アルマーザのシンデレラストーリー 第6章 アルマーザ、お妃様になる⁈

第6章 アルマーザ、お妃様になる⁈


 その翌日。水月宮の月虹の間で今度はイーグレッタとラクトゥーカの送別会が行われていた。

 彼女たちもまたカロンデュール大皇と共に都に戻ってしまうからだ。

 その場にいるのはいつものメンバー―――エルミーラ王女、メイ、サフィーナにアウラ、リモンのフォレス組とアルマーザとアラーニャ、ハフラ、リサーン、マジャーラのヴェーヌスベルグ組。それにコーラとクリンといったこちらの侍女たちだ。

 正月のシャコンヌの上演以来、彼女たちとはみんな結構親しくなっていた。

《うふっ やっぱよかったなー

 メルファラ大皇后とパミーナ、それに両魔法使いは色々多忙で不参加なのは残念だったが、ともかくこの状況だ。仕方がない。

「久々にゆっくり寝られたんじゃないか?」

「あはは。そうですね」

 マジャーラの問いにラクトゥーカがニコニコ答えている。実際彼女はカロンデュール大皇の送別会で伴奏することが決まってから、この数日夜遅くまで練習していたのだ。

《あはっ 大皇様ってやっぱイルドとかと違って、突き上げ方もちょっと高貴な感じ? えへっ

 しかも昼間には側仕えの仕事があって、イーグレッタが夜伽の日にはその身の回りの世話などもしなければならない。おかげでここしばらくはいつも寝不足気味の顔だった。

「アルマーザ様のおかげです。ありがとうございました」

 彼女がそう言って頭を下げるが……

「え? なに?」

 アルマーザはぽかんと彼女を見返した。

「あ、だからアルマーザ様が代わって下さったらからゆっくり休めました」

「え? あたし何か変わってたっけ?」

「えっと……」

 ラクトゥーカが返答に困っていると、横にいたアラーニャが答える。

「あー、だめですよ。もう今日は朝からこんな感じで」

「あはは」

 ラクトゥーカが苦笑いしているが―――まさに些細なことである。

《あはっ せっかくだから大皇様、いるうちにもう一回くらいお呼びしてくれないかなー

 などとアルマーザが呆けていると……

「それで出立の日って結局決まったのか?」

 マジャーラが尋ねるとメイが答えた。

「あ、それが帰り道の安全をきっちりと確保しておかないとって。調査の結果次第で」

「あー、確かに結構近いところを通っていくのよね?」

 リサーンがちょっと心配そうに言う。

 大皇一行の帰路はアルバ川西岸を抜ける脇街道を使う予定だが、川向こうには敵軍がいる。一応川を渡ってやってきてはいないというが、安全にはまさに慎重を期さねばならない。

「調査でダメってなったら……どうなるの?」

「あー、そうなったら西の大壁を越えていくって話になってますが……」

「うー。本当に通れるの? あんなところ」

「さあ。私も行ったことないですから」

 メイが首をかしげる。

 一同は顔を見合わせた。脇街道が使えればのんびりとした馬車旅だが、大壁越えとなると完全な山登りだ。

「夏でも雪が降るとか言ってたわよね?」

「はい。そんな日もあるらそうですが……高さから言ったらパロマ峠とそんなに変わらないそうだし」

「うわー、それって……」

「まあ、ともかく護衛もたくさん付いてくるそうですから、脇街道でも大丈夫じゃないですか?」

「そうよねー」

 都の魔道軍とレイモン軍の精鋭が一緒にいれば、そうそう危険なことにはならないのは確かだが―――そんなことを話していると、エルミーラ王女がぽつっとこぼした。

「それにしても……せっかくファラ様がその気になったのに……」

 そう言って何やら怪しい瞳でイーグレッタを見つめる。

「え?」

 彼女が不思議そうに首をかしげると、メイがまたかといった表情で突っ込んだ。

「王女様、イーグレッタさんと息抜きするつもりだったんですか?」

「だってー。さすがにここの郭に出入りするわけにはいかなかったしー……」

 イーグレッタが納得したという表情でにっこり笑った。

「まあ、そう言えばクリスティが話しておりましたね。王女様やアウラ様のことは」

「え? ご存じでした?」

 彼女はうなずいた。

「それはもう グリシーナのヴィニエーラって郭にはものすごく強くてお上手な夜番のお姉様がいたって話は」

 エルミーラ王女がにっこり笑ってアウラを指さした。

「何だ。ご存じだったのなら言って下されば……いつでもお貸し致しましたのに」

「ちょっと! ミーラ!」

 アウラが赤くなるが―――がイーグレッタは笑って首を振った。

「そんな! ベラトリキスともなればもはや雲上人ですよ? 私なんかから見たら……それに私はいつでも大皇様のお相手ができるよう控えてなければなりませんし……あんなヘロヘロでは失礼になってしまいます」

「あんなとは?」

 王女が不思議そうに尋ねると……

「ほら、いつかクリスティがカトレアと代わって行った日の後ですよ。戻ってきたらとろけちゃってて二三日使い物にならなくって」

「えっ……あ!」

 王女が口に手を当てる。

「あの後、クリスティ、そんなことになってたの?」

 アウラも驚いた声で彼女に尋ねるが……

「はい。そちらのアルマーザ様みたいになってて……」

 一同が吹きだした。

《はわ? 何でみんな笑ってるんでしょーね? でも……うふっ

 ―――呆けているアルマーザには構わずイーグレッタは話を続ける。

「それで私が代わってあげたりして……」

「まあ……ごめんなさいね」

「エルミーラ様が謝らなくても……ままあることですから」

 とそこでメイが言った。

「でもあのときはクリスティさん、シアナ様とずっと一緒だったんですよね」

「え? そうでしたの? てっきりアウラ様と一緒だったとばかり」

「いえ、あの日はシアナ様がクリスティさんを連れてっちゃって、アウラ様は王女様と一緒にファラ様と……」

 そこまで言ってメイが口ごもるが……

「えっ⁈」

 イーグレッタが驚いた様子で王女とアウラを見る。

「あはは。まあそんな感じの楽しい夜でしたわね

 エルミーラ王女が怪しい笑みを浮かべるが……

「そうだったんですか」

 イーグレッタは納得したようにうなずいた―――と、そこにエルミーラ王女が尋ねた。

「イーグレッタ様は、女性の方とは?」

「ございますよ? こちらでは貴族の奥方様とかがお馴染みになっていることもよくありますから」

「ま! それは素敵ですね

 何やら嬉しそうな王女にメイがじとっとした目を向ける。

「あの、王女様? イーグレッタさんはもう都にお帰りですから」

「それはそうだけど……でも都にはわりとまたすぐ行くことになりそうだし……」

「え?」

 メイだけでなく他のメンバーも不思議そうに彼女を見た。

「だって、今度の戦いは短期決戦でしょ? でもその後アイフィロス方面が安全になるまでにはまだ時間がかかるだろうし……だったら冬も近いし一旦都に戻るしかないでしょう?」

「え? ああ、まあ……でも……」

 頭を抱えるメイに王女が言った。

「ふふ。それに戦いが上手くいかなかったら、そのときはやはり何としてでもファラ様だけは都に逃がそうって事になるでしょ? そうしたら私たちだって……」

 ………………

 …………

「あー……あははははは!」

 若干一名を除いて一同が苦笑いを浮かべるが……

《あは? 誰かナイスなジョークでも飛ばしたんですか? えへっ

 話を聞いていたラクトゥーカが蒼くなった。

「あの……それって……」

 心配そうな彼女に王女が言った。

「大丈夫ですよ。そこは皆さんを信頼しないと。今のレイモンと都の連合軍はものすごく強いですからね」

「あはは。そうですよね!」

 と、そこで思わずサフィーナがつぶやいた。

「でもルルーの奴……大丈夫だよな……」

 途端にヴェーヌスベルグの一同の顔が曇って、重苦しい沈黙が訪れるが―――そこでラクトゥーカが強引に話題を変えた。

「あー、ははは。マジャーラ様も都に来れば一緒にルナ・プレーナ劇場に行けますよねっ

「あー! そだなー!」

 マジャーラもわざとらしくうなずく。

「今は何をやってるのかしら?」

「さあ。でもティア様一押しの方が主役やってたりして」

 それを聞いたティアがうなずいた。

「あ! この間デュールも言ってたわねえ。デルビスとパライナの主役、見てみたいなあ」

 みんなも暗い話はしたくないのでその話に乗っていった。

 そこでメイがイーグレッタに言った。

「でも……イーグレッタさんならルナ・プレーナ劇場でも弾けるんじゃないですか?」

「まあ、そんな。真似事ですのに」

 彼女がはにかんで首を振る。

「そうなんですか? あのシャコンヌとかすごかったじゃないですか? それにイーグレッタさんなら舞台でもすごく映えそうだし……」

「いえ、でも私はちょっと声が細いので無理ですよ」

「あー……綺麗な声なのに……」

 と、それを聞いていたサフィーナがマジャーラに言った。

「あー、だったらおまえは? 声はでかいよな?」

「あ? あたしが何の劇をするんだよ」

「んー……ぶっ!」

 サフィーナがいきなり吹きだした。

「何がおかしい?」

「いや、だからお前が『どうしてあのお方がヘスペル様だったの?』とか言ってるのを想像したらな……」

「ぶはーっ!」

 あたりの娘たちが一斉に吹き出す。

「あのなあ……」

 マジャーラは憤懣やるかたないというった表情だが―――そんな彼女にまたサフィーナが言った。

「むしろお前、ヘスペルをやった方がいいよな」

「あ? 何だよ? そりゃ」

「だってあの役者よりも剣戟は上手だろ?」

「そりゃそうだろうが」

 ラクトゥーカの目が輝いた。

「うわー。すごくかっこよさそうですね?」

 マジャーラが彼女をじろっとにらむ。

「あのなあ。あたしはこれでも女だっての。男の真似してどうするんだよ?」

「でも……」

 彼女がちょっと小さくなるが……

「でもこいつに似合った役、男みたいな女の役なんてそんなにあるのか?」

「さあ……」

 サフィーナの問いにラクトゥーカが首をかしげているが―――と、そこに給仕をしていたコーラが口を挟んだ。

「あのー……昔ラムルスにはそんな劇団があったそうですよ?」

「そんな劇団って?」

「劇団員がみんな女なんだそうです。ロテリア劇団っていって」

 一同は顔を見合わせた。

「みんな女ってことは、男役も女がやるのか?」

 サフィーナの問いにコーラはうなずいた。

「はい。そうなんだそうで。うちに務めてるベロネさんが……もうずいぶんお年なんですけど、シフラ出身の方で、若い頃にはよく見に行ったって話してましたよ」

「へえ……」

「それこそその劇団の男役っていうのが、マジャーラさんやシャアラさんみたいなすごくカッコいい女の人で、若い女の子たちに大人気だったとか」

「はあ?」

 マジャーラの目が丸くなる。

「でも、良家の子女はそんな低俗な物は見るなって言われてたそうですが」

「あはは」

「でも貴族のお姫様とかが結構こっそりと見に来てたそうですけど」

「へえぇ……」

 一同は興味津々にその話を聞いていたが―――またサフィーナが言った。

「それだったら村に戻ったらできたりしないか?」

「できたらって何が?」

 マジャーラが首をかしげているが……

「例えば双星双樹とか。お前とシャアラでオルトロスとヘスペルで、アーシャとヴェガがリリアとローザで……」

 そこでラクトゥーカが飛び上がった。

「あ! それ見たいです!」

「ああ?」

 驚くマジャーラに彼女が言った。

「マジャーラ様とシャアラ様ならすごく人気が出るんじゃないですか?」

「女にか?」

「はい!」

「女なんかに人気が出たってなあ……」

 彼女は全然ピンとこないようだが……

「えー。あたしは絶対応援しますよ?」

「あはは。ありがとな……」

 ―――そんな雑談をしていたときだった。


「アルマーザはいる?」


 いきなり慌てた様子でニフレディルがやってきたのだ。

「どうしたんですか?」

 メイが尋ねると……

「ちょっと彼女に用があるんだけど……」

 そう言ってあたりを見回すが……

「おい! アルマーザ!」

 マジャーラが彼女の背中をばんと叩く。

「はわ?」

「いつまで寝とぼけてるんだよ?」

「え? あー……だから……」

 そこでまたメイがニフレディルに尋ねた。

「えっと、何なんですか? 血相を変えて……」

 彼女は何度か深呼吸をすると答えた。

「それが……大皇様が彼女を妾妃にしたいとおっしゃってて……」

 ………………

 …………

 ……

「「「「「「「「「「「「「はああああ⁈」」」」」」」」」」」」」

 一同全員が突っ込んだ。

 それからアルマーザをみんなで取り囲む。

《えっ? えっ?》

 それまではあたりの会話など聞いてもいなかったアルマーザの耳にも、いま何だかすごく珍妙なセリフが飛び込んできたような気がするのだが……

「あのー……いま何と?」

「あなたを妾妃にしたいんだって。大皇様が」

 ………………

 その言葉の意味がアルマーザの脳髄に浸透するまでしばしの時間を要した。

「えーっ⁈ どうしてまた……」

 彼女は慌てて尋ねるが……

「それを聞きたいのはこちらです。一体昨夜はどうなったのですか?」

 昨夜?

「どうなったって……そりゃ普通にやってただけですけど? でも大皇様、あまりあたしのことお気に召してなかったって思ってましたが……」

「どうしてですか?」

 ニフレディルがぽかんとして尋ね返す。

「だって横に座っても全然始めようとしなくて……いつもイーグレッタさんとかを見てるからあたしなんて貧相に思えたんじゃないですか?」

「でもお前、朝からヘロヘロじゃん」

 サフィーナが突っ込むが……

「そりゃ、やることはやりましたから あはっ

「気に入られなかったのにか」

「あー、だからファラ様の代わりにどうですかって言ったら、大皇様、俄然やる気になって……」

「一体……どういう状況だったのです?」

 ニフレディルが尋ねる。そこでアルマーザは昨夜の顛末を話し出した。

「えっと、最初にあのひらひらしたの着てお側に行ったんですよ。なのに大皇様、あたしに触れようともしないで、あたしが楽しそうだな、なんて言うばかりで」

 一同は顔を見合わせた。それからニフレディルが尋ねる。

「どんな風に大皇様のお側に行ったのです?」

「どんな風にって……だから。こんばんわーって挨拶して、こう、くるっと回ったりして」

 そう言いながら彼女はみんなの前で回って見せた。

 ………………

 …………

 ……

「あれ? なんかいけませんでしたか?」

「いえ、なんと言いますか……」

 ヴェーヌスベルグ娘たちはピンときていないようだったが、残りの一同は一斉に頭を抱えた。

「それで……何と答えたのです?」

「あ、だからそりゃ久々に変わったHができそうだからだってた答えたら、何だか絶句されてて……」

 残り一同がまたあーっといった表情となる。

「だってほら、あたしたちって男の人とは一期一会だったでしょ? だからだって答えたら、今度はびっくりされてて」

 残り一同が今度はうっといった表情になる。

「ああ……確かに普通ならばまさに悲惨な宿命なのでしょうが……」

 しかしそこでマジャーラが口を挟む。

「ん、そうか? そんな風に思ったことはなかったけどなあ?」

「ま、そうだな」

 他の連中もよく分からないという表情だ。

「……みなさんってすごいんですね」

 ラクトゥーカがつぶやくが……

「何てか、最初っからだとそんなもんだし」

 そんなあっけらかんな言葉に、ヴェーヌスベルグ娘以外の一同は分かったような分からないような表情だ―――そこでニフレディルがまたアルマーザに尋ねる。

「それでどうなりましたか?」

「あー、はい。そしたら今度は『私が寂しそうに見えるか?』なんて尋ねてこられて……」

「寂しそうに?」

「ほら、何か送別会の最後にそういうことを言ったのが気に入らなかったのか、またがっかりしてて……」

「がっかりしていた?」

 今度は多くの娘たちがぽかんとしていた中、ニフレディル、エルミーラ王女、そしてイーグレッタの三人があっといった表情になった。

 それから王女がニフレディルに尋ねる。

「やはり大皇様はずっとお一人でお寂しかったと?」

「まあ、あのようなお立場ですし」

「えっと……何なんですか?」

 アルマーザが尋ねると、ニフレディルが答えた。

「大皇様が寂しがっておられたというのは決して間違ってはないということです。というより、都でも高位の方々は得てしてそうなのですが……」

「どうしてまた?」

「それはそのような方々は他人に弱みを見せてはならないからです。そんな弱みを見せたらつけ込まれてしまいますから。常に毅然と強くなければならないのです」

「あー、前にちょっとミーラ様が言ってた?」

「まあそうね」

 王女もうなずく。

「そしてそれだけに留まらず、周囲の者たちもみなそう願うものですから、いつの間にか自分が実際にそうだと思ってしまうのですよ……でも心の底では何か違うのではないかと感じていて……だからアルマさんの言葉に衝撃を受けられたのでしょうね」

 ………………

《衝撃を受けた???》

 寂しいかって言っただけで??

「えーっと……それじゃあんな風に言ったらいけなかったんですか?」

 ニフレディルは首を振る。

「普通はあまり口には出さないのですが……いえ、あなたの気持ちも分かるのですよ? あなたは優しいから」

「え? あ?」

 アルマーザがぽかんとしていると横にいたアラーニャが言った。

「そーですよ。そこが彼女のいいところなんですから!」

「ありがとうね。アラーニャちゃん」

 思わずまた抱きしめてすりすりしたくなってしまうが……

「しかし口は災いの元ということで」

 あはははは!

 都の人と付き合うというのは何だか難しいらしいが……

「しかしよく怒り出す人もいたりしますが……大皇様はそうではなかったのでしょう? それでどうなったのです?」

 ニフレディルの問いに彼女は答えた。

「あ、それで今度は『君は怖くはないのか?』とか尋ねてこられたんですが」

「はい」

「でもほら、こんなみんな一緒にいてくれるのに、どこも怖くないでしょ?」

「ああ、まあ……」

 ニフレディルが曖昧な笑みを浮かべる。

「なんでどう答えようかなって迷ってたら『今まさに戦いで多くの命が失われようとしているのに怖くないのか?』って言われて……」

「はい」

「それで慌てて謝ったんですよ」

「どうして?」

 ニフレディルが首をかしげるが……

「だってそんなときにエロいことしか考えてなかったのがバレたって思って……」

 ………………

 …………

 ……

「そうしたら大皇様に笑われて……」

 ………………

 …………

 ……

「まあ、それは笑われますね。誰にでも」

「はい」

「それで?」

「それで今度は『さすがに強いのだな、まさに女戦士だ』なんて褒められちゃて……それでまた何て答えたらいいのか考えてたら、大皇様、『それに比べて私は……』なんてどよーんて沈んじゃって……」

 ニフレディルは納得いったようにうなずいたのだが……

「ほら、さすがに大皇様ってあまりケンカは強そうに見えないじゃないですか? だから言ったんですよ。弱くてもみんなが守ってくれるから大丈夫だって。そうしたら何だか知らないけどますます落ち込んじゃって……」

 それを聞いていたニフレディルの目が丸くなって、彼女と同時にエルミーラ王女やメイ、それにイーグレッタが吹きだした。

「え?」

「それはケンカに弱いから悩んでいたのではないでしょうね」

 ニフレディルが笑いながら言った。

「そうなんですか?」

「これは推測ですが……やはりファラ様を残して自分だけが都に戻らなければならなかったことをお悩みになっていたのでしょう」

「でも大皇様の命が危なくなるようなことがあったら……」

「まさにその通りですが……でも口さがない者たちもおりますし……」

 一同は顔を見合わせた。

 今回のレイモン解放の一件は表向きは大皇の偉功ということになっているのだが、実際は何も関与していないことは彼女たちが一番よく知っていた。

 ここで彼が彼女を置いて自分だけ帰ってしまったら一体何と言われるか?

 それに関してはメルファラが『彼が失われたら都の権威が失われることになる。私は彼の后であり、彼の権威を守る立場である』と宣言することで、建前上は何とかなってはいるのだが……

「あー、そんなことをお悩みになっていたのですか?」

 ニフレディルは首を振る。

「いえ、私も心を読んだわけではありませんから。でも大皇様も大変お優しい方ですから……」

 それはその通りだ。偉い人というのはもっと威張っているのが普通なのだが、カロンデュール大皇は何か全然違う。アルマーザが気になってしまったのはそのためでもあるのだが……

「あー、だからその後、ファラ様のこと聞かれたのかな?」

「何と聞かれたのです?」

「今のファラ様は何だか見たこともない人みたいだって。昔はガラス細工みたいだったけどって」

 ニフレディルの目が丸くなった。

「昔は? ああ、確かに……」

「でも今は全然違いますよね?」

「ええ。確かに」

 彼女がうなずいた。

「それでどこで変わったのかなって考えたら、やっぱりルンゴだろうってことになって、それで大皇様にルンゴでの経緯をずーっとお話ししたんですよ。もう一時間くらいかかっちゃいましたが……」

「まあ……」

「それを大皇様、すごく真剣に聞いてらして、んで、やっぱり大皇様ってファラ様のことが大好きなんだなって思って、そこでファラ様の弱いところとかを教えてあげたんですよ」

 一同の目が丸くなる。

「ファラ様の……弱いところ? ってまさか……」

「ほら、ミーラ様とかアウラ様が教えてくれたじゃないですか」

 ニフレディルがじとっとした目でエルミーラ王女たちを見るが……

「あははは。あのときはまだ明日をも知れぬ日々でしたので、ま、いいかなって……」

 彼女はため息をついたがそれ以上は言わなかった。

「それで?」

「で、それからあたしをファラ様だと思って好きにして下さいなって頼んだら。あは。大成功で……詳しく話します?」

 ニフレディルがちょっと赤くなる。

「いえ。ともかくその後はお楽しみになったと?」

「あは ま、そんな感じで……あ、でもこれって要するにあたしってファラ様の代わりだったってことでしょ? 代わりだったらイーグレッタさんとかの方がずっとふさわしいし……」

 一同は顔を見合わせた。そこでまたニフレディルが尋ねた。

「大皇様は他に何かおっしゃってませんでしたか?」

「え? あー……そう言えば……」


 ―――気がついたらもう朝方になっていた。

 甘い陶酔のなか、アルマーザがカロンデュールに抱かれて呆けていると、彼が耳元でささやいた。

「君は……もう心に決めた相手がいるのか?」

 心に決めた相手? こちらではよくそのような言い回しをするが……

「いえ、べつに?」

「なら……これからは私だけを見ていてくれないか?」

 頭がイマイチ回っていないが―――見る? 見るってどこを?

 アルマーザはカロンデュールをじっと見つめた。

 彼も彼女も一糸まとわぬ姿だ。彼の物はさすがに三回も使えばちょっとは休息が必要のようだが……

「あのー……こんな感じで?」

「何を見ているんだ?」

「いやー、見てろって言われたんで……」

 カロンデュールはしばらく絶句してから吹きだした。

《ありゃ? 何か外した⁈》

 彼は笑いながら首を振ると今度は彼女を正面から見て言った。

「君が良ければ今後もずっとこうして一緒にいてくれるか?」

 え? これってまたやっていいって事かな?

「そりゃ、もしあたしなんかで良ければいつでもお慰めしますよ?」

「本当か?」

「ええ。もちろん

 カロンデュールがにっこりと笑った―――


「……なんて話はしたような気はしましたが……」

 ………………

 …………

 ……

 一同が彼女をぽかんとした顔で見ている。

「その後ずっと朝まで大皇様と抱き合ってましたが……それだけのことですけど」

 ニフレディルはさらにしばらく呆然と彼女を見ていたが……

「それってつまりプロポーズなのでは?」

 今度はアルマーザの方が呆然とする番だ。

「は? あれが?」

「じゃなきゃ何です?」

「いや、でもずっと一緒にいるってだけがどうして? そんな……あれ?」

 ヴェーヌスベルグの娘たちはよくそのように言われることがあった。そして彼女たちは掛け値なくその男が息を引き取るまでずっと一緒に過ごしてやっていたのだが―――すなわち“ずっと”というのはせいぜい数ヶ月というのが相場であった。

 ………………

 …………

 ……

「えっと……じゃああれって?」

 アルマーザの様子にニフレディルはうなずいた。

「大皇様にも呪いはもう効かないでしょうから、ずっとと言えばずっとですよ?」

 ………………

 …………

 ……

 やっとアルマーザの頭にも状況が浸透してきた。

「えっと……でもほら、大皇様のお妃になるのはお姫様じゃなきゃじゃないですかー。ティア様だって一応お姫様なんでしょ?」

「一応って何よ! 一応って!」

 ティアがむくれるがニフレディルは意に介さず答える。

「確かにル・ウーダ一族ならば問題ありませんが……」

「でしょ? だから……」

「でも心配はいりませんよ。家柄ならばどこかの名家の養女になればいいのです」

「は? あたしが?」

「こいつを養女とか、そんな酔狂な家があるのか?」

 サフィーナの問いにニフレディルがしばし考え込む。

 そこにリサーンが言った。

「それだったらシアナ様の養女とかは? もうなんかそんな感じだし」

「あ、それいいんじゃないですか?」

 一同が口々に言うが、ニフレディルは笑って首を振る。

「いえ、家柄という点ではシアナも私も大したことがないので……あ、でもそれならアドラートならいいかしら?」

「アドラートって……マグニ総帥ですか?」

 びっくりした様子でメイが尋ねるが……

「ええ。彼ならば私たちとも懇意ですし、家柄もあれ以上の物はございませんし……」

「えっと……それってマグニの本家なんですよね?」

「ええ」

「んじゃその……アルマーザさんがあの御曹司の兄妹になるってことですか?」

 メイの問いに、ニフレディルがあっと言った表情で黙り込んだ。そして……

「まあ……そうなりますか? でも今更そのようなことは蒸し返されないとは思いますが……」

 何やら歯切れが悪いが……

「何ですか? 御曹司ってのは?」

 アルマーザの問いにメイが少々引きつり気味に答える。

「あははー。それが、以前その御曹司をアウラ様とかシアナ様が半殺しにしちゃったことがあって……」

「えーっ⁈ そんな! 仕返しされたらどうするんですか!」

 メイの笑顔がそのまま凍り付く。

「シアナ様がバックだって言えば大丈夫なんじゃない?」

 リサーンが適当なことをほざいているが……

「まあ、まだマグニ本家と決まったわけでは。他にもそういう伝はありますから……」

 ニフレディルが少々引きつり気味に場を収める。

 それはそうと……

「えっとあのー、何かもうあたしがその妾妃ってのになるって決まってるみたいなんですけど……」

 一同はあっといった表情になるが……

「まあ確かに断るのなら今のうちですが……」

「そうでしょ? だから……」

 と、そこでエルミーラ王女が口を挟んだ。

「でも……これってもしかして意外に良縁なのでは?」

 一同が彼女の方を見る。

「えっと、どうしてですか?」

 王女はうなずいた。

「ほら、本来ならファラ様が一緒に帰るはずだったんですが、それが無理になってしまって……でも大皇様が寂しがっているというのも事実で、できれば一緒に行ける方がいた方がいいのは確かですよね?」

「まあそれは……」

「そこでティア様が行ければ良かったんですが……」

 王女がそうつぶやくと……

「んぐっ!」

 ―――ティアがおかしな声を上げた。だが……

「いえ、責めているのではないのですよ……ただ、ティア様は大皇様だけでなく、ファラ様とも懇意でしたので……そこで、アルマーザさんなんですが……」

 一同の視線が彼女に集まる。

「ヴェーヌスベルグから来た皆さんの中では、あなたが一番ファラ様の身近におりましたよね?」

「え? それはまあ……」

 何しろここ最近は大皇后の御側方だったのだ。またその前からもファシアーナの小間使いになって以来、メルファラ大皇后の側には結構出入りしていて、プライベートな話もよくしていた。

「あなたならファラ様が戻ってきた後も仲良くできますよね?」

「そりゃもちろん!」

「それに大皇様にもいたく気に入られてるみたいですし」

「え? どうしてですか?」

 王女ははあっとため息をつく。

「どうしてって……でなければ妃にしたいなどとは言わないでしょう?」

「あ? まあ……」

「なので大皇様をお慰めするだけでなく、大皇様とファラ様の間を取り持つという意味でも、あなたがいてくれたら助かると思うのですよ」

 聞いていた一同がうなずいたが―――アルマーザは全く予想外の展開に頭が付いてきていなかった。

「あの、えっと、これって私が大皇様と一緒に都に行けと言うことですよ……ね?」

「それはそうなりますね」

「えっと、それで他には誰が?」

 エルミーラ王女王女が答えた。

「イーグレッタさんやラクトゥーカちゃん、それにアヴェラナさんも一緒でしょう?」

「いや、それはそうでしょうが、他のみんなは?」

 するとサフィーナが答えた。

「そりゃファラ様のお側を離れるわけにはいかないだろう?」

「それに元々あんたは都に行く予定だったじゃないの?」

 リサーンもたたみかける。

「でもあれはみんなが一緒に来るからで……シアナ様やリディール様は?」

 ニフレディルが答える。

「ファラ様の護衛には残らないと」

「マジャーラは?」

 最後の頼みという感じで彼女を見るが……

「あたしが都に行ってどうするんだよ? 劇見るしかやることないのに」

「うー……」

「アルマーザ……」

 見るとアラーニャが潤んだ瞳でアルマーザを見つめている。

《そうだ! 彼女がいるじゃないですか!》

「あ、ほら、あたし道しるべの仕事もあったじゃないですか!」

 だが……

「いえ、一番重要なところは済んでおりますので」

 ニフレディルがにべもなく首を振った。

「重要な所って……もしかして?」

「はい。あなたのおかげでアラーニャさんは……」

 そこまで言ってクスッと笑う。

「なんですか?」

「いえ、世の中には悪い人ばかりじゃないということを知ることができました。これはとても大切なことなのですよ」

「えっとー……」

 アルマーザが絶句しているとまたサフィーナが言った。

「ってかさ、もう二度と会えないって決まったわけじゃないだろ? さっきミーラ様も言ってたけど、わりともうすぐ都には戻れるって」

「あー、まあそうですけど、その後は……」

「だからそうしたらファラ様も一緒だし、しばらくはアラーニャもマジャーラも一緒だろ?」

「でもその後は……」

「だからそりゃ頑張るしかないだろ?」

 えーっと……

「何が不満なのよ?」

 リサーンがじろっとにらむ。

「いや、決して大皇様が嫌いだったり嫌だったりってわけじゃないんですよ? でもほら、都なんて行ったこともないところに……それに都の習慣とかも知らないし……」

 ニフレディルがうなずいた。

「確かに礼儀作法とか立居振舞はお勉強しないといけませんね。でもそのあたりは先生をつけてもらえますから大丈夫ですよ」

 と、そこでメイが笑いながら口を挟む。

「あはは。あれって結構大変なんですよね。私も勉強させられましたが。頭の上に本を乗せて歩かされたりして」

「は? なんでそれが大変なんです?」

 アルマーザがぽかんと彼女の顔を見ると、メイは驚いた顔で見返してくる。

「そりゃ落っことさないように歩くのは大変じゃないですか?」

「いや? そんなことないでしょ?」

「えーっ?」

 驚愕するメイにサフィーナが言った。

「まあ、メイなら確かにダメだけど、うちらは水瓶を頭に載せて運んだりしてたし」

「えーっ! そうなの?」

「まあ、だから歩く姿が綺麗だったんですねえ」

 一同の話を聞いていたイーグレッタが納得したようにうなずいた。

「うん。ってことで問題なしだな」

 マジャーラが腕組みしてひとりごちているが……

「いや、何がですかっ!」

 と、そこでアラーニャがぽつっとつぶやいた。

「でも……アルマーザ、都でいじめられたりしない?」

 すると……

「それはまあ……」

 ニフレディルがうなずいた。

「え? そんなことがあるんですか?」

「都ですから……アルマさんの場合はまさに玉の輿ですから、やっかみを受けるのは間違いないでしょうね」

 それを聞いていたエルミーラ王女もうなずいた。

「確かに……あの都に帰ってしまった人たちから見れば、彼女は自分たちがいない隙に大皇様をかっさらっていった泥棒猫ということになりますし……」

「それって帰っちゃった人たちが悪いんじゃないですか?」

 アラーニャが怒った顔で尋ねるが……

「いえ、そういう人たちだからこそ、むしろそのように考えるのですよ」

「えーっ⁈」

 彼女が目を白黒させているが……

《あはははは》

 引きつり笑いを浮かべるアルマーザに王女が言った。

「あ、でもそんな場合でも、相手の家に乗り込んでいって叩きのめしたりしたらダメですよ?」

「え?」

 そこでラクトゥーカが尋ねる。

「アルマーザさんがそんなことするんですか? すごく温厚そうですけど?」

 するとマジャーラが笑って答えた。

「いや、お前知らないから」

「何がですか?」

「だってお前らの家、ケンカふっかけられたらお前らとシャアラがいっつも出てきて、三倍返しくらいでボコってたもんな」

 そう言ってアルマーザとサフィーナを指さした。

「えーっ⁈」

「ありゃあっちが悪いんじゃないですか?」

「やってたんだ……」

 ラクトゥーカがつぶやくが、そこにしれっとハフラが言った。

「でも都の姫相手にそんなことしたら、相手死ぬんじゃ?」

 ………………

 …………

「そんなことしませんって!」

「そういうのには同様に陰湿にやり返すというのが都風なんでしょ?」

「ん……まあ……」

 ハフラの問いにニフレディルが苦笑いしながら答える。

「何か嫌ですね。それも……」

 そこでニフレディルが言った。

「ま、ともかく直接手を上げるのはお止しなさい。そういう場合は私が相談に乗りますから」

 一同が何やら納得しているが……

「あはは。よろしくお願いしまーす」

 と、そこで今度はエルミーラ王女が言った。

「あ、それはそうと……昨日はちゃんとお茶は飲んでいたのですよね?」

「え? まあそれは」

「あちらに行ったら調子に乗っていきなり子供は作らないようにした方がよろしいかと」

「どうしてですか」

「妾妃に先に王子が生まれてしまった場合、殺し合いになってしまう可能性が大きくて……ファラ様とそんなことはしたくないでしょ?」

 ………………

 …………

「とーぜんですっ!」

 と、そこでアラーニャが尋ねた。

「でもそれだったらいつ子供を作ればいいんですか?」

「まあ、ファラ様に男の子ができた後なら……それでも絶対とは言えませんが……」

 王女が口ごもるが……

「私、ファラ様とケンカなんかしませんよ?」

「あなたがどう思おうとそんな争いに巻き込まれてしまうことはありますので……」

「あー……」

 またまた絶句するアルマーザに、王女は真剣な表情になる。

「あと……私たちが帰って来られなくなった場合ですが……」

 アルマーザは一瞬呆然として答える。

「それって……どういう意味ですか?」

 王女は首を振る。

「多分大丈夫だとは思いますが、それでも今、戦争が起こっているのです。なので絶対ということはないわけで……」

「………………」

「もしそんなことになったら、私たちのことを語り伝えてくれるための生き証人はあなただけになってしまいますし……」

「えー、そんなのちょっと……」

 何でいきなりそんな重い宿命を背負わなければならないのだ?

「というよりその前にあなた、大皇様に捨てられないようにしなければ」

 ハフラが言った。

「えっ?」

「この間読んだ本が、そんな風にして寵愛を失った妃が流浪するお話だったんだけど……」

「ど、どんなお話ですか!」

「その姫はたぐいまれなる美貌だったので相手の王様は彼女と結婚したの。でも一緒に暮らしていたら気持ちが合わないことばかりで、それで結局捨てられてしまうの……」

「それでどうなるんです?」

「その後はもうそれは悲惨な運命で……捨てられた王妃の下に良さそうな男が現れたんだけど、その男は彼女を弄ぶだけ弄んでからまた追い出してしまうし、その後都の豪商に拾われるんだけど、そのまま異国に売られてしまって……」

「何て本を読んでるんですか!」

「あ、でも最後はハッピーエンドだったから……」

「それって小説の話でしょ!」

 たくもう、こいつら絶対面白がってるだけだろっ!―――というように何が何だか分からなくなりつつあったのだが……


「あ、みんなこちらにいたのね?」


 ―――そこにやってきたのはメルファラ大皇后だった。

 彼女は一同の中にアルマーザの姿を認めると、たたたっと近寄ってきて手を取った。それからまっすぐに目を見つめて尋ねた。

「デュールから話を聞きました。本当に彼の妃になってくれるのですか?」

「え?  えっとその……」

 アルマーザは口ごもる。

《えっと……なんて答えたら?》

 正直、今の今までそんなこととは露ほどにも考えていなかったわけで―――そんな調子でもごもごしていると……

「あー、何かこいつ少々勘違いしてたみたいで」

 サフィーナがアルマーザを指さした。

「え?」

 大皇后が驚いた様子で彼女を見る。

 そこでサフィーナがアルマーザの“ずっと”というのが一般的な意味とは違っていた話をする。

 話を聞いていくうちに段々メルファラ大皇后の目が丸くなっていく。

 そしてひどく残念そうにアルマーザに尋ねた。

「まあ……それではお断りを?」

「いえ、そうと決まったわけでは……まだちょっと考え中で……」

 思わず反射的にそう答えてしまったのだが……

「まあ、そうなのですか」

 メルファラ大皇后は何やらほっとした様子だ。

《えっと……もしかしてファラ様もこれには賛成ってことで?》

 何やら後押ししてくる人ばかりなのだが―――メルファラ大皇后が言った。

「大切なお話なので、まずはあなたのお気持ちを大切にして下さいね」

「はい……」

「でも私は構いませんから。あなたが一緒に来てくれたら何だか楽しそうですし」

「あ! そですか?」

「はい」

 メルファラ大皇后がにっこりと笑うと、アルマーザも何やら幸せな気分になるが……

《あー、いや、いかんいかん。その場の雰囲気に流されては……》

 さすがの彼女にもこれがじっくり考えて結論を出さなければならない問題だということは理解できた。

 だが―――そこでメイが大皇后に尋ねた。

「大皇様の出発日は決まったんですか?」

「いえまだ……でも行くならそろそろ行かないととは聞いておりますが」

「あー、じゃやっぱりそれまでにこれは決めないとってことですね?」

 そう言ってアルマーザの顔を見るが……

「ああ……そうなってしまいますか?」

「え? あ?」

 いや、それまでにと言われても……



 その日の夜、アルマーザは一人考え込んでいた。

《気持ちを大切にと言われましても……》

 それこそまさに青天の霹靂で、それを今すぐ決断しろと言われても本当に困ってしまうのだが……

《ってか、これって文字通り一生の問題ですよね?》

 ………………

 …………

 ……

 そもそも彼女はこれまであまり将来の展望ということを考えたことがなかった。

 何しろヴェーヌスベルグ生まれのヴェーヌスベルグ育ちだ。彼女はそこでみんなと同じように生きて、同じように死んでいくのを疑ったこともなかった。

 だがこうしてティアたちと中原にやってきて、何だかあれよあれよと大皇后の女戦士(ベラトリキス)などという物になってしまって、ついでに大魔法使いの小間使いとか、ファラ様の御側方とかそんなのにもなってしまって、先のことなどを考える余裕など全然なかったのだ。

 そこに降って湧いたこの話だ。

《うーむ……わからん……》

 まず一つ言えることは、彼女がカロンデュール大皇の妾妃になるというのはわりと良い考えらしいということだった。

 エルミーラ王女もそんな風に言っていたし、メルファラ大皇后もそうなってくれたら嬉しそうな素振りだった。

《でもそうなったら……》

 大皇様の妾妃になるということは、これから彼女は都に行ってずっと大皇様と一緒に暮らすということだ。

 だが、それがどんな物になるのか全く想像がつかなかった。

《ずっとねえ……》

 カロンデュール大皇のことは嫌いではない。少なくとも昨夜はとても楽しい夜を過ごせたのは事実なのだが……

《ハフラの奴が不吉なことをほざいてたけど……》

 彼と出会ってから正直日が浅いのだ。親しく話したのも昨夜がほぼ初めてだったし―――ああならないという保証などどこにもないのでは?

「うぬーっ!」

 だとしたらどうすればいいのだ?

 確かに断るなら今だということは分かる。しかし……

《大皇様、すごく嬉しそうだったし……》

 彼女が『あたしなんかで良ければいつでもお慰めしますよ?』と言ったときの彼の表情は、まさに満面の笑みだったが―――それを断ったりしたら……

《またすごくがっかりするんでしょうねえ……》

 正直彼のそんな姿を見たくないからこれまで色々やってきたのだが……

《あたしがいたらずっと楽しんでてもらえるのかしら?》

 ………………

 …………

 ……

 ちょっとそれは買いかぶりすぎではなかろうか?

《ともかく……》

 ここで一人でうじうじ考えていても結論は出そうもない―――とすれば色々な人に相談をしてみるのがいいだろう。

 だが、問題は誰に相談するかということだが……

《うちの連中は……ダメですよね?》

 あいつらは絶対変な煽りを入れてくるだけだし、アラーニャちゃんは行かないでとは言ってくれるだろうけど……

《あー、その辺詳しいのはパミーナさんかな?》

 彼女なら都出身だし、そのあたりのことも分かるのではないだろうか?

 そこでアルマーザは天陽宮に向かった。

《もう夜だから部屋にいるわよね?》

 ―――そう思っていたのだが、そこにいたのはアヴェラナだけだった。

「あれ? パミーナさんは?」

「明日また大皇后様の謁見があるので、それでいまお城に」

「あー、そうでしたか……」

 彼女はこのように忙しいのだ。

「どうなさったんですか?」

「あー、それじゃアヴェラナさん。大皇様のお妃になれって言われたらどうします?」

「はいぃぃぃ⁈」

 アヴェラナは目を丸くして固まってしまった。

 それから何やらもじもじし始めると……

「わ、私がそんなこと言われるわけないじゃないですかー!」

「いや、だから仮になんですけど、もしそんなことを言われたらって話ですけど……」

「あ? えーっ? いや、でも……」

 彼女が真っ赤になる。

「やっぱり嬉しいですか?」

「そりゃそうでしょ? 大皇様のお妃なんですよ? 嬉しくないわけないじゃないですか⁈」

「あー、やっぱり……」

 今度は彼女が不思議そうな顔になる。

「アルマーザ様は嬉しくないんですか?」

「そこが今ひとつよく分からなくって……」

 首を捻るアルマーザを彼女は驚いたような目で見つめた。

「いや、どうして分からないんですか?」

「どうしてって言われても……」

 アヴェラナはしばらく絶句する。そして……

「やっぱり変わってますねえ……アルマーザ様って……」

「え?」

「いや、その変な意味じゃないんですよ? でもやっぱり大皇様のお妃にって言われて、そんな風に思うなんて、やっぱりその、都じゃちょっとそういう人いませんから……」

「あはは。ですよねー」

「あ、でも大皇様、アルマーザ様のそんなところがお好きになられたのでは?」

「はいぃ?」

「だって、この間までいた人たちってみんな、隙あらばって狙ってましたけど。でも大皇様見向きもされずに……」

 そこまで言って彼女は思わず口を塞いだ。

「あ、こんなことあたしが言ったって言わないで下さいね!」

「え?」

「ともかく、私も応援してますから。アルマーザ様はとてもいいお方ですから!」

「あ、どうも……」

 結局ここでも応援されてしまったのだが―――そこで仕方なく自室に戻ろうとして、ふっと思いついた。

《あ、そういえばイーグレッタさんはどうでしょうね?》

 パミーナ曰く、虫除けの彼女なら何か有用な助言をしてくれるのではないだろうか?

 そこで彼女はイーグレッタの部屋に向かった。

 ドアをノックするとラクトゥーカが現れる。

「あれ? こんな夜分にどうしましたか?」

「イーグレッタさん、いますか?」

「いますけど?」

「実はちょっと相談があって……例の妾妃の件で」

「あー、わかりました」

 彼女が部屋に通してくれる。

 イーグレッタはソファに座ってリュートをつま弾いているところだった。

「あ、すみません。夜分に」

「いえ、おかけ下さいな」

 アルマーザが椅子に座ると彼女が尋ねた。

「それでお尋ねになりたいというのは?」

「あー、それがよく分からないんですが……その大皇様のお妃って何なんでしょうね?」

「はい?」

 その質問には彼女も少々面食らったようだ。

「あのー、それじゃみんな嬉しいんですか? 大皇様のお妃になれたら」

 イーグレッタはうなずいた。

「それはもちろんそうでしょうね。何しろ私たちのような者の望める、最高の地位ですから」

「最高の……地位ですか?」

「そうですよ。多くの人に傅かれて、それこそ欲しいものは何でもよりどりみどりで……」

「何でもですか?」

「まあ、手に入れられる物ならば、ですが……アルマーザ様にはそんなものはございませんか?」

「え? あー……」

 いきなりそんなことを問われても困るのだが……

「えっと、それでイーグレッタさん、大皇様とずっとお付き合いしてますよねえ?」

 彼女はまたうなずいた。

「はい。長らくご贔屓にして頂いておりますが」

「イーグレッタさんには妾妃にってお話はなかったんですか?」

「私にですか?」

 彼女が少し目を見張る。

「イーグレッタさん、とても綺麗だし……ああ、でも遊女だとやっぱり、とか?」

 彼女は首を振った。

「いえ、遊女より妾妃となった者もたくさんおりますね。でも私は夜お呼び頂ければいつでも参りますというだけの契約にしておりますので」

「え? どうしてですか?」

「私は今の立場が結構気に入っておりまして……妾妃になってしまったら様々な方のお相手ができるという楽しみがなくなってしまいますし……」

「あ、そりゃそーですよね」

「それに妃の立場になると政争に巻き込まれてしまうこともよくあって、そうなると場合によったら命まで危険になったりしますし……」

「あはは。ミーラ様もそんなこと言ってましたねー」

 何だか少々怖くなってきたのだが―――と、ここでイーグレッタがアルマーザを見つめる。

「ただまああまり難しく考えても仕方ありませんのよ?」

 どこかで聞いたことのあるようなセリフなのだが……

「ではどうやって?」

「アルマーザ様。あなたは大皇様がお好きですか?」

 大皇様を好きか? だと?

「え? あー、なんというか……」

 好きといえば好きなのだが―――こっちの人の好きっていうのは何か意味が違う気がするし……

「えっと、何というかその、とっても捨てておけないというか……」

 ………………

 …………

 ……

 イーグレッタはしばし絶句していたが―――やがて吹きだした。

「何が可笑しいんですか?」

 彼女は笑いながら答える。

「いえ、そうですか。捨てておけないですか……」

「なにかいけませんか?」

「いえね、まさか大皇様を捨てられた子猫のように思う方がいらっしゃるなんて……」

 ………………

 …………

 ……

 今度はアルマーザがぽかんとする。

《確かに言われてみれば……》

 この気持ちは、猫先生が子猫の頃、親猫に捨てられて道ばたでみーみー鳴いていたのを見つけたときに一番近いかも……

 そんな彼女にイーグレッタが言った。

「大皇様にはあなたが必要なのでしょうね」

「え?」

「でも拾ってあげたのならば、ずーっと世話をして差し上げないと逆に可哀想ですよ?」

「あ、それはまー確かにそーですが……」

 拾ったあげくに放置というのはそれこそ一番むごい扱いだったりするわけで……

「私もあなたならば上手くいくのではないかと思いますが……それこそ少々の障害ならば跳ね返してしまえそうですし」

「あー……はあ……」

 何だか分かったような分からないような話なのだが……

 それから彼女とはしばらく雑談をしたが、結局のところアルマーザの気持ちが一番大切だということらしく……

《これって振り出しに戻ってませんか?》

 相変わらず頭の中はぐるぐるとまとまりがつかない状態で水月宮へ戻ってきたときだ。

 何やらあたりが騒々しい。

 続いて中からエルミーラ王女とメイ、それにアウラとリモンが駆けだしてきた。

「どうしちゃったんでしょう?」

「さあ。分からないわ。ともかく行きましょう」

 メイと王女がそんな会話をしているのが聞こえるが……

「あれ? どちらに行かれるんですか? こんな夜中に」

 アルマーザが尋ねると、メイが答えた。

「あ、それが大変なの。フォレス軍がね、グラテスを占領したって」

「は?」

 いきなりそんなことを言われても意味がよく分からないのだが?

「それでこれから会議だからって。行ってくるから」

「あ、はあ……」

 呆然とするアルマーザを置いて四人は行ってしまった。



 彼女たちが慌てていた理由がアルマーザの身にしみたのはその翌日のことだ。

 アキーラ城の大広間にはまた大皇や大皇后、魔道軍の魔導師たち、レイモンの将校や大臣たち、そしてベラトリキスのメンバーなど重要な関係者すべてが呼び出されていた。

《うわあ、ミーラ様とか目が真っ赤……》

 あれから彼女たちは夜遅くまで会議をしていたと見えて、エルミーラ王女にメイ、その横にいるフィンも目の下に隈ができている。

 集まった一同にアリオールが言った。

「みな、話には聞いていると思うが、昨夜アイフィロスに潜入していた調査員から緊急の連絡が入った。それによると何とフォレス軍が動いてグラテスを占拠したとのことだ」

 一同からおおっといった声が上がる。

「アイフィロスに駐留しているサルトス軍は、それによって少なからず動揺しているらしい」

 そのあたりはアルマーザにも理解できた。

 これまでは自分たちが一方的に包囲されていただけなのだが、今は敵軍を背後から攻めようとしている軍がいるのだ。彼らが動揺しているのであれば、それが彼らにとっても想定外だったということだ。

「また、現在来ているのはフォレス軍だけだが、その後からベラ首長国軍が進軍しているという情報もある」

 一同が低くどよめいた。

 それもまた大変な話だ。ベラ首長国といえば都と並び立つ魔道の本場だ。そんなところの軍が動いたというのだ。相手にとってもうかうかしてはいられないはずだ。

 そこでレイモン将軍の一人が尋ねる。

「フォレスとベラが動いたというのは……やはり?」

 それからエルミーラ王女の方を見るが……

「いや、まだその理由までは定かではないが、その可能性はあるとのことだ」

 聞くところによると、エルミーラ王女とベラの首長ロムルース様は非常に懇意な仲で、二人の間には息子までいるという。その王女が中原でこんな大ピンチに陥っているのを見過ごせなかったということは十分あり得るとのことで……

「ともかくこれによって戦況が大きく変わってしまったということだ」

 そしてアリオールは現在の戦況図を一同に示した。



 それを指さしながら彼は話し始める。

「まず第一に、今回来てくれた味方は以前よりも遙かに頼りになる味方だということだ」

 一同がうなずいた。

 フォレス軍というのは小国の軍ではあるが、なかなかの精鋭揃いだという。

 解放作戦中にエルミーラ王女から、ベラとエクシーレの二国から同時に攻められた話を聞いたが、そんな戦いを勝ち抜いてきた軍勢だ。それだけで頼もしいのは間違いない。

 更にその後から来るベラ軍には都に匹敵する魔道軍があるという。

《都の魔道軍だけでも凄いっていうのに……》

 魔法使いの凄さというのをアルマーザはよく知っているが、それが更に倍になったようなものなのだ。

「そして彼らが来てくれたおかげで、我々には取りうる手段が遙かに増えた」

 また一同がうなずいた。

「これまでは我々の取れる手段はシフラ攻めのみであった。その理由はアイフィロス方面を攻めたところで彼らにはいつでもグラテス経由の経路が開けている。そちらからの増援も見込めるし、いざとなれば撤退も可能だ。なので敵はゆっくり戦って時間を稼いでいればよく、その間にシフラやバシリカの軍が動けば我々が支えきることは困難だったからだ」

 そのあたりの説明は何度も聞いていたから理解できるが……

「ところが見ての通りグラテスが押さえられてしまった今、こちらがメリスやトルボを落としてしまえばアイフィロスの敵は完全に孤立することになる」

 低いどよめきがあがる。

《確かに……でもそうなると?》

 何だか前よりも話がややこしくなっているようだが……

「それは相手にとっても同じ事で、これまではアラン王もシフラの防衛を考えてさえいれば良かっただろうが、今後はそうはいかないということだ。そして……」

 アリオールはまた一同を見渡して、にやっと笑った。

「グラテスのフォレス軍の動きによっては、我々に構ってはいられなくなるやもしれないわけだ」

 また一同から低いどよめきがあがる。

 横でリサーンが小声でつぶやいた。

「あ、確かにグラテスからグリシーナって結構近いのよね……」

 グリシーナはシルヴェスト王国の首都だ。まさにシルヴェストは背後から首筋に刃を突きつけられたような状況に陥っているのだ。

「報告ではシルヴェスト軍はその主力がシフラに集結しており、後方は手薄になっている。となればアラン王は何らかの対応を迫られるのは間違いないだろう」

 あたりが何やら騒々しくなる。

《対応? ですか?》

 そこにハフラとリサーンが話す声が聞こえてきた。

「これってもしかして……戦わずしてシフラが取れちゃうってことかしら?」

「あー、そうね。中途半端に軍を分けたら良くないのよね?」

 フォレスとベラの連合軍がやってきたというのなら、それこそシルヴェスト全軍が防衛に当たらなければならないはずだ。とすれば彼らはシフラから撤退しなければならないわけで……

「そうするとやっぱり北は孤立するのよね?」

「そうなるわねえ」

「でもその後どうなるのかしら?」

 そこまで彼女が話したときだ。

「その後は出たとこ勝負になるだろうな」

 そう言ったのはフィンだ。彼もまた一同の近くに控えていたが、エルミーラ王女など以上に睡眠不足の様子だ。

《あはは。フィンさん、ずーっとでしたもんね》

 ここ最近アルマーザたちは宴をいくつも開いたり、ピンク色の夜を過ごしたりとわりに面白可笑しく暮らしていたわけだが、その間彼はずーっと軍関係の人たちと会議会議の毎日だったのだ。おかげでアウラもかなり欲求不満だったようだが……

 彼がハフラとリサーンに説明する。

「シフラを取られた後アイフィロスの駐留軍がどう動くかは、正直予想が付かないから……おとなしく降伏してくれればいいけど、でもぶち切れてどこかに突っかかってくるかも知れない」

「どこかって?」

「例えばシフラを奪還しに来るかも知れないし、グラテスを攻めるかも知れない。もしかしたらバシリカのアロザールと連動して一気にアキーラを攻めに来るかも……あっちだって尻に火が付いてるわけだからな」

「うわあ……」

「向こうにもそんな色々の選択肢があるから、そのどれにも対応できるように考えとかなきゃならないんだけど……」

 フィンはため息をついた。

 アルマーザにもそれがとんでもなく大変なことは想像が付いた。

《うわ……どうなっちゃうんでしょう?》

 そう思ったときだ。

「どうかご静粛に!」

 アリオールの声が響く。場はまた静まりかえる。

「ともかく今後の我々の動きだが、まずはグラテスのフォレス軍がどのように動くかによって変わってくる。フォレス軍が西に向かうのであればそれに呼応してメリスかトルボを攻めることになるし、南に向かえばシフラを攻めることになる」

 確かにまずそのどちらかが決まらないと動けないわけだ。

「ということは……それまでは様子見ということですな?」

「そういうことになる」

 一同からまた低いどよめきが上がる。

 レイモンと都の連合軍はここまで急ピッチでシフラ攻めの準備を進めてきていた。

 だがそれは控えめに言って命がけの決戦だ。決して不可能ではないにしても多大な損害が出るのは間違いないし、それで王の首を取り損なったら目も当てられない。

 そんな戦いへの出陣を間近に控えて、やはりあたりの空気がピリピリ―――というより、もはや悲壮感が漂っていた。

「それでは大皇様のご出立は?」

 誰かがアリオールに尋ねると……

「ああ、それに関してもしばらく延期した方が良さそうだという結論になった」

 アリオールはそう言ってカロンデュール大皇に小さく頭を下げる。大皇も黙ってうなずいた。話はもう通っているらしい。

「正直迷っていたところだったのだ。アルバ川西岸の脇街道なのだが、どう見ても胡散臭かったのでな……商人などは行き来はできているが、それが大皇様には手を出さないという意思表示なのか、それともそう思わせる罠なのか……」

 それについても何度も聞いているが……

「しかしこれで状況によっては即座にメリス方面で戦いが起こる可能性もある。また起死回生を狙って大皇様の身柄を確保しようとする可能性もむしろ高い……とすれば、状況が確定するまではもう少しアキーラにいてもらう方が安全確実であろうと」

 一同は納得したようにうなずいた。

「いずれにしてもこれからの動きに注視しておかなければならない。なのでまずは情報の収集を第一に策を練り直している最中だ。それの如何によって迅速に動けるよう、準備は万端に行う必要があるのはいうまでもない」

 それからアリオールはカロンデュール大皇と共にいた都の魔道軍の方に向き直って頭を下げた。

「このような状況ですので、皆様方にもよろしくご協力お願い致します」

「もちろんですよ」

 それに答えたのがマグニ総帥だ。

「まさに今は危急の時。我々は協力を惜しみませんぞ……しかし……」

 それから彼は感極まったようにエルミーラ王女の方を見る。

「まさかこのようなときに、ベラとまた共同の敵に向かうことになるとは……」

 それから彼はアリオールとレイモンの将軍たちを見渡す。

「そしてそれと共に戦うというのがあなた方とは……まさにどのような巡り合わせなのでしょうな?」

 そう。かつて都とベラが共同して同じ敵に当たったことが一度あるが、そのときの敵がレイモンだったのだ。

 一同は何やら感じ入っている様子なのだが……

《えっと……じゃあ、もうしばらく大皇様はこちらにいるって事なのよね?》

 ということは―――もうちょっとだけ考える余裕ができたということだ

《あは! これってちょっとラッキーだった?》

 アルマーザにとってはそちらの方が重要だった。