第6章 作戦変更
気がつくとフィンは縛られてベッドの上に転がされていた。
《え?》
フィンはしばらくその格好で茫然自失であった。
まず一つ明らかなのは、これが大変まずい状況だということだ。
《えっと……》
だが頭がはっきりしない。
《あー、ってことは、あのワインに薬が?》
そう考えれば―――サフィーナが寝ていたことにも説明がつく。
《ってことは……》
そういえば、サフィーナはどこだ?
辺りを見回すが、部屋の中にはいない。
《どこかに連れてかれちゃったのか?》
それはさらにまずいことだった。なにしろ彼らは原則ずっと一緒で、別行動をする予定はなかったからだ。
《それじゃ彼女は?》
いったい何をされているのだ? まさか―――あいつらに弄ばれてるとか?
「おいっ!」
思わず叫び声を上げるが、何の反応もない。
フィンは思わず頭に血が上って、魔法で縄を焼き切ってやろうかと思ったが……
《いや、ともかく落ち着け!》
そう。どうやら眠り薬で眠らされたらしいが、そこには魔法封じの薬は入っていなかったようだ。すなわち彼らはフィンが魔法を使えるということをまだ知らないのだ。
《こういう切り札はとっとかないと……》
彼の力はたかが知れている。最大限相手の虚を突いて使わないと、返り討ちに遭うのがオチなのだ。
ともかく今はどうしてこんなことになったのか、サフィーナはどこなのかを考えなければならない―――のだが……
………………
…………
……
《一体どうやって漏れたんだ?》
こういう目に遭っているということは、彼の真の目的がバレてしまったからだと考えるほかはないが……
《いや、でもだったらここでこんなことをせずとも……》
彼らをそのままロータまで連れて行って、そこで地下牢にご案内すればいいだけだ。こんな途中の地点で薬を盛ってどうするのだ?
《ってことはあいつらサフィーナを⁈》
確かにベラトリキスの娘を抱ける機会なんてまずあるはずがないわけで……
「ちょっとまてよ!」
いや、だが彼女は確かにフィンにはストライクであったが、普通の男にとってはどうなのだ? むしろ娘みたいな物なんじゃないのか? まさか……
《あいつらみんなロリコン⁈》
―――んなわけがない。
《ってか、そういえば似たようなネタがあったよなあ……》
アキーラ突入直前にメイが囚われてしまった事件というのがあったが―――あのときは全く別な理由で捕まっていた、というより雇われていたわけで……
《えー、でもサフィーナにそんな特技はあったか?》
アウラが薙刀の筋がいいと褒めていたこととか、リサーンが怒ったら凶暴だとか、いじけたら木に登ってしまうとか……
《あんまこの際関係ないよなあ……》
彼女がさらわれた理由をとやかく考えても仕方がない。ともかく今はここから脱出してサフィーナを探さなければ……
と、そこでフィンは思い当たった。
《少なくとも彼女がここから連れ出されてるってことはないよな?》
彼らはアリオールの手の者が厳重に見張っているのだ。サフィーナを連れて抜け出そうとしたのなら捕まって当然だし、そうなればここにも助けの手が現れるわけで……
《要するにまだこの農場のどこかということか……》
それが分かっただけでも少し気が楽になる。
《でもどうして奴らこんなことを……》
このままロータに行ってフィンがこのことを話したらどうする気なのだ? それとも……
《どこかで俺を消す気なのか?》
………………
…………
……
そうなったらもう暴れるしかないわけだが―――だがサフィーナを人質に取られたらどうする?
だがその類いのトラブルなら状況次第では何とかなるかもしれない。
《ともかく憶測だけじゃ何ともならないよな?》
少なくとも眠っている間に殺さなかったということは、彼にはまだ利用価値があると相手は考えているということだ。ならば色々と交渉の余地もあるわけで……
そんなことを考えているときだった。
ぎーっと扉が開くと、モデストが入ってきた。
フィンはぎろっと彼を睨みつける。
「おい! どういうことだよ⁉」
だがモデストはそれには答えず、冷ややかにフィンを見下ろした。
「なかなかいい計画だったなあ」
「あ?」
フィンはぎくりとした。
《やっぱり漏れてたのか⁉》
だったら―――だが、その後の彼のセリフはフィンの予想外だった。
「誓いの見張り台を使うとか……」
「あ?」
ぽかんとするフィンにモデストが尋ねる。
「で、誓いのキスはしてきたのか?」
「え? いや……」
「してないのか?」
「ああ、ほら急がなきゃならなかったから……」
「でもあとちょっとだけ待てば陽が昇っていたぞ? それからでも十分間に合ったが?」
「いや、でも無駄に時間を過ごしていたら何が起こるか分からないし……」
こいつは一体何を言っているのだ?
とそこでモデストが真剣な表情で尋ねる。
「で、おまえ、あの子をどう思ってるんだ?」
「サフィーナのことか?」
「当然だ」
「もちろん……愛してるに決まってるじゃないか」
「だったらキスくらいしてやったら良かっただろう?」
「いや、だから、彼女の命が最優先だから急いだんだ」
………………
モデストはじーっとフィンの顔を見つめる。
「ふーん。そうか……彼女の命が最優先か……じゃ、手伝ってやる」
「は? 何を?」
「どこであの子を逃がすつもりだ?」
「は?」
ぽかんとするフィンをまたモデストはじっと見つめる。
「だからどこであの子を逃がすつもりだ?」
「どうしてそんなことを聞く?」
「おい、とぼけるなよ? あの子をシーガルまで連れてったらどうなるか、まさか分からないとか?」
「え?」
「あのアルクス様が黙って見逃してくれるとでも?」
………………
「あんな可愛い子を? しかもベラトリキスと来れば……」
そして段々とフィンにも彼のいわんとすることが分かってきた。
そこでモデストが冷たい目でフィンに尋ねる。
「それともアルクス様にあの子を献上して、今回の失態を許してもらおうとかか?」
………………
《ちょっと待てっ!》
いや、実際、役の上ではそういう予定だったのだが―――フィンは喉がからからになった。
《どう答えるよ?》
YESと答えるわけにはいかないが、NOと言ってもそれなら彼女をどうする気だと突っ込まれて―――間違いなく適当なことを言っても根掘り葉掘り聞かれるだろう。嘘だとばれたらもっとまずいことになるわけで……
「お前らには関係のない話だ」
「ほう? 否定しないのか?」
「だからそんなこと、お前らが心配をすることじゃない!」
モデストはそう言ったフィンを憎々しげに見つめる。
《くそ……こうなったらやるっきゃないのか?》
とりあえずこいつを魔法で吹っ飛ばして、それから手足の縄を焼き切って―――そんなことをフィンが考え始めたときだ。モデストが扉の方に向かって言った。
「開けろ」
それと共にドアが開くと―――その先にはサフィーナとヴェルスが立っていた。彼女も後ろ手に縛られている。
モデストが彼女に向かって言った。
「分かったか? こいつの正体が」
サフィーナがそれを聞いて答える。
「えっと……フィンがすごく悪い奴だってこと?」
「ああ」
だがそれを聞いたサフィーナは考えこんでしまった。
「ほら、嬢ちゃん。いくら信じたくなくても、こいつはこういう奴なんだよ」
ヴェルスがそう言うが―――そこで彼女は顔を上げると尋ねた。
「なあ、フィン。どうしよう?」
「あ?」
「どうもこの人達、あたしを逃がしてくれようとしてるんだけど、どしたらいい?」
「はあ?」
男達も彼女の意図が分からない様子だ。
「えっと、すまん。最初から説明してくれ」
「うん。実は……」
サフィーナは話し始めた。
―――サフィーナも気づくと縛られて別な部屋のベッドに転がされていた。
そんな彼女をモデストとヴェルスが心配そうに見つめている。
「気がついたか?」
サフィーナが驚いて彼の顔を見ると……
「悪いがちょっと縛らせてもらった。いきなり暴れらると困るんでな」
「…………」
「どうしてこんなことをするかって顔だな?」
サフィーナはうなずいた。
「それにはな、ちょっとこっちの質問に答えてもらいたいんだが」
サフィーナは首をかしげる。それからモデストが言った。
「どうしてあんな奴と一緒にいる?」
………………
…………
「え?」
もしかしてフィンのことか?
「そんなにあいつが好きなのか?」
えーと―――ともかくここは言われたとおりにしなければ。彼女とフィンは恋人同士で一緒に逃げている最中なのだから。
そこでサフィーナはうなずいた。
それを見たモデストがためいきをつく。
「一体あいつに何て言われた?」
サフィーナはぽかんとして見返すが……
「騙されてるんだよ」
「え?」
「お前はあいつに騙されてるのさ」
サフィーナは困った。
《うー……なんか難しいことを聞かれたらフィンに振っとけって言われたのにーっ》
その肝心のフィンはここにはいない。彼女が考えて答えなければならないようなのだが……
黙り込んだサフィーナを見て、モデストは首を振った。
「おまえなあ、あのアルクス殿下がどんなお人か知ってるか?」
フィンが話しているのを聞いたことはあるが―――すっごいエロガキだって話だが……
サフィーナは首を振った。
「失敗した奴には容赦しない人なんだよ。分かるか?」
彼女はとりあえずうなずいた。
「で、あのル・ウーダだ。大皇后様のお迎え役とかでやってきてこの有様だ。このまま帰ってただで済むと思うか?」
いや、多分済まないから、彼女をお土産に持って行こうとしている―――という話になっているのだが……
「もちろんとんでもないお仕置きが待ってるのは間違いない。だからあいつはあんたを騙したんだ」
「……どして?」
「アルクス様は無類の女好きでな。だからベラトリキスの一人を連れてきたと言えば許してもらえるかもしれないって思ったんだろうよ」
あー、というかそうなんだけど……
「連れてきてどうすんだ」
「もちろんアルクス様に献上するのさ。そうすればあんたは用済みだ」
えっとー……
《確かティアがそんなことを言っていたが気がするが……フィンは実際にそんな悪い奴だが、そうだとはバレないように優しく振る舞っているわけで、えっと……》
どうすればいいんだろう?
と、そこでモデストが言った。
「だからあんたは助けてやる」
「え?」
「あんたは逃がしてやるから。ま、帰ったら怖い姉ちゃんたちに怒られるかもしれないがな」
えっとー……
《何かもしかしてこいつら、あたしが騙されてるって本気で心配してる?》
でもいったいどうすれば? ただの護衛だと思っていたのにこんなに頭を使う羽目になるとは―――そうか、ここは……
「そんなことないもん」
サフィーナは首を振った。
だがそれを見たモデストもやれやれという様子で首を振る。
「そうやってあいつにくっついてたボニートって奴がどうなったか知ってるか?」
あー、その話は聞いたけど……
「散々弄ばれたあげく、飽きたらゴミのように捨てられたそうだ」
それはシルヴェストの王様に情報を伝えるためって聞いたんだが―――ともかくここは……
「嘘だもん!」
「嘘じゃなかったらどうするよ?」
「そんなこと絶対ないもん‼」
サフィーナは頑固そうにモデストを睨みつけた。
それを見たモデストはまたやれやれといった様子で首を振る。
「じゃあ、こっちに来てみろ」
「どするのよ?」
「あいつがどんな奴か見せてやる」
えっとー……
それからモデストはサフィーナの足の縄をほどくとこの部屋の前に連れてきて、ここで黙って中の会話を聞いていろと言ったのだった―――
「で、あそこにいたんだが」
「おい、ってことは……」
「うん。こいつらなんか悪い奴じゃないみたいなんだけど」
アロザールの諜報員には寝返ったレイモン人も多いと聞く。彼らは妻子を人質にとられていたりして仕方なく協力している者も多いと。
《それで本気で彼女を逃がそうとしてくれてるってのか?》
フィンはモデストとヴェルスの顔を見た。
彼らも状況がよく理解できずに呆然としているが―――そこでフィンは言った。
「いや、マジそれって止めてくれないか? 今後の任務に差し支えるんで」
「任務? だと?」
フィンはうなずいた。
「ああ。実はロータに潜入してちょっと調査してこようと思ってるんだが……」
「調査って……」
「ああ。あの秘密兵器のことだ」
「なんだと?」
二人の顔色が変わった。
「でも一人でアキーラから脱出したとか言ったらいろいろ怪しまれそうだろ? だからこんな芝居を打ったんだよ」
そう言ってフィンはサフィーナを見る。
「彼女はなあ、命がけでこんな芝居につきあってくれる、大切な仲間なんだから」
男達は声も出ない様子だ。
「あと、お前らのことはなあ、アリオールもずっと把握してたよ。今だって遠くから監視してるはずだし」
顔を見合わせる二人にサフィーナが言った。
「ん。だからフィンは悪い奴じゃないんだ」
それを聞いたモデストが言った。
「あの、それって……本当なんですかい?」
フィンはうなずいた。
「本当だとも。冗談でこんなことが言えるか!」
「でも、あんたはアロザールの評議会の相談役だったんですよね?」
「え? ああ、それはまあそうなんだが……」
「そんなお方がどうしてこんなアロザールと敵対するようなことを?」
もっともな疑問だ。
「いや、そのあたりを話し始めると長くなるんだが、そもそも最初から僕はアロザールの味方じゃなくって、敵の敵だったってことだ」
「敵って?」
「あー、あの頃はレイモンだったんだが……」
二人は不審そうにフィンの顔を見る。
《あはは、確かにこれだとどうして今度はその敵の味方をしてるかだよなあ……》
どう説明してくれよう?―――と、そこでサフィーナが割り込んだ。
「あのな、フィンは最初っからファラ様のことしか考えてなかったんだ」
「はい? ファラ様って?」
「大皇后様だっ!」
何で知らないんだ! このバカ!―――といった勢いでサフィーナが一喝するが……
《いや、普通は大皇后様をそんな愛称で呼ばないし……》
だがその剣幕に二人は圧されていた。
サフィーナはそんな男達をじろっと見上げると続けた。
「それでな、ファラ様を救うためにフィンとメイが考えた作戦だったんだ。アキーラを取り返すってのは!」
「はあ?」
二人はぽかんとする―――いやまあ、確かに彼らの気持ちも分かるが……
「だって逃げ回るよりもそした方が安全だろ?」
「いや、まあ……?」
「それでみんなでアロザールの奴らをやっつけてたんだ。そうしたらアリオールと出会えたんだ」
「はあ」
「それになあ、フィンが呪いを解かなかったらみんなまだ寝たきりだったんだぞ?」
………………
と、そこでモデストが妙な顔でフィンを見る。
「あの、それで、その呪いの解き方が、何とも不思議な解き方だってのは?」
あはははは!
「いや、本当に分からなかったんだ。ただほら、あの戦乱でアロザール兵に襲われた人の呪いが解けてたんで、やってみたら本当に解けちゃって……いや、他の方法がないかって考えはしたんだって。でもほら、時間がなくって……」
フィンは慌てて弁明したが、モデストとヴェルスはじとっとした目でフィンを見る。
そこにまたサフィーナが突っ込んだ。
「いーじゃないか! 減るもんじゃなし!」
「はぃ?」
「だいたいな、男のちんぽってのは入れてもらったら気持ちいいだろ⁉」
いきなりのどストレートに二人だけでなく、フィンまで目を白黒させる。
《いや、だからちょっと入れる場所が違くないか?》
などと突っ込んでる場合じゃなくって……
「だからな、フィンがいなかったらアキーラも解放できてなかったんだぞ!」
サフィーナの剣幕に二人はしばらく絶句して―――それからうなずいた。
「そうだったんですかい……」
「まあ、彼女の言ったとおりだ」
そこでサフィーナがさらにたたみ掛ける。
「それになあ、メイだってすごかったんだぞ?」
「メイって、あの?」
「そうだ。女戦士のメイ秘書官だ。メイがな、城の連中をみんな眠らせてくれたから、簡単に城が占領できたんだからな?」
「ええっ⁉ そうなんですか?」
「ああ。それは事実だけど……」
フィンは苦笑しながら答える。
「わかったか? 今だってメイが秘密兵器を考えてくれてるんだからな? それができたらアロザールなんか……」
それはそうと何だか話が脱線しているのだが……
「おいおい、こっちの秘密兵器をばらしたらダメだろ?」
「あ、そっか。そういうわけだ!」
男達は唖然としていた。
その頃、アキーラの天陽宮のリビングには居残ったメンバーが集まっていた。
《ほんと、広いのよねえ……》
小鳥組とアラーニャが出撃してしまうと、水月宮はメイとエルミーラ王女だけになってしまう。天陽宮はメルファラ大皇后とパミーナだけ。辰星宮は少しは賑やかだが、それでもティアにアカラ、ルルー、マウーナに、あとはキールである。
そこでエルミーラ王女の発案でこうしてみんながいない間は天陽宮で暮らすことになったのだ―――ただしイルドは禁止だがw
ひとしきり雑談が終わったところで、ふっと王女がメイに尋ねた。
「それでメイ、任務はどうなったの?」
「任務って、秘密兵器開発担当任務のことですか?」
「うふ そうよ?」
メイはため息をついた。
「難しいですよ~。やっぱり」
「まあそれはそうだろうけど……でも何も思いつかないの?」
「あー、でも一つどうかなってのはあるんですが」
ちょっといいアイデアが出たような気がしているところなのだ。
「ま、どんなのかしら?」
王女の問いにメイはうなずいた。
「はい。やっぱりこう、短期間に一から作るってのは大変じゃないですか? だから既にみんなができることって何かないかなって考えたんですが……」
「ええ」
「アーシャさんをはじめとして、もうみんな踊りがすごく上手ですよねえ」
それからメイはヴェーヌスベルグ娘達の方を見た。
「ヤクートに行ったっていうのは、アーシャさんとマウーナさん、それにアルマーザさんでしたっけ?」
それを聞いたアカラが答えた。
「え? 私もシャアラもいたわよ?」
「あ、そうでしたっけ?」
「あ、でも私たちはサポートだけど。踊ってたのは主にアーシャで、マウーナとアルマーザが補欠みたいな」
「へえ、そうだったんですか」
それを聞いていたマウーナが言った。
「で、なに? みんなに踊ってもらって敵の目を引きつけて、後ろから殴るとか?」
「違いますよーっ」
もっとすごいアイデアなのだっ!
「じゃあ、どんなのよ?」
「ふふっ。ここは敵の成功体験を逆手に取るんです」
メイは胸を張った。
「まあ?」
一同が期待に満ちた目でメイを見つめる。
「ほら、バシリカ陥落のときには、アロザールの音楽隊が町の回りを七日間回ったじゃないですか。そうしたら呪いが広まって落城しちゃったんですよね?」
「ええ」
「だから今度はこっちが回りで踊ってやったら……敵もビビって逃げちゃったりして」
………………
…………
何やら残念な沈黙があたりを支配した。
《あれ? やっぱりダメだったかなあ?》
何というか敵の心理を突いた作戦だと思ったのだが……
「ってか、やっぱりみんな逃げるよりもついて行っちゃうんじゃないの?」
ルルーが首をかしげる。
「ついてこられると困りますよねえ」
アカラも同様だ。
「じゃあ、そういう奴らをアウラ様とリモンさんとかですぱすぱ斬っちゃったら?」
何とかメイはフォローするが……
「一人一人斬るのは大変よねえ」
「それじゃ、川の中に導いて溺れさせちゃうってのは……」
「でもこの辺って大きな川、ないけど?」
「うーん……」
やはりなかなか新兵器開発というのは難しいのであった。
と、そこでティアが言った。
「あー、でもアウラお姉ちゃんって踊りも上手なんだって?」
エルミーラ王女がうなずいた。
「ええ。何度か見ましたが、もう鬼気迫るというか……」
「へえ……どんなんだろう?」
「それではこんど機会を作ってご覧になりますか?」
途端にティアの目が輝く。
「あ、いい! それ、じゃあそこでアーシャとかにも踊ってもらって」
あは。ってことは結局あれをやるってことになるんだろうか?
でも、見てみたいという気持ちはメイも同じなのだが……
ともかく最悪の事態は脱したようだった。
《まったく……ル・ウーダってちょっとヤバすぎだよ、こいつ……》
色々検証したと思ったのだが、このル・ウーダという男が元レイモン人の諜報員達にどのように思われるか? というところまでは十分想定はできていなかった。
《何かマジにそいつの魔手からサフィーナを助けようとしてくれるとか……》
確かに好かれているとは思っていなかったが、まさかここまで憎まれているとは……
本当にもう計画というのは考えに考え抜いたと思っても、思わぬ穴があるものだ。
《だが……まだ作戦が失敗したわけじゃないよな?》
というか、むしろこいつらが味方だとすれば、色々やりやすくなるのでは?
特にロータに入ってしまった後はかなり孤立無援なのだが、彼らが味方なら少なくとも連絡係は頼めるかもしれないし……
《でもこうなったらアリオールも含めて作戦を練り直した方がいいだろうなあ……》
フィンがそう思ってモデストとヴェルスの顔を見るが……
《??》
彼らは真っ青になってぶるぶる震えていた。
「あ? どうしたんだ」
「いや……だから……」
「だから何だよ?」
モデストは蒼白な顔で答えた。
「だから……そう言ってあんたを嵌めようと思ってたところなんで……」
………………
…………
……
「え?」
「だから、あんたが秘密兵器の情報を探りに来たスパイだって言って、あんたを嵌めるつもりだったんですよ」
「は?」
「だって、今の今まであんたは、この子をアルクス様に売ろうとしてるクズだって思ってましたし」
さらにヴェルスも付け加える。
「それに、若い連中に助けてもらったんでしょ? あいつら、きっと本気であんた達を祝福してやろうって思ってたのに、それを裏切ったりして……」
あはははは!
「そんな奴だけは許せなかったんで……」
あははははははは!
「いや、だからそういうことにでもしないと潜入できないわけで……でも見ての通り、彼女は仲間だし、あ、それから脱出を手伝ってくれた子達だってみんな承知の上だし、それに落っこちた奴もすぐ下にニフレディル様がいたから大丈夫だぞ?」
二人はそれを目を丸くして聞いていた。
「それになあ、そんなことしたって向こうに行って俺が事情を話したらバレちまうだろうが?」
だがモデストが答えた。
「ああ、だからその、サフィーナさんを逃がした後は、あんたがひどく抵抗したってことにして……」
………………
…………
あははははっ!
《死人に口無しってか⁈》
ヤバい―――まさにヤバいところだった……
それはともかく……
「だからここから協力してもらえりゃいろいろやりやすくなるんで、お願いできないかな?」
―――ところがモデストは蒼くなって首を降った。
「いや、だめでさ」
「は? どうしてだよ? ここだけの話なんだからばれる気遣いなんてないぞ?」
だが再度モデストは首を振る。
「いや、もう持ってっちまったんですよ。ランブロスが」
そういえばもう一人の奴はどこだと、そこはかとなく思わないでもなかったのだが……
「持ってった? 何を」
「あんたの裏切りの証拠ですよ」
………………
…………
……
「はあ?」
裏切りの証拠? そんなもの―――ってことはやっぱばれてた? いや、んなわけなくて……
「証拠ってどんな証拠だよ?」
モデストが大きなため息をつく。
「あんたが途中でレイモンの警備隊とこっそり連絡しようとしていた証拠なんですが」
………………
「は? そんなことしてないぞ?」
ベラトリキスから信号弾をもらったりはしたが……
「だからでっち上げたんですよ! 今後の行き先とかを追っ手に指示した手紙で、そいつを託された子供を途中で捕まえたってことにして……それをランブロスがもう駐屯地に持ってっちまったんですよ」
………………
「いや、でも筆跡で分かるだろ?」
「だから左手で書いたんですよ」
………………
…………
あああああ!
確かにこれだと彼の手紙ではないと言い張ることはできても、そうでないことの証明にはならない。
少なくとも相手が警戒するのは間違いないわけで、当然のことながら秘密兵器の情報など教えてもらえないだろう……
《いや、でもここはアリオール達が周囲を固めてるわけだからランブロスは途中で……》
そこまで考えてフィンは首を振った。
《見張られてたにしても、見逃すに決まってるよな?》
諜報組織の正常な活動をアリオール側が邪魔するわけにはいかないのだ。ここからアロザール圏内は目と鼻の先だ。彼らが定時連絡を行っても全然おかしくはないわけで……
ということは……
《うわあ……これは作戦中止か?》
だがこれを逃すと秘密兵器の情報を得るチャンスが……
まだ未明の時刻にフィンとサフィーナが、モデストとヴェルス、それに伝令から戻ってきたランブロスと共にアリオールの宿舎に現れたときには、さすがに彼らも驚愕した。
そこにはアリオールとその精鋭の他に、ベラトリキスの小鳥組の面々も揃っていた。
フィンとサフィーナは彼女たちと束の間の再会を楽しむことができたのだが、一同は彼らの話を聞いてまさに深刻な表情となった。
「なるほど……そういうことか。だとするともう無理ということか?」
アリオールが深いため息をつくが、フィンは首を振った。
「いえ、まだ終わってませんよ?」
ここに来る間に彼は色々考えてみて、まだ諦めるには早いという結論に達していたのだ。
「どうするつもりだ?」
アリオールがじろっと見つめるが、フィンもまっすぐ見返した。
「彼らはこの行動を独自判断でやってたんです。ロータから見たらこれは彼らが謀反をしたことになるわけですよね?」
「そうなるな?」
「だから僕たちは裏切られて汚名を着せられそうになったところを、相手を返り討ちにしてロータに逃げ込んだってことにすればいいんじゃないかと」
あたりからおおっという声が上がる。
「ああ! 確かに彼が潔白ならば、そうやって汚名を晴らそうとするだろうな……だが……」
フィンはまたうなずいた。
「はい。それで色々相談しなければならないこともあって来たんですよ」
「うむ。分かった」
アリオールが一同を見渡すと全員がうなずいて、フィンの方を見た。
「それでまず最初に彼らのことなんですが……」
フィンは控えていたモデスト達を示した。
「彼らはこうなればもう手伝ってくれるって言うんですが……みんな家族を人質に取られてるんですよ」
アリオールがうなずいた。
「ああ。分かっている。それを救出して欲しいというのだろう?」
それを聞いたモデスト達の目が丸くなった。
「本当なんですか?」
「そんなことって……」
だがアリオールは首を振る。
「心配するな。君たちのことはずいぶん前から監視していて、人質がどこにいるかとかも調査済みだ」
「えっ⁉」
彼らは全くそのことに気づいていなかった。
「だからその気になれば救出も可能だったのだが……まあ、こちらにも事情があってな。分かった。家族のことはこちらで何とかしよう」
「本当ですか?」
「ああ。約束する」
モデスト達は心底ほっとした様子だった―――と、そのときだ。
「あの、アリオール様?」
リサーンが口を挟んだ。
「ん? なんだ?」
「その救出作戦って、人手は足りてます?」
「えっ?」
口ごもる彼の顔を見て、リサーンがうふっと笑った。
「だったらお手伝いしましょうか?」
アリオールがしばらく絶句する。
《確かに足りてないんだ……》
この作戦は秘密裏に行わねばならないので、あまりたくさんの人員を投入できない。その分来ているのは精鋭ばかりだが、こんな風に人手がいるときには困ってしまうのだ。
「……でしたらお願いできますか?」
アリオールは仕方ないという顔でうなずくが……
「よし! やたっ!」
リサーンはガッツポーズだ。それを見ていたハフラが……
「ちょっと! 遊びに行くんじゃないのよ?」
と突っ込むが……
「分かってるって!」
リサーンはどこ吹く風だ。
と、そこでハフラがアリオールに尋ねる。
「んで、どうしましょう。みんなで行きます?」
だがアリオールは首を振る。
「いや、さすがに全員では……まだ何が起こるか分からないし」
ハフラはうなずくとリサーンに言った。
「ですよね……じゃあ、どっちが行く?」
「そんなの言い出したあたしの方に決まってるでしょ?」
リサーンが胸を叩くが、ハフラが首を振る。
「いえ、今後のことを考えれば攻撃力の高いシアナ様とかアウラ様が残ってた方がいいから」
するとリサーンも首を振り返す。
「いえいえ、それだったら冷静な判断のできるリディール様やハフラちゃんが残ってた方がいいわよ?」
その視線がぶつかって、パチッと火花が飛んだ。
「ふーん? じゃ、やる?」
「いいわよ?」
そう言って二人はやにわに護身用の剣を抜いた。彼女たち愛用の、三十センチくらいの緩く湾曲した片刃の短剣なのだが……
《おいおい、こんなところで……》
このような光景には解放作戦中にはわりとよくお目にかかれたのだが―――アリオールとその部下達は唖然としている。
そして……
「パール!」
と、リサーンが言うと……
「じゃあ、インパール」
ハフラがそう返す。
それから二人は手にした短剣を背中に回すと……
「「あーとだーししーたやーつ、刺ーして……よしっ!」」
―――と、唱えると同時に前に剣を突き出した。
「きゃはっ! 勝ちねっ」
「むっ」
リサーンが勝ち誇り、ハフラがむすっとした顔になる。
それをびっくりして見ていたアリオールがフィンに尋ねた。
「これは?」
フィンは苦笑しながら応える。
「いや、何ていいますか、ヴェーヌスベルグじゃんけん、というか、コイントスみたいなものなんですが……
「コイントス?」
フィンはうなずいた。
「はい。ああ唱えた後、短剣の刃を上か下に向けて出すんですよ。その向きが揃ってたらパールで、違ってたらインパールなんですが」
アリオールはにっこり笑った。
「ああ、今は両方とも上を向いていたな?」
「はい。だからリサーンの勝ちで」
「ほう……だが、なかなか物騒なかけ声だな」
「あはははは、まあ……」
―――といった調子でスズメ組が人質の家族救出作戦のサポートに回ることになったのだった。
さてこうしてモデスト達の家族の問題が片づけば、今度は自分たちのことだ。
そこでフィンは軽く咳払いをすると話し始めた。
「えっとまず僕らの立場なんですが、あそこで薬で眠らされて一旦は別々にされたんですが、サフィーナが機転を利かせてモデストとヴェルスをやっつけて僕を救出して、帰ってきたランブロスも始末したことにします」
「うむ」
「そうするとここからロータまでの経路が変わってしまいます。僕らはロータに向かわなければならないんですが、そのためにアロザールの駐屯地に行くわけにはいきませんから」
アリオールはうなずいた。
「ああ? 確かに……彼らは既に君が裏切ったと思っているわけだからな?」
「はい。少なくとも拘束されるだろうし、あとモデスト達のような“裏切り者”がまだいないとも限らないので、このル・ウーダは別経路をとるわけです」
「だが、彼はここの地勢に詳しくないのだよな?」
フィンはうなずいた。
「そうなんですよ。そこで考えたんですけど、ロータの南西に“天空の岩”ってのがありましたよね? あれって結構遠くから見えますか?」
それはかつてヴォランと一緒にアキーラに来る途中、アルバ川から見た記憶があるが、かなり特徴のある形をした岩山だ。
アリオールはうなずいた。
「まあ、確かに見えるだろうが……ここからは見えないぞ?」
「どのくらい行ったら見えるでしょう?」
「どのくらいだ?」
アリオールが部下達に尋ねると一人が答えた。
「馬で数時間も行けば、天空の岩が見える丘があるそうですが」
フィンはほっとした。
「ああ……そのくらいですか? だったら、とりあえずそちらの方に向かって、天空の岩が見えたらそれを目印に進んで、着いたら北東に向かえばいいんじゃないかと」
アリオールはうなずく。
「うむ。不可能ではないな……だがそういうことをしていたら今日中には無理だな?」
「まあ仕方ありませんよ。どこかで野宿するしか……多分天気は良さそうですし」
「そういうことには慣れていたと言っていたかな?」
「はい。アウラと一緒のときには」
そう言ってちらっと彼女の顔を見ると、アウラもニコッと笑い返す。
「しかし彼女の方は……」
と、そこでリサーンが割り込んだ。
「大丈夫よ。その子なら。木の上でも寝られるんだし」
「え?」
アリオールは驚いて彼女の顔を見る。だが……
「ん」
彼女は当然という表情でうなずいた。
《あはは。あの話はしてなかったっけ?》
いじけて一晩降りてこなかったってことは、要するに寝てもいたわけだが……
それはともかく、心配事はまだまだあった。
「だが、そんな行き方をしていると、本当に迷ってしまう可能性もあるな?」
それはかなり大きな問題だった。
「そうなんですが……だから途中まで案内とか、誰かできませんか?」
アリオールは部下達を見回した。
「どこかこのあたり出身の者は?」
隊員達があーっといった顔になる。
「リーバたちですが……いま斥候にいっております」
「帰るのは?」
「昼過ぎになるかと」
「うーむ……」
と、そのときランブロスが手を上げた。
「あっしでよければご案内いたしましょうか?」
「君が?」
ランブロスがうなずいた。
「はい。出身はラング村でして」
「ああ……だが……」
アリオールが言葉に詰まる。
「ご懸念は承知しておりますが、あっしだって好き好んでこういうことをしてたわけじゃなくって……」
一同は顔を見合わせるが―――フィンはみんなに言った。
「大丈夫だと思いますが? むしろ相手のこともよく分かってる分、心強いんじゃないかと」
彼と同行していてフィンは、少なくとも真面目で思慮深い男というイメージを持っていた。
《敵方についたのだって、家族を人質に取られたからだし……》
それを聞いたアリオールもうなずく。
「分かった。頼むとしよう」
「ありがとうございます」
ランブロスは大きく頭を下げた。
そこでフィンは言った。
「さて、これでロータまでは何とかなりそうなんですが……」
「まだ他に懸念があると?」
アリオールがちょっと首をかしげる。
フィンはうなずいた。
「はい。ロータに行ってからなんですが……こんなケチがついた後で、秘密兵器のことを色々尋ねるというのもどうかと……」
アリオールが目を見張り、それから辺りを見回す。
一同も同様にうっといった表情だ。
アリオールは大きくため息をついた。
「ああ、確かにな……一旦はスパイと疑われた君だ。そんな話題には相手も神経質になるだろうな……」
当初の予定ではフィンは単にサフィーナと逃げてきただけなので、ロータの司令官グルマンと雑談したついでに聞き出せると思っていたのだ。だがこの状況ではさすがに相手も警戒するだろう。
そこでフィンは続けた。
「なので、グルマンをさらう作戦に切り替えた方がいいんじゃないかと思って」
………………
「なるほど!」
アリオールの目がキラッと光った。
この作戦ではいかにグルマンから情報を引き出せるかが全てだ。そこで当初はもっと確実なやり方というのも色々検討されていたのだ。
それはグルマンを拉致してきて、ニフレディルに調べてもらうという方法なのだが……
《でも確実な手段がなかったんだよな……》
そのためには彼をロータの外におびき出さなければならないが、フィンと彼は一応は面識があったとはいえ、ほとんど言葉を交わしたこともない。生半可なことでは相手も一緒についてきたりはしないだろう。
そのため考えた作戦が、大皇后がお忍びで近くまで来るとすることだった。
《グルマンだって起死回生の手柄が欲しいわけだから……》
そもそも彼らがこのル・ウーダ脱出計画に乗ってきたのも、彼がそういう意味で焦っていたからだ。
だからその情報をル・ウーダが流してグルマンが大皇后を誘拐するために動いてくれれば、そこを待ち伏せて引っ捕らえることができるという目算だったのだが……
《細かいところが引っかかるんだよなあ……》
まずそういう極秘情報を、一応囚われの身であるル・ウーダがどうやって知り得たか? という問題がある。これは最悪どこかで立ち聞きしたと言い張ることもできるが……
《具体的な誘拐計画をどうするかなんだよな……》
まずいくらお忍びでも大皇后がそんな前線の危険なところに来るわけがない。すなわち彼女が来るのはレイモンの勢力圏のある程度奥ということになる。
そんな場所に潜入するとなれば、あまり大勢力で行くことはできず、少数精鋭主義で行くしかない。
だがそれだと力押しはできない。お忍びとはいっても来るのは大皇后だ。それなりの数の、しかも親衛隊クラスの屈強な護衛がついているのが当然だ。当然ベラトリキスも同行していると考えるべきだろう。
《味方に魔法使いもいないみたいなのに、シアナ様に突っかかるとか……》
そのあたりを色々考えていたのだが上手い解決策がなかったところに、例の愛の逃避行作戦が提案されてしまって、そのままお蔵入りになっていたアイデアだった。
《アルクスへのお土産なら俺とサフィーナでもとりあえず十分って感じだったからな……》
だが状況が変わった今、これがかなり現実味を帯びてきたのだ。
「これって……それこそサフィーナの協力があれば、意外に行けそうですよね?」
アリオールはうなずいた。
「そうだな……」
まずル・ウーダがこの情報を知るのが困難だったとしても、サフィーナならむしろ知っていて当然だった。
そして大皇后の誘拐作戦だが……
「やるとしたら夜襲しかないわけですが、泊まっている宿屋は当然内側から施錠されているわけで、そういう所を力任せに襲ってもダメだって結論でしたよね?」
「そうだったな」
「でも……引き込みがいれば違いますよね?」
アリオールがじろっとフィンを見る。
「……それを彼女にお願いすると?」
フィンはうなずいた。
「はい。彼女がル・ウーダに騙されたとか言って逃げてきたら、とりあえずは中に入れてもらえますよね?」
「それはそうだろうな……そして彼女が夜中にカギを開けてくれると?」
「はい。そうやって奇襲できれば、状況は全然変わります」
アリオールは腕組みをしてしばらく考えるとうなずいた。
「うむ。確かにそれならグルマンもやる気になるかもな……」
「それにベラトリキスはこちらの探索に回っているということは……報告したんだよな?」
フィンはランブロスに尋ねた。
「へえ。あれと一緒に状況の報告は行いましたんで」
「ということで、あちらにはヤバい魔法使いも女剣士もいないわけです」
「ふーむ……みんなどう思う?」
アリオールの問いに、一同はしばらく考えこんだ―――と、そこでハフラが手を上げる。
「そのグルマンはいいんですが、ル・ウーダがそんな危ない橋を渡る必要はあるんですか?」
「え?」
ル・ウーダが危ない橋?
「だってサフィーナをアルクス王子に献上しちゃえば自身は安泰なんでしょ?」
「え? まあ……」
考えてみれば確かにこれまではそういう前提であったのだが―――それだとそんなことをする必要はないばかりか、うっかりサフィーナまで失う可能性があるわけで……
そこでアリオールが尋ねた。
「あんまりよく知らないグルマンのために、彼がそんなことをしてやる義理はないと?」
「はい」
ハフラはうなずいた。
《えっと……でも確かにそうだよなあ……》
この作戦、いつも頭が混乱してくるのだが、重要なポイントは自分がどう思っているかではなくって、相手がそれをどう思うかという点にある。それをちょっと見誤ったせいで現在のトラブルになっているわけで……
一同はうーんと考えこんだ―――と、そこでアルマーザが手を上げた。
「あのー……」
「なんだ?」
アリオールの問いに彼女はおずおずと答えた。
「だからサフィーナだってバカじゃないんだから、騙されてたらやっぱり薄々気づくんじゃないですか?」
???
アリオールは首をかしげながらも促した。
「えっと……それで?」
「はい。だからフィンさんがサフィーナのこと、本気で好きだったんならどうでしょう?」
………………
…………
「え?」
本気で好きだったら?
意図を図りかねている一同に、アルマーザは説明した。
「だからフィンさんが本気だったからサフィーナも本気でついてきて、それでキールを殺しちゃったりしたんですよね? 普通しませんよね? そこまでは……でもフィンさん、このままアロザールに戻ったら、そのサフィーナを取られちゃうんですよね? あのエッチな王子様に」
「え? ああ……」
「だとしたらこのフィンさん、サフィーナの代わりの、もっと上等なお土産が欲しいって思ったりしませんか?」
………………
…………
……
「「「おおっ!」」」
一同が歓声を上げる。
「それってすごく良くない?」
「確かにファラ様ならサフィーナなんかよりずっと上等よねえ」
「でもこのル・ウーダって、こんな子のためにファラ様を売り渡しちゃうわけ?」
「だって手に届かない星と、手に取れる花だったなら……どうです?」
「あはぁ! 良かったわねえ。サフィーナ」
「………………」
一同が口々によく分からない祝福をする中、リサーンが親指を立てた。
「アルマーザ、冴えてるじゃないの!」
「えへへへっ! そうですか?」
フィンとアリオールはぽかんとそんな彼女たちを見ていたが―――そこにラルゴが言った。
「確かにそれならル・ウーダ氏が必死になっていたのも分かりますな……」
そして部下の一人が思わず言った。
「確かに……サフィーナ殿はル・ウーダ氏好みのお姿ですし……」
一瞬の沈黙の後―――全員が吹き出した。フィンとサフィーナを除いては……
《いやさ、確かに俺ってお稚児趣味ってことにはなってるけどな……》
あれは本当にああしなければならない理由があったわけで……
でも―――これなら間違いなくグルマンも信用してくれるかも……
《はあ……》
思わずため息が出てしまう。このル・ウーダは相変わらず目的のために大皇后を敵に売り渡すようなクズなのだが―――自分を愛してくれる娘を売って保身を図るようなゲスではなかったということで、フィンはちょっとだけ気が楽になっていた。
その翌日の朝、フィンとサフィーナ、それとランブロスは天空の岩にほど近い丘の上に立っていた。
「おお……こうやって見るとすごいなあ」
レイモンはおおむね草原地帯なのだが、アロザールにもあったように所々このような岩山が聳えていることがある。
目の前に聳える岩山は、周囲がほとんど絶壁になっているが、その上が水平にすぱんと断ち切られたようになっていて遠くからでも一目瞭然だ。
「昔はあの上に城があったそうです」
その話はフィンも歴史の本で読んだことがあった。
アルバ川周辺には様々な小国が興っては消えてを繰り返していた。ロータ周辺にもかつてはそういう国があって、その王城がそこにあったという。
「あは。あれじゃ攻め落とすってのは無理だよな」
「はい。おかげで……」
そう。その城は敵の兵糧攻めにあって、壮絶な飢餓の中落城したという。
それ以来この地は何度か支配国を変えるが、ここしばらくはレイモン王国の勢力下で、アルバ川の水運と、アキーラから中原南西部のシフラやセイルズ方面を結ぶ街道の交点という、交通の要衝として栄えてきたのだ。
「じゃ、旦那、ここまででいいんでしょうか?」
「うん。ありがとう。ずっと天気も良さそうだし、これなら何とかなる」
「そうですかい。それではあっしは」
「うん。気をつけて帰るんだぞ?」
「分かってまさ。ここはあっしの故郷ですから」
そう言ってランブロスは馬を翻すと帰って行った。
《何か、もうピクニックって感じだったよなあ……》
昨日の朝、諜報員達に嵌められそうになったフィン達は、彼らを返り討ちにしてこのレイモンの奥地を迷いながらも何とか天空の岩を見つけてたどりついた―――ことになっているのだが、ランブロスの案内があったおかげで、それは単なる馬の遠乗りで、夜も気分のいい川岸でキャンプができたのだ。
《レイモンって遠乗りするにはいいところだよなあ……》
この土地はおおむね平原なのだが、細かい地形は結構険しい。広い草原が広がっていたかと思うと急に峡谷が現れたり、深い森の中を進んだり、所々には湖沼も点在している。
今は真夏だが、馬で走っていれば風も気持ちがいい。
《少なくとも荷馬車の中よりはな……》
あれは正直もう勘弁して欲しいわけで……
「じゃ、行こうか?」
「ん」
二人は天空の岩に向かって馬を走らせた。
ここから岩の麓を過ぎて、そこから北東に向かえばロータだ。
また天空の岩からはロータに向けたはっきりした道もついているから迷わないとランブロスも言っていた。
《この調子なら到着は昼頃かな?》
だが、そこからが真の正念場だということだ。