第3章 夜の訪問者
―――というわけでそれからしばらくして、大観殿の広間で宴が開かれた。
広間の後方にはカロンデュール大皇とメルファラ大皇后が陣取っていて、両隣にアルマーザとイーグレッタが控えている。
その左側方にエルミーラ王女とアウラがいて、その側にはガリーナもいる。右側方にはハフラ、リサーン、マジャーラといった面々だ。
広間の中央には大きなテーブルが置かれ、その上にはガルデニア城の料理人が作った豪華な料理が所狭しと並んでいる。
その間をいま、肌もあらわな娘たちが料理や瓶子を持って行き交っているが―――そんな光景を眺めながらメイは思わずつぶやいた。
「うわあ……これ本当に美味しい! このスパイスの調合ぜったい聞いて帰らないと……」
彼女が今頂いていたのは一見普通のキッシュなのだが、素材の良さに加えてその絶妙のスパイスの香りが食欲をいや増してくる。
《うふふふふっ。食べ過ぎには注意しないとねっ!》
などとニヤニヤしていると近くに座っていたコルネがじとっとした目つきで言った。
「メイ、あんたもしかして……」
「あ? 何?」
「こっち来てから王女様のご休息に混じってたの?」
「はあ?」
何を言い出すんじゃ? この小娘は! と、思ったのだが……
「だってあんた、どんだけ余裕あるのよ?」
そう言ってコルネが近くを通りすぎていった遊女をちらりと見る。
薄衣のドレスに大きくスリットが入っているので、歩くたびにそのすらっとした足がちらちら見えている。
「え?」
「そうよねえ。メイちゃん。前にもこんな所、来たことがあるの?」
そう言ったのはその横に座っていたパミーナだ。
「え? でも……」
「私、こういう場所初めてだから……ちょっとびっくりしちゃって」
「いや、私だって初めてですよ?」
「そうなのか?」
横に座っていたサフィーナも首をかしげる。
「いや、だってみんな……」
そこまで言ってからこのテーブルに座っているメンバー ―――メイの他にはコルネ、パミーナ、サフィーナ、そしてリモンが、お酒が入っているわけでもないのにみな一様に顔が赤いことに気がついた。
《あれ?》
確かにメイは王女様のご休息にこうやって同席するのは初めてのはずなのだが―――とすれば彼女たちのように少々上気していてもおかしくないはずなのだが……
「でもあんた、あの宴会には出てたでしょ? セヴェルス様が来たときの」
メイがコルネに言うと……
「あ? そりゃそうだけど、でもあそこにはあんな人たちいなかったし……」
また横を通っていった娘は、歩くたびに胸がぷるんぷるん震えているが……
「あ、まあ……」
あのときは二次会には参加していないから、給仕などをしていたのはベラ水上庭園の普通の女官ではあった。
だとしたら?
《ああっ!》
メイには彼女たちとは違った経験がかなりあった。止むに止まれぬ理由によって“郭”という所に行って、そこでここのような美女たちに取り囲まれるという体験が……
《ああ! 五回もあるっ!》
そう。いつぞやも郭の通用口に慣れ親しんでしまった人生に関して考察していたのではなかったか?
《いや、あれに比べたらみんなまだおとなしいしっ!》
ハビタルの郭ではもうみんな限界ギリギリの格好だったが、このガルデニアではそれに比べたら全然控えめだ。
「あははははっ! ってか、どうしてサフィーナまで驚いてるのよ!」
彼女は女ばかりの村で育って、夏場はみんな裸だったはずなのだが?
「だってなあ。村じゃあんな格好や歩き方する奴はいなかったし」
「あ、そうなの?」
「ん」
確かに言われてみれば―――遊女たちの起居振舞というのは常に男の視線という物を意識している。しかしヴェーヌスベルグでそんな物を気にする必要はないわけで……
《あー……そういえばよくそんなシーンあったわよねえ……》
アキーラの解放作戦中とか、扉を開けたらいきなり裸の娘が絡み合っているところにぶち当たることもよくあったが、そんな場面を見られても『あ、ごめーん。邪魔だった?』『すぐ終わるからちょっと待っててね』といった調子で、もはや呆れるしかなかったわけで……
「あ、いや、だからね? 別にご休息に参加したとかじゃなくって、もう色々あって……」
何でこんなことで弁解せねばならないのだ? と思っていたら……
「あ、どうも。遅くなりました」
やってきたのはアラーニャだ。
「あ、どうもお疲れっ!」
渡りに船と彼女を横に座らせる。
「で、どうだった?」
「あはっ! あはははっ!」
彼女は何だかもっと顔が赤くて挙動不審だ。
「どうしたの?」
「いや、ほら、あはははは! みなさんその、結構すごくって」
「凄いって何がだ?」
サフィーナの問いにアラーニャはまたかっと赤くなる。
「ともかくこれ、お飲みなさいよ。凄く美味しいから」
パミーナが彼女に飲み物を勧める。
「ありがとうございまふ」
どうやら彼女にも色々あったらしいが―――というのは、彼女はここしばらくアコールでファシアーナとニフレディルと一緒に魔道軍に混じって訓練をしていたが、今回の騒ぎで急遽呼び戻されたのだ。
その理由は遊女たちのセキュリティチェックをするためだった。
アルマーザも言っていたが、大皇様の夜伽の相手となれば絶対の信頼が必要になる。そのため厳重な身元調査が行われ、真実審判師のチェックも行われるのだ。
すると今回呼ばれた遊女はみんな大皇の相手をする可能性があるので、全員をチェックする必要がある。そのため彼女の訓練も兼ねてニフレディルと共に帰ってきていたのである。
《ってことは……》
やっぱり色々と凄い物が見えてしまったりしたのか?
「で、どうしたんだ?」
サフィーナが尋ねると、アラーニャが赤い顔で話し出した。
「それが……チェックの時って身元の確認をしてから、あと何か持ってないかって尋ねるんですけど」
「ああ」
「そうしたらもう、みんな何か入れてたりするんですよ?」
「入れてる?」
サフィーナが首をかしげるが……
「ここの中に道具とかを……」
アラーニャがお腹を指さす。
《道具? って……》
その意味が分かってメイはかっと体が熱くなる。他のメンバーも顔が赤いが……
しかしサフィーナはわりと平静であった。
「んな、どうしてまた?」
「そうやって検査官をからかうんだそうで」
「検査官を?」
「そうなの。サルトスじゃこんな場合に真実審判師が出てくることなんてないんで、普通は検査官の人が手でチェックしてて」
手でチェックってことは?――― 一同が顔を見合わせるが、アラーニャはその先を身振り付きで説明する。
「それで何か持ってきてないかーって聞かれたら、持ってませ~んって言ってもじもじしてるから、検査官が中を調べるの。そしたらいろいろ出てくるから、あ~ん 見つかっちゃった~……みたいなのがお約束だったりしたそうで……」
あははははははっ!
彼女もヴェーヌスベルグにずいぶんいたおかげで、そういう方面の感覚がメイ達とはかなりかけ離れていたりするわけだが……
「変なお約束なんだな?」
「それが、お城に呼ばれたらすぐにできるようにしてないとまずいんだって」
「はあ? どうして?」
「それが……前の王様の時とかは、こういう宴では最初に乾杯したあと、王様が真っ先に服を脱いじゃって、いきなりこう始めちゃったりしてたらしくって」
………………
…………
……
えええ⁉
一同は顔を見合わせる。
《いや、何それ?》
そんな状況をちょっと想像してみると……
《ぶはーっ!》
見回すと他のメンバーも同様な想像をしていると見えて、みんな凍り付いて目を白黒させている。
「そういうのをリアルに思い出してくれた人もいて……あはは」
再びアラーニャが赤くなる。
あはははは! となれば彼女は見てしまったわけだ。
「そりゃ大変だったな」
さすがのサフィーナもちょっと紅潮している。
ニフレディル様が真実審判師というのは決して楽な仕事ではありませんと常々おっしゃっておられたが―――と、そのときだ。
《あ? もしかして?》
この話を最初にアスリーナに持ちかけたとき、彼女は何やらとんでもなく動揺していたが……
《もしかして……知ってた⁉》
そして―――エルミーラ王女がそんな行動をしている光景を想像してしまったとすれば……
………………
…………
……
「あはははははっ!」
一同が驚いた表情でメイを見るが……
「いや、何でもありませんからっ」
メイは慌ててごまかすが―――いや、確かにそんな光景を想像すれば誰だって挙動不審になるだろうね! って……
《あれ? でもどうしてアスリーナさん、そんなこと知ってたんだろう?》
サルトスではそんなことを若い娘に普通に教える物なのだろうか?
………………
…………
《というか……あの女王様だったら……》
………………
…………
こっそり覗いていたとか……
《いやいやいや! そんなわけないよねっ!》
と言いつつ、絶対ないとも言い切れないお方なのだが―――いや、こんなこと尋ねたりしたら国際問題だよねっ! 全力で気づかなかったことにしなければっ!
などとメイが錯乱していると、パミーナがこぼした。
「はあ。だからあの方たちが言ってたのねえ。都の方々は雅なんですねー、とか」
「あはははは」
こちらに遊女たちが勢揃いした後、最初に色々な注意事項―――例えば食事はどうするとかお風呂はどうするとかいったことを普通に説明していたら、彼女たちが少々驚いた様子でそのようにつぶやいていたのだが……
《先代のハグワール王って……》
何だか凄く豪放磊落な人だとは聞いていたが……
「というわけで私、そろそろ引き上げますんで」
「あ、分かった。今日はお疲れ様」
アラーニャは席を立った。
《あはは。彼女はまだ参加させてもらえないのよね……》
それは彼女がまだ若いからとかではなく、精神魔導師としてまだ未熟だからなのだそうだ。
《アルマーザとかあの後もよく昇天してたし……》
いつぞやアラーニャの魔法の暴発で彼女がしばらく車椅子生活になったことがあったが、かようにこの魔法はまさに諸刃の剣なので、しっかりコントロールできるようにならないと大変危険なのだという。
そんなことを考えていると―――シャンシャンシャンという鈴の音が聞こえてきて、次いでドコドコドンと太鼓が鳴った。
「あ、ロッタさんの踊りが始まるみたいですね」
「ん」
一同の視線がそちらの方向に向かった。
広間にはちょっとしたステージがしつらえられていて、その後方で三人の若い遊女が音曲を奏でている。
そこにつつつっと剣を二本携えたロッタが入ってきた。
《うわ……なんかカッコいい!》
彼女の剣の舞はディーレクティアの名物の一つだというが、入場してくるだけで息をのむような迫力がある。
彼女は静かに一礼をすると、すらりと二本の剣を抜き放った。それと同時に笛の音が響き渡り、まずはゆったりと舞い始めた。
なんとも優雅な動きだ。それが要所要所でピタリと様々なポーズで止まるのだが、その一つ一つが見事に決まっている。
「おお……」
横でサフィーナが思わず声を上げる。
やがて音楽が早くなっていき動きがだんだん激しくなってくるが、まさに流れるように滑らかな動きだ。
そして最後に大きく何回転も回ってピタリと停止すると、あたりは拍手喝采となった。
「凄いわねえ……」
リモンがつぶやくとサフィーナもうなずく。
「んだな」
「やっぱり凄い?」
メイがリモンに尋ねると……
「凄いわよ。あんな激しい動きなのに重心はぴたりと安定してるし、あの足捌きは実際に使えるわよね?」
サフィーナもうなずく。
「だな。振りにも無駄がないから、ありゃ一撃必殺だぞ」
あははは!
《いや、ちょっと鑑賞するポイントが違うんじゃ?》
しかしまあ、この二人なら仕方がないか。
「そういえば道場でディアリオさんと立ち会ったとか言ってたけど」
そこでメイがその話をすると、サフィーナとリモンが驚きの表情になる。
「え? あいつと?」
「うん」
と、そこに給仕に駆り出された郭の小娘が通りかかったので、サフィーナが呼び止めた。
「あ、ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう?」
「今踊ってたロッタって、強いのか?」
娘はうなずいた。
「はい。ロッタ姐、実際にネブラ道場に通ってて、三段の免状をもらってるんですよ?」
「三段ってどのくらい強いんだ?」
小娘はちょっと首をかしげる。
「えっと……サルトス軍なら小隊長くらいにはなれるんじゃないでしょうか? だから巷では“女剣士のロッタ”で通ってるんです」
「へえ……」
女剣士か―――そういえば以前そんなキャラに会ったことがあるが……
《ティグリーナさんだったわよね。アウデンティアの》
以前ハビタルで秘密の調査を行った際に、何故かガリーナの先輩がその名前でプリマになっていたりしたわけだが―――そこでメイは尋ねた。
「そんな剣士の方がどうしてまた遊女に転向を?」
ここでもあんなイジメがあったりしたのだろうか?
だが娘は笑って首を振った。
「いえ、ロッタ姐は小娘のときからずっとこちらですが?」
「え?」
「元は踊りを踊ってたんですけど、ほら、背が高くて映えるから、剣舞をやってみないかってことになったそうで。そしたら姐さん、その踊りが飛んだり跳ねたりだけで何かピンとこないからって、剣の道場に入門してしまったそうなんです」
「道場に⁉」
小娘はうなずいた。
「はい。そこで最初は型をやってたそうなんですが、そのうち見込みがあるから立ち会いもやってみないかってことになって」
「それで三段に?」
「だそうです」
「そこにディアリオが通ってるのか?」
「はい。ネブラ道場ってサルトス一の道場なので」
「へえ……凄く研究熱心なのね?」
思わずそんな感想が出てくるが―――なるほど。まさに叩き上げの芸なのだ。
そんな話をしていると……
「ロッタと言ったか? 見事であった! こちらに寄られよ」
カロンデュール大皇が手招きをしている。そこでロッタが近寄って彼の前に跪くと、大皇が杯を差し出した。
「一献差し上げたいがいかがかな?」
「ありがたき幸せにございます」
ロッタが杯を受ける。
「まあ……大皇様に」
「さすがロッタ姐……」
あたりの遊女から悔しそうな声が上がるが……
《いや、凄くかっこいいし》
メイだってちょっとぽっとしてしまったくらいだ。
「しかしアウラ殿も素晴らしかったが、あなたもそれに負けず劣らず見事であった」
それを聞いたロッタが少し驚いた様子で答える。
「アウラ様も舞えるのでございますか?」
大皇はうなずいた。
「うむ。あの式典で踊ったシャコンヌは見事であったが……」
………………
…………
ロッタの目が丸くなる。
「シャコンヌというと……あのファルシアーナの?」
「ああ、そうなるかな? こちらでは古のシャコンヌと呼ばれている物だが」
彼女が驚愕した眼差しを向けると、それに気づいたアウラがはにかんだように答えた。
「でも半分だけなの。アーシャがいないから」
「え?」
横にいたエルミーラ王女が補足する。
「あの舞は大変難しくて一人では無理だったので、二人用に振り付けを変えて、アウラの他に白鳩のアーシャさんが一緒に踊ったのですよ」
「まあ……」
ロッタはしばらくアウラを見つめていたが……
「しかし……あれほどお強くて、そのような舞も舞えて、タンディをメロメロにして……アウラ様とはどのようなお方なのですか?」
「どのようなって……」
アウラがまた口ごもるので王女が答える。
「ああ、まあ正式に名乗ればフェレントムの一族になるんだけど……」
ロッタはまた驚愕する。
「フェレントム⁉ それでは長様のご血縁と?」
エルミーラ王女は首を振って……
「いえ、血は繋がっていないの。フェレントムのガルブレスの養い子で……」
そこまで言ったときだ。
「えええっ⁉」
ロッタがまたまた驚きの声を上げる。
「え?」
王女が不思議そうに彼女を見るが……
「ガルブレス……様ですか?」
ロッタはまさに仰天したという表情だ。
「もしかしてご存じ?」
「もちろんです! あのマムート師匠に土を付けた剣士なのですよ?」
「え?」
彼女は説明を始める。
「あ、私が通っております道場の道場主がマムート師匠なのですが、師匠は長年御前試合の連覇を続けておりまして、その連勝を誰が止めるかがサルトス中の興味の的だったのですが」
「それに勝ったのがガルブレス伯父様だったの?」
ロッタの目がまたまん丸になる。
「え? 姫様はガルブレス様の?」
「ええ。姪に当たるの。実際に会ったことはないんだけど……でも結構昔の話でしょ? よくご存じなのね?」
ロッタははにかんだように答える。
「あ、いえ、私の役柄、剣士のお客様がよくいらっしゃいますので、御前試合の話題は鉄板ですから細かくチェックしておくのです」
「まあ、そうだったのね」
王女はうなずいているが……
《いや、あれって絶対、好きなことを喋ってる人の表情よね?》
必要に迫られて調べていたのではあんな楽しそうな顔にはならないと思うが―――と、そこでロッタがアウラに尋ねた。
「では、アウラ様はガルブレス様から剣をお習いに?」
「あ、まあね」
アウラの表情がちょっと曇る。
《あ⁉ この話題はちょっと……》
アウラの古傷に関わってきそうな流れなのだが―――それは王女が察したようだった。
「しかし、素晴らしい舞を披露して頂きましたので、こちらから何かお返しができると良いのですが……アウラの舞は少々中途半端ですし……」
そこで王女がアルマーザの顔を見た。
「え? やっていいんですか?」
「何かお願いできます?」
アルマーザがにこ~っと笑う。
「じゃ、あれいっちゃいましょうか? イーグレッタさんにラクトゥーカちゃん。いいですか?」
「まあ、構いませんよ?」
イーグレッタが苦笑しながら答える―――ということでその後しばらくサカリ猫のタンゴに代表される彼女のアレなレパートリーが披露されることになったのであった。
《あははは! これじゃどっちがもてなし側か分かりませんねえ……》
正直ロッタの舞よりもアルマーザの踊りの方が遙かに郭向きだと思うのだが―――さて、それはともかく……
《むふふっ! まだいっぱい残ってるじゃないのっ!》
中央のテーブルにはまだまだ美味しそうな食事が満載だ。メイはお代わりを取りに席を立った。
料理の品定めをしながらあたりを見ると―――カロンデュール大皇の横にはロッタが座ってお酌をしている。
《あは。今夜はロッタさんでお決まりかな?》
そこから少し離れた場所にメルファラ大皇后がいるが……
《うわ、ほんとだ。そっくり……》
彼女の両脇に全く同じ顔をした美少女が座っている。
彼女たちはピーニャとカーニャという双子で、やはりこの郭の稼ぎ頭なんだそうだが……
《二人で一人前とか言っていたけど……》
こんなそっくりな二人に同時にサービスしてもらえるなんて、他では滅多にお目にかかれないのではないだろうか?
まあそのために結局花代が二倍になってしまうのだが―――しかし終わった後にどちらがどちらか当てれば割引があるとか何とか……
その反対側ではアルマーザが……
「ここはこう、うにゅーっと」
「きゃあ。アルマーザ様、体柔らかいんですのね」
「トゥリアちゃんもそうじゃないのー?」
といった調子でロッタの舞の伴奏をしていた若い遊女にサカリ猫のタンゴを教えている。
その先のイーグレッタの所にはシトゥラとロアンナという伴奏の残り二人が集まっている。
《アウラ様って……》
この宴に誰を呼ぶかはアウラとタンディに一任していたわけだが、何だかみんな見事にツボに填まっている。
たとえば……
「え? あんたのおばあちゃんが?」
マジャーラがモリーという若い遊女に尋ねている。
「はい。ロテリア劇団にいたんですよ。まあ、脇役だったんですけど」
「へえ? もっと話聞かせて」
彼女の横にはラクトゥーカも来ていて興味津々で尋ねている。
「はい。その頃のプリンセスがオルテンシア、プリンスがヴィルッキオって方で……」
「そのプリンスってもちろん女なんだよな?」
マジャーラの問いにモリーが夢見心地な様子で答える。
「そりゃあもう! 家に肖像が残ってるんですけど、もう、超かっこよくて!」
そこにラクトゥーカが尋ねる。
「えっと、例えばマジャーラ様がそんな男装をなさったらどうですか?」
「えっ⁉」
それを聞いたモリーは目を丸くしてマジャーラを見つめると、ぼっと紅潮した。
「それは……もう絶対映えますよ? 人気出ますって!」
「ほらーっ!」
「ええ? でもなあ……」
勝ち誇るラクトゥーカにマジャーラは首をかしげているが―――こんな人材を見つけてきてくれていた。
さらには……
「ええっ⁉ ヴェーヌスベルグじゃそんな風にはしないんですか?」
眼鏡をかけた遊女が驚きの表情でハフラに尋ねている。
「ええ。砂漠の天幕で二人でって……天幕って重いから二人じゃ持って行けないし。サソリとかもいるのよ」
「でもそれじゃお客様のおもてなしは?」
「みんなでするのよ。五人一組で。村の中にそのための大きな天幕があるの」
「まあ……」
何でも彼女は委員長のプラータと呼ばれているらしく、大変な読書家で知識も豊富なのだそうだ。ただし読書傾向はちょっと普通とは違っているようなのだが……
そして……
「んぎゃーっ!」
広間の隅の方から奇声が上がる。
「でもお約束ですから……」
「うぬーっ!」
そう呻いてリサーンが上着を脱いだ。
彼女はペトラという綺麗な黒髪の遊女と碁盤を挟んで向かい合っていた。
《あんな人までいるなんて……》
このディーレクティアという郭は、ハビタルで言えばアウデンティアに匹敵する個性派揃いの郭なのであった。
そのため色々な特技を持った娘がいたのだが―――このペトラは元は田舎の小村生まれだそうだが、碁の才能を見込まれてとある貴族の家に引き取られて才能を伸ばしていたという。
ところがそんな囲碁好きの当主が事故で亡くなり、跡継ぎは碁には興味がなかったせいで屋敷から放り出されてしまい、それからは賭碁を生業とする流れ者としばらく流浪していた。
ところがその男が賭に負けて借金のかたに売り飛ばされてしまい、結局この郭に買い取られたというが……
《うーむ……ヘヴィーな生い立ちなんだけど……》
そこで碁で負けた方が服を脱いでいって、脱ぐ服がなくなったらその相手を好きにしていいという条件で客を取っていたら、何やら結構な人気が出たのだという。
《でもリサさん……》
ペトラは賭碁の流れ者と一緒にいただけあって接待碁というのが実に巧みで、絶妙に負けてやって客を喜ばせていたのだ。ところが……
―――ペトラがにっこり笑って投了する。
「まあ、ここを打たれてしまってはもうおしまいですわ」
そう言って元々一枚しか羽織っていなかった衣を脱ごうとするが、リサーンがそれを押しとどめる。
「ちょっと待って。その前にどうしてここ打たなかったの?」
彼女に指された所を見て彼女の目が少し泳ぐ。
「え? まあ、そんな手があったとは気づきませんでしたわ」
それを聞いたリサーンはじとっと彼女を見ると、今度は碁盤の別な場所を指さす。
「でも、この手、凄かったよね?」
彼女の目がまた泳ぐ。
「え? たまたま運が良かったのですよ」
「ふーん」
「それでは……」
そう言って彼女は衣を脱いで一糸まとわぬ姿になるが―――そこでリサーンが言った。
「えっと、勝ったら好きにしていいんだっけ?」
「もちろん」
ペトラが少し赤くなるが……
「んじゃ、それ着てもらって、今度は手抜き無しでもう一局。いい?」
「え?」
「何でも好きにしていいんでしょ?」
………………
…………
「承知しました……」
ペトラはくすっと笑って再び衣を羽織った―――
なんてことがあったわけだが、その結果はその後ずっと連敗中なのである。
《あー、今度負けたらリサさん、あと下穿き一枚なんじゃ?》
こんな場所にまで来てやってなくてもいいと思うのだが―――そんなことを考えながら席に戻ろうとしたときだ。
「きゃあ! カワイいじゃないの」
アウラの声だ。
「ええぇ⁉」
エルミーラ王女の訝しげな声が聞こえるが……
「ねえ、メイ、見てよ見てよ!」
アウラが手招きしているので行ってみると……
「うわ? 何ですか?」
そこには王女とアウラ、そしてガリーナが三人の遊女―――タンディとアミエラ、それにルーチェという少し年増の色っぽい女性と一緒だった。そこでなぜかアミエラがが諸肌脱ぎになって王女たちに背中を見せているのだが……
《うぎゃっ!》
そこには見事な蜘蛛の彫り物が入っていた。しかし……
「カワイいわよねえ」
アウラがニコニコしながらそう言うが……
「そ、そうですか?」
「アミエラ、前からこんなのが入れたいってずっと言ってたもんね」
「うふ。こっちに来てお金が貯まったのでとうとう入れちゃいました」
「どう思う?」
いや、どう思うって―――生きた大きな蜘蛛が背中に止まっているようにしか見えないわけで……
「いや、凄く上手なんじゃ?」
とりあえず事実を述べると……
「でしょ? でしょ?」
しかしアミエラはその言葉に喜んですっとメイの手を取るとナチュラルに横に座らせた。
《あれ⁉》
何か彼女とタンディの間に挟まれてしまったのだが……
「もう。さすがにカワイいって言うのはどうかしら?」
エルミーラ王女が首をかしげているが、アウラがさらっと答える。
「でもアラーニャだってそう言うわよ。きっと」
「あ、まあ彼女ならねえ……」
王女が納得するが……
「そのお方は?」
タンディが少し首をかしげながら尋ねると、アウラが答える。
「あ、今日のチェックをしていた魔法使いに、黒髪の若い子がいたでしょ?」
タンディとアミエラ、それにルーチェまでが目を見張る。
「あら、あの方がもしかして土蜘蛛のアラーニャさん?」
そう言ってなぜかみんなポッと赤くなった。
《一体何してきたんだろう?》
その辺についてはさっき彼女から概要は聞いたところなのだが―――そこにアミエラが尋ねる。
「どうして土蜘蛛なんて字で?」
アウラがうなずいた。
「あ、それがね、小さい頃からずーっと村から離れたところに隔離されちゃってて、台所に住んでた土蜘蛛が唯一のお友達だったんだって」
「え? あのもふもふした?」
彼女が陶然とした表情になる。
「あの子もいいのよねえ……で、そのアラーニャ様っていらっしゃってるの?」
「いえ、今日は引き上げましたが……」
メイが答えると……
「ああ、そうなんだ……」
残念そうなアミエラを見て、思わず彼女はタンディに話しかけていた。
「変わった方ですねえ……」
彼女がにっこり笑う。
「ま、こういう子だから……でもそんなのが好きなお馴染みってのも多くて。この間アヌエル姐が上がった後、空いた部屋をあげようかって話も出てたんだけど、ぽしゃっちゃって」
「え? どうしてですか?」
このアミエラはとても肌が綺麗で、そこに浮き出した艶めかしい蜘蛛の姿も相まって―――多分男なら思わず抱きしめてしまいたくなると思うのだが……
「だってこの子、部屋の中で蜘蛛を飼いたいとか言うのよ?」
………………
…………
あははははっ!
メイは顔が強ばるのを感じたが、アミエラは全くめげない。
「えー? でもそういうの飼ってる人ってたくさんいるじゃないですか。蛇とかトカゲとか」
そんなにいるのか?
「だからあなたどこか抜けてるから、絶対逃げられるって。郭中が蜘蛛だらけなんて嫌じゃないの!」
正面でガリーナの横に座っていたルーチェが言った。
「そんなー。ひどいですよー」
「お母さんの言う通りよ? この間だって……」
タンディもそれに加わるが……
「だってあれはー……」
そんな会話を聞きながら思わずメイはタンディとルーチェをよく観察した。
《え? 結構似てるけど、本当に?》
しかし確かタンディはシルヴェストの出身のはずだが?
「あの、こちらはタンディさんのお母さんなんですか?」
そこでメイが尋ねると、タンディがクスッと笑う。
「そうなの。こちらに来てからお母さんができたのよ?」
「えっ⁉」
それを聞いていたエルミーラ王女がニコッと笑って解説する。
「タンディさんがこちらにいらしたとき、雰囲気が似てるからってルーチェさんと親子接待をすることになったそうなの。それが人気が出て、お部屋も持てるようになったんだって」
「はあ……?」
親子接待ってどういうことをするんだろうか?
「しかし……メイさんって本当にお可愛い方ですねえ」
ルーチェがとろんとした目で言う。
「えっ⁉」
「もう私の娘にしちゃいたいくらい……タンディはお嫁に行っちゃうし」
「えっ⁉」
「うふ。今日は泊まっていく?」
………………
《うわーっ!》
ちょっとそれって要するに?―――見るとエルミーラ王女がにこーっとした笑みを浮かべている。
「いやいや、私はちょっと先約がございまして……あはは」
「まあ? もう素敵な彼氏が?」
彼女はまだ知らないようだが―――エルミーラ王女がまたにこーっと笑う。
《あははっ! 余計なことを言われる前にここはっ!》
メイは全力で話を逸らしに行った。
「あは。まあそんな感じで……しかしタンディさん、この間アウラ様の最初の女だったって言ってましたよねえ?」
「まあ 覚えてて下さったの?」
タンディがまたポッと赤くなるが―――それを聞いたエルミーラ王女が興味津々という表情になった。
「まあ、そうだったの?」
「はい」
よし。食いついたな? はあ……
「でもアウラの最初の女?」
王女が首をかしげる。確かに少々変な言い回しのようにも思うが……
それを見たアミエラが言った。
「実はお姉様に最初に逝かされちゃったのがタンディ姐なんです」
「まあ! そうだったの?」
「はい。私見てましたから。そのときは小娘だったんですけど」
王女がにこーっと笑う。
「うふ アウラったら昔のことはあまり話してくれないのよ。どんなだったの?」
「ちょっと! ミーラ!」
「え? そんなあ」
アウラが赤くなってタンディがもじもじし始めるが―――次いですらすらとその時のことを話し始めた。
………………
「うふ もう気が遠くなるくらい気持ちよくって……」
「あれ? そうだったっけ?」
「えー? 覚えてないの?」
「だってあのときはあそこにいたみんなとやっちゃったし……タンディが最初だったっけ?」
それにアミエラが答える。
「あ、はい。タンディ姐が最初でしたよ。その次がカテリーナ姐で」
「あなたよく覚えてるわねえ」
「だってもう……」
そう言ってアミエラまで赤くなる。
「そういえばカテリーナって今どこか知ってる?」
アウラの問いにタンディが答えるが……
「え? 確かセイルズにいたという話は一度聞いたけど……」
「ああ! やっぱり……」
アウラががっくりした。
セイルズって―――メイが一万人分の食料をお買い物した所か?
《あれはまあ、仕方なかったわよね……》
さすがにあそこでゆっくりする余裕は全くなかったわけで―――その間にもアミエラは話し続けていた。
「で、それからはもう次々とみんなお姉様に落とされちゃって……」
「まあ」
王女が怪しげな笑みを浮かべる。
「それでも最初は残花ばっかりだったんですけど、ついにはプリマまでがお姉様の魔手の前に跪くことになって……」
「ちょっと! 魔手って何よ!」
アウラが突っ込むが……
「うふ。それは私もよーく知ってるから……」
王女がそう言って彼女をぎゅっと抱きしめる。
「ちょっとミーラ! もう……」
そんな姿をアミエラはちょっと驚いた眼差しで見ていたが……
「でも残念なんですよ? 私の初めてがミディア姐で……」
そう言って彼女はじとっとアウラを見た。
「ミディア姐の何が不満なのよ?」
タンディが突っ込むが……
「でもその後の子はみんなお姉様にして頂いたんだし……」
それを聞いた王女が驚いた様子でアウラに尋ねた。
「え? もしかして水揚げ前にしてあげてたの?」
「え? まあ……」
アウラが赤くなってうなずくが……
《何の話だろうね? あははははっ!》
エルミーラ王女は何やら理解しているようだが―――と、そこでタンディが何気なくアウラに尋ねた。
「そういえばアウラ、レジェ姐のことはご存じ?」
途端にアウラの表情が曇った。
《ん? どうしたんだろう?》
王女もちょっと首をかしげているが―――タンディは続けた。
「もう怖かったのよ? あの日は。怖そうな人がたくさん押し入ってきて、郭には火が付けられて、ユーリスさんがひどい有様で殺されてて……なのにアウラもレジェ姐もいないんだし」
「あ、うん……」
「なのに次の日にはヴィニエーラは閉鎖されちゃって、みんなバラバラでそれっきりで。二人ともどうなったのかってずっと心配だったんだけど……」
「あ、うん……」
「二人で逃げたんじゃ? って言う子もいたんだけど……どうだったの?」
………………
…………
……
いや、何かアウラの様子がおかしいが……?
《あれ? もしかしてそのレジェって人があの内通事件に関わってた?》
フィンとアウラが関わった内通事件―――ファルクスという高官がレイモンと内通していた件に関してはフォレスにも書状が届いていた。二人がそれを暴いたおかげで消されそうになってグリシーナ城で大暴れしたという話だが……
《あれ聞いたときもみんな仰天してたけど……》
その事件に関してはクォイオでフィンと再会した後もう少し詳しく聞く機会があったが、そこではディレクトスという男娼館が内通ルートで、それを潰したどさくさでアウラのいたヴィニエーラまで潰されたといった内容だったが……
《あれ? でもアウラ様が来たのはもっと昔だし……二人が内通ルートを潰したんじゃないってことよね? これだと……》
だがその時にはもうレイモンとシルヴェストの内通とか、もはや心底どうでもいい話に成り果てていたので、メイも細かいところは気にもしていなかったのだが……
エルミーラ王女も不思議そうにアウラを見つめているが……
と、そこで彼女がうつむいたまま答えた。
「レジェ……死んだの」
「「ええっ?」」
タンディとアミエラが驚愕する。
「死んだって……ええ?」
そこでアウラが話し出した。
「あの日……あたしレジェに呼ばれたの。そうしたら何故かユーリスが来てて……ユーリスが言ったの。二人で一緒に逃げたいからレジェをアビエスの丘まで連れてって欲しいって」
「「ええ?」」
二人がまた目を見張る。
「どうしてユーリスが連れてってやらないんだって言ったら……決着を付けなければならないからだって……でもそうしたらもうこの国にはいられないからレジェに来て欲しいって、そう言って……」
一同は顔を見合わせる。
「最初はそんなことできないって断ったんだけど……でもレジェが一生のお願いって。何でもするって言うし……」
「あの……レジェ姐が?」
「うん」
タンディが尋ねるとアウラがうなずく。
「だからあたし、レジェを連れてアビエスの丘に行って待ってたの。ユーリスが来るのを」
聞いていたタンディが青くなった。
「でもユーリスさん……あそこで……」
「うん。朝になってもユーリスは来ないし……そうしたらレジェが言ったの。ありがとうって……そして……」
アウラはうつむいて涙をこぼす。
「レジェ姐……まさか……」
「うん。彼女、護身用のナイフ、持ってきてて……それで……」
………………
「間に合わなかったの……止めようと思ったんだけど……それで……レジェを丘の上に葬ってあげて、こんなことになったらもうヴィニエーラには帰れないって思って……」
「アウラ!」
タンディが彼女を抱きしめた。
「アウラのせいじゃないじゃない!」
「ううん。でも……」
その話は初めてだった。
《うわあ……そんなことがあったんだ……》
アウラがフォレスに来るまで何をしていたかメイはあまりよく知らなかったが……
《ああ、だから最初あんなに暗かったのかしら?》
彼女が来てすぐのときには、ちょっと怖い人だなというイメージだったが……
「それで?」
「うん。その後はあっちこっち。もうよく覚えてないけど……最後にフォレスに来て……そこでミーラと会って……ブレスのことが分かって……そこで働かせてもらえるようになって……」
アウラが訥々とその後のことを話しているが―――そこにエルミーラ王女が割り込んだ。
「あら? アウラ。彼のこと話さなくていいの?」
「えっ?」
その言葉を遊女たちは聞き逃さなかった。
「彼⁉ って何なんですか?」
タンディの問いに王女がにたーっと笑う。
「彼っていえばそれは男の人のことでは?」
………………
…………
……
「「えええええぇぇぇぇぇーっ⁉」」
タンディとアミエラが顔を見合わせる。
王女はまたにこーっと笑うと……
「その彼ね、 フィンさんっていって、彼のせいでアウラの不感症が治ったのよ?」
………………
…………
……
「「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!!!!!」」
その言葉は二人にとってはこれ以上のない衝撃であったようだ。
そして二人が振り返ってアウラを見つめる。
「な、何よ……」
「でも、お姉様って……」
タンディは信じられないといった表情だが―――王女はやにわにアウラを抱きしめると、彼女の胸元に手を差し入れた。
「あんっ! いきなり何よ!」
………………
…………
……
タンディとアミエラが再び顔を見合わせる。
「お姉様が……」
「喘いだ⁉」
「あ、いや、だから……」
アウラが赤くなるが―――やにわにタンディとアミエラが立ち上がるとアウラににじり寄った。
「ちょっと何を……」
アウラが退こうとするが、まだ王女に抱きしめられたままだ。
「うふっ」
そして王女はニコッと笑うと、やにわに彼女の服の胸元を広げたのだ。
一同の前に彼女の形の良い乳房と胸の傷跡が露わになるが……
「アウラ……」
「お姉様……」
タンディとアミエラの手がその胸に迫っていく。
「ちょっと、二人とも……あ、あぁん!」
二人の指が彼女の乳首に触れた途端、アウラがまた喘いだ。
「まあ……」
タンディが腰を抜かしたように床にへたり込む。
アミエラが異様に目を輝かせながら尋ねた。
「その……フィンさんって……どんな方なんです?」
王女が怪しい笑みを浮かべる。
「あ、まあ普通の人なんだけど……そっちを期待して会ったらちょっと失望するかも?」
「ミーラ!」
アウラがもう真っ赤だが……
「でもお姉様が感じるようになるなんて……」
「どうやってもダメだったのに……」
「こんなこと、エステアとかが聞いたら卒倒するわよね」
そうアミエラがつぶやいたときだ。
「うぷっ!」
「ぷはっ!」
エルミーラ王女とメイが思わず同時に吹き出した。
「え?」
不思議そうに二人を見るアミエラに笑いながら王女が尋ねた。
「んまあ、エステアさんってそんなにアウラが大好きだったの?」
彼女は大きくうなずいた。
「そりゃもう。まさにお姉様一筋って感じで……ご存じなんですか?」
「あ、まあ……」
二人とも彼女のことは大変よく知っていた。
《リエカさん、フィンさんには本当に厳しかったから》
アミエラが尋ねる。
「エステア、今どこにいるんですか?」
王女がうなずいた。
「それがね、話せば長くなるんだけど、彼女は今はレイモンのアキーラにいて、リエカって名前でアリオール将軍にお仕えしてるの」
………………
…………
遊女たちが顔を見合わせる。
「アリオールってあの?」
「そうなの。それでそのフィンさんがね。アリオール将軍に捕まってしまって、エステアさんに拷問されたことがあって……」
「拷問⁉」
王女はまたにこーっと笑って話し始める。
「何でも、フィンさんね、裸でベッドに十文字に縛り付けられて、エステアさんが手にナイフを持って跨がってきたんだって」
「ええ⁉」
アミエラとタンディの目が輝いた。
「それでね。エステアさん、アウラお姉様を逝かせるくらいだから私を逝かせるなんて簡単でしょって言って……でもそっちが先に逝ったら殺すからって」
「「あはははは!」」
二人がしばらく爆笑する。それからアミエラが喘ぎながら言った。
「あはは。エステアってもう名器だったのよ?」
「まあ、そうなの?」
「ええ。入れたらもう、きゅってなっちゃって」
あはははは!
「それでそれで?」
二人は興味津々だ。
「そこにアリオール様が来て、尋問する前に殺すのはやめろって言われて、殺されずには済んだんだけど」
「なーんだ」
二人はとても残念そうだ。
《あははははっ!》
その話はリエカさんご本人から解放作戦中の暇なときに子細に聞いていたりするわけだが―――と、そこでメイは口を挟んだ。
「あ、でも確かそうそう。そのときですよね? アミエラさんの話が出たのは」
「え? 私がですか」
「あら、そうだったかしら?」
王女が小首をかしげているが、メイはうなずいた。
「そうですよ。その後、アリオール様に本格的に拷問されそうになったときに、エクシーレの古い拷問の話が出てきて」
アミエラが目を輝かせる。
「あっ、もしかして竿の根元の皮を剃刀で切る話?」
「あ、それですよ。それそれ」
「じゃあなに? 本当にその拷問をされちゃったの?」
今度はタンディが目を輝かせて尋ねるが……
「いや、その前に助け出されたそうで」
「「えーっ⁉」」
二人がまた残念そうな声を上げる。
《あはははっ。ここでもフィンさんはあまり歓迎されなさそうですねっ》
ともかくアウラお姉様はヴィニエーラの娘たちには大人気だったと!
「でも……それじゃ……」
タンディがとろんとした目でアウラを見つめる。
「そうね。それじゃそろそろ行きましょうか?」
王女が遊女たちに言った。
「「はい」」
タンディとアミエラがアウラの両腕を抱えて立ち上がらせる。
「あ? えっと……」
アウラが何やら真っ赤だ。
「うふふ いっぱい仕返ししちゃいましょうね?」
「はい」
「ちょっと……」
拉致されていくアウラを呆然と見つめていると……
「それじゃあなたも」
ルーチェの差し出した手を思わず取ってしまいそうになって……
「あ、いえいえ、私は今日は!」
慌てて断ると彼女はそれ以上無理強いはしなかった。代わりに……
「まあ、残念。それじゃガリーナ様?」
「え?」
「私の息子になってくださいますよね~?」
「いや、あれは……」
「さあさあ」
彼女はガリーナを連れて行ってしまった。
《あはは。いったい何話してたんだろう?》
確かに彼女みたいな素敵な息子さんであれば母親ならみんな欲しいだろうが……
―――そんなことを考えながらメイはやっと自分の席に戻ると戻ると、サフィーナがニヤニヤしながら言った。
「メイ、行っちゃうかと思った」
「いや、行かないって!」
もう……
しかしあたりを見回すとカロンデュール大皇とメルファラ大皇后たちはもう姿がない。
マジャーラとモリーも同様だ。
そして……
「でも四十七種類もバリエーションができるのかしら?」
「分かりません。一人じゃ試せないので」
ハフラと委員長がそんな会話をしながら一緒に消えていくところだった。
《あはははは! どういう話になったんでしょうね……》
その向こうでは……
「あーっ。ダメだ! もう好きにしてっ!」
リサーンが最後の一枚を剥ぎ取られて素っ裸になっていた。
「うふっ。分かりましたわ。その格好では寒いでしょうから……」
そうして彼女もペトラに連れて行かれてしまった。
《あはははは! どうされちゃうんでしょうね……》
広間の主賓たちはこれでみんな姿を消したようだ。
残ったのはメイの他にリモン、サフィーナ、パミーナ、コルネだが……
「ふわあ……」
コルネが大あくびをした。
「そろそろ私たちは引き上げましょうか?」
「そうね」
パミーナの言葉にリモンがうなずく。
これが当初のクーリア家の離れではリモンとサフィーナが玄関の内側をガードしていて、後からアウラとガリーナに交替する手はずだった。そこで彼女たちだけだと寂しいからとメイやコルネそれにパミーナも一緒にいる予定だった。
しかし宴がここで行われるのであれば、そこまでする必要はない。
《これで心置きなくアウラ様もガリーナさんも……ぷふっ》
朝方に交替することになっていたら、当然その前のお楽しみもある程度セーブしておかなければならないわけで……
《特にガリーナさん、結構敏感みたいだし……》
何やら王女曰く、彼女の体は打てば響くんだそうで―――というわけで今日はもう寝ることにしよう。明日の早朝には遊女たちが帰途につく際の立ち会いもしなければならないし……
《でも……》
思わずメイはサフィーナの顔を見る。
さすがに今日、色々なものを見聞きしてきたおかげで体がちょっと火照っちゃったりもしていて……
「ん? メイ。また幽霊が怖いのか?」
「あ? ちょっとね」
「ん」
サフィーナがニコッとうなずいた。
メルファラは薄目を開けた。
まず目に入ったのは大きなソファに一糸まとわぬ姿で横たわっている自らの姿だ。
それを双子の一人が拭き清めてくれているが……
《彼女はピーニャかしら? それともカーニャ?》
着衣のときには色で分かったが、みんな素っ裸の今、彼女にはもう区別がつかなかった。
見上げると大きなおっぱいの間から同じ顔が見下ろしている。
膝枕されているのだ。
《ああ……》
満足げなため息が自然にこぼれてくる。
彼女たちのサービスはアウラやエルミーラ王女にも劣らぬ素晴らしいものだった。むしろそれよりも―――ちらっと横に目をやるとソファーテーブルに革張りの大きな箱が置いてあって……
その向こうで二人の遊女がイーグレッタを愉しませてやっている。
「あ……あ……」
喉から漏れる声は彼女が本気で逝きそうなときの声だ。その右手の方からは……
「あはっ! ああっ! うわっ! ああ、そこっ!……」
アルマーザだ。彼女もまたずいぶん愉しそうだが……
そしてそれだけでなく……
「あん……あん……あ……」
左の方から断続的な喘ぎ声と荒い息づかいが聞こえてくる。
そちらに目を遣ると大きなベッドがあって、その上でカロンデュールとロッタが絡み合っていた。
《みんな……楽しそうね……》
どうやらこの中では自分が真っ先に果ててしまったようだ。
自分の体が前とはずいぶん変わってしまったような気がする。
最初のきっかけはエルミーラ王女とアウラだったが……
《あのときは……》
ファシアーナの露天風呂で二人に挟まれてしまったとき……
《まさか……あんなことになるなんて……》
都でのカロンデュールとの結婚生活ではそんな風にはなれなかった。
彼との夜は―――何というのだろう? ただ彼が一人で空回っていたという風情だったが……
「あん……あん……ああ! ああ! あああああ!」
「うっ! うっ! うああっ!」
ロッタとカロンデュールの声がシンクロして、どうやら二人同時に逝ってしまったようだ。
「うふ……」
そんな二人の姿を見ると何か笑みがこぼれてくる。
どうも巷では妻が夫のそんな姿を見ると嫉妬という感情に苛まれるそうなのだが……
《どうしてなのかしら?》
なぜだかピンとこないのだが―――その上、そのような光景はここ最近ずっとなのだ。
《あれも驚いたけど……》
アルマーザがやってきて、イーグレッタも含めてみんなで一緒に夜を過ごさないかと言ってきたときには……
しかしそれは本当に楽しい夜だった。
彼女も、そしてカロンデュールも共にこれまでにない悦びを得ることができたのだから。
そこではカロンデュールがアルマーザやイーグレッタと絡む姿を幾度となく見た。
そうしながらもう一人に愛撫されていると、体がどんどん燃え上がってくる。
それから彼の腕に抱かれると……
「あ……」
彼の物が出入りしたり中をかき回すときの感覚を思い出すだけで体が疼く。
おかげで……
《一人でも大丈夫になったし……》
こちらに来てたまたま二人きりになった夜、何だかそこから盛り上がってしまって―――翌朝、彼の腕に抱かれて目覚めたとき、それは純粋な驚きだった。
自分が彼とこんな風に楽しめているなんて。
これでもう障害はない。
自分は彼の妻なのだし、これからはずっとこうしていられる。
そう思ったのだが……
《でも……そうしたら……》
一つ心残りがあった。
未遂に終わってしまったフィンとの逢瀬。
彼にはまさに本当に世話になったと言って良い。彼がいなければ今の自分がないことは間違いないのだから。
だからそんな彼にお礼をしてやりたい。その気持ちに嘘偽りはない。
そのことはカロンデュールの了承も得ているのだ。
しかし―――ここに来て彼はひどく多忙だった。
来春の攻勢に向けてアイフィロスのサルトス軍とアコールのレイモン軍を入れ替えなければならないが、その準備にフィンとエルミーラ王女は忙殺されていた。その作戦にはグリシーナに駐留しているフォレス・ベラ連合軍の協力が必須だからだ。
それに対してメルファラやカロンデュールは傍観者だった。
行うとすれば人々に対して励ましの言葉を贈ることくらいだが―――そういう機会がそれほどあるわけでもなく、二人は正直暇を持て余していた。
《だから頼んでしまったのですが……》
アルマーザがエルミーラ王女の息抜きの話を持ってきたとき、思わずそれに首を突っ込んでしまったのだ。
《私がこうしている間にもフィンは……》
彼は色々な会議で忙しいはずだ。
今日はアウラもいないからそうでなくとも一人きりだろうし……
………………
そのことを考えると心が痛んでくる。
しかし……
《それが最初で最後なのですよね?》
そのお礼をいい加減に与えるわけにはいかなかった。
これが最後と決まっているのだから、最高の思い出にできなければ一生後悔するだろう。あのヴェーヌスベルグの娘たちのように……
《でも……》
それなのに―――このガルデニアでできなければ次の機会はいつになるのだろう?
旅先でおいそれと行うわけにはいかないし、都に戻ってからだろうか? 多分彼は息子を連れに一度は都に来るはずだが……
《でも……それはいつ?》
フィンは今ではエルミーラ王女の臣下だ。必要とあればグラテスからそのままフォレスに戻ってしまうかもしれない。都にいる息子と母親は迎えをやって呼び寄せればいいだけの話だし……
《だとしたら?》
急がなければならないのだろうか?
でもどうやって……
………………
…………
そんなことを考えていると……
「上手でしたねえ。トゥリアちゃん」
アルマーザの声だ。
「ありがとうございます!」
「それじゃ今度はあなたの番ですね?」
「えーっ でも~」
「ほらほら、あなたどれがいいんですか~?」
彼女がそう言うと、遊女が恥ずかしそうにソファーテーブルに置かれた革張りの箱の中を指さす。
その中身のことを思い出してちょっと顔が火照る。
「これですか~?」
「はい」
アルマーザがその中から根元が分岐して手前側に反った張り型を取り上げた。
そう。その箱の中には郭で使われている様々な“道具”が入っていた。
アウラとエルミーラ王女の場合、二人とも指と舌先のテクニックがすさまじくてそれ以外にはほとんど何も必要なかった。
しかしアルマーザは自作の張り型を持ってきていた。ヴェーヌスベルグの娘はみんな自分用を持っているとかで。
それを使うと王女たちとはまた別な悦楽を得ることができた。
そして今も―――跪いている双子の横には、布でくるまれたそんな張り型が置いてある。それで先ほどまでメルファラ自身が愉しませてもらっていたのだ。
《それにしても……》
アルマーザが持ち込んだのは先が少し太くなっている単なる滑らかな棒だった。
ところが遊女たちが持ち込んだ“道具”は様々な形をしていた。
まさにいきり立った男のモノそっくりな物から、アルマーザが持っているような二股になった物、卵形をした物とか、少し反ってボコボコしている先細りの物とか……
しかもアルマーザの持ち物は単に木を滑らかに削って磨いただけだが、こちらの道具は全て見事な漆塗りだ。なんでもシルヴェストのランテルナという山里が漆器の名産地なのだそうだが、そこの“裏特産品”なのだという。
《アルマさんが嬉しそうに色々使い方を尋ねてましたが……》
遊女たちの説明では、自分で使う場合には二股になった物が一番良いという。確かにそれだと突かれたときにクリと中の敏感な場所が同時に刺激されるのだ。また人によってツボに填まる長さや太さ、反り形などが違うので色々種類が用意されているが、一番いいのはオーダーメイドすることなのだそうで……
《それを計測する道具まであるなんて……》
まさに未知の世界だが―――それに対して男のモノそっくりな物や卵は男の客相手に使ってみせると喜ばれるのだそうだ。
ボコボコした先細りの物はお尻用なのだそうで……
《お尻って……》
そう聞いて真っ先に思い出されるのは、アロザールの呪いの解き方が判明したあのときのことだが……
「くくっ!」
思わず笑いがこぼれてしまう。
《あのときのフィンの顔ったら……》
そのおかげでしばらく彼にお礼をしてあげる余裕がなくなってしまったわけだが―――そんなことを思っていると……
「あんっ! あ、いいですぅ!」
トゥリアの喘ぎが聞こえだした。
向かい側では……
「それじゃそこに膝をついて、お尻をこちらに向けて……」
イーグレッタが両手に張り型を持って、二人の遊女を同時に慰め始めていた。
《まあ……》
さすがに都随一の遊女だ―――と、感心してその光景を眺めながら、ちらっと横の双子の顔を見ると、何やらうらやましそうな表情が浮かんでいる。
もちろん彼女にはその理由が想像ついた。
そこで彼女は起き上がるとソファに座り、跪いていた双子の一人に横に座るように促した。
二人に挟まれるように座ると二人の肩を抱いて……
「それでは今度は私がしてあげましょう」
「え?」
「そんな……」
二人の顔が明らかに紅潮する。
「でも私はあんな風にはできないから、順番ですよ? どちらが先?」
「えー? でも……」
そこでメルファラは左側の遊女の乳房をそっと愛撫する。
「あ……」
彼女も相当に興奮しているらしく、それだけで体がびくりと震えた。次いで彼女の秘所に指を這わせると……
「あ、ああーん!」
再び体がびくりと震える。その谷間は既に滝のように暖かな液で溢れている。
「あなたはどれで?」
だが遊女はもう目がとろんとしている。
「ピーニャならこれで」
右にいた双子―――すなわちカーニャが箱から張り型を取り出してくる。
「それじゃ……」
メルファラは先ほどの自分の姿のように、ピーニャをカーニャの膝枕にソファの上に寝かせて、彼女の両足の間を張り型の先で撫でて、それからおもむろに中に挿入していった。
「あっ! あああん!」
思わず彼女の喉から声が漏れる。ピーニャがメルファラを見つめるが、もうあまり視点が合っていないようだ。
そこでメルファラは自分がしてもらったら嬉しかったときのように、張り型を出し入れしたり中をかき混ぜるように動かし始める。
「ああっ! ああっ! あああっ!」
それに合わせてピーニャが呻くが―――その姿になぜがティアの姿が重なった。
!
そう。もしあのとき彼女がこんな技術を持っていたのなら……
《あはは。それこそあの別荘に二人で籠もりっきりだったでしょうね……》
そうなればカロンデュールとあのように顔を合わせることなどなかったはず。
そうなれば……
………………
《もしかして……みんなと一緒に旅ができていた?》
少なくともあの計画に彼が関係してくることはなかったはずで、そうなればみんなで都落ちしてはずなのだ。
そのときの彼女の横にはティアとそして―――今度はフィンの姿がまぶたに浮かぶ。
どこかの宿屋の一室で彼女はフィンと相対していて―――今度は彼女が彼をベッドに縛り付けていくのだ。
アウラから話は聞いていた。最初の頃はそうして彼女がずっと上から跨がっていたということだが―――フィン曰く、彼女を怖がらせないためにそうしていたということらしいのだが……
《でも本当に?》
想像の中で彼女はフィンを縛り終えるとその前で服を脱いでいった。
そして彼の上に跨がって―――どうしてあのとき置いていってしまったのかと尋ねているのだ。
彼の答え如何によっては……
「ぷっ!」
メルファラは吹き出した。
どこからこんな妄想が湧いて出てきたのだ?
「あ、ああん! ああん!」
「ほら。彼女の胸も喜ばせてあげて?」
「あ、はい」
カーニャがメルファラの動きに合わせてピーニャの乳首を弄び始める。彼女の喘ぎがさらに激しくなっていく。
その姿を見て何か満足だった。