……こんなこと、本当に誰にも頼めないし……」
「え? うん……」
王女は再びアウラの胸に顔を埋める。
「きもちいい……」
王女は頬ずりしながら言う。
アウラはどう答えていいかよく分からなかったので、黙って王女の髪を撫でた。
「もうずるいんだから……」
王女は途切れ途切れに続ける。これはアウラに語りかけているというよりは、半分独り言だった。
「絶対あなたの方がいいと思うわ。多分ルースじゃあ……」
そこまで言って王女はあっといった顔をした。
《えーっと……》
何とフォローしたらいいのだろうか? 確かに相手がロムルースだったとしたら―――何だか情けない光景ばかり想像できてしまうのだが……
でも多分相手が誰であれ同じだと言えることが一つある。アウラはこれまである意味本当にたくさんの人と―――主に女ではあるが―――寝床を共にしたことがあるのだが……
「肌の温かさは同じなんじゃない?」
少なくともその事実に年齢性別は関係ない。ただ生きていてもらえばいいだけで……
エルミーラ王女はその言葉を聞いてしばらく絶句したようにアウラを見つめると、急にぷっと吹き出した。
「そうよね! 肌の温かさは同じよね!」
それから何故かそれがツボに入ったらしく、大きな声で笑い出した。
もちろんアウラには何がそんなに可笑しかったか分からないが、エルミーラ王女には時々こんなときがある。
王女はひとしきり笑うと体を起こし、アウラの顔を見つめた。
「それじゃ……続き、やりましょうか?」
「続きって……」
「何言ってるの! お客様が不満足で、一人で慰めてたなんていったら郭落としでしょ?」
「ミーラは王女様でしょ!」
“郭落とし”とは上がりの悪い遊女が格下の郭に送られることを言うわけだが―――あまり高貴な人が口にしていいような言葉ではない。
「いいのよ! 温かさはみんな同じかもしれないけど、熱さは人によって違うのよ」
もはや全く意味不明だ。
だがもうこうなってしまったらもう仕方がない。王女の気の済むまでやらせておくしかない。それにアウラも嫌じゃなかった、というか、同じくらいに燃え上がりたい気分だった。
その夜、結局また二人で汗だくになって、冷めた風呂に入り直して眠りについたときにはもう明け方近くになっていた。
空に明るい月がでていた。
フィンとパサデラは水上庭園の一角に設えられた豪華な寝室にいた。部屋の窓は全開で、その先には広い湖水が黒々と広がっている。そのためフィンが息を荒げてパサデラの上で力尽きていたとしても、それを覗かれる心配はなかった。
窓から吹き込んでくる風はほとんどなく、あたりにはむっとした汗と香水と体液の入り交じったエロチックな匂いが満ちている。
それに酔ったような脳みそでフィンは呆然と考えていた。
《すごい……なんてもんじゃないよな……これ……》
下に横たわっているパサデラは素晴らしい体だった。
まずはその姿を見ただけでも見事なのは明らかなのだが―――彼女は今日水上庭園に集められた綺麗どころの中でも、上位に入る美貌を持っているだけでなく、そのスタイルもまた完璧だった。
豊かなバスト、きゅっとくびれたウエスト、再び豊満なヒップにすらっとした足。だが何と言っても特筆すべきは、肌の柔らかさだ。マシュマロのような、それでいてすべすべしてきめ細やかで……
そんな彼女を抱きしめた瞬間、フィンは完全に理性が飛んでしまった。二人でここにやってきたのはほんのちょっと前だったような気がするのだが、少し汗を流して、二言三言言葉を交わして、それから気づいたらこうなっていたわけで……
《ってより、ちょっと早すぎたか? こりゃ……》
フィンだって決してそういうことに関する初心者ではない。だが、アウラと暮らし始めて二ヶ月以上になるが―――それはその間ずっと禁欲生活が続いたということだ。
もちろんそれだけならまだいい。だが夜には同じ部屋、同じベッドに彼女がいた。誰よりも抱きしめたい人が目と鼻の先にいるというのに、その香りを嗅ぐことも、その肌に触れることもできるのに―――だからフィンはパサデラと違ってアウラの体がもっとしなやかで筋肉質であることも知っていた。パサデラに比べたらかなり控えめだが、それでも形よく弾力のあるバストや、柔らかで甘い唇と舌の感触―――それら全てを知っていた。
だが、そこまでだった。
彼はそれを目の前にして、触れて確認することさえできたというのに、それ以上は何もできなかったのだ。
彼女と暮らし始める前ならそんなときはアサンシオンにでも行けば良かったのだが……
《しょうがないよな……これじゃ少々早くても……》
そういう風にフィンが心の中で自分を慰めていると、下になっていたパサデラが言った。
「まあ! すごい汗。お部屋がちょっと暑いみたいですね」
「ああ。風がないみたいだからね。今夜は」
「もう一度水浴びなさいます?」
「ああ、そうしようか……」
二人は起き上がると隣の浴室に向かった。
浴室はまるで自然の渓谷を模したような内装になっていた。一方に人工の渓流と滝があってそれがシャワーの役割を担っている。反対側には大きな木をくりぬいて作ったような複雑な形をした浴槽があって、そこには暖かなお湯が満ちている。だが今はさすがに暑かったので二人はまっすぐに滝の方に向かった。
「きゃっ!」
冷たい水をかぶってパサデラが可愛い声をあげる。
「うわ……」
この水はどこから引いているのか知らないが、かなり冷たい。もしかしたら魔法で冷やしているのかもしれない。
しばらく冷たい滝に打たれていると、今度は段々寒くなって来た。
見ると横にいるパサデラにも鳥肌が立ってきている。フィンは湯船の方を指さして言った。
「じゃ……あっち行く?」
「ええ」
二人は今度は湯船につかった。冷えた体に丁度良い温度だ。
《うーむ……心和むなあ……》
そんなことを考えながらため息をついていると、寄り添って入っていたパサデラが言った。
「それにしても……驚きましたわ。アウラお姉様のことをご存じだなんて。よっぽどお遊びになってらっしゃるのね」
「ん? そんな風に見える? 僕はいたってまじめなんだけどな」
だがそれを聞いてパサデラはぷっと笑った。
「まあ、まじめなお方がどうして遊び女しか知らない話をご存じなんですか?」
「あっははは。どうしてだろうね」
フィンは彼女にキスしてごまかした。
もちろん、その本人と親密な仲になっているからだなどとは口が裂けても言えないだろう。それこそガルガラス達以上に、どうやって彼女を落としたのかと問いつめられてしまうに違いない。
そこでフィンはパサデラの髪をなでながら尋ねた。
「そのアウラお姉様って何か噂ばっかりでさ、本人を見た子って君が初めてなんだ。本当のところどんな子なの?」
それを聞くとパサデラはにっこりと笑って、フィンもよく知っている“アウラお姉様”の武勇伝について得々と説明し始めた。それはアサンシオンにいたあのユーノという娘の話と大差なかった。あの話であれば“お上手”なところ以外はすべて納得はいく。
そこでフィンはちょっと尋ねてみた。
「そうなんだ……でも噂に聞くその“お上手”なのってのは、いったいどのぐらいすごいんだい?」
そちら方面になるとフィンの知っているアウラの姿からは何だか想像がつかない。今の状況ではアウラと二人のときでもそういうことはちょっと言い出せないし……
それを聞いた途端にパサデラは背中まで真っ赤になった。
「そんなこと! 言えません!」
そんなにすごいのか? フィンはますます興味が出てきた。
「うっふふふ。いいじゃないか」
そう言いながらフィンは娘をくすぐる。パサデラが結構くすぐったがり屋だということはもう分かっている。
「きゃあ! わかりました! 言います。実は、その……私に悦びを初めて教えて下さったんです……ほら、水揚げのとき失礼にならないように、先輩から教えてもらうんですけど、私のときはそれがアウラお姉様だったんです……初めは怖かったんですけど、でもお姉様とってもお優しくて……それからはもう夢みたいで……」
そう話す彼女の目はもうとろんとしている。
それを聞いてフィンも驚いた。郭でそういったことをしていることは彼も薄々聞いて知っていたが……
フィンがあまりに驚いた顔をしていたのだろう。パサデラが言った。
「何か私、失礼なことを?」
「い、いや、全然。ほら、何だかそういうことってなかなか聞けないじゃないか。教えてくれてありがとう。でも、そのアウラって、夜番だったんだろ? どうしてそんなに上手なのかな?」
それを聞くとパサデラは首を振った。
「さあ……それはよく分かりません」
はあ、そうなのか……
だが理由はともかく伝説が本当だということはここで判明したわけだが―――結局フィンはまだアウラのことを全然知らないも同然なのだ。
「そうか……アウラとはそれからも?」
「いえ、お姉様とはそれっきりなんです」
そう言ってパサデラは目を伏せた。
「ん? それっきりっ?」
一体何が起こったんだ? 怪訝な顔をして訊き返すフィンに、パサデラは小さく首を振った。
「いなくなってしまったんです」
「いなくなった? どうして?」
パサデラは顔を上げると話し始める。
「はい。実はそれからしばらくして、郭に泥棒が入って大騒ぎになったことがあるんです。泥棒は見つかって暴れ出して、そしたら火がついて郭が半分燃えてしまったんです。その騒ぎのあとレジェ姉さんと一緒にいなくなってしまったんです」
「レジェ姉さん?」
「はい。ヴィニエーラの売れっ娘の一人だったんですが、アウラ様ととっても仲良しだったんです」
レジェ? 初めて聞く名前だ。
「へえ……」
「アウラお姉様って、端から見てるととっても怖いんです。でもレジェさんと一緒のときだけはいつもにこにこしてました」
一体どういう状況だったんだろうか? これだとまるでアウラとレジェがどさくさ紛れに逃げ出したみたいに聞こえるんだが……
でも今までアウラからは“レジェ”などという名前は聞いたことがないし、何か訳があったのだろうか?
「へえ、そうなんだ……そのレジェって子はどうなったんだ?」
「さあ……それ以来噂を聞きません」
「そっか……」
これ以上彼女に訊いても仕方なさそうだ。それより今の話はなかなか別なところで想像力を刺激する話だった。この子がアウラの手で初めての女の悦びを知ったって? そう思ったらフィンはまたむずむずしてきた。まだ夜は長いしここは―――そう思ってフィンはパサデラの肩を抱いて抱き寄せると囁いた。
「それじゃまた、いい?」
パサデラはにっこりと笑う。
「もちろんですわ。今度はもっとゆっくりとできそうですし」
あ゛あ゛あ゛……それってやっぱりさっきの早すぎ?
パサデラはずっこけたフィンに向かって再び笑いかけると言った。
「大丈夫ですわ。ディナーコースでもそうでしょ? 最初は軽いオードブルから入りますし……」
あれがオードブルだったって?
パサデラはそんなフィンの表情をみながら体をすり寄せて、妙に艶っぽい笑みを浮かべた。
「だから……今度は私にも少しご相伴させて下さいな」
え? なんだって? 今度はってことは、やっぱりさっきのは彼女的には全然ダメだったってこと?
彼女がフィンのモノに指を這わせ始めると、それはみるみるうちに元気になってきた。
《いや……これでまた早すぎたらちょっと恥ずかしいぞ……》
だが絶妙な指さばきだ。このまま身を任せていたらまたあっという間に逝ってしまいそうだ。そこでフィンは体を起こして彼女の横に座りなおして話しかけた。
「それでさ、君が初めてのときってアウラはどんなことしてくれたんだ?」
それを聞いたパサデラはぴくっと体を震わせるとぽっと体中が赤くなる。
「え? そんな……」
百戦錬磨のはずの彼女がこんなになるなんて……
フィンはますます興味がわいてきた。
「そんなにすごかったのかい?」
「だって……初めてだったんですよ。あんなになっちゃったの……でもル・ウーダ様がお訊きになりたいというのならお教えして差し上げますわ」
パサデラは伸ばしたフィンの両足にまたがるようにして正面に跪き、艶めかしい瞳でフィンを見下ろす。
「あのときもこんな風に二人でお風呂に入ったんですよ。そのときは私はまだ小娘でしたからもちろん右も左も分からなくって……もちろんどういうところに来たかくらいは分かってましたので、これからお姉様が何をしようとしているかは分かっていましたが……でもやっぱりちょっと怖くて……」
そしてパサデラはフィンの腿の上に座り込む。
《おいおい!》
「最初にお姉様が私の体を綺麗に隅々まで洗ってくれたんです。あんな風に綺麗にしてもらったのは生まれて初めてで、でもやっぱりそのときは私、びっくりしてたんです。だって目の前にあの太くて長い……」
「え?」
「ご存じなかったですか? お姉様の胸にはこんな風に太くて長~い刀傷があるんですよ」
「あ、ああ、そうか……」
素で勘違いしていたがそこは適当にごまかす。
「あれがなければもっととっても綺麗なお体だったのに……でもあれがないとやっぱりお姉様じゃないような気もしますし」
「そんなすごい傷なのか?」
フィンは知らないふりをして尋ねる。
「はい。肩口からお腹のあたりまでばっさりと。誰にやられたかといったことは誰も知らないみたいで。そんな怖いこと聞けませんし。ただそれで死にかかったって言ってましたが……」
「そうなんだ……」
「その傷が目の前にあるんですよ。もう何と言っていいか分からなくって。泣きそうな顔で見てたんでしょうか。お姉様が触ってみる? って言うんです」
「うん」
「それで触ったんですが……なんか固かったっていうのを覚えてますが、すると今度はお姉様が言うんです。私の胸、触っていいかって。もちろん嫌とは言えませんし、それにお姉様の傷を触っちゃいましたし。するとお姉様、こんな風に……」
そう言ってパサデラは自分の胸に手を触れる。
「そーっと、まるで触れたら壊れてしまうみたいに、優しく、こんな感じに撫でてくれたんです」
パサデラはそう言って自らの乳首を軽くつまむと「あん!」と思わず声をあげる。
それから彼女はとろんとした目でフィンを見つめた。
「そうしたら何だかびくっとしちゃって……自分でもびっくりしちゃって……それから今度はお姉様が横に座ってて、それじゃこちらにいらっしゃいって言うんです。気がついたら私、お姉様の膝の上に乗ってました。背中にお姉様のおっぱいの感触がして、それからお姉様は私の胸をこんな風にし始めて……」
パサデラは跪いてフィンの顔の前で自分の胸を愛撫し始める。
《おいおい!》
ちょっと間を取ろうと思ったのが思いっきり逆効果のような―――そんなエロチックな姿を見せつけられるとますます元気になってきてしまうのだが。
と思った瞬間、固くなったモノがパサデラの腹に当たってしまった。それに気づいて彼女はにこっと笑って上から降りると、フィンの脇に回ってふっと持ち上げた。お湯の中だから彼女の力でも簡単に運ぶことができる。
そうやって運ばれた先は、お湯が浅くなっていてゆったり寝そべることができるようになっている場所だ。だがそのために必然的に体の一部だけが水上に出てしまうわけで―――今の状況では特に……
パサデラは片手で自分の乳房を、もう片方の手でその水上に突きだしているモノを弄びながら話を続けた。
「どのくらいだったかは覚えてませんが、おっぱいと乳首をこんな風にされてるだけで何かお腹のあたりがとろけるような感じになってきちゃって。そうしたらお姉様が言うんです。まあ、こんなにとろとろになっちゃって……なんて」
パサデラは再びフィンにまたがるように跪くと、自分のその場所につっと指を走らせた。そこはもう言葉通りになっているようで、指先から糸を引くのが見える。
それから彼女はやにわにモノの上に腰を落とす。
《え? ちょっとまってくれ! まだ心の準備が……》
パサデラはまだ中には収めずに、フィンの竿に沿って腰を動かした。
「うあ!」
先端の敏感なところにパサデラの秘所が触れる。フィンは思わず声をあげていた。だが彼女はそれにはお構いなしに話を続ける。
「それからね、お姉様が言うんです。ここ、触っていい? って。思わず私、首を振ったんだけど、お姉様、お構いなしに……逃げようとしたんだけど、くりっと触られてしまって、途端にびくってなっちゃって、それで腰が抜けちゃって……」
そういって彼女が腰を動かした瞬間、フィンのモノが彼女の中にほとんど抵抗もなくするりと入り込んだ。
「う!」
フィンはまた思わず声をあげた。パサデラはそれを見て恍惚の表情でフィンに微笑みかける。それから緩やかに腰を動かし始めた。
「なんだか……お姉様も……びっくりしてたみたいだけど……でも……ああ!……全然嫌じゃなかったから……」
「うあ!」
何かやばい! このままじゃまた―――と思ったときだった。パサデラは体の動きをぴたっと止めて話し続ける。
「お姉様が言うんですよ。あなた、すごいのねって。そのときは何がすごいのかは分からなかったけど、なんか良かったんだなって思って。それで、ちょっとそこに横たわってご覧なさいって言われて、それで言われるままに横になると……」
パサデラは急に腰をくるっと動かす。
「うあ!」
さっきから間抜けな叫びしかあげていないような気がするが―――フィンは完全に彼女の為すがままにされていた。
「お姉様が私のここに指を入れてきて……奥のところをくりくりし始めて……それがすごいんですよ。誰だってそんなことされたら悶えちゃうじゃないですか。そうしたら指が当たったり抜けちゃったりで、後からいろんな人にしてもらったことがありますけど、お姉様みたいにしてくれる人は一人もいなくって……」
「うあ!」
「まるでなんていうか、吸い付いてるっていうのか、私が……ああ!」
「うあ!」
「どんな風に動いてもいつでも一番気持ちいいようにしてくれて……ああ!」
「うあ!」
「だからあたし……」
「うあ!」
「だからあたし……あ!」
「うあ!」
「だからあたし……ああぁぁ!」
「うああぁぁぁぁぁっ‼‼」
果ててしまったフィンの上にパサデラが覆い被さるように倒れてきた。彼女の体がぴくぴく痙攣してくるのが伝わってくる。
しばらくそうしたまま抱き合っていたが、やがてパサデラが体を起こすと恥ずかしそうに言った。
「だからあたし……これが大好きになっちゃって……」
「あはは……そうなんだ……」
この娘はフィンの上で本人もかなり燃え上がっていたようだが、それはアウラとのときのことを思い出したからなのか? だとしたら―――アウラって本当に何者なのだ?
ともかくパサデラが最高の娘であったことは間違いない。それだけでもハビタルに来た価値があったと思ったときだった。フィンの上でパサデラがまたもぞもぞと動き始める。
「え? ちょっと……」
「まだ大丈夫ですわ」
《そりゃあんたは大丈夫だろうが……》
だがその思いに反してフィンのモノももう固くなり始めていた。
「オードブル、スープと続けば、後は魚料理と肉料理にデザートでしょ?」
「あははは……」
うん。天国だ。多分天国だ。もしかしたら死ぬかもしれないけど、天国だ……
こうしてハビタルの夜は更けていった。