第10章 約束
後世の歴史家にいろんな意味で末永く語られることとなったコルヌー平原の戦いから二日。アキーラ城では戦勝記念の宴が開かれていた。
メイはその主賓の一人として最上席に座っていたのだが、それで緊張はしていなかった。なぜなら宴といっても参加していたのはほとんど身内ばかりのささやかな物だったからだ。
彼女の両脇にいるのはニフレディルとサフィーナで、その隣にはファシアーナとアラーニャが座っている。
右手の方にはルルーやアルエッタなどの裁縫部隊の面々が、左手の方にはメルファラ大皇后やエルミーラ王女、フィンやアウラ、その他のベラトリキスがいて、向う側にアリオールや城の重臣たちが並んでいた。
そもそも本来ならこんなに早く戦勝記念など、フライングもいいところだ。
当初の予定なら今現在はトゥバ村に立てこもるアロザール軍と戦っているはずだったのだ。
ところがメイの秘密兵器のおかげでその敵軍が文字通りに消滅してしまったのだ。
もちろんそれで終わりではなく、空になった地域は敵に奪われる前に確保してしまわなければならない。そこで主力部隊が昨日ロータに向かって出陣していったのだが、おかげでアキーラでは早急にやるべきことがなくなってしまった。
そこでこのような戦勝記念パーティーを開いてくれることになったのだ。
《美味しそう……》
メイたちの前にはゼーレさん達が作ってくれた素敵なごちそうが並んでいる―――のだが……
《うー……食欲ない……》
メイはお腹の丈夫さには自信を持っていたのだが、今日だけは全くそんな気になれなかった。
「それにしてもメイ殿のアイデアは見事でしたな」
「ああ、これなら前夜に一発かましていれば、戦いにさえならなかったでしょうな」
「まあ、あのときは誰もこれほどとは思っておりませんでしたから」
「しかし威力がありすぎてニフレディル様達でなければ危なかったのでしょう?」
「確かに。これではちょっと迂闊には使えませんな」
向こうの方からアリオールや王女達の会話が聞こえてくる。
あれ以来メイは会う人ごとにこのように絶賛され、今回の戦勝の立役者みたいに言われていた。
だが正直よく分かっていなかった。
彼女は瞬間移動で帰ってきたため、爆発の最初しか見ていなかった。そしてその結果がどうなったかは、ファシアーナなどが話しているのを聞いただけなのだ。
おかげで最初は褒められて有頂天になって「あはっ、そうですか?」などと余裕だったのだが……
《村……本当に消えてたし……》
言葉というものが事実を伝えるのにどれだけ非力なものであるか、メイはまじまじと実感していた。
それは今日の昼過ぎのことだ。
彼女はエルミーラ王女やアウラ、リモンと一緒に、現地視察に向かっていた。
―――トゥバ村跡に向かう馬車の中で、メイは鼻歌まじりだった。アキーラ解放作戦が始まってからというもの、移動の際に目立ってはいけないので当然この赤いベルリンに乗る機会はほぼなかった。
《あー……やっぱり素敵よねえ、ファイヤーフォックス……》
同乗している王女達も同様だ。
エルミーラ王女はのんびりと本を読んでいるが、それはこのあたりで流行っている“妖精の狩人”とかいうコルネが好みそうなピカレスクロマンだ。
アウラとリモンはサフィーナに今後どういう稽古をつけていこうかと話し合っている。彼女はセンスはすごくいいのだが、動きが独特なのでまた違った教え方をしなければとか何とか。
目の前にあった危機が去ってしまったためみんな緊張の糸がかなり緩んでしまっていた。
「おーっ! あれですか?」
トゥバ村に行くにはコルヌー平原を通らなければならないが、そこには逆さまになった機甲馬の残骸が陽光に黒光りしていた。
あの戦いのとき王女やアウラ達は城におり、メイは例の作戦中で、みんな今回の機甲馬を目にするのは初めてだった。
中でもリモンはフォレスにいたときでも機甲馬は見たことがなかったので……
「あれを……アウラ様が運んでいったんですか?」
「そうなのよ? 恥ずかしかったんだから」
聞いた王女が思わず吹き出す。
「やめてよ! 思い出させないで!」
その話はメイも聞いただけだが、世にも珍妙な光景だったのは想像がつく。
そんな和やかな雰囲気のなか、馬車が村に近づいていくと何やら様相が異なってきた。
「あ、本当だ。木が倒れてる……」
村はまだ先だというのに、森の木々があちこち倒れたり傾いたりしている。
馬車が進むに連れて倒木は多くなっていき、村が見えてくる頃にはあたりの森の木々がすべて後ろになぎ倒されていた―――というより、そのせいで村が見えるようになったのだ。
《えっ⁉》
メイの背中にぞくっとしたものが走った。
この視察に来る際にアリオールやニフレディルがかなり難色を示していたのだ。ひどい光景だから見ない方がいいと。
だがエルミーラ王女は後学のためと言ってそれを押し切り、メイも同様に大丈夫ですよと軽い気持ちでやってきたのだが……
「ええっ……」
トゥバ村のあった丘は、今では完全な瓦礫の山と化していた。
村に続く道は全く通行不能で、彼女たちは丘の麓までしか来られなかったのだが、それで十分だった。
「ひどい……」
ファシアーナが何もなかったと言ったのが、まさに実感できた。
メイはつい数日前、重たい酒樽を積んだ荷馬車でこの村にやって来たのだ。そのときのトゥバ村は緑に囲まれた可愛い村だったはずなのに……
村人達は既に避難していなかったが、住んでいた人達の生活感がまだあちこちに残されていて、景色もいいしちょっといいところだなと思ったのだ。
ところがそんな村はもはや跡形もなく、そして……
「うえっ」
周囲に何やら嫌な臭気が立ちこめている。
《いったい何の?》
あたりを見まわすと、それは少し離れたところにある黒っぽい小山の方から漂ってくるのだが……
………………
…………
……
《うっげーっ‼》
それは死骸の山だった。
アロザール兵の焼け焦げた死骸が、野積みにされていたのだ。
漂ってくる臭いとは―――屍臭だった。
「おえぇぇぇぇっ!」
いきなり横で王女が嘔吐する。それにつられてメイも胃の中から黄色い汁がこみ上げてきて……
「うえぇぇぇっ!」
さらにリモンも口を押さえてうずくまる。
「みんな、大丈夫?」
アウラだけが平気で、慌ててハンカチを取り出して王女の口を拭いているが……
こうして現地視察は早々に終了となったのだ―――
それから離宮に戻ってきても、まだ胸のムカムカが止まらない。薬をもらっても何だか全然効いてこない。
そして頭の中には……
《これ……みんな私が?》
そんな想いがぐるぐると回り続けていた。
―――それは間違いなく彼女のアイデアがもたらしたものだ。
その結果、数千人の敵兵が一瞬で文字通りに皆殺しになってしまったのだ。
彼女はアロザール兵には全く同情していなかったが―――そこにあったのは真っ黒に焦げた人間の死体だ。
常々エルミーラ王女は裸になったら王女も遊女も同じだなどと言っていたが―――死骸になったら同様に敵も味方もないわけで……
そんな体験をしてきたので、せっかくのゼーレさんたちの美味しそうな料理も全く喉を通らなかったのだ。
ちらちらっと辺りを見回すと、裁縫部隊の面々は幸せそうに食べているが、やはりあの光景を見てきたものはあまり食が進んでいないようだ。
「あの……ごめんなさい。ちょっと気分が優れないので……」
これ以上はもう無理なので、仕方なくメイは席を立った。それを見たニフレディルが言う。
「あ、さっきからお料理に手をつけてないと思ってたけど……それじゃゆっくり休んでらっしゃい」
「あ、はい。ご心配なく」
それからメイは王女のところにも行って退席の旨を伝えた。王女もまた同様にうなずいた。
「まあ、やっぱり行かなかった方が良かったわねえ。私もあまり食欲がなくって……うん。それじゃ今日はゆっくりお休みなさい」
「はい」
彼女は大広間を出ると離宮に向かった。
昼間は良い天気だったのに、今はしとしとと冷たい雨が降っていた。
水月宮への渡り廊下には屋根はあっても壁はなく、薄ら寒い風が吹き抜けてますます気分を鬱々とさせる。
と、そのときだ。
「だいじょうぶ? メイ」
振り返るとサフィーナが心配そうに立っていた。
「え? もちろん大丈夫だから。あ、ほら、ちょっとお腹の調子が悪いだけで」
「送っていこうか?」
サフィーナが心配そうにそう言うが……
「ううん、大丈夫よ。一人で。それより美味しいお料理が冷めちゃうから。頂いてきたら?」
「え? うん……」
あんまりみんなに心配をかけてもしょうがない。
メイは元気いっぱいを装いながら、彼女の部屋に戻った。
少しくらい落ち込むようなことがあっても、お腹いっぱい食べてお風呂に入ってぐっすり寝れば、翌朝はいつだって元気になるものだ。
だが今日は―――お腹は減っているのに何も食べる気がしない。
《お風呂も……どうしようかなあ……》
水月宮には大浴場があって、この時間なら沸いているのも分かっていたが―――何だかこれ以上動くのも億劫だ。
まだ寝るには少々早い時間だとは思うが……
《やっぱ……寝ちゃお》
メイは夜着に着替えるとベッドに潜り込んだ。
そして気がつくとメイは肌寒い坂道を延々と歩き続けていた。
《えっと……》
どうしてそうなったのか、記憶が定かでない。
ともかく行かなければ―――そんな焦燥に駆られて歩き出したのは覚えているのだが……
でもいったいどこなのだろうか? 空は真っ暗であたりには何もない。
それなのに足下の道だけがぼうっと上の方に延びていって……
周りの地面は何か黒くてごつごつしている。
そしてあたりに漂うあの臭い……
《うえっ……》
思い出すだけで胃がムカムカしてくるが、吐こうにも胃の中は空っぽだ。
《えっと……》
どうして彼女はここにいるのだ? ここで一体何をしているのだ?
メイは思わず立ち止まる。
《えっと……》
いくら考えてもよく分からないのだが―――ただ……
《ただ?》
そう一つ思い出したことがあった。振り返ってはならないということを。
《えっと……でもどうして?》
どうしていけないのだろう?
もしここで振り返ってしまったら―――そんなことをしたら、まさに取り返しの付かないことが起こってしまう。それだけは何となく分かっていたのだが……
《でも一体どんなことが?》
メイは何故か妙にそれを気になってきた。
ダメだ! 止めろ! と、心の中の誰かが叫んでいるのだが、彼女はその好奇心を抑えることができず……
《ちょっとだけならいいかな?》
そしてちらっと振り返る。
………………
…………
……
―――だが、何も起こらない。
《ふう……大丈夫じゃないの……》
どうしてそんなことがあんなに恐ろしかったのだろう? 馬鹿馬鹿しいにも程があるが……
だが、そのときだった。
彼女の足下に転がっていた黒い塊が―――目を開けたのだ。
《!!!!!!》
彼女が慌てて目を逸らすと、今度はそこに転がっていた塊が目を開く。
それから辺り一面に散らばっていた黒い塊が、次々に目を見開くと―――彼女をじーっと見つめ始めたのだ。
………………
…………
……
そう。そこに転がっていた黒い塊とは、みんな焼け焦げた骸だった。
《これ、みんな⁉》
それに気づいた瞬間……
「いっ……やあぁぁぁぁぁぁ!」
冷たい手で心臓を掴まれたかのような恐怖に、メイは飛び起きた。
《えっと……》
恐る恐る辺りを見回すと―――そこはここ二月ほど彼女が住処としている水月宮の一室だ。
だが下着が冷や汗でびっしょり濡れている。
と、遠雷の響きがした。あれから雨脚が強まっているようだ。
《えっと……》
悪夢の恐怖でまだ心臓がばこばこ言っている。
《えっと……》
こういう場合、一体どうしたら……
だが、何もいいアイデアは浮かんでこない。
どこか行こうにも行く宛てなどないし、このままもう一度寝ようにも―――またあの夢を見てしまったら……
「いやあぁぁぁ!」
嫌だ。あそこにだけはもう行きたくない! あれだけはもう見たくない‼
―――なのに寝てしまったら、間違いなくまたあそこに……
………………
…………
《えっと……》
そのうえ……
ピカッ!
ドドーン!
稲妻の閃光が輝いた瞬間、窓の外に蠢く異形の影が見えた気がした。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
メイは頭から布団をかぶって小さくなった。
その夜、フィンは水月宮のアウラの部屋で、大きなベッドの上に横たわりながら明日からのことを考えていた。
《本当にびっくりしたよなあ……》
コルヌー平原での合戦については、上手くいけばああなるとは予想できた。
だがその後のことは全くの想定外だ。
《あんな威力があったとか……》
会戦で勝利しても敵がいなくなるわけではない。だからこの地からアロザール兵を追い出すまでは継続的に戦いが続くと誰もが思っていた。
しかも会戦後に機甲馬の始末が必要だったため、敵に体勢を立て直す余裕まで与えていた。
トゥバ村は丘の上に位置し、周囲を囲ってしまえばかなりガードが堅い。するとそこに手こずっている間に援軍が来てしまう可能性もあった。
フィン達はそのような前提の元、色々と先の計画を立てていたのだが……
《これ全部すっ飛ばしてもいいんだもんなあ……》
今やアキーラからロータにかけては敵兵力はほぼゼロと言っていい。なので今行わなければならないのは迅速なロータの確保だった。
《ロータさえ取ってしまえば……》
まさに全体の戦況が大きく変わってしまう。
現在アロザール軍はその第一軍がメリスに駐留し、アイフィロス王国と対峙している。
第二軍と第三軍はシフラに駐留し、こちらはシルヴェストとサルトスの連合軍と対峙している。
その両軍の間はトルボ砦経由の街道で連絡していたのだが、今回のアロザール軍はロータにいた千五百とトルボにいた三千五百の合わせて五千。すなわち今、アキーラからトルボ砦までの間はほぼ敵無しの状態になっているのだ。
《何かもう、トルボまで頂いちゃいたい気分なんだが……》
最初は一瞬みんなもそう考えたのだが、それは欲張りすぎだった。
なぜならそうすると今度は北と南を敵に挟まれた状態になるため、そこを守り切るにはかなりの兵力が必要だ―――しかし今のレイモンにはまだそれだけの戦力がなかった。
だからその一つ手前のロータを確保しようという話になったのだ。
《ま、それで十分なんだけど……》
ロータを得るということは、大河アルバの渡河がこちらの権利ということだ。
するとアルバの東岸を陸路伝いでメリスに攻め込むようなことも可能になる。
レイモン騎馬軍団の機動性を考えれば、敵戦線の色々なところに背後から縦横無尽に襲いかかれるということだ。
そんなことになったらアロザール軍はおちおちと東側に意識を集中していられない。その結果は……
《引いてくれなきゃ大乱戦になるんだが……》
アロザールにとって一番安全なのは撤退することだ。
現在、戦況は落ち着いているのだが、それは結局敵味方の戦力が均衡しているからだ。
たとえば現在メリスには約三万のアロザール軍がいる。それに対峙するアイフィロス軍は約二万。ただしこれは戦前の話であの呪いのせいでもっと弱体化はしているだろうが―――でもその程度ではアイフィロス王国を一気に叩き潰すまでには至らない。
《多分本来はそこで機甲馬を投入しようって思ってたんだろうけど……》
そこに南から恐るべき士気のレイモン軍一万が攻め上がってきて、背後から挟撃されるようなことになったら―――しかもアロザール軍のうち約一万が元レイモン兵なのだ。彼らが元の鞘に収まったとしたら、叩き潰されるのは間違いなくアロザール軍の方だ。
そうなれば今度はアイフィロスとレイモンの連合軍が南下して、シフラを目指すことになる。
《とすれば、平原のあちこちで戦いが起こることになるんだろうけど……》
だが、シルヴェストのアラン王は誰もが認める策士で、サルトス兵団の屈強さは世に鳴り響いている。しかもそのサルトス軍は緒戦で国王一族を失って怒り心頭という状態だ。
そんな相手に対して謎の呪いや秘密兵器に頼って楽勝ムードだった傭兵主体の軍団がどうやって戦うというのだ?
《ま、勝ち目はないよな……ただ……》
第三の秘密兵器でも投入してこない限りは……
………………
…………
《そうなんだよなあ……》
フィンはため息をついた。
そうなのだ。アロザールを相手にするときは、いつもそのことを頭の隅に置いておかなければならない。だからといって何の役にもたたないのだが……
フィンは首を振った。
《でも、向こうにそれが無きゃ、引くしかないんだよな》
彼らの今の戦力ではバシリカの確保くらいが関の山だ。
だが、そうなると今度はこちらから攻めていくのが大変になる。
特にそこからはアキーラが近いため、レイモン軍は守りに回る必要が出てくる。
他の国も新たに得た領土を確保する必要があるし、そこでまたしばらくにらみ合いといった状況になるだろうが……
と、風呂場の方からパシャパシャ水音が聞こえてきた。
《あ、そろそろかな?》
これからのことを想像して、フィンは体の一部が硬くなってきた。
《またしばらくゆっくりできそうもないし……》
そんな情勢なのでフィンは明日、アリオールの補佐をするためにロータに向かって発つ予定なのだ。だがアウラはエルミーラ王女やメルファラ大皇后の警護のため、こちらに居残りだ。
だから今日はゆっくりと彼女と楽しむ予定となっていて……
《なんかもう……行きたければ郭に行ってこい、とか言われちゃうし……》
何というかそういう風に変に物分かりがいいところはいいのだが……
と、ぱたりと音がして風呂場の扉が開くと、そこから一糸まとわぬアウラが現れた。
「あー、いいお湯だった」
そう言って大きく伸びをするが……
《あは。いつ見ても綺麗だなあ……》
彼女のそういう物腰を見ているだけでぞくぞくと興奮してくるのが感じられる。
アウラはフィンにニコッと微笑みかけると、するっとベッドの中に滑り込んできた。
二人はしばらく見つめ合って―――アウラが手を差し伸べるとフィンは顔を近づけてその唇にキスをした。
二人の舌が絡みあい、互いの体をぎゅっと確かめ合う。
やがて二人の顔が離れて、アウラがぺろっと舌なめずりすると、ニコッと笑った。
ところがそこで……
コンコンコン……
二人は顔を見合わせる。
コンコンコン……
空耳ではない。ドアをノックする音だ。
《何だよ? こんな時間に……》
二人のことはみんな知っている筈なのだが―――それとも何か事態の急変でもあったのか⁉
そこでアウラが軽くうなずくと、ガウンを身に纏って出ていった。そして……
「え? どうしたの?」
外で誰かが小声で話しているようだが……
「え? どういうこと? あっ! ちょっと!」
????
戻ってきたアウラには何やらただ事ではないという表情が浮かんでいた。
「どうしたんだ?」
「いま、サフィーナが来て……」
は?
「サフィーナが?」
「うん。それがね……」
《こ、怖いよう……》
メイはベッドの上で布団にくるまって、ガタガタと震えていた。
一体どうしたらいいのだ?
大声で叫んで助けを呼びたいが―――顎がガクガクして声が出ない。
《いやーっ!》
目を閉じると今度はあの薄暗い丘が見えてきそうで、だが目を開けても薄暗がりの先に何か恐ろしい物が潜んでいそうで……
《う・う・う……》
このままではもうおかしくなってしまう!
だが、一体どうしたらいいというのだ⁉
コンコンコン……
「ひぃっ!」
メイは思わず耳を塞ぐ。
「メイ! いるかい?」
………………
…………
……
この声は⁉
コンコンコン!
「メイ? いるかい? 開けるよ? いいかい?」
メイは布団の隙間からドアの方を見た。
そこから入ってきたのは―――確かにフィンだった。
《え?》
フィンは部屋の中を見回して―――それから布団に潜って震えているメイを見つけると、驚いた様子で近づいてきた。
「大丈夫か?」
「え? フィ、フィンさん……どうして……」
声が震えてしまう。
「どうしてって、おい、大丈夫か?」
「あの、いえ、その……どうしてフィンさんが?」
「いや、それがサフィーナが何か泣きそうな顔でやって来て……しかもびしょ濡れで……」
「サフィーナが?」
メイは思わず目を見張る。
「ああ。アウラが出たんだけど……俺にな、メイのところに行ってやってくれって。あたしだとダメだから、とかで……」
「はい?」
「何でも、メイは僕のことが好きだから、助けてあげて、とかで……」
………………
…………
……
はあぁ? いったい何の話だ?
「アウラもよく分からないから、もっと聞こうとしたら、いきなり走って行っちゃったそうで……」
サフィーナが泣きそうな顔でやってきて? しかもびしょ濡れで⁉
「んで、アウラがともかく俺に行って来いって言うし、自分はサフィーナを探してくるからって」
「えと……えと……」
だからいったいこれは何なんだ?
「それで、どこか具合が悪いのか?」
「いえー、その、そういうわけでは……」
心配そうなフィンにメイは首を振る。
「無理しなくていいんだぞ?」
「いえー、えっと、はいっ。ありがとうございますっ。大丈夫ですからっ!」
メイは思わず虚勢を張ったが……
《いや、全然大丈夫じゃないだろ? これって……》
ベッドの上でまん丸になって布団を引っかぶって、しかも顔には涙の筋まであるし……
どう考えてもこのまま放置していい状況ではない。
《えっと……どうしちゃったんだ?》
こんな彼女を見るのは初めてだった。
ハビタルに行ったとき、確かにこんな夜にやってきたことはあったが―――あのときは魔導師との会見にビビってただけで、一緒に行くと言ったら瞬時に回復していたし……
《でもこれ、マジヤバそうなんだが……》
でもどうしたら?
こんな場合、一体どうしてやればいいのだろうか?
そもそもどうして彼女がこれほど怯えているのだろうか?
こんな彼女の姿は見るに堪えなかった。
これまでも色々と大変な状況があったが、そんなときにこの小さな子が一生懸命に駆けまわっている姿を見ると、誰もが自分たちももう少し頑張らなきゃ、という気にさせられたのだ。
その彼女が今は何かに本気で怯えているようなのだが……
《サフィーナが、メイが俺のことを好きだって言ったって?》
本当か?
だが今まで告白はおろか、そんな雰囲気になったことさえないのだが―――頭に付いた蛾を払ってもらって誤解されたようなことはあったにしても……
《それだったら抱きしめてやったりしたらいいのか?》
いや、だがそんなことをして逆効果になったりしたら……
―――と、そのときだ。ノックの音がして……
「フィン、メイ、いる?」
アウラの声がした。
《やたっ!》
フィンはほっと胸をなで下ろす。
「ああ。いるよ!」
フィンが答えるとアウラがドアを開けて――― 一緒にサフィーナが入ってきた。
「早かったな。どこにいた?」
「木の上よ」
「は? 木の上??」
「うん」
アウラがしれっとうなずくが……
《木の……上??》
メイは驚愕していた。
彼女は本気で落ち込んだら木に登ってしまうのだが――― 一体どんなことがあったのだ?
しかも……
外を見ると冷たい雨が降っていて、ときどき雷鳴も轟いている。
《こんな夜に?》
メイは目を丸くして二人と、それからフィンの顔を見交わすが、彼もまたわけが分からない様子でぽかんとしている。
と、そこでアウラがサフィーナの肩を抱いて言った。
「さ、ほら、もうちゃんと言わなきゃ」
サフィーナの顔には泣き濡れた跡があり、体もびっしょり濡れている。
《ちゃんと言うって……いったい何を?》
サフィーナはしばらくうつむいて何やらもじもじしていたが、やがて顔を上げると……
「えっと……」
それから急に顔が赤くなる。
《??》
それからサフィーナは意を決したようにメイを見つめた。
「えっと……あたしね、ずっと……メイのことが好きだったの」
「は?」
メイは思わず口があんぐりと開いた。
「でもメイ、こっちの子だし……こんなこと言ったら……」
彼女の目からまた涙がこぼれ落ちる。
………………
…………
……
《えっと……彼女、あたしのことが好きって言った⁇ いま……》
メイはしばらくぽかんとサフィーナを見て……
「あの、でもサフィーナ……あなた……フィンが……」
サフィーナが首を振る。
「ああ言っとけばいつもメイと一緒にいられると思ったから……」
………………
…………
……
確かに―――そのおかげで随分サフィーナと過ごす時間が増えたのは間違いないが……
おかげで今では普通の本でもすらすら読めて、今度はレイシアンの歌に挑戦しようかとかいったことになっていたわけだが―――それはともかく……
メイが何と答えていいか分からず呆然としていると、フィンがアウラに尋ねた。
「アウラ、お前知ってたの?」
「え? だってそりゃよく見るでしょ? フィンのこと好きだなんて子とか」
「あ、まあ……」
「でも彼女、いつだって見てたのはメイだったし」
「えーっ? 知ってたなら教えてくれれば……」
「だって約束したの。彼女、言うときは自分で言うからって」
「あ、あー……」
フィンが目を白黒させている。
《えーと……えーと……》
メイも脳みそが完全にフリーズしている。
と、そこで固まっているメイとうつむいているサフィーナに……
「それよりメイ、汗びっしょり。サフィーナも、風邪引いちゃうから。うちの部屋、行きましょ」
アウラが手を差し伸べる。メイが思わずその手を取ると、彼女はサフィーナの手も取ってすたすたと歩き始めた。
「あ、ちょっと待てよ……」
その後を慌ててフィンが追った。
この離宮には大浴場があって普通はそこで入浴するのだが、アウラの部屋には特別に風呂場があった。要するにスイートルームで、彼女はフィンがいるからとここを割り当ててもらえたのだ。
ここに来てもまだメイは頭の中が真っ白なままだ。
《えーっと……なんで私、こんな所で?》
そんな調子で部屋の中を見回していると、いきなりアウラが尋ねてきた。
「それでメイ?」
「え? はい」
「もしかしてフィンのこと、好きなの?」
………………
「はあ? どうしてですか?」
反射的に声を荒げてしまうが―――そんな彼女にアウラがニコッと笑いかける。
「じゃ、サフィーナのことは?」
………………
…………
「え? あ?」
メイは言葉に詰まった。
そして気がついた。
《えっと、あれって……もしかしていわゆる“告白”って奴?》
………………
だが、まさに青天の霹靂、完全無欠の想定外だ。
だからどうだと聞かれても―――そこでちらっとサフィーナの顔を見ると……
《うわ! 真っ赤……》
間違いなくこれは冗談とかドッキリではなく、彼女は本気なのだ。
そんな彼女を見てまず思ったのが……
《えっと……すごく可愛い?》
そして思いおこせば、ヴェーヌスベルグ娘達には大柄な子が多い中、一番小さなサフィーナが最初っから気になっていたのは間違いない。
彼女がフィンの潜入作戦の相方になったのも一番可憐で純情そうに見えたからだが、メイも最初はそんなイメージだった。
《なのにすごく強くて勇敢で……》
ディロス駐屯地ではメイを助けるために大けがをしてしまって……
なのにそんなことを物ともせずヒバリ組で奮戦する姿を見ていたら、メイもまた頑張らなきゃという気持ちがふつふつとわき上がってきたものだ。
その上、フィンとの潜入作戦ではまさに八面六臂の大活躍だったし……
何よりもサフィーナと一緒にいるのは楽しかったし……
そして……
と、そこでアウラが言った。
「ほんと。良かったわね。彼女が来てくれなきゃ誰も気づいてなかったし。メイがそんなに怖がってるなんて」
そうなのだ。
彼女だけが見ていてくれた。
彼女だけが気づいてくれた。
メイがまさに奈落の縁に立っていたということを……
そんなメイに手を差し伸べてくれたのは、彼女だけだったということを……
―――確かに今まで、彼女のことをそんな風に意識したことはなかったのだが……
「ほら、二人とも脱いで。でないと風邪引くから」
「え?」
「え?」
思わずメイとサフィーナが顔を見合わせて―――今度はメイの顔までが熱くなってきた。
「ほら、はやく!」
アウラに背中を押されて、二人は風呂場に入る。
いや、確かにあの嫌な夢で冷や汗をじっとりかいていて気持ち悪かったのは確かだが……
「えっと、その……」
「ほら、脱いで脱いで。着替えなんてあとで届けてもらったらいいから」
えっと……
………………
そして気がつくとメイは、サフィーナと裸で向き合って立っていた。
《えっと、うわ、綺麗……》
これまで何度も彼女とお風呂で一緒になることはあったというのに、今日は何だか全く違って見える。
「メイちゃん、カワイい……」
思わずつぶやいたサフィーナの声に、メイはまた顔が熱くなる。
「ほら、そんなところに立ってたら風邪引くって」
見るとアウラも裸だ。
彼女の胸のすごい傷にはもう慣れてしまったのだが、それより今はサフィーナの腰にある新しい傷跡が気になってしまう。
次に気がつくと、彼女は湯船の中で膝座りして、同じ格好のサフィーナと向き合っていた。
横にはアウラがお湯の中に寝そべっている。個室のお風呂とはいえ、そのくらいのゆとりは十分にあるのだ。
《ど、どうしよう?》
メイがちらっとサフィーナを見ると、一瞬目が合うが彼女も慌てて目を逸らす。
《えっと……こういう場合いったいどうしたら?》
考えても何も浮かばない。
同様にサフィーナも目がちらちら泳いでいるが、同様に黙りこくっている。
そんな調子で二人が座っていると……
「そろそろ暖まった?」
「え? あ、はい」
「ん」
二人が返事すると、アウラがニコッと笑ってサフィーナに言った。
「それじゃ練習の成果、見せてあげたら?」
「えーっ」
サフィーナが思わず声を上げる。
《練習?》
彼女がアウラに習っていたものといえばもちろん……
《薙刀の成果がどうしてここで?》
首をかしげるメイにアウラがまたにっこりと笑う。
「彼女、最近夜、ずっと練習してたのよ?」
「あ? はい。よく遅くまでやってましたよね?」
「あれ? 見てたの?」
「え?」
そう問われたら二人が夜、練習をしている姿は見ていないが―――リモンのときがそうだったからてっきりそうだと思っていたが……
「あの……薙刀の練習なんじゃ?」
アウラは吹き出した。
「違うわよ?」
「えっ?」
違うって、じゃあ何が?―――と、そのときだ。メイは思い出した。
《えっと、アウラ様って“ヴィニエーラのアウラお姉様”って言われてたのよね……》
その名前はとある筋ではとても有名だった。
王女様がアウラを取り立てたのも、最初はそちらが目当てだったからとか何とか……
そしてフォレスやベラでは故あっていろんな郭で遊女達に話を聞くことがあったのだが、そこで彼女たちが異口同音にアウラのことを……
《強くって、優しくって、とってもお上手なお姉様って……》
そう褒め称えていたのだが……
《お上手な⁉》
そう。メイだって今なら分かる。何がそんなに上手だったのかというと……
ぼしゅっ!
何やら顔から火が噴き出した。
それから慌ててアウラと、そしてサフィーナの顔を見るが―――アウラはニコニコ笑っていて、サフィーナは体中が真っ赤になっている。
「分かった?」
「え? あ、その……」
口ごもるメイに……
「メイ、そういうの、初めて?」
アウラがストレートに尋ねる。
「いえ、まあ、その、まだ……」
「彼女ねえ、メイを楽しませてあげたいからって私の所に来たのよ?」
「えっ⁉」
彼女を楽しませる⁉ って、要するに楽しませるってことか?
「それってすごく健気だと思わない?」
え? あ? なんかどこかで聞いたフレーズだが?―――と、そこでサフィーナがうつむいたまま言う。
「嫌ならいいから」
「いや、嫌だってわけじゃないけど……」
メイは思わずそう口走ってしまって……
《ふにゃあああぁぁぁ!》
いったい何てことを言ってしまった?
「いいの?」
サフィーナが上目遣いに尋ねるが……
「え? あ? その……」
いや、まだ、その、心の準備が……
そこにアウラが言った。
「大丈夫よ。彼女なら。もうエステアのお墨付きだし」
「え?」
エステアといえば、リエカさんが以前ヴィニエーラにいたときの名前だったが……
………………
…………
……
「あの? それじゃ最近アウラ様が、よくリエカさんのところにお泊まりにいってたってのは?」
「うん。だって練習台、必要でしょ?」
はひいーっ⁉
まさにメイはいま自分の目が白黒しているのがよく分かった。
《えーっと……えーっと……》
と、そこにサフィーナがにじり寄ってくる。
「あたし、頑張るから!」
「いや、その。ほら……」
「ほら、メイちゃん。そんなに固くならないで」
そう言ってアウラがメイの背中を撫でると……
ぞくっ!
背筋に何か電気のような物が走った。
気づくとサフィーナの顔が迫ってきて―――ちろっとメイの耳たぶを舐める。
「ひゃん!」
思わずメイは身を退くが―――だがいつの間にか背中をサフィーナに抱きかかえられていて、今度は彼女の唇が乳首に触れた。
「やっ!」
甘い電気が腰のあたりに走って―――メイは身を引こうとしたのだが、何故かサフィーナの舌が彼女の乳首から離れない。
《えっ?》
押さえつけられているわけでもなく、ほぼ自由に動けるというのに、メイがどう動いても何故か彼女の唇と舌が吸い付いたように、乳首にちろちろと甘い刺激を加えてくるのだ。
そして今度はもう一方の乳首を指で摘まんで愛撫し始める。
「あんっ!」
思わずそんな声が出て身がよじれるが、彼女の舌と指先からは逃れられない。
そして気がつくと彼女のもう一方の手が、メイのお腹や脇腹に触れなんばかりの微妙な刺激を与えている。
その刺激が互いに絡みあい、お腹の奥で甘いうねりのような感覚が持ち上がってきて……
すると彼女の指がメイの太腿の間に伸びてくるのが見えて……
《あ! そこは……》
そう思った次の瞬間……
「あっ、ああぁぁん!」
メイの喘ぎ声が風呂場から聞こえてきた。
《んにゃんですとーーーーっ⁉》
それを聞きながら部屋の外でフィンは硬直していた。
《アウラがリエカさんの所に行ってたのって、そういう理由だったわけ?》
今の今まで全く知らなかったのだが……
というか、サフィーナが彼に懸想しているという話も、実はメイと一緒にいたかったからとか?
《で、でも……それじゃあそこであんなにやる気だったのは?》
任務の途中、あの農場であんな邪魔が入らなければ彼女とじっくり楽しんでしまっていたはずなのだが……
《それに最後のときも……》
あの見張り塔の上で帰ったらって約束したりもしたのだが―――なんだかだでうやむやになっていたが……
《なのに俺が好きだったんじゃなくって?》
いや、考えてみればグルマンの部屋にシャワーがあってちゃんと手順を踏んでくれれば役得だったとか言ってたし―――要するに男なら誰でも良かった⁉
「何だよ? それ!」
思わずそうつぶやいて―――だが、そのときフィンは思い出した。
《いや、そうなんだよな……彼女たち、呪われてて……》
ヴェーヌスベルグの風俗習慣の話は最初の夜にティアから散々聞かされていたわけだが、こうなる前は彼女たちと交わった男はみんな死んでしまう運命にあったのだ。
そんな彼女たちにとって男とは子孫を残すために必要な何よりも大切な存在で、それ故に誰かが独占していいものではなく、女達みんなに共有されていたのだ。
そんな彼女たちにとって男と寝るということは人生最大のイベントだったが―――しかしそれは愛とか恋といったものとは別次元の営みだったのだ。
確かに今、彼女たちのそんな呪いは解けている。
だからといってこれまで何世代にもわたって受け継がれてきた想いがそう簡単に変わる筈もなく……
《それを踏みにじろうとしたバカがどういう目に遭うか? ってことだよな……》
あはははは!
「あん! ああん! やん! あ、そこ……ああん!」
フィンの頭の中にそんなことが駆け巡っている間、風呂場からはメイの喘ぎ声が断続的に聞こえていて……
《あははっ! カワイい声だなあ……》
などと思ったら彼の方までつい興奮してきてしまうが……
《おいおい!》
一体何に興奮しているというのだ? 中にいるのはメイなのだぞ?
確かにフィンにはおっぱいよりは足とかお尻がそそるポイントだったりするが―――だがメイの子供然とした姿に対してどうこう思ったことは一切ないのだが……
《いや、でもこんな声を上げられたら……》
………………
…………
《あはは。アウラもいるから大丈夫だよな!》
というかもう、どんな状況なのだ? 改めて考えたら何だか訳が分からないわけで……
―――と、そのときだ。
「あっ、ああああぁぁぁん!」
悲鳴のような叫びがして―――それから音がやんだ。
《え?》
しばらくしんとしていたが、やがて中からぱたぱた音がすると、風呂場の扉が開いてサフィーナがメイをお姫様抱っこしながら出てきたのだ。もちろん二人とも全裸だ。
《え? 大丈夫か?》
メイは小柄だとはいえ、サフィーナも十分小柄だ。
だがその足取りはしっかりしていて、よろめくこともなく彼女をベッドに横たえる。
フィンがその姿を呆然と見ていると、肩を叩かれた。
「何してんの? 部屋の真ん中で」
振り返るとアウラが同様に裸で立っている。
「え? いや、その……」
「ほら、あたしたちも行くわよ?」
「え?」
「なに? 寝ないの?」
「いや、その……」
フィンはアウラに引っ張られるようにしてベッドに入る。
さすが水月宮のスイート。そのベッドは四人が乗ってもまだまだ十分な余裕がある―――のだが……
《ああっ⁉》
そこではメイの足が大きく広げられて、サフィーナがその間をじっくりと舌で愛撫している最中なのだ。
「あっ、あっ、あっ!」
メイが断続的に喘ぎ続けている。
その表情はもううっとりとして、視点が定まっていない。
「えっと……いや、だからさ……」
フィンが思わず振り返ると……
「私たちもしましょ?」
アウラの目がとろんとしている。
《えっと、だから……ここで?》
まさに想定外の状況なのだが、でもメイの喘ぎ声にアウラまでが何やら欲情した表情で―――彼女が手慣れた手つきでフィンの服を剥ぎ取ると、やにわに彼の上に跨がってきた。
《うあっ!》
いきなり彼の物が柔らかな肉襞に包まれて―――それから彼女が腰を動かし始めると、フィンの敏感な部分が肉壁にこすれて得も言えぬ快感が湧き上がり……
「うああっ!」
「い、ああぁぁぁっ!」
フィンが逝ってしまうとほぼ同時にメイも感極まった声を上げた。
《うあぁ、なんだこれ?》
そう思って見上げるとアウラがちょっと不満そうな表情だ。
「え? もう?」
「もうって、そりゃそうだろ!」
こうなる前からほとんどギリギリだったわけで―――と、そのときだ……
「はひー、……フィーナ」
メイの声が聞こえた。
「メイ、カワイい……」
サフィーナがそう言ってまたメイにキスしているが……
「ふえーん……」
彼女はもう喜んでいるのか泣いているのか分からない。とそこにまた……
「ん、じゃ今度はこっち、いい?」
サフィーナが何か尋ねているが……
「はひー……」
………………
《って、どこなんだよ?》
横でそんなことを言われると、いま終わったばかりだというのにまた何だか股間がむくむくとしてきてしまうのだが……
と、そこでアウラがいきなりフィンの物を持ち上げるとサフィーナに尋ねた。
「どうする? これ使っていいけど?」
………………
…………
《はあぁぁぁ⁉》
これ使うって、どいうこと?
だがサフィーナは首を振った。
「ううん。それまだ痛いから」
「そう」
アウラがまたにっこりと笑うが……
《えっと……何だかこれ、貸し出されそうになってたわけ?》
いろいろその言いたいことはあるのだが―――そのときサフィーナの指がメイの股の間にするっと差し込まれるのが見えてしまって……
《えっ⁉》
サフィーナが内側からメイの体を愛撫し始めると、またメイが歓喜の喘ぎを発し始める。
それはやがて断続的な、ほとんど叫び声となって―――メイはびくんびくんと何度ものけぞると、ベッドの上に大の字になってほとんど気を失ってしまった。
《うわあ……》
そんな彼女をサフィーナがそっと撫でてやっているが……
《えっと……俺何見てるんだ? いったい……》
フィンがしばらくそのようにして呆けていると、アウラが彼女に言った。
「メイ、すごく良さそうだったわね?」
「あ、うん」
サフィーナがはにかんだようにうなずくが……
「で、あなたは?」
「え?」
と、そこでアウラがサフィーナにすっと近づくと、彼女の胸を撫でた。
「あんっ!」
「ほら、自分だけ我慢しないで」
「え?」
それからまた彼女がフィンの横に戻ると……
「ほら、これ」
そう言いながら彼の物を握ってそそり立たせた。
「え?」
「約束だったんでしょ?」
「……いいの?」
「うん」
サフィーナは一瞬目を丸くしてフィンの物を見つめていたが……
「ん。じゃあ……」
彼女がつつっとフィンの横に来ると……
「いいか?」
にっこりと笑いかけた。
「え? まあ……」
「んじゃ……」
途端にいきなりサフィーナはフィンに跨がってきて位置を合わせると、やにわに腰を落とす。
「あぁん!」
「うあっ!」
サフィーナがのけぞると同時に、フィンも思わず声が出た。
なぜならそれはアウラのそことはまた違って……
《うわ! きつっ!》
再会してからのアウラはやはり息子を一人産んだせいで、中がふわっとしてきていたのだが、サフィーナのそこはかつてのアウラよりもずっと狭かった。
なのに、しとどに濡れぼそっていたせいで、ほとんど抵抗もなく彼女の中にめり込んでしまって―――その締め付ける圧力が全然違っていた。
「あ、いいっ!」
サフィーナが思わずそう呻いて、とろんとした目でフィンを見つめると―――今度はすごい勢いで腰を上下し始める。
「うわっ! あっ! あっ!」
もしこれが初回だったらここでもうフィンは逝ってしまっただろうが、すでに一回アウラの中に果てていたおかげで、先に逝ってしまったのはサフィーナの方だった。
フィンの上でくったりしてしまったサフィーナをアウラが抱え上げると、メイの横に寝かせてやる。そして……
「あたしの分、まだ残ってる?」
「え? あはは。まだもう少し、な」
アウラがにっこり笑った。
……
…………
………………
朝方の目覚め前のぼんやりした頭に、そんな肌色の光景が巡り巡っている。
《あひゃー……何つう夢を……》
いや、リアルなんてもんじゃなかったのだが―――何だかまだ腰のあたりがうずうずしているような……
そう思ってメイは薄目を開ける。すると夢の光景というのはあっという間に消え去って、再び現実の世界に戻ってきてしまうものなのだが……
《あれ?》
何だか天井の模様が違うのだが……
《えっとー……》
あたりを調べようとして体を起こそうとすると―――何か暖かいすべすべした物にぶつかった。
《??》
何かと思ってよく見ると―――そこにはショートカットの一見少年とも思える少女が、一糸まとわぬ姿で眠っていた。
そして気がつけば自分も同様に素っ裸で……
………………
…………
……
《はわ?》
それから昨夜の記憶が蘇ってくる。
お風呂に彼女と向き合って入っていて……
背中を撫でられたら何だかぞくっときてしまって……
彼女が可愛いピンクの舌でメイのあちこちを舐め始めると……
さらにそれから―――メイの脳裏に昨夜起こった光景が次々に駆け回り始めて……
………………
…………
……
《ひやああぁぁぁ!》
な、何だがすごいことをしてしまったあっ!
《じゃ、あれは夢じゃなかったんだ》
それからしっかりと頭を上げてあたり良く見ると、すごく広いベッドの向う側にアウラとフィンが同様に裸で眠っているのが見えた。
《あうあうあうあう……》
メイはしばらく呆然としていたが……
《えっと、こんなことしちゃって……》
頭の中ではそんな言葉が駆け巡っているが……
なのだが―――なぜか後悔は全くなかった。
それどころか、朝が来てしまったのがちょっと残念という気分なのだが……
《えっと……》
と、そのときサフィーナがもぞもぞと動くと、パチッと目を開ける。
それからメイと目が合って、しばらく二人は見つめ合っていたが―――いきなりサフィーナが真っ赤になった。
「あの、あの、ごめんね」
サフィーナがそう言って起き上がろうとするが、メイは思わずそんな彼女の手を握っていた。
「え?」
彼女が少し驚いた顔でメイを見る。
メイは彼女の顔をじっと見つめた。
《サフィーナって……綺麗なんだ……》
その上、強くって、優しくって―――確かに夕べみたいにちょっとエッチになっちゃったりもするけど……
《でも私のことをすごくよく見ててくれて……》
それにメイだってその子のことはちょっと気になっていて―――こうして肌を合わせていたら何だかとっても幸せな気持ちになれて……
そして彼女にはまだ返事をしていなかった。
《確かに、サフィーナは女の子なんだけど……》
―――でもそれの何が問題かな?
彼女はまさにメイの窮地に駆けつけてくれたナイトなのだ。
メイは握っていた手に力を込めた。
「サフィーナ、ありがと」
「え?」
「すごく嬉しかった。来てくれて」
「あ、うん」
サフィーナが赤くなってうなずく。
そして―――メイの喉からすらっと言葉が紡ぎ出される。
「で、ねえサフィーナ。今度連れてってくれる?」
「え? どこに?」
メイはにっこりと笑う。
「誓いの見張り台」
「ええっ?」
サフィーナが呆然としてしばらく固まってしまう。
メイは再びにっこりと笑って……
「消防士さんたちに見つからないように」
………………
…………
……
「あ、うん」
真っ赤な顔ではにかんでいるサフィーナの唇に、メイはキスをした。
キスには残念な思い出しかなかったが―――もうこれからはそうじゃない!
メイはサフィーナの体をきゅっと抱きしめる。
《うわあ……暖かい……》
彼女の引き締まった体がすごく頼もしく感じる。
それからメイは昨夜から疑問に思っていたことを尋ねた。
「でも……どうしてフィンさんのところに?」
彼との誤解は解けていたはずなのだが?
しかしサフィーナは目を伏せて答える。
「だって……リサーンが賢い人は賢い人が好きだって言うから……」
「え?」
賢い人は賢い人?―――確かにリサーンからそんな話を聞いたのが発端であるが……
でも彼女は確か……
『それがあの子ねえ、ぼそっとあたしに、賢い人ってやっぱり賢い子が好きなのかなあ……なんてこぼすから……』
―――こんな風に言ってたと思うのだが……
………………
ってことはリサーンが―――サフィーナが本当は、賢い人(=メイ)は賢い人(=フィン)を好きかって訊いてたのを、賢い人(=フィン)は賢い子(一般)が好きかって勘違いして?
………………
…………
「でもほら、あたしとフィンさんはほら」
「うん。あのときはそうだったんだろうけど……」
………………
んー、全然信じてなかったってことか?
《ってか、リサーンももう……》
とはいってもこれでは勘違いしても仕方ないか? まったく―――だがとりあえず後で締め上げてはおくが……
メイはため息をつくと、また尋ねる。
「でもずぶ濡れでやってきたってのはどうしてなの?」
それを聞いたサフィーナがまた赤くなる。
「見てたの」
「えっと……どこから?」
「だから……窓の外から」
「え?」
窓の外⁉―――いや、それならメイの様子が見えてもおかしくはないが……
「でも夕べは雨だったでしょ⁉」
「うん。ちょと寒かった」
………………
「あ、あの……」
「で、見てたらメイがすごく怖がってたから……」
「あ、まあ……」
「それでもっとよく見ようって思わず動いたら、メイが悲鳴を上げて布団にもぐっちゃったんで……」
あ、あの蠢く異形な影はサフィーナだったんだ……
「だから窓を叩いたりしたらもっと怖がると思って……」
………………
…………
「あ、多分それなら大丈夫だったかも」
「えっ?」
「いえね、前、夜に窓からそんな風に入ってくる人がいたの」
「ええっ⁉」
「とんとんとん。あーけーてーとか言われたらむしろ正気に戻ってたかも。あはっ」
びっくりしたサフィーナがこちらを向くと、可愛らしい乳首もこちらを向いた。
メイが思わずそれをつついてみると……
「やんっ」
あ、何かカワイい声! も一回だ!
「やんっ。メイちゃんのエッチぃ」
………………
「えっ?」
「そんな風に言うんでしょ? こっちじゃ」
………………
えっと、あはは。何の本を読んだんだろうなー?
それからサフィーナがまたちろっとメイの耳たぶを舐める。
途端に背中にびびっと電気のようなものが走って……
「あんっ!」
「メイちゃん、カワイい……」
そして今度は彼女の指がくりっとメイの乳首を摘まむと、またメイの喉から喘ぎ声が漏れてしまう。
《もう、サフィーナったら……》
だがもう彼女はなすがままだ。
サフィーナに抱きしめられ愛撫されながら、またメイは夢の中に落ちていった。
夕べは眠るのがとても恐ろしかったのだが―――もう怖い夢は見ない。たとえ見ても彼女が追い払ってくれると確信していた。
すぐ側からメイの喘ぎ声が聞こえてくる。
《えっと……これって、どうしたら?》
だがこんなときに頼りのアウラはすやすやと眠っている。
朝から睦み合っている二人の横で、フィンはいろいろと硬直していた。