第4章 救国のイービス
翌日の午後、ガルデニア城の下層にあるフィンの居室では、先ほどからアウラが楽しそうに話し続けていた。
「でね? タンディの郭って面白い子が一杯いるのよ。ロッタってプリマが剣舞を舞ってくれたんだけど、彼女実際に強くて。その辺の兵士じゃ歯が立たないし」
「え? そこで立ち会いもやったのか??」
「ううん? 歩き方や剣の振り見れば分かるし。まだ人は斬ったことはないって言ってたけど」
「当たり前だろ!」
人を斬った経験者が回りにゴロゴロしているなんてことは普通はないわけだが―――このように昼間から彼女が部屋にいるのはここ最近はわりと日常的な光景だった。
というのは、軍関係の会議が現在頻繁に行われていたのだが、そこには彼と共にエルミーラ王女も同席していた。その際、特に急ぎでなければ会議の連絡は王女の方に行って、そこからアウラがメッセージを携えてやってくるという流れになっていたのだ。
何しろフィンは公式にはただの相談役という立場のため、白亜御殿に一緒に住むわけにはいかない。そこで一階層下の城塞に部屋をもらっていたのだが……
《エレベーターなんて物があるとかなあ……》
あれのおかげでその辺を歩いていたら偶然出くわしたというパターンも困難だった。おかげで日常的に彼女たちに会うことはなかなか難しく、こうしてそんな機会を作ってもらっていたのだ。
《あとはよく顔を見るっていったらリサーンだけど……》
大中央突破に同行してきた彼の父、ル・ウーダ・パルティシオンも同じ城に居住していて、そのためよく碁を打ちにこちらにやってくるのだ。
《何か夕べは裸にひん剥かれていたとか?》
今の彼女は相当強くなっていると思うのだが、それが手も足も出ないという遊女がいたそうだが……
《まさか父上……そんな話を聞いたらどうするんだろう?》
いろんな意味で興味が湧かないわけがないのだが―――などと考えていると……
「あ、それであの話、ありがと。うまくいった!」
アウラがにっこり笑う。
「あの話って、レジェの話か?」
「うん」
数日前のこと、フィンはアウラから相談を受けていたのだ。今度の宴でタンディたちと会えるのは嬉しいのだが、彼女のことを訊かれてしまったらどうしようかと。
《確かに……色々微妙な話だったし……》
起こったことをそのまま話すと、結局あそこでアラン王が行っていた秘密作戦の内容にまで踏み込むことになってしまう。そのことは話さないという約束だ。ただあれから状況は全くもって変わってしまっているから、今さらばらしたところで問題ない気もするのだが……
《でもまあ、約束は約束だし……》
逆に言えばそんな昔の話を今さらほじくり返さなくともいいということでもあるし―――ということで彼女にはあのようなストーリーにしておけと言っておいたのだ。
「じゃ、ハスミンたちの活躍のことも?」
そのためには彼女たちの行動も少々脚色しておかなければならなかったわけだが―――しかしアウラは首を振った。
「ううん? そこまでは行かなかった」
「え?」
「それがね。あの後あたしがフォレスまで来たところでミーラがね、あたしが感じなかったのがフィンのおかげで治ったって言ったら、タンディたちもう大騒ぎで」
「あ……」
そう。それはもう遠い昔のような気がするが、初めて会ったとき彼女は完全な不感症だった。
「それでもう二人とも張り切っちゃって。そのまま寝室まで連れてかれて二人がかりで何度も逝かされちゃって……ミーラの見てる前でよ?」
「あ、そうか」
「もうあの子たち郭からいっぱい道具持って来ちゃってるし。フィン、見たことある?」
彼女たちの持ってきた道具といえば―――あれだよな?
「え? まあちらっとは……」
「そんな色んなので入れ替り立ち替りされちゃうし……アミエラはずっとおっぱいに吸い付いてるし……」
そんな調子で彼女が話し続けているが……
《ちょっと待ってくれよ。これじゃ気が散って仕事にならないじゃないか!》
今日は今度の軍の行動計画について、色々と検証しておこうと思っていたのに。
《でも……》
こんな表情の彼女は久しぶりだ。これってもしかしてハスミンと会ったとき以来か? いや、それと……
《あはは! リエカさんといるときもそうだったよな!》
間違いなくそうだった! ただしそんな現場には怖くて近づけなかったから遠目にだが―――彼がそんなことを考えていると……
「あ、そうそう。それでミーラが言ってたけど」
「ん? なんだ?」
「ファラ様のお礼の機会はやっぱりガルデニアにいる間かなって」
………………
…………
「ぶはっ!」
ファラ様のお礼って―――ファラ様のお礼だよな? あの……
「ファラ、最近すごく楽しそうだけど、でもやっぱフィンのことよく見てるし」
フィンはどきっとした。
「そ、そうか?」
アウラはうなずく。
「うん。それでね? このお城だと密会できそうな場所って多そうじゃない?」
「え? あ、まあ……」
確かにここは非常に込み入った構造なので、ある意味死角が多いと言えば多いのだが……
「でもこの時期、外じゃ寒いしなあ」
季節が良ければ夜景を眺めながらというのも有りなのだが……
「でもそれじゃファラ、可哀想じゃない」
「あー……」
いや、それはそうなのだが……
あれが中途半端に終わってしまったのは、彼女もまた大変残念に思っていたそうなのだが……
《それは本当に嬉しいんだけど……》
―――とすれば今度は絶対に最高の思い出にしないといけないわけで……
《うう……》
二人とも心からその機会を待ち望んでいる―――しかしそれは彼女がもう二度と手の届かないところに行ってしまう、という意味でもあって……
同じくその頃、メイは少々寝不足だった。
《いやー、何かだるい~》
昨夜は結構遅くまで起きていた上、そのあとサフィーナとちょっと戯れ―――じゃなくって、幽霊を追い払ってもらったりしてて、寝たのは夜明け近くになってからだった。おかげで朝の見送りにうっかり遅れそうになって……
《あははは! いや、やっぱ目に毒だったしなー》
そのあとはお茶をたくさん飲んで何とか目は覚ましたのだが……
ともかく今日は特に緊急の用事はないので、ここで少々うたた寝していても問題はないのだが……
実際、来迎殿の広間にはだらっとした空気が漂っていた。
奥ではエルミーラ王女がソファの上ですやすや眠っている。
《王女様も遅くまで起きてたみたいだし……》
その近くのソファにはアルマーザが同様にぐうぐう眠っていた。
《なんかファラ様や大皇様の方も盛り上がってたみたいだし……》
その手前の方ではハフラとリサーンが何やら話している。
「あー、やっぱそっちでもそうだった?」
「ええ。ちょっとあれは衝撃的だったわね」
「だよねー。こっちもペトラちゃんが出してきたとき、初めはびっくりしたけど……でも良かったわよね?」
「本当に。さすがにこちらにはすごい物があるのね」
あはは! 何の話なんだろうなー。
「あれって村の連中に見せたら喜ぶわよね」
「そうよね。でもあんな都合良く二股になった枝はそうはないと思うし。どうやって作ってるのかしら?」
「うーん。前と後ろ別々に作って、根元でつないでるとか?」
「それだと結構精密に作らないとダメそうね。それに漆も塗っておかないと隙間から染みこむんじゃ?」
「あー、あっちじゃあんまり漆ってなかったわよね-。代りの物あるのかしら?」
「木肌にテカリを出す樹脂はあったと思うけど、あれでどうかしら?」
「さあ、作ってみないと何ともね」
あははー。本当に何の話なんだろうなーっ―――そんなことを考えていると……
「あー? 何の話だ?」
マジャーラがあくびをしながら話に入ってきた。
「あの道具の話だけど」
「あれか? あはは。結構すごかったな」
「だから村のみんなに見せたらって話してたの」
「いや、そりゃ喜ぶだろうけどさ、でもおまえ、このあとフォレスに行くんだろ?」
「私は行くけど。あなたは結局どうするの?」
ハフラが尋ねると、リサーンは目をそらしてマジャーラに言う。
「え? あー……でも、あんたも結局帰るんでしょ? 都で劇を見倒したら」
「まあそうだな。でもずいぶん先になるぞ?」
「だからあなたは?」
ハフラが再度リサーンに尋ねるが……
「え? あー……」
彼女は何やら口ごもっている。
「あなたが戻るのなら持って行ってあげたらいいじゃない」
「あー……」
彼女が絶句しているが……
以前ハフラがフォレスに行くと言い出したときにも同じ様子だったが、まだどうするか決めかねているようだ。
《っていうか、今ならシオンさんの弟子になってくっついてくってのも?》
彼女はシオンさん―――フィンの父親ル・ウーダ・パルティシオンにずっと碁を習っていて、既に相当の腕前になっていたりするわけで。
そんなことを話していると……
「あ、みなさーん。お茶が入りましたよー!」
やって来たのはコルネとコーラだ。
「あ、ありがとーっ!」
リサーンが手を振る。コルネは部屋の中を見渡すと彼女に尋ねる。
「アウラ様はお使いだったっけ?」
「うん。リモンさんたちはまた庭で練習」
コルネはうなずくとコーラに言った。
「分かったわ。じゃあみんなにこちらのを持って行ってあげて?」
「分かりました」
コーラが彼女たちの分を持って部屋を出て行く。
それからコルネは寝ている王女の側にそっと彼女の分のお茶とお菓子を置くと、こちらの方にやって来た。
「何か楽しそうですね?」
「いや、夕べが凄かったって話でさ」
「そーですか?」
マジャーラがあっけらかんと答えるので、コルネの笑顔が少々引きつる。
「うん。あの娘たちが持ってきた道具がさあ、すごく気持ちよくって。それ、故郷に持って帰れないかなって話をな」
「あはー。そうですかっ! 良かったですねっ!」
さすがの奴もそうストレートに来られるとは思っていなかったらしい。
そこにハフラがたたみかける。
「そうなの。本当にこちらの遊女の人って凄いのね。二人とも疲れちゃったから二十四通りまでしか試せなかったけど、よくあんなの知ってるわね」
「二十四通り?」
「ええ。セックスの体位が。四十七種類あるそうなんだけど」
「あはははははっ! リ、リサさんは?」
「あー、ぼろ負けしちゃって」
「負けた? って何にですか?」
「あ、碁よ。ペトラちゃん、もうすごく強くて。シオンさんとでも互角に打てるんじゃないかしら」
「一晩中碁を?」
リサーンは笑って首を振る。
「いや、勝った方が相手を好きにしていいって約束で、もうその後ずっと逝かされっぱなしで……もう勘弁って言ってもペトラちゃん、結構意地悪なのよ」
あはは。あの後そんなことになっていたのか……
「あははははーっ! ……じゃ、じゃあマジャーラさんのお相手は?」
「あー、こっちもな。一晩中盛り上がっちゃってな」
「一晩中盛り上がってたんですかー」
コルネはドン引いているようすだが―――マジャーラはうなずいた。
「ああ。あたしがさあ、ちょっとノリでさ、『もしや君があの朝霧のなか、うち捨てられたように咲いていたあのスミレの花だったのか?』とか言ってみたらさ、即座にさあ、『ではあなたがあの漆黒の夜にただ一つ輝いていた、あの孤独な星だったのですか?』なんて返してくるし」
………………
…………
それを聞いたコルネの目に異様な輝きが宿った。
「ん? どうしたんだ?」
「それって……ヘスペル様とリリアが出会ったときのセリフですよね?」
「あ、よく知ってるねえ」
コルネがマジャーラににじり寄る。
「もちろんですよっ! もう全巻何度読んだことか!」
「あ、原作読んだんだ? やっぱ面白い?」
「面白いですけどっ……て、読んでないのにどうして知ってるんですか?」
「あ、舞台で見たんだけど」
「舞台⁉」
コルネがぽかんとした顔になる。
「アキーラでさ、ロマンゾ劇団ってのがやってて。モリーちゃんも劇場版知ってて、それでこう二人で成りきって盛り上がっちゃったりして。あはは」
………………
…………
「劇場版⁉ えええええ⁇」
驚いている彼女にメイが言った。
「うふふふ。田舎の子はご存じないかもしれないけど、双星双樹の音楽劇版というのもあるのよ? ふふふっ」
コルネがまさにぐぬぬという表情になる。
《うふっ いいわあ。こいつのこの表情を見るのはっ!》
と、そこでリサーンが尋ねた。
「で、何? あんたずっとヘスペル様やってたの?」
「しょうがないだろ。あたしがリリアじゃさすがにおかしいだろうが」
………………
…………
「ぶははははははっ!」
リサーンは遠慮なく爆笑する。
「あんなあ……」
「双星双樹の……音楽劇版⁉」
だがコルネはまだ衝撃から覚めやらないようだ。
「コルネさん、そんなに好きだったの?」
ハフラが尋ねるが、まだ白目のコルネに代わってメイが答える。
「そうなのよ。この子ねえ、大昔から双星双樹に大ハマりで、闇のプリンス様にいつ来て頂いてもいいようにって窓開けて寝てて風邪引いたりしてたし」
「おいこらっ!」
「それに小説書いたからって持ってきたら、ただの双星双樹の丸パクりで、双子の名前がコルネとメイってのもあったわよねえ?」
コルネがぎろっとメイを睨む。
「なーに人の黒歴史をしれっとばらしてんのよ? この小娘はっ! 今度はもっとちゃんと書いてるんだからねっ⁉」
………………
…………
「え? あんた新作書いてるの?」
コルネは大きくうなずいた。
それからメイの胸元をじーっと見ながら……
「もちろんよ! 人とは成長するものなのよ? あなたには少々理解しづらいかもしれないけど!」
このアマは……
「それってどんなお話なんです?」
ところがそれにハフラが食いついた。
「あ、聞きたい? 聞きたい?」
いや、どうせろくでもない話だろうと思ったが、彼女だけでなくマジャーラやリサーンまでが何やら期待の眼差しをコルネに向けている。
そこで彼女はえへんと咳払いをすると話し始めた。
「その世界ではね、大昔に光と闇の戦いが行われて、光の勢力が勝利して闇の勢力は地の底に追いやられたの」
あー、やっぱそんな感じの良くある設定だな?
「その戦いで先頭を切って戦ったのが光の勇者と、赤の女王、青の女王と呼ばれた女魔法使いだったの。戦いのあと勇者は二人の女王と共に光の都を築いて初代の大帝となり、それからずっと彼らの末裔が世界を治めていたの」
………………
あ? なんかどっかで聞いたような……
「でも時が経つとともに闇が再び力をつけてくるの。そうして十分に力を蓄えた闇の勢力は、今度こそこの世界を我が物にするために闇のプリンス、その名も“ジン”を地上に派遣したのよ」
やっぱり闇のプリンスネタか……
「ジンは強力な魔力と共にね、男の姿にも女の姿にもなれるという特技を持っていたの。そこでジンはまず“ディアエル”という美女の姿になって、光の都の“メロス皇太子”を魅了して彼の妃に収まってしまうの」
ほう?
「ところがそれを皇太子の妹の“メルフィーア姫”に見破られてしまうの。姫はとある事情で皇太子とは別々に育てられていたんだけど、彼女と都の第二継承者の“カロナール王子”の手によってディアエルは倒されるんだけど、その戦いでメロス王子も亡くなってしまうの。そこでカロナール王子が次の大帝となって、メルフィーア姫がそのお后になったのよ」
ん? ますますどこかで聞いたような話だけど……
「でもね。それでお話は終わりじゃないのよ? 実はジンは完全には死んでいなかったの。滅ぼされたのは女の半身だけだったから。でもそのため力が半分に落ちてしまったので、そのままでは大帝カロナールと皇后メルフィーアには対抗できなくて、それで彼は闇の力の濃い東方に逃げて再起しようとするのよ」
これってもしかして……
「逃げてきたジンはまずは東方の大国“ラーヴェ王国”の“レムース王”操ろうと考えるの。この王国は光の都に並ぶ魔法使いの本場で、かつて勇者が闇の都を滅ぼして戻る途中に、この地の長に彼と青の女王の間に生まれた息子を託したからなのよ」
ちょっと待て! その伝説は……
「でもレムース王はその南の山の中にある“フェリシアン王国”の“エルヴィラ王女”の魔法で守護されていて、今のジンでは手が出せなかったの。そこでまず王女をどうにかしようと考えて、フェリシアン王国に潜入するのよ。ところが王女は“エイリア”という強力な女戦士に守られていて、これまた容易には手を出せなかったの」
女戦士エイリアって……
「そこでジンは手下の“セクンドス”をラーヴェ王国に潜入させて大臣を操らせて、エルヴィラ王女を誘拐させるの。王女のいなくなった隙にフェリシアン王国を滅ぼそうと思ったのよ。そして大臣に騙されたレムース王がフェリシアン王国に攻め込んでくるの。その陰謀はもう少しで成功するところだったんだけど、ギリギリのところで女戦士エイリアとその師匠“ゼナ”の手によって王女が救出されて、失敗に終わってしまうのよ」
メイはじとっとコルネを見つめた。
「えっと……もしかしてこの“ジン”ってフィンさんのこと?」
「え? 何のことかしら?」
コルネはすっとぼけるが……
「エルヴィラ王女はエルミーラ様で、レムース王はロムルース様で、エイリアはアウラ様でしょ? ゼナってナーザさんのことでっ!……てか、これってもうノンフィクションじゃないのよ!」
………………
…………
「事実は小説よりも奇なりなのよっ! 小説にモデルがあったっていいでしょ?」
あ! 開き直りやがった。まあ、確かにあの戦いの顛末は少々ドラマティックではあったにしても……
と、そこでハフラが尋ねた。
「あ、もしかしてそれじゃこのエルヴィラ王女って捕まった先で塔からシーツのロープで降りたりするの?」
「え? どうしてそれを?」
コルネが慌てる。
「作戦中に夜みんなで色々お話しして、聞いたのよ」
「あはー。そうなんだー」
彼女が妙な笑顔を浮かべるが……
《そういう細かいところまで史実を丸パクりしてたわけね?》
確かにこの後も色々あったわけだが―――ってことはこいつ、絶対それも採り入れてるよな?
「んで、それからどうなるの?」
だがヴェーヌスベルグ娘たちそれでも相変わらず興味津々のようだ。おかげでコルネは復活した。
「えへん。で、こうやってジンの手下のセクンドスは倒されたんだけど、ジンの正体はまだ知られていなかったの。そこでジンは王女を守護しているエイリアをモノにしてしまえばいいと考えるんだけど、エイリアは大変な男嫌いで」
やっぱりそうか。
「そこでジンは自分は実は女なんだけど魔法で男にされてしまったと嘘をついて、純粋なエイリアと親密になってしまうのよ」
………………
…………
「ぶはっ!」
「きゃははは!」
一同が爆笑する。
《何か変なところにオリジナル入れてくるわね? この小娘は……》
それはともかく……
「でもね。エルヴィラ王女だけは実はジンの正体を見抜いていたの。でも東方はかつての闇の都に近くて闇の力も強いので、彼女の力だけではどうしようもないの。正体を知っていることがバレたら逃げられてしまうし……」
ほう……
「そこで彼女は一計を案じるのよ? 二人を闇の力の弱い中原に派遣して、そこで始末を付けてしまおうと考えたの。でもそのためにはジンに悟られてはならないのでエイリアには彼の正体を明かさずにね。そして中原の“ベルファスト王国”の“ラナン王”に協力してもらうことにしたのよ」
あー、そう来たわけね?
「そこで二人はベルファスト王国に向かったの。王の所には王女からジンの正体と倒し方に関する書状が来ていたんだけど、ジンは見ただけではとても立派な姿だったし、エイリアにもとても信頼されているように見えたので、その手紙の方が偽物なのではと疑ってしまうの」
ほほー……
「折しもベルファスト王国は隣の“ラデオン王国”という大国と戦争が始まりそうになっていたんだけど、王国の警吏長官がラデオンと内通していたの。ところがジンがそれを暴いたために国内のスパイはみんな捕まってしまって、おかげでますますラナン王は王女の手紙の方を疑ってしまうのよ?」
ふむふむ。
「でもそれはラナン王を油断させて信用させるための罠で、実はその内通はジンの指図のもとに行われていたんだけど、それでも一応念のために王は夏至の正午にジンを太陽の下におびき出すんだけど、本当にその影が魔物の姿になったのを見て慌ててしまって、ジンにまんまと逃げられてしまうの」
あー、まあ、なるほど。
「それでエイリアは困ってしまうんだけど、そこで夢を見るの。光の都に行って皇后メルフィーアに相談しろって。そこで彼女はそのお告げに導かれて都に行って皇后に会うの。すると皇后メルフィーアとエルヴィラ王女、そしてもう一人、西方のどこかにいる“アルティー女王”が前世で三姉妹だったことが分かるのよ」
あー、まあいいんじゃないですか?
「彼女たちは世界に危機が訪れたときに覚醒して闇を払う定めを負っていたの。彼女たちが三人揃うことでジンを滅ぼすことができるのよ。そこで皇后メルフィーアはエルヴィラ王女に都まで来て欲しいと手紙を出すの。それから西の女王を探すための捜索隊も送るんだけど」
はあ。
「ところがその間にエイリアの手から逃れたジンは、まずは中原の大勢力だったラデオン王国に潜入して国王を操って光の都を攻めさせるの。でもそのときには都に来ていたエルヴィラ王女の協力でラデオン王国を撃退することができるんだけど」
………………
…………
あー、何だか大変な記憶が蘇ってくるが、話してやったらどうするんだ? この小娘は……
「で、まずいと思ったジンは今度は海岸の“ザルロア王国”に行って、またそこの王様を操って大規模な闇魔法を発動させるの。それでラデオン王国は滅びてしまうんだけど、そんな魔法があるとは皇后メルフィーアにも予想外で、その正体が分からないのよ。それに加えてジンは皇后の力を抑えるべく、ザルロアの“マルケ王子”の后になれって、無理難題を吹っかけるのよ」
もうまんまの流れよね。これは―――ってか、闇の力の弱いらしい西方で国王を操りまくったりこんな闇魔法を発現できるんなら、とっととやっときゃどうなのよ?
「そんな敵の出現に光の都は震撼するんだけど、都の魔法使いだけではその力に直接抗うことができないの。そこで皇后メルフィーアが直接乗り込んでいって、ジンを倒してしまうことにするの。でもそのためには彼女だけじゃなくって、前世で姉妹だった三人が揃わなければいけないんだけど、まだ二人しかいなくて……」
―――とそのときだった。
「みなさーん、なに盛り上がってるんですかー?」
アルマーザが目を覚ましてやってきた。
それにリサーンが答えるが……
「あ、コルネさんが面白いお話をしてくれてるの。フィンさんがねえ、世界を支配するためにファラ様と戦ってるのよ?」
「はあ?」
「フィンじゃなくてジンですっ! あと皇后メルフィーアねっ!」
「???」
「ともかく続き続き!」
コルネは調子に乗って話し続ける。
「えへん。んで、でもこのままじっと待っていてもますます状況は悪くなるばかりなので、仕方なく皇后メルフィーアとエルヴィラ王女の二人で敵地に乗り込むことにしたのよ。それには当然女剣士のエイリア、彼女の弟子の金髪の女剣士“シトローネ”、そして王女の肩にいつも止まってて、つまらないことばっかよく覚えているオウムの“メイ”も一緒なの」
「おいこらっ! どうしてあたしだけ本名なのよっ! しかもどうしてオウム⁉」
「ペットの名前が被ることくらいあるでしょ?」
「あ? わけわかんないんだけどっ!」
「まあまあ、それで?」
ハフラに促されてコルネは話し続ける。
「でね。そのことを知ったジンはアルティー女王が現れる前に二人を倒してしまおうとするのよ。そこで彼は姿を変えてお迎え役として赴くの。そこに二人がやってくると、いきなり地面が割れて地下世界から召喚された魔物の群れが現れて、一行は窮地に陥るのよ」
何じゃ? この展開は―――って、だったら最初からそうやってれば?
「そこでもはや万事休すと思われたとき現れたのが、アルティー女王に率いられた十人の女戦士たちで、彼女たちの協力の下、あとオウムのメイの貴重な犠牲もあいまって、ついにジンは倒されてしまうの」
絶対悪意があるよな? こいつ……
「でもジンは最後に不吉な言葉を残すのよ。ふふふ。俺が死んでも終わりではないぞ? 人の心の中に闇があるかぎり、俺は何度でもよみがえるからな! ふははははって。こうして残ったザルロア王国も滅ぼして世界は平和になったの」
あー、左様ですか……
《ってか、これだとザルロア王国を滅ぼす必要なくない?》
もう何だかため息しか出てこないが……
「それで?」
ハフラが尋ねるがコルネは首を振る。
「これで終わりだけど?」
それを聞いていたマジャーラが言った。
「あはは。でもその後にベルファスト王国のラナン王が裏切るんだよね?」
奴がうっという表情になる。
「これ考えたときはそこまで行ってなかったのよ!」
だからそれってただのノンフィクションだろうがっ!
「あ、わりといい役回りだけど、ティア様が美味しいところ持って行きすぎじゃない?」
ハフラが感想を述べるが……
「だって……ここ来るまでティア様のことなんて知らなかったんだし」
まあ彼女に関しては色々と差し障りがあるため、公式にはミステリアスな西方の女王ということになっていたわけで……
そこにリサーンが言った。
「ってか、これだと最初に出てきた、何だっけ、ディアエル? って子とアルティー女王は同一人物になっちゃうわよね」
「え?」
コルネがぽかんとする。
「あれ? 知らなかった?」
「何? それ?」
「あ、そうか! その話、公式には秘密だったっけ……」
そう言ってリサーンが頭を掻くが……
「何が⁉」
コルネがじりじりとリサーンににじり寄る。
「だからティア様って、メルフロウ皇太子のお妃だったエルセティア姫で、イルドに浚われてオアシスに来て、そこからアラーニャちゃんとかと一緒にヴェーヌスベルグまでやってきて、あたしたちの女王様になったのよ?」
………………
…………
……
彼女の説明にコルネはしばらく呆然と絶句した。
「そ? それって……ティア様が……エルセティア姫本人⁉」
「うん」
コルネはまたしばらく呆然としていたが……
「ちょと待って!」
そう叫んでいきなり駆け出していった。
《あはは! まさに事実は小説よりも奇なりで、普通そんなこと思いつきもしないわよね……》
あの話はもう、初めて聞いたときは何の与太話だとしか思えなかったわけで―――などと考えていたら、コルネがピンクのノートを抱えて息を荒げて戻ってきた。
「詳しくっ。それ詳しく!」
奴の目がキラキラしているが……
「でもあれって話せば一晩かかるし、本人に聞いたら? 絶対喜んで話してくれるって」
確かに。あれを全部話すとなると―――フィンさんの悪夢が蘇るわねっ
そこにマジャーラが言った。
「ってか、でもそうだよねえ。ディアエルはジンの化身だから敵なのに、それが助けに来るとか……あ、それならそいつは偽物のディアエルだったというのは? 本物はジンの手によってあらかじめ西の方に追いやられていたとか……」
「それともやっつけられた半身なんだから、ボコボコにされて正気に戻ったとかも有りなんじゃ?」
リサーンも適当なことを言い始める。
「うむっ! ここは考えどころよねっ!」
コルネが腕を組んで考え始めるが……
《いや、だから小説なんだから無理に現実に当てはめなくても……》
メイがため息をついていると……
「あ、でもフィンさん、解放の時には面白かったんですよねー」
アルマーザが口を挟む。
「え? なにが?」
「ほら。例えばアロザールの呪いなんですが、どうやって解いたかご存じですか?」
「え? 確か……何か血を混ぜる儀式があったんじゃ?」
一同がにやーりと笑う。
「え? 何よ? 違うの?」
「うふ。それはシルヴェスト流でね。こっちはちょっと違うのよ?」
リサーンがニヤニヤしながら答える。
「どう違うの?」
「それはね……」
彼女がコルネに囁くが……
「ぶーっ!」
それを聞いた奴は吹き出した。
《あ、まあ……これも事実は小説よりも……かな?》
コルネは目を白黒させながら尋ね返す。
「マジ?」
「うん。マジ。」
「フィンさんが?」
一同がうなずいた。
「うん。あとアーシャとマウーナと、アウラ様もずっと手伝ってたけど……」
「それでティア様が作ったしずくの歌が子供たちにヒットしてたのよね」
コルネの目がもうらんらんと輝き出す、
「ぬおーっ! 何か他には面白いことっ!」
今度はハフラが答える。
「あ、それではアロザールにいたとき、フィンさん、チャイカさんっていうメイド奴隷の人と一緒だったというのは?」
「メイド……奴隷⁉」
ハフラがうなずく。
「ヴェルナ・ファミューラって言うらしいんだけど。それにボニー君だったかしら。そんな男娼とネイ君っていう少年のお小姓も侍らせてて」
「あの……フィンさんが⁉」
コルネの目が丸くなる。
「アルクス王子に押しつけられたって言ってたけど。でも悪役なら結構ふさわしくない?」
「ふふっ! ふふふふふっ! 他には?」
今度はマジャーラだ。
「そうだなあ。最初会ったときは、クォイオの酒場で逆さ吊りにされてたなあ」
「さ・か・さ・づ・り・と……他には?」
リサーンがまた答える。
「そうそう。公式には焼けた鉄板の上でじっくり焼き殺されたことになってたわよね」
「焼き殺された⁉」
「うん。焼き方にも色々バージョンがあって……」
「あー、そうだ。リエカさんに拷問もされてたわね」
「何ですか? それ」
「えっとレイモンに潜入中にねえ……」
などといった調子でヴェーヌスベルグ娘たちがあそこで起こった様々エピソードを赤裸々に語りだした。
《あははははっ! まさにネタの宝庫ですねっ!》
フィンさんにはちょっと可哀想だが、でもこうして後からだと楽しい思い出で―――などと盛り上がっているところに、少々慌てた様子のコーラがやって来た。
「あ、えっと……」
「ん? どうしたの?」
「それが今、イービス女王陛下とアスリーナ様がお越しになっていて……」
………………
…………
「えっ⁉」
一同が顔を見合わせる。
「今日なんか用事あった?」
「いや、なにも聞いてませんが?」
アスリーナだけならともかく、女王が来るようなときには予め連絡があるのが普通なのだが、こんないきなり訪ねてくるなんて……
「あ、コルネ、ちょっと王女様起こしておいて」
エルミーラ王女はまだすやすや眠っている。
「あ、分かった」
それからメイはコーラと一緒に玄関ホールに向かった。
そこには果たしてイービス女王とアスリーナの姿があった。
「あー、メイさん。急にすみません」
アスリーナが頭を下げる。
「どうなさったのですか?」
「あ、それが大観殿に急な用事ができまして、なのでそのついでに皆様にもお話ししておこうかと思いまして」
「はあ」
「お邪魔して大丈夫でしたか?」
「それは。こちらへどうぞ」
メイは二人を連れて広間へと向かった。
そこでは一同が支度をして待っていた。
《王女様……間に合ったみたいね》
髪や衣装は一応整っているが、素っぴんだし起き抜けで少々目がとろんとしているのは仕方がないが……
「まあ、イービス様。こんな急にどうなされたのですか」
王女が尋ねると、イービス女王が深々と頭を下げる。
「ごめんなさいね~、エルミーラ様~。もしかして~、お休みでした?」
「いえ、まあちょっとは……」
「ごめんなさいね~。お疲れのところを~」
「いえいえ。構いませんって。それでご用の向きは?」
何の急用なのだろうか?
「あ~、それがですね~、叔父上が~、昨日のこと、どこで聞きつけたのかやって参りまして~」
「叔父上様といいますと……あの?」
「はい~、ヴォルフ叔父上なんですが~」
一同は顔を見合わせる。
《ヴォルフ様ってあの面倒な人か?》
エルミーラ王女も同様の表情だが……
「何か怒ってるんですよ~。ディーレクティアから遊女を呼んだって言って~」
一同は再び顔を見合わせた。
《えーっ⁉ やっぱまずかった⁉》
だが……
「あの、でもお城に遊女を呼ぶというのは、御先代もよくなさってらっしゃったそうですが?」
女王は首を振る。
「いえ~、それが大皇様にですね~、ディーレクティアみたいな二線級の郭から遊女を呼ぶなんて失礼だってそう言って~」
「「「ええ⁉」」」
話を聞いていたアルマーザが言った。
「いや、でも昨晩はデュール様は大変お楽しみでしたよ?」
「私もそう聞いておりましたのでそう伝えましたら~、それは大皇様がお優しいからそうおっしゃって下さっているのだと~、もうその一点張りで~」
「はあ……」
「なので叔父上が~、アムルーズというサルトス一の郭から遊女を呼んで~、もう一度宴を開きたいと~、そう申しておるのです~」
「「「はあ……」」」
一同はうなずくしかない。
「そこで先ほど~、一緒に大皇様の元へ伺いまして~、大皇様はそれならば構わないとおっしゃって下さったのですが~、このお話はエルミーラ様方にもお伝えしておいた方がいいと思いましたので~、こうしてやって参りました次第で~」
「あー、わざわざどうもありがとうございます」
エルミーラ王女もなんと答えていいか分からないといった表情だ。
「でもディーレクティアってあれで二線級なの?」
首をかしげるリサーンにアスリーナが答えた。
「いや、ほら人気はトップ級みたいなんですけど、何ていうか人を選ぶみたいなところがあるんですか? あそこって」
彼女もあまり分かっていない様子だが……
《あー……》
思い当たるところは多々あった。そこでメイは説明した。
「あー、それが郭っていうのもいろいろ種類がありまして、たとえばほら、イーグレッタさんみたいな何てか正統的な人が揃ってる所と、個性的な人が揃ってる所とがあるんですよ」
「ええ? イーグレッタ様みたいな方が?……はあ」
アスリーナはそんな美女揃いの光景を想像しているようだが……
「それで正統的な郭ではどんなお客が来てもそれなりに楽しめるんですが、個性派の郭では相性が良ければ最高だけど、悪いと全然、みたいなこともあるみたいで……だから格下みたいに言ってるんじゃないでしょうか? ヴォルフ様は」
「まあ~、そうなんですか~。さすがメイさん。お詳しいんですね~」
「いやいや、たまたまですからーっ!」
本当にどうしてそんなことに詳しくなってるんだろうねっ! もう……
「ともかくそんなわけで~、近々本殿の方でそういう宴がございまして~、そこに大皇様をお招きいたしますが~、その際にはエルミーラ様方はこちらにお控え頂くことになりまして~……あ、お料理とかはこちらにもお持ちいたしますからご心配なく~」
「まあ、わざわざ本当にどうもありがとうございます」
確かにエルミーラ王女一行がその宴に加わるのはまずいだろう。
「それではお休みの所をお邪魔しました~」
「あら? もうお帰りですか?」
何の気ないエルミーラ王女の言葉にアスリーナがため息をつきながら答える。
「はあ。この後も少々予定がございまして……」
げっそりした表情だが―――と、そのときだ。
「えっとえっと~、リーナさ~ん」
「はい?」
イービス王女が小声で彼女に囁いた。
「エルミーラ様がああおっしゃってるのなら~、もしかしてあれなんて~」
「え?」
アスリーナがぽかんとした表情になるが……
「あれって……もしかして、次の謁見をですか⁉」
次いでじとっとした表情でイービス王女を見つめる。
「だってほら~」
一瞬何の話をしているのかと思ったのだが……
《もしかして……王女様の社交辞令にかこつけて次の予定をブッチしようとしてる?》
確かにエルミーラ王女は大皇や大皇后に次ぐVIPの一人だ。その彼女の“たっての願い”だったとか言えば―――そう思って振り返ると、王女も了解したという表情でにっこり笑った。
「まあそれでは、是非、こちらでお茶でもしていらっしゃいませんか? こうしてゆっくりお話しできる機会もあまりございませんでしたから」
女王がにっこりと笑う。
「まあ~。それじゃお言葉に甘えさせて頂こうかしら~」
アスリーナがあーっといった顔で女王を見て……
「あの……急なお話ですがよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ、さあ、どうぞどうぞ。あ、コルネ!」
「はいっ!」
コルネが慌てて二人のお茶を用意しに行く。
《あはははっ! まあいっか……》
実際こちらに来てからというものの、この二人―――特にイービス様とはあまりゆっくり話す機会が取れなかった。
というわけでなぜか唐突にイービス女王とアスリーナを迎えたお茶会が催されることとなったのだった。
「あ~……お・い・し~~~!」
イービス女王がコルネの入れてきたお茶をとても幸せそうに味わっている。まあ、こいつは王女付きなだけあって、お茶を入れる腕前は認めざるを得ないが―――それにしても……
《いや、本当にお忙しいのよねえ……お二人とも……》
何しろサルトス王国は主力軍がアイフィロス方面に展開しているというだけでも十分な非常時なのに、そこに都の大皇と大皇后が滞在し、その女戦士たちや魔道軍にレイモン軍、更にはフォレスのネブロス連隊までがやって来ていて、その間の調整役の彼女たちは端で見ていてもいつ休んでいるか分からないといった有様なのだ。
《そんなところにまたあの叔父様がねじ込んできたんだ……》
まさに今そんな細かいことに携わっている余裕などないと思われるのだが―――しかし彼女の叔父のヴォルフは世が世ならサルトス国王となっていたかもしれない血筋のお方だった。イービス女王も無下に扱うことはできないのだが……
《最初は部屋割りだったっけ?》
こちらに来てすぐこの白亜御殿に住まわせてもらうことになったのだが、長旅で疲れて一息入れようとしていたときに、この部屋割りではまずいからと引っ越しをさせられたことがあったが……
その理由というのが何でも、部屋に朝日が早く入りすぎるからとか何とか……
《んなもん、カーテンを閉めとけばどうでもいいじゃないのよ……》
まあしかし、郷に入れば郷に従えということなのでおとなしく言うことを聞いたのだが―――他にも例えば晩餐の席順とか、料理の出し方とか、そういったことに細かく首を突っ込んできては、そのたびにみんな右往左往していて……
《とにかくどうでもいいことに細かいのよねえ……》
はっきり言って上司にするには一番迷惑なタイプなのだが―――そんなことを思っていると……
「はあ……」
アスリーナも大きくため息をついた。
「アスリーナさんもお忙しいんですよねえ」
メイの言葉に彼女がうなずく。
「あはは。まあ……特にこんな状況ですし……でも本当。こんなことになるなんて想像もしてませんでしたけどねえ……はあ……」
「あー、すみません。でもこちらも色々仕方がなくって……」
メイが謝るとアスリーナが首を振る。
「いえ、皆さんのことじゃないんですよ。そもそもイービス様が女王様なんかになっちゃったことで」
それを聞いたエルミーラ王女が尋ねた。
「ああ、そういえば本当に急にご即位なさることになったのですよね?」
「あはは。はい。だってあのときまでは本当に、イービス様なんてどこかの王家とかにお嫁に行って、私もおまけでくっついていくとばかり思ってましたから」
「そうよね~。それだったらこんなに忙しくなることなんて~、なかったのにね~」
イービス女王もしみじみとそんなことをおっしゃっているが―――そう。彼女が女王に即位するというのはまさに青天の霹靂といった事態だったのだ。
《確かサルトスって女王様は初めてだったはずだけど……》
しかし今回はまさにそれどころではない空前の危機だった。
その頃はエルミーラ王女一行はまだ都にいて、アロザールからの書状が届いててんやわんやしていた時期なのだが……
「イービス様? そういえばあのときはこちらでも大変なことになっていたとか?」
エルミーラ王女が尋ねる。
「あのときって~、荷物運びをしたときですか~?」
王女がクスッと笑う。
「荷物って……ちらっとは聞いたのですが、イービス様が陣頭指揮なされたそうですよね?」
イービス女王は笑った。
「あは~。本当にもう、大変でした~。そういえばそのお話~、まだ詳しくはしてませんでしたよね~」
「ああ、そうですね」
そこでイービス女王とアスリーナがその“荷物運び”について話し始めた。
サルトス王国は男性上位社会で、女が王になるということにはそれだけで反対者がたくさんいるところだった。そんな中で即位できたのは、彼女がそれだけの実力を世間に示したからに他ならない。
一昨年の夏、レイモン王国が都に攻め上ってからというもの、この中原はまさに疾風怒濤の時代になった。それに呼応してシルヴェスト王国を盟主とする小国連合が動き出し、レイモン王国の都侵攻は失敗することになるのだが……
《あははー。あのときも本気でヤバかったけどー……》
ところがそこで共にレイモンを攻めたアロザール王国によって、なんとレイモン王国は滅ぼされてしまうのだ。
それは誰もが全く予想だにしていなかった事態だったが、それに留まらず今度はそのアロザール王国が変節し、シルヴェスト、サルトス、アイフィロスの各王国に対して牙をむいてきたのだ。
レイモン王国をほぼ単独で滅ぼした敵だ。彼らが使った“アロザールの呪い”は都にもベラにも知られていない謎の大魔法だった。
そこでシルヴェスト王国とアイフィロス王国は一旦退いて様子を見るが、サルトス王国はそれをよしとせず、アロザールと対決する道を選んだのだ。
当時サルトスの主力軍はセイルズに駐留しており、その郊外でアロザール軍を迎え撃ったのだが……
「もううちの男どもは単純なので~、最初に勝ったんで油断しちゃったんですよね~」
最初の接触ではサルトス軍の圧勝だったという。
するとアロザール軍は陣に籠もって時間稼ぎを始めた。ところがそうやって睨み合っている間にサルトス軍内にアロザールの呪いが広がっていったのだ。
そこに再度アロザール軍が攻撃をしてくると、呪いで動けなくなった兵がたくさん混じっていたサルトス軍は、今度はあっという間に総崩れになってしまったのだ。
しかもその戦いでハグワール王と共に、世継ぎのガラッハ太子、カサドール第二王子、まだ若いハラン第三王子までが戦死してしまったのである。
主を失ったサルトス軍はセイルズから潰走するが、アロザールの呪いは広がり続けてやがてセイルズとアルンドーの中間にある森の中で立ち往生してしまった。
その知らせには誰もが自分の耳を疑った。
アスリーナが話す。
「いやもうまさに寝耳に水で、いったい何が起こったのかさっぱりで……」
もはや万事休すかと思われたが、アロザール軍はすぐには追撃して来なかった。その理由は彼らがサルトス軍が去ったあとのセイルズを略奪するのに忙しかったからである。
「もうお城の中はわけ分からないことになってて、で、ともかく私は王女様にお食事を持ってったんですよ。部屋に籠もって出てこないから……お父上もご兄弟もみんな亡くなってしまわれて泣きたくなる気持ちは分かりますけど、でも今は食べておかないとって思って……」
一同はうなずく。
《あー、そういうときってやっぱ食べないとねー》
お腹が減ったらできることもできなくなってしまうわけで……
「ところが、そうしたらイービス様、地図を広げて何かうんうん唸ってるんですよ」
「地図を?」
メイが尋ねるとイービス女王が答えた。
「だって~、いきなりみんな死んだとか言われても~、全然実感がわかなくって~」
「あー……」
亡骸を見たというわけでもなければ、にわかには信じられないのは確かだろうが……
「それよりも何だか急に心配になっちゃて~。もしかして前線の軍隊って~、放っておいたら危ないんじゃないかなって~」
「確かにそうですけど……」
「それで大臣とかに訊いたんですよ~。そうしたら助けに行っても呪いにかかってしまうからダメだって~、みんな頭抱えてるばっかりで~」
それはそうだ。迂闊に行って二重遭難になったら目も当てられないわけで……
「それで思ったんですよ~。だったら女が行くしかないんじゃないかな~って。それで地図を見てたんですけど~。女は呪いにかからないって話だったんで~」
メイはエルミーラ王女と顔を見合わせた。
《そこでそんなこと、考えられるんだ……》
普通だったらパニックになっててもおかしくないところなのに……
「で、ともかく私もイービス様に協力して色々考えてはみたんですけど……どう考えても無理なんですよね。救出部隊を編成するっていうのは」
「あー、それは……」
前線で立ち往生している兵士は万の単位のはずだから、助けるにしてもそれなりの規模の部隊が必要なのは間違いない。
「そーなんですよ~。女ばかりの部隊なんてありませんから~、そこから作らなきゃならないなんてなったらもう~、一朝一夕には不可能だとしか~」
「まあ、そうですよねえ……」
エルミーラ王女がうなずいた。
《いや、確かにいきなりの難問じゃないの? これって……》
そう思ってハフラやリサーンの方を見ると……
「確かにねえ……」
「しかも使えるのって素人なんでしょ?」
二人も首をかしげているが……
「そこにリーナさんが名案を出してくれたんですよ~」
「名案って、もう……」
アスリーナがちょっと赤くなる。
「どんな名案なんです?」
メイが尋ねると……
「いや、なんでこんな大変なんでしょうねって。やることはお使いみたいな物なのにって言っただけで」
………………
…………
一同は顔を見合わせた。
《どこが名案?》
意味がよく分からないのだが?―――と、そこでイービス女王が言った。
「だからですね~? これってお使いなんですよ~。よく考えたら~。ほら、この銀貨持って市場に行って~、お肉とお野菜買ってきてって言えば~、子供だってできますよね~?」
「それはまあ……」
まだ訝しむ一同に女王が続けた。
「だから~、馬車を出してもらって~、ちょっとアルンドーの先まで行って~、そこで動けなくなった兵隊を乗せて~、アコールに下ろして来てって言えば~、まあ子供じゃあ無理ですけど~、この程度なら大人だったらできますよね~?」
………………
…………
「あっ!」
「ということは……部隊編制しなくていいってこと?」
リサーンの言葉にイービス女王がうなずいた。
「はい~。これだったら町の人にそう言って~、みんなでわ~って行ってもらえれば何とかなるんじゃないかと~」
だがしかし……
「でも……すごい数の馬車が必要なんじゃ?」
ハフラが尋ねるが……
「はい~。計算したら千六百台くらいは~」
「それって……」
女王が首を振る。
「でも~、ガルデニアとアコール~、それにアルンドーを合わせれば~、そのくらい何とかなるんじゃないかな~って」
「ああ、確かにそうですね」
だがしかし……
「でもそれって、すごい渋滞になるんじゃ?」
リサーンが尋ねると、アスリーナがうなずいた。
「そーなんですよ。だから最初はやっぱダメかって思ったんですが、でもほら、例えばこれが一台だったら問題なく行けますよね?」
「それはまあ……」
「十台とか百台くらいならこれも行けそうだけど、千台だと詰まっちゃいそうですよね? きっと」
「それもまあ……」
「そんな感じで一日に行く台数を四百台くらいに制限すれば何とかなるんじゃないかなってことになって」
「あー、なるほど……」
一同がうなずいた。
「その他にも中間地点をどこにするかとか、どういう指示を出すかとか色々考えていたらもう明け方になっちゃって……」
うわあ……
「で、朝一で緊急の王国会議を招集して議場で待ってたんですが、気がついたら二人とも寝ちゃってまして……目を覚ましたら大臣たちがぞろーっと揃ってたのはちょっと恥ずかしかったですけど」
「来たら起こして~って言ってたのに~」
「私だってほとんど徹夜だったんですからっ!」
あはは、ともかく大変だったと。
「で、眠い目をこすりながらその計画を説明したんですが、そうしたら早速それをやってくれってことになっちゃって」
「他にもっといいアイデアがあったら言ってねって言ったのに~、誰も何も言わないんですよ~?」
あはははは!
「それからがまた大変だったんですよ。まずは人を集めなきゃならないんで、各町の市場に行ってイービス様が演説して……でも結構知り合いも多かったんで意外に話がうまくいって」
「え? もしかしてあれが役に立ったんですか? 町を色々歩いてたのが」
アスリーナが笑う。
「あははー。なにしろイービス様、よく騒ぎを起こしてたんで、身分はともかく顔は結構知られてたりしまして……で、自分が王女だって言ったらみんなもうびっくりしてて」
「あはは!」
「でもおかげで手伝ってくれるって人がいっぱい出てきてくれて。あのカフェの女将さんも来てくれたんですよ?」
「人徳なんですよね~」
あー、確かに―――でもそれは自分では言わない方がいいのでは?
「で、人手は何とかなりそうな目処はついたんですが、何だかだで昼過ぎまでかかっちゃって、それから備蓄食料を解放しなきゃならないんでその手続きとか。そうしたら王女様のサインが有効かどうかでごねる人はいるし……ま、実際、権限なんてないんですけどね」
「あはははっ……て、備蓄食料ですか?」
「ほら、計算したら荷馬車で現地に行くまで八日、そこからアコールに戻るまでが四日、合わせて十二日かかるんですよ。で、今回の場合その間の食事を途中で買ったりはできないんで、最初っから積んでかなきゃならなくって」
「あ! 確かに……それに帰りには兵隊さんも乗ってるんですよね?」
「はい。だから御者が交替で二人、兵士を十人乗せるとしたら、最低六十四日分の食料が必要で。それを各馬車が一気に積んでったら市場のストックも足りないんで」
普通の旅行ならば道中宿を使えばいいわけだが、予告もなしにこれほどの人数に対応できるわけがない。
「それに宿にも泊まれないから、馬車で寝たり野宿したりの装備もいるし」
うーむ。これがファイヤーフォックスでならそんな旅でも楽しそうだが、荷馬車の荷台ではかなりきつそうだ……
「そんな感じで一日目は潰れてしまったんで後はダフネ様に任せて、翌日の朝イービス様と私で駅伝でアコールに向かったんですが……」
「ああ、一刻を争う事態ですもんね」
ガルデニアから少なくとも八日かかるのだから、その先のアコールから先行して馬車隊を出す必要があるわけだ。
「はい。駅伝なんて初めてだったんですが、もう死ぬほどお尻が痛くなりますね。二度と乗りたくないって思いましたが」
「あはは。あ、でも……この間もしかして?」
メイがフィンと共に交渉に来たとき、駅伝で駆けつけたとかそんなことを言ってなかったか?
「あはははは。いやほんとに」
「あはははは!」
可哀想なことをさせてしまったらしかった。
「で、夜にやっとアコールに着いて、もう二人ともヘロヘロだったんですけど、でも指示を出しておかなければならなかったんで。まあ馬車に関しては指示書を作っておいたのでそれを渡せば良かったんですが、あと、ここで兵隊も集めなければならなかったし」
「兵隊ですか?」
アスリーナがうなずいた。
「さすがに現地に行ったら偵察とか見張りとか兵士の世話とかがいろいろ必要なんで」
「あ、それはそうですよね」
「で、アコールはサルトス軍の本拠地なんで、女性の兵士も少しはいるんですよ。多くは輜重隊とかなんですけど」
レイモンでも輜重隊―――すなわち輸送部隊ならば女性兵士もそれなりにいた。しかしそれは後方支援の部隊だからであって……
「しかしそれじゃ……」
アスリーナが笑う。
「はい。集まってもらって話をしたら、さすがにみんな顔面蒼白で……」
輸送部隊の、しかも女性兵士に最前線に行けと言ったらそうなるのは仕方ないが……
「ですよねー……じゃあどうやって?」
そこで彼女は、はあっと大きくため息をついた。
「でもうまくいったじゃないの~」
イービス女王がニコニコしながら言うが―――ってことはまた何か無理難題を?
「どうされたんですか?」
「だからリーナさんがいるんだから、五百人力だ~って……」
………………
…………
あ?
途端にエルミーラ王女が吹き出した。
「まあ、メイ。あれもそんな風にして始まったわよねえ」
「あ? あはははははっ!」
「何がですか~?」
イービス女王の問いに彼女が答える。
「ほら、私たちがアキーラの解放をしようと思ったのは、この子がね? シアナ様とリディール様、それにアラーニャさんの三人で二千二百五十人分の兵力になるんじゃ? とか言い出したせいなんですよ?」
「まあ~!」
「いや、だからそういう計算もありますよねって話してただけなんですけど!」
「でもそれでやっちゃったんですよね~。あれを~」
エルミーラ王女が首を振る。
「まあ、本当に運が良かっただけで」
「いえいえ~。運なんてのはやれることをやったあとに~、最後にくっついてくる物ですからね~」
「ありがとうございます。で、それでみなさん来て下さったんですね?」
エルミーラ王女が尋ねると、イービス女王はうなずいた。
「そうなんです~。リーナさんがいてくれなかったらどうなっていたことか~」
うむ。魔法使いというのは頼りになるときにはまさに頼りになるのだ。
アスリーナがちょっと赤くなる。
「んで、次の日の朝、みんなと一緒にアルンドーに向かいまして、で、そこでも馬車の徴発をしたんですが……いや、最初は協力してもらえるか心配で」
「あ、ちょっと前まではレイモン領でしたもんね」
「はい。でもみなさん、ともかくアロザールにはぶち切れてたみたいで、近郊からも含めて馬車が百七台も集まって、それにありったけの食料と、現地に詳しい人も何人も付いてきてくれて」
「ああ、それは良かったですね」
「はい。で、ここからは自分だけ先行しても仕方がないので、馬車隊の準備ができるまで待って、それと一緒に現地に向かって、翌々日に到着したんですが……いや、そこからがまた大変でしたが」
「例えばどんな?」
何か色々ありそうなことは想像できるが……
「現地に着いたらもう~、生ゴミの山みたいになってて~」
「生ゴミ⁉」
「だから希望も誇りも失った男の人って、まさに重たいだけの物体で、最初はもうゾンビか何かの群れかと思いましたが」
「あはー……」
確かにそこで立ち往生していたサルトス兵たちにとっては、まさに絶望的な状況だっただろう。
「で、ともかくイービス様がハッパをかけて回って、私たちが周囲の偵察をしたり、食事を配ったりして」
「食事って……足りたんですか?」
アスリーナが笑う。
「そんな、持ってきただけじゃ足りるわけないです。でもアコールからの馬車隊には、ともかく兵糧は満載にして来いって言ってましたから、もう二~三日だけ我慢しろ、そうしたら食料も助けもやってくるから頑張れ! って言えて」
「で、後続部隊は?」
「はい。アコールの人たちとかも頑張ってくれまして、翌日にはアコールからの第一陣が到着して……でもそれも二百台くらいで、アルンドー隊が千人、アコールの第一陣が二千人連れてっても、あと一万三千も残ってて、いや、本当に間に合うか、気が気じゃありませんでしたが……」
いや、そりゃそうだろう。むしろメイ達よりも神経には堪えたのではないのか? あのときは夜はメローネに任せてぐっすり眠ることだってできてたし……
「そんな感じで六日間前線に留まって、中には一台も馬車が来なかった日もあって、もう胃に穴が空きそうだったんですが、やっとガルデニアからの隊が到着して、心底ほっとしました」
「そーなんですよ~。ずっとお風呂にも入れないし~、前線って汚れるんですよ~。なのに着替えがなくなっちゃって~」
「あはは。それは大変でしたねえ」
「もう仕方ないから着たきりだったんですけど~、こんなの生まれて初めてで~、でも何日かしたら慣れちゃう物なんですね~」
「あはは。そうでしたか……」
あの解放作戦中はイルドがいてくれたおかげでお風呂には困らなかったわけだが……
《あは! 実はすごく恵まれてたんだー》
しかもメイはノゾキの被害にも遭わなかったわけでっ! ぐぬぬ……
と、そこでハフラが尋ねた。
「しかし……六日間も前線にいたとか、敵がやって来たりはしなかったんですか?」
するとイービス女王は笑ってうなずいた。
「いえ、来ちゃいました~」
「えっ?」
驚く一同にアスリーナが答える。
「いやあ、わりとスムースに撤退できてたもんだから、これはもう大丈夫かなーって思ってたら、やっぱ来ちゃいまして。あと一日ってところで」
「どのくらいの数がですか?」
メイが尋ねるが……
「結構いっぱいでしたね」
「それでどうしたんですか?」
アスリーナが小さくため息をつく。
「だから、仕方ないから森の端に隠れて魔法をぶち込んだんですが……いや、これが平原の中だったらもうどうしようもありませんでしたけど、みんな森の中にいてくれたおかげでその手が使えまして」
「あ、そうだったんですねー」
一同が納得する。
魔法で戦う場合、こちらに遮蔽物があって相手が吹きっさらしのような場合は、このように大変有利に戦えるのだ。
「リーナさんの炎の雨って~、まるで炎の槍が降ってくるみたいで~。相手も結構ビビって逃げて行っちゃって~」
「うへえ……って、イービス様、見てたんですか?」
最前線にいないとそんな光景は見られないはずだが?
「木に登るのは得意ですから~」
いや、そういう問題ですか?
「しかし、炎の槍って……魔道軍のエース級じゃないですか? 凄いですねえ」
とメイが正直な感想を述べると……
「あーっ。また言われたー……」
アスリーナが肩を落とす。
「え?」
彼女がまたため息をつく。
「いやまあ、会う人ごとにそう言われちゃうんですけどね? 私、どっちかというとカワイい魔法の方が好きなんですけど……」
「カワイいっていうと……例えば箒を踊らせたりとか?」
「そうそう。そんな感じの」
アスリーナが笑ってうなずくが……
「あ~、でもそれ禁止ですからね~?」
「………………」
「どうしてですか?」
彼女が絶句しているのでメイ尋ねる。
「それがリーナさん、いつかスプーンを踊らせようとしたら~、すっ飛んでって壁に深々と突き刺さっちゃったことがあって~」
………………
…………
「え? スプーンが……ですか?」
フォークならまだ分かるが……
「あ、柄の方ですけどね~。人がいたら貫通してましたから~、あの勢いだと~」
いや、柄でも……
「今はもっと上手にできますよ?」
あはははは!
「というわけで敵は撃退できたわけですか?」
メイが尋ねると、イービス女王がうなずいた。
「はい~。その日の晩、最終便がやってきて~、翌日、最後の人たちとかを乗せてアコールに向かうことができたので~。そこでもリーナさん、大活躍でしたが~」
「そこでも?」
再び彼女がため息をつきながら説明する。
「あ、だから敵が追ってこないよう森の木をぶっ倒したりとか、橋を落っことしたりとかしながら帰ってきたもので……」
「あー、なるほど」
確かセイルズからこちらに向かう際、森の木がベキベキ折れているのを見かけたが―――そのときは嵐でも来たのかと思っていたが……
「で~、その功績でリーナさん、一級になれたんですよ~?」
「いや、だからそれってイービス様がごり押ししたからですよね? そういう口実で」
確かに魔道大学では魔法使いが昇級するときには結構厳しい試験があるのだが……
「でもまあ、そういった実績で昇級できた例もありますよね。確か……」
エルミーラ王女がフォローするが……
「でもやっぱり脅迫は良くないと思うんですよ?」
「まあ、脅迫だなんて~」
脅迫⁉
「それがイービス様、呪いで動けなくなってた魔導師の方々に、私の昇級の口添えをしてくれないと治療してやらないと……」
「ささやかな交換条件じゃないの~」
「いや、そういうのをですね? 脅迫って言うんですよ?」
あはははは!
「あー、それじゃわりと早く呪いの解き方が伝わってきたんですか?」
だがイービス女王は首を振る。
「いえいえ~。伯父様から知らせがきたのは六月になってからで~、それまでは本当にもうダメなんじゃないかって諦めかけてましたが~」
「あー……ですよねー」
「もう、せっかくみんなをアコールにまで連れて帰ってきたのに、結局みんなそこで寝たきりで、呪いがアコールにまで広がってしまって……」
イービス様の“大輸送作戦”が四月のことだから、一ヶ月以上はそういう状況だったと……
「おかげでもう、ゆっくりと悲嘆にくれてることもできなくって……」
「あ、みんな先の戦いで亡くなってるんですよね……」
「はい。カサドール様とかハラン君は私も兄弟同然に育ってまして……」
「あー……」
「ところが男の人がみんな倒れちゃったんで、アコールのサルトス軍とか町の面倒をみんなイービス様が見ることになっちゃって」
「もう~。終わったらガルデニアに帰れる~って思ってたら~、全然帰れなくって~。で、呪いの解き方が分かって~、やっと帰れた~って思ってたら今度は~、女王にならないか~なんて話が飛び出してきて~」
「あー……そのときはイービス様、王位継承者ですもんね」
「そうなっちゃったんですけど~」
フォレスも含めて多くの国では王位継承権は性別に関係なく存在しているが、女性の場合は黙っていれば自動的に返上するという不文律になっていた。すなわち女王になるには例えばエルミーラ王女のように自らその意思を示す必要があった。
「で、どうなさったのですか?」
「いえ、最初は結構考えたんですよ~。サルトスでは今まで女王はいないし~。でもそこにあの人がしゃしゃり出てきて~」
「あの人って……もしかして?」
「はい~。ヴォルフ叔父様なんですが~」
一同は顔を見合わせる。
イービス女王の父、故ハグワール王には二人の弟がいて、こういう場合は普通なら彼らが王位を継承していたところだった。
ところが上の弟シャガールはアロザールの姫を妃にもらっていて、娘のコレット姫がアルクス王子に嫁いでいた。ちょっと前までなら何の問題もなかったのだが、今では全く立場がなかった。そのため下の弟のヴォルフが王位を虎視眈々と狙い始めていたのだ。
「でも、ヴォルフ様、ずーっと今まで屋敷にこもってただけで、お城にも出てこなかったし、こういう話が出たら急にやってくるっていうのも、ちょっと何ですよね?」
「まあ、そうですわねえ」
あー、こういう話を聞くとあの“リ”の付く奴のことをつい思い出してしまうわけだが……
「なのに何か偉そうに難癖付けてくるんですよ」
「どんな難癖です?」
アスリーナがまたため息をつく。
「それがですね? 兵士の輸送計画がまずかったとか」
「あれがまずかった?」
いや、あれ以上ができるのか?
「それが、もっと上手にやればもう一日早く前線から撤退できていたから、戦いをする必要もなかった。戦わずして勝つのが最上だとか何とか……」
「え? どうやったらあれよりもっと効率よく?」
「それがほら、一日空いた日があったって言ったでしょ?」
「あ、はい」
「そういうときには一気にアコールまで運ばずに、その手前の拠点の間を行ったり来たりしてた方がいいらしくって……あ、その方法も見せてもらってんですけど凄くややこしいんですよ。あの混乱の中じゃ絶対無理ですよ。あんなの」
「ですよねー」
あのやり方はシンプルさが非常に重要な要素だったわけで。
「それにはブランコ将軍もちょっとキレて、イービス様が王位継承してくれるのならば、サルトス軍は全面バックアップしますって言ってくれて……」
「軍が全面的に味方と?」
これってもしかして凄いことなのでは?
「はい。あと女性にも人気があったし、私も何かムカついたから、それじゃあ王女様、やりましょうってことになって」
「あははは」
「そうしたら今度はサルトスでは女王の先例がないとか、姫は継承権を放棄するのが習わしだとか言い始めて……」
あー……
「で、どうなされたのです?」
するとイービス女王が答えた。
「だから~、そんなに習わしが大切なのなら~、どちらが王にふさわしいか決闘で決めましょうか~、って言ったんです~」
………………
…………
……
「ええっ⁉」
一同の目が丸くなる。
「こんな場合それこそ伝統的には~、サルトスではこうやって決めてましたので~」
いや、だから……
「決闘って……イービス様がですか?」
メイが尋ねると、アスリーナが首を振った。
「いえ、それがまた古くからの習わしで、当事者が女の場合は“代戦士”を出すことができるんですよ」
代戦士? 要するに彼女の代わりに戦ってくれる戦士―――ということは?
「あっ! それじゃ……」
アスリーナが笑った。
「もちろんディアリオ君が出てくるわけで」
「あはははっ! じゃあ……」
「さすがに黙っちゃいました」
「あはははっ!」
「ってことで、イービス様が女王になることに決まっちゃいまして」
「私も~、こんなことになるなんて~、思ってもいませんでしたが~」
一同は顔を見合わせた。
《いや、これって相当に凄いことなんじゃ?》
女王の座をまさに実力で勝ち取ったということではないか? これって……
と、そこでエルミーラ王女が言った。
「本当にお見事でございましたね。誰にでもできることではございませんわ」
「そんな~。皆様方に比べたらまさにささやかな成果でしかありませんが~」
「いえ、こちらだって一日一日をただ必死に頑張っていただけで、あのような結果を出せたというのはまさに幸運以外の何物でもないかと」
「そんな~、ご謙遜を~」
「いえいえ、今の話、私が同じ立場だったらできたかどうか……特にあの素晴らしい決断の速さは誇って良いと思いますよ」
「そうですか~? ありがとうございます~」
確かにメイ達が同じ状況になって同じようなことができただろうか?
《いや、何て言うか……イービス様って意外に動くのが早いんですよねえ……》
見かけがノロノロしているのでそんな風には見えないのだが―――ともかく彼女の決断がもう少し遅れていたら前線にはアロザール軍が来てしまって、全体を包囲されてしまったらアスリーナ一人ではどうしようもなかっただろうし……
と、そこにエルミーラ王女が尋ねる。
「あ、でもヴォルフ様はまだ諦めてないようですわね?」
「はい~。何しろ今回の件は結構痛くって~……軍をアラン伯父様に任せたことも色々言われておりましたし~」
確かに普通ならば相当に無茶な話だったわけだが―――サルトスがシルヴェストに付いたことには国内でも疑問を抱く者がたくさんいた。ただそれ以上にアラン王に対する信頼が大きかったのだが、実はその彼に騙されていたわけで……
「だから大皇様に取り入ろうとしてるとか?」
「それもあるでしょうねえ~」
ともかくこんな忙しい状況で、さらにそんなつまらない政争なんかしていられないはずなのだが……
「しかしアラン様といえば、ちょっと引っかかるんですよね」
エルミーラ王女の言葉にイービス女王が首をかしげる。
「何がですか~?」
「リーブラ様が錚々たるメンバーを引き連れてやってくるからって言ったのですよね? アラン様は」
「あー~、はい~。そうですが~」
「それがまさにその通りになってしまってるんですが……騙すんなら、リーブラ様からそのうち接触があるから、とか言うだけでも十分ですよね?」
女王がちょっと意外な表情になる。
「まあ~、言われてみたらそうですよね~……ってことは伯父様はこうなることを予想していたと~?」
そういう結論になるわけだが―――メイは尋ねた。
「でもそれならどうして邪魔しなかったんでしょう?」
あの大中央突破だが、もし分かっていたのなら妨害する手段はいくらでもあったはずだが……
「それは……」
こうなることを予想していて、なおかつ邪魔をしなかったということは……
《この状況がアラン王の想定内だということ?》
………………
…………
……
《いやいやいや……訳わかんないからっ!》
ここからどうやって逆転をするのだ? いや、どうしてわざわざ自分が不利な状況にしなければならないのだ? 来る途中を邪魔していればもっと楽勝で勝てたと思うのだが?―――そんなことを考えていると……
「あら~、もうこんな時間~?」
「え? あーっ! ベイス様との約束はさすがに」
「あらま~。それじゃそろそろおいとまいたします~」
「あ、お気を付けてお帰り下さい」
慌てて帰って行く二人を送り出した後、一同は顔を見合わせた。
「何か、凄い人ですね。イービス女王様って」
そうハフラがつぶやくと、エルミーラ王女がしみじみと言った。
「そうねえ。本当に敵でなくて良かったわ」
いやはや、まさにそれはその通りで……
ちなみにそれからしばらくして、ヴォルフ様肝いりの宴が開かれた。
しかし遊女たちは失敗は許されないと散々プレッシャーをかけられていたせいか、何やら微妙な結果に終わってしまったらしいが―――そうなったところでエルミーラ王女たちにはどうすることもできないのであった。
ちなみに口さがない連中からは……
「そもそもデュール様って、イーグレッタさんみたいな人がよりどりみどりだったんでしょ? だからティア様とかアルマーザなんかが目新しく見えたんじゃ?」
「それとももしかして実は結構ゲテモノ好きだった?」
「でもファラ様やイーグレッタさんとも上手くいってるんだし、そっちはペット枠じゃないの?」
―――などといった声が漏れ聞こえてきたりもするが、真相は定かではない。
