プロムナード 雨の夜
しとしとと雨が降っている。
レイモンのこの時期には雨が多い。窓辺から見下ろすとこんな日はレイモンの華やかな後宮も何かうら寂しく感じられる。
メルファラは大きくため息をついた。
アラン王の裏切りという大事件が起こって以来、彼女は多忙な毎日を送っていた。
毎日毎日会議に出席するか、あちらこちらに出かけていっては集まった人々に激励の言葉を贈るのがそのほとんどだが。
そんな生活は都でも送っていたような気がするが―――しかしその記憶はもう定かではない。
このレイモンにやってきて、彼女は何か全く別人になってしまったような気がする。
こちらの人々の前に立つと彼女の気分は高揚した。
《以前は全く何も感じなかったというのに……》
だがこの何日かはすっぽりと穴が空いてしまったようだった。
その前はまさに張り詰めた空気が漂っていた。
彼らは一見みんなにこやかにしているように見えたが、その表情の奥底には悲壮な決意が見え隠れしていた。
だがフォレス王国とベラ首長国が動いたという知らせを受けて、まずは相手の出方を見る事になったため、しばらくはこちらからする事はなくなってしまったのだ。
もちろん各地からは兵士たちが続々と集結しており、今後の戦いの準備には余念はない。
しかし漂う空気は明らかに異なっていた。
これが良い事なのか悪い事なのか―――このまま戦いが起こらなければそれが一番いいのだろうが、でもそういうわけにはいかないだろう。
それはともかく―――暇だ。
別にあのように忙しかったのが良かったというわけでもないが、こうしてやる事がなくなってしまうとまた時間を持て余す。
と、そのとき頭の中をよぎる。
《みなさんも?》
暇をしているのは彼女だけではない。彼女の仲間たちもまた同様なのでは?
「パミーナ?」
彼女が声を掛けると部屋の隅に控えていた彼女が答える。
「はい。何でしょう?」
「今日は特に何もないのよね?」
「はい。特に予定は」
「あちらの方々もそうですよね?」
メルファラが窓の外の方を示すと、パミーナがうなずく。
「はい。今日は会議もございませんし」
「ではちょっと遊びに行ってみましょうか」
パミーナの目がちょっと丸くなるが、すぐににっこり笑ってうなずいた。
「はい。それもいいでしょうね」
そこで二人は簡単に支度を済ませると、水月宮に向かった。
水月宮の玄関の先は広いホールになっているのだが……
「わーっ! 凄いわねえ」
「まあ……」
「ん」
何やらそのような声が聞こえるので行ってみると、そこにいたのはアウラとリモン、そしてサフィーナだ。
天気が悪いときは三人はいつもここで練習していたから、それ自身は別段おかしくはない。
だが今不思議なのは、サフィーナがなぜか足を広げて両手をついたカエル座りをしていることだ。
と、アウラが彼女に気づいた。
「あ! ファラ。それにパミーナもどうしたの?」
メルファラはにっこり笑う。
「いえ、ちょっと退屈なので遊びに来たのですけど」
「あ、それならみんな奥にいるけど?」
「そうですか……でも、その、いま何をしてらしたんですか?」
そう言ってサフィーナを見る。
するとアウラがにっこり笑った。
「あ、先生に教えてもらったのを見せてもらってたの」
「先生? ですか?」
「うん。サフィーナの猫先生」
メルファラは一瞬面食らったが、この間の送別会でアルマーザが披露した猫ダンスに関する逸話を思い出す。
「あ、確かサフィーナさんがその猫の先生に剣を教わってたという?」
「そうなの」
「でも……猫は剣を持てませんよね?」
「あはは。それはそうなんだけど……あ、もう一度やってみて」
「ん」
それからサフィーナが今度は四つん這いの格好になると―――そのまま一気に数メートル近くジャンプした。
「ええっ?」
その瞬間彼女の体はまっすぐ水平に伸びきって、そのまま腹から床に突っ込むかに見えたのだが―――彼女は足を大きく開くと先ほどのカエル座りの形でぴたっと着地したのだ。
「まあ……」
「すごいでしょ。体が凄く柔らかくないと絶対無理だから」
「そうですね……アウラでも?」
「あはは。これはあたしでも無理」
「へえ……これを剣に応用するのですか?」
「うん。彼女小さいけど、これで遠くから一気に間を詰められるの。でも……」
「でも?」
「最初にあんな低く構えてたら、絶対相手にもバレるし。こんな風に構えられたらもうできないし」
アウラは手にしていた練習用の薙刀を下段に構えた。
「ああ……」
確かにそう構えられると相手の刃の切っ先に自分から突っ込んでいくことになってしまう。
「でも凄いでしょ?」
「それはそうでしょうが……」
「だから何とかならないか色々考えてるの。できたら必殺剣みたいなのになるし」
アウラの顔が子供のように輝いている。
「そうですか。うまくいくといいですね」
「ん」
「それではみなさん、頑張って下さいね」
「うん」
「はい」
「ん」
メルファラとパミーナは三人を残して奥に進んだ。
パミーナが月虹の間の扉をノックする。すると……
「どなたですか~」
何やら眠そうな声でコーラが出てきた。
「え? 大皇后様ですか? 今日は何か……」
彼女は二人の姿を見て居住まいを正すと慌てた様子で答えるが……
「いえ、単に暇なので遊びに来ただけなのですよ。皆様はいらっしゃいます?」
「はい。おおむねは。アラーニャさんは魔法の練習でいませんけど」
「そうですか」
彼女はここ最近都の魔道軍に混じって色々魔法の訓練を行っている。
「で、入っていいですか?」
「もちろんですっ!」
コーラが案内を始めると奥の方から笑い声が聞こえてきた。
《何やら楽しそうですね》
やっぱり来て良かったかも……
「あ、大皇后様がいらっしゃいました」
コーラが奥の娘たちに言うと……
「え? ファラ様が?」
「どうなさったのです?」
答えたのはメイとエルミーラ王女だ。
「いえ、あちらではちょっと暇なので遊びに来ただけなのですが」
「あー、それならもちろん。そちらにおかけ下さいな」
王女が手近な空いたソファを指さす。
「ではお言葉に甘えて」
メルファラはそこに座りながらあたりを見渡した。
王女とメイの他にまずいたのがリサーンとハフラで、二人とも何やら本を読んでいたようだ。
ハフラが手にしていたのは天陽宮の図書室にたくさんあるロマンス本なのに対し、リサーンが持っているのは詰碁集だ。
《本当にハマってらっしゃるんですね》
最近は城の方でも誰かと打っている姿をよく見かけるが……
その先にはマジャーラとラクトゥーカが並んで座っていた。この二人も最近は一緒にいる姿をよく見かけるが―――メルファラはあたりを見回した。何だかいつもならある姿が見当たらないような気がするのだが……
「ティアは?」
彼女が尋ねると、コーラがちょっと赤い顔で答える。
「あ、今は辰星宮で……」
「あ、そうですか」
これは邪魔をしてはいけないだろう。あと……
「アルマーザさんは?」
「あ、アルマーザ様ならイーグレッタ様と一緒に広間です」
「広間で?」
その会話を聞いていたマジャーラが答えた。
「あ、いやイーグレッタさんがさ、あいつの変な踊りを気に入っちゃったみたいで。それで色々新しいのを開発してるみたいなんだ」
「変な踊りじゃありませんよ! アルマーザ様はとってもお上手だと思います」
ラクトゥーカが突っ込む。
「そっか~?」
そこにエルミーラ王女が口を挟む。
「ああ、でももし本気で妾妃になるのであれば、そんな特技もあったほうがいいともおっしゃってましたね」
「それはそうでしょうね……」
確かにそんな芸があれば別な形で彼を慰めてやる事ができるわけだが……
《それに比べて私は……》
メルファラがちょっと暗くなりかかったところに、今度はリサーンが言った。
「でもティア様が調子に乗ってあんなのもやらせてたわよねえ」
「あんなの?」
「ヤクートのダンス。伝統的な振り付けで」
………………
「まあ……」
「イーグレッタさんも結構びっくりしてたみたいで」
「あはは。そうですね」
「ヤクートって……もしかしてその?」
「あ、ファラ様はまだ見た事が?」
「ええ」
「それじゃ……って」
一同は顔を見合わせて気まずい雰囲気が漂う。
と、そこでコーラが言った。
「あ、皆様お茶とかはいかがですか?」
「あ、お願いね」
エルミーラ王女がうなずく。そこで奥に引っ込もうとしたコーラにパミーナが言った。
「私も手伝いましょう」
「あ、すみません」
二人が控えに消えていくと、ふっと話題が途切れて静かになった。
「そう言えば先ほど何やら楽しそうな笑い声が聞こえてましたね?」
そこでメルファラが尋ねると、メイが大きくうなずいた。
「あ、あれですか? それがその……」
そう言いながらまた彼女はうつむいて腹を押さえる。それから顔を上げると……
「それがですね、今日の朝、クリンちゃんが変な事尋ねてくるんですよ」
「変な事ですか?」
「そーなんです。サフィーナに尻尾がないかって」
………………
「は?」
メルファラが驚いて答えに窮していると、メイが続けた。
「いや、あたしもびっくりして何だそれはって尋ねたら、何でもコーラさんにそんな風に尋ねられたからだって言うんですよ」
「コーラさんが?」
ますます訳が分からないのだが……
「それで詳しく聞いてみたら、実は巷ではですね。ヴェーヌスベルグから来た人たちは実は獣の化身なのだという説が流布してるそうで」
………………
「獣の化身? どうしてまた……」
「だってほら、みんなの字ですよ。あっちの人たちはみんな動物になってるでしょ?」
「え? あ……」
ベラトリキスのメンバーはずいぶん前から色々な字付きで呼ばれていた。
この自分は“光の大皇后”なんだそうだが、確かにヴェーヌスベルグからきたメンバーは―――“白鳩のアーシャ”に“羚羊のマウーナ”、“白虎のシャアラ”に“猛牛のマジャーラ”、“イワツバメのリサーン”に“アオバズクのハフラ”、“ヒメウズラのアカラ”に“シマエナガのルルー”、“川獺のアルマーザ”に“土蜘蛛のアラーニャ”、そしてサフィーナは“黒猫”の字で知られているわけだが……
「あら? でもパミーナは?」
彼女も確か“牝鹿のパミーナ”だったと思うが……
「あはは。よくわかりません」
ま、細かい事を気にしても仕方ないが……
「ともかくそれでみんなが動物の化身だって言う人が結構いるらしくて。で、コーラさんが学校の友達にそんなことを聞かれたそうなんですよ」
「友達にですか?」
「ほら、こちらの侍女の人って結構厳選されてて、わりとあたしたちと直接接する人って少ないじゃないですか。特にヴェーヌスベルグのみんなってあまり人前に出ないし」
「ああ、そうですね」
「だからみんなに直接仕えてるコーラさんやクリンちゃんって、けっこう羨ましがられたりしてて」
「ああ、はい」
確かにそのような話は聞いた事があるが……
「それはそうと、もちろんコーラさん、そんなことあるわけないって答えたんですが、じゃあ見た事があるのかって突っ込まれて、答えに窮したそうで」
「え? ああ……」
彼女たちの場合、特に最初の頃はヴェーヌスベルグの呪いのため本人と直接に接する事がなく、湯浴みの手伝いをするようなこともなかった。そのため彼女たちの裸身を見た事がある者はほとんどいなかったのだ。
「でもほら、水着姿なら見てたから尻尾なんてないって答えたら、今度は夜になったら生えてくるに違いないとか言い出してきたそうで……」
「あらまあ……」
「それでクリンちゃんに尋ねたみたいなんですね」
「どうしてですか?」
メルファラが不思議そうに尋ねると、メイがあっと言う表情になった。
「え? いやほら……」
彼女が真っ赤になって口ごもっているが―――と、そこでエルミーラ王女が怪しい笑みを浮かべながら答えた。
「うふ この子ったら見られちゃったんですよ。クリンちゃんに」
「見られた?」
「わー! わー!」
「サフィーナさんと夜お楽しみの最中に、クリンちゃんが入ってきちゃったそうで」
「まあ……」
「いーじゃないですかっ!」
「別にいけないとは言ってないけど?」
メイの目がまた三角になる。
「あ、だから夜でもサフィーナさんには尻尾は生えてないと?」
王女はうなずいた。
「はい。クリンちゃんがそんな風に答えたんで、コーラさんは安心したみたいなんですが、でもクリンちゃん、そう言ってから段々心配になったみたいで、それで今日改めてメイに尋ねたみたいで」
「最近はサフィーナのお尻、メイさんが一番よく知ってるもんね」
リサーンがニヤニヤしながら言う。
「しょーがないでしょ!」
メイが彼女をにらむが……
「ま、ともかくそれでサフィーナさんの獣疑惑は晴れたというわけですね?」
メルファラの問いに王女がうなずいた。
「ま、そういうことみたいで」
確かにこれは笑うしかない話だが……
《でも先ほどの彼女の動きなんかはちょっと人間離れしてましたが……》
そんな事を言ったらまたまた疑惑が再燃してしまうか? などと思っていたら……
「あっ! 危ない!」
「すみません!」
一同が振り返ると、パミーナがコーラの体を支えているのが見えた。
「どうしたの? ちょっとふらついてるじゃない」
「あ、すみません。ちょっと夜遅かったもので……」
「気をつけてよ」
先ほども声が眠そうだったが―――と、そのとき月虹の間に入ってくる人影があった。
「あんな感じでいいんじゃないですか? あなたらしくて」
「あは。そうですか? 何だったらもうちょっと派手にしてみても……」
「いえ、今ぐらいがいいと思いますよ?」
そんな会話をしているのはイーグレッタとアルマーザだ。
二人は中に入るとメルファラに目をとめて、驚いた表情になる。
「あれ? ファラ様いらっしゃってたんですか?」
「ええ。退屈なので遊びに来ました」
「あはっ! いや、これからそちらにお邪魔しようかって思ってたんですが、手間が省けましたね」
「え? 私の所に?」
「あは それが、ほら、もしよろしければ、なんですけど……」
そう言ってちょっとはにかみながらアルマーザが持ちかけてきた話というのが……
―――メルファラは緊張していた。
カロンデュールの寝室にこのように自分から出向く事があろうとは―――これまではいつも彼の方からやってきていたのだから。
これが一人だったらそんな勇気は出なかっただろう。しかし今日は何か心強い味方がいた。
両脇から衣擦れの音が聞こえる―――そう。今夜は彼女の他にアルマーザとイーグレッタが一緒なのだ。
二人が羽織っているのは肌がほとんど透けて見える薄絹の衣だ。それに対して自分は普通の寝衣を着ているのだが、一人だけその方がなんだかちょっと恥ずかしい。
彼の部屋に通じる通廊には警備兵が二人、直立不動で立っているが……
「あ?」
それを見てアルマーザが何やら首をかしげている。
メルファラは少し不思議に思ったが今はそれを尋ねている余裕はない。
彼女は部屋の扉の前まで来て立ち止まる。それから両脇の二人の顔を交互に見るが―――二人ともニコニコ顔で見返してくる。
そこでメルファラは大きく息を吸うと、おもむろに部屋の扉を開けた。
その奥は広い寝室になっていて、中央にある天蓋付きの大きなベッドには見知った顔―――カロンデュールが落ち着かなげに腰を下ろしていた。
《えっと……》
いったいどう挨拶をしたら?―――彼女が戸惑っていると……
「あ、また来ましたーっ!」
アルマーザがにこやかに手を振る。
「まかり越しましてございます」
イーグレッタが優雅に挨拶をする。
《えっと、これは……》
彼女が更に動揺していると……
「それじゃファラ様。行きましょう」
アルマーザが彼女の背中を押す。思わずそれに釣られて歩き出すが……
「はい。じゃ、ファラ様はこちらですよ」
そう言って彼女をカロンデュールの隣に座らせた。それからイーグレッタに目配せすると、彼女が反対側に腰掛ける。
それからアルマーザはぴょんとベッドに飛び乗ると、カロンデュールの後ろからぴったり抱きついた。
「お、おい……」
どうやら彼もまた少々動揺しているようだが……
―――彼女がこの話を持ちかけてきたときには本当に驚いた。
「あは それが、ほら、もしよろしければ、なんですけど……」
「はい?」
「今晩一緒にどうですか?」
………………
…………
……
「はいぃ?」
一体それはどういう意味なのだ? だが彼女はしれっとその先を続ける。
「実は今夜も大皇様にお呼ばれしてるんですが、ほら、何だか独り占めしちゃってるみたいでどうも落ち着かなくて……」
「はあ?」
彼女があれから何度も夜伽をしていた事はメルファラも知っていたが……
「それでイーグレッタさんにも相談したら、別に一人じゃなくてもいいって言うから」
………………
一人じゃなくていい? というのはどういう意味だ?
だがこの流れなら解釈は一つ。カロンデュールの夜伽を一緒にしようと彼女は言っているようなのだが?
「……でもどうして私が?」
「いや、ほらなかなか頼める人がいなくて。それで前おっしゃってたじゃないですか。大皇様とこれからはご一緒だって」
「あ、まあ……」
確かにそういう決意はした。決意はしたのだが、それを実行するとなるとまた話は別だ。
《それに……》
フィンとの決別という意味でも、彼との間がひどく中途半端な事になっているし……
「あ、それでイーグレッタさんにはもう頼んだんですけど、もう一人いた方がよくて」
「え?」
訝るメルファラにアルマーザはにこやかに答える。
「だってほら、二人だったらどちらかが大皇様に抱いて頂いてる間、一人で手持ち無沙汰になっちゃうじゃないですか?」
「え? あ……」
「三人だったらその間にももう一人ともできるし……あ、ほら、イーグレッタさんもお上手なんだそうですよ?」
「えっと……」
それはまさにとんでもない提案のように思えたのだが―――
仲間がいるというのは本当に心強いと彼女はしみじみ感じていた。
確かに彼女はあそこで彼と道を共にすると宣言した。
しかし正直心細かった。
そもそも彼との仲が疎遠になってしまったのは、この夜の営みが上手くいかなかったからだと言ってもいい。
かつて彼と夜を過ごしたときの事はあまり良く覚えていない。部屋も暗かったし彼のすることに身を任せていただけなので……
《その他にも何か趣味の合う事があれば良かったのでしょうけど……》
だが彼女が好きだった事と言えば例えば狩りなどだが、カロンデュールは今ひとつそういったアウトドアのイベントは好みではなかった。
一方彼は観劇やコンサートなどにはよく行っていたが、メルファラはそういう所ではどうしても眠くなってしまう。
また彼が彼女のためにと豪華なドレスやアクセサリを手に入れて来てくれるのだが、そういう物を見ても今ひとつ感動が湧かず、おざなりな返事になってしまって……
そして段々彼が彼女の部屋にやって来る頻度は減っていき、風の噂では彼がバーボ・レアルの遊女を呼んでいるという話も聞こえてくるが、彼女にはどうしようもなかった。
そして息子の死産をきっかけに彼がやって来ることは途絶えてしまい、更には親友のティアまでが失踪してしまうと彼女は本当にひとりぼっちになってしまったのだが……
「で、どうしましょう? 大皇様、ご希望はありますか?」
アルマーザが彼の耳元で囁くように言う。
「え?」
カロンデュールの視線が泳ぐ。
「誰からとかご希望があれば添えますけど、どうします~」
いきなり問われても大変困る質問だとは思うのだが―――彼が答えないので……
「それじゃこちらで決めてきた順番でいいですか?」
アルマーザがまた耳元でささやく。
「どんなだ?」
「最初があたしで、二番目がファラ様。三番目がイーグレッタさんですけど」
「あ、ああ」
カロンデュールが曖昧にうなずく。彼もまたこの展開に相当に戸惑っているようだ。
そこでアルマーザがイーグレッタに小さくうなずくと、彼女が立ち上がってメルファラの側にやって来る。
「少し下がっておきましょうか」
そこでメルファラがベッドの端の方まで移動すると、イーグレッタがその脇に座った。
「それじゃ大皇様~」
アルマーザが甘い声で彼に頬ずりをすると、膝立ちになってやにわに着ていた衣を脱ぎ捨てた。
それからまた彼に抱きつくと……
「あは。うちじゃ一番乗りが一番嬉しいんですけど~、でもそれって一番子供ができやすいからで~、実は二番目くらいが一番じっくり楽しめますよね? だからファラ様が二番目なんですよ~」
そんなことを話しながら彼の帯を解いていく。
「三番目になっちゃうと人によってはもう勃たなかったりもするんですけど~、でも大皇様なら大丈夫ですよね~」
カロンデュールはなにやら目を白黒させながら為されるがままだ。
それから彼女は彼の寝衣を脱がせて裸にすると、彼の物を弄び始めた。
「あは もう準備完了ですね」
彼の物はもう固くそそり立っていた。
《まあ……》
確かに彼の物はこんな形だった。
《本当に微妙に違うんですね……》
実際に比べてみるとマウーナがこの形でカサドールを見分けられたというのも納得がいくが……
「それじゃ大皇様~」
アルマーザがするりとカロンデュールの両膝に跨がった。
「アルマーザ!」
カロンデュールが彼女を抱きしめて深いキスをする。しばらく二人はそうして抱き合っていたが……
「あは それじゃ……」
アルマーザがそう言ってやにわに腰を浮かせると、竿の先に位置を合わせて腰を落とした。
「うあっ!」
「あはっ!」
メルファラの所からもそれが深々と彼女の中に入っていくのよく見えた。
《まあ……》
それから彼女が腰を艶めかしく動かし始める。
その姿を見ていると彼女もまた体の芯が疼いてきているのが分かった。
《これから彼と……?》
そう思った途端にズキンと甘い戦慄が走るが―――この感じはパミーナの格好をしてフィンを待っていたときとあまり変わらないのでは?
一体何が違ったのだろう。
自分の体にも女の悦びという物が備わっていると知ったのは、エルミーラ王女やアウラと出会ってからだった。
あの日の夜。ファシアーナの露天風呂で二人と戯れあってしまったとき、彼女は初めて体がとろけそうな悦楽を味わった。
あれと似たような事はカロンデュールもやってくれていたような気がするのだが……
《アウラがとても上手だったのは確かだけど……》
彼女の指はエルミーラ王女も魔法の指先だと言っていたが……
ともかくあんな風にたくさんの仲間と一緒に風呂に入ったのは初めてだった。そこでアウラとクリスティが絡み始めて……
《それからシアナに連れて行かれてしまって……》
奥の方から何やら怪しい叫びが聞こえてきて、ちょっとびっくりしていたときだ。
『寂しいときって、やっぱり誰かとこう、ぺたっとしてると、何となく気が紛れません?』
そう言ってエルミーラ王女が肌に触れてきたとき、びくんと背筋に電気のような物が走った。
振り返って彼女の顔を見ると―――まさに射すくめられるというのだろうか? その眼差しにまるで絡め取られてしまったかのようで……
それから気がついたら彼女は王女とアウラにぴったりと挟まれていて、二人の指が自分の乳首や体のあちこち、そして股間の最も敏感なところを優しく愛撫している。
それはとても快かった。
その後の記憶は朦朧としているが、でも気づいたら風呂の脇に横たわって荒い息をつきながら天空の星を眺めていたのだ。
ともかくそれ以来だ。エルミーラ王女やアウラとならばそのような楽しい時を過ごす事ができるようになった。
《でも相手がデュールとなると……》
どうしてなのだろうか? 彼が嫌いというわけではない。なのに彼とはどうしてもそんな気になれなかった。
そしてそのままずるずると今に至るわけだが―――そんな思いが頭の中を駆け巡っているが……
「あ、ああ、あ……」
「う、うっ」
アルマーザとカロンデュールの喘ぎが聞こえてくる。
今はカロンデュールがベッドの上に横たわり、その上にアルマーザが跨がって激しく腰を動かしている。
メルファラは男の上で悶えている娘を見るのは初めてだった。彼女がほとんど呆然としてその様を眺めていると……
「ファラ様? そろそろ準備なさいますか?」
耳元でイーグレッタがささやいた。
「準備?」
そう答えたメルファラに彼女は微笑みかけると、寝衣の上から彼女の乳房をそっと撫でる。
途端にびくんと電気が走って……
「あんっ!」
―――そんな声が喉から漏れてしまうが……
「まあ……」
イーグレッタがちょっと驚いたような声を上げる。それを聞いてメルファラは何やら体がかっとしてきた。
それから彼女は寝衣の袖から手を差し込んでくると、彼女の胸を優しく弄び始める。
「あ、それは……あ、あんっ!」
まるでアウラに愛撫されたかのようだが……
「うふ。私もアルマーザさんから聞いておりますので」
彼女が耳元で囁くと更にメルファラの体は熱くたぎってくる。
そして―――今度は彼女の指が寝衣の裾の間から入り込んでくる。
《あ、そこは……》
そこはとても、とても敏感な場所なのに……
「あ、ちょっと。そんな……あ、ああぁぁっ!」
喉からそんな呻きが漏れて、体がのけぞってしまうが―――と、そこでそんな彼女を驚いたように見ていたカロンデュールと目が合った。
《あ……》
何だか更に体が熱くなっていくが……
「うふ ファラ様、ああっ、カワイい声でしょ?」
アルマーザが彼にそんなことを言っているが―――それを聞いたカロンデュールは猛然と自分からも突き上げ始めると、やがて二人は大きなうめき声をあげて逝ってしまった。
しばらくは精も根も尽き果てたといった様子で二人は抱き合っていたが、やがてアルマーザが起き上がるとタオルで体を清めて、メルファラの側にやってきた。
激しく体を動かしていたせいで彼女の肌は汗でてらてら濡れている。
「ほら、今度はファラ様の番ですよー」
「え?」
それは予定されていたことなのだが―――しかし、そんなことをしてしまったら……
頭の中がぐるぐるしているが……
見るとイーグレッタがカロンデュールの体を清めている。彼の物は今はまだ萎えているが……
「それじゃこれ、脱いじゃいましょうか?」
アルマーザがメルファラの寝衣の帯を解き始める。
「ええ? あ……」
思わず反射的に彼女はそれに合わせて立ち上がるが―――彼女は慣れた手つきで彼女の寝衣を取り払うと……
《あ……》
メルファラは一糸まとわぬ姿でカロンデュールの前に立っていた。
《えっと……》
何だかまた体が熱くなるが―――途端に彼の物がまたむくむくと勃ちあがってくるのが見えた。
「まあ……」
それを聞いてカロンデュールもちょっと赤くなる。
「それじゃほら」
アルマーザが後押しする。
「え? でも……」
彼の上に跨がれとそう言うのか?
その表情を見て彼女が笑った。
「いえほら、今夜はファラ様がメインディッシュなんですよ? あたしはただのオードブルですから。だから大皇様が疲れないようにってああしてたんで」
え? え? え?
「ほら、こちらにお座り下さいな」
彼女はメルファラをカロンデュールの側に座らせる。
「大皇様 それじゃほら」
カロンデュールはぽっと赤くなると体を起こした。
それからおもむろにメルファラの胸に手を伸ばしてくる。彼女の乳首は既に固く勃ちあがっていたが、そこに指が触れた途端に……
「あ。あんっ!」
途端にびくんと体が反応して声が出てしまった。
《ああ……すごい!》
この感覚―――これまで何度も床を共にした事はあるというのに、彼とは初めてだ。
それに気づいてメルファラは何だかひどく安心した。
あの頃は自分が何かおかしいのではないかと不安だったのだが、決してそうではなかったのだ。
気づくとカロンデュールの手が止まって、驚いたように彼女を見つめているのだが……
「もっと……お願いします」
いつか誰かにそんな事を言ったような気がするが―――それを聞いたカロンデュールの目が更に見開かれて、それから……
「ファラ!」
いきなり彼女を抱きしめると、深く口づけを交わした。
《あ……》
彼の舌の感触がまた心地よい。そして彼は彼女の両足の間に割って入ってくると、彼の物が一気に中に入ってくる。
「あ……いい!」
思わずそんな言葉がこぼれてきてしまう。
《本当に……すごくいい……》
以前同じような事をしたときには何も感じなかったのに。今は……
次いでカロンデュールの腰がリズミカルに動き出した。
それに合わせてお腹の底から快感のうねりが沸き上がってきて、口からは喘ぎがこぼれてしまう。
メルファラはその波に身を任せるが―――頭の隅で何かが囁いている。
自分は幸せなのか?
多分そうなのだろう。
この大波の中ではつまらない事は全て忘れてしまえる。
だが―――ふとエルミーラ王女の言葉を思い出す。あの後彼女はこう続けていた……
『それが仮初めの人であっても……』
《仮初めの?》
間違いなくエルミーラ王女やアウラは仮初めの相手であったが―――では今彼女を抱いてくれている人はいったい?
そんな思いは快楽のうねりに流されていく。
「うわ……デザートの分まで残ってなかったらごめんなさいね」
「まあ、こういうこともございますから……」
そんな会話が聞こえるような気がするが――― 一体何のことだ?
背後でざーっと窓を叩く雨音が聞こえているが……
だからそれが何だというのだ?