アルマーザのシンデレラストーリー 第5章 アルマーザ、夜伽をする

第5章 アルマーザ、夜伽をする


 ―――というように巷では風雲急を告げる展開になっていたのだが……


《あはっ まるで何も着てないみたい


 アルマーザがくるりと一回転すると、薄絹の衣がふわりと広がった。

《あはーっ! イーグレッタさんっていつもこんなのを着てるんですねー》

 そう思うとますます期待は膨らんでしまうが―――いつまでもこうしてはいられない。

 ドレッシングルームを出るとカロンデュール大皇の御側方のルチーナさんが待っていた。

 アルマーザはこのところずっとパミーナと共にメルファラ大皇后に仕えていたので、彼女とももう顔なじみだ。

 ルチーナさんは齢五十を超えていて髪には白髪が交じっている。とても厳しい人で多くの侍女たちからは畏れられている御方なのだが……

「どうですかーっ?」

 アルマーザがにこやかに話しかけて再びくるりと回ると、彼女の目が丸くなって……

「え、ええ。よろしいのではないでしょうか?」

 少々呆然とした様子だ。

 まあそれも仕方ない。こんな話がいきなり降って湧いて来たのだから……

「それでは行っていいですかーっ?」

「はい。どうぞ……」

 アルマーザは大きく礼をすると、部屋の奥の扉を開いた。

 そこは短い通廊になっていて、警備兵が二人立っている。

「あ、どもー

 アルマーザがにこやかに微笑みかけると警備兵たちが思わず目を見張った―――のはいいのだが……

《んー? 何かこの人たち、おっぱいとお尻しか見てなくない?》

 敵と戦う際にはそこよりも相手の視線、手の動き、そして足捌きに注意していなければならないのだが……

《んー……あの剣、抜いちゃったらどうするんだろう?》

 あまりごつい鎧を着ているわけでもないし、さっと抜いてさくっと刺して、もう一人の方にも一気に踏み込めてしまえそうなのだが……

《って、戦いじゃないんだし……》

 兵士の姿を見るとついこんなことを考えてしまうのは、職業病とでも言えるだろうか?

 だがそんな愚行でせっかくのこの機会を逃したら、それこそ真のバカである。

 そこで再度彼女はにこっと微笑むと、通廊の突き当たりのドアを開けた。

「あ、こんばんわーっ!」

 部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドがあって、そこに寝衣を着て横たわっていたのはもちろん、カロンデュール大皇だ。

「お、おう……」

 彼が少々驚いたような表情で彼女を見つめているが……


《あははーっ! ま得っ


 アルマーザの頭の中は既に真っピンク色だ。

 もちろんそれはこれから夜伽だからなのだが―――どうしてこんなことになってしまったかというと、話は今日の午後に遡る……



 八月も終わりに近づいたこの日、水月宮の大広間ではまたまた宴の準備が行われていた。

 数カ所にある大テーブルにはアキーラ城の名シェフたちが作った豪華な料理が所狭しと並んでいる。

 彼女はその間を歩き回っていたのだが……

《うひゃあ……また美味しそうなお料理ばっかりですねえ……》

 これから開かれようとしているのはカロンデュール大皇の送別会だ。ならばもちろん最高級の食事でもてなすのは当然だ。

《ティア様には……あ、ちゃんとアラーニャちゃんが付いてますね!》

 放っておくとすぐあの人はつまみ食いを始めるので、お目付役が必要なのだ。

《もう一人の方も……》

 シアナ様にはリディール様がついている。こちらも大丈夫だろう。

 それから彼女は大広間に付属しているステージの方を見た。そちらももう用意はできている。

《大丈夫みたいですね?》

 彼女が見る限り準備は万端だ。結構急な話だったというのにみんな頑張ってくれたのだ。

《でも頑張ってるといえば……》

 一番頑張っているのはレイモンの兵士たちと魔道軍の魔導師だろう。彼らは先日の会議で全力でシフラを攻めると決まって以来、その戦いの準備で忙殺されている。

 何しろそのためには全軍を結集しなければならない。しかしレイモン軍は今は各地に散らばっていて、そこから必要最低限の守りを残して残りをアキーラに集結させるのだ。一朝一夕にいくはずがない。

《でも急がないといけないんですよね……》

 相手に先手を取られてしまったら大変まずいことになるという。

 幸いまだメリス方面もバシリカ方面も敵がすぐに動く気配はないらしい。

 だがもたもたしてはいられないのも事実だ。

 さらにそれに合わせて大皇様を都に避難させなければならない。こちらの準備も急ピッチで進められており、実際あと数日のうちに出発予定なのだが……

《せっかくファラ様ともう一度やり直す機会だったのに……》

 だが大皇后がこちらに残ると宣言してしまったため、戻るのはカロンデュール大皇だけなのだ。

 おかげで彼はまた何だかがっくりときてしまっていた。

《ってか、本当にあの人は……》

 全くアラン王は間の悪いときに嫌な事ばっかりしてくれる。前に会ったときはキリッとして立派そうな人だなと思っていたのだが、ちょっと嫌いになってしまった。

《前回もそうだけど……》

 大皇后が何か大事なことをしようとするたびに邪魔されているような気がするのだが……

《そのせいでぶち切れてるんじゃないですよね……》

 彼女がアラン王の首を持ってこいと言ったときの迫力は、まさに真に迫っていたが……

 そんなことを思いながら歩き回っていると……

「何うろうろしてるの? あなたがどっしり構えてないとダメじゃないの」

 声をかけてきたのはパミーナだ。

「あー、でもこういうの初めてだし……」

「そんなの気にしないで。あたしたちがフォローしてあげるから」

「ありがとうございますー」

 そんな話をしていると……

「そーよそーよ。あたしたちに任せておきなさいって!」

 やって来たのはティアとアラーニャだが……

《この人は絶対食べたいだけですよね……》

 アラーニャちゃんも困ったような笑みを浮かべているが、彼女が同じ事を考えていることを知るのに心話は必要ない。

「それじゃ私、迎えに行ってくるから」

「あ、はい。よろしくー」

 そう言ってパミーナが去って行くと、残った一同が集まってきた。

「さて、みんな準備は大丈夫ですか?」

 アルマーザが彼女たちに声を掛けると、全員がうなずいた。

「「「「「「はーい」」」」」」

 次いでアルマーザは振り返ると、少し離れた所に立っていたイーグレッタとラクトゥーカに手を振った。

「あー、じゃあ今日はすいません。よろしくお願いしまーす」

「いえ、こちらも楽しみにしておりますから」

 イーグレッタはにっこりと笑ったが、ラクトゥーカは少々緊張の面持ちだ。聞けば大皇様のこんなに近くで芸を披露するのは初めてだそうだ。

《ま、何事も初めてはあるもんだし……》

 練習では問題なくできていたから、多分大丈夫だろう。

「それじゃお迎えの準備をしましょうか」

 一同はうなずくとそれぞれ定位置に着いたのだが―――アルマーザが最前列の中央だ。

《うわー……なんか落ち着かないなあ……》

 こんな場合はいつも後ろの方にこっそり立ってただけなのだが今日は違う―――なぜならこの送別会は“ベラトリキスのアルマーザ”の主催で開かれているのだ。

 すなわちこの催しのホステスが彼女なのである。

 どうしてそんなことになったかというと―――それはさらに数日前に遡る。


 ―――城中は戦いの準備で大わらわだった。

 メルファラ大皇后はレイモン軍の兵士たちを慰問するため毎日のように出かけていた。そうなるとまたアルマーザが着替えを手伝うことも増えて、カロンデュール大皇と会うことも多くなるのだが―――彼はまた参っていた。

《何だか前よりももっと顔色が悪くなられてるんじゃ?》

 彼女にはそう思えるのだが、取り巻き連中はそんな彼をまるで放置しているように見える。

 そこで水月宮での雑談で思わずこぼしてしまったのだが……

「大皇様、すごくお疲れの様子なんだけど、みんなもう少しねぎらって差し上げた方がいいんじゃないでしょうかねえ?」

「あー、確かに何かお疲れのご様子なのは間違いないんだけど……」

 答えたのはメイだ。その横にはいつも通りサフィーナがちょこんと座っている。その奥のソファではエルミーラ王女がまた本を読んでいた。

「でもその、大皇様みたいなお立場だと……」

 メイはそう言って口ごもる。アルマーザはうなずいた。

「このあいだミーラ様がおっしゃってたようなことですか?」

 彼女が大皇様のようなお方には迂闊に馴れ馴れしくしてはいけないと言っていたような気はするが……

「そこがずっと難しいみたいなんですよねえ。都では」

 メイがエルミーラ王女に話しかけると、王女もうなずいた。

「そうねえ。うちじゃあもっとアバウトだったりするんだけど……」

 都や中原の感覚では大皇とは雲上人であり、彼に対してそもそも対等に口をきくことさえ憚られるものだという。それができるのは后であるが―――メルファラ大皇后の場合そんな気が全く利かないのは見ていて分かる。

「ティア様ってそういう意味じゃ便利だったんですよねー」

「あはは。便利っていうか……」

 何しろ彼女はメルファラ大皇后ともカロンデュール大皇とも親しい間柄だ。しかもかつてのメルフロウ皇太子妃という立場で、その身分に関しても申し分ない。大皇や大皇后にタメ口をきいていても許される数少ない人材であったのだ。

 だが……

《さすがにお断りしちゃった後じゃですねー……》

 あんな騒ぎの後ではちょっと気まずいどころではないわけで―――そんなことを考えていると広間の方から楽しげなバイオリンの音が聞こえてきた。

「あ、またラクトゥーカちゃん、来てるんですね」

 彼女は仲良くなって以来よくマジャーラにお呼ばれされてはあそこでバイオリンを弾いているのだ。

 水月宮の大広間には小ぶりだが立派なステージがある。それまでは後宮の裏手でこっそり練習をしていたそうで、最初にそこで弾いたときは何だか感極まった様子だったが……

「上手いですよねえ。彼女……」

「ですよねー」

 メイとアルマーザがそんなことをつぶやいていると、ふっとサフィーナが言った。

「それじゃイーグレッタさんはどうなんだ?」

「え?」

「大皇様をお慰めする役目なんだろ?」

 アルマーザとメイは顔を見合わせた。

「確かそのために雇われてるんですよね?」

 二人は首をかしげる。そのあたりの細かいことに関してはよく分からないわけで―――そこでエルミーラ王女の方を見るが……

「私も……さあ……あ、それじゃラクトゥーカちゃんなら何か分かるのでは?」

「あー、そうですねー」

 というわけで四人は大広間に向かった。

 ちょうどそこで彼女は一曲終えたところだった。

「あははは。すごいすごい!」

 マジャーラが拍手している。

「上手だよねー。ラクトゥーカちゃん」

「うんそうね」

 そこにはリサーンとハフラもカウチに寝そべって彼女の曲を鑑賞しているところだった。

「ん? どうしたんだ?」

 一行の姿を見てマジャーラが尋ねる。

 そこでアルマーザがみんなに今の話をしたのだが……

「え? お姉様がどう考えてるかですか?」

「そうなんだけど」

 ラクトゥーカも首をかしげる。

「さあ……私も考えたことありませんでしたし……ああ、それじゃもう直接お話になったらいかがですか? もう起きてらっしゃいますし」

「あ、いいかな?」

「はい。ご案内しますよ」

 そこで一同はぞろぞろと彼女について行くと、イーグレッタの元にやってきた。

《あは。いつ見てもお美しいですよねえ……》

 このイーグレッタという方はアルマーザから見ても惚れ惚れとするくらい美しい体をしているのだ。

「どうなさいました? 皆様お揃いで?」

 ちょっと首をかしげて尋ねるその姿もぐっとくるのだが……

「あ、実は……」

 そこでアルマーザがまたカロンデュール大皇が参っているという話をする。

 話を聞いていたイーグレッタはため息をついてうなずいた。

「それは存じております。私も召し出されたときにはできうる限りの事はして差し上げておりますが、一人でお悩みになっているところに押しかけては参れませんし……」

「やっぱりそういうことをするとにらまれちゃったりするんですか?」

 イーグレッタはちょっと目を見張ると、それからうなずいた。

「私はしがない娼妓でございますから……契約を打ち切ると言われればもう為す術はございませんし……」

「あー……」

 残念そうなため息をつくアルマーザをしばらく見つめて、それから彼女は尋ねた。

「それでしたら……あなたが何かして差し上げたら如何ですか?」

 アルマーザはぽかんと彼女の顔を見返した。

「え? あたしが?」

 イーグレッタはにっこりと笑った。

「あなただって大皇后の女戦士(ベラトリキス)の一員じゃありませんか。“ベラトリキス”という称号はもはや伊達ではありませんから、大皇様をお誘いするのに十分な資格があると思ってよろしいのでは?」

「へ?」

「それにあなたならば大皇后様だけでなく、ファシアーナ様やニフレディル様もおりますから、あなたをにらもうと思ったら相手にもそれ相応の覚悟が必要になるでしょうね」

「え? あ……⁈」

「あらまあ、それは確かにいい考えかも知れませんね」

 エルミーラ王女もにっこり笑ってアルマーザを見る。

 ぽかんとしているアルマーザにイーグレッタもにっこり微笑みかけた―――


 とまあ、こんな経緯でアルマーザの主催でカロンデュール大皇の送別会を開くことになったのであるが……

《うひゃあ、緊張する~~!》

 これまでもこういう場には何度も出てきたが、すべて脇役だったり給仕だったりで深刻に考える必要は全くなかった。しかし今回はまさに主役である。ここでうっかり失敗してしまったら―――などと考えていたら……

「皆様がいらっしゃいました」

 コーラの声がして……

《うひゃあ! キターっ!》

 続いてパミーナに先導されて、まずカロンデュール大皇、それからメルファラ大皇后、最後にアヴェラナが付いて入ってきた。

 それを見た瞬間……


「あ、いらっしゃいませーっ」


 ―――思わず反射的にそう答えて手を振ってしまったのだが……

 ………………

 …………

 みんなが唖然とした表情で彼女を見つめている。

《あれ? もしかして……》

 あーっ! そう言えば『よくいらっしゃいました大皇様』とか言って都風の挨拶をするんだったか?

 だが……

「ああ。お招きありがとう。アルマーザ殿」

 カロンデュールの顔には笑みが浮かんでいる。どうやら大失敗というわけではなさそうだ。

「どぞー。そちらのお席にお座り下さい」

 アルマーザは大皇と大皇后を中央の席に誘った。

「はーい。みんなもどうぞ」

 残った連中も席に着くと、アルマーザが挨拶する。

「えっと、本当に急でしたが、このたび大皇様が、都に戻られてしまうということで、このアルマーザが、ささやかですが、送別の宴を開くことに致しました。どうか短い間ですが、ごゆるりとお楽しみ下さい」

 どうやら間違えずに言えたようだが……

「ありがとう。お願いしますね。アルマーザ」

 メルファラ大皇后が澄ました顔でうなずいた。

「ああ、ありがとう」

 カロンデュールもそう言って小さく礼をするが―――やはりその表情は沈み気味だ。

「えっと、お食事はまたメイさんとゼーレさんたちが頑張ってくれました。そこらにあるのをどうかご自由に取ってお召し上がり下さい」

 大皇の表情がちょっと緩む。

《あはは。美味しいお食事ってやっぱりよく効きますよねー……》

 そこにコーラとクリンがワイングラスの乗った盆を持って入ってきた。

「とりあえず最初に乾杯しましょう。これ、なぜか最後の一本になっちゃいましたが、シャンヴール産の二十五年物でーす」

 そう言ってアルマーザはファシアーナににっこりと笑いかけるが、彼女は知らんぷりだ。

 全員がグラスを手に取ると、アルマーザの音頭でみな乾杯する。

《あー、やっぱこれ、美味しいわ……》

 そう思って横目で見ていると、早速ティアが食事に手を出している。まあ乾杯の後ならば文句を言う筋合いはないが―――こうして一同は歓談を始めた。

 カロンデュールとメルファラはエルミーラ王女やイーグレッタ、ティアなどに囲まれて、それなりに話が弾んでいるようだ。

《あー、とりあえずは何とかなったですか……》

 慣れないことをすると疲れてしまうのだが―――それはそうと……

 アルマーザはあたりを見回した。

《うむ。そろそろ頃合いですね?》

 そこで彼女は立ち上がるとイーグレッタの元に向かった。

「そろそろいいですか?」

「承知しました」

 そう答えて彼女は立ち上がった。

「ん? 一体何を?」

 隣にいたカロンデュール大皇が尋ねるが……

「まあ見てらっしゃいな」

 メルファラ大皇后が彼にそう言って、続いてアルマーザにも微笑みかける。

「それじゃ頑張ってね?」

「はいっ!」

 それからアルマーザとイーグレッタはステージ脇の控え室に入る。

 そこではラクトゥーカが既に楽器の準備を終えていた。

「あたしの服は?」

「あ、こちらです」

 彼女が出してきた衣装は、いつぞやアウラとアーシャがシャコンヌを踊ったとき、アーシャの着ていた服を手直ししたものである。

 アルマーザは急いでそれに着替えるが……

《うー……やっぱちょっとウエストがきついんですよねー》

 アーシャに合わせていたので仕方ないのだが、でもアウラの服だと今度は胸がきつくてこちらのほうがまだマシなのである。

「準備いいですか?」

「はい」

「はいっ!」

 イーグレッタは余裕の表情だが、さすがにラクトゥーカはかなり緊張しているようだ。

「あはは。いつも通り弾けばいいですからね」

 アルマーザはにっこりと笑って、それからステージに出た。

「みなさーん。楽しんでらっしゃいますかー」

 一同の視線が集まったところで彼女は続けた。

「それじゃあ、ここで大皇様のためにちょっとした演し物をご覧頂きますー」

 続いてイーグレッタがリュートを、ラクトゥーカがバイオリンを持って出てくると、ステージの後方に陣取った。


 ―――彼女が大皇様をお招きするのはいいとしても、そこには少々問題があった。

 アルマーザはイーグレッタに尋ねた。

「あー……でもあたしが主催ってことは、あたしが大皇様をおもてなししなきゃならないんですよねえ」

 彼女はうなずいた。

「それはそうなりますね」

「そういう場合って、何話したらいいんですか?」

「え?」

 イーグレッタはちょっと言葉に詰まった。

「ティア様だったら一晩中でもペラペラ話せるんでしょうけど……」

「別に気取る必要はありませんが。アルマーザさんの得意な話題とかは?」

「あー、例えば……取ってきた鴨の捌き方とか?」

 ………………

 …………

 イーグレッタは笑って絶句した。

「さすがにそんなんじゃまずいですよねえ」

「まあ……でもそれなら他のことならば?」

「他のことですか?」

 アルマーザが考え込んでしまったので、またイーグレッタが言った。

「例えば……踊ってみせるとかはいかがです?」

「え? あたしが?」

「あなたも……踊れるのですよね?」

 そう言って彼女がアルマーザの手足を眺める。

 アルマーザはうなずいた。

「あ、そりゃまあ。アーシャとかには負けますけど……多少は……」

「歩き方が綺麗だと思ってたんですよ。ちょっとやってみます?」

 そこでイーグレッタが目配せすると、ラクトゥーカが彼女のリュートを持ってきた。

《リュートって……あのシャコンヌを踊れと⁈》

 いや、確かにアウラとアーシャの練習はずっと見ていたから、振り付けを覚えてはいるのだが……

 そこで思わず尋ねる。

「えー? あたしがあれをですか?」

 イーグレッタが首をかしげた。

「あれとは?」

「ほらこの間アウラ様とアーシャが踊ってた……」

 それを聞いたイーグレッタが目を見張った。

「あれを覚えていると?」

「ま、一応……」

 彼女はしばらくびっくりした表情で見つめていたが……

「それではやってみましょうか?」

 そこでアルマーザがステージに上がってポーズを取ると、彼女が古のシャコンヌの一節を引き始めた。

 のだが……

 ………………

 アルマーザが舞い終わったあと、あたりには何やら残念な空気が漂っていた。

「いや、よく覚えてらっしゃいましたね」

 イーグレッタが驚いた表情でフォローしてくれているが……

「でも、やっぱりダメよねえ。これじゃ。アーシャみたいな優雅さがないし、アウラ様みたいなキレ味もないし」

 リサーンが身も蓋もない感想を述べる。

「んなのしょうがないでしょっ!」

 あの二人に比べられたらそりゃダメに決まっている!

「ってか、あんたこんなのよりもっとアホな踊りの方が得意じゃないのか?」

 そう口を挟んだのはマジャーラだ。

「アホな踊りってなんですか?」

「ほら宴会のときとかあんた、よく調子に乗ってイカサマな踊りを踊ってたじゃないか」

 言われてみればそんな記憶もあるが……

「あー……あれを?」

「イカサマな踊り? ですか?」

 イーグレッタが首をかしげると、マジャーラが答える。

「そうそう。何かその場の思いつきで適当に」

「要するに即興で踊ってらしたと?」

 ヴェーヌスベルグの娘たちがうなずいた。

「ああ、そうそう。ティア様とアラーニャちゃんが歌って、それに合わせたりしてたわねえ」

 リサーンの言葉にイーグレッタが尋ねる。

「どんな曲でした?」

「どうだったっけ? 何か楽しい曲だったけど……」

 一同は首をかしげるが……

「それではこんな曲はいかがですか?」

 彼女はそうして一曲弾いて見せた。

「あ! いいですねー。それ。楽しそうで!」

 思わずアルマーザは口走っていたが……

「んじゃやってみろよ。いつもみたいに」

「分かりましたよ!」

 仲間に煽られてアルマーザはその曲に合わせて適当に踊り始めたわけだが―――


 アルマーザが目配せするとラクトゥーカがバイオリンで楽しげな旋律を奏で始める。

 彼女はくるりと一回転してポーズを取った。

《よしっ! 出だしは完璧っ!》

 続いて今度はイーグレッタがリュートでズンチャッ♪ズンチャカ♫ズンチャッ♪ズンチャッ♪と伴奏を入れ始める。

 それに合わせてアルマーザが舞台狭しと踊り始めた。

 ―――イーグレッタが弾いてくれたこの曲は“ケークウォーク”というそうで、これも古くからある曲らしい。何でもこれを踊っているのは毎日を面白可笑しく暮らしていた、小さくてちょっと不格好な小人なんだそうだ。

 ところがある日その小人は湖の畔で美しい白鳥の舞を見てしまうのだ。

 ―――そんな楽しい曲にふっと美しい旋律が響き始めるが……

 それにひどく感動した小人は帰ってその舞を真似ようとするが、どうやってもなんだかうまくいかない。

 そして―――また冒頭の楽しい音楽が始まる。

《そうそう。気取ってたってしょうがないしっ!》

 やっぱり毎日を楽しく過ごさなくっちゃ!

 ―――という何ともアルマーザ向きの音楽なのであった。

《あー、やっぱいいなあ。こういうの好き!》

 マジャーラの奴がイカサマだとか抜かしていたが、気持ちを素直に踊りにしたらこうなっちまっただけで……


 ―――舞い終わったアルマーザを見てイーグレッタが目を見張った。

「まあ。今のは?」

「だから適当に踊っただけですが?」

「今のを……適当に?」

「はあ」

 彼女はしばらくしげしげとアルマーザを見つめていたが……

「他には得意な踊りとかはございますか?」

「得意? さあ……」

 その場その場で適当に踊っていただけなので、何が得意とかそういう物はないのだが―――と、そこでサフィーナが言った

「そういやお前、あれなんかどうだ?」

「あれ?」

「ティア様の女王就任の宴会で大受けした奴」

「あー、あれですか?」

「それはどんな?」

「あ、あのときアーシャが最初に踊ったんですけどね。その後でちょっとその真似っこしたんですが……」

 そうやってその踊りを再現して見せたのだが―――


 再びアルマーザはイーグレッタとラクトゥーカに目配せして、こんどは両手を広げてぴたっと片足立ちをする。

 それと同時にイーグレッタが美しい分散和音を始めると次いでラクトゥーカがその上に美しく儚い旋律を乗せていく。

 アルマーザはそれに合わせて白鳥のように優雅に舞い始めた―――のだが、そこでいきなりラクトゥーカが派手に音を外してしまったのだ。

「あ?」

 大皇の驚きの声が聞こえるが……

《バッチリですねっ!》

 ―――アルマーザはそれに合わせてよろっとよろけた。

「おおっ?」

 観客席からどよめきが上がる。

《あはっ! 知らない人もいますもんねー》

 音楽は再び美しい旋律を聴かせ始めるが―――今度は何故かイーグレッタがテンポを外してしまった。

「お?」

 また驚きの声が聞こえるが……

《完璧です! イーグレッタさん!》

 それに合わせてアルマーザがすっ転びそうになるのだが、ギリギリの所で立て直す。

 そのうちだんだん聴衆にも分かってきた。

 イーグレッタやラクトゥーカはわざと音楽を失敗していて、それに合わせてアルマーザがよろけたり、転びかけたり、ステージから転落しかけたりしているということを……

 そんなまさに手に汗を握る踊りをつづけて、音楽はクライマックスにさしかかり、最後の最後に最終和音が完全に外れて―――アルマーザは派手にずっこけた。

 ステージに大の字になってアルマーザは思った。

《あはっ! 気分いいなあ。これって!》

 こんな風に思いっきり好き勝手に踊れるというのは!

 それから彼女はぴょこんと飛び上がり起きると一同に礼をした。

「あはははは。見事だな!」

 カロンデュール大皇が笑いながら手を叩いている。

《あ! 笑った!》

 どうやら大成功らしい。

「何なんだ? 今の踊りは?」

「あはっ! 名付けて泥酔の白鳥と言いまして……」

 カロンデュールは一瞬目を丸くしたが、続けて吹きだした。

《やたっ! これは幸先いいぞ!》

 元はといえばアーシャの踊りを真似しながらところどころずっこけてみせるという芸だったのだが、それにイーグレッタさんがこんな曲と名前をつけてくれたりしたのだ。

「あ、それじゃもひとついってみましょう!」

 うふふふ。せっかくだからこっちの奴も披露してしまえ!―――と、そこでイーグレッタが少し驚いた顔で尋ねる。

「もしかしてあれを?」

「あは。ダメですか?」

 イーグレッタはしばし絶句していたが……

「いえ……分かりました」

 やがてにっこりと笑う。ラクトゥーカの方はちょっと目が点になっているが……


 ―――泥酔の白鳥の完成後のことだ。

「うーん。でもこの二曲だけだと間が持たないかしら?」

「せめてもう一曲くらいあった方がよくね?」

 この連中は好き勝手なことをほざいているが……

「そういうこと言われてもあたしは踊りのレパートリーなんてありませんから」

 さすがに送別会でヤクートダンスを披露するのはちょっと―――ん? それともどうせ最後だからいいかな? などと考えていると、ハフラが言った。

「あ、そういえばあなた、先生の踊りも得意だったわよね?」

「あ、そういやそうね。あれも受けてたわよね」

 リサーンがニヤニヤ笑っている。

「え? あー、そういえば……」

「先生? 踊りの師匠か誰かですか?」

 イーグレッタが尋ねると、ハフラが答えた。

「いえ、村で飼ってた猫なんですけど」

「猫……ですか?」

 不思議そうなイーグレッタにリサーンが答える。

「そうそう。そもそもサフィーナの剣の先生だから先生って呼ばれてて」

「サフィーナさんの剣の?」

 今度はマジャーラが答える。

「そうそう。こいつ小さいから一気に踏み込まないと届かないんで、先生のジャンプを真似してたんだよな」

「ん」

 サフィーナがうなずく。そこでイーグレッタがアルマーザに尋ねた。

「まあ……その先生の踊りをあなたが?」

「あはは。まあ……」

 というわけで今度は猫先生のダンスを披露することになったわけだが―――


「それじゃ……」

 と言いかけてアルマーザは気がついた。

「……あ、ちょっと待って下さい」

「どうしたのですか?」

「この服だとちょっとお腹がきつくて……」

 この踊りにはお腹をぐにゅっと曲げたりする動きがあるのだが、今のドレスだとウエストがきつすぎるのだ。

《うむー……どうしよう?》

 このままではちょっと服が持たない気がするのだが……

「あー、それじゃちょっと失礼」

 そう言ってアルマーザはドレスを脱ぎ始める

「ちょっと、何するの?」

 そんな彼女を見てイーグレッタが蒼くなるが……

「もちろん最後まで脱いだりしませんよ。大皇様に失礼じゃないですかー」

「えっと……」

 イーグレッタとラクトゥーカがあわあわしている間に彼女は下着一枚の姿になった。

《あは! これなら動きやすいし!》

 そして二人に声を掛ける。

「それじゃいきますよー」

 アルマーザが開始のポーズを決めると二人は仕方ないという表情で音楽を始めた。

 もちろん観客はもっと呆然としているが……


「にゃーごっ! にゃごにゃご、にゃ~~~~~ごっ!」


 音楽に合わせてアルマーザは猫語で歌いながら下着姿で踊り始めた。

《あはは。うん。これなら動きやすいねっ!》

 彼女は人々が唖然とするなか、調子に乗って歌い踊った。

 そして……

「にゃご~~~っ!」

 と、最後のポーズを決める。

《ん。何か完璧? もしかして?》

 ところが―――終わった後も会場はしんとしている。

《あれ? 何か外した?》

 アルマーザの背筋に冷たい物が走るが……


「あっはははははははは! 何だ? 今の踊りは!」


 カロンデュールが爆笑した。

 同時にあたりにほっとした空気が立ちこめる。

「あはー。いや、これはサカリ猫のタンゴと申しまして……」

 先生の踊りを披露したらそれに合わせてイーグレッタがまたこんな曲をつけてくれたのだ。そのときはさすがにこれは封印しておくしかないということになっていたのだが……

「見事だったが……その、服を脱ぐ必要があったのか?」

 カロンデュールがちょっと赤い顔で尋ねる。

「え? いや、あれちょっとお腹がきつくて。時間がなかったんでアーシャの服を借りたんですが」

 ああ、考えてみればこれってちょっとHな踊りになってたかも……

「そういうことだったのか……」

 カロンデュールは納得したのかしていないのかよく分からない表情だが―――少なくとも楽しんではくれたようだ。

《あはー、よかった

 ―――といった調子でアルマーザ主催の送別会は大盛況のうちに幕を閉じたのだった。

 終わった後、久々に大皇の顔に笑顔が見えている。

「あははは。アルマーザ殿。本当に楽しかったぞ。今日は」

「あ、どういたしましてー」

 今度はちゃんと都風の挨拶をすると、大皇はまたにっこり笑った。

「これでちょっとでも寂しさを紛らわせてもらえればよかったんですが、いかがでしたか?」

 アルマーザは何の気なしにそう尋ねたのだが……

「え?」

 カロンデュールがぽかんとして彼女を見返す。

《あれ?》

 何か変なことを言っただろうか? だが……

「いや、そうだな。本当に今日は楽しかった。ありがとう」

 そう言ってカロンデュールはきゅっとアルマーザを抱きしめたのだ。

《あ?》

 えっと何だ? 今のは―――と、彼女が呆然としていると、大皇は今度はイーグレッタに近づいて二言三言囁いたのだが……

「まあ……でも大皇様はアルマーザ様ばかり見つめてらしたのに?」

「え?」

 大皇がちょっと赤くなるが……

「ん? 何のお話ですか?」

 思わずアルマーザが尋ねると、イーグレッタが悪戯っぽい笑顔で答えた。

「いえ、今晩いかがかとおっしゃられたのですが……せっかくなのでアルマーザ様にお願いしてみては?」

「おい。幾ら何でも……」

 カロンデュールが口を挟もうとするが―――そのときには彼女は反射的に答えてしまっていた。

「えっ! いいんですか?」

「え?」

 一同が驚いてアルマーザを見るが……

「あー……でもファラ様、私なんかが行って大丈夫ですか?」

 メルファラは一瞬目が丸くなった、すぐにうなずいた。

「いえ、それは構いませんが?」

「それじゃよろしくお願いしまーす!」

 そこで彼女はそう言って手を振ったのだが―――大皇だけでなくイーグレッタまで唖然としている。

「あれ? 何か勘違いしてます? あたし……」

 慌てた様子でカロンデュールが首を振る。

「いや、アルマーザ殿がよければ……」

「もちろんオッケーですが?」

 それから彼は今度はイーグレッタの方をチラリと見るが、彼女もにっこり笑ってうなずいた。

「それでは今晩よろしく頼む」

「はいな!」

 ―――といった調子であれよあれよと夜伽をすることになってしまったのである。



 さて、大皇様の夜伽ともなれば怪しい者に務めさせるわけにはいかないのは当然だ。

 そこで普通ならまずは厳重な身元の調査が行われ、真実審判師によるチェックも行われる。

 だがアルマーザの場合、後ろ盾がメルファラ大皇后やフォレス王国の王女で、ニフレディルやファシアーナの付き人でもあったことからそこは難なくパスできた。

 また最後にカロンデュール大皇の御側方、ルチーナさんの面接があるのだが、アルマーザも一応とはいえメルファラ大皇后の御側方だ。そのため両者は既に顔なじみで、むしろあちらの方が完全に面食らっていたわけだが―――ともかくこんな風に唐突に決まった夜伽がいきなりその晩に実現したというのは、わりと例外的だったという。

《あはは 大ラッキーですね

 長年ファシアーナの小間使いをやってきたことがこんな風に役に立つとは!

 さてそれはともかく、妃でもない者が大皇に侍る場合は、体が完全に透けて見える薄絹の衣を纏って行くが決まりなのだそうだ。これは武器などを持っていないという証明でもあるらしいのだが……

《だったら裸の方がいいと思うんだけどなー》

 そう思って尋ねたら、ルチーナさんは少々慌てた様子でやはり何か着て行けと言う。そこでイーグレッタから借りたのが今着ている衣なのだ。

 まあこれはこれで楽しいからいいのだが……


「大皇様! お招きありがとうございましたー!」


 アルマーザはちょこんと礼をしてまたくるりと回る。それに合わせて薄絹の衣がふわりと広がった。

「あ、ああ……」

 カロンデュールが目を丸くして彼女を見つめている。

《えーっと、それで?》

 ティア様やミーラ様とかからは『いきなり一番乗りとかしちゃだめよ? 相手のリードに任せてね?』などと釘を刺されている。確かにキールとかイルドの時にはよくこっちから飛びかかっていったりしたものだが……

《んで、どうするのかな? わくわく ドキドキ

 ―――だが、天蓋付きベッドに腰を下ろしていたカロンデュールはさらにしばらく彼女を見つめていたが、やがて……

「ともかく座らないか?」

 そう言って隣の場所を示した。

「はーい

 アルマーザはストンと示された場所に座ると、じっと彼を見あげる。

《うふっ これからどうしてくれるのかなー

 キールとかイルド相手というのも楽しいのだが、もうお互いに相手のことを隅々まで知り尽くしていて、何というかその意外性というのはあまり見込めないわけで……

 そんなこんなで期待はいや増して頬が思わず緩んできてしまうが―――何故か彼は彼女の顔や体をじっと見つめるだけでそれ以上は何もしてこない。

《えっと……どうしたんだろう?》

 何か忘れているのだろうか? でもこんな格好では何も忘れようがないし―――彼女がそんなことを考えていると、ふっとカロンデュール大皇が尋ねた。

「君は……楽しそうだな?」

 え? まあそりゃ楽しいのは確かだが……

「あ? そう見えます?」

「ああ、見えるが?」

「あははー。隠しててもバレちゃいますかー。ほら、久々に変わったHができそだなって思ってたんで……あは

 その答えを聞いたカロンデュールがまた絶句した。

《ありゃ? 何か変なこと言った?》

 アルマーザは慌てて弁解するが……

「いや、だってこうやって気軽に色んな人とHできるのって楽しいじゃないですかー」

「え?」

 ところが彼はまた驚いた様子で彼女を見る。

《そうじゃないの?》

 彼女はまた慌てて弁解する。

「いや、だってあたしたちいままでずーっと呪われてて、こんな風にHしたら相手が死んじゃってて、だからもう本当にこういうのって一生に一度あるかないかだったんですよ?」

「え? あ……」

 それを聞いた彼の視線が泳いだ。

「ま、そこにティア様とキールとイルドがやってきて、あいつらには呪いが効かなかったのは良かったんですけど、まあイルドはバカだしキールはヘタレだし。それに二人はティア様やアラーニャちゃんが一番好きだし。やっぱちょっと遠慮ってものがあるじゃないですかー」

 カロンデュールはぽかんとした顔でしばらく彼女を見つめていたが。

「あはは、そうだったな……」

 それから少し宙を見据えて、やがてためいきをつくと首を振った。

《どうしたんでしょう?……あ、ティア様の名前出しちゃったのはまずかった?》

 アルマーザがちょっと慌てていると、カロンデュールが尋ねた。

「君は……私が寂しそうだと言ったな? そんな風に見えるか?」

 え? そんなこと言ったか? あー、いや、確かに『寂しさを紛らわせてもらえれば……』とかは口走った気はするが……

「え? あー、そうじゃなかったらすみません。でも何だかそんな風に見えたんで……」

「そうか……」

 カロンデュールはまた力なく笑ってため息をついた。

《そういうところがそう見えるんだけどなー……》

 これは一体どういうことなのか?

 もしかして大皇様は何か不機嫌なのか?

 ………………

 …………

 もしかして……

《あたしが何か期待外れだったからがっかりしてる?》

 ………………

 …………

 そりゃアーシャとかマウーナに比べたらちょっと負けるかもしれない。でもおっぱいもお尻もスタイルも、そこまで貧相ではないと自負しているのだが―――少なくとも残ってる奴らには確実に勝ってるしなっ!

《でも大皇様ってイーグレッタさんみたいな人といつも……なのよね?》

 ………………

 …………

 ぐぬぬぬ……

 あんなのと比べられたら―――ダメじゃん……

 途端にため息が出てきてしまうが……

《いや、でもせめて一太刀でも~……》

 あれには締り具合といった要素もあるわけで、それは入れてみないと分からないだろうし、きっと……

 そんなことを思っているとまた唐突に彼が尋ねてきた。

「君は……怖くはないのか?」

「え? 何がですか?」

 アルマーザがぽかんとしていると……

「今まさに戦いが起ころうとしていて、多くの命が失われようとしているのだが……」

 ………………

 …………

 うわーっ! こんなときにエロいことしか考えてなかったのがバレた?

「え? あー……すみません。ほんとにその……」

 彼女がぺこぺこ謝り始めるとカロンデュールは首をかしげた。

「どうして謝るのだ?」

 ………………

 …………

「え? だからこんなときにHの事ばかり考えてたのを怒ってらっしゃるんじゃ?」

 ………………

 …………

 カロンデュールの目がまん丸になり、それから今度は爆笑した。

《はいぃ???》

 それからしばらく彼は笑っていたが、やがて咳き込みながら彼は言った。

「いや、そういうわけではなく……いま本当に戦いが起こっているのだが、それが怖くないのかという意味だったのだが……」

 あー、そういうことか。ふー。びっくりした……

「あー、でもアキーラ解放の時に比べればずっとマシというか……あのときはたった二十三人だったのに、今では何万ものレイモン軍が味方なんですよ? それに都のすごい魔法使いの人たちも一緒じゃないですか」

 その答えを聞いて彼はまた目を見張る。

「はあ。さすが強いのだな。まさに女戦士だ」

 うーむ。こんな風に言われたら何と答えればよいのだろうか?

「あの、どうもありがとうございます……」

 こんな答でよかったのだろうかと思っていると……

「それに比べて私は……」

 カロンデュールがなぜかまた暗くなっていく。

《えっと、どうしてこんなに元気がないんでしょう?》

 そこで彼女は言った。

「いや、でも人って強いだけが取り柄じゃないですよ? アカラやルルーみたいに弱くたって居てもらわなきゃ困る子だっているんだし……」

 カロンデュールはまた驚いた表情でアルマーザを見つめた。

 彼女はにっこり微笑み返す。

「そんな子はみんなで守ってあげるんですよ。うちではそうしてましたが……それともこっちじゃ違うんですか?」

 ………………

 …………

「さあ……どうだろうな……」

 カロンデュールはまたため息をついた。

《えーっ⁈ どういうこと? これって……》

 都じゃ弱くても誰も守ってくれないってことか? それって?―――いや、大皇様を誰も守らないなんて事があるのか? 何かおかしくないか? それともまた何か勘違いをしているのか?

 アルマーザが混乱していると、カロンデュールがまた尋ねた。

「アルマーザ。君は……ファラのことをどう思う?」

 これなら簡単に答えられる。

「え? そりゃもう最高のお方じゃないですか? 美しくって、気高くって、勇気があって」

「そうだな……」

「ですよねー」

 そもそも彼女がそんな人だったからこそ、アルマーザたちも本気で命をかけようという気になったのだが―――カロンデュールはまたため息をついて首を振る。

「彼女は私の妻だというのに……まるで見たことのない女性のようだ……」

「えっと……それはずいぶんお離れになっていたからでは?」

 だが彼は遠くを見るような目で続ける。

「都にいたときの彼女は空の星のようだった。美しいがこの腕に抱いていても何か手が届かないような。儚く壊れやすいガラス細工のような……」

「ガラス細工⁈」

 アルマーザ思わず問い返していた。

《ファラ様ってそんなイメージでしたっけ?》

 確かに物静かではあったけれどもまさに力強く光り輝いていて―――儚いとかいったイメージではなかったように思うのだが……

「私にはそう見えたのだが……それが今ではまったく別人のようだ」

 昔はそうだったというのだろうか?

《あー……でも確かに最初の頃は……》

 彼女たちが初めて出会ったときはもうちょっと違っていたかも……

「あー、初めの頃はそんな感じだったかもしれませんねー……」

 するとカロンデュールが興味深そうに尋ねた。

「ではどうして今のように変わっていったのだ?」

「えっ? ああ……」

 アルマーザは考え込んだ。

「あー……一番大きなきっかけといえば、やっぱルンゴのときでししたか?」

「ルンゴ?」

 アルマーザはうなずいた。

「あ、そりゃもうカッコよかったんですよ? 悪い太守が全然悪くない宿屋の女将さんを死刑にしようとしちゃって、それを助けに行ったときですよ」

「そうなのか? 聞かせてくれないか?」

 カロンデュールは興味津々といった様子だが……

《えーっ⁈》

 そんな話を始めてしまったらHはいつになるのだ?

 そこで彼女はおずおずと尋ねるが……

「あの……聞いてないんですか?」

「いや、報告書は見たが、君はその場にいたのだろう?」

「あー、まあ……」

 そこで仕方なく彼女はルンゴでの出来事を語り始めた。



 ………………

「……そして、ファラ様が『それで、どうなさいますか?』って尋ねたんですよ。そうしたらもうあたり全員がみんなあいつをにらみつけちゃって、それであいつビビって女将さんを解放してくれたんですよ」

 聞き終わったカロンデュールはしばらく絶句していたが……

「それでもし相手が血迷っていたらどうしていたのだ?」

「その場合、ファラ様は本気で首を刎ねてくれって」

「何と⁈」

 彼の目がまた丸くなるが……

「いやフィンさんやミーラ様が相手は絶対ヘタれるからって言ってましたから」

「あの男が?」

「はい。実際そうだったでしょ? でもまさにそのときは鬼気迫るっていうか、こっちも心臓が止まりそうでしたが……」

「そうか。あの男がファラを変えたのか……」

 カロンデュールが宙を見つめてつぶやくが……

《いや、何か勘違いしてないかなあ?》

 メルファラ大皇后がああ決断したのは、レイモンの人々のためだったと思うのだが?

 そんなことを考えているとまた彼がため息をついて尋ねる。

「その彼女がもう一度やり直したいと言ってきたのだが……私は彼女にどう向き合えばいいのだろうか?」

 えっとー、何だろう? 既に一時間くらい無駄にしている気がするのだが―――夜伽とはこんな相談をする場なのか?

《ってか、さっきから体が疼きっぱなしなんだけど……》

 やっぱりこんな裸同然の格好で男の人の側にいれば、こういう気分になるのは仕方ないわけで―――なのに今晩はもうダメなのか?

 アルマーザはちょっと泣きたい気分だったが、でもそこで気を取り直して首を振る。

 彼がわざわざ彼女にこんな相談をしているのだ。真摯に答えてあげないと―――それに……

《あー、やっぱりファラ様のことが気になるんですよねー》

 まあ当然だ。

 あんな素敵な人が気にならない筈がないわけで―――でもこれに関しては難しくない。

 アルマーザは答えた。

「えーっと、だからあんまり難しく考えなくてもいいんじゃないですか?」

 普通にぎゅっと抱きしめて、そのままベッドに押し倒してしまえばいいと思うのだが……

「難しく……か……」

 またまたカロンデュールが暗くなっていく。

《あー? どうして?》

 何だかこういう所、本当に見てられないのだが―――それはともかく……

《このままじゃ埒があかないわよねえ……》

 ともかくせめてこの火照ってしまった体をどうにかしてもらわなければ……

《あ! そうだ

 アルマーザの脳裏にナイスなアイデアが降臨した。

 彼女はカロンデュールにすり寄ると耳元に口を寄せた。

 彼がピクンとして振り返ると、彼女は囁いた。

「寂しいときってですね? 仮初めの人でもこんな風に体を触れあわせていたら、何となく気が紛れたりしませんか?」

「え?」

「ってミーラ様がおっしゃってました

 そう言ってアルマーザは胸をカロンデュールに押しつけた。

「何でもファラ様が最初のときもこんなだったそうですよ?」

 カロンデュールの目がまた丸くなる。

「最初とは?」

「あ、ミーラ様やアウラ様と初めての時とか」

 ………………

 …………

 ……

「そう……なのか?」

 何だか驚愕しているが……

「あれ? お聞きになってませんでしたか?」

「いや……」

 ―――ってことは、ファラ様は秘密にしてたのか? もしかして言っちゃまずかった? と思ってももはや後の祭である。

 そこで仕方なく彼女は話し始めた。

「あー、都にいた頃から時々、三人でお楽しみになってたそうですけど」

「そうなのか?」

「こちらに来てからも何度かそういう日もありましたよ? まあ、戦いの真っ最中でしたから滅多にそういう機会はなかったですけど」

「はあ……」

 カロンデュールが呆然としているが―――そこでまた彼女は耳元で囁いた。

「それにしても実際ファラ様って結構感度いいですよね

「え?」

 カロンデュールの耳が赤くなる。

《うふっ! 正解っ

 アルマーザは自分のおっぱいを持ち上げる。

「お風呂とかをご一緒したことがあるんですけど、お体を洗ってあげたりしててちょっとこんな風に乳首とかに触れちゃったりしたら……」

 そう言って自分の乳首に触れると思わず……

「あんっ……ってカワイい声を出されるんですよ?」

 カロンデュールの目がまたまた丸くなる―――というか、彼はアルマーザの言うことに一々驚いているのだが……

《何びっくりしてるんでしょう?》

 彼だって彼女と一緒に夜を過ごしたことくらいあるのでは?

「あたしはまだ夜をご一緒したことはないんですけど……ほら、呪われてたもんで。でもアウラ様に聞いたんですけど、もう結構すごいみたいですよ? ファラ様って」

「そう……なのか?」

「いや、アウラ様の指もちょっと特別だったりするんですけど……こう内側からくりくりってしてあげると、すぐにびくんびくんってなっちゃうそうで

 そう言いながらアルマーザはアウラの指の真似をしてみせた。

 カロンデュールはぽかんとそれを見ている。

「あのー……大皇様もご存じなんですよね?」

 彼女の夫なのだから当然だとは思っていたのだが……

「え? いや、私の時はそれほど……」

 ………………

 …………

 ……

「えっ?」

 だがまた彼ははあっとため息をついて暗くなる。

 そしてアルマーザは気がついた。

《あ? もしかしてそのときあまりファラ様の体、ほぐれてなかった?》

 アラーニャちゃんのときもそうだが、これはこっち側も受け入れ体制ができてないと、単に痛かったりしてしまうわけで……

「それじゃちょっと練習してみます?」

「あ?」

「あたしをファラ様だと思ってやってみてくださいな

「えっ⁈」

 だがカロンデュールそれからアルマーザの体をしげしげと見つめて―――それからかっと赤くなる。

《うふっ ビンゴっ!》

 作戦大成功

《フィンさんがマウーナと思って男の人とやりまくっていたのと同じ原理よね? これって

 そこでアルマーザは立ち上がるときていた薄絹の衣をはらりと脱ぎ捨てた。それからカロンデュールの膝の上に後ろ向きに座る。

「え?」

 カロンデュールが驚いているが、それには構わず彼の両手を取って自分の両おっぱいに導いた。

「ファラ様は左側の乳首の方が感じるんですよ。ちょっとやってみてくださいな

 カロンデュールはしばらくびっくりして固まっていたが―――やがておずおずと彼女の左の乳房を愛撫し始めた。

「あは すごくお上手じゃないですか それでこう、乳首を軽ーく……あんっ そうそう。あんまり力を入れない感じでしてあげてくださいね。そうしていたらだんだんこう、お腹の底がキュンとしてきちゃって……」

 お尻のあたりで何かがムクムクしている感触がする。

《あはっ きたきたっ

 これがイルドとかならここからもう一気にぐおーっと来るのだが、カロンデュールはそんなことはしなかった。

《あは。やっぱり紳士ってこうなのかな?》

 だが、アルマーザの胸を愛撫する手が止まることはない。

「あ! そうですっ! そんな感じでじっくりと、優しくしてあげてると……あんっ 嬉しいみたいで。そして……あんっ あ、ファラ様も声が出てきちゃうんですよ。そうなってきたなら今度は……」

 そう言いながら彼の手を自身の秘所に導いた。

「こちらをちょろっと撫でてみて……あんっ ほら、こんなになってたらもう大丈夫ですよ。それからほら、お豆をちょこちょこっと……あ! そう いいっ

 カロンデュールが撫でてくれるとアルマーザは軽く逝ってしまった。

《あは 撫で方もお上手じゃないですかー

 それから彼女は彼の膝から滑り下りるとベッドの上に横たわり、とろんとした目つきでカロンデュールを見上げる。

「ミーラ様とかとするときは……ここから指で内側もじっくりとほぐしてあげるんですけど……」

 アルマーザは自分の濡れぼそった裂け目を指さした。

「奥の方になると指だと届かないんで、実はみんなこっそりと張り型を持ってたりするんですけど……ミーラ様に頼まれて貸してあげたこともあるんですよ?」

「それを……ファラが使ったのか?」

 カロンデュールがちょっとドギマギした様子で尋ねるが……

「そりゃもちろん。アウラ様とかだとその使い方がすごく上手で、すぐに気持ちよさそうに逝っちゃうそうで……」

「………………」

「大皇様にはもうおっきなのがありますから、張り型はいりませんよね

 そう言ってアルマーザが固くなっていた彼の股間をそっと撫でると……

「アルマーザ!」

 彼がいきなり覆い被さってきて、唇が唇で塞がれた。

《やたーっ

 たとえファラ様の身代わりだろうと、今抱かれているのはアルマーザなのだ。


《ま!》


 ―――そのまま長い夜が始まった。