第6章 誘拐犯に罠をかけろ
疑惑は深まった。
《もしかして私って……彼女に嫌われてる⁉》
親善試合からしばらく平穏な日々が続いていたが、メイは今、一つの疑念に囚われていた。
彼女とはアヴェラナ―――大皇の側仕えは年配が多い中で一番若いのが彼女だった。そのため普段からみんなとは親しくお付き合いしている、らしいのだが……
《これって思い過ごしじゃないわよね……》
その彼女がなぜかメイに対してだけ冷たいのだ。
《でもどうして……》
腕組みしながらメイが来迎殿の広間に戻ってくると、そこではいつもの連中がまただらだらとしていた。
「あ、メイ様、お帰りなさーい。今お茶が入ったところですけど」
彼女の姿を見てクリンが声をかけてきた。
「あ、うん」
メイは手近なソファに腰を下ろすとお茶を受け取りながら尋ねた。
「ねえ、クリンちゃん。ちょっと聞くけど、アヴェラナさんのことってどう思う?」
彼女はにこやかに答えた。
「え? アヴェラナさんですか? すごーくお世話になってますよ? アキーラにいた頃なんか、私が分かんなくてうろうろしてたら親切に声をかけてくれて色々教えてもらって……ですよねっ! お姉ちゃん!」
彼女が近くにいたコーラに声を掛けると……
「え? あ、本当にお世話になってますけど? それに……いえ、何でもありませんっ!」
と、真っ赤になる。
《あはは! 何かあの話、上手くいってるみたいだし……》
彼女の恋のキューピッドだ。悪かろうはずがない―――と、話を聞いていたサフィーナが言った。
「ん? アヴェラナがどうかしたのか?」
「あ、いや、どうかしたってわけじゃないんだけど……サフィーナは?」
「ん? 普通に話すが? あ、聞いたら同い年なんだってさ」
「あ、そうなんだ……」
ということはメイより二つ上か?―――と、そこに今度はアルマーザがやってくる。
「アヴェラナさんがどうかしましたか?」
「いや、どうもしないんだけど、アルマーザさんは彼女のこと、どう思う?」
「どうって、そりゃアヴェラナさんがいなかったらもう大変でしたよ? 御側方なんて大層なお役目になっちゃって、何から何まで手伝ってもらっちゃって……パミーナさんも本当にいてくれて助かったって感謝してましたけど?」
こうしてその場にいる者達に同様の質問をしていったわけだが―――リサーンは……
「え? いい人じゃないの? シオンさんの碁会の連絡とかけっこうやってもらっちゃってるし」
ハフラは……
「そうね。彼女けっこう読書家みたいで、天陽宮にいた頃は図書館の本をずいぶんお願いしてしまったわね」
マジャーラは……
「あ? すごい親切な子じゃないか? あれから別な戯曲を紹介してもらって読んでるんだけど、面白いんだよな。ラクトゥーカもいつも助けてもらってるって言ってたし」
コルネは……
「アヴェラナさん? うふっ。彼女はねえ。私が本を出したら真っ先に買ってくれるって言ってくれたのよ? いい人よねえ……」
リモンは……
「アヴェラナ? あ、いたわね。そんな人が。話したことはないけど、それが?」
ガリーナは……
「ときどき挨拶しますね。それ以外は特にありませんが……」
―――といった感じで、薙刀組はちょっと距離を置かれているようにも見えるが、おおむねみんなとは親密な間柄と言っていいだろう。
「えっと、どうしてそんな質問を?」
ハフラが尋ねた。
「あ、それが……どうも彼女、あたしにだけ冷たいみたいで……」
「え?」
「それがさっきなんだけど……」
メイは起こった出来事を話した。
―――メイは大観殿にやって来ていた。
《よしっ! 今日こそ確認するぞ?》
本来ならコーラやクリンに任せればいいような言づてなのだが、その役割を強引にメイが引き取ってやってきたのはこれが理由だ―――彼女はあたりを見回した。
白亜御殿の中は大理石張りで、廊下にはずらっと真っ白な柱が立ち並んでいる。メイはその陰に隠れた。
《ここで待ってれば来るわよね?》
諸般の理由で大皇や大皇后と直接接することのできる侍女は数少ない。そのため彼女は大忙しなのだ。なのでこちらに来れば大抵は彼女が忙しそうに立ち働いている姿を見かけていたのだが……
《その割にはあまりすれ違ったりしたことはないのよね……》
ちらっと見かけてもすぐどこかへ行ってしまっているようで……
そうやってしばらく待っていると果たせるかな、彼女が廊下の向こうに現れてこちらに向かってくる。
《よしっ!》
メイは頃合いを見計らって柱の陰から現れると彼女に手を振った。
「あ、あのー……」
ところがアヴェラナはそれを見て一瞬目を見張ったが―――そのまま前を向くと何事もなかったかのようにつつつっと行ってしまったのだ。
《えっ⁉》
華麗にスルーされたメイは呆然と立ちすくみ、次いで慌てて振り返るが既に彼女は廊下の曲がり角に消えていくところだった。
《えーっ⁉》
いや、少しばかり怪しめの出現の仕方だったかもしれないが、ただちょっと挨拶しようとしただけなのに―――
「なんてことがありまして……」
メイの話を聞いていたリサーンが答えた。
「あー、確かにねえ。そんな風に無視されるって、メイさん、何やったの?」
「いや、何もやってませんが!」
「本当に?」
「記憶にございませんっ!」
そこにハフラが口を挟む。
「でも、メイさんは気にしてなくても、アヴェラナさんにはすごく嫌なことがあったとか?」
はあ?
「いや、だからどんなことですかっ! そもそも彼女とはほとんど話したこともないし、近くにいたこともないしっ!」
「それでも嫌われることはあるかも……」
ハフラはちょっと考え込むと……
「あ、例えばアヴェラナさん、実はサフィーナのことが好きだったとか?」
………………
…………
「はあ?」
「あ、確かにそれなら嫌われるわよねー」
リサーンが納得しているが……
「いや、そんなこと……ってか、サフィーナ、そんなことあったの?」
「ん? さあ。別にずっと普通だったが?」
サフィーナが首を捻る。
「ですよねー。ほら、見なさいよ!」
メイが勝ち誇ってハフラを指さすが……
「いや、だから例えばの話よ。そんな感じで他に何かないのかしら?」
うぐー。
「だって……思いつかない物は思いつかないんだし」
「だったらもう本人に尋ねたらどうだ?」
今度はマジャーラだ。
「尋ねるってどうやって?」
「みんなで取り囲んで逃げられないようにして、こうドンと壁に手をついて『ちょっとお尋ねしたいことが』ってやればいいんじゃね?」
いや、それって……
「ってか、私の方が背が低いんですけどっ!」
「ならば締め上げるのはこっちがしてやろうか?」
だからどうして締め上げてるんですかっ!
「あの、なるべくそういう暴力的な方法は避けたいんですけど!」
「えー? でもうじうじ考えてるよりもそっちの方が早くないか?」
「まあ、そうかもしれませんけど、そういうのは最後の手段でっ!」
もしかして相談する相手を間違えているだろうか?―――と、そのときだ。
「あー、ただいまっ! 何か寒くなったわねえ」
戻ってきたのはアウラだ。今日はまたディーレクティアのタンディたちのところに遊びに行っていたところだったが……
「あ、アウラ様。お帰りなさい。お茶が入ってますがいかがですか?」
クリンが尋ねるとアウラがにっこり笑う。
「うん。ありがとう」
彼女はそう答えて手近なソファに腰を下ろす。それから一同の方を見て尋ねた。
「何か最後の手段がどうとか言ってたけど、何の話?」
それにリサーンが答える。
「あ、それがメイさんがアヴェラナさんと決着をつけるそうなの」
「え?」
アウラがぽかんとするが……
「何の話ですかーっ!」
いきなり飛躍しすぎだろうがっ!
「だからアヴェラナさんがどうも私にだけ冷たいみたいなんで、みんなどうかなって聞いてたんです! アウラ様はどうですか?」
アウラは首をかしげる。
「アヴェラナ? んー、普通に挨拶するけど? あんまり話したことはないけど」
「ですよねー」
メイが肩を落とす。
「その彼女がメイにだけ意地悪なの?」
アウラが尋ねた。
「いや、意地悪というわけでは……何か無視されてて」
「へえ? どうして?」
「それが分からないから色々聞いてたんです」
「そうなんだ……ああ、それより来週なんだけど、ミーラの予定、入ってないわよね?」
アウラはいきなり話を変える。
《あ、まあ、他人にとってはわりとどうでもいい話だしねー……》
メイは内心ため息をつきながら答えた。
「え? 大きな行事は特にありませんけど?」
「あ、だったらちょっと空けていいかな? 三~四日ほど」
「三~四日? 結構長いですね?」
メイが首をかしげると……
「あ、ちょっと姐御さんに頼まれちゃって」
「頼まれたって何を?」
「護衛」
………………
…………
は?
「護衛? って誰の?」
驚いてメイが尋ねるとアウラはさらりと答える。
「それがこっちでも最近よく女衒が襲われて、新人の子がさらわれてるんだって。それで」
「えええっ⁉」
いや、ちょっとって話ではないのでは?
メイは振り返ってエルミーラ王女を見る。彼女はこれまではずっと本を読んでいたが、今の話にはさすがに驚いて顔を上げていた。
「ちょっとアウラ。どういうことなのです?」
王女が尋ねる。
「あ、それがね? ほら、女衒の人が郭の新人を連れてくるときの護衛が足りないんだって。これまで何人も行方不明になってて。それであたしがやったげるって言ってきたの」
「まあ、そんなことを勝手に……」
エルミーラ王女が渋い顔だが……
「あ? まずかった? でもタンディたちにはすごくお世話になったし」
王女がちょっと絶句する。
「まあ確かに来週は大した用事はありませんが……それって危なくないの?」
「ん? 来ても二~三人みたいだから大丈夫でしょ?」
いや、絶対危ないでしょ! それって……
「でもアウラ様? 取り囲まれたりしたらどうするのですか?」
そこに口を挟んできたのがハフラだ。
「え? あ……」
アウラが絶句する。
《そうですよ。だからやめときましょうよ……》
いかに腕が立ってもそうなったら一人で娘たちを守り切るのは困難だ。だから……
「だったら手伝いましょうか?」
ハフラが言った。
「え? いいの?」
「はい。ここにいても暇だし」
それから彼女がリサーンやマジャーラの方をちらりと見ると……
「そうよね。大勢いた方が確実じゃない?」
「だな」
「みんな、ありがと!」
―――何だかみんなすっかりやる気のようなのだが⁉
《いや……確かに最近ちょっとばかり暇だったけど……この人たちは……》
王女やメイは色々な会議があったし、薙刀組は例の親善試合でそれなりに多忙な日々を過ごしていたのだが、確かに彼女たちはここでごろごろする以外あまりやることがなかった。
その様子を見てエルミーラ王女がため息をついた。
「まあ、あなた方が後れを取るとは思いませんが、で、何日空けると?」
メイは驚いて王女の顔を見る。
《え? OKなの?》
ちょっとお使いに行くというような話ではないのだが?
「うーん。姐御さんは片道二日って言ってたから、合わせてやっぱ四日かな?」
「そう……でもまあ、あの方々が困っているというのであれば、まあ……」
「あ、ありがと! ミーラ!」
アウラが満面の笑みになるが―――それに対して王女の口元には何やら怪しい笑みが浮かんでいるように見えるが……
《あーっ、これをだしにもう一回くらいご休息するつもりですか?》
メイがじとっと王女を見つめるが……
「あら、なーに?」
マジだよ。この人は―――と、そのときハフラが尋ねた。
「その誘拐はそんな頻繁に起こっているのですか?」
アウラがうなずく。
「うん。そうみたい」
「さらわれたのはディーレクティアの新人だけですか?」
「ううん? 他の郭の子もだけど?」
「郭の新人って可愛らしいんですよね? ラクトゥーカちゃんみたいに」
「そりゃそうだけど?」
「そんな子たちを次々にさらうとか、個人の犯行なのかしら?」
「え?」
アウラが絶句するが、そこにリサーンが口を挟む。
「あ、何かそういう誘拐団みたいなのがいるかもって?」
「ええ。だとしたら……」
「今回アウラ様が犯人を撃退してもまた?」
「ええ」
リサーンがにっこりと笑う。
「ってことは……ともかく生け捕らないとね?」
「そうね」
ちょーっと待てっ!
《えっと……この人たちは一体ナニを考えているのかな?》
何だか悪い予感しかしないのだが……
「アウラ様。襲ってきた犯人のことは詳しく分かりますか?」
ハフラの問いにアウラは首をかしげる。
「さあ。生き残った女衒が言うには二人とか三人で襲われたってことだけど」
「同じ人たちだったのですか?」
「さあ?」
そこでとうとうメイが口を挟んだ。
「えっとー……二人ともどういうことでしょうか?」
するとハフラがさらりと答える。
「あ、だから、もし裏に誘拐団みたいな黒幕がいるのなら、それをどうにかしないとまた同じ事件が起こるんじゃないかと」
「誘拐団をどうにかって……そんなことどうやって?」
それってもはや単なる護衛の任務を逸脱してるのでは?
しかしハフラはあっさりと答える。
「だからもっと詳しく話を聞く必要があるの」
「あ、ミーラ様、どうですか?」
リサーンがエルミーラ王女に尋ねる。
「どうって……」
王女が口ごもるが―――そこにハフラが言った。
「でもこれを潰したら他の郭の人たちも喜ぶのでは?」
………………
…………
……
「まあ、そうね」
あーっ!
王女はにっこりと笑うと彼女たちに言った。
「それではともかくもっと詳しいことを聞いてらっしゃいな。実際にどうするかはそれから決めればいいことだし」
「わかりました」
あーっ!
《全くもう……》
メイが内心ため息をついていると王女がにこやかに付け加える。
「あ、そうそう。メイも一緒に行ってね?」
「え? どうして?」
思わず訊き返すが……
「だってアウラにハフラにリサーンに……」
………………
…………
……
「はいーっ! 分かりましたーっ!」
一人で大皇后様の屋敷に押し入ったり、天下の大魔導師を乗り物代わりに使うような人たちには、本当にブレーキ役が必須なのであった。
というわけで翌日の午後、メイ達一行は再びディーレクティアへの道を城で借りたあのブレーク(無蓋の四輪馬車だからね)に乗って走っていた。
今回手綱を握っているのはアウラだ。彼女はあれから何度もタンディたちのところに遊びに行っていたため、道を覚えてしまっていたからだ。
《一度じゃ分からないのよねえ。ややこしくって……》
同乗しているのは他にハフラとリサーンだ。彼女たちはいろいろ細かいことに気づいてくれるのでこういう場合にいてくれると助かるのは間違いないのだが……
《でも大丈夫かなあ……》
彼女たちが思いつく作戦はけっこう突飛な物が多いので、フィンがよく目を白黒させていたものだが……
《でもまあ、誘拐団に殴り込みをかけるとかはないわよね?》
もし相手が数名といった少人数だった場合ならともかく、普通は大きな組織だろうからさすがにどう考えても多勢に無勢だ。
《それにあんまり無茶なことはしないだろうし……》
彼女たちは変わった作戦は考えても決して無理はしなかった。だからこそアキーラ解放作戦が上手くいったのだ。そこはまあ信頼しても良さそうだが―――そんなことを考えているうちに、ブレークはディーレクティアに到着した。
アウラはもはや手慣れた様子で馬車を車庫に入れると、郭の通用門に向かう。
「あ、誰かいる?」
彼女が声をかけると中から眠そうな目をした小娘が現れた。遊女たちは昼夜逆転しているので、この時間に起きているということは相当の早起きだ。多分早番なのだろうが―――彼女はアウラ達の姿を見て目がまん丸になった。
「あ、アウラお姉様⁉ それに、えっと、お城にいらっしゃった……」
彼女は後ろのメイたちを見て名前を思い出そうとしている。
「あー、メイです」
「ハフラです」
「リサーンよ」
「そうでした。メイ様にハフラ様にリサ様! えっと、皆様どうしてこんな時間に?」
そこでメイが答えた。
「あ、それが姐御さんにまたちょっと話があって。新人の護衛の件で」
小娘はうなずいた。
「あ、分かりました。こちらにいらして下さい」
そう言って一同を奥に案内する。
「うわー……」
ハフラとリサーンが郭の中の光景を見て目を見張っている。
《あ、二人は初めてだったっけ……》
それはアウラとなぜかメイにもお馴染みの光景だったが、彼女たちにとっては新鮮だったに違いない。
「あなた、この間の宴に来ていたの?」
ハフラが尋ねる。
「はいっ! お姐様方のお世話に同行させて頂きましたっ!」
「委員長さんって元気してる?」
「はいっ! もちろん。あ、でも今はお休みになってまして……」
「まあ、そうなの?」
首をかしげるハフラにメイが説明した。
「あ、ほら、遊女の方々って夜から朝までがお仕事なので、この時間は普通寝てるんですよ」
「あ、そうだったんだ……あのときもずっと起きてたみたいだったから……」
「お客様の前で寝てしまうのはすごく失礼にあたるそうなので……ですよね?」
メイがアウラに確認すると、彼女もうなずいた。
「うん。こっちでもそうでしょ?」
小娘は慌ててうなずいた。
「もちろんですっ!」
それを聞いていたリサーンがつぶやく。
「へえ……別に寝てても構わないのに」
それにアウラが答えた。
「何かしきたりだし、それに悪い客だと何かされたりすることもあるみたいだし」
「あ、そうなんだ」
そんな話をしながら一行は応接室に通された。
しばらくしてディーレクティアの姐御メテオラが少々慌てた様子で現れる。今では白髪の老婦人だが、若かりし頃には相当の美女だったと思われるが……
「あー、ちょっと早い時間にすみません」
メイの言葉に彼女は首を振る。
「いえいえ、で、今日は一体?」
そう言って不思議そうにハフラやリサーンの顔を見る。
そこでアウラが言った。
「それがほら、昨日護衛してあげるって言ったでしょ?」
「あ、はい……」
「そしたらみんなが手伝ってくれるからって。それでもうちょっと詳しく話を聞きに来たの」
「あ……そうでしたか」
そこでハフラたちが彼女に挨拶する。
「私、ハフラといいます」
「あ、私はリサーンです」
「ああ、私はこちらの支配人をしているメテオラと申します」
そこで彼女にハフラが尋ねた。
「それで、メテオラさん。その女衒の襲撃事件についてもう少しお尋ねしたいのですが」
彼女はうなずいた。
「構いませんが? 私の知っていることなら」
「はい。それではまず今回護衛する対象なんですが、どんな人たちですか?」
「あ、スラードと新人二人になります。今はテアトロの町に滞在しているんですが、そこからの護衛が見つからなくて足止めされていると連絡が入って」
「そのスラードというのが女衒の人なんですよね?」
「はい」
「新人はどんな人ですか?」
「十三歳と十四歳の二人になります」
「二人来るのって、普通なんですか?」
メテオラは首を振る。
「いえ。一度に二人とかはなかなか……だから心配してるんです」
一同はうなずいた。
それからさらにハフラが質問を続ける。
「移動は馬車ですか?」
「はい。うちの所有する四人乗りの馬車で」
「それって目立つ馬車ですか?」
「まあ、目立つと言えば目立ちますか? そこそこ上等な馬車ですし。でもわりとその辺を走ってる普通の馬車ですよ?」
いやいや!―――メイは突っ込んだ。
「型は何ですか? どこの工房の?」
型が違えばもちろんのこと、同型であっても工房が違えば区別が付くのはまさに自明の理なのだが?
「はい⁉」
しかしメテオラは目を白黒させる。
その様子を見てリサーンが言った。
「メイさーん。普通の人にはそういうこと分からないんじゃ?」
「えーっ⁉」
「後で厩番の人に聞いた方が分かるんじゃない?」
………………
…………
「あー、まあ……じゃあ後で」
いや、大切なことだと思うのだが―――だが何故かなかなか理解していただけないのだがどうしてなんだろう……?
その間にも質問は続く。
「で、そのスラードって人は腕は立つの?」
リサーンの問いにメテオラが答える。
「え? まあ人並み以上には。仕事柄、国の隅々まで回ることになりますし、そんな所では盗賊などが出ることもありますし」
「その人でも危なそうってことなんですよね?」
彼女はうなずいた。
「あ、はい。相手は二人とか三人で出てくるそうなので。それに腕もたつとか」
それを聞いてリサーンがハフラに言う。
「それじゃ女の子二人を一人で守るのは確かに大変よね?」
「そうね。で、アウラ様にお願いしたと?」
「あ、いえ、そんなつもりではなかったのですが、護衛を雇おうにも人手が足りなくて全然見つからなくって……そんな話をしていたらアウラ様が申し出て下さって……」
「あたしなら全然構わないけど?」
アウラはあっけらかんとしたものだが……
《いや、これってわりと危険な話なんじゃ?》
少なくともメイにはそう思えるのだが―――そこにリサーンが言った。
「要するにそのスラードって人とアウラ様二人で、子供二人を守らなきゃならないと?」
ハフラがうなずく。
「そうね。女の子がいなければアウラ様一人でもいいんだろうけど、これだともう少し欲しいわよねえ」
それを聞いていたメテオラが尋ねる。
「えっと……皆様方が同行して頂けるのですか?」
ハフラがうなずく。
「ええ。必要なら他にももう少しいるけど」
メテオラは目を見張った。
「いや、でも皆様方にそんなことを……」
「大丈夫です。みんな暇を持て余してるので」
彼女は絶句する。
《あはは。これが普通の反応ですよねー……》
普通は暇だからってこんな危険なことはしないのだが―――それから彼女は気を取り直したように尋ねた。
「ああ、そうですか……しかしそれでは報酬はどの程度をご希望ですか?」
そう。もちろんそこは大変重要なポイントだが―――するとハフラがぽかんとする。
「報酬? ですか?」
「それは当然でしょう? 下手をすれば命に関わることなのですから」
ハフラ、リサーン、それにアウラが顔を見合わせる。
「どうしましょう。考えてなかったわ」
………………
…………
メテオラが唖然としているので、慌ててメイが尋ねた。
「あのー、それじゃこのあたりの護衛の相場はいくらくらいですか?」
彼女がちょっと考え込むが……
「そうですねえ。経験にもよりますが、一日に銀貨二枚から五枚といったところでしょうか……あと、実際に敵を撃退したらボーナスも出ますが……」
それを聞いてハフラが言った。
「それでは一日銀貨二枚でいいでしょう。私たち護衛なんて初めてだし……あ、アウラ様にはもう少し出してもいいかも」
「ま、そんなものじゃない?」
リサーンもアウラも納得の表情だが……
「え? ええ?」
メテオラが目を白黒させている。
《いや、これはさすがに安すぎなのでは?》
普通の人が一日働いて銀貨一枚稼げればまあ御の字だが、これは文字通り命がけの仕事だ。遊女見習いの護衛は初めてにしても別の任務―――大皇后の警護とかなら十分な経験があるし……
しかし正直お金に困っているわけではないのだ。なにしろアキーラ解放の功績ということでみんな結構な報奨金をもらっていて、例えばメイはそれで壊れたハミングバードを全面改修してもまだ十分余ってるくらいなのだ。
ということで、彼女たちにとってはまさに面白そうな暇つぶしなのである。
《まあ、しょうがないか?》
それに危ないといっても必ず襲われると決まったわけでもない。むしろそちらの方があり得そうだし、そうなればちょっと数日ほど旅行に行って小銭がもらえたという話になるだけだし……
「あ、それでもう少しいいですか?」
さらにハフラが質問する。
「あ、はい」
「これまで何度か襲われたと聞きますが、それってどこですか?」
メテオラは首をかしげる。
「え? どこって……細かいことは……」
「そうですか。それでは襲われた人についても、女衒と新人の子という以外は? 特に変わった特徴とかは?」
「さあ、それ以上は……」
「その辺を詳しく知ってる人っていませんか?」
彼女は首を振る。
「さあ……でもどうしてそこまで詳しく知る必要が?」
ハフラが答えた。
「あ、これってもしかして、一連の誘拐事件には裏に同じ誘拐団が関わっているかもと思ったので」
メテオラが目を見張った。
「えっ⁉ どうしてですか?」
「いえ、だって郭の新人の誘拐なんて、思いつきではなかなかできるものではありませんよね?」
「それは……まあ……」
そこにリサーンが尋ねる。
「さらわれた子たちもまだ見つかってないのよね?」
「それは……はい」
彼女がうなずくとハフラが言った。
「例えばなんですが、そんな子たちってとてもカワイいんですよね?」
「それはもちろん……」
「そんな子だと、闇で高く売れたりしませんか?」
………………
…………
メテオラの目が丸くなる。
「えっ⁉ ああ、まあ……」
「なので、今回は敵を撃退できたとしても、その組織をどうにかできないと、同じ事件が今後も続くんじゃないかと思うんですが」
彼女はしばらく絶句する。
「えっ⁉……しかし、でも、皆さんにそんなことまで……」
それを聞いたリサーンが笑いながら答える。
「いや、あたしたち今けっこう暇なんで。調べるくらいの時間なら十分あったりして」
「いや、でも……そこまでして頂くなんて……それにそんな詳しいこととか、どこで聞けばいいのか……」
メテオラはもうしどろもどろだが―――そのときだ。アウラがやにわに尋ねた。
「あ、その誘拐犯って賞金かかってる?」
彼女はうなずいた。
「え? かかってますけど。一人につき金貨八枚ですが」
「あーっ、結構かかってるじゃない。前のときは五枚だったのに……ってことは人相書きも?」
メテオラは首を振る。
「いえ、どうも毎回違う者達のようで……」
それを聞いたアウラがちょっと残念な表情になる。
「あー……じゃあ首だけじゃダメか……けっこう面倒だな……」
ハフラとリサーンがそんな彼女を不思議そうに見つめているが―――そこでメイは思い出した。
「あー、そういえばアウラ様、確か賞金稼ぎやってたって言いましたっけ?」
彼女は自分から昔のことはあまり話さないので、彼女の過去をみんなあまりよく知らない。
だが、フィンと彼女が中原視察に行った際にグリシーナ城で暴れた件の報告書が来ていたのだが、そこに賞金稼ぎをして云々と記されていた記憶がある。
アウラはうなずいた。
「うん。ヴィニエーラに行く前。そこで女衒殺しをやっつけて、ハスミンとも出会ったのよ?」
「ハスミン?」
「そのとき女衒が連れてた子で、仲良しになったの。何か“無口なハスミン”なんて呼ばれるようになっちゃって」
と、それを聞いたメテオラが思わず口を挟む。
「まあ、タンディやアミエラがよく話してましたが……」
「あ、知ってる? それがもう、無口なんていうのに実際はねえ……」
何やら昔話が始まりそうになるが、そこでハフラがアウラに尋ねた。
「えっと、で、賞金がかかってたらどうなんですか?」
彼女はうなずいた。
「あ、だからジェイルに行けば分かるんじゃない?」
「ジェイル?」
「賞金稼ぎが集まるのよ。賞金首が張り出されてるから。それとあと、首に関するいろんな手がかりもね」
それを聞いたリサーンが目を見張った。
「手がかりも?」
「うん」
ハフラもうなずく。
「ああ、それで賞金なんですね?」
「そうなの」
そんな会話を聞いて、メテオラがさらにあわあわとし始める。
「えーっ⁉ そんな、そこまでして頂かなくても……それにそんな組織に関わるとか、本当に危険なのではありませんか?」
それを聞いたハフラがあっさり答える。
「あ、心配はご無用です。危ないと分かれば手出しはしませんし。それにもしそんな組織が本当にあれば、女王様とかが動いて下さるかもしれないし」
あー、確かにそういうコネはあるんだが……
メテオラはしばらく絶句した。
それから大きくため息をつくと……
「分かりましたが……本当に気をつけて下さいね? あなた方が怪我とかしたらもう私、どうしたらいいのか……」
彼女はとても心配そうだが……
《いや、こっちが普通ですよねー……》
金で雇った賞金稼ぎとかならともかく、彼女たちは控えめに言って国賓だったりするわけで……
「あー、だからまだ調査するだけですから。あんまり危ないことはしませんので」
「そうですか?」
とてもよく彼女の気持ちは分かるが、まあ調査をするくらいで危なくなるようなことはないだろう。ここで強引に止めても勝手に突っ走って行きかねないし……
「で、ここのジェイルってどこにあるの?」
アウラの問いにメテオラが答えた。
「北区にありますが……道が分かりにくいので案内人をお呼びしましょう」
「あ、うん」
―――というわけで一同はジェイルに向かうこととなったのであった。
一同は来たときのブレークに乗って北区に向かった。
今回手綱を握っているのは姐御さんに紹介された案内人で、四十過ぎの小柄な話し好きのおじさんだった。助手席にはメイ、後部座席にアウラとハフラ、リサーンが並んでいる。
「へえぇ、皆さんがあのバルガ一味をやっつけてくれたんですかい?」
「いや、あたしたちがやっつけたんじゃなくって、それにかこつけて女王様が始末してくれちゃったんですけど」
それを聞いた案内人が何やら懐かしそうな顔になる。
「イービス様が? そうですか。あのお方がねえ……」
「あのって、もしかしてご存じだったんですか?」
メイが尋ねるとおじさんが大きくうなずく。
「あはは。そりゃ案内人界隈では結構有名でしたからねえ。あちこちで変な子供の三人組がうろちょろしてるんだけど、それがどうもお城のお偉いさんのご息女らしいってね……まさか王女様だったとはねえ……」
変な子供の三人組って……
「あはは。もしかして案内してあげたことがあったとか?」
案内人はうなずいた。
「はは。何度もありますよ。職人街が何やら気に入ったみたいで、よくやって来ては邪魔してましたけどねえ……」
「邪魔……ですか?」
訝しげなメイにおじさんが囁く。
「ほら、あの方、気になった工房とかがあったらずかずか入り込んでは不躾に尋ねたりするもんだから……って、これ内緒ですよ?」
「分かってますって!」
何だかもう、想像がつきすぎる光景なのだが―――と、おじさんが少し遠い目でつぶやいた。
「それにしても本当にあの方が女王様とか……最初はどうなるかって思ったんですけどねえ」
「あ……サルトスだと女王様は初めてなんですよね?」
おじさんがうなずく。
「はい。でもあれにはもうたまげましたよ。女王様ご自身が行って来ちゃうんですからねえ……もう北区じゃ悪口厳禁ですよ? 助けてもらった奴らがどこにいるか分かりませんからね?」
「あは。そうなんですね」
北区には軍の宿舎があって兵士がたくさん住んでいるが、イービス女王の最大の支持基盤がこのサルトス軍なのだ―――などと話していると……
「ねえ、ジェイルって遠いの?」
後ろからアウラが尋ねた。
行き先は北区なのに馬車はずっと南に向かっているが―――まあ、その理由は明白なのだが……
「あ、お急ぎですかい?」
「ん、まあ、そうね」
「分かりました」
そう言うと案内人はいきなり近くの細道に入り込んだ。
《あ? こんな抜け道があるんなら最初から行けば……》
そう思ったときだ。馬車が道を曲がるとその先はどこかの屋敷の裏門で行き止まりになっている。
「え?」
一同が驚いていると、案内人が降りて裏門の呼び鈴を引いた。
やがて中からそこの使用人らしいおばさんが出てくるが……
「あ、またよろしく」
「はいよ……あ、そちらは?」
少々変わった出で立ちのメイ達を見て彼女が首をかしげる。
「失礼なこと言うんじゃないぞ? こちらはベラトリキスの方々だ。バルガの奴をやっつけてくれたんだぞ?」
「ひえーっ! そんなお方とは! どうぞお通り下さい。通行料はいりませんので!」
「サンキューなっ!」
そう言って案内人は屋敷の中に馬車を乗り入れた。
「えっと、もしかして個人のお屋敷の中を?」
案内人はにやっと笑う。
「そうですよ。急いでるって客のときはこうして近道をするんですよ。まあ割増料金にはなりますがね」
「あはー。そうなんですね」
それから出会う使用人とも似たような会話があって、やがて馬車は屋敷の正門から外に出た。
「これでずいぶん早くなるんですよ。でも結構たかられますけどね」
あはは。使用人にとってはいい小遣稼ぎということか? 確かに他人の家の中を通過していくのだから正当な行為なのは間違いないが。
そんなショートカットをあと二回繰り返した後、馬車は灰色の石造りの大きな建物の前に到着した。小さな窓にはごつい鉄格子が填まっているのが見える。
《うわー……》
ガルサ・ブランカにもこういう場所はあったが子供は近寄るなと言われていて、メイも怖いから近くに来たら大急ぎで通り過ぎていたものだが……
「じゃ行くわよ!」
馬車から降りるとアウラがすたすたとジェイルの入口に向かって行く。
「あ、ちょっと!」
メイ達が慌ててその後を追うが……
《うわ、ちょっと心の準備が……》
こういう場所にはこれまで縁がなかったし、今後もあってほしくないわけで―――玄関を抜けると殺風景な広間になっていた。
壁面には賞金首の似顔絵がずらっと貼ってある。
正面の奥にはごつい鉄格子でできた二重の扉がある。その先が牢獄になっているのだろう。
左手の凹んだスペースには幾つかの事務机とぎっしり書類が並んだ文書棚があって、そこがどうやらここの事務所のようだ。机の一つに四十過ぎのがっしりとした係官が座って何やら書き付けをしている。
広間には大きなテーブルと椅子のセットが四つあって、その一つの回りにはガラの悪そうな男たちが何人かたむろしていた。
彼らの視線が一斉にメイ達に向かうが―――アウラはそれを無視して係官のところに向かった。
「ねえ。女衒襲撃の手配書ってある?」
「あ?」
係官は驚いて顔を上げるが、アウラの顔を見て何やら首をかしげた。
「えっと……まさかあんた……?」
と、そのときだ。
「へえ? あんたらが賞金稼ぎするのかい?」
振り返るとたむろしていた男たちがこちらを見てニヤニヤしているが―――その彼らに向けてアウラがにべもなく言った。
「あ? しちゃ悪い?」
「あんだと?」
あーっ! だからいきなりケンカを売らないで欲しいのだが……
それを見ていたリサーンがたしなめる。
「アウラ様。ほら、今回は賞金稼ぎじゃないでしょ?」
「ん? でもついでに賞金もらったっていいんじゃない?」
いやまあ、そうなのだが―――それを聞いた賞金稼ぎたちが笑い出した。
「ああ? お嬢ちゃんたちがか? やめとけって。おままごとじゃないんだからな」
するとアウラが男たちをにらみつけて言い放った。
「あんたらこそ昼間っからこんな所で何してるのよ? そんな暇があったらとっとと首取りに行きなさいよ」
「あんだと?」
うわあああああ!
《こんな所で悶着を起こされたら……》
ジェイルの見たくない場所までじっくり見る羽目になってしまいそうなのだが―――と、そのときだ。
「おい! お前ら何やってるよ! もしかしてアウラ様ですか? この間お城で試合なさってた」
間に割って入ったのは係官だ。
「試合って、こないだの?」
アウラが尋ねると係官がうなずいた。
「はい。そこでディアリオと戦ってた」
「うん。そうだけど?」
それを聞いていた賞金稼ぎたちが絶句する。
「まじか?」
「あのディアリオと互角に戦ってたって女か?」
男たちが驚愕の視線でアウラを見た。あの試合の噂はあのあと町中に広まってしまって、そんな見物を自分たちだけで独占して!―――といった不満が噴出しているとか何とか……
そこでメイは係官に尋ねる。
「おじさん、あの試合を見てたんですか?」
「そりゃ城には知り合いが一杯いますからね……ってことはあなた方も?」
そう言ってメイとハフラ、リサーンを見回す。
「あー、はい。私がメイで、こちらがハフラさん、こちらがリサさんになりますが」
「えーっ⁉」
係官がなにやら絶句し、賞金稼ぎたちも目を白黒させた。
「それで今日はこんな場所にどのようなご用で?」
彼らの態度が一変する。
「あ、それがここ最近、女衒の人が襲われて郭の新人がさらわれてるんですよね?」
係官はうなずいた。
「ああ、はい。そんな事件はありますね」
「それに賞金がかかってるって聞きましたので……」
「確かにかかってはいますが……まさか皆様が賞金を稼ぎに⁉」
メイは慌てて手を振った。
「いや、そういうわけじゃなくってですね、それがちょっと故あって、ディーレクティアのメテオラさんに護衛を頼まれたんですよ。アウラ様がですけど」
「ディーレクティアの?」
「はい。最近そういう子を狙った人さらいが出てるのに護衛が足りないからって。なのでその情報があるなら知りたくて来たんですけど」
係官はうなずいたが……
「ああ、そういうことでしたか……しかしどうしてまたあなた方がディーレクティアなんかと?」
あはは。そりゃ不思議に思うでしょうね……
「それが、アウラ様がディーレクティアのタンディさんとアミエラさんとは昔なじみで、その伝でなんですけど……ご存じですか?」
するとそこにいた賞金稼ぎたちがおおっと声を上げて、そのうちの一人が言った。
「あのアミエラちゃんと?」
「あ、知ってるの?」
アウラが尋ねると賞金稼ぎがちょっと赤くなる。
「そりゃまあ……あははは。最近は前にも増して色っぽくなってるしねえ……」
「あの蜘蛛、カワイいわよね?」
「あは。はいはい。何とも艶めかしくて……おかげで最近は蜘蛛を見たらそそられるようになっちまって……」
えっと、そういうものなのだろうか?
それはともかく、メイは係官に尋ねた。
「あ、それでですね。女衒の人の襲撃事件に関してなんですけど、資料とかはありますか?」
郭談義が始まるまえに本題に入らねば……
「あ、はい……」
そこで係官が関係した手配書を出してきてくれた。そこには事件の詳細が書かれていた。
一同は大きなテーブルにそれを広げる。
「えっと……襲撃が行われたのは四回で……うち一回が未遂? え?」
アウラが驚いて係官を見ると、彼はうなずいた。
「ああ、そうですね。そのときは護衛が凄腕で、何でも娘が可愛かったから格安で受けたとかで……で、一人捕まえて色々白状させましたよ」
一同は顔を見合わせた。
《これは! けっこう幸先いいのでは?》
そこでその捕まった実行犯の供述を見てみることにする。
すると―――彼らはいわば町のごろつきといった男たちだったが、以前から顔見知りだった男に簡単で儲かる仕事があるぞと持ちかけられたという。それが女衒が連れてくる新人遊女を拉致する仕事で、襲撃の日時と場所、その後の娘の受け渡し場所を指定されたという。
また護衛も一人だけだから二人がかりで行けば大丈夫と言われたが、その一人が凄腕で仲間の一人は返り討ちに遭い、彼も逃げ損ねて捕まってしまったという。
それを聞いてハフラとリサーンが残念そうにつぶやいた。
「ああ、けっこう賢い奴らなのねえ」
「そうねえ。これじゃ生け捕りにしてもダメみたいね」
これまでは犯人を捕まえてしまえばそのアジトも分かると考えていたのだが、実行犯はいつでも切り捨てられる手駒でしかなかったわけだ。
「これじゃどうしようもなくないですか?」
メイが尋ねるがリサーンが首を振る。
「いや、もう少し話を聞いてからじゃないと」
ハフラもうなずいた。
「そうね。えっと、それじゃ事件の起こった場所なんだけど……」
そこで係官が地図を持ってきて襲撃地点を指し示す。
「あら? けっこう偏ってるわねえ」
事件の起こった場所はガルデニアの北東地域に集中していた。メイはそこに記憶にある町名を見つけた。
「あ、ここ。テアトロでしたね。スラードさんが足止めされてるのは」
その町からだとガルデニアに来るためには事件の起こった地域を通過して来なければならない。
「ああ、そりゃ姐御さん、心配にもなるわよね……」
と、そこでハフラが尋ねる。
「えっと、女衒の人って国中から女の子を連れてくるんですよね? このあたりだけ特別にカワイい子が揃ってるなんてことは?」
聞いた係官が吹き出した。
「そんなことありませんよ」
「ということは、誘拐団の本拠地がこの地域にあるってことかしら?」
「まあ、そうでしょうけども……」
歯切れが悪いのは当然だ。その地域だけでも町や村が幾つもあるし、その間には広い森が広がっている。それだけではどうしようもないのだが……
「うーん……」
ハフラが考え込んでいると、今度はリサーンが尋ねた。
「そういえばその捕まった奴って、襲撃の日時や場所を指定されたのよね?」
「はい。そうですが?」
「それじゃその黒幕って、女衒の行くルートを予め知ってたわけよね?」
ハフラがうなずいた。
「まあ、そうね。それについては?」
だが係官は首を振る。
「あ、いや……どうしてかは……」
「女衒の人が来るのを見張ってたのかしら?」
ハフラが尋ねると係官が首を振る。
「そりゃ大変でしょう? よっぽど暇な奴らならともかく」
「女衒ってそんなに少ないんですか?」
「少ないってか、まあ時々は見かけるにしても、頻繁に往来してるってわけじゃないですしね」
「ああ、そうなのね」
彼女がうなずくが―――とそのときメイは一つの可能性に思い当たる。
「あー、もしかして……?」
「ん? どうしたの?」
「いや、それだったら郭の方に内通者とかがいたりしたらどうかなって思ったんだけど……」
係官や賞金稼ぎたちが一瞬顔を見合わせるが……
「ああ、いや、多分それはないな」
賞金稼ぎの一人が言った。
「そうなんですか?」
「ああ。女衒ってのは確かに郭の依頼で動いてる奴もいるがな、フリーの奴らも結構いて……あ、今回のもそうじゃなかったっけ?」
係官が書類を確認する。
「ああ、二人はフリーでしたね」
「それじゃ郭側は分からないわよね?」
「ですねー……」
ハフラの言葉にメイはうなずかざるを得なかった。
いい考えだと思ったのだが―――と、リサーンが言った。
「でも確かに敵はどうにかして目標の日程を知ったわけなのよね?」
「でも町で見張ってるってのも現実的じゃないと?」
係官はうなずく。
「でしょうねえ。だいたい娘は中が見えない馬車に乗ってるのが普通だし、どこの宿に泊まるのかだって分からないし……それに見つけても今後の予定を訊いたりしたら不審に思われるでしょうし……」
「そうよねえ……」
一同が考え込む。
《うーむ……見張っているのがダメとなると、やはり誰かが漏らしたってことなんだろうけど……》
と、そのときだ。
「あ!」
ハフラが声を上げた。
「どうしたの?」
リサーンが尋ねる。
「もしかして護衛が裏切ってたら?」
「え?」
「そうすれば当然移動のコースや予定も分かるし……」
彼女がそこまで話したときだ。
「んなことがあるかよ!」
「滅多なこと言うんじゃねえぞ⁉」
話を聞いていた賞金稼ぎがいきなり激高したのだ。
「え?」
ぽかんとするハフラに係官も首を振る。
「それはまずないでしょうね」
「そうなんですか?」
すると賞金稼ぎの一人が言った。
「あのな? 護衛ってのは信用が何よりも大事なんだよ。でなきゃ命や大切な金品を任せられないだろが!」
「あ……」
係官も付け加える。
「もしそんな奴がいたら組合から高額の賞金がかかって、こいつらに追われることになりますからね。それにこの事件では護衛も毎回違ってますしね。たとえ誰かが裏切ったにしても、全員ってことはないでしょう」
「そうなのね。ごめんなさい」
あっさり謝るハフラに彼らも矛先を収める。
「あ、分かればいいんだ。分かれば」
だがしかし……
《うーむ。ということは護衛からの線も見込み薄ということよね……》
ではいったい敵はどうやって女衒の日程を知ったのだろうか?
一同はみな首をかしげているが……
《でもまあ分からなければ仕方ないということで……》
もうここはあまり難しいことは考えずに、出てきた奴を撃退することに専念したほうがいいのでは?
メイはそう思ったのだが、ハフラとリサーンはまだ諦めていなかった。
「しかし、どういうことなのかしら?」
「うーん。どこかで情報が漏れてるってことなんだろうけど……」
「あとは関係者に直接訊いてみるしかないかしら?」
「ああ、そうね。それじゃ被害に遭った女衒の人とか護衛の人ってどこにいるか分かる?」
リサーンが尋ねると係官がちょっと考えてから答えた。
「さあ。女衒についちゃ知りませんが、護衛だったら組合に行けば分かるんじゃないですか?」
「組合って?」
「この近くにあるボラーチョって酒場ですよ」
「酒場なの?」
「はい。組合と一緒になってることはよくありますよ?」
「そうなんだ。じゃあ案内また頼まないと」
だが係官が首を振る。
「いや、出て右にまっすぐ行くだけですよ。看板も出てるからすぐ分かりますから」
「あ、そうなんだ。ありがと!」
―――ということで一同は今度は護衛の組合のある酒場に向かうこととなった。
ボラーチョはすぐに見つかった。
「へえ……ここか」
そこは一見普通の酒場のようだったが、そこの扉をくぐってみると……
《うげっ……》
夕方は近いとはいえまだ明るい時間なのに、中にはたくさんの男たちがたむろして酒を飲んでいた。しかもその各々が一癖二癖ありそうなヤバい雰囲気をプンプン漂わせているのだが……
入ってきた彼女たちに一斉に視線が集まる。
《えっと……これって……》
何やら頭の中が真っ白になってきそうなのだが……
「何か怖そうな人たちねえ……」
「護衛ってみんなこうなんですか?」
ハフラの問いにアウラが答える。
「けっこう賞金稼ぎも混じってるし。暇なときは護衛もするのよ?」
そして彼女はそのままつかつかとカウンタに向かうと、マスターにいきなり尋ねた。
「あ、女衒が襲われたときの護衛っている?」
「は?」
いきなりのことにマスターも呆然としている。
《いや、だから……》
おちおち真っ白になってもいられない―――そこでメイが慌てて行って説明した。
「あ、すみません。ちょっとお尋ねしますが、ここ最近女衒の人が襲われて新人遊女がさらわれるって事件がありましたよね? ご存じでしょうか?」
「え? ああ、知ってるが?」
「でしたらその件で護衛をしてた方とか、もしかしてご存じないでしょうか? ってことなんですけど」
マスターはちょっと考え込むが……
「いや、この辺にはいないんじゃないか? 死んじまったり、怪我で引っ込んでたりで……何でそんなことが訊きたいんだい?」
「ああ、それが今度ディーレクティアのメテオラさんに頼まれて、新人の護衛をすることになって、それで色々調べてたところなんですが」
マスターは怪訝そうな顔でメイ達を見つめる。
「あんたたちがかい?」
「いえ、私じゃなくって、こちらのアウラ様とかがですけど」
それを聞いて店の中がざわつき始めた。
『アウラってあの?』
『ディアリオと引き分けたって奴か?』
そんな言葉が漏れ聞こえてくるが―――ここにも噂は広まっていると見えて、マスターはちょっと眉をひそめて彼女たちを見つめたが、それ以上は突っ込んでこなかった。
「ああ、そうだったのかい。ま、だったらそうなんだろうが……悪いな。力になれなくって」
「いえ、構いませんが……」
せっかくやって来たのに、いきなり手がかりの糸は途切れてしまったようだ。
「これじゃもうしょうがないんじゃないですか?」
メイはそう思ったのだが……
「あれってもしかして護衛の依頼?」
ハフラが酒場の壁を指さす。そこには一面にたくさんの紙片が貼り付けられていた。
「そうですが?」
マスターが答える。
「見ていいかしら?」
「それは構いませんが?」
そこで一行はその前に行くと張り出された依頼書を眺めた。
「へえ……こんな風に依頼するのね?」
「そうね……って、結構細かいのね?」
「うん」
見るとそこには依頼する人数と報酬の他に、依頼主が誰で何を輸送して期間はどれくらいで、どこからどこに向かうかなどが詳細に記されている。
それを聞いていた近くの客が言った。
「あ、そのくらい書いてないと値段に見合うかどうか分からねえだろ? 行く先によっちゃそれだけで危ねえし、運んでんのが貴重品だったら普通よりヤバい奴が出て来かねないしな」
「ああ、そういうことね……」
確かに護衛という仕事は楽なときは楽だが、一歩間違えると命に関わる商売なのだ。長く続けるには慎重さが重要なのはよく分かるが……
「でも一杯あるんですねえ……」
思わずメイがこぼすと……
「どこもかしこも人手が足りなくってさ」
「あ、みんな出征してるからですか?」
「ああ。おまけにそれをいいことに普段より盗賊どもが張り切りやがってさ」
姐御さんが言っていた通りのようだ。
と、そのときだ。
「えっと、ここみたいに護衛が依頼できるところって、あっちこっちにあるのよね?」
リサーンが尋ねた。
「そりゃそうだ。交通の要衝の町だったら普通はあるな。ってか、ないと困るだろ?」
「うん。で、そこってみんなここみたいな感じで?」
客はうなずいた。
「ああ、色々だが? 酒場とか宿屋と一緒になってたり、普通の事務所だったりもするが?」
「そこにこんな風に依頼を張り出して?」
「そうだが?」
「そこって誰でも入れるのよね?」
「そりゃそうだ。依頼人だって来るんだしな」
それを聞いていたハフラとリサーンが顔を見合わせる。
「それじゃここから北東の地方の組合って、どこか分かる?」
客はちょっと考えると答えた。
「ああ? そこだとカリオとかテアトロあたりか?」
「その二カ所?」
「ああ。あんまばらけてても客がいないし」
ハフラとリサーンが顔を見合わせた。
「なるほど。もしかしてこれかしら?」
「うんうん」
二人が何やら納得しているが……
「何がこれなの?」
メイが尋ねると彼女たちが答える。
「いや、だからほら、どうして敵が女衒の日程を知っていたかって話だけど、こういう所を見張ってたなら分かるわよね?」
「それにこれなら見張る場所もそんなに多くないし」
「え? あ……」
えっと、なんだ? もしかして人さらい連中がこの護衛の依頼所を見張っていたとすれば、対象の日程が丸わかりで、更に何名の護衛が来るかも分かるし、それに―――メイは客に尋ねた。
「えっと……報酬が高い依頼には強い護衛の人が来るんですか?」
客はうなずく。
「あ? そりゃそういう依頼なら競争率が高くなるしな。駆け出しには回ってこないさね」
それを訊いていたリサーンも尋ねる。
「報酬の金額でどの程度の強さかということも分かるってことね?」
「まあ、そういうことになるな」
そしてメイは思い出した。
「えっと、未遂のときはカワイい子だったから格安で受けたとか言ってたわよね?」
ハフラとリサーンが顔を見合わせる。
「ああ、だから相手も油断してて……」
「不覚を取っちゃったわけね?」
なるほど。ということは……
「もしかしてこれって、護衛を頼まなければ相手は出てこないってことじゃないですか?」
何だか一番安全な方法が分かったような―――だがハフラが首をかしげる。
「まあ、確かに人さらいは来ないかもしれないけど、他の追い剥ぎとかは出るかもしれないから、アウラ様は行ったほうがいいんじゃないかしら?」
「あ、まあ……でもそれならあまり大事にはならずに済みますよねえ?」
「それはそうなんだけど……」
「そうねえ……」
二人がまた何やら考え込んでいるが……
「えっと、他になにが?」
するとリサーンが答えた。
「うん。だからほら、最初は誘拐団をどうにかしようって話だったでしょ? でもそれじゃそいつらは野放しだし」
いや、最初は女の子たちを安全に届けることだったんじゃ? もう、すぐ本末転倒するんだから……
「で、そのためには結局、襲われたところをあえて見逃して後を付けてくことになるでしょ?」
「それはまあそうですけど……でも行った先って誘拐団のアジトですよね? いくら何でも危ないんじゃ?」
リサーンがうなずいた。
「うん。だからある程度手勢が必要になるんだけど……ほら、そんなことを頼めるとしたらアスリーナさんしかいないじゃない」
「あー、まあそりゃそうですけど、すごく忙しいから無理だと思いますよ?」
ハフラがうなずく。
「ええ。でもその女の子たちが確実に襲われるとしたら?」
「え?」
「これって、例えば女衒がしびれを切らして新米の護衛一人で出発したとしたら、確実に相手をおびき出せるってことにならないかしら? それだったらこちらももっとしっかりと準備して対応できるし」
「えええっ?」
まあそうなる公算は大ということにはなるが……
「来るか来ないかも分からないところに人手を割けとは言えないけれど、これなら話を聞いてもらえるんじゃないかしら?」
え? あー、確かにわりといいアイデアのようにも思えるが―――しかし、そこには少々本質的な問題があるように思われて……
「でもちょっとほら、それって要するに囮作戦ですよね?」
「ええ。そうなるわね」
「そんな危ない任務に郭の新人の子を行かせるの?」
二人が吹き出した。
「そんなことできるわけないでしょ?」
「そうよ。可哀想じゃない」
「ですよねー」
なのでやはりここはもっと穏便に―――となるはずだったのだが……
《で、あたしは可哀想じゃないんですかーっ!》
メイは魂の叫びをあげた。
ひらひらとしたピンクのドレスを纏った自分の姿が鏡に映っている。
「うわー、メイちゃんって、やっぱりカワイいわね こうすると……」
何やらティア様が大張り切りだ。
彼女もまた他のヴェーヌスベルグ娘たち同様に暇を持て余しまくっていた。となればこういうコーディネートに首を突っ込んでくるのは必然で……
「それにサフィーナもカワイいわね」
「んー……」
水色のドレスを着せられた彼女も何やら居心地が悪そうだ。
《あ、まあ、サフィーナがカワイいのは事実だけど……》
いつもは男っぽい格好が多いのだが、彼女はこうしてもよく似合うのである―――というのはさておき……
「えっと……やっぱりその……」
だがリサーンがニコニコしながら答える。
「大丈夫だって。心配しないで。メイさんたちは高級な商品なんだから、むしろ大切に扱われるから!」
あー、その理屈は頭では理解できるんですけどねっ! でも皆さんは商品の気持ちになって考えてみたことってありますか?
彼女たちがそんな格好をしているのは、もちろん今回の作戦の囮になるためだ。
女衒が連れているのは十三歳と十四歳の女の子だ。すると必然的に適任者はこの二人しかいないのである。
「それにアウラ様だけでなくリモンさんだってついてるし、アラーニャちゃんも帰ってきたし。サポート体制はバッチリよ?」
「あー、それはまあそうなんですけどね……」
「それに今回はアジトに潜入して全員眠らせろとかじゃなくて、ただ怯えた子猫みたいにぷるぷるしてるだけでいいんだから」
「あー、それはまあそうなんですけどね……」
いや、確かにこれから行うのは安全な任務とは言いがたいわけだが、でもこれまでのあれやこれやに比べたらまあ、何というか普通かな? といったぐらいの深刻度なわけで……
《いや、それって何か絶対おかしいわよね⁉》
こんなことを『といったぐらいの深刻度なわけで…』などと冷静に考えていられる時点で、何かがちょっとばかりぶっ壊れているような気がするのだが……
できあがったメイとサフィーナの姿を見て一同がため息をつく。
「うわあ……メイ様、カワイいです……」
クリンの目がまん丸だ。その彼女と見比べて……
「本当にどっちがお姉さんだか分からないわね……」
しれっとそんなことをほざいているのはコルネだが―――そこにエルミーラ王女が笑顔で宣言した。
「それではちっちゃな二人の大作戦の始まりね」
いや、だからどうして黒ハートなんですか? 黒ハートっ!
