第9章 ゴーストバスター
「おら、ちょっとここに入ってな」
メイとサフィーナはラダル兄弟に追い立てられ、彼らの居室に連れて行かれた。
そこは城の客間の一つで、かなり良い調度が揃っている。オーク材で作られたツインのベッドやソファー、サイドテーブルなどには見事な彫刻が施されており、床の絨毯もふかふかだ。
まあ、ここに住んでいるのがむさい男二人ということで、食べ終わった食器とか脱いだ服とかが散らかってはいるが、それでも客観的に見れば良い部屋なのは間違いないのだが―――もちろんメイにそんな感想を述べている余裕などなかった。
「うおっと、寒いな。おい、ちょっと薪を取ってこいよ」
「兄貴は?」
「俺は水をくんでくる。こんな汚れた格好じゃお嬢さん達に失礼だろ? へっへっへ!」
そう言ってメイ達をにやっと見つめた。
《ぎゃーっ!》
背筋がぞわぞわする!
「わかったぜ!」
二人は出て行ってしまったが―――扉が閉まった後、外から施錠する音が聞こえる。
メイは走り寄って扉を押したが、もちろん開くわけがない。
《えっと……》
それから今度は窓の方に向かってみる。
窓を開けると外はもう真っ暗だ。
眼下には点々と篝火が立てられた中庭が広がっている。
庭は三方が城塞で囲まれていて、向かい側の窓や回廊にも明かりが灯っているのが見えたが、窓の外は垂直の壁になっていて手がかりや足がかりになるものは何もなく、暗くて地面がどれだけ下にあるかもよく見えない。
《これじゃサフィーナだって無理よね……》
部屋の奥にあった扉も開けてみるが、シャワー室とトイレがあるだけだ。
二人は完全に閉じ込められていた。
………………
…………
……
《終わったーっ! 何もかもが終わったーーーっ!》
メイの頭の中は真っ白になった。
これまで数限りなく真っ白になった経験のある彼女だが、今回のはそのどれとも比較にならないくらい、もはや例えようもない純白だ。
《どうしてーっ⁉》
いったい彼女が何をしたというのだ? こんな目に遭わされるほどの、どんな悪いことをしたというのだ?
「なあ、メイ……」
サフィーナが話しかけてくるが……
「ありがとう。でも……」
メイは首を振る。慰めてくれようとしているのは嬉しいが―――もはや万策尽きたのだ。
いま彼女たち二人は完全に孤立していた。
本来なら追跡部隊が誘拐犯を締め上げればここが分かるはずだった。だが、そいつらはラダル兄弟に全部殺されてしまったというのだ。
これまで彼女たちが余裕でいられたのは、助けが来ると確信していたからだ。
だがその希望が潰えた今、自分たちだけでいったい何ができる?
だとしたら……
これからあいつらがやろうとしていることは明白だ。二人を心ゆくまで陵辱し尽くして、それから―――首を刎ねたりしたら汚れるから、やっぱり首を絞められるのだろうか? あの男たちなら彼女の首など片手でへし折れるだろうし……
《そんなことになるくらいなら……》
ここで二人で死ぬしかないのだろうか?
幸い、あの窓から飛び降りればわりと簡単に死ぬことはできそうだが……
「なあ、メイ……」
サフィーナが心配そうに声をかけてくる。ここに来ても彼女は優しい。
だがメイは首を振る。
「サフィーナ、ありがとう……あなたに会えて本当に良かった……」
これは本当に心の底からそう言える。彼女と一緒になってからは本当に楽しい日々だった……
「何言ってるんだ。メイ?」
「もうどうしようもないから。こうなったらもう……」
「もう?」
「だから……」
だが、涙で視界がぐしゃぐしゃになってその先の言葉が出てこない。
《う……やっぱり……》
死にたくない!
こんなところでは死にたくない!
だが今の状況を振り返ると―――膝から力が抜けていく。
「うわっ!」
くずおれそうになったメイをサフィーナが支えた。
メイは力なく彼女を見返した。お礼を言う気力もわいてこないが―――ところが……
「メイ。それがさ」
そう言って彼女がポケットから小袋を取り出したのだ。
………………
…………
……
メイは目を見張った。
「え? それどこで?」
それはあのポーチに入っていた秘伝のスパイスだった。だがあれは、お風呂のどさくさでどこかに行っていたと思っていたが?
「それがな。あのステラってメイドの人が、この服くれたとき」
そう言ってサフィーナが着ている真っ赤なドレスの裾をつまみ上げる。
「あの人が言ったんだ。諦めないで、助けは来ます、って」
………………
…………
……
「え?」
「そしてポケット中にこれも入ってたんだけど」
………………
…………
……
二人は顔を見合わせた。
「どうして?」
サフィーナは首をかしげる。
「さあ。でももしかしてあの人、味方なんじゃ?」
「え?」
味方?
今の今まで全くの孤立無援だと思っていたが―――味方がいたというのか?
思い起こしてみたら……
《何か色々かばおうとしてくれてた?》
彼女たちが時間をかけてお風呂に入っていても特に文句も言わなかったし、あそこでも何度も下がらせてくれようとしていたし―――だとしたらまだ諦めるのは早いのか?
とは言っても彼女にどれほどのことができるのだろう? あの大旦那の言うことには逆らえないみたいだし……
《でも……》
少なくとも彼女が敵でないとしたら―――純白の雪景色の下に小さな花が咲いていたのを見つけたような気持ちだが……
「と、ともかく……まだ諦めるのは早いってことよね?」
「ん」
サフィーナがうなずいた。
そう。少なくとも彼女たちはまだ生きている。
そしてあいつらは彼女たちをいきなり殺すのではなく、じっくりと嬲ってから殺すつもりなのだから―――んぎゃーっ!
《いや、余計なことはともかく、もう一度落ち着いて状況を確認したっていいわよね?》
そう。単に落ち込んでいても始まらない。せめて考えるくらいはしてみなければ……
メイは大きく深呼吸をした。
そしてまず分かったことは、これは最悪の事態ではなく最悪から二番目くらいの事態だということだった。
《あはははっ!》
だが全く希望がないのと、ささやかでも希望はあるというのは天地の差だ。ゼロと一の間には無限倍の距離があるわけで―――とは言っても状況が悪いのは明らかだ。
《助けが来るっていっても……》
いったいいつだ? 今日か? 明日か? 一週間後か?
ところがあの大旦那は彼女たちを早急に始末したがっているのだ。
《ははっ! そうよね。あのバカ息子があたし達を拉致したことなんかが知られたら……》
まさに破滅だ。だから慌てて彼女たちを始末しようとして……
………………
…………
……
《慌てて?》
その言葉がメイの頭に引っかかった。そして―――何かすごく重大な事実を指し示しているような気がするのだが?
《えっと……これって要するに……》
そう!―――パニックになっていたのはメイ達だけではなかったのでは?
そうなのだ! あの大旦那にとって、自分の息子がベラトリキスのメイ秘書官と黒猫のサフィーナをさらってきてしまったなど、青天の霹靂もいいところだったはずだ。
どうも実感が湧かないのだが、二人は正直、控えめに言って“国賓”の立場なのである。
もちろんのこと、もしそんなことがイービス女王に知れたりしたら―――もはやどのような処罰を受けるか分からない!
だから仰天してパニックになって、脊髄反射的にあんな命令を出してしまったのだとすれば……
《でもそれって……難しいわよね? すごく……》
そう。彼女たちは実際にここにいる。それを“無かったこと”にするには、単に彼女たちを殺して埋める―――うぎゃーっ!―――だけではダメで……
《服とかが残っててもダメだし、あたし達を見た警備兵とかもたくさんいるし……》
その証拠全てを抹消するというのは、かなり困難な作業なのでは?
しかも追っ手にはアラーニャちゃんやダンテ君もいる。臭いが残っていたらすぐ分かるし、下手な嘘だって簡単にばれてしまうだろうし……
《それに……あたし達、囮だったのよね?》
囮作戦とは囮単体でやるものではなく、それをサポートする部隊と連携していなければ無理だ―――ということは?
「それじゃ……もしかして気づいてない?」
「ん? 何がだ?」
サフィーナが不思議そうにメイを見るが……
「いや、ちょっと待って?」
ここは考えどころだ。慎重にならなければ……
そう。ともかくあの大旦那はやるのなら“とことん”やらなければならないのだ。中途半端にメイたちを始末したあげくに事が露見してしまったとしたら……
《あははははっ! そんなことになったら怒る人たち、一杯いるけど……》
エルミーラ様やフォレスの人たちはもちろんのこと、イービス女王とアスリーナさんだってそうだし、ファラ様に大皇様、アコールのアリオール将軍とかレイモン騎馬軍団の人たちだって話を聞いたら―――そんな人たち全てを敵に回してしまうわけで……
《あはははっ! もうそんなの絶対無理よね?》
そんな喧嘩が売れる人がこの世に存在するのだろうか?
よしんばもう引き下がれないと腹を決めたにしても―――ならば各種証拠の完全隠滅はもちろんのこと、まずは真っ先にメイ達の“作戦”に関して詳しく尋問する必要があるはずだ。
彼女たちが囮作戦中だということは既にばらしている。ならばそのサポート部隊の動向が分からなければ対策の打ちようがない。
また―――ラダル兄弟は上手くやったと言っているが、彼らの言っていることは本当か? 嘘はついていなかったにしても、気づかずに見過ごしたメンバーがいたとしたら?
そしてもちろんこの事実を知る者は最低限にしなければならないから、この城でメイ達を目撃した者の口封じをする必要が出てくるだろうし……
《だったらここの人たち、本来ならめっちゃ忙しいはずよね?》
なのに彼らはメイ達をラダル兄弟に任せてあとは知らんぷりを決め込んでいる。
―――ということは?
《やっぱまだそこまで頭が回ってないのよね?》
これは―――ある意味メイ達に有利なポイントと考えることはできそうだが……
《でもどうする?》
例えば―――ここで追跡部隊が迫っているぞとばらしたらどうだろう? アウラやアラーニャだけでなく、アスリーナとサルトス兵もやってきていると言えば?
《やっぱパニクっちゃう?》
それでおとなしく諦めてくれればいいが、さらに泡を食って迅速にメイ達を始末して逃げようとする、なんてことも考えられるわけで……
《あ、でもそうなったらあたし達を人質にして交渉するしか手はないぞ? って言うとか?》
そうすればむしろしばらくは彼女たちの命は保証されるが……
だが―――彼らにそれほどの度胸があるだろうか? そもそもこれは彼らにとっても予期せぬ事故のようなものだ。そこからいきなり世界を敵に回した戦いを始められるか?
それに交渉といってもどういう条件で? 安全なところに逃がせとかじゃ―――彼らを敵にしていったいこの世のどこにそんな安全な場所がある?
《まあ、今だったらシルヴェストとかアロザールだけど……》
だが現在の戦況はこちらが圧倒的に有利になっているのだ。そちらに逃げられたとして、いつまで保つかは分からない。
ということは?
《やっぱ……危ないわよね?》
むしろ絶望して自暴自棄になってしまいそうで―――やはりそういうことを言えばやぶ蛇になる可能性大ということだ。
とすれば―――メイは大きく深呼吸をした。
「サフィーナ」
「ん?」
「ここはそのステラさんの伝言を信じて待ちましょ」
「それでいいのか?」
メイはうなずいた。
「うん。でも彼女が頑張ってくれてもダメだったってことも考えて、いつでも逃げ出せる準備はしとかないとダメだけど……」
彼女が何らかのきっかけを作ってくれる可能性はある。だったら彼女のためにもその瞬間を逃さないようにしなければならない。
「ん。分かった」
サフィーナがにっこりとうなずいた。
《はあ……彼女がいてくれて良かったぁ……》
一人だったら絶対に無理だったが、彼女と一緒なら何とかなる! 何だかそんな気がする!
―――そんなことを考えていると扉がガチャガチャいって兄弟が戻ってきた。
「んじゃ」
メイはサフィーナに目配せしてベッドに座り、二人は怯えた少女のように抱き合った。
ぎーっと部屋の扉が開く。
入ってきたのは薪を抱えた弟の方だ。
「なんだよー。そんな怖い顔するなよー。別に取って食おうってんじゃないんだからー……って、そりゃ食べたりはしないよな? あっはっは」
………………
…………
《こいつ、もしかしてジョークを言ったつもりなのか?》
メイがぎろっと睨むが、弟はまったくそれを無視して彼女たちに背を向けて暖炉に薪をくべ始めた。
ま、確かに部屋はちょっと寒かったからそれはいいのだが―――そうこうしているうちに、兄の方も水桶を持って戻ってきた。
「大人しくしてたか~? へっへ。ちょーっと待ってろよ~?」
そう言ってそのままシャワー室に入ってしまったが―――それを見てメイはサフィーナにささやいた。
『あれ、何とかならない?』
兄弟はこれまでずっと剣を腰に下げていたのだが、ここでそれを外して暖炉脇の剣立てに立てていったのだ。
だがサフィーナが小さく首を振る。
『無理だ。両方とも強いし』
答えは予想できたが―――たとえあれを奪って戦おうにも相手は二人いる。しかもサフィーナには全く不向きな長剣だ。その上メイをかばって戦うのではまさにお話にならなかった。
だがともかくこれで少しは時間が稼げる―――と思っていたら、シャワー室から水音と共に……
「うひゃあ! 冷てえ~っ!」
そんな叫びが聞こえて、すぐに兄は出てきてしまった。
《もうちょっとちゃんと洗えよっ!》
そんなんだから女にもてないんだろうがっ!―――などと思ってももちろん口に出すわけにはいかない。
「ほら、お前も入ってこいよ」
「ああ」
今度は弟の方もシャワーに行くが―――やっぱり兄弟だった。こいつもとっとと出てくると、兄と一緒に嫌らしい笑いをメイとサフィーナに向ける。
「そんじゃお楽しみと行こうか~?」
「んで、どっちがどっちで?」
「お、おお、何か迷うな。秘書官ちゃんもカワイいけど、黒猫ちゃんもいい足してるしなあ」
「決められないってんなら俺が先に選ぶぞ?」
「いや待て。ちょっと待て」
こういうときはやはり兄に優先権があるようだが―――と、そのときだ。
「なあ、お前ら」
サフィーナがいきなり二人に向かって尋ねたのだ。
「あ? 何だ?」
二人がぽかんとして振り向く。
「この城って古いのか?」
彼女の問いに兄の方が答えた。
「あ? そりゃずいぶん昔からあった城だからな?」
「じゃあここで戦争があったりしたのか?」
「ああ、昔はあったな。それが何か?」
「ああ、やっぱり」
サフィーナがふっとため息をつく。
「やっぱり何だよ?」
「だからさっき何かがいたみたいなんだが、それかなって」
………………
…………
ラダル兄弟がぽかんとサフィーナを見る。
「いた? 何が?」
「そりゃここで死んだ兵隊だが?」
「はあ⁉」
二人は顔を見合わせた。
「んなもん……見たことないぞ?」
「でもいたような気がしたんだが?」
「気がしただけだ!」
そう言った弟にサフィーナがにやっと笑いかける。
「もしかして……幽霊が怖いのか?」
「怖いわけないだろ!」
とか言いつつ、けっこう視線が泳いでいるようにも見えるのだが―――なんてのはともかくっ!
《サフィーナ~っ! いったい何の話をしてるのかなーっ⁉》
そんな話をされたら……
そんな話をされたら……
「えええぇ⁉」
アルマーザ一行がサバーナの館に到着したときには、館はほとんど燃え落ちて瓦礫の山と化していた。
「どういうことです?」
アスリーナが尋ねるが、ハフラが首を振った。
「それが……あいつらがあの館に入っていくのを確認したので、私たちは皆さんを待って待機していたの。そうしたら館から煙が上がって……」
「煙が上がって?」
「最初は厨房の煙かって思ったんだけど、何だか段々量が多くなるし……それでアラーニャちゃんに連絡してもらって、私達は先に突入したんだけど……」
「そのときはもう?」
ハフラが沈痛な表情でうなずいた。
「ええ……館中に火が回っていて……アラーニャちゃんにももう手が付けられなくって」
「ごめんなさい……」
アラーニャがうなだれているが……
「あなたは気にしなくていいから」
リモンが彼女の肩を抱く。
そこでアスリーナが尋ねるが……
「それで……その、二人は?」
………………
…………
……
あたりに重苦しい沈黙が漂った。
「まさか……」
アスリーナが両手で顔を覆う。
「いえ、まだ二人の遺体を発見したわけでは……」
ハフラがうつむいて答えるが……
「でもこれだと……」
一同はみんな目が虚ろだ。
アルマーザは屋敷の残骸を呆然と見つめた。
《これじゃ……》
あの中に埋もれてしまったとすれば、そう簡単には見つからないだろうが……
「メイ……さんが⁉」
アスリーナが呆然とつぶやいて絶句する。
それからしばらく誰も言葉を発しなかったが―――やがてアスリーナがぶるぶると首を振り、次いでピシャピシャと頬を叩く。
「で、館には他には誰かいなかったのですか?」
「それが……みんな殺されておりました」
彼女の問いにジャルダンが答えた。
「殺された⁉」
「はい。みんな一刀両断されていて、かなりの手練れの仕業なのは間違いありませんが」
一同はまた顔を見合わせる。
そこにハフラが言った。
「ともかくそれで、火を消せるだけ消して調べないと……アラーニャちゃんも頑張ってくれたんだけど……」
「分かりました!」
アスリーナが大きくうなずいた。
だが近くにはこれだけの火を消せそうな水源がないので冷凍魔法をかけるしかないが―――さすがの彼女のパワーでも館全体には及ばず、一部が鎮火しただけだ。
「消しても消しても他から燃え移っちゃって……」
アラーニャは涙目だ。
「これでは……」
アスリーナが愕然とした表情でつぶやくが―――そのときだった。
「あの、アスリーナ様?」
周囲を見回りにやっていた兵士が一人戻ってきた。
「どうしたんです?」
「それが……子供がこんな物を持って参りまして」
そう言って紙片を差し出したのだ。
「子供が?」
彼女はため息をついてそれを受け取るが―――いきなり目が丸くなると厳しい声で尋ねた。
「誰に託されたか分かりますか?」
兵士は首を振る。
「いえ、女の人ということだけで……」
その様子をみていたハフラが尋ねた。
「何が書いてるんです?」
「見て下さい」
アスリーナが差し出した紙片をみんなでのぞき込むと―――そこには以下のように記されていたのだ。
お二人は無事です
先に助け出されてグラドゥス城に向かいました
一同は顔を見合わせる。
「グラドゥス城って?」
ハフラの問いにアスリーナが答えるが……
「ラバドーラ卿の支城の一つで、確か息子が城主になっていたかと思いますが……」
彼女の表情がやけに真剣だ。
「ラバドーラ卿ってどんな人なんですか?」
ハフラの問いにアスリーナが答える。
「ヴォルフ様の腹心の一人で、この地域の大守をしている方ですが……」
一同があっといった表情になる。
《それってもしかして……『そこでこんな不祥事があったら、うふふ』の人なのでは?》
そこでリサーンが言った。
「じゃあそのラバドーラ卿がこれをやったってこと?」
「これを?」
一同が焼け落ちた館を呆然と見つめる。
「そういうことになるのかしら?」
ハフラがつぶやくが―――アスリーナが首をかしげる。
「でもいったいどうして?」
それにハフラが答える。
「例えば……領内に悪い奴らがいたんで退治しようとしてたら、メイさん達がいたんでついでに助けてくれた、とか?」
「あー、それだったらそのラバドーラ卿っていい人ってこと?」
リサーンが口を挟むが―――それを聞いたアスリーナが絶句した。
《あー、何かこれだと、メイさん達の恩人ってことになっちゃって、むしろ相手に恩に着せられちゃうてことでしょうか?》
だがそこでアルマーザはふと疑問を感じた。
「あー、でもそれだったらその人、子供なんかにどうして伝言を頼んだんでしょうねえ? 何か来れないわけでも?」
「え?」
一同ははっと顔を上げ、リサーンが言った。
「そうよねえ。私たちが味方って分かってたんなら、普通にやって来ればいいのに」
………………
…………
……
一同はまた顔を見合わせる。
《どういうこと?》
味方だとしたらこんな迂遠なことをする必要はないし、敵だったとしたらこんな情報を教えてくれる筋合いはないわけだし……?
と、そこでまたリサーンが言った。
「あー、考えててもしょうがないから、ともかく行っちゃわない?」
だがハフラが心配そうにつぶやいた。
「でもこれって事実なのかしら?」
リサーンが一瞬言葉に詰まる。
「え? 罠かもって?」
「ええ」
一同は一瞬躊躇するが―――リサーンが言った。
「あ、でもそもそもあたしたち何の手がかりもなかったわけでしょ? もしメイさん達を見つけさせたくなければ、何もしなくていいわけだし」
「あ、それはそうね」
ハフラがうなずく。
「だったら?」
アスリーナが一同を見渡したが、もちろん答えは決まっている―――行ってみるしかない!
「じゃ!」
アウラが先陣を切って走り出した。一同がその後に続く。
そう。ここで頭を抱えていても始まらない。手がかりはこの手紙しかないのだ。
―――かくして一同は全速でグラドゥス城に向かった。
幽霊―――それはメイにとってはまさに人ごとではなかった。
《ちょっと……》
途端に脳裏にあの肌寒い丘の光景が広がっていく。
―――真っ黒で月も星もない空だ。
足下から淡い光に包まれた道が丘の頂へと延びているのが見える。
あたりに転がる黒いゴツゴツとした塊の山。
鼻を突く生肉が腐ったような臭い。
《ひぃぃぃっ!》
胃がぎゅっと掴まれる。喉が詰まる―――この場所をメイはまざまざと覚えていた。
ここで何をしなければならないか。
そしてここで何をしてはならないのかも。
だが―――歩くうちに足は疲れ、動かすのが辛くなっていく。
道は果てしなく延びている。
歩いても歩いても頂は遙か彼方だ。
いったいどうして彼女はここにいる? ここで何をしている?
いくら考えても思い出せない。
ならば……
《ちょっと休んだって……》
そんな思いがわき上がるが―――心の中の誰かが、それはダメだと叫んだ。
だが疲れは限界だ。体は重い。足も思うように動かない。
それでも止まるな! と、誰かが叫んでいるが―――だからもう限界だ。
《大丈夫よね? ちょっとくらい……》
まだ先は長い。こんなときは適宜休息を取るのが早道なのだ。
そう。先は長くともこれまで歩いた分は前に来ているのだから―――でも何故かは知らないが、ここで振り返ってはいけなかった。
《え? どうしてだっけ?》
確か―――そうするととても悪いことが起こるからだったような……
でも悪いことって?
《どんなことだったっけ?》
逆に気になってしまうのだが―――心の中の誰かが絶叫している。
いや、ちょっとだけだって。ちょっとどれだけ来たかを見てみるだけで……
メイは振り返った。
のだが……
………………
…………
……
《え?》
そこには果てしなく続く道があった。
今まで見ていたのと全く変わらない光景だ。
《えっと……?》
これの何が悪いのだ?―――と、そのときだ。
《え?》
何かが動いた。
動いたような気がした。
彼女が思わずその方を見ると―――目が合った。
《え?》
何かが彼女を見つめている。
彼女が慌てて目を逸らすと―――そこにも目があった!
どちらを向いても―――目! 目! 目!
あたりに転がっていた黒い塊が次々に目を開けて彼女をじっと見つめている!
《ひぃぃぃぃっ!》
思い出した!
これはメイが焼き尽くしたトゥバ村の、何千ものアロザール兵たちだ!
《!!!!!!》
全力で叫ぼうとするが―――声が出ない。
全力で逃げ出そうとするが―――足が動かない。
だがここに留まることは死よりももっと悪い結果を招いてしまう! そのことには確信があった。
なのに彼女は何もできない。
ただここに佇むだけで―――闇が濃度を増してくる。
このままではそれに呑みこまれてしまう!
冷たい手に心臓がぎゅっと掴まれる。
このままでは……
このままでは……
だが……
『メイ!』
そのときどこかから声が聞こえたのだ。
『メイ!!』
『誰⁉』
『こっち!」
見ると―――丘の頂に輝く人影が見えた。その“彼女”がメイに呼びかけている。
『メイ! 回りを見ちゃダメ。あたしだけを見て!』
何もかもが曖昧な中、その声ははっきりとメイに届いた。
《!!!》
メイは手を延ばす。その人影も彼女に向かって手を差しのばす。
《行かなきゃ!》
丘の頂まで!
メイの体に力がわきあがる。
《行ける! これなら行けるっ!》
あたりの死者達の目が次々に開いていくが―――彼女はそれを超えるスピードで丘を駆け上がった。
彼女に差し伸べられた手を目指して……
まるで空を飛んでいるように足は軽くて……
そしてついに―――
「メイ!」
柔らかな唇の感触がする。
目をうっすらと開けると、サフィーナの顔が間近にあった。
「……フィーナ……」
「もう大丈夫だよ?」
「でも……」
「大丈夫。幽霊なんてあたしが追い払ってあげるから」
そう言いながら彼女はメイのドレスのボタンに手をかけた。
「え?」
「大丈夫だから。あたしだけを見てて」
彼女の指がボタンを外し始める。
「ちょっと……」
そう言いつつも抵抗できない。
むしろこれから起こることを体が覚えていて―――そう。すなわち……
《幽霊なんて言われたら……体が疼いてきちゃうじゃないのーっ!》
―――あの恐怖は本物だった。
あれからもあの夢は毎晩毎晩彼女を苛んだ。それどころか昼間でもちょっと油断したら奴らは彼女に忍び寄ってきた。
それに呑みこまれずに済んだのは、ひとえにサフィーナがいてくれたおかげだ。
彼女はいつもメイを見てくれていて、そんなときにはいつの間にか彼女がそばに寄り添ってくれていた。
そして怯える彼女にいつも……
『幽霊なんてあたしが追い払ってあげるから。大丈夫だよ?』
―――こう囁いてくれた。
だがそのために何をしてくれたかといったら……
《うわっ……》
思い出すだけで顔から火が出るが―――でもそれは効果てきめんだった。
メイはこれまでそちらの方にはあまり縁がなかった。
いや、興味がなかったわけではない。むしろ最初はその辺のどこにでもいる普通の女の子が夢見るように、恋する人の腕に抱かれて過ごす初めての夜を心の中では待ち望んでいたのだ。
だがあのリ―――のつく奴事件以来、ちょっとそちら方面には身構えてしまうようになってしまって……
《おまけに大変なことばっかり起きるし……》
メイの回りには何故だか存在するだけでトラブルを引き寄せるというか、自分で作り出してくれる人たちがわんさといて、でも巻き込まれたからといって何もしないわけにはいかず、その結果はまったく息つく暇もないという有様だ。おかげでそんな色恋沙汰にかかずらっている暇など全くなかったようなもので……
だからそれは全くの不意打ちだった。
まさかそのとき―――人生最大の恐怖と共に、人生最大の喜びの夜がやって来てしまうとは!
それからそれは常にセットでメイを襲ってきた。
彼女を呑みこもうとする幽霊達は手強かった。本当に隙あらば彼女をさらっていこうと虎視眈々と狙っていた。
だがそれと同時に現れる喜びの輝きが、迫り来る幽霊達を文字通りに焼き尽くしていったのだ。
幽霊というのは曖昧な存在だ。決してはっきりとした姿を取ることはできない。
だが彼女―――サフィーナはそこにいる。
触れることだって抱きしめることだってできる。その彼女が与えてくれる悦びもまた確実にそこにあった。
そのどちらがよりリアルかなどともはや論ずる必要もなく……
そんなわけで―――メイは“幽霊”という言葉を聞いてしまうと、そこはかとない恐怖と共に、その体は迫り来る悦びの怒濤を期待して否応なく打ち震えてしまうのだ!
《あ、えっと……》
そんな思いが脳内を駆け巡っている間に、メイは下着姿にされていた。
部屋はそれほど寒くない―――というか、彼女の体の奥底から熱がカッカとわき上がっている。
何か言いたくても口はもう一つの唇で塞がれている。
サフィーナの指が下着の上からメイの体の上を這いはじめる。
「ん!」
思わず彼女が呻くと、サフィーナが顔を上げてぺろっと舌なめずりした。
「なに?」
なにと言われても―――と、その瞬間、彼女の指が下着の上から既に硬くなっていたメイの乳首を撫でた。
「あぁんっ!」
反射的に喉から声が漏れてしまうが……
「おおっ⁉」
「ええっ⁈」
なんだ? 誰かの驚き声が聞こえたような気がするが……
「あは! カワイい声だなあ……」
「ああ」
えっと、誰が喋って―――って……
《あーっ!》
メイは現実に引き戻された。
《そういえばあたし達って、あいつらに捕まって、それから……》
間違いなくとんでもないピンチに陥っていたのではなかったか?
それなのにどうしてここでこんなことをしているのだ?
だがサフィーナが囁いた。
「あんなの気にするな。メイ。あたしだけ見てろ」
いや、そう言われても―――と、思ったときだ。
「おいおい。二人だけで楽しんでないで、俺たちも混ぜてくれよ?」
「そうそう」
えっと―――こいつら何言ってるんだ?
だが……
「あ、がっつくな。もうちょっと待ってろ」
サフィーナがきっぱりとそう答えると、それに呑まれたのか二人は黙ってしまう。
そして彼女はまたメイに軽くキスすると、今度は彼女の着ていた下着をするりと脱がせてしまった。
「おおっ⁈」
またあいつらの声がするが……
《え? え?》
一糸まとわぬ姿にされたメイは―――まあそうされることにはわりと慣れてはいたのだが―――ただし二人だけのときではだが。
こうなると……
「あ、あん!」
次に何が来るのかはもう全て分かっている。
彼女の指先と唇がメイの肌の上を這い回り始めた。
サフィーナはアウラの弟子だ。
二人とも体に表れる相手の微妙な気持ちを読み取る天賦の才があって―――それが薙刀の強さと共に、女の子を喜ばせることにも役立っていて……
彼女の手のひらがメイの胸の―――本当ならもっと盛り上がっていて欲しい場所を優しく包みこみ、その指が優しく乳首を労っている。
彼女の舌がメイの頬や耳たぶだったり、脇の下やお臍だったり、背中だったりうなじだったり、あちらこちらをさまよっていくが……
《あ、そんなことされたら……》
体の中の炎がどんどん燃えさかっていって、次の瞬間……
「あ、ああぁん!」
両足の間の最も敏感な部分に電気のような快感が走って、思わず喉から声が漏れた。
「お、おおぅ!」
また何やらおかしな声が聞こえるが―――横目で見ると向かいのベッドに男が二人並んで、二人が絡む様を目を皿のようにして見つめているが……
《んげっ!》
また彼女は現実に引き戻されそうになるが……
「メイ」
サフィーナがまた耳元で囁くと―――彼女の秘所を優しく愛撫し始めた。
「あっ! ああっ! ああぁん!」
そんなことをされたらもう体が止まらないっ!―――頭の隅で誰かが唖然としているが……
《いや、だから……でも……》
このまま行く所まで行ってしまっていいのだろうか?
―――と、そのときだ。
《あ、でも……》
ラダル兄弟はメイの喘ぐ姿に何やらずいぶんと興味津々の様子なのだが―――ということは?
《もしかして……これって時間稼ぎになってる?》
………………
…………
……
はい?
《いや。これがファラ様とかだったらともかく……》
メイなどの喘ぐ姿を見て興奮する男がいるというのだろうか?
だが……
再度ちらりと見るが、二人は明らかに夢中になってメイを見つめているようだが……
《ど、どうして⁈》
そんなこと、あるわけが……
「あ、ああぁぁぁん!」
「おおおぉ!」
「すげーな……」
気づいたらサフィーナの顔がメイの両足の間から覗いていて―――その舌が彼女の秘所をちろちろとくすぐり始めているのだが……
それを二人が何やら身を乗り出して観察しているではないかっ!
《んな! こいつら……》
変態かーーーーーっ!
だが何故だ? その罵倒がメイの心にもブーメランのようにぐさぐさ突き刺さってくるのだが……
《いや、それよりともかく……》
そうなのだ。いま二人は特大のピンチの真っ最中で、ならばそこから生還するのに恥ずかしがっている場合などではなくって!
そう。要するに彼女はこうして時間を稼ぐため機転を利かせてくれたのだ!
だとしたら?
《協力しないとダメよね?》
そもそもちょっと残念なギャラリーがいるにしても、相手はサフィーナだし、やってることはいつも通りだし―――だったら?
メイは体の力を抜いてサフィーナを見つめた。
彼女がにっこり笑ってメイの膨らんだ突起を口に含み、舌先で優しく転がし始めると、そこから快感が渦のように突き上がっていって……
「あ、ああぁぁん!」
―――メイはびくんびくんとのけぞって絶頂に達してしまった。
「「おおぉっ!」」
どこからか声が聞こえるがもはやそんなことはどうでも良くて―――しばらくの間、甘い余韻に身を任せながらメイはベッドに横たわっていた。
だが……
「えへ? なんだ? もう終わりか?」
「え?」
サフィーナのちょっと動揺したような声がするが……
《あーっ! そうだった!》
ここであまりのんびりと余韻に浸っているわけにはいかない! なにしろ二人は大ピンチの真っ最中で―――そう。ともかく時間稼ぎだっ!
そこでメイは横に座っていたサフィーナのドレスの袖を引っ張った。
「サフィーナ……どうして服着てるのよ?」
「え?」
彼女はあそこでステラに渡された赤いドレスを着たままだが―――そもそもメイだけ裸というのはちょっとずるいのではないか?
メイは起き上がると彼女にニコッと笑いかけた。
「今度はサフィーナの番だからね?」
「え?」
彼女がぽっと赤くなる。
「「おおっ⁈」」
まーた何やら変な声が聞こえるが、そんなのは無視でっ!
―――本当にあれはちょっと悪いことをしてしまった。
だが天地神明に誓って悪気があったわけではなく、本当に余裕がなかったのだ。
あのときはあの肌寒い丘から逃げ出すことだけで精一杯で、そのためにサフィーナがどれだけ頑張ってくれていたか想像するゆとりがなかったのだ。
あの頃、彼女は怯えるメイを毎日のようにこうして楽しませては、寝かしつけてくれていた。
メイはその暖かさを感じながら、ただ安らかに眠りに落ちていった。
だが今ならばとてもよく理解できる。
あんな素敵なことをしてくれた後、すやすや眠っているメイを見て彼女がどんな気持ちでいたのかを……
《うわーっ!!》
思い出したら今でも赤面してしまうのだが、そのことに気づいた―――というか気づかされたあのギブアンドテイク事件があった日の夜だ。
水月宮のメイの部屋で彼女はサフィーナと二人きりだった。
あれから二ヶ月。ここに彼女がいること自体はもう別段不思議ではない。
だが……
《うわーっ! えっと……》
だが、こんな風に彼女を意識したのはこれが初めてだった。
二人は大きなベッドの上で、寝衣姿で向かい合っていた。
《えっと……えっと……》
そもそも彼女は、村の近くの街道沿いにささやかなレストランを開きたいというごくごくありきたりな夢を持った、どこにでも転がっている平凡な女の子に過ぎなかった。
それがあちらこちらで散々な目に遭った挙げ句にできたとても大切な人が、たまたまサフィーナという女の子だったというのは、やはり少しばかり想定外だったわけで―――すなわち自分のこの手で女の子を楽しませてやることがあるなどとは、まさにそのときまで想像だにしたことがなかったのだ。
《えっと……えっと……》
だから勢いで『じゃあ今日は私がしてあげるからねっ!』などと口走ってこうして彼女と二人になったのはいいのだが……
《それで……どうすればいいの? これ……》
サフィーナがはにかんだような表情でメイを見つめている。
明らかにこれから起こることに対する期待の眼差しだが……
《えっと……あ! そうだ。確かアウラ様が何か言ってたわよね?》
何か素晴らしい助言をしてくれたような気がするが―――だがそれって……
『サフィーナなんだから、直接聞いたら?』
―――なんてのだった気がするが……
《でも、聞くってどうやって⁈》
メイがまたちらりとサフィーナを見る。彼女は相変わらずはにかんだような笑みを浮かべているが……
《あ、ともかく……》
一つ言えるのはいま二人とも寝衣を着ているが、このままでは少々不都合だということだった。
「あ、それじゃともかく、服脱ごうか?」
「ん」
サフィーナが頬を赤らめてうなずいた。
そして二人はそれぞれ寝間着を脱いでいくが……
《うわ! 何で?》
単にそれだけのことなのに、体の奥底が熱くなっていく。
そして―――二人は今度は裸でベッドの上で向かい合っていた。
《うわーっ!》
彼女の裸はお風呂とかではもう何度も見てきたのだが、今日はなぜか全然違って見えた。
身長はメイとそれほど変わらないが、その体つきは見事に引き締まっている。
胸は―――うー、ちょっとだけ負けてるが、それでもほとんどうっすらと盛り上がっただけの丘の上に、黒いカワイい乳首がつんと立っている。
目につくのはあちらこちらにある古い傷跡だが……
《うわ、結構たくさんあるんだ……》
小さい頃から村では一番の暴れん坊だったらしいが―――だが、腰にある新しい傷はメイをかばって受けてしまったときの傷で……
《一番大きい……》
メイは思わずその傷に手を伸ばした。
「え?」
サフィーナが驚いたような声を上げるが……
「これ、痛かった?」
「ん? そりゃ、ちょっとね」
「ごめんね」
「そんなこと、もういいから」
………………
…………
そう! 今はそんなことじゃなくって……
「えっと……それでどうすれば……」
ついにメイが尋ねるとサフィーナが笑って答えた。
「メイが嬉しかったことなら」
………………
…………
……
《あたしが嬉しかったこと⁈》
言われてみれば、まさにその通りだが―――でも、それって……
ぼしゅっ!
顔から火が出てくる。
確かに彼女はいろいろと嬉しいことをしてくれたが―――それを彼女にしてあげるとなると……
だが……
サフィーナは顔だけでなく、体まで赤くなっている。
《うわっ! 待ってるんだよね? 絶対!》
もうこうなったら―――メイは心を決めた。
「サフィーナ……」
そう言って彼女の肩を引き寄せる。そして唇を彼女の唇に重ねた。
《あはっ! これにはもう慣れてるからねっ!》
キスなら何度もやっている。初めてのときはやっぱり鼻がぶつかったりもしたものだが……
唇を合わせると舌をその間に差し込んで、彼女の柔らかい舌と絡み合わせる。
こんなキスならこれまで何度もやっていたから自然にできるのだが……
《えっと……この次は、どうするんだっけ?》
サフィーナの場合はここから彼女をベッドに横たわらせて、指や舌が体の上を這い回り始めるのだが……
そこで彼女はともかくサフィーナを軽く押すと、彼女が自分からベッドに横たわった。
だがそれから?
《えっと……どこからが?》
彼女はどこからしてくれたのだろう? 今ひとつ思い出せないが……
《でもここは間違いなく気持ちいいわよね?》
そこでメイは彼女の乳首を指でつまんでみたのだが……
「あっ! 痛っ!」
「えっ⁈」
メイが思わず飛び離れる。
「痛かった?」
「あ、ちょっと強い」
「ごめん」
そこでもう一度、今度はそーっと摘まんでみると……
「あん!」
再びメイは飛び離れるが……
「ううん? 今のはすごく良かった」
サフィーナがトロンとした目で答える。
「そうなの?」
それからメイはそうっと彼女の乳首を愛撫し始めた。
彼女が気持ちよさそうな喘ぎ声をあげる。
《えっと……それからどうだっけ?》
サフィーナは指だけでなく、口でも色々してくれるが―――そこでメイは今度は彼女のもう一つの乳首を口に含んでみた。
「あんっ!」
今度は一回で成功だった。
《よしっ!》
そうやってメイが片方の乳首を口で、もう片方を指で慰めてやっていると―――サフィーナの両足の付け根に茂った森が見えた。
《あの中が一番……いいのよね……》
だがあそこは一番敏感な場所でもるのだが―――本当にいいのだろうか?
だがその視線に気づいたサフィーナがトロンとした目でメイを見上げる。嫌がってなどいない。
《それじゃ……》
メイは大きく深呼吸をすると―――彼女の秘所に指を伸ばしていった。
指に茂みが触れる。
《うわっ!》
いいのだろうか? 本当にいいのだろうか? 思わず手が止まってしまうが―――サフィーナの目が、早くしてくれと言っている。
《よしっ!》
そこで彼女はサフィーナの茂みの中に指を差し入れていった。
《あ?》
中は柔らかで温かく―――なみなみと液体で満ちあふれていた。
《うわあ……こんななんだ……》
思わずその感触をじっくりと確かめたくなってしまうが……
《いやいや!》
今はサフィーナのことが第一だ! そしてメイがしてもらって嬉しかったことというのは……
《やっぱり?》
裂け目の上でぷくっと膨らんだ場所をサフィーナが弄ってくれると、メイはいつもすぐに天にも昇る気持ちになってしまうわけで……
そこで彼女はおずおずとサフィーナのその部分に指を這わせたのだが……
「あ、痛っ!」
「えっ⁈」
再びメイが飛び下がるが……
「そこ、もっとそっと……」
「あ、うん……」
そんなに強かっただろうか? だが彼女の場合、触れるか触れないかくらいの微妙な距離を常に保っていたような……
《それってもしかして難しくない?》
彼女が身動きしたら手が離れたり当たったりしそうなものなのだが……
それなら舌で?―――サフィーナはよくそうしてくれたけど……
《むぎっ!》
―――いやそんなこと、考えるだけで体から火が出てしまうっ!
ともかくメイはもう一度、細心の注意を払いながらサフィーナのクリに指を伸ばした。
「あ! いいっ!」
今度は良かったらしい!
メイがその強さを維持しながら、彼女のその部分を愛撫し始めると、彼女の喘ぎが段々大きくなって……
「あ! ああん!」
そんな声と共にビクッ、ビクッと体を震わせてくったりしてしまったのだ。
「えっと……」
呆然とするメイをサフィーナが見上げる。
「ありがと」
「う、うん……」
メイがうなずくとサフィーナが体を起こした。
「それじゃ今度はメイね?」
「え?」
「だってほら……」
と、いきなり彼女の指がメイの谷間を走る。
「あんっ!」
思わず呻くメイにサフィーナが指を見せる。
「こんななってるし」
その指先はメイの愛液でてらてらと光っている。
「あ、でも……」
「いいから……」
そして彼女はまさに熟練の指先と舌先でメイを楽しませていった。
彼女はあっというまに絶頂に達していた。
「ちょっと、これじゃ……今日はあたしが……」
「いいの。嬉しかったから」
結局その夜もそうやってサフィーナの腕に抱かれて眠ってしまったのだが―――
サフィーナはドレスを脱ぎ、さらには下着も脱ぎ捨てて一糸まとわぬ姿になった。
「「おおっ!」」
またぞろ外野から何やら声が聞こえるが……
《うふっ! サフィーナったら……綺麗よね?》
あの日以来もう何度も何度も見てきた姿だが、いつでもやっぱりそう思う。
「サフィーナ!」
メイが手を差し伸べると彼女がおずおずと近寄ってきた―――そう。今思い出してもあの頃はちょっと下手くそだった。それまでそんな経験が全くなかったのだからと許してもらうしかないのだが。
でもあれからもう一年以上が経っている。それだけあれば人とはいろいろ成長することができるわけで……
メイはいきなり彼女をきゅっと抱きしめると、頬ずりをした。
「んー、サフィーナ~」
甘い声を出しながらほっぺたをすりすりして―――今度はちろっと耳たぶを舐めてあげる。
「あんっ!」
彼女はここが結構弱いのだ。
それからメイは耳たぶを責めながら彼女をベッドに座らせる。
そして今度はそのままお臍のあたりをなで始めた。
「ん……」
そーっと撫でながらちょっとお臍の中をくすぐってみたり、そのまま脇の下の方に手を伸ばしてみたり。
すると彼女の可愛い乳首がつんと立ち上がってきた。
メイはそっと指をそれに伸ばすが―――触れるか触れないかのところで指先は軌道を逸れて、彼女の胸のうっすらと盛り上がった周りをくすぐった。
「んー……」
明らかに彼女はちょっと不満そうだが―――そこでメイは今度は耳たぶから顔を離すと、彼女をベッドに横たわらせる。
彼女の滑らかな胸にちょんちょんと立ち上がった乳首がいつ見てもカワイい。
メイはその頂に向かって唇を近づけて、ちろっと舌を出す。
サフィーナの目が期待に輝く。
だがその舌はそのまま下のほうに向かってお臍の上をくすぐった。
「んー……」
サフィーナが何か言いたげだが……
「ん? なあに?」
ちょっとイジワルな調子で尋ねると、彼女の頬が紅潮する。
そして彼女に微笑みかける。
「うふっ! ど~こをどうしてほしいかな~?」
「あ、もう……メイのエッチ!」
あはっ そんな恥ずかしいセリフを言う口はこうしてやるんだから!
メイはサフィーナに覆い被さるとその唇にキスをした。
「ん! ん!」
そこで空いた手をさっと彼女の秘所に滑らせる。
「あぁん!」
そこは既にしっとりと液が溢れていて……
「もう……こんなになっちゃって……」
「んー……」
メイはその濡れた指でサフィーナの乳首を弄び始めた。
「あ、あんっ! あんっ!」
―――そう。一年という時があればメイだっていろいろと学習できるのだ。
彼女とはあれから毎晩―――とまではいかないにしても、かなりの高頻度で夜を共にしてきた。
しかも彼女の回りには要らん情報なら詳しく教えてくれる輩がゾロゾロいたりするわけで……
《おかげで……悪夢なんて見てる暇なくなっちゃっうし……》
そして『幽霊、怖くない?』というセリフがが『今晩どう?』という意味に変わってしまったりもして……
メイは彼女の乳首を愛撫しながらもう一つを口に軽く含むと、舌でその先っぽをくすぐってやった。
「あ、あぁんっ!」
サフィーナがカワイい声を上げる。
それからしばらく彼女の両乳首をそうやって楽しませてやって―――今度は彼女の手を取ると、その指先を口に含んでしっかりと濡らしてやった。そしてその指先を彼女自身の乳首に導いてやって、代わりに空いたメイの右手が段々下の方に下りていって……
「うふ 今度はどこがいい?」
「そっち」
サフィーナがトロンとした目で答える。
「もう……サフィーナだってエッチじゃないの~……」
そうしてメイの指が彼女の茂みの中に潜り込もうした―――とそのときだ。
遠くで犬の鳴き声が聞こえた。
………………
…………
……
《え?》
ほとんどよだれを垂らしそうな顔で二人を見ていたラダル兄弟にもそれは聞こえたようだった。
「あん? 何だ?」
「犬なんていたか?」
二人が顔を見合わせる。
「ちょっと見てこいよ」
ラダル弟が一瞬むっとした顔になるが……
「ああ」
すぐに立ち上がって剣を取ると部屋を出て行った。
《これって……もしかして?》
メイとサフィーナは顔を見合わせる。
だがそんな二人にラダル兄が言った。
「おいおい。手が止まってるぞ? もう終わりか?」
「え? でも……」
思わずメイが躊躇していると……
「んじゃしょうがないなあ」
いきなりラダル兄がズボンを脱ぎ始めたのだ。
「ふふっ。そんなん見せられちゃさあ、俺だってさあ……ほら、こんなんなっちゃうし」
そう言って二人にそそり立った彼の一物を見せつけたのだ。
《ひえっ!》
メイが思わず固まるが、その隙に両肩を掴まれてベッドに押し倒されてしまった。
《ひえぇぇぇぇっ!》
そしてラダル兄はにやーっと嫌らしい笑いを浮かべながら……
「あはっ! 俺のもさあ、慰めてくれるよな?」
そうささやいた。
《いや! ダメ!》
メイは叫ぼうとしたが―――喉からはかすれ声しか出てこない。
《うぎゃーっ!》
こ、こんな奴に……
こんな奴に……
―――と、そのときだ。
サフィーナが横からじっとその一物をのぞき込むと……
「ん?」
と、何やら不思議そうに首をかしげたのだ。
「あ? 何だ?」
「いや、お前のさ……」
「俺のがどうした?」
「だから、図体の割にはあまりおっきくないんだなって思ってさ」
………………
…………
……
ラダル兄の顔から血の気が引いていく。
《ちょっと! サフィーナ! ここでその煽りはどうなの⁈》
だが彼女は涼しい顔だ。
「あ、でもそうか。だからメイでちょうどいいのか。うん」
何やら納得の表情だが―――ラダル兄の体がわなわなと震え始める。
《ぎゃあああああ!》
だから男の人にそういう本当のこと言っちゃダメなんだってーっ!
まずい! とってもまずいって! このままでは……
