ベラトリキス最後の作戦 第7章 アカラ&シャアラ、羽目を外す

第7章 アカラ&シャアラ、羽目を外す


 その日、アキーラのメルカード劇場ではロマンゾ劇団による音楽劇“双星双樹”の最終公演が行われていた。

《うっわあぁ……》

 舞台の上はフィナーレの大合唱だ。

 アルマーザは陶然としてその舞台と楽曲に浸りこんでいた。

《マジ、間に合って良かったぁ……》

 車椅子生活がやっと終わり、こうして出歩けるようになったのが先週のこと。

 ところがその間にバシリカが解放され、ロマンゾ劇団は本拠地に戻るべくアキーラでの公演を終了することになったのだ。

《これ見られなかったら一生自慢されてたとこでしたよ……》

 それはもう素晴らしい! の一言であった。

 最初は四時間もあるなんて大丈夫なのか? と思っていたのだが、まさに時を忘れて見入ってしまったわけで……

 ティアがヴェーヌスベルグに来て“ヤクート改革”を行ったが、彼女がどんな所を目指していたのかがこれでよく分かった。

 これに比べれば彼女たちのヤクートなど子供の遊び同然だった。

 ティアがそれにコーラスや魔法の演出、そしてドラマ性を持ち込んだのだが、そのささやかな成果にさえ村のみんなは衝撃を受けていたのだが……

《これ見たらどう思うんでしょうね、みんな……》

 まさに世界は広い。素晴らしい物があるものだ―――などと感慨しているうちに劇は終わり、気づけばあたりは拍手喝采の雨あられだ。

 振り返れば同行してきたメイとサフィーナ、そしてアラーニャも立ち上がってほとんど涙目で拍手をしている。

 カーテンコールが終わって余韻がだんだんフェードアウトしていくと、劇場には素敵な時を過ごせたという充実感と共に、宴の後のような寂寞感が漂いはじめる。

「終わっちゃいましたね……」

 アラーニャがふうっとため息をつく。

「そだね」

 アルマーザもうなずく。

「うわあ、何度見てもいいわねえ」

「ん」

 そう言いながらメイが大きく伸びをすると、サフィーナもにっこりうなずいた。

 この二人はアルマーザとアラーニャが最終公演を見に行くと言ったら、ぜひ一緒に行きたいとついて来てしまったのだ。そのときはこけら落としの時に貸しきりでじっくり見ているのにどうしてなんだ? と疑問がわいたものだが……

《これなら、何度でも見に来たいですよね》

 本当にあの“事故”は遺憾であった。

 おかげで彼女はその後しばらく絶対安静で、楽しみにしていた付け払いツアーにも参加できなかった。戻ってきた奴らに話を聞いたら行く先々で歓待され、美味しいものを食べられてマジ楽しかったらしいが……

《ま、おかげでこちらはアラーニャちゃんと親睦を深められましたからっ!》

 彼女もアルマーザの看護のためにツアーには行けなかった。

 しかも絶対安静ともなると下の世話とかまでをお願いせざるを得ないわけで……

《ふふっ! もう失う物なんてありませんからね?》

 そう思ってアラーニャに微笑みかけるが―――彼女は不思議そうに首をかしげる。

 彼女はまだ“魔道具”がないと心が読めないので、残念ながらここではアルマーザが何を考えているかは分からないのであった。

 観客ががやがやと退出し始める。

 そこで彼女たちも席を立って帰途についたのだが―――ふとサフィーナが前方を指さした。

「ん? あれ、マジャーラじゃないか?」

「え? どこ?」

 メイが目を凝らしているが……

「ほら、あそこ」

「え? え?」

 メイには全く分からない様子だが、確かに指さす先にそれっぽいのがいる。

「あ、あの水色の帽子をかぶってるの?」

「ん」

 サフィーナがうなずくと……

「えー? どうして分かるの?」

 メイが不思議そうに尋ねるが、サフィーナはしれっと答える。

「歩き方で分かるが?」

「えー??」

 確かにあの肩の揺らし方はマジャーラっぽいが、アルマーザにしてもこの人混みの中、言われなければ全く分からないわけで……

「ちょと、行ってくる」

 サフィーナが人混みをかき分けてその女性に追いつくと、彼女とその横のもう一人がこちらを振り返るが……

「あ、本当だ……ってか、横の子、あれって……」

「ありゃラクトゥーカちゃんじゃないですか?」

「そうですねえ」

 三人が彼女たちの元まで行くと、その二人連れは間違いなくマジャーラとラクトゥーカ―――あのイーグレッタのお付きをしていた小娘であった。

「マジャーラさんがラクトゥーカちゃんと?」

 メイが尋ねるとマジャーラがあははと笑う。

「あ、まあな」

「いったいどういう取り合わせです?」

 思わずアルマーザも尋ねるが―――というのもアーシャとアウラの舞の練習のため祈念式典までほぼ連日、イーグレッタと共に彼女は水月宮に顔を見せていた。そのためそちらのメンバーとはもう顔なじみだったのだが、辰星宮には一度も来ていない。なのであちらのメンバーとはほぼ初対面に近いはずなのだが……

 そんなことを考えているとマジャーラが言った。

「ああ、ってか、立ち話も何だし、せっかくだからお茶でもどう? カフェ・アルバーダが営業再開したっていうし……だよね?」

 ラクトゥーカがうなずく。

「はい。そう聞きました」

「あ、それなら」

 アルマーザ達に異存はない。

 カフェ・アルバーダとはアキーラでは有名なカフェで、アルエッタの言うことには若い男女がまずはここでデートして、それから誓いの見張り台を目指すのが黄金パターンなのだそうだ。

 それがこの戦いでずっと閉店していたのだが、最近ついに営業再開したという。

 ただこの店は人気店なのでこの人数で行って入れるかどうかだが―――ラッキーなことにちょうど出て行く客がいて入れ違いに入ることができた。

 六人がテーブルについて注文を終えるとサフィーナが尋ねる。

「んで?」

 するとマジャーラが笑いながら答えた。

「あはは。いや、双星双樹、面白いよね?」

 一同はうなずくが……

「それでツアーから帰ってからも見に来てたんだよ」

「え? マジャーラが?」

 思わずアルマーザが突っ込むが……

「何だよ? あたしが劇にハマったら何か変か?」

「いや、まあいいんだけど……」

「んで、一つ前に来たときだ」

「一つ前って……何回来てるんだ?」

 今度はサフィーナが突っ込むが……

「あー、これで四回目かな?」

「四回目⁈」

 メイが目を丸くする。

「だから悪いかよ?」

「いや……それで?」

 確かに悪くはない。

「ああ。それで劇が引けたあと、帰りがけにさ、この子が酔っ払いに絡まれてたんだ」

 メイがうなずく。

「ああ、バシリカ攻めの軍が戻ってきてますからねえ」

「ラクトゥーカちゃん、一人で来てたの?」

 アラーニャの問いにラクトゥーカはうなずく。

「あ、まあ、その……はい」

 彼らが出陣していった後、アキーラはある意味非常に安全な町になって、女の子が一人で出歩いても大丈夫だったのだが……

「んで、そいつをのしたのか?」

 サフィーナの問いにマジャーラがニヤリと笑った。

「まあな」

 途端にラクトゥーカがしゃべり出す。

「カッコよかったんですよ? マジャーラさんよりも大きな相手なのに、一発でKOしちゃって

「いや、あれはな、顎をこうかすめるように打てば結構コロッといくんだ」

「きゃあああ

 何やら目の中に星が見えるのだが……

「あー、なるほど」

 しかしまあ、出会った状況は理解できたが……

「んで、家はどこだって聞いたら城の方を指すんで、一人じゃ危ないから途中まで送ってくよってことになって」

 ラクトゥーカが続ける。

「それでお城まで来て、ありがとうございます! ってお礼したら何だかびっくりされてて、お城に務めてるの? なんて尋ねてくるものだから」

「いやあ、お城勤めの侍女かって思ったんだ。それで中まで一緒に行ったら、何だか後宮の入口まで来ちゃうしさ」

「私もお城勤めの警備の方かなって思ってたんですが、そうしたらそこで衛兵の方が敬礼してるじゃないですか。それでいったいどなたですかって尋ねたら、何とマジャーラさんだったんです

「んで、今度はあたしが名前を聞いたら、イーグレッタさんのところの子だって言うじゃない。それで天陽宮まで送ってってやったんだ」

「それ以来お庭とかで出会ったら色々お話ししてたんですが、今度公演が最終回になるって聞いて、それじゃもう一度見に行こうかってことになって」

「ラクトゥーカちゃんも劇が好きなの?」

 メイが尋ねると彼女は大きくうなずいた。

「あ、はい。かれこれ六回見に行きました!」

「うわあ、大好きなんだ……」

「はい。イーグレッタ様も大好きで何度も連れて行ってくださったんです」

 上には上がいるようだ。

 そんな調子で歓談が始まったが、当然話題は今見た劇のことになっていく。

 アルマーザは思わずうっとりとした声で語っていた。

「……いやあ、でも最後のあのデュエット、良かったですよねえ。まさに儚くも美しいといった感じで……」

 劇のクライマックスで光の王子オルトロスと闇の王子ヘスペルの最後の戦いが行われた。

 そこで苦戦するオルトロスを助けようとして、闇の魔導師ローザが破壊的な魔法を使う。

 ところが身を呈してそれを受け止めたのが、光の魔導師リリアだった。

 ヘスペルがそれに一瞬動揺した瞬間、オルトロスの剣が彼を捕らえて致命傷を与える。そしてヘスペルとリリアが最後のデュエットを歌って共に息絶えるシーンなのだが……

「ああ、あれいいよなあ……」

 マジャーラも感極まったという様子だが……

「ん。でも、瀕死の重傷なのに二人とも良くあれだけ歌えたよな」

 サフィーナが身も蓋もない感想を述べるが……

「ちょっと! そこに突っ込んだらダメでしょ!」

 メイが苦笑いしているが、マジャーラが答える。

「あはは。あたしも最初それ思ったんだけど、でも終わったときはそんなこと何もかも忘れててさ」

「ん。凄く綺麗だった」

 サフィーナもあの歌には感動していたようだ。

 そこにぽつっとアラーニャが口を挟んだ。

「でも何だか悲しかったですよね。ヘスペル、死んじゃって……」

 するとメイがにやっと笑う。

「あ、アラーニャちゃんもそっち派?」

「え? 何がですか?」

「実は前話してたコルネというのがいるでしょ?」

「はい」

「そいつがもうガチのヘスペル派で、あそこでヘスペル様を殺すのは絶対許せん! とか息巻いてたのよ」

「へええ。それじゃメイさんはオルトロス派なんですか?」

 と、アルマーザが尋ねると……

「まあ、どちらかと言えば。でもやっぱりあんな争いにならず、みんな仲良くできたら良かったかなって」

 ん? 何かちょっといい子ぶったコメントだなあと思っていたら……

「でも、あの争いがなかったら、そもそも双星双樹ってお話がありませんよね?」

「あはは。それはそうなんだけどねー」

 ラクトゥーカに冷静に突っ込まれて、メイの笑みが少々ひきつっている。

《あはは。またこの小娘(一般用法)は~、とか思ってるんですかね?》

 何やら彼女にはかような悲しい思い出があるらしいが―――すると今度はマジャーラが……

「しかしまあ、ちょっと気になったと言えば、ほら、最後の決闘あるだろ?」

 一同が彼女に注意を向けると……

「あの振り方じゃ相手は斬れないよなあ」

「あ、それはそうだな」

 サフィーナがまたうなずく。

「いや、それも突っ込む所じゃ……」

 メイがまた苦笑するが……

「でもあれならあたしとシャアラとか、サフィーナでもアルマーザでも、もちょっとそれっぽくできたりしないか?」

「ええ? そうなんですか?」

 ラクトゥーカの目が丸くなる。

「あはは。確かに皆さん現役の戦士ですからねえ。でも役者さんにそれを求めるのはどうかと……」

 そんな話で盛り上がっていたときだ。いきなりアラーニャが宙を見据えてブツブツ言い始めたのだ。

「え? はい……カフェ・アルバーダという所ですが……え? みんないますが…………えええええ⁈ ……はい! 分かりました! すぐ帰ります!」

 何やら彼女にニフレディルかファシアーナから心話が来たらしいが、彼女はまだ魔道具を使わないと伝心ー伝心の心話はできないので、これは伝心ー読心の心話なのだが―――というのはともかく……

「どうしたん?」

 アルマーザが尋ねると……

「いえ、今ニフレディル様から心話があって……」

 それを聞いた一同が口々に……

「おおお! さすが大魔法使い」

「まだ見習いなんですけどね」

「アラーニャ様は心話ができるんですか?」

「で、何かあったのか?」

 アラーニャが答える。

「それが……アカラさんとシャアラさんに子供ができたって」

 ………………

 …………

 ……

「「「「「はあぁ?」」」」」

「詳しいことは帰ってから話すって」

 一同は顔を見合わせる。

 もちろんここで悠長にしている場合ではなかった。



 一行は慌てて後宮に戻ると、ラクトゥーカと別れて辰星宮に走った。

 太白の間にはエルミーラ王女や大魔法使い達だけでなく、メルファラ大皇后までがやってきていたが、場には何やら愕然とした空気が流れている。

「えっとあの、マジですか?」

 メイの問いにエルミーラ王女がとことんあきれ果てたという表情でうなずく。

「そうみたいねえ……」

「でも二人一緒って……」

 それに答えたのはティアだ。

「そうなのよ。最初はアカラがいきなり吐いちゃって、それで見てもらったらつわりだって事が分かって……」

「シャアラさんは?」

「うん。そうしたら彼女がね、じゃあ自分はどうだとか言い出して、それで見てもらったら何と彼女まで妊娠してて……」

 戻ってきた一同はじとーっとした視線で部屋の中央に座らされていたアカラとシャアラを眺めた。

「それでは皆さんが来たので、状況を詳しく話してもらえますか?」

 ニフレディルの問いに二人は引きつり気味の笑みを浮かべる。

「えへっ」

「あははは」

 そして事の経緯をまずシャアラが話し始めた。

「えっとほら、一月に夕食会を開いたじゃない」

「一月?」

 夕食会なら何度かやっているが……

「ほら、メイさんが事故った前の日」

「げほげほっ!」

 メイが壮絶に咳き込む。

「あー、あのとき?」

 一同の記憶が鮮明に蘇ってきた。

「それであたし達、市場まで買い出しに行っただろ?」

「あ、はいはい。あー、そういえばあんた達、そこでケンカして粉まみれになって帰ってきましたよね?」

 アルマーザの言葉に二人はうなずいた。

「うん。そのときなんだけどさあ……」

 連合軍がバシリカに侵攻していった後、暇になった彼女たちは何度かそんな夕食会を開いていた。

 その日の午後、アカラとシャアラは食材の買い出しに市場まで行き、他のメンバーは水月宮で全員、会場の準備を行っていた。

 二人は車庫で厨房の買い出しに使う荷馬車を借りた。それには大きな野菜籠が幾つも乗っていて運ぶのに便利だったからだ。

 市場での買い出しは順調に運び、予定よりもかなり早く必要な物が揃ってしまった。そこで二人は市場のはずれに荷馬車を置いて、おやつを食べてから帰ることにした……

 リサーンが尋ねた。

「おやつって……もしかして粉屋で?」

「そうそう。あそこの美味いだろ?」

「そうよねー。あたしもよく行ったもんねー」

 粉屋とは市場の中央付近にある文字通り小麦粉などの粉物を売っている店だが、そこが自分の店の粉で作ったお菓子も出していて、地元ではちょっとした人気店となっていた。

「で、あたしがミートパイでアカラは確か……」

「クリームパイ」

「あ、あれ好き!」

 それを聞いていたメルファラ大皇后が尋ねる。

「まあ、そんなに美味しいのですか?」

「ファラ様、食べたことなかった?」

「私はまだ……」

「そりゃもったいない。今度行きましょうよ」

「いいですね」

「んじゃ、暇な日は?」

 何やら話が脱線しかかっているので、ハフラが突っ込んだ。

「えーっと……そういうのは後にしたほうがいいんじゃないの?」

「あー、まあそうね」

「それでどうなったの?」

 シャアラが続けた。

「ああ、そこにね、男の二人連れが来ててさ。横のテーブルでパイを食ってたんだ。両方とも若くて、一人はちょっと小柄で、もう一人は結構がっちりとして背も高かったけど」

「何か凄く美味しそうに食べてたわよねー」

「ああ。結構いい身なりでさあ、大きい方がこんなのは館じゃ食べられませんねーとか言っててさ」

 それを聞いていたハフラが言った。

「館じゃ食べられないって、そんなに高貴な人なのかしら?」

 シャアラがうなずいた。

「あー、まあ、そんな感じだったんだけど……横で誰が食ってようが構わないわけで、こっちは頼んだのが来たんで食べようとしてたんだ。ところがちらっと向こう見たら、何だか珍しい制服の兵隊が見えてさ」

「珍しいって?」

「濃い緑色してるんだけど、それってサルトスの制服の色だよね?」

 聞いていたメイの目が丸くなった。

「えーっ? 確かにそうだけど……でも。サルトス? とっくの昔にシフラに向かってったんじゃ?」

「うん。だからあたしもへえ、サルトス人がまだいるんだ、珍しいなーって見てたんだ。そしたら……」

「そうしたら?」

「そいつら、何だかどんどんこっちにやって来るんだ。人数は二人で、でも何か殺気立ってるってか、やばい雰囲気でさ」

「うん」

「そしたらマジそいつら、横でパイ食ってた二人連れに向かって剣を抜いたんだよ。それで危ない! 後ろっ! って叫んだんだけど、それでその二人、振り向いて何とかその攻撃は避けたんだけどさ……」

 そこにアカラが補足する。

「いきなりシャアラが叫ぶから何事かって思ったんだけど、でももうちょっとで斬られてたところなんだから」

 一同は呆然とうなずいた。

「んで、小さい方が慌ててずっこけてて、敵の一人が振りかぶって覚悟ーっ! とか叫んでんだ。こりゃマジやばいと思って、横からそいつの口にパイを突っ込んでやってさ」

 ………………

 …………

 ……

 メイがまん丸な目で尋ねた。

「パイを突っ込んだって……できたての奴を、ですか?」

「ああ」

「いくら何でもそりゃひどいでしょう?」

 話を聞いていたメルファラ大皇后がまた尋ねる。

「どうしてそれがひどいんですか?」

 それにはシャアラが答えた。

「いや、粉屋の揚げパイのできたてってすごく熱くってさ」

 アカラも続ける。

「そうなの。ふーふーしながらちびちび食べないと」

「しかもミートパイって時々ぴゅっと汁が飛んだりして。美味しいんだけどさ」

「そうなのですか?」

 大皇后は首をかしげているが……

《あははは。うっかりかぶりついてしまったときのあの熱さ……本当に食べたことがないんですね》

 これは確かに一度一緒に行くべきだろう、などと思っていると……

「……んで、そいつはどうなったんだ?」

 サフィーナの問いに……

「ぶはーってすごい声をあげてさ、パイ吹き出してたけど。もったいない……でもあいつしばらくは口の中、べろべろだっただろうな」

「ははははは。それで?」

「そしたら今度はアカラがもう一人の奴の顔面に粉袋を投げつけてさ。それが派手に破裂して、あたりはもう粉まみれで、大騒ぎになっちゃってさ」

 アカラというのは腕力は結構あったりするのだ。

「手近にあったのがそれだったんだもん。それに大きい人、小さな剣しか持ってなくて、何かすごく負けそうだったし」

「んで、口押さえてのたくってた奴から剣をかっぱらって、二人とも突っついてやったんだ」

「殺しちゃったの?」

 アーシャの問いに……

「いや。太ももをざくざくってやっただけだから、死にゃしないだろ。でも、ともかく何かヤバいんで、二人を連れてとっとと逃げることにしたわけで」

「それで一緒に荷馬車の所まで行って、野菜籠の中に隠れてもらったの」

「あー、あれ……何とか人が入れそうだもんね」

 リサーンの言葉にアカラがうなずいた。

「うん。大きい人は結構窮屈だったみたいだけど。でもそれでともかく安全なお城に逃げてきたのよ」

「で、その途中でさあ、どうしてサルトスの兵隊なんかに襲われてたんだって聞いたんだが、そしたら、多分叔母上の差し金だ、まあ、証拠はないが、とか言ってるんだよ」

「叔母さんって殺し合うほど仲が悪いのって聞いたら、ああ、まあな、だって」

 そこでメイが尋ねる。

「叔母さんが……その人たちに刺客を差し向けたってこと?」

「んじゃないのか? 知らんけど」

「んー……それでその刺客の顔って覚えてるの?」

「いや、兜かぶってたしなあ。庇のついた。下半分しか見えなかったが」

「そのあと粉だらけになってたし」

「あはははは。それで?」

 アカラが続ける。

「で、そのときあたし、お風呂が沸いてたことを思い出したの。みんな粉だらけだし、だからせっかくだからお風呂に入っていかないかって聞いたの」

 ヴェーヌスベルグ娘たちがあーっといった表情になった。

 辰星宮では普段、午後からお風呂が沸いていた。その日もそうだったのだが食事会のために午後は無人だと聞いて、風呂当番の侍女がえーっといった顔をしていたのだが……

《確かにお風呂の準備は大変ですものねえ……》

 あらかじめ言っておけば良かったのだが―――しかしそれが役立ったらしい。

「で、二人は来たのか?」

 サフィーナの問いにシャアラがうなずく。

「ああ。この格好じゃ目立ってしまうから敵がまだいたらまずいだろうって」

 それを聞いていたルルーが目を丸くした。

「ってことは……じゃああのとき馬車に二人は乗ってたって事?」

「あ、まあな」

「あのときって?」

 アーシャの問いにルルーが答える。

「あたしが食材を受け取ったときよ。確かに荷馬車に大きな籠が幾つか乗ってたけど……」

「うん。その中にいたの」

 あはははは。

「んで、辰星宮に着いて出てきていいよって言ったら、二人が籠の中から出てきたんだけどさ。あたりの景色を見て完全に凍り付いちゃって」

「そりゃ、いきなりこんなところに連れてこられたら……」

 メイが呆れたようにつぶやく。

 このアキーラ城の後宮はまさにレイモン王国内では異空間だった。

 レイモン人とは元々が質実剛健をモットーとした民族で、文化や芸術の洗練度という意味ではウィルガ人の足下にも及ばなかったと言って良い。

 それまでアキーラ城や市街のまさに無骨で機能的な作りを見ていれば、びっくりするのは間違いないだろう。

 シャアラが続ける。

「それで小さい方が、あなた方は一体? とか言うから、あたしがシャアラ、こっちがアカラって紹介したら、目がまん丸になっちゃってさ。あの白虎とヒメウズラの? とか言い出すし……」

 一同は呆れつつもうなずいた。

「でしょうねえ。顔は分かんなくても名前くらいは知ってるはずだし」

「んで、結局その二人ってどんな人だったの?」

 リサーンの問いに……

「うん。それ聞いて二人とも慌てて姿勢を正してさ、小さい方が『申し遅れました。私はフィルム・アルウィス・ノル・アイフィロスと申すもの、こちらは従者のオトゥールと申します』とか言って」

 ………………

 …………

 ヴェーヌスベルグ娘の大半はその名を聞いてもぽかんとしていたが、メイは目がまん丸になった。

「フィルム?……ノル・アイフィロス?」

「うん」

 シャアラとアカラがあっさりとうなずくが……

「あの、アイフィロス王国のアルウィス王子?」

「なのかな?」

 メイが呆然とした表情でエルミーラ王女達を見る。

「確かにあのとき、まだアイフィロス軍のしんがりがいましたけど……」

 王女も引きつり気味の笑みでうなずく。

「だそうなの」

「えとー……それでもしかしてその二人と?」

 メイが再び二人を見て尋ねるが……

「うん。みんなまだ粉まみれだし、まずお風呂に入ろって言って、先に入ってもらったの

 アカラがにこやかに答える。

「えとー……それでもしかして、そのあと二人も一緒に?」

「そりゃそうでしょ」

 シャアラが爽やかにうなずく。

「うふっ。あたし達が入っていったら二人とも目をまるくしちゃって

 そりゃまあそうでしょうが……

「それでさ、最初は何やらあわあわ言ってたんだけど、見たらほら、もうあそこがおっきくなってきててさ」

 あははははは!

「それで寄り添って撫でてあげたんだ……そしたらあたしも何だか燃えて来ちゃってさあ。あはっ

「いつもあそこでキールやイルドとほら、ね? だから

 忘れがちであるが、この辰星宮、水月宮、天陽宮というのは後宮であった。すなわち国王の妻妾が住んでいた場所である。

 すると当然王が渡ってくれば夜伽が行われることとなるわけだが、そのために寝室だけでなく大浴場にも様々な趣向が凝らされていたのだ。

 例えば湯船の周囲には滑らかな石でできたジオラマ風の飾りがあったが、仰向けに寝転がったりうつ伏せになると出し入れをしやすい高さになっていたり、かわいらしい噴水がついているのだが、それが終わった後に洗い流しやすいような角度になっていたり……

 そしてヴェーヌスベルグ娘たちはよくここでキール/イルドと戯れていたので色々とその利用法を発見していたのだった

「それでな、ちっちゃい方の、王子様の方か? そいつを浅瀬の寝床に導いてやって……」

 浅瀬の寝床とは湯船の一端が浅くなっていて、そこに男が寝転がるとちょうどそれが水の上に立ち上がってくるようになるのである。

 リサーンが呆れたように言う。

「あー、あんたあそこ好きだもんね」

「それでいきなりあんたが上から?」

 ハフラが尋ねると……

「あはっ。まあな

 そんな感じでキールを上から押さえ込んでいる姿はよく見ていたが―――王子様にそれをやったのか? まあいいけど……

 そして今度はアカラが……

「そんな感じでシャアラが始めちゃうから大きい人がぽかんとしてたのよ。だからあたしとどう? って聞いたらまた何かあわあわ言ってたんだけど……飛び込み台に手を突いてお尻を向けてあげたら、もう一気にやってきちゃって

 アカラはあそこでイルドに後ろからガンガンやられるのがお気に入りだったわけだが……

「うふっ。すごく強くて

 あー。まあどうでもいいんだが……

「それで何か二人ともあっというまに逝っちゃってさ。でもこっちはちょっと逝き足りなかったんで、今度は交代したんだ」

「交代?」

「ああ。今度はあたしが大きい方で、アカラが小さい方で」

「うふ

 ………………

 …………

 ……

 アルマーザはやれやれと思ったのだが―――ところがそこでメイが素っ頓狂な声を上げた。


「ちょっと待ってよ。交代って! それじゃ交代しちゃったの?」


 シャアラが首をかしげる。

「交代だってんだからそりゃ交代だけど?」

「うふっ すぐだから大丈夫かなって思ったんだけど……二人ともまたすぐカチンコチンになっちゃって ちっちゃい人の方もすごかったわよ?」

「うんうん。やっぱキールやイルドだけだとワンパターンになるしな。なんかいつもより五割増しくらいに感じちゃったが

 二人が暢気にそんな会話を続ける横で、メイは何やら愕然としていたのだが……

「あのー……ってことはその、お腹の赤ちゃん、どっちの子か分からないってこと⁉」

 シャアラがうなずく。

「え? まあそうなるか?」

「先にやった人の子供じゃないの?」

「んなわけないですよ!」

 メイがそう突っ込んだ後に、呆然とした顔でエルミーラ王女を見る。

 王女も彼女に引きつった笑みを返した。

「そうみたいなの」

 ………………

 …………

 ……

 あんぐりと口を開けたメイに、シャアラが不思議そうに尋ねる。

「どっちか分かんないと何か問題なのか?」

「問題大ありですっ! アルウィス王子って、確かアイフィロスの王位継承者でしたよね?」

 メイが尋ねると王女はうなずいた。

「ええ。そうでしたね」

 それからメイはシャアラたちの方に向き直る。

「えっと、それじゃその方の子供っていうのは、やがてはアイフィロスの王子か王女になるってことですよ?」

「ああ、それは……そうなるのか」

「その父親が誰か分からないって……えっと……」

 メイが振り返って死んだような目でじとーっとエルミーラ王女の顔を見るが……

「なあに? ディーンのパパは間違いなくルースだったでしょ?」

 彼女はにっこりと怪しい笑みを返すが……

「でもこっちは……」

 王女はうなずいた。

「そうなの。正真正銘、王子の子なのか従者の子なのか分からないみたいなの

 ………………

 …………

 ……

 メイは今度はニフレディルに尋ねた。

「あのー、そういうのって……」

 だが彼女は首を振る。

「いえ、もう少しすれば性別などは分かりますが、どちらの子かは分かりませんよ? 大きくなって顔が分かるようになればともかく」

「え゛、え゛、え゛~~~~~っ⁉」

 メイは何だか魂が抜けてしまいそうな様子なのだが……

「何驚いてんだよ。どっちだっていいじゃん」

「そうよ。あたし達の子供ってのは間違いないんだし」

 相変わらずこの二人はこんな調子だが―――メイが大きく首を振る。

「いや、そりゃヴェーヌスベルグじゃそれでいいんでしょうけど、他じゃそうはいかないんですよ。特に王家とかじゃ!」

「そうなんか?」

「どうしてなの?」

「ってか、そのアルウィス王子、既に命を狙われてたんですよね? 叔母上っていったら……ということはヴェンドリン王子の母后ですか?」

 メイが王女の顔を見ると……

「そうなるでしょうね」

 彼女は答えた。

「証拠はないって言ってたけど?」

 シャアラが言うが、メイはまた大きく首を振る。

「いや、ともかく王家っていう所じゃすごくそんな御家騒動が……兄弟同士で争いが起こって殺し合いになったりしちゃうんですよ! フォレスでも先代のときにそんなことがあったりして……」

「へえぇ。大変なんだなあ」

 暢気なシャアラにメイがため息をつきながら言った。

「いや、だからね? それに二人も巻き込まれかねないって事なんです!」

「え? どうして?」

「だから例えば今回の御家騒動でヴェンドリン派が勝ったとしますよね? でもそうしたらアルウィス派は王子の忘れ形見を立てて対抗したりするんですよ」

「……って、あたし達の子供を?」

「そーですっ!」

「でもー、王子様の子かどうか分かんないんだし……」

 アカラもピンときていないようだが……

「だからもっとややこしいんですって! あのー、こういう場合どうなるんでしょう?」

 メイがエルミーラ王女に尋ねるが……

「さあ、私にも……でも、生まれてくるのが女の子を願う事ね。そうすればまだ被害は少なそうだから」

 だが……

「えー? これ以上村に女が増えたってちっとも嬉しくないぞ?」

「いや、だから男の子だったら王子様ってことになって……」

 メイの言葉にアカラが尋ねる。

「どうして王女様だと王様になれないの? イービス様だって女王様だし、ミーラ様だってそのうちそうなるんでしょ?」

「あれはまた色々あってですねえ……ってか、二人ともどうしてお茶飲んでなかったんですかっ!」

「あ、だってさあ、戦ってる最中にお腹が痛くなったらそりゃ困るけど、もうすることなかったし」

「あれ美味しくないから好きじゃないのよねー」

「はあ……」

 確かに戦っているときに生理が来たり妊娠したら困るのは間違いない。だからあの頃はみんな我慢して朝の緑黄茶は飲んでいたのだが……

《あはっ! あたしも最近よく忘れてるし……》

 他の連中も素知らぬふりだが、まあ内心はほぼ想像がつく。

 ―――といったようにメイやエルミーラ王女などの慌てぶりと対照的に、ヴェーヌスベルグ娘たちはとことん暢気だった。アルマーザも、だったら村で育てればいいんじゃ? という気持ちだったのだが……

「んで、王子様達、その後どうしたのよ?」

 リサーンが尋ねる。

「ああ。服も粉だらけだったんでキールの服貸してやって、また荷馬車の籠に入ってもらって、迎賓館近くまで送ってあげたんだ」

「あーっ! 何かイルドがお気に入りの服がないって騒いでたの、そのためだったの?」

 ルルーがむっとした顔で睨む。

「あはは」

「あいつ、あたしが無くしたんじゃないかって失礼なこと言ってたのよ?」

「あはー、ごめんね」

「で、戻ってくるのがやたら遅かったってのはそういうこと?」

「ああ、うん」

「確かお風呂に入ってたらちょっと寝ちゃって、とか言ってたけど……」

「いや、それほど間違ってないだろ?」

 あー、お風呂に入ってたらちょっと(男と)寝ちゃって、ですか? というか……

「そっか……で、それであんたアイフィロスの本なんかを読んでたんですね?」

 アルマーザが尋ねると……

「だって相手のこと全然知らないってのもなんだし」

 シャアラがにこやかに答えた。

《はあ……》

 心底どうでもいい謎が一つ解けたわけだが―――などと話していると、メイがエルミーラ王女や大魔法使いに向かって尋ねた。

「それはそうと、どうしましょう。このことはもちろん……秘密ですよね?」

「そうねえ。公になったりしたらもう、どんな騒ぎになることやら……」

 王女が困った表情で答える。

「相手が分かっていれば、王子様と同衾した方を妃にするという手もあったのでしょうが……」

 ニフレディルもため息をつきながら答える。

「「えー? あたしが?」」

 シャアラとアカラが同時に叫ぶが……

「ベラトリキスであればむしろ先方から望んでくることでしょうね」

「「えーっ?」」

「でも、そもそもどちらが親か分からなければそれも無理ですから」

「あは! だよねー」

「はー、良かった

 ニフレディルは呆れたように二人を見つめるが、それ以上は何も言わなかった。

 と、そこでリサーンが尋ねる。

「でも秘密にするって、王子様達にも?」

 一同は顔を見合わせた。

「どうしましょう?」

 メイが王女に尋ねると彼女は答えた。

「アイフィロス軍はちょうど帰ってきてるんですよね?」

「あ、はい。一週間くらい前に帰ってきて、しばらく駐留して帰るって話ですが?」

「だったら王子様達にだけはこっそりと教えてあげた方がいいのかしら」

 王女が首をかしげながら答えるが……

「でもこっそりって……アイフィロスにそんな知り合いいませんよ?」

 メイの言葉に一同は顔を見合わせるが―――そこでハフラが言った。

「あ、それならあちらの迎賓館に勤めてる侍女に頼めませんか? その辺ってやっぱりアリオール様の部下の関係者だったりするんですよね?」

 ああっという顔でメイがうなずく。

「あ、確かに。それじゃその辺にクリンがいるから聞いてみましょうか?」

 つい先日、彼女は肩の脱臼が完治して復帰していたのだが―――そこでシャアラとアカラが尋ねた。

「でも王子様への手紙ってどう書くんだ?」

「あたし手紙なんて書いたことないんだけど……」

 確かにヴェーヌスベルグ内で手紙をやりとりするようなことはなかったので、アルマーザでもそんなことを言われたら困ってしまうのだが―――しかしそれについてはメイが胸を叩いた。

「あ、それなら私が代筆しますよ?」

「おお! さすが秘書官!」

 ―――というわけで一同はクリンを呼び出した。そして尋ねると……

「迎賓館に勤めている人ですか? あ、いますよ」

「え? どんな子?」

「ホリーさんっていって、お姉ちゃんの学院の同級生で。お父様同士も知り合いなんです」

 学院というのはヴァレンティア学院という名の学校で、主に武人の子弟が入学し、成績優秀者は士官学校に推薦してもらえるという場所であった。コーラや彼女が剣を学んだのもその学校だという。

「あ、それじゃ後でちょっと頼まれてもらえるかしら」

「はいっ!」

 そこで一同は事の経緯を記した手紙をコーラ経由でそのホリーという娘に託すことにした。

 ともかくまずは当人同士話し合ってみて、今後の方針を決めることにしようということになったのだが……



 その二日後。一同は王子からの返事を前にして頭を抱えていた。

 こちらから出した手紙は以下のような物だったのだが……


アルウィス王子様、及び従者オトゥール殿へ

ご無沙汰しております。あの日は大変楽しゅうございました。おかげでなんと私たちは二人とも素敵なプレゼント、子供を授かることができました。ありがとうございます!

しかしご存じの通り、生まれてくる子の父親がお二方のどちらかが分かりません。それではお二方に迷惑がかかりますので、このことは厳重な秘密にして子供達は私たちが責任を持って育てますのでご心配なさらないように。

もう少し致しましたら私どもは西に帰ってしまいます。そうなるとその後は滅多に会える機会もございません。なのでせっかくのこの機会、よろしければもう一度一緒に粉屋のパイでも食べに参りませんか? お返事をお待ちしております。

シャアラ

アカラ

(以上、シャアラ殿とアカラ殿の意向をメイ秘書官が記した物なり)


 それに対する王子からの返信はこのような物だった。


シャアラ殿、そしてアカラ殿へ

何と言うことだ! 今すぐにでも御許に飛んでいきたい!

しかし困ったことに明らかに命を狙われているのだ。バシリカ包囲戦で撤退していくアロザール軍と小競り合いがあったのだが、そこで流れ矢が飛んできてもう少しで当たる所だった。その小競り合いも味方の軍の無茶な挑発による物で、仕組まれたのではと疑念をいだいている。今、私の周囲には心底信頼できる者が少なく、迂闊に出向いたらまた襲われる可能性がある。あなた方を危険にさらさないためにも、申し訳ないが今はお会いできない。国に戻ってこの件に片をつけたら必ず会いに行くので、どうかお許し願いたい。

アルウィス


 それを見たシャアラが言った。

「許すも何も、別に怒ってなんかないんだけど……」

「それに片をつけるって言うけど、そんなすぐにできるのかしら? こっちももう少ししたら帰っちゃうのよねえ」

 アカラも首をかしげる。

「会いに来るってヴェーヌスベルグまで来る気なのかなあ?」

「そんなの無理じゃないの?」

 まあその通りだと思うが……

「ま、会わなきゃいけないって事でもないんだけどさ」

 シャアラが何やら残念そうだが……

「でも王子様、本当に大丈夫なのかしら?」

 アカラもずいぶん心配そうだ。

「だよなあ……相手が上手って事もあるし」

 と、そのときだ。ハフラが言った。

「でもこんなことで子供達のパパ達が殺されちゃったら可哀相よね。だったら……」

「だったらどうするんだ?」

「ここは逆に敵をおびき出して一網打尽にしちゃったらどうかしら?」

 ………………

 …………

 ……

「「「「「えええええ?」」」」」

 一同が驚きの声を上げるが―――ハフラが説明する。

「国に戻れば片をつける自信があるんでしょ? ってことは王子様が国に戻ったら敵も迂闊に手を出せないって事じゃない? だから国外で二度も襲ったわけで……ならばそろそろ焦ってるんじゃないかしら」

 それを聞いたリサーンがにやっと笑う。

「んじゃ、隙を見せたら食いついてくるって?」

「そう」

「ミーラ様とかもどう思います?」

 話を聞いていたエルミーラ王女が怪しい笑みを浮かべる。

「まあ……ということは、これが“ベラトリキス最後の作戦”になるのかしら?」

「あ、そうなりますね

 その横でメイが呆れたような笑みを浮かべているが……

《あはっ! 確かにこれはちょっといいかも

 久々に楽しいことになりそうな予感がした。