ベラトリキス最後の作戦 第2章 千客万来

第2章 千客万来


 その日、水月宮の月虹の間には普段と違った緊張感がみなぎっていた。ここは特別な客人をもてなすための最高の応接間なのだが……

「えっと……大丈夫でしょうか? あたしたちで……」

 アルマーザの横でコーラが心配そうに尋ねた。

 彼女はレイモン侍女の一人でクリンの姉に当たるが、それでも十八才。妹を除けば最も若年だ。その向こうにはクリンが少々青ざめた顔で控えている。

「大丈夫ですよ? 優しい方だってティア様も言ってましたし」

「だといいんですけど……」

 二人が緊張しているのは、これからここに白銀の都のカロンデュール大皇がやってくるからだ。

 大皇と言えばまさに雲上人。しかもレイモンと都はここしばらく色々な確執がある。失礼があったら国際問題だ―――と彼女たちは親から散々釘を刺されていたのだ。

 そんな若輩の侍女がこのような場にいたのは、もっと熟練した侍女たちが天陽宮の方にかかりきりになっていたからだ。

 ベラトリキスももちろん重要な賓客なのだが、機甲馬との決戦の前など手が足りなくなった際にいろいろ城の仕事を手伝ったりしていて、彼女たちとはもう顔なじみだった。

 その上ここには自分のことは自分でするという習慣が身についてしまっている者が多い。そこで手のかからない彼女たちに、コーラやクリンたちが割り当てられていたのだ。

 もちろんアルマーザも大皇には会ったことはなかったから、少しばかりは緊張していたのだが……

「うわー、久しぶりよねえ、デュールに会うの……都のお作法、間違えたりしないかしら?」

「いや、そうだよなあ……こっちも何年ぶりかなあ……」

 フロア中央の豪華なソファにはティアとフィンが座っていて、こちらは馴染みの旧友と久々に会うような様子で大皇の到来を待ち望んでいる。

 聞く所によるとこの二人とカロンデュール大皇、それにメルファラ大皇后の四人には大変な因縁があるという。

《嘘みたいな話なんですが……》

 あのファラ様が実は都では男として育てられていて、ティア様がそのお妃となっていたこととか、それがばれたらまずいのでティア様が殺されそうになっていたところを、フィンさんの活躍で今の大皇と結婚して何とか収まってしまったこととか……

 解放作戦中、時々ぽっと暇になってしまった夜があった。そんなときに皆が取っておきの小話を披露していたのだが―――そこで大皇后が話したのがそれだった。

 そして都では絶対の秘密事項なので他では喋らないで下さいね? などと釘を刺されてしまったのだが……

《いや、幾ら何でもそんな話あるわけないでしょ?》

 その場の全員が内心そう突っ込んでいたことだろう。こんな時節だから少々心の和むジョークをかましてくれたのだと―――ところがそれがなんと事実だったという。

 明後日からこのアキーラ城で公会議が開かれる。

 そこにレイモン王国、シルヴェスト王国、サルトス王国、アイフィロス王国の各国王と、白銀の都の大皇が勢揃いする。まさに歴史的な会議だ。

 今、その準備で城中が忙殺されていたが、その忙しい合間を縫って大皇がフィンとティアに会うために直々にやって来るというのだ。

 公式には二人とも大皇とは初対面ということになっていた。

 フィンは今ではバシリカの貴族“リーブラ・トールフィン”で、ティアは西の果ての国から来た女王という触れ込みだ。

 それというのも、ル・ウーダ・フィナルフィンはアロザールに寝返った大逆人で、公式には既に死亡しているのだ。

 またティアがヴェーヌスベルグの女王になったきっかけがイルドに飛空機でジアーナ屋敷から拉致されていったためだとか、こちらも公にするには事情が少々ヤバすぎる。

 そんなわけで大皇が今この時期にわざわざ会いに来る理由はないのだが―――それは彼の方からのたっての希望だった。そこで……

「あはは。ちょっと緊張してきちゃいますね」

 メイの声だ。

「うふ。大丈夫よ。いきなりケンカを売ったりしなければ」

 エルミーラ王女が答えているが……

「ケンカって言うか、宣戦布告しようとしたのは王女様の方じゃないですか?」

「あら、そうだったかしら?」

 フロア後方にはこの二人とリモン、アウラが陣取っている。

 このフォレスから来た一行は都で何度か大皇に謁見しており、またメルファラ大皇后とその頃から親しかったということで、表向きには彼女たちと会談するという名目で大皇はやって来るのである。

《実際この人たちが来てくれなかったら、どうにもなってなかったでしょうし……》

 そもそもアロザールに向かうメルファラ大皇后一行に彼女たちが随行していたというのが尋常な話ではなかった。

 その理由はこの一件にフォレスの臣下ル・ウーダ・フィナルフィンが絡んでいるということに加えて、大皇后を見捨てた都に対してエルミーラ王女が激怒したからだ。

 だがそれは都の決定であり、東方の小国の王女とは全く無関係の話だ。

 しかし彼女はこうして付いてきてしまったのである。

《側近の人たちもずいぶん反対したらしいんですが……》

 一行には他にも親衛隊など男性の従者が何人もいた。彼らはどうやら途中で無理にでも王女を連れ帰ろうとしていたらしいのだが、運悪くレイモン国内に入った所で例の呪いにやられてしまった。

《それはちょっと計画通りみたいなことを言ってましたが……》

 すなわちこの王女にはこうと決めたらやり通すという強い意志があって―――ただし目的のためにはあまり手段を選ばないという、彼女曰く“柔軟性”も兼ね備えていたりして……

《でも。おかげでできちゃったんですよね……》

 解放作戦中、エルミーラ王女本人は実際に自分で戦うようなことはしなかった。

 だから端から見ていれば一体この人は何をしているのだろうとの疑念が湧くかもしれない。

 しかし彼女は間違いなく無くてはならない人だった。

 なぜなら、彼女たちは何度も難しい決断を迫られることがあったのだが―――そんなときに彼女が皆の意見を聞いたあげく『ではそのようにいたしましょう』と宣言することで、物事が進み始めるのだ。

 一同が立ち往生している中、まず一歩を踏み出していくのが彼女だった。

 その後に従うことには何か不思議な安心感があった。

《メイさんとかも何だか楽しそうですよね?》

 彼女はよく『うちの王女様はすぐに無茶やらかして……』と愚痴をこぼしているのだが、その表情を見ていると困っているというよりは、楽しんでいるようにしか見えないわけで……

《でも宣戦布告って何なんでしょうね?》

 まだまだ聞いてないいろんな武勇談だか何だかがあるのだろう。

「ふわ~っ」

 と、そのとき近くに座っていたアウラが大あくびをした。

「あら? アウラ、夕べは寝てないの?」

 王女がにやっと笑って尋ねるが……

「え? うん。これからフィンが忙しくなるからって。夜中ずっと」

 アウラは平然と答える。

「あらまあ、そうだったの?」

 フィンという人もまた彼女たちにとって無くてはならない存在だった。

《あの人がいてくれなかったら……》

 今の彼女たちがあるのは、彼が考案した様々な作戦が見事に上手くいったからに他ならない。

 聞けばフォレスにいたときも彼の作戦で十倍以上いる敵を食い止めたことがあるとか。

 更には大皇后の昔の事件に関しても彼が深く関わっていたという。

 そのため彼はエルミーラ王女からだけでなく、メルファラ大皇后からも深く信頼されていた。

 こちらの某女王様でさえ何だかんだで『お兄ちゃんに任せてれば大丈夫よ?』と根拠のない信頼を寄せているのだ。

 そしてアリオール将軍と合流した後は、アキーラ解放戦やコルヌー平原の戦いなどで彼の参謀格として色々と助言を与えてもいた。

 なので明後日からの会議にはエルミーラ王女共々出席を求められていて、そうなれば当面はそちらにかかりっきりにになる。バシリカを攻めることになったら従軍して行ってしまう可能性もある。

《夕べを逃してたら今度は当分先になるんですね?》

 ただでさえ彼は表向きは大皇后一行とは無関係ということになっていて、アウラと恋仲だということも一般的には公にされていないのだ。二人で会う機会を作るのも結構大変なのである。

 ―――とまあこんな感じで、都の大皇がプライベートにやってくるというのは破格な出来事のはずなのだが、当事者たちの間では緊張と弛緩の落差がずいぶんと大きいのであった。

《ま、この間のアレよりはいいんでしょうけど……》

 アルマーザは先日のお披露目式のことを思い出した。

《ありゃ肩がこりましたからねえ……》

 思い出すだけでため息が漏れてしまう。

 お披露目式とは各地から来た王侯貴族に、大皇后とその女戦士たち(ベラトリキス)を正式に紹介するレセプションであったのだが……



 その日、アルマーザ達は違和感バリバリであった。

「やっぱこれで行くんですか?」

 彼女の問いにティアが答える。

「しょうがないじゃない。今更変更なんてできないんだし」

「まあ、そうなんですけど……」

 これだったらもっと強硬に反対しておけば良かったか?―――だがあのときはここまで着心地の悪いものだとは思っていなかったし……

 周りのヴェーヌスベルグ娘たちもみんな同様の表情だ。

 ―――というのは、彼女たちは今、ほぼ全員が金ぴかの甲冑を身につけていたのだ。

 もちろん甲冑といっても全身を覆うものではない。

 だがそんな軽装鎧とはいえ、兜に胸当て、肩当て、前垂れ、脛当てに手甲など、全部合わせたら結構な重さになるのだ。

 どうして彼女たちがそんな格好をさせられていたかというと、著ていく服がなかったからである。

 メルファラ大皇后とその女戦士たち(ベラトリキス)は既に世界中の耳目を集めていた。

 レイモン国内ではそのため何度も謁見の場が設けられていたが、その場合は相手の位が少々高くともレイモン人だ。彼女たちの礼儀作法に文句をつけるような輩はいなかった。

 しかし今回の相手は格が違う。

 国王とはもちろん最高級の国賓であり、たった一人でも国を挙げての歓迎になるのが当然だ。

 それが今回はシルヴェスト王国、サルトス王国、アイフィロス王国の各国王に加えて、滅多に都から離れない大皇までが直々にやって来るのだ。

 これはまさに歴史的な事態で、ここで粗相をするわけにはいかないということはアルマーザたちにも理解できていた。

 とすれば一番いいのは後ろに引っ込んで出てこないことだが―――残念なことに今回は彼女たちがその主役なのである。

 彼女たちの活躍がなければレイモンの再興はなく、残った国々もアロザールに蹂躙されていたのは間違いない。各国の要人たちもそのような偉業を達成した女戦士たちと一度相まみえてみたいと欲していたわけなのだが―――そこで問題になったのがどんな格好で会えば良いかということだった。

 大皇后やエルミーラ王女一行に関しては問題ない。彼女たちにはそれぞれに公の場でも通用する決まった衣装がある。

 それに対してヴェーヌスベルグ組には決まった服装という物がなかった。

 ティア様は一応元都の姫君だったらしいのでドレス姿でOKなのだが、他の娘たちが村から着てきた服は単にあちらの普段着で、しかも既にあちこちボロボロだ。

 良い衣装といえばあの“勝負服”があるが―――さすがにあれを着て出て行くのはまずそうだ。

 こちらに来てからは地元に溶け込むためにも、あちらこちらから貰った古着をみんな着ていた。要するに彼女たちの見かけは、ただの田舎娘たちなのだった。

 これで彼女たちが大皇后の単なる世話係とかであったのなら、レイモンのメイド服でも借りておけば良かった。しかし彼女たちは先陣を切って戦ってきた、まごうことのない女戦士たちなのである。

《誰が言い出したんでしょうねえ、甲冑姿とか……》

 そのため謁見では彼女たちが“戦士である”ということをアピールする必要があった。そこで結局こんなことになってしまったわけだが……

 それともう一つ彼女たちが断れなかった理由があった。

 というのは彼女たちは上流階級に通用するような礼儀作法を知らなかったのだ。

 西の果ての呪われた村に籠もって暮らしていたのだから仕方ないのだが、仮に美しいドレスを作ってもらっても中身が野生動物並みでは、むしろ相手を失望させかねない。

 一方、甲冑姿に風雅さは必要とされない。

 またそんな戦士が気の利いた受け答えをする必要もない。

 なかなかいいアイデアだと思ったのだが……

《マジ肩がこるんですよ……》

 下手に動くとかちゃかちゃ音がするので、移動していないときには身じろぎ一つできないのだ。そうすると体のあちこちが痛くなってきてたまらないのだが……


「これより、メルファラ大皇后とベラトリキスの皆様の入場となります」


 広間にラルゴの声が響き渡った。彼がこのレセプションの司会進行であった。

《あはは。ラルゴさんも結構顔が引きつってましたが……》

 まさに大舞台だ。彼女たち以上に緊張しているのは間違いない。

「じゃあ行きますよーっ!」

 フォレス王家の秘書官の制服をパリッと着こなしたメイが元気よく号令をかけるが……

「「「は~い……」」」

 ヴェーヌスベルグの娘たちはローテンションだ。今更文句を言ってもしょうがないのだが……

 一同は立ち上がるとメイに続いて大広間に入っていった。

 彼女たちが現れると、広間から低いどよめきが上がる。

 広間には既に各国の要人がひしめいていた。

 しかも彼らの視線が彼女たちに集中している。

《うわー……》

 アルマーザは心臓がドキドキしてきた。

 だが、先導しているメイは人々に向かって軽く挨拶すると、すたすたと間の通路を通って上座に向かっていく。

《メイさんって度胸据わってますよねえ……》

 正直初めて見たときにはどうしてこんなところに子供が? と、驚いたものだ。

 ところがその子がエルミーラ王女の秘書官で、実務はほとんど一人でこなしていることを知って、また驚いたものだ。

《おかげでサフィーナはぞっこんになっちゃうし……》

 彼女の思い人がフィンと間違われていた話は本当に傑作だったが―――それはともかく……

 メイに続いて歩き出したのが薙刀を抱えたアウラとリモンだ。二人はフォレス王家の親衛隊の制服を着ている。

《あれが良かったんですけどねえ……》

 こんな甲冑とちがって動きやすそうで―――しかし彼女たちはフォレスの親衛隊ではないのでそういうわけにはいかなかった。

 二人の後にしずしずと続くのがエルミーラ王女だ。

 彼女は見事なドレスを身にまとっている。一同の目が彼女に集中しても全く動じる気配もない。

 その後ろからカチャカチャついていくのが甲冑を着たサフィーナで、その少し後方の両翼にアカラとルルーが続く。二人は戦闘にはあまり参加しなかったのだが、他に適当な服がなかったので同様に甲冑を着せられていた。

 その三人に守られるようにしてティア女王様が登場だ。

《自分だけああいうのを着て……》

 彼女もドレス姿だ。

 だが一応都出身のお姫様なので、礼儀作法に関してはとりあえず習得済みなのであった。

 その後ろから今度はローブをまとった三人の女魔導師がやってくる。

 両翼にいるのがファシアーナとニフレディルで、中央の少女はアラーニャだ。

 彼女は黒い額縁の肖像画を抱えていたが―――見るたびに吹き出しそうになるのを堪えねばならない。

 なぜならそれはベラトリキスの中での唯一の戦死者、“白き魔法のフィーネ”の遺影だったからだ。彼女はその顔をよく知っていた。

《アルエッタさん、ぷんぷん怒ってましたが……ぷふっ》

 アキーラ解放直後、一度止むに止まれぬ理由でフィーネが登壇しなければならないことがあったのだが、そのときに代役を務めたのが彼女だった。そこで今回の肖像のモデルにもなってもらったのだが、生きてるうちに遺影ができるなんてとむくれていたのだ。

 このフィーネさんをどうするかというのもちょっと頭の痛い問題だった。

 何しろその正体が正体だ。絶対に知られたらまずいわけで―――そこで出てきたナイスアイデアが、例のマグナフレイム・エテルナムを『魂を燃やし尽くして使う、一生にただ一度だけの魔法』という設定にしてしまうことだった。

 白き魔法のフィーネはレイモンを救うために自らの命を賭してそれを発動させたのである。

《いや、でも本当に危なかったですからねえ……》

 ニフレディルがあれほどの大魔法使いでなければ、ここの遺影は彼女とメイ、そしてサフィーナの三人となるところだったのだ。

 魔法使いの後からまた甲冑姿のリサーンとハフラが続き、その後ろには都風のメイド服をまとったパミーナとマウーナが続く。

《うぬーっ、一人だけ……》

 マウーナは身重だったために甲冑は無しということになっていたのだ。

 その後ろからシャアラ、マジャーラ、アーシャ、そしてアルマーザがダイヤモンド型に並び、その四人に囲まれるようにしてメルファラ大皇后が現れる。

 場にさらに大きなどよめきが湧き上がる。

 それがアルマーザに対しての物ではないと分かっていても、緊張で胃がぎゅっと縮んでしまいそうだ。

 そんな調子で彼女たちは大勢の各国の貴人たちの間を抜けて、上座にしつらえられた席に着いた。

 そこでは前列にメルファラ大皇后、エルミーラ王女、ティア女王が座り、彼女たちはその後ろに並ぶ形だったので少しは息をつくことができたが……

「うふ。大丈夫?」

 近くにいたパミーナがささやいた。

「いやあ、緊張しますよ?」

「大丈夫よ。どうせファラ様のことしか見てないんだから」

 それはまあそうだろう。この甲冑姿だとみんな同じように見えてしまう。アーシャをドレスアップしたら彼女も十分目立つことにはなっただろうが……

 ともかくそう思えばあたりを観察する余裕も出てくる。

 大広間には大きく分けて五つの集団が陣取っていた。

 広間中央に固まっているのが白銀の都の大皇の一団だ。

 左手にはシルヴェスト王国、右手にはアイフィロス王国。左手奥がサルトス王国、そして右手の奥がレイモン王国だ。

「こちらにおわしますのがアロザールの野望をくじき、中原に平和をもたらした立役者である白銀の都、メルファラ大皇后と、その彼女を支え戦ってきた女戦士たち(ベラトリキス)でございます」

 ラルゴの声がかすれ気味だ。

《ラルゴさーん、頑張ってくださいよーっ

 場は一瞬沈黙し、それから大きなどよめきに包まれる。

 続いてラルゴが彼女たち一人一人の紹介を始める。ここでは自分の名前が呼ばれたら兵士の礼をしなさいと言われていたのだが……

《サフィーナ……間違えてますね?》

 胸に手を当てて四十五度に体を傾けるだけなのだが―――あれは九十度ぐらいはありそうだ。

 そんな奴がいればちょっとはこちらも余裕が出てくるというもの。アルマーザは何とか自分の番は上手くこなした。

 その後は彼女たちは基本的には後ろで見ていればいいだけなのだが、レセプションはこれからが本番だ。

「それではまず皆様に大皇后様のお言葉を……」

 ところがその言葉が終わる前にメルファラ大皇后がふわりと立ち上がると前に出たのだ。

 そして正面にいるカロンデュール大皇に向かって手を差し伸べると……


「デュール! 私は上手にできましたか?」


 その言葉を聞いた大皇は立ち上がるなり彼女の方に駆け寄ってくる。

 そして彼女をひしと抱きしめると……


「想像以上だ。これ以上のことは誰にも望めない。お前にこんな役割を押しつけてしまって本当に済まなかった……」


 そして二人は見つめ合うと―――全員の前でキスを交わす。

 人々は息をのんでその光景を見ていたが、それからまた大きなどよめきが起こる。

 まるでちょっとしたハプニングが起こったかに見えるが―――これが仕込みであることはアルマーザたちは既に知っていた。

《今回のことは“都の遠大な計画”ってことにしないとまずいんですよね?》

 フィンやメイなどの話によれば、レイモンとシルヴェスト、サルトス、アイフィロスは少し前までは戦争していた間柄で、それを纏め上げるには都の大皇の威光が必須なのだという。

 アイフィロス王国は自他共に認める最大の都の友好国だ。

 新生レイモン王国はもはやメルファラ大皇后のためなら命でも安いという国民ばかりだ。

 シルヴェスト王国とサルトス王国は都とは敵対しているベラ派だったが、ベラの国長は大聖から託された黒の女王の息子の血筋だった。すなわちベラの首長の家系は大皇の遠い親戚でもある。

 それに加えて、あのルンゴで行ったメルファラの演説だ。

 あの演説は誰もがよく知っているベラの古い伝承をモチーフにしたものだが、ベラの人々はそれを彼らの誇りと考えていた。だから彼女がそれを持ち出してレイモンの人心を掌握したことは、ベラ派の人々にも強力なインパクトと親近感を与えていたのだ。

『だから今の大皇と大皇后がいる限り、みんなはその下で結束していられるんだ』

 フィンはそう説明していたが―――何だか分かったような分からないような話である。

『そうですよね~。みんな仲良くできた方がいいですもんね

 メイの言葉はまあ素直に理解できるのだが……

 ともかくそんな理由でここで二人に一芝居打ってもらったわけだ。

《どうでしょう?》

 アルマーザは辺りを見回した。

《おおぉ、結構感動してる人がいるみたいですねえ……》

 各国からの参列者たちはみんな納得の表情だが……

《ん? 都の人たちは……?》

 大皇の周辺にはたくさんの侍女や、侍従がいた。彼らもまた熱狂しているかと思いきや、何やら反応が鈍い感じだ。

 彼に仕える者ならばまずは祝福すべき状況に思えるのだが―――と、見ると横のパミーナも何だか怒ったような表情で彼らを見つめている。

 そこでアルマーザはささやいた。

「あちらの方々は大皇様とファラ様が再会できて嬉しくないんでしょうか?」

「あれはみんなダアルの家の人たちなのよ」

「え? ああ……」

 メルファラ大皇后がかつて皇子として育てられていた話は聞いていたが、その大本の元凶がメルファラのジークの家とカロンデュールのダアルの家の確執だったという。

「んじゃ、みんなちょっと意地悪だったのは?」

「そ。あたしがジークだから」

 都からの一行が到着すると早々に彼女たちが大勢でやってきた。そして『お勤めご苦労様。これからは大皇后様はこちらでお世話致しますので』と、メルファラ大皇后を大皇の逗留する天陽宮に連れて行ってしまったのだ。

 そこでパミーナも一緒について行こうとしたのだが『せっかくだからゆっくりお休み下さい』と、断られていた。

 しかしその口調はパミーナのことをねぎらっているようにも聞こえなかった。横で見ていたアルマーザは少々不思議だったのだが……

《そういうことだったんですか……》

 とは言いつつ、大皇后もティアやエルミーラ王女に会うために水月宮には頻繁に戻ってくるので、彼女たちの仕事がなくなるわけではないのだが……

「その他にも大皇様に取り入ろうとしてるのもたくさんいるし」

 パミーナが少々険のある口調で言う。

「そうなんですか?」

「ほら、あの端の結構な美人、あれはマグニのお姫様よ?」

「マグニ?」

「都の名家なの。ファラ様と大皇様の仲が良くないからって、みんなそこに割り込もうとしてるのよ?」

「はあ? それじゃファラ様と大皇様が仲良くなったらみんな困ると?」

「ま、そんなところでしょ?」

 その手の話は今でも何だかピンとこない。

「それじゃあそこの綺麗な人もそうなんですか?」

 彼らの中にはメイドとも思えないひときわ美しい―――というより妖艶な女性が混じっていた。

 それを聞いたパミーナがニコッと笑う。

「いえ、彼女はイーグレッタ。バーボ・レアルのプリマよ?」

「はい?」

 バーボ・レアルという名前もどこかでちらっと聞いたことがあるが―――確か遊女屋さんだったか?

「どうしてそんな人が?」

 パミーナが今度はちょっと意地悪そうに笑う。

「ふふっ。虫除けよ

「へ?」

「あんな人が身近にいたら、お手つき狙いなんて近寄れないでしょ?」

「はあ……」

 パミーナというのも結構大変な所で頑張ってきたらしい。

 それはともかくアルマーザはそろそろ肩だけでなく腰も痛くなってきたのだが―――それから各国の首脳による長々とした祝辞が始まるのであった。



《いやあ、参りましたねえ、あれは……》

 アルマーザがそんなことを回想していると、広間の扉が開いてパミーナが入ってきた。

「みなさん、お揃いですか?」

 はじかれたようにティアが立ち上がる。

「来た?」

 パミーナがにっこり笑って道を空けると、後から入ってきたのはこれぞ貴公子と呼ぶべき若者だ。その後からしずしずとメルファラ大皇后が付き従ってくるが―――もちろん彼こそが大聖の直系、白銀の都の大皇カロンデュールだ。

《へぇぇ……こうやって見ると絵になりますねえ……》

 あのお披露目式のときにはゆっくり鑑賞している余裕がなかったが、今こうやって見るとなかなかのハンサムだ。かつて都では若い女子の人気をメルフロウ皇太子と二分していたというが……

《メルフロウ皇太子って、ファラ様の男装だったんですよね?》

 となればまさにその姿は絶世の美少年だったと思われるが、そんな彼女とためを張っていたというだけあって、この現大皇もただ者ではない。

 しかし―――月虹の間に入ってくるやいなや、カロンデュールは何やらとても暗い顔で大きなため息をついた。

 それから首を振って、何か口に出そうとしたのだが……


「きゃああああっ、お久しぶりいぃ! もう、何年ぶり? 会いたかったわあ!」


 いきなりティアが駆け寄るとそう言いながら彼の手を取ったのだ。

 カロンデュールが驚いて顔を上げると……

「ごめんねぇ? お手紙くらい出そうかなって思ってたのよ? でもあそこってちょっと田舎過ぎて、それもなかなかできなくって」

「え? あ、そうか?」

「でもねえ、田舎でも結構住みやすかったのよ? 美味しい物もいっぱいあって……だからほら、ちょっと太っちゃったりして。えへっ!」

 そんな彼女にカロンデュールが力なく笑いかける。

「ああ、君は昔のままだな……」

「うんうん。デュールだって昔と同じくらいかっこいいわよ?」

 そう言いながらティアが握手した手をぶんぶん振りまわすが、カロンデュールはゆっくりとそれを押しとどめると……

「すまない……」

 と、ティアに頭を下げた。

「え? なにが?」

「私は君たちに謝らなければならないんだ」

「そんなの気にしなくていいって!」

「そういうわけにはいかないよ。君たちにはまた言葉には尽くせないほどの恩義を受けてしまったというのに……なのにまた公の場ではそれを口にすることさえできない……」

 ………………

 …………

 それを聞いたティアが一瞬絶句する。

 カロンデュール再び大きくため息をついた。

「ああ、どうして私にはこんなに力がないのだろう?」

 そこでメルファラが……

「いえ、そんなことはありませんよ? デュール」

 そんな慰めの言葉を掛けるが、カロンデュールは落ち込んだままだ。

《いい人みたいなんですねえ。大皇様って……》

 彼が塞ぎ込んでいる理由は明白だった。

 今回の偉業がなぜ成し遂げられたかと言えば、それはメルファラ大皇后と彼女の仲間たちが命がけでその道を示して、レイモンの人々がその目標に向かって一丸となって邁進した結果に他ならない。

 それに対して都は一切関与していなかった。

 もちろんニフレディルとファシアーナの存在は大きかったが、彼女たちが来た理由もまた大皇后を見放した都に愛想を尽かしたからなのだ。

 それなのに公式にはこれは大皇の意思で行われたことになっていて、そうすると彼は各所でそのように振る舞わなければならないのだ―――すなわち、公の場では大皇后とその女戦士たちに対して、よくやってくれた、ご苦労と、上から目線の態度で接していないと筋が通らないのだ。

《確かにちょっとカチンと来ますもんね……》

 全く無関係の者が一番威張っているのだから―――そうしなければならなかった事情は理解できるのでまあ我慢はできるのだが、この裏事情を知らない連中はそうではなかった。

 例えばアイフィロス王国の王族とかは本気でこれが大皇の深謀遠慮だったと信じ込んでいるようで、彼女たちを単なる大皇の手足と見下すような尊大な態度が見え隠れして、何とも不愉快極まりない。

 だが大皇本人は彼女たちにそんな思いをさせていることを深く恥じ入っているようだった。

「えっと……あの……」

 と、横にいたコーラがアルマーザの袖を引っ張った。

「ん?」

「お茶が入ったんですが……」

 何やら深刻な雰囲気に出しに行くのをためらっているようだ。

「ん? じゃ、あたしがやりましょうか?」

「え? いいんですか?」

「大丈夫でしょ?」

 ティアがカロンデュールは優しい人だと言っていたし……

 そこでアルマーザは代わりにワゴンを押して出て行くと、お茶を配り始めた。

「お茶、いかがですか?」

「ああ。そこに置いておいてくれ」

 カロンデュールは彼女の顔をろくろく見ずにそう答えるが……

「あら? アルマーザ、どうしてあなたが?」

 メルファラが不思議そうに尋ねる。

「え? アルマーザ?」

 その名に聞き覚えがあったらしく、カロンデュールが振り返るとぴたりと目が合ってしまった。

「あ、どもー」

 思わずそう答えて手を振ってしまうが、そんな様子を見ながらメルファラが紹介した。

「彼女も女戦士の一人なんですよ?」

「え? それがどうして?」

 カロンデュールが彼女の姿を見ながら尋ね返す。アルマーザは今、レイモン侍女の制服姿だったからだ。

 そこで彼女は答えた。

「いえほら、ゴロゴロしていても手持ち無沙汰なんで、お手伝いさせてもらってるんですよ。それにシアナ様のお部屋とか、放っておいたら大変なことになるんで……何だかもうそこの片付け専門というか……」

 アルマーザはそんな風に話し始めたのだが―――いきなり袖を引っ張られた。

 振り返るとメイが少々青ざめた顔で立っている。

『ちょっと! 大皇様に馴れ馴れしすぎますよ?』

「え?」

 続いて振り返ってあたりを見ると、エルミーラ王女の顔も少々引きつっている。

 だが……

「あはははは! これが君の友達か?」

 カロンデュールがティアを見て楽しそうに笑った。

「あはははっ! そーなのよ。ちょっとみんな田舎暮らしだから礼儀知らずで……でもみんないい子たちなのよ?」

「確かに」

 カロンデュールは気を悪くした様子はないようだ。エルミーラ王女などもほっとした様子だ。

《でも……ティア様、もっと馴れ馴れしかったと思うんですけど……》

 ということは―――本当に彼女はカロンデュール大皇にとって特別な存在なのだ。

 そこでメルファラが言った。

「デュール、ともかく今は素直に再会を喜ぶことにしませんか?」

 カロンデュールは一瞬言葉に詰まるも、うなずいた。

「ああ、そうだな……」

 そんな彼にティアが懐かしそうに言う。

「本当にお久しぶりよねえ」

「ティアも元気そうだな」

「あはは。とりあえず今はね」

 カロンデュールは今度はナチュラルに彼女を抱きしめた。

「本当に……こんなところでまた会えるなんて……」

「わたしも!」

 キスこそ交わさなかったものの、その様子はまるで兄妹のようだ。

「どうも。大皇閣下。お久しぶりです」

 フィンが彼に対して最敬礼するが……

「ル・ウーダ君……いや、今はリーブラ君か、そんなに畏まらなくていい。前の通りデュールでいいよ」

「恐れ入ります」

 フィンの方は少し丁重な態度だが、それでも彼とは昔なじみで親しい間柄だということは見てとれる。

《へええ。お二人とも本当に大皇様とお友達だったんですねえ》

 彼女のことだから絶対に話を大盛りに盛っていると思っていたのだが……

 それからカロンデュールは奥に控えていたエルミーラ王女一行に向かって一礼した。

「皆様方もお久しぶりです」

「いえ、またお目にかかれて光栄ですわ」

 王女が立ち上がって優雅に一礼した。

「それにしても皆様方には……」

 そう言ってカロンデュールがまた言葉に詰まる。

 公式には彼女たちもまた都の計画の一端で、極秘裏にフォレスから招請されたといったような話になっているのだが……

「いえいえ、お気になさらずに。今日は私たちはおまけですから。どうか古い友人方とごゆっくりご歓談くださいな」

「はい……」

 カロンデュールが王女に一礼する。

 それからまたティアとフィンの方を見るが―――何やら感極まった様子で言葉が出てこない。

 と、そこでメルファラ大皇后が言った。

「それにしても……何年ぶりでしょう? こうしてみんな揃えたのは?」

 それを聞いたティアがちょっと首をかしげると答える。

「えっとあれって……確かデュールが即位した後に、ジアーナ屋敷で夜会したときじゃなかった?」

「ああ……それだったら……もう六年にも……」

 メルファラが感極まった様子でつぶやく。

「そうなるか……」

 カロンデュールも同様にうなずくが、そこでティアがフィンの顔を見てにやっと笑う。

「その後すぐにこいつがどっかに行っちゃったのよね?」

「うっ」

 フィンが言葉に詰まる。

「そうだったなあ……それにしてもどうして出奔してしまったのだ?」

「え? いや……」

 カロンデュールの問いにフィンがなにやらしどろもどろだ。

「君には一方ならぬ恩義を受けている。良いポストなども用意していたのに?」

「いえ、ほら、私のような者がお側にいては、何かと差し障りがあるかもしれませんし……」

 やっとの様子でフィンが答えるが……

「そんなことは私が良いと言えばいいだけなのだが?」

「ん、まあ……」

 と、そこでまたティアが悪魔のような笑みを浮かべた。

「えっとね、こいつね、ファラの側にいたくなかったのよ?」

「えっ⁉」

 それを聞いたメルファラが蒼白になったので、ティアが慌ててフォローする。

「違うのよ。ファラのこと好きだったからこそよ」

「えっ?」

 今度はメルファラが何やらぽっと赤くなる。

「お、おいっ!」

 フィンが突っ込もうとするが……

「あ? 何なの? それ……もしかしてバレてないって思ってるわけ?」

「…………」

 絶句するフィンをティアはビシッと指さした。

「そんな片思いのままずるずるとファラの側にいて、うっかりケダモノになったりしたら困るからって逃げてったのよ? こいつは!」

 片思い? アルマーザが見た所、メルファラの方だって決して脈がないようには見えないのだが?

《実際今でも……》

 彼女は顔がさらに赤くなっている。

 だがそれを聞いたカロンデュールが意外そうにフィンに尋ねた。

「そうだったのか?」

「いや、あはははは」

 フィンの目が白黒している。そこでメルファラが……

「でもそのおかげで皆様方とお知り合いになれましたし……」

 と、エルミーラ王女やアウラの顔を見た。

「アウラがあの日、屋敷に乱入してこなかったら、今の私たちはなかったでしょうから」

「ああ……それはそうだな」

 二人がにっこり笑ってアウラを見る。

「ちょっと! ファラ!」

 アウラは顔が真っ赤だ。

《あー、そういえばその辺の話はまだあまり聞いてないんですよね……》

 エルミーラ王女が悪い奴に捕まって、塔のてっぺんからシーツのロープで下りて逃げた話は聞いたのだが……

「まさに運命というのは不思議な物ですね……それにティアだって」

「ああ。そうだ。フィンだけでなく君までいなくなってしまったんだからな?」

 今度はティアの顔が赤くなる。

「あはははは。本当にあれがあんなバカでなきゃ、あはははは」

「まだ簡単な話しか聞いていないのだが、一体全体どういうことだったんだ?」

 カロンデュールが不思議そうに尋ねるが……

「あはは。話せば本当に長くなっちゃうんだけど……」

 メルファラが笑いながら付け加える。

「そうそうフィンは一晩付き合わされたんですよね?」

「あははは」

 確かにあの日フィンが徹夜でティアの話を聞かされていたのはよく覚えている。

 それを聞いたカロンデュールが腕組みして考え込む。

「うーむ。一晩か……夜はまた予定が入っているしなあ……」

 そこでフィンがティアに突っ込んだ。

「おい! だからお前が余計な話をしなければすぐ終わるだろ?」

「余計? 余計って何がよ?」

「だからほら、ヴェーヌスベルグの夜の話とか……」

「夜の話? あ、アルマーザがくるくるされたこととか?」

「おいこらっ!」

 フィンの顔が赤くなるが……

《ん? 一体何の話ですか?》

 そこでアルマーザがティアに……

「あの、くるくるって?」

 と尋ねると……

「ほらあなた、アラーニャちゃんにくるくるされたじゃないの……」

 ………………

 …………

 思わず彼女はぽんと手を打った。

「あー、あのときの!」

 アラーニャがあんな大技を覚えていたとあのとき初めて知って驚いたわけだが。

「だーかーら、そういうどうでもいいことを省略すればもっとコンパクトに話はまとまるだろうがっ!」

 フィンが赤い顔で突っ込むが……

「え? どこがどうでもいい話なのよ? アラーニャちゃん、あれできるようになるまで、もの凄く練習したんだからね? それがどうでもいいことなの?」

「いや、だから……」

「一体何なんだ? そのくるくるとは?」

「私も聞いてませんでしたね」

「あ? えっとー……」

 カロンデュールとメルファラに真面目な顔で尋ねられて、さすがのティアも口を濁していたときだ。


 コン…コン…


 扉をノックする音がした。

《ん? 誰でしょう?》

 今日はこのようなプライベートな場なので、外部からの取り次ぎはしないようになっているのだが―――そこでコーラが出て行って戻って来ると不思議そうな顔で告げた。

「あの、お客様みたいなんですが、大皇様にお呼ばれになったとか……」

 カロンデュールがにっこり笑う。

「そうか。入れてやってくれ」

「あ、はい」

 コーラが引き返していくと、カロンデュールがティアとフィンに言った。

「そうそう。今日は二人に会って欲しい人がいるんだ」

「え? どなたです?」

 フィンが不思議そうに尋ねるが、そこにコーラが年配の紳士を連れて戻ってきた。

《ん? 何だか見たことのあるような人ですけど……》

 アルマーザがそう思ってフィンとティアの方を見ると、何故か二人はあんぐりと口を開けて絶句していた。

 彼らを見て紳士は少し深刻な表情になるとこう言った。

「お初にお目にかかり申しあげます。私、ル・ウーダ・パルティシオンと申す者でございます。聞けば皆様方は息子の最期についてお詳しいとか? できますればそのお話、この私めにお聞かせ願えないでしょうか?」

 ル・ウーダ? ということは……

《フィンさんとティア様のお父さん⁉》

 二人が何やらあわあわしている様子からどうやら間違いない。

「あらまあ、パルティシオン様、お久しぶりでございます!」

 そこで挨拶をしたのがエルミーラ王女だ。

「エルミーラ様にもご機嫌麗しゅう存じます」

 パルティシオンは大きく礼をした。そんな彼にエルミーラ王女がにっこりと笑いかけるが……

《あれ? あの表情って……》

 王女が何か困ったことを思いついたときの笑顔のようだが―――横でメイもちょっと引きつり笑いをしているから間違いない。

 エルミーラ王女はハンカチを取り出して目に当てると、何やら泣いているような身振りで語り出す。

「しかしお客様とは貴男でございましたか……でも、大変残念なことに、お尋ねの話はちょっとここでお話しできるようなものではなく……それはもう悲惨な末路でございまして……」

 するとパルティシオンも何やら大げさな身振りで答える。

「悲惨? 悲惨とは? いや、あやつの罪状を考えれば、少々のことなど悲惨などとは申せませんが?」

 王女はさらに芝居がかった様子で答える。

「そうでございましたか……ならばお話いたしましょう。あの日、極悪人のル・ウーダ・フィナルフィンは、大きな焼けた鉄板の上に大の字に縛り付けられておりました。しかし火加減が弱めになっておりましたのですぐには往生することもなく、苦悶の表情で何やら訳の分からないことをわめき散らしておりました」

「ほう……」

「そしてその横にはこちらは地獄の業火のごとくに燃えさかった炎の上に大きな鍋がかかっておりまして、その中では油がぐつぐつと煮えたぎっておりました」

「油が? それをいかがなさるのです?」

「はい。あの極悪人を処刑するという話が伝わるやいなや、各地から大勢の方々がはせ参じて参りまして、皆が口々に是非自分の手でその男に引導を渡してやりたいと申すのでございます。そんな人々の気持ちを無碍にするわけにもいかないと悩んでおりましたところ、この子が良い考えを思いつきまして……」

「はいぃ?」

 いきなり振られてメイの目が丸くなるが、王女はそれを無視して続ける。

「この子が言うには、煮えた油を食材にかけながら焼いていく調理法があると言うのですよ。なのでやってきた人々に、一掬いずつ煮え油をかけてもらったらどうかと。もちろん体の端の方から少ーしずつにしないと、すぐに死んでしまうから注意しなければならないがと」

「何と! 聡明な秘書官殿だ!」

 メイが引きつった笑いを浮かべる。

「そこでやってきた者達に順番に、鍋から油を一掬いずつその極悪人に注いで頂いたのです。するとじゅわーっと音がして肉の焦げる香りがあたりに立ちこめまして、それに併せて地獄の断末魔が村中に響きわたるのでございますが、かの大皇后様を辱めようとした男、人々の耳にはまるで心地よい音楽のように聞こえておりまして……」

「そ、そうでございましたか……あやつには……あやつにはふさわしい末路と……」

 そこまで言ってパルティシオンは腹を抱えてひくつき始めた。

「父上……」

 しらーっとした顔のフィンとティアが立っている。

 それからパルティシオンは顔を上げると、いきなり二人をがばっと抱きしめた。

「よくぞ……生きていた! 二人とも!」

「父上!」

「パパ!」

 二人も父親を抱きしめる。

「二人とも亡くしてしまったかと思っていた……ウルスラはひどく落ち込んでいてな、でも……」

 そして彼はアウラの方を見る。

「アウラ殿も」

「あ、はい……」

 アウラがやってきてその輪に加わった。

「君と坊やがやってきてからは、すっかり元気になってなあ」

「そうでしたか……」

 と、そこでパルティシオンはフィンをじろっと睨む。

「んで、名前ぐらいは決めてやったのか?」

 フィンは慌てて答えた。

「え? はい。アルマリオンと名付けました」

「アルマリオン……いい名だな……」

 パルティシオンは目を細めるとフィンとアウラ、それにティアを交互に眺めている。

《お父さんってあんな感じなんですか……》

 ヴェーヌスベルグの女たちにとって父親とは常に墓の中にいる。こんな風に生きた父親に抱かれる姿など想像したこともなかったが……

《へえ……いいものなんですねえ……》

 彼女にはちょっと新鮮だった。

「それにしても父上、どうしてこんな今……」

 確かに最大の危機は去ったとはいえ、中原はまだ戦乱のさなかだ。

「大皇様に声をかけていただいたのだ」

「え?」

「驚いたぞ? 大皇様ご本人からお前たち二人が元気にしていて、しかもアキーラ解放の立役者だったと聞いたときはな。そして大皇様が直々に現地に向かわれると聞いて、随行させて頂いたのだ」

「そうだったのですか……しかし、随行といっても……」

「ふふ。表向きはただの旅行者だ。こちらのイーガーが元気だと聞いて、そこに逗留させてもらっている。あと、せっかくなのでこちらの囲碁サロンにも顔を出しておこうと思ってな」

 フィンは納得したようにうなずいた。

「ということは、しばらくはこちらにいるということですか?」

「そういうことになる」

 それからフィンはカロンデュールの方に向き直る。

「ご配慮感謝いたします」

「いや、私にできることはこの程度だから。気にするな」

「ありがとう! デュール」

 ティアがまたぎゅっと彼の手を握る。

 それからまた彼らの昔話に花が咲き始めた。

《それにしても本当に仲がいいんですねえ……》

 こんな風にしているとティアがまるでお姫様みたいに見えるのだが―――などと考えていたときだ。

 バタンとドアが開く音がして……

「あ、あの、今はその……」

 コーラが何やら慌てている様子だが―――振り返ると……

「ん? どうしたんだ?」

 そんな声と共に部屋にファシアーナがずかずかと入り込んできた。

「さーて、こっちは終わったし!」

 そう言って大きくのびをするが―――そこで部屋の中にいる人物に気がついて、凍り付いた。

「カロンデュール……大皇様?」

「やあ、お邪魔してるよ?」

 彼はにこやかに手を振った。

「いえ、いらっしゃるとは聞いていなかったので……」

 さすがのファシアーナが畏まる。それからちらっとメイの方を見るが……

「いえ、結構急なお話だったし、皆さんは午前中は魔道軍の方だって聞いてたのでっ」

 彼女が慌てて答える。

「あはは。わりと早く終わっちゃってな……でも」

 それからファシアーナは部屋の中にいるメンバーを見回すと、納得したようにうなずいた。

「ああ、それではこちらは下がっておりましょう」

「いや、いてもらって構わないよ。リディールにも入ってもらえ」

 ファシアーナはうなずくと振り返って扉の方に声を掛ける。

「だってよ」

 そこで入り口で待っていたニフレディルと、その後からアラーニャが付いて入ってきた。

「いや、君たちにも本当に苦労をかけた。ここで個人的にもお礼をしておきたい」

「恐れ入ります」

 二人が大皇に礼をする。

《へえぇ、このお二方でも……》

 ということは先ほどのアルマーザはまさにとんでもなく失礼だったということか?

 そんな二人の後ろでアラーニャが目を丸くしていたが、カロンデュールが彼女に目を留めた。

「彼女がもしや?」

 ニフレディルがうなずく。

「はい。アラーニャです。ほら、大皇様にご挨拶なさい」

「あ、アラーニャですっ!」

 いきなりのことに彼女は顔面が硬直している。

「話には聞いていたが……この子なのか? 近くで見ると本当に小さいな」

 だがニフレディルが首を振る。

「ですが才能は折紙付ですよ? コルヌー平原の戦いでは彼女が大活躍しましたし……」

「うむ」

「それに彼女の力はまだ原石のようなもの。都でじっくりと磨き上げれば、類い希な輝きを放ち始めることでしょうが……」

 と、そこでニフレディルはじろっとティアの顔を睨んだ。

「え? あはははは!」

「ん? どうしたのだ?」

 もちろんカロンデュールはまだ彼女の素敵な魔法の発動方法については知らなかった。

「ともかくその辺についてはまたおいおいね、おいおい!……それよりキールとイルドのことはどうなったの?」

 ティアの態度が不審なのにカロンデュールは少し首をかしげているが……

「そうですね。マグニ様の見立てでは、彼の不思議な力はやはり、伝説の治癒魔法が中途半端な発動をしているのでは、ということでした」

 ニフレディルの答えに一同がおおっと声を上げる。

 それを聞いていたコーラがアルマーザに小声で尋ねる。

「あの、治癒魔法って何ですか?」

「ああ、それってね、怪我とか病気を治してしまう魔法ですよ」

 彼女はここ最近魔法についてはそれなりに詳しくなっていた。

「でもニフレディル様も怪我とか治してましたよね?」

「あ、あれはね、治癒魔法じゃなくって、魔法で怪我を治してるんです」

「はい?」

 コーラは首をかしげる。まあ当然だろう。

「ほら、例えば骨が折れたような場合、引っ張ってつないで添え木を当てて固定しますよね? リディール様はそれを魔法でやっちゃうんです。怪我を縫ったりするのも同じです。手でやるか魔法でやるかの違いはあるけれども、やってるのは普通の治療なんですよ。まあすごいのは毒とかを飲んだような場合それを直接出しちゃったりもできるんですけど……」

「へえぇ……」

「それに対して治癒魔法っていうのは、完全にダメになったり、手足がなくなっちゃったりしたのを治したり生やしたりする魔法なんだそうです……だからほら、リエカさんのお顔、あるじゃないですか」

「あ、はい……じゃああれが元に戻せるんですか?」

 コーラの目が丸くなる。

「戻せるらしいんですけど……都にもベラにもそれを使える魔法使いっていないんですよ」

「ええっ? そうなんですか?」

 と、そこで二人の話にニフレディルが割って入ってきた。

「魔法使いというのも全能ではないんですよ?」

「え? あ……」

 コーラがまた目を白黒させる。

「実際なあ、あの伝説ってすごく眉唾ってことになってたもんなあ」

 ファシアーナも首を振る。

「しかしそういう者が実在していたとしたら、大変なことだな?」

 カロンデュールの問いに彼女たちがうなずく。

「それはもちろんです」

 そこで思わずアルマーザは尋ねた。

「あの、じゃあ何ですか? もしかしてキールとイルドが治癒魔法を使えるようになるってことですか?」

 そうなれば―――だがニフレディルは即座に首を振った。

「多分それは無理でしょう。完全に固定化しているようなので……」

「あちゃー……」

「固定化って何ですか?」

 またコーラが尋ねるのでアルマーザは答えた。

「ん? 魔法使いって若いうちは色々な魔法を覚えられるんだけど、ある程度年食ったらもうそれ以上は覚えられなくなるのよ。そうなったら固定化したっていうの」

「へえ……」

 と、そこにカロンデュールが尋ねてきた。

「それにしてもアルマーザ君は魔法に詳しいのだな?」

「え? いや、そうですか?」

 そこでニフレディルが答える。

「アラーニャさんの訓練を彼女に手伝ってもらっていますので」

「ああ、そうなのか」

 カロンデュールが納得したようにうなずいた。

「なので都にも一緒に来てもらうことになっています」

 カロンデュールがうなずいた。

「そうか……それはそうともちろんティア、君も戻ってくるんだろう?」

 ティアがにっこり笑う。

「え? うん もちろんよ?」

「ということは……これからは都も少し楽しくなるな?」

「そうですね」

 メルファラ大皇后もうなずいた。

 と、そこでティアが首をちょっとかしげる。

「でも、住む所はどこになるのかしら? ジアーナ屋敷は広くて綺麗なんだけど……またあそこにみんなで住んでいいのかしら?」

「え? いや、ちょっとあそこには……」

 カロンデュールが言葉に詰まる。

 彼女が飛空機で拉致されていったという話はまだ秘密なのだ。しかもその犯人が一緒にいたりするわけで……

 辛そうなカロンデュールにティアは手を振った。

「ま、そうよねえ。でも別にあたしたちだけならあんな広い所いらないし、それにアラーニャちゃんの訓練が終わったら……」

「終わったら?」

「え? ほら、やっぱり一緒に帰らないとって……」

 カロンデュールとメルファラが共に愕然とした表情になる。

「ティアも戻ってしまうのですか?」

 メルファラの問いに、ティアの目が一瞬泳ぐが―――やがて彼女をまっすぐに見据えると答えた。

「え? あ、ほら、だってあたし一応女王だし……それにこっちじゃ……」

 カロンデュールとメルファラが今度はうっと息を呑む。

《あー、そういえばティア様って都じゃずいぶん寂しい生活をしてたって言ってましたっけ……》

 メルファラ出生の秘密を知っていたため、迂闊に再婚相手も探せなかったとか何とか……

 何やら二人が暗い表情になってしまったところに、ニフレディルが言った。

「それほどお気を落とすことはございませんよ。そのときには私も一緒に行くつもりですので」

「え?」

 カロンデュールが不思議そうに顔を上げる。

「実はアラーニャの教育が一段落したら、私も一緒に西に行って色々調査してみたいと思っているのです」

「調査を?」

 ニフレディルはうなずいた。

「はい。西の砂漠では魔法の素質を持つ者が呪われた子供として迫害されているようなのです。そういう子供たちの中に、もしかしたら治癒魔法などの未知の魔法が使える者がいるかもしれませんし」

 カロンデュールがはっとした表情になる。

「ああ、確かにそうだな」

「その他にもヴェーヌスベルグの呪いの源となった遺跡や、ティア様が立ち寄ったヌルス・ノーメンなど興味深い場所もたくさんあるようなので」

「確かに……それはそうだが……」

「それにこれはアラーニャとキール、そしてイルドのたっての希望でもあるのです。彼女たちは本当に運良く私たちの元に来られましたが、そうでない者達が今まさに砂漠で乾いていっているかもしれないのです。そんな子供たちを助けてやりたいと」

「それはそうだが……」

 カロンデュールが暗い表情になってしまった所に、ニフレディルがにっこり笑いかけた。

「大皇様? アラーニャの才能は素晴らしいと申したはずですよ? だからちゃんと訓練を行えば、瞬間移動の魔法だって使えるようになりますから」

「え? あ!」

 カロンデュールとメルファラがはっとしたように顔を上げる。

 瞬間移動の魔法とは行き先に特定の受け手がいなければ成立しない。しかし魔法使いであっても簡単に受け手になることはできないのだ。例えばニフレディルの受け手になれるのはファシアーナしかいなかった。

 そうするとある地点から別な地点に瞬間移動した後、もう一度元の場所に戻りたいと思っても、その場合は歩いて行くか飛んでいくかしなければならないのだ。こういう制限があるので瞬間移動は便利なのだが意外と使い勝手が悪かった。

 しかしここで受け手になれる魔法使いがもう一人いれば、二点間の瞬間移動経路を作ることができるわけだ。

 その話を聞いたときにアルマーザは尋ねたのだが―――


「えっと、マグナフレイムのときにはリディール様の他にメイさんやサフィーナも一緒に来ましたけど、例えばサフィーナだけとか飛ばせないんですか?」

 それを聞いたファシアーナはにっこり笑って答えた。

「うん。やってやれないことはないんだけど、そういう場合よくどっかに行っちゃったりするんだ」

「どっかにって?」

「どっかにだよ。その後誰も彼女の姿を見た者はいない、ってな

「あはははは……」


 ―――ということらしい。

 そこはさすが魔法の都の大皇と大皇后だ。その理屈を瞬時に理解したようだ。

「おお、そうか、それならちょくちょく遊びに来られるな?」

 ティアがにっこり笑って答える。

「逆にこっちに来てくれてもいいかも。砂漠の夕焼けってすごく綺麗なのよ?」

「ああ。確かに……」

 二人の表情がぱっと明るくなった。

《何か本当に仲良かったんですねえ……》

 ころころと表情の変わるカロンデュールとメルファラを眺めながらアルマーザがそんなことを思っていると、今度はカロンデュールがフィンに尋ねた。

「君はこれからどうするんだ?」

「あ、はい。私も今ではフォレスに仕えている身ですので、一旦都に戻った後、フォレスに向かいます」

「そうか」

「ただ今後はフォレスやベラがこれまで以上に都との関係を深めそうなので、そんな場合には使節として行き来することになるやもしれません」

「そうか……」

 カロンデュールは納得した表情だったが、メルファラの方はそうではなかった。

《やっぱりフィンさんと別れるのは辛いんでしょうか?》

 だがフィンにはすでにアウラという婚約者がいる。それを差し置いて彼と結ばれたかったら、こちらでは略奪というのをしなければならないそうなのだが……

 解放作戦中の明日をも知れない日々―――しかしそのときの彼女はまさに光り輝いていた。

 一方、危機が去って皆がそれぞれ未来を見据え始めた今、彼女の輝きが何故か鈍ってしまっているようにアルマーザには思えた。



 その日の午後、後宮の正面玄関でアルマーザはまたやんごとなき来客を待っていた。

《大皇様の次は、シルヴェストとサルトスの王様とか……みんな何だか凄いんですねえ》

 近々大切な会議が始まる。そうなるとなかなかプライベートな時間が取りづらいという理由で、今日は千客万来なのだ。

 カロンデュール大皇はメルファラ大皇后と共に天陽宮に滞在していたので、そこからはパミーナと大皇后が案内してくるだけで良かった。

 しかし彼らはアキーラ市内にある迎賓館に逗留している。そこでこうやって後宮の玄関まで出迎えに行かなければならないのだが、例によってコーラとクリンが、特にシルヴェストの王様が凄く厳しい人だと聞いてすくみ上がっていた。

 そこでこうしてまたアルマーザが出張ってきたというわけだ。

《フィンさんは普通にしておけば大丈夫だって言ってましたし……》

 まあ、なるようになることだろう。

 ―――そんなことを考えながら待っていたら城の侍女に案内されて、艶やかな衣装をまとった貴婦人と背の高い壮年の紳士、魔導師のローブを纏った赤毛の若い女性、それにがっちりとした戦士の四人がやってきた。

《うわ……あの人たちか……》

 まさにその周囲には異様なオーラが放たれている。

 先頭を歩くふんわりとした雰囲気の貴婦人が間違いなくサルトスのイービス女王だろう。

 彼女はなにやらメイと因縁があるらしいのだが……

『あはは。何というか、テンポが合わない人なんですよね~』

 ―――などと彼女は苦笑いしていたが。

 その後から来る紳士がアラン王に間違いない。フィンが言うには、まさに切れ味鋭い刃といった方だというが……

《うわ……確かにちょっと怖そうですねえ……》

 きりりと前を見据えるその眼光は、確かに迂闊に近寄るとそのまま貫かれてしまいそうだ。

 そのあとから来る魔導師がアスリーナという人だろう。明るい灰色で、襟元に赤い縁取りのついたローブを身につけているが、ファシアーナやニフレディルの物とはまた違ったデザインだ。

《あれがベラの魔導師のローブなんですかね?》

 彼女もまたメイの友達だというが、何でもすごいパワーの持ち主らしい。

 そしてその後ろから来る護衛の戦士だが……

《うわあ……強そう……》

 アルマーザはヒバリ組でアロザール兵と何度も剣を交えたことがあったからよく分かるが、この剣士ははっきり言ってヤバい。彼女など近づいただけで一刀両断されてしまいそうだ。

《アウラ様があの人来るのかな? とか言ってましたが……》

 多分間違いなくその人だろう―――などと考えていると……

「皆様方をお連れいたしました」

 先導してきた侍女が告げた。そこでアルマーザも……

「イービス様、アラン様、いらっしゃいませ」

 と、覚え立ての最敬礼で出迎えたのだが―――そこでいきなりアラン王が尋ねてきたのだ。

「アルマーザ殿が直々にお出迎えを?」

「へ?」

 いきなり名を呼ばれてぽかんとしていたら、今度はイービス女王が……

「まあ~、あなたがカワウソさん? もっと可愛らしい方かと思ってましたら~、なかなかの美人さんじゃないですか~」

「はいぃ?」

 アルマーザはそういう反応は予測していなかったので思わず固まってしまった。

 それを見たアラン王が微笑む。

「あなた方のことはドゥーレンなどからよく聞いている。ちゃんとした似顔絵もあるので一目で分かったよ」

「あ、どもー。そうでございましたかー」

「そんな固くならないで下さいな~。今日は私もおじさまも、お友達に会いに来ただけですから~」

 何やら思っていたほどでもないような様子なので……

「あー、はい。それではこちらにいらしてください」

 アルマーザは気を取り直して一行を後宮の中に案内する。

《ふう……思ったよりも気さくな方々でしたね……》

 彼らのうち、特にアラン王に関しては彼を知る者は皆、まさに英傑と呼ぶべき人物だと口を揃えて言っていた。中原の歴史については詳しくは知らないが、アラン王はレイモン王国のまさに宿敵であったという。

 あのアリオールでさえアラン王のことを口にするときには、その顔になにか崇敬の念とでもいえるような表情が浮かんでいた。

 なのでアルマーザも少しばかり緊張していたのだが、この調子なら粗相なく終わりそうだ。

 庭園内に入ると一同は思わず立ち止まって辺りを見回した。

「これは……見事な……」

 アラン王が目を丸くする。

「なんでもマオリ王のご家族のご住居だったそうで、ウィルガの有名な建築家が作ったそうです」

「ほう……」

 ここに関してはしばらく住んでいるのでよく知っている。アルマーザは勝手知ったる庭園の小径を抜けて、水月宮の前にやって来た。

「こちらが水月宮と言いまして、今はエルミーラ王女様一行が逗留中です」

「そうか」

 アルマーザは彼らを先導して月虹の間に向かった。

 扉の前ではクリンが緊張した顔で待っていた。アルマーザがにっこり笑って合図すると彼女がぱたんと扉を開ける。

「皆様がいらっしゃいましたーっ」

 それに続いて一行が部屋に入ると、そこにはエルミーラ王女、メイ、アウラ、リモン、それにフィンが勢揃いしていた。

 彼らが現れるやいなや、エルミーラ王女が立ち上がって優雅に一礼する。

「アラン様、イービス様、本日はこのような所に直々にいらして頂いてまことに恐悦至極でございます。アラン様にはお初にお目にかかります。フィリア・エルミーラ・ノル・フォレスと申します。お見知りおきください」

 するとアラン王がにっこりと笑って首を振る。

「いや、初めてではないぞ?」

「え?」

 王女が思わず王の顔を見上げると……

「以前ベラに行った帰りにな、フォレスに立ち寄ったことがあるのだが、そこで出会っているのだよ……ただそのときはまだ、姫は揺りかごの中で泣いておられたが……」

 王がにっこりと笑うと……

「あらまあ、そうでございましたか」

 王女もにっこりと微笑み返した。

「そのときには姫とロムルース殿の縁組みの立ち会いも行ったのだが……」

「え?」

 王女の顔に驚きの色が走る。

「あのようなことになってしまうとは夢にも思わなんだ……」

「はい……」

 あたりに何やら重苦しい空気が流れた。

《あのようなことって?》

 アルマーザは疑問に思ったが、ここで尋ねても仕方がない。そこでこの場はもう引き下がろうとしたのだが……

「あら? アルマーザさん、どちらに?」

 それを見とがめたのはイービスの後ろにいたアスリーナだ。

「え? 控えに戻ろうかと?」

 するとイービス女王が驚いた様子で言う。

「え~? せっかくですからこちらにいらしては~?」

「私がですか?」

 ぽかんとしているアルマーザにまたアスリーナが言った。

「もう、何おっしゃってるんですか? ベラトリキスといえばこの中原ではもう英雄ですよ? うちの女王様なんかよりもず~っと人気があるんですからね?」

「え? えーっと……」

 この人、女王様の前でそんなこと言っていいのか?

「まあ~そうですよ~? アルマーザさん。そちらにいらっしゃいな~」

 しかしイービス女王は怒りもせずにアウラの横に空いていた席を指さした。振り返るとエルミーラ王女が小さくうなずいた。

「それでしたらお言葉に甘えて……」

 アルマーザはアウラの横に腰を下ろす。

《何だか調子の狂う女王様ですねえ……》

 確かにメイの言うようにテンポが取りづらい人だ。

 と、そこでメイが懐かしそうにアスリーナに語りかける。

「アスリーナさんもお元気そうですね……って、それって一級のローブじゃないですか!」

 するとアスリーナが恥ずかしそうに頭を掻く。

「え? これですか? あはは。いや、ちょっと王女様が無理矢理裏から手を回しちゃってですねえ……」

「えーっ」

 驚きを隠せないメイにイービス女王が言った。

「だって~、宮廷魔導師が二級とか、ちょっとカッコ悪いじゃないですか~。リーナさん、パワーだけなら超一級ですよ~?」

 それにアスリーナが突っ込む。

「いや、でもああいうのは良くないと思うんですがっ!」

 えーと、何だろう? これは―――と思っていたら……

「ところでメイさんこそ~、 何だかもう凄い活躍だったみたいで~」

 イービスがいきなり話を変える。

「いやあ、それほどでも……」

 メイが頭を掻くが、そこにアスリーナが付け加える。

「それにあのカードのイラストもカワイかったですよね

 メイが軽く吹き出した。

「えーっ? 見たんですか?」

「そりゃあもちろん! 三セットありますよ? 何だかどんどんカワイくなっていくし

「いや、ちょっとあれはー」

 どうやらこの三人も旧知の仲のようだ。

 と、そこでアルマーザは先ほど気になっていたことを小声でアウラに尋ねてみた。

『そういえばさっき王様が“あのようなことになってしまって”って言ってましたけど、何が起こったんです? 知ってます?』

 アウラはうなずいた。

『あ、うん。えっと、ベラの長になるはずのレクトールって人が殺されちゃって、ルースが長にならなきゃならなくなって、婚約は破棄になっちゃったの』

『へえ……』

『でもディーンのパパはルースなんだけど』

『はい?』

 二人の話は聞こえていたらしく、アラン王がエルミーラ王女に尋ねた。

「そういえばハルディーン王子の誕生の知らせが届いたのは、そこのお二人がグリシーナを発つ少し前であったな……」

「そうですわね……あれからもう二年になりますか……」

 エルミーラ王女がちょっと遠い目になる。

 それからアラン王はフィンとアウラを見てにやっと笑った。

「それにしてもお二人とも元気で何より。行方が知れなくなって心配をしておったが……」

 慌ててフィンとアウラが居住まいを正す。

「いえ、その節は大変申し訳ありませんでした」

「あの、ごめんなさい」

 二人が神妙に謝っている。

 だが王は怒っている様子ではない。

「いや、しかしこれぞまさに結果オーライ、終わりよければ全てよしというものだ」

「いや、ほんとうにその、何と申し上げていいのか……」

 畏まるフィンにエルミーラ王女が言った。

「そうですわねえ。本当に二人があんな勝手なことをしてくれなければ……この世界は一体どうなっていたことか……」

 ………………

 …………

 一瞬場に沈黙が訪れる。

 それからアラン王が大声で笑い出した。

「あははは。まさに。本当にどうなっていたことやら……」

 そこでまたアスリーナが女王に言った。

「少なくともイービス様は女王様じゃありませんよね? サルトスがなくなっちゃってるんですから。今頃はどこかの山の中に隠れて震えてたと思いますよ?」

 あははは―――って、マジ一歩間違えれば自分たちもそんな感じだったのだが……

 それを聞いていたイービス女王がエルミーラ王女に大きく頭を下げた。

「そうなんですのよ~、エルミーラ様~、おかげで~といいますか~、ごめんなさいね~。私の方が先に女王なんかになってしまって」

「え? いえ、そんなことはございませんわ」

 エルミーラ王女が笑って首を振る。

「もう~、本当に全くそんなつもりなかったのに~、本当に大変なんですのよ~? 王様になるためのお勉強とか、ぜんぜんしてなくて~。それで結局アランおじさまに頼りっぱなしで~」

 そう言ってイービスはアラン王の袖を引っ張る。

 そんな彼女にエルミーラ王女が弔辞を述べた。

「でも本当にご胸中いかばかりかとお察し致しますわ。ハグワール様だけでなく、ガラッハ様、カサドール様、それにハラン様までがお亡くなりになられてしまって……」

 聞けばサルトス王国では先ほどの戦で国王や世継ぎの王子がことごとく戦死してしまい、急遽このお方が王位を継いだのだという。ちなみにこのカサドール様というのはサルトスの第二王子だった人で、マウーナの彼氏とは無関係である。

「ありがとうございますぅ~。でもあれは自業自得としか言えないんですよ~? 脳筋連中ってのは頭に血が上ったら前のめりに突っ込むことしかできなくなって~」

「あ、はあ……」

 エルミーラ王女が返答に困った様子だが、イービス女王は構わず話し続けた。

「おかげでもう~、女王になって最初に出したお触れが~、お前達は勝手に死ぬのは禁止です! 私が死ねと言ったとき以外は! なんてのだったりして~」

「あらまあ……でも、それだとご病気の方とかがお困りになりませんか?」

 引きつり気味の笑みを浮かべたエルミーラ王女の問いにイービスは首を振る。

「い~え~。それに対しては、病は気からと申しますから~、気合いで治しなさい! と申し渡しましたところ~、何だか意外に受けが良くって~、本当にうちの男どもは単純で~」

「まあ、そうでしたか」

 王女が苦笑いしながら答える。

「で、メイさ~ん」

 またいきなりメイに話しかける。

「はい? 何でしょう?」

「あの縁談、受けなくて正解でしたね~。うっかり受けてたら今は未亡人ですよ~」

「あはははー。そうですねー」

 あのエルミーラ王女やメイが何やら勢いに呑まれているようなのだが……

《この方も結構な人物なんじゃないですか?》

 やはり本物の王様とか女王様になる人は、何か変わったオーラを持っているらしい。それに比べてうちの女王様なんかは―――ぷふっ。

「で~、とりあえずはそれで弔い合戦が~、とかいうのは押さえられたんですが~、でもちょっとこのままではダメなんじゃないかって思っていたら~」

 女王はそこにいた全員の顔を見る。

「何と、無くなってしまったはずのレイモンが、再興したなんて言うじゃありませんか~。しかもそれをやったのが何と、ここにいる皆さんで~、おかげでくじけてしまいそうになってたのを、頑張る元気が出てきたんですよ~?」

 エルミーラ王女が首を振る。

「いえ、私たちはきっかけを作っただけで、やはり一番はレイモンの人々が強かったということだと思いますよ?」

「まあ~、ご謙遜を~。あの機甲馬とかいう秘密兵器を撃破するには~、あなた方がいなければ不可能だったっていうじゃありませんか~」

「まあ、あれとは運良く一度戦ったことがございましたので……」

 と、そこでこれまで黙っていたアラン王が口を挟んだ。

「いや、運だけでは不可能だ」

「え?」

 驚く王女を王がきりっと見つめる。

「並の者ならそもそも、あんな企てなど夢にも思うまい。よしんば思いついても、怖じ気づいて実行することなど叶わなかっただろう……だが君たちは果敢にも立ち上がりそれを行った。だからこそ黒の女王の恩寵も得られたのであろう」

 アラン王は他の一同も見渡した。

「機甲馬の件にしてもそうだ。確かに君たちが一度あれと遭遇して倒していたことは幸運だった。だがその勝利をただの幸運とせず、次への備えをしっかりと行っていたからこそ、コルヌー平原の勝利はあった」

 王はそこでしばし間を置き、真剣な表情になる。

「我々の間には奇跡を見たと思っている者が多い。だがそれは違う。そこに黒の女王の鉄槌などは存在しない。ここで我々が見ていたのは君たちと、このレイモンの国民が行った偉業なのだ。人がそれを成し遂げた……だからこそ今回の出来事にわしは心の底から戦慄したのだ」

 ………………

 …………

 ……

 もしかしてこれって―――あり得ないくらいに褒めちぎられてないか?

「そんな……あまりにも過大なお言葉……」

 エルミーラ王女も何と答えていいか分からず困っている様子だが―――そこにイービス女王が口を挟む。

「まあ、おじさまもそろそろお年ですから涙もろくなっているのですよ~」

「なんだと?」

 王がぎろっと彼女を睨むが、イービス女王はペロッと舌を出してそっぽを向いた。

 何というか、この王様にこんなことを言えるのは世界で彼女だけな気がするが―――ともかくそのおかげでまた場に和やかな雰囲気が漂う。

 そこでまたアルマーザはアウラに尋ねた。

『アウラ様ってあの王様と知り合いだったんですよね』

 アウラはにっこり笑ってうなずいた。

『うん。前、殺しに行ったの』

「はあ?」

 それはまた聞こえていたようだ。

「あのときは本当に肝が冷えたぞ?」

 アラン王がにやっと笑ってアウラの方を見る。

「あの、申し訳ありませんっ!」

 何故かそこで代わりに謝ったのがフィンだ。

 だがアラン王は遠い目で語った。

「しかし……あのときはまさに死力を奮ってレイモンを叩き伏せようとしていたのに……なのに、このアキーラでガルンバの息子と和やかに話す日が来ようとは……」

「全くです……」

 二人は何やら感極まったという表情だ。

 そこでアルマーザはまたアウラに尋ねた。

『あのときって何が起こったんです?』

 だがアウラは首をかしげた。

『んー、何だったんだろ?』

 へ? よく分からない、と??

《でも、王様殺しに行ってたんですよね? よく分からないけど?》

 この人もまあ、大物なのだ。

 と、そこでイービス女王がフィンに尋ねた。

「そういえば~、あの呪いの解き方、フィンさんが見つけたとか~?」

 思わずフィンが吹き出す。

「え? いや、その……」

 彼はあからさまに挙動不審だ。それを見たアラン王が笑ってイービスに言う。

「いや、彼の送ってくれた少年が大変役に立ったのだぞ?」

「あら? そうでしたっけ~?」

 それから彼女は振り返って尋ねる。

「ん~、フィンさん、どうかしましたか~?」

「いや、何でもありませんよ?」

 このお方―――絶対に知ってて言ってますよね? 王女様とか女王様って性格が悪いのが基本なんでしょうか?

「あはは、それでボニートは元気ですか?」

 フィンがごまかし気味に尋ねると王は答えた。

「ああ。あの後エレバスと懇意になってな。今では一緒に暮らしているようだが」

 それを聞いた途端だ。

「エレバス⁉」

 そう言ってアウラが腰を浮かしたと同時に……

「なにっ?」

 それまで微動だにしていなかった護衛兵士が思わずつぶやいた。

「アウラ、知ってるの?」

 エルミーラ王女の問いに彼女はうなずく。

「あ? うん。めっちゃ強い」

「まあ……アウラがそう言うなんて……」

 それを聞いていたフィンが答えた。

「いや、二人が戦うのを見てましたが……何というかもう、見ているだけで一歩も動けないというか……」

 フィンの表情にはまごう事なき恐怖が見え隠れしている。

「まあ……」

 王女やメイ、そしてリモンが驚いた表情になる。

 それを見ていたイービス女王が護衛兵士に尋ねる。

「ディアリオ、知ってるの~?」

 ディアリオと呼ばれた兵士は首を振る。

「いえ、直接まみえたことはございませんが。あのガルブレス殿と互角に戦える剣士と聞き及んでおります」

「まあ~、そんな方が~……ああ、そうそう。これが一段落したらまた御前試合を開かなければいけませんね~」

 アスリーナがうなずいた。

「ああ、そうですねえ。あれやらないと暴動が起こっちゃいますからねえ」

 暴動?

 女王はあっさりとうなずいた。

「そーなんですよ~……あ、でしたらそのときはアウラさんもいらっしゃいますか~?」

 驚いたアウラが問い返す。

「え? 行っていいの?」

 女王はにっこりうなずいた。

「もちろんです~。それにリモンさんもいかがですか~?」

「え?」

 いきなり言われて彼女の方は固まってしまった。

「話は聞いていますよ~。何でも、エクシーレの王子様を襲った刺客を~、一撃で倒しちゃったとか~?」

 リモンが目を見開く。

「どうしてそれを……」

 聞いていたメイが苦笑しながら言った。

「あははは。アスリーナさんへの手紙で書いちゃった

「ちょっと!」

 リモンがメイをじろっと睨むが―――しかし行きたくないわけではない様子だ。

「でも行くのなら今度は勝ってきてよ?」

 エルミーラ王女が笑いながらそう言うとリモンは即座にうなずいた。

「もちろんです」

 ディアリオが思わずつぶやく。

『もちろん、ですか……』

 それを聞きとがめたのはアウラだ。

「ん? 勝てるけど?」

「ほう……」

 ディアリオはそう答えただけだが……

《うわっ! 火花が飛ぶってこういうのを言うんですか?》

 二人の間にまさに一触即発といった空気が流れているが―――そこにまたのんびりと口を挟んだのがイービス女王だった。 

「あー、でも~、今度の戦乱で各国ボロボロだし~、試合を開催できるまでにはもう少し時間がかかりそうよね~」

 エルミーラ王女もうなずいた。

「そうですね。中原の版図もこれでまたずいぶんと変わるでしょうし。各国が落ち着くまでにはもうしばらくかかりそうですね」

 アラン王もうなずく。

「うむ。そうだな……今度の会議ではそのことも俎上に上ることになるだろうが……」

 と、そこで王が尋ねた。

「ちなみに君たちは今後はどのような展望を描いておるかな?」

 その質問にエルミーラ王女が少し居住まいを正す。

「はい。アリオール様ともお話し致しましたが、レイモンはもはや戦前のような勢力を取り戻すことができないのは明らかで、そうなると大河アルバの東部が他国によって適宜分割されることになるのは仕方がないと」

「うむ」

「落し所としてはシルヴェストがシフラ、サルトスがセイルズ、アイフィロスがトルボを取るというような形でしょうか。レイモンは大河の西部とバシリカを取るということで。アロザールに関しては今後の戦の結果如何ということになるでしょうが……」

「うむ。順当に行けばそのようなことになるだろうが……」

 アラン王がふうっとため息をつく。

「いかがなされました?」

「ん? いや、悪くない話だが……何やら一昔前に戻ったようなものだなとな」

「一昔前、ですか?」

「中原の小国が割拠して争いあってきた歴史がまた蘇るのだなと……」

 聞いていたエルミーラ王女がはっとした表情になり、それから目を伏せると尋ねた。

「アラン様は……レイモンやアロザールが統一していた方が良かったと?」

 王は吹き出した。

「いや、それも困るが」

 と、そこでエルミーラ王女が改まると。

「そこで一つこちらからお願いしようと思っていることがあるのです」

「何だ?」

 首をかしげる王に王女が言った。

「大河アルバの中流にアイディオンという土地がございますね? バシリカとロータの中間あたりになるでしょうか?」

「うむ。知っておるが……湿原地帯だな」

 王女はうなずいた。

「はい。なのであまり耕作や酪農には適しておりませんが、大変風光明媚な場所と聞き及んでおります」

「確かに、美しい場所だが?」

「ですので、そこを都の直轄領として頂いて、大皇后様の離宮を作ってみてはいかがかと」

「離宮を?」

「はい。そのような中立の土地があれば、もめ事があった場合に話し合う格好の場所となりますし」

 アラン王はしばし考え込み、それから驚いたように王女の顔を見る。

「なるほど。丁度各国が接するその場所に、そのような緩衝地帯を作ろうということか……うむ。良い考えだと思うが……それはエルミーラ殿のお考えか?」

 王女はにっこり笑って首を振る。

「いえ、元々は父の考えなのですが」

「アイザックの?」

「はい。父はかねがね、とある草原の大国からの脅威を除くために、ベラと都の同盟を企てておりまして……」

「ああ、それはフィン君に聞いたな」

 王がちらっとフィンの顔を見ると、彼も小さくうなずいた。

「でもそのためには足下の旧界を固めておかねばなりません。そこで父はレイモンとの決戦の際にはフォレスとベラに加えて、エクシーレにも出陣を要請しようと考えておりました」

「エクシーレから?」

 王女は頷いて続ける。

「はい。そしてその彼らに約束していた報酬というのが、その世界の中心の土地だったのですが……」

 王の目が丸くなる。

「ほう? アイザックがそのようなことを……」

 王女がにっこりと笑った。

「ですが……その計画は完全にお流れになってしまいまして、帰ってからどうティベリウス様を説得するか、頭を抱えておりまして」

 話を聞いた王がくっくっくと笑い出す。

「ははは。計画というのはいくら緻密に立てたと思っていても、得てして全く別の結果になってしまうものだからな」

「はい、まったく」

 その話を横で聞いていたアルマーザは、思わず尋ねていた。

「エルミーラ様? そのアイディオンという場所にファラ様の新しいお家ができるってことですか?」

「ええ、そうね」

「そこだったらまたみんなで集まるときも集まりやすいですよね?」

 王女の目が丸くなる。

「あらまあ、そうね

 この戦いが終われば皆、それぞれの故郷に帰っていく。

 エルミーラ王女たちは東の果てに、ヴェーヌスベルグの娘たちは西の果てに、アルマーザが当面赴く白銀の都は北の山の中にある。

 でもその真ん中にファラ様がいてくれたのなら……

《また会えるのなら、それってお別れじゃないですよね?》

 そう思うとアルマーザはちょっと嬉しくなった。