第4章 救出作戦予行演習
その日の午後、ティア一行は再びアルテラと落ち合い宿屋の一室で救出計画を立てていた。
「えっと、アルテラさんたちはアキーラであいつらに捕まったって言ってたわよね?」
ティアが尋ねると彼女はうなずいた。
「はい。奥方様はウーベル卿の……代々レイモン王家に仕えて参りました名家でございますが、そのご内室でございまして、私も奥方様にお仕えしてアキーラにずっと住んでおりましたのですが……」
そう言ってアルテラは悔しそうに言葉を切る。
「あいつらにやられたのね?」
「はい……あの日、アロザール兵が屋敷になだれ込んでまいりまして……動けるものは女ばかりで全く抵抗することも叶わず、お館様は殺められておしまいになって……その他の者たちも……」
彼女が歯を食いしばるが……
「あー……そういうのはあまり詳しく話さなくてもいいから」
ティアが手を振って遮った。
その類いの話は開放作戦中に多くの被害者たちから散々聞いていたから、アウラも今更そんな話を聞きたくはなかった。
「で、そいつらの親玉がその奥方を気に入っちゃったってことね?」
「はい……結果的には……」
「結果的には?」
「最初、私たちを捕えたのは侵入してきた隊の小隊長だったのですが、その男が私たちを連れ帰って自慢していたところにデイモンとシグヌムが通りがかりまして……」
「それが?」
「はい、デイモンが今の軍の司令官をしている男で、シグヌムがその副官だったのですが、その男たちが奥方様に目をつけて取り上げてしまったのです」
「アルテラさんは?」
「そこで奥方様が一人では嫌だとごねて下さって……ならば私がシグヌムの物になればいいと勝手に決められてしまって……」
一同は顔を見合わせる。
「それからずっと?」
ティアが尋ねるとアルテラは力なくうなずいた。
「はい……ともかく逆らったら何をされるか分からないので大人しくしておりましたら、なにか大変に気に入られてしまいまして……そのままずっと連れ回されることになったのでございます」
アウラはそんな彼女の横顔を見る。
確かにちょっと大柄だがなかなかの美人だから、男なら放ってはおかないと思うが……
「連れ回されたって、例えばどこに?」
ティアの問いにアルテラは答えた。
「最初はメリスでした。当時デイモンは第二軍で連隊長をしておりましたので……ところがそこでメルファラ大皇后様がアキーラを開放なさったという知らせが舞い込んでまいりまして……」
そう言ってアルテラの目が輝く。
「あ……うん」
「そのときは本当に信じられませんでした。アキーラが壊滅する様をこの目で見てきたところなのですから……」
「ああ……あれってそうよね……」
「その上、鎮圧に差し向けた軍が都の大魔法で焼き尽くされたと聞いて、メリスの軍もシフラに撤退を始めたのですが……」
「うん」
「そこで私たちも流されてこんな奴らに身を任せているだけではいけないと思ったのです」
「それじゃそのとき? その……」
アルテラはまたうなだれる。
「はい。軍はいったんシフラに集結したのですが、そこで思い切って二人で逃げ出したのですが……でも結局……」
それ以上話してもらう必要はなかった。
逃げようとしたところを彼女がなにか失敗して捕まってしまい、首筋に刃を突き付けられてしまったのだ。
そんな場合に男たちが使うワンパターンなセリフもありありと想像がつくが―――その奥方はそのまま逃げることもできたのだが、彼女を見捨てることはできなかったのだ。
アウラの心の奥底からふつふつと怒りが湧いてきていた。
「そうだったんだ……でもそれじゃその後は……」
ティアが思わずそう尋ねて口ごもる。
《そりゃひどい目に合わされたに決まってるわよね?》
もしかしたら服の下は痣だらけになっているとか?
アウラの胸の傷がぎゅっと痛むが―――アルテラは首を振った。
「あ、いえ……それが……私につけられた傷を見てシグヌムが激怒して、私を捕まえた兵士をぶん殴っておりましたが……その後、今度やったら承知しないぞと恐ろしい顔で睨まれましたが……」
一同は顔を見合わせる。
「えー? アルテラさん、めっちゃ気に入られてたのね?」
彼女は力なくうなずいた。
「はあ……ただ、その後は二人一緒には外に出してもらえなくなって……それまでは見張りと一緒なら二人で外出もできたのですが……」
「ああ……そうなんだ……」
彼女とその奥方の間にそんな絆があることが分かれば、それが一番効果的なやり方だろう。
むしろ単に暴力に訴えるような奴よりは始末が悪いかもしれない。
「それからアロザール軍がバシリカに退き、最後はシーガルにまで撤退してしまって、そうなるともう逃げるに逃げられなくて……」
「ああ、そうよねえ……」
「ただ、そのときは大皇様の率いる連合軍が迫っているという話でしたので、ここでじっとしていれば開放されるだろうという希望を持つことができたのですが……」
そこでまたアルテラは大きくため息をついた。
「あー……アラン王が?」
「はい。もう目の前が真っ暗になってしまって……いったい何が起こっているのかと……ところが今度は、サルトスがそちらについたという話を聞いて、ますますもう……」
ティアがうなずいた。
「うんうん。あたしたちも何が起こってるかよく分からなかったし」
いや、彼女がそれではちょっとまずいのでは? とも思ったが、アウラもあまり人のことは言えないし……
「そのときシーガルで第二軍と第一軍が再編成されて、デイモンがその司令官に抜擢されておりまして、その軍にセイルズ奪回の命が下りまして、こうしてここまでやって来られたのでございます」
なるほど。彼女たちがここまで来た経緯は大体分かったが……
「で、あそこの屋敷に閉じ込められてるわけね?」
アルテラはうなずいた。
「はい。なのでこうして私一人なら出歩くこともできますが……二人一緒となると……」
「えっと……まずあそこにいる兵隊って、どのくらいの数がいるの?」
ティアの問いにアルテラはちょっと考えてから答える。
「前の棟に三十名ほど、後ろにも十名は下りませんが……」
「前と後ろ?」
「あ、あそこはセイルズの市長の公邸だったそうで、敷地の中には大きく二つの棟がありまして、正面に近くて大きい方を前の棟、その背後にある小さい方を後ろの棟と呼んでおります」
「アルテラさんたちはどっちに? まさか別々に?」
そうなったらかなり面倒だと思ったが……
「いえ、私たちは後ろの棟です。ただそちらは市長の家族が住む棟で、今はデイモンやシグヌムがおります。前の棟は市政に関する会議などを行うところで、会議室などがいくつもありますが、今ではそこに大勢の兵士がたむろしておりまして……」
「前と後ろってつながってるの?」
「はい。一階も二階も廊下でつながっているので、騒ぎがあればすぐに兵士の一団が駆けつけてまいります」
「なるほどね……」
「その兵士ってみんな強いのよね」
アルテラはうなずいた。
「はい。司令官直属の部隊なので、アロザール軍内でも精鋭揃いと聞いております」
それはここに来てからも感じていたことだった。
レイモンにいた頃に出てきたアロザール兵は正直その辺のチンピラと大差なかった。だがそれは呪いで動けなくなったレイモン人相手ならそれで良かったためで、東方の戦線に投入されていたアロザール兵はもうちょっとマシだったということだ。
「司令官も腕はたつの?」
「はい。兵士からも畏れられておりますので……ただ強さから言ったら副官のシグヌムのほうが腕は立つようです」
「副官が?」
「はい。元はサルトスの剣士だったとか」
「へえぇ……」
サルトス剣士の上澄みの方ともなると、これは戦い甲斐がありそうだが……
「あ、ただシグヌムは今はおりませんが」
「どこかに行ってるの?」
「何でもヴェルデの森の方に調査に向かったとかで」
「ヴェルデの森? ってどこだっったっけ?」
ティアが首をひねるとアルテラが答える。
「セイルズの南西に広がる大きな森林地帯ですが……」
それを聞いてアルマーザが尋ねた。
「南西って反対側ですよね? どうしてそんな方に?」
彼女は首をふる。
「さあ、そこまでは……」
「まあ、ともかく一番強い奴がいないのならちょっとは楽ってことよね?」
「まあ、そうですけど……」
だがアウラは相手が強いかどうかよりは、数が多いことの方が心配だった。
いくらザコでも一気にまとめては始末できない。その間に回り込まれて人質を取られてしまったら手が出せなくなってしまう。
「あと、アロザール軍の本隊はどこにいるんです?」
アルマーザが尋ねる。
「あ、それは町の北東にかつてのレイモン軍の駐屯地があって、そこに駐留しているそうです」
「それじゃ司令官だけこっちに?」
「はい……奥方様をあんなむさ苦しいところには住まわせられないとか言って……」
「ああ、そうなんですね」
そのデイモンとかいう司令官はマジにその奥方に入れ込んでいるようだが―――でもそのおかげでアロザール軍のどまんなかに突入するようなことは避けられたわけだ。
《とは言っても……》
合わせて数十人がいるところに行って二人を救出するとなると……
「えっと……二人は同じ部屋に?」
「隣合わせで互いに行き来できるようにはなっております」
ということは二人別々に救出しなければならない訳ではないということだ。
「で、部屋の窓はどっち方向についてますか?」
アルマーザが尋ねた。
問題はここだ。アラーニャが窓から出入りする姿を敵に悟られないようにしなければならないのだが……
ところが……
「いえ、窓はございません」
「えっ⁉」
一同は驚いて彼女の顔を見た。
「屋敷の内側にある、窓のない部屋なのです。窓があると逃げられると思ったのかもしれませんが……」
………………
…………
一同は顔を見合わせた。
「えっと……例えば夜にちょっと二人で庭に出て星が見たいとか……そういうことはできそう?」
ティアの問いにアルテラは首をふる。
「いえ……多分無理かと……デイモンが大抵は一緒におりますし……」
「あ、まあ、夜はそうねえ……」
二人の立場を考えればそのとおりだった。
「えっと……例えばこっそり忍び込むとしたらどんなルートに?」
「こっそりとですか? それはちょっと……途中に兵士のたまり場も有りますし……」
「そこを抜けないと行けないと?」
「はい」
うむ。さすがにそんな場所で大立ち回りなどはしていられないし……
「夜中だったらみんな寝ているってことは……」
「いえ、順番に不寝番をしておりますから……」
わりとマジにあのときのようなたるんだ奴らではないということらしい。
一同は考え込むが……
《もしかして……これって結構大変なんじゃ……?》
何だかいきなり暗礁に乗り上げているように思えるのだが―――と、そこでキールが言った。
「でもリアン。仮にその奥方を助けられたとして、どうやってここから逃げる?」
「えっ⁉」
「その奥方とアルテラさんをアキーラとかアコールに連れて行けなければまた捕まってしまうだろう?」
「あ。ああ……」
考えてみたらそれもまた大問題だった。
《そうよね……全く気づかれずにってのは無理だろうから……追手がかかるわよね……》
一同はますます深刻に考え込んでしまうが……
「あの……それだったら何とかなるかもしれませんが……」
アルテラが言った。
「え?」
驚いた一同が彼女を見る。
「そういうことならば手助けしてもらえそうな方々がおりますので……」
「え? そうなの?」
ティアの問いに彼女がうなずいた。
「はい。奥方様と私めをセイルズから脱出させることならできそうだという話だったのですが……」
一同は顔を見合わせて、それからまたティアが尋ねる。
「それじゃ、屋敷から助け出すときの手助けとかは?」
彼女は首をふる。
「いえ……そのような腕のたつ手勢はないと……」
一同は顔を見合わせた。
「えっと、要するに屋敷から助け出すことができれば、その後はそっちに任せられるってことでいいの?」
アルテラはうなずいた。
「はい」
それはかなり意外だった。
《そんな人材のいる組織に知り合いがいるんだ……》
このセイルズは今アロザール軍の支配下にある。そこから彼女たちを脱出させるのが至難であることはアウラにも容易に想像できた。
にも関わらずそれはできる、ということは?
「へえぇ……何だかすごい人たちと知り合いなんですね? もしかして……密輸組織だったりして」
アルマーザが尋ねた。ここ最近ずいぶんお世話になっていたので悪気はなかったのは間違いないが……
「とんでもありません!」
アルテラが言下に否定した。
「うわっ! ごめんなさい!」
「ちょっと! そんなアキーラの立派な家柄の人が密輸なんてしないでしょ?」
ティアも突っ込む。
「あはっ。ですよねー……でもそれじゃ?」
アルマーザが問い返すとティアはちょっと考えてからにっこり答えた。
「例えば……行商人の組合関係とかなら? あれだったらあっちこっちにコネがあるし」
「でも兵隊に追われたりするんですよ? 大丈夫ですか?」
「えーっと……それは……」
「もしかして軍関係の人ですかね?」
「でも腕の立つ人はいないのよね? 」
「あ、確かにそうですねえ……」
などと二人が腕を組んで考え始めるが……
「えっと……その……」
それを見てアルテラが何やらおろおろしているが……
《別に普通に訊いたらどうなのかしら?》
と、アウラは思ったのだが―――そこでティアが威勢良く言った。
「あ! 分かったっ! 諜報関係の人ね?」
「あっ! それなら分かりますねっ!」
アルマーザもうなずく。
それならばアウラにも納得がいくが……
「え?」
アルテラが何やら目を白黒させているが―――と、そこでそれまで話を聞いていたアラーニャが尋ねた。
「諜報関係って?」
「あ、だからほら、ドゥーレンさんたちみたいな人ですよ」
「あ、そうなんだ」
アルマーザの答えに彼女もにっこりうなずいたのだが……
「えへっ! げほっ!」
いきなりアルテラがむせた。
「どうしたんですか?」
アルマーザが不思議そうに彼女を見る。
アルテラは口を抑えて一同を見わたすと……
「ドゥーレン……ですか?」
何やらひどく驚いた様子だが……
「はい。そうですけど? もしかしてドゥーレンさんをご存知で?」
彼女が何やら慌てた様子で答える。
「あっ! いえ、その……アキーラにはドゥーレン工房というのがございまして……」
「え? アルテラさんもあそこで何か仕立ててもらったことが?」
「えっ? あ、はい。あそこは腕が良いことで有名でしたから……」
アルマーザがにっこり笑ってうなずいた。
「ですよねー。私たちも水着とかを作ってもらっちゃったりして……」
「え?」
アルテラの目が丸くなる。
「あ、いや、こっちに来る前にあたしたちも一時期アキーラにいたことがあってですね……」
「あ……そうなんですね……」
彼女がうなずくが―――そんな彼女を見ていたアルマーザ尋ねた。
「えっと……アルテラさんのお館様って、もしかしてレイモンの諜報組織の関係者だったとか?」
「えっ⁉」
「だから奥方様を助け出すのに協力してくれてるんじゃないですか?」
アルテラがあんぐりと口を開けて絶句するが……
「あっ! はい。そう。そうなんです!」
―――それから慌ててうなずいた。
「なるほどーっ。そりゃそうよねえ。レイモンにだってあんな組織があっても不思議じゃないんだし……」
ティアが納得したようにつぶやくと……
「はい……はい……」
アルテラがなにやら大げさに同意しているが……
それを見てアウラは彼女はちょっと慌てすぎのようにも思えたのだが―――そこでアルマーザが一同に向かって言った。
「でもそしたら……」
「ん? なに?」
「そんな方々がいるなら、こっちの方にも協力してもらえたりしませんかね?」
「えっ?」
一同は一瞬ぽかんとするが……
《こっちの方って……ファラの救出に?》
そんな組織が協力してくれれば、確かに遥かにやりやすくなりそうだが……
一同の表情が変わる。
「あ、確かにそうよね」
ティアがまずうなずく。
「ディーネさんはどうですか?」
「あ、うん。悪くないかも」
「キールは?」
「ああ、そうだな。確かに……」
そして一同がアルテラの顔をじっと見る。
「え? あの……どういうことでしょう?」
彼女が目を白黒させているが―――ティアが言った。
「あのね、実はあたしたちもちょっと人探しをしてて……」
「え? あ、はい……」
「それで……ちょっとこれから言うことはすごい秘密なんで他では喋らないでほしいんだけど……」
「はい……」
「実はね。シルヴェストのアラン王が、メルファラ大皇后様を誘拐しちゃったのよ」
………………
…………
……
「はいぃ⁉」
アルテラの声が裏返った。
《あは。まあそうよね……》
いきなりそんなことを聞かされたりしたら……
「それであたしたち、彼女を助けに来たんだけど……」
「………………」
「その組織の人たちにちょっと協力してもらえないかなって思って」
………………
…………
……
アルテラはしばらく絶句していたが……
「えっと……それは本当なのですか?」
「本当よ?」
「しかし……大皇后様は今はガルデニア城にいらっしゃるのでは? あそこから誘拐されたのですか?」
「そうなのよ。そんなことができるのなんてアラン王しかいないでしょ?」
………………
…………
……
「はあ……?」
アルテラは完全に混乱したという表情だ。
《まあ、無理もないけど……》
いきなりこんなことを聞かされたらそれはそうなるだろう。
と、そこで彼女が尋ねた。
「あの……それで……もしかしてみなさんは?」
「え?」
「アウラ様って……本当に疾風のアウラ様、だったのですか?」
「え? あ、まあ……」
こうなったら隠していても仕方ないが……
アルテラの目と口が丸くなる。
「では他の方々も?」
「あはは。あー、そうなの。あたしがティアで、こちらがアルマーザ、この子がアラーニャで、こいつはまんまキールなんだけど……」
アルテラは座っていた椅子からずり落ちそうになる。
「そんな……」
「あはは。黙っててごめんね?」
「いえ、その……」
「んで、その組織の人って手伝ってくれそうかしら?」
「それはもう、もちろんです!」
アルテラが大きくうなずいた。
「あは。良かった! ちょっと色々悩んでたところなのよ。シフラに上手に潜入できるかどうかとか」
「は……はあ……」
と、そこにアルマーザが口を挟む。
「あ、でもその奥方様を逃がすんならアキーラですよね? それかアコールのレイモン軍のところとか」
「え? あ……」
確かにそうだった。
「その諜報組織の人たちもそこまで手が空いてるんですかねえ?」
そうなると彼らは奥方をそちらに逃しながら、シフラの大皇后救出の手助けもしなければならないのだが―――いわゆる二兎を追うものは一兎も得ずということになりがちで……
だがそのときアルテラが言った。
「いえ、それならばシフラに行くべきでしょう」
「え? 奥方様はどうするの?」
「シフラ経由でさらに北のトルボに逃げればよいかと。そちらには今サルトス軍がおりますので」
「シフラ経由でトルボに?」
ティアが訊き返す。
確かにトルボまで行ければ安全なはずだが……
「間違いなく追手は私達がアキーラに向かって逃げると考えるでしょう。なのでそちらに囮を走らせてもらって、みなさんと一緒にその経路で逃げるのがいいと思います」
「でもシフラって今はシルヴェストの主力軍がいるんだけど……」
「そうですが……私どもがシルヴェストから追われる理由はございませんし、こだわっているのはデイモンとシグヌムですが、今は同盟国だとはいえ、さらった女に逃げられたから差し出せなどは言えないかと」
「あー、確かに……」
まさに国際的な大恥だ。
「えっと、ってことはシフラにもお仲間がいるということですか?」
アルマーザが尋ねると、アルテラはうなずいた。
「はい。それは」
まあ、セイルズにいるならシフラにだっていて当然である。
一同は顔を見合わせるが―――表情にはみんな笑みがこぼれている。
と、そこでティアが勝ち誇ったようにアルマーザに言った。
「ほらーっ! だからチャンスを逃さなければこうやって道が開けてくるのよっ
」
「えーっ⁉」
彼女が首をかしげているが……
《本当に何なのかしら?》
アウラも今ひとつ納得がいかないのだが―――それはそうと……
「えっと……それで奥方様はどうやって救出するんですか?」
………………
…………
……
アラーニャの至極当然な疑問に、一同はまた考え込むこととなった。
「ともかく問題は、兵隊の数が多いってことなのよね?」
ティアがアウラに尋ねる。
「まあ、そうかな」
彼女はうなずいた。
「ってことは、兵隊を減らせばいいってことよね?」
「減らすって……どうやってですか?」
アルマーザの問いにティアが答える。
「例えば……あ、ほら、アキーラでメイちゃんがやったみたいに薬で眠らせるってのは?」
一同が顔を見合わせる。
《これって?》
何かできそうな気がするが……
「あ、それじゃアルテラさん、みんなの食事を作らされてたりは?」
ティアの問いに彼女は首を振った。
「いえ、それが……直属部隊には専門の糧食班がありまして、食事はそこが一括して作っておりまして……」
「でもアルテラさんが手伝うって言ったら?」
「いえ……ちょっと……何しろ班長はどこぞでシェフをやっていたとかで、下手な部外者は入れてもらえないのです」
「あー……そうなんだ……」
「そのせいで食事で困ったことはなかったのですが……」
うーん。確かに開放作戦中はメイとかが毎日美味しい食事を作ってくれたおかげで頑張れたのは確かだが……
「うーん……となると……」
「あ! こんなのはどうでしょう?」
そこでアルマーザが言った。
「どんなの?」
「昨日行った郭で割引大サービス中とかいった噂を流したら、男ならみんな行っちゃったりしませんかね?」
………………
…………
「それって、街中の男たちが来ちゃうんじゃないの?」
「そうなるかしら」
「それじゃ、アロザール兵オンリーのサービスということにすれば……」
「あー、だからダメよ。それに兵隊ってのには女に興味のないのも多いって聞くし」
………………
…………
「え? それって、男同士で?」
「普段が男ばっかだからみたいよ?」
「へえ……あ、でもこっちも女ばっかでしたからね
」
「あは
ま、そうだけど……」
などという会話をアルテラが目を丸くして聞いているが―――それはともかく……
《どうすればいいのかしら?》
こんな話ならフィンがいてくれればけっこう当てになるのだが―――と、そこでキールが言った。
「えっと……セイルズは城塞都市じゃなかったよね?」
ティアが首を傾げる。
「え? そうだけど? それがどうしたの?」
それについては昨日いろいろと解説してもらっていたわけだが……
「うん。だから敵が攻めてきても籠城戦ができないから、軍は出ていかなきゃならないよね?」
「え? まあそうね」
「そうすると大河ヘリオスが防衛ラインになるんだけど、アコールのレイモン軍ももちろん真正面から来るんじゃなくて、もっと下流のあたりで川を渡って対岸を北上するような作戦を考えるだろうし……」
「だったらどうなるの?」
「だからアロザール軍はあの橋のところだけじゃなくって、川沿いに幅広く展開しなければならなくなると思うんだ。川を渡られたら騎馬軍団に蹴散らされてしまうだろうし……それだけは絶対に阻止しなきゃならないだろうし……」
何やらややこしいことを言い始めたのだが―――そこでアルマーザが言った。
「あーっ! そうなったら司令官も直属軍もみんな出ていくと?」
「そうなるんじゃないかなって思って……」
それって……
《セイルズから兵隊がいなくなるってこと?》
のようだが……
「あ、でもアルテラさんたちも一緒に連れてかれるってことは?」
アルマーザが尋ねるが、彼女は首を振った。
「それはないと思います。私たちはいつも後方の安全な場所に居られましたから」
「だったらあの屋敷にずっといるわけね? 全く見張りがいなくなることはないんだろうけど……」
そう言ってティアがアウラの顔を見る。
「そうね」
彼女はうなずいた。
レイモン騎馬軍団が攻めてくるとなれば出し惜しみなどできないだろう。そうすれば見張りも最低限の人数になるはずだ。ならばそいつらを蹴散らしてアルテラと奥方を助けることも十分にできそうだが……
「でも、そんなに都合よくレイモン軍が来てくれるの?」
アラーニャが尋ねた。するとキールがアルテラを見て尋ねた。
「それはそうなので……だからそんな情報を流してもらうのって、できたりしませんか?」
アルテラの目が丸くなった。
「組織にですか?」
「はい」
彼女はしばし考え込むが、それから真剣な表情で顔を上げる。
「できるかもしれません。確認してみないと何とも言えませんが……」
一同は顔を見合わせた。
《確かに諜報組織ならそういうことは得意そうよね?》
そう思ってアウラは改めてキールの顔を見た。
《何だかいつも静かだったんだけど……》
彼は色々な会議に出ても寡黙でほとんど発言することはなかったが、話はよく聞いて学習していたのだ。
《だったらもっと喋ればいいのに……》
しかしそういうアグレッシブなところはみんなイルドの奴に持っていかれてしまったのだ。
それにしても―――何だかんだで当初はまったく雲を掴むような話だったシフラへの道筋が見えてきているのだが?
《もしかして……占いって当たるのかしら?》
これまで彼女はそういったものをあまり信じてはいなかったのだが……
それから数日後の夜、一行は幌のついた馬車に乗ってアルテラたちが囚われている屋敷に向かっていた。
荷台には縦に平行に座席がついていて、並んで向かい合って座れば八人は余裕で座れるが、いま乗っているのはアウラとティア、アルマーザ、アラーニャ、そしてキールの五人だ。
一同はみな、付近の農民の作業着といった出で立ちだ。
馬車を御しているのはルードスという四十すぎの男で、秘密組織のメンバーだ。
「もうすぐですよ」
「あ、うん」
このような作戦はこれまで何度もやってきたが、やはり最初は少々緊張するのはやむを得ない。
だが、ここに至るまでは大変に順調だった。
《あんな仲間がいれば心強いわよね……》
あれからアウラたちはその秘密組織と接触することになったのだが、何とその連絡場所がディミヌーラ―――あの郭だったのだ。
あの日アルテラは組織と連絡をつけたくてあそこまで来ていたのだが、彼女にはまさに未知の場所だったため躊躇していたところだったのだ。
《しかもロジカが役に立ってるって言うし……》
組織の役割は主に情報収集だという。
彼女は実はメンバーではなかったのだが、あの生来のお喋りだ。サルトス軍やアロザール軍の面白い噂があったら報酬が出ると言われて、大喜びで小遣い稼ぎをしていたらしい。そして部屋が持てたのもそのせいだったようで……
《確かにカテリーナじゃダメかな……》
彼女の場合は言葉よりも体で語るタイプなので客受けはいいのだが、まあこういうことには向いていないとは思う。
というわけであの翌日は郭の中で作戦会議をすることになって、その日のロジカとの約束はお流れになってしまったのだが……
《でもそりゃすぐにはいかないわけだから……》
信憑性のある偽情報をでっち上げるのにもそれなりの時間がかかるし、それを受けてアロザール軍が動くまでにもタイムラグがある。しかも郭の協力まであるので想定以上の豪遊状態になってしまったわけだが―――しかもタダで。
《みんなももう……》
ティアたちにとっては初めての郭遊びだったらしく、何やらずいぶんと舞い上がっていたようだが―――いちおう約束通り参加したのはキールの方だったので、後からイルドがやたら悔しがっていたが……
そんなことを考えていると、馬車が止まった。
「大丈夫ですよ」
御者の声がする。アウラが幌の間から外を覗いてみると―――今いるのはあの屋敷の裏手の道だ。この間偵察したときには裏口にも見張りが立っていたのだが、今日は誰もいない。屋敷方面もしんと静まり返っている。
《予想どおりみたいね……》
アロザール軍にとってアコールのレイモン騎馬軍団が動いたという知らせはかなり衝撃的だったようだ。この時期にはそんな動きはないだろうと踏んでいたのだろうが、もちろん無視できるはずがない。
そこでキールの予測どおり司令官ともども軍は大河ヘリオス沿いに展開していって、今ではこの屋敷はほぼもぬけの殻なのだ。
屋敷に残っているのはわずか三人。その人数で奥方やアルテラの見張りをするだけでなく、何かあった場合の連絡や、夜も一人は不寝番に立たなければならない。
残された方も大変だが敵にとってはそれだけの非常事態なのだ。
《でも……》
偽情報だと知っている彼女たちから見れば、まさにご苦労さまとしか言いようがないわけで……
「んじゃ行くわよ」
ティアの言葉に全員がうなずいた。
一行は馬車から降りると、アウラ、アルマーザ、アラーニャの三人が屋敷の塀の方に向かった。アルマーザは背中に小さなリュックを背負っている。
ティアとキールは別々に周囲の見張りにつく。
こうして見上げると塀は思ったより高く、上には忍び返しもついている。
「それじゃ」
アルマーザがアラーニャに小声でささやく。そして二人が彼女と腕を組むと、三人はすっと浮き上がって塀を超え、すとんと屋敷の庭に降り立った。
《本当に助かるわね……》
アラーニャがいなければここを超えるだけで大事だ。
三人はあたりを見回した。かなり立派な庭園であちこちに木立が茂っていて少し離れたところには結構大きな池もある。
だがあたりに人の気配はなかった。
「じゃ、ここで」
「うん」
アラーニャが近くの木陰に隠れた。
ここから先は敵との戦いが発生する。そんな場所に彼女を連れて行くわけにはいかない。
アルマーザと目配せすると、二人は慎重に庭の小径を歩き出した。
空はよく晴れて月も出ている。そのせいで明かりなしでも遠くまで見えるし、歩くのにも困らない。
とはいっても油断するわけには行かない。二人は慎重に庭を抜けると後ろの棟の裏手に回った。
「ここですね」
アルマーザが指差した先には庭に向かった扉がついている。大きな屋敷なので所々にこのような通用口があるのだ。
だがそれらは当然不要なときは鍵がかかっているものだ。しかしノブを回すと扉は音もなく開いた。
二人は顔を見合わせてうなずいた。
それはもちろんアルテラの仕業だ。ここの出入り口は通常は常に施錠されているので、一々閉まっていることをチェックしないのだ。
アウラは中を窺うが、そこも無人だ。
二人は屋敷に入る。中は土間になっていて、庭を手入れする様々な道具が置かれている。
《言ったとおりね……》
ここまでは予定通りだ。
二人は土間の奥に向かった。そこには屋敷の中につながる扉があるが、鍵はついていない。
アウラが慎重にそれを開けてその先を窺う。
その先は廊下だが、明かりは所々に灯されているだけなので薄暗い。
普段ならばもっと明るいらしいのだが、これもまた願ったりかなったりだ。
二人は静かに屋敷の中に侵入した。
屋敷の構造はアルテラから聞いて全部頭に入っている。二人はまっすぐに彼女たちが閉じ込められている部屋に向かった。
だが……
「しっ!」
次の廊下の曲がり角の先が明るくなっている。そこが見張りの兵士がたむろしている場所だ。
曲がり角から慎重に顔を出してみると―――廊下の行き当たりにガラス窓のついた扉があって、そこから光が刺している。
これもまたアルテラの情報通りだ。
アウラは持参してきた薙刀をカチリと継ぎ合わせる。アルマーザも剣をいつでも抜けるように留具を外す。
それから二人はそろそろと扉の方に向かって、ガラス越しに中を覗いた。
ガラスが少々デコボコしているため見えにくいが、テーブルに向かって一人が座っていて、近くのソファに誰かが寝転んでいるのが分かった。
二人は目配せする。
そして―――アルマーザが部屋の扉をバタンと開くと……
「あ、ども。こんばんわー!」
―――そう言って中に踏み込んだ。
テーブルについていた男がびっくりして立ち上がるが、そいつにアウラが一気に襲いかかる。
男は声もあげずに絶命した。
振り返るとアルマーザも寝ていた男を仕留めている。
アウラはまた目配せすると、前の棟に続く廊下への扉に近づいてその先を窺うが―――向こう側はしんとしている。
《今のは聞かれてないみたいね……》
その間にアルマーザはアルテラと奥方が囚われている部屋に続く廊下の扉をトントンとノックする。
するとアルテラと奥方が恐る恐るといった様子で現れた。
《へえぇ……》
ここで彼女は初めてその奥方の姿を見たが―――彼女は上等な仕立てのガウンを羽織っていたが、何よりもその身のこなしが美しかった。それだけを見ていればどこかの舞姫だが、それとは一線を画しているのはその凛とした眼差しだ。
確かに長い虜囚生活に少々疲れの色も見えるが、そこから見えてくるのはそれでも決して誇りを失わないという強い意志の光だった。
二人は血の海に沈んでいる二人の兵士を見て一瞬息を呑むが、それ以上は取り乱すこともなくアウラとアルマーザに軽く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「あ、うん」
アウラも挨拶を返すが、何やらちょっとドキドキした。
「それで、アルテラさん」
アルマーザが声をかけると、彼女がうなずいた。
そこで二人は前の棟に向かう扉の両脇に立って構える。
それを見届けると……
「きゃああああああっ!」
アルテラが大声を上げた。
すぐに表の方から誰かが走ってくる音がして、扉がバタンと開いて兵士が駆け込んでくる。
「何だ? いった……」
兵士は部屋の中の惨状を見て肝をつぶすが―――おかげで彼もまた速やかに倒れた二人の後を追うこととなった。
「これで全部?」
「はい……」
アルテラがさすがに青い顔で答える。
少々可愛そうだがここの兵士たちは一人も生かしておくことはできなかった。
何しろ相手はアロザール軍の司令官だ。その気になれば大量の兵士を動員して追跡に向かわせることができる。なので虜囚奪還の発覚は可能な限り遅らせる必要があったからだ。
「んじゃ、これに着替えてくださいね」
アルマーザが担いできたリュックから、いま彼女たちが着ているような安物のドレスを二着取り出した。
ところが……
「え? ここで?」
そう言って奥方が床に転がっている三つの死体を見る。
アウラとアルマーザは顔を見合わせた。こんなところで着替えたくないという気持ちは分からないではないが……
「あー、でも、この先は寒いですよ?」
「あの、ちょっと戻って着替えてきていいですか?」
アルマーザがちょっと困ったようにアウラの顔を見るが、仕方なくアウラはうなずいた。
そこでアルマーザが彼女たちに言う。
「あ……はい。でも急いでくださいね」
「分かっております」
二人は服を持って自室の方に戻っていった。
アウラとアルマーザはまた顔を見合わせる。
「着替える場所の話はしてませんでしたかね?」
「あ、うん」
逃げる際には目立たない服に着替える話はしていたが、どこで着替えるかは確かに話していなかった。
でもまあここの奴らをみんなやっつけたというのならそれでも構わないだろう。
というわけで二人はしばらく待っていたのだが……
「なかなか出てきませんね?」
「うん」
どうしたのだろう? 着替えるだけなのだからすぐできるはずだが?
《あ、でも……》
いわゆる高貴な人のお着替えに時間がかかるということはよくあるが―――エルミーラ王女のときでも正装する場合には何時間もかかっていたが……
《でも、こんなときに?》
見に行くしかないか? と、思った矢先に二人が少々慌てた様子で現れた。
「申し訳ありません。二人とも違った服を着てしまいまして……」
「あっ!」
持ってきた服は二人に合わせてピッタリのサイズに仕立てられていたのだが、二人の体格は結構異なっている。
「あ、ごめんなさい。どっちがどっちか言わなくて」
「いえ、確認しなかった私どもも悪いのです」
だったらアルマーザに一緒に行ってもらったほうが良かったか? などといった細かいミスは作戦には付き物だ。
ともかく準備ができれば後は脱出のみだ。
「お二人とも、何か持ってくるものはないんですか?」
二人が手ぶらなのを見てアルマーザが尋ねるが……
「いえ、ございません」
奥方はきっぱりと首を振った。
彼女がそう言うのならそれでいい。一行が元来た方に戻ろうとしたそのときだ。
「あーっ? 何で誰もいないんだ?」
表の方から男の声が聞こえてきたのだ。
一同は顔を見合わせる。
《こんな時間に誰か来たの⁉》
アロザール軍が展開して司令官も前線に出ていることは誰もが知っているのだから、原則誰も来ないはずだったのだが?
それを聞いたアルテラが青くなる。
「シグヌムです!」
「え? 強い副官って言ってた?」
「はい……」
そういえばそいつはどこかに行ってていないという話だったが……
「みんな行っちゃったんじゃないですか?」
「それでも連絡係くらいは残すもんだろうが?」
「はい。そのはずですが……」
そんな会話がまる聞こえだ。
なんと言うか、間が悪くそいつらが帰ってきてしまったらしい。
一同は顔を見合わせる。
《どうしよう?》
出ていってやっつけるか? それともとっとと逃げるか?
この惨状を見られたら間違いなく追手がかかるが―――しかし声から相手は少なくとも三人。外にも誰かいるかもしれないし……
「ともかく行っちゃいましょうよ」
アルマーザが言った。
「うん」
アウラとフィンだけだったらやったかもしれないが、ここで奥方たちを守りながらではどう考えても危険だ。
アルマーザが二人を連れて奥の廊下に向かう。アウラも最後からその後を追った。
一行が土間への扉のあたりにきたときだ。
「ああっ! なんじゃあ? こりゃあ!」
そんな怒声が聞こえてくる。
「ともかくこっちへ」
アルマーザが二人を土間の中に招き入れるが……
「あっ!」
ガッシャーン!
派手な音が響き渡った。
見ると奥方が立て掛けてあった農具にドレスの裾を引っ掛けて倒してしまったのだ。
《あーっ!》
確かに中は暗くて目が慣れていなければよく見えないが……
「何の音だ?」
「納屋の方だぞ?」
立ち止まってはいられない。
「怪我はないですか?」
「大丈夫です」
「それじゃこっちへ」
アルマーザが二人を外に導くが、男たちが駆けてくる音が聞こえてきた。
《ちょっとまずいわね……》
このままでは追いつかれてしまうかもしれないが―――アウラはあたりを見回した。
この土間は狭くて暗い上に障害物が多い。そんな中で三人を相手に戦うのは明らかに分が悪い。アウラも彼女たちと一緒に庭に出た。
暗い納屋から出てくると月明かりが太陽のように明るく感じられる。
《ここならいいわね……》
必要とあらばだが……
一行は一目散にアラーニャの隠れている木立の方に向かったが―――奥方はすいすい走っていくのに対してアルテラが明らかに足が遅い。
それもあって中間くらいの場所に来たとき、納屋から男たちが出てきてしまった。
「あっ! いやがった!」
「ええっ⁉」
それを見て奥方がうめき声を上げるが……
「いいから走ってください」
アルマーザが二人を先導する。
それを見て木陰からアラーニャが慌てて現れた。
「アラーニャちゃん! 二人を!」
「あっ! はいっ!」
その間にアウラは振り返って追手がやってくるのを待ち構えた。
すぐにアルマーザも戻ってきて、二人は離れて並ぶ。
ちらっと見るとアラーニャが二人を連れて塀を超えていく所だった。
「ああっ⁉」
追手の一人が間抜けな声をあげているが……
《とりあえずはOKね》
あとはこいつらを始末するだけだが……
「何だ? お前たちは……」
追ってきた男たちが剣を抜いた。全速力で走ってきたせいで少々息が上がっているようだが、その構えを見ればこいつらがかなりの腕前であるということは一目瞭然だ。
「人さらいに名乗る名前なんてないわね」
「あんだとぅ?」
追手の一人が声を荒げるが……
「おまえら……何かただものじゃねえな?」
三人のうちの一番強そうなやつが言った。
《ん? あんまバカじゃないんだ……》
こんな風に言うと男というのはたいてい激高して後先考えずに突っ込んでくるので簡単に仕留めることができるのだが……
「ま、話はゆっくり聞くぜ」
そう言ってそのボスの男がアルマーザに向かって突っ込んでいったのだ。
《あっ!》
アウラはちょっと焦った。彼女ではあいつは荷が重いのだが―――しかし、そこに残り二人が突っ込んでくる。
《くっ!》
思ったより連携の取れた奴らだ。
アウラはその攻撃をかわすことは余裕でできたが……
「あっ! えっ!」
その間にアルマーザが押し込まれてしまっている。早急にこちらの二人を始末してしまわなければいけないが……
だが今度は二人はちょっと離れた位置からアウラを牽制し始めた。
《時間を稼ぐ気ね?》
このままではちょっとまずいかも?―――と、そのときだ。
ボーン!
片方の男の足元で火球が弾けた。アラーニャのサポートだ!
男が慌てて一歩下がるが―――そんな隙を逃すアウラではない。一気に突っ込んでいくと左袈裟で一気にその男を叩き斬る。
そしてもう片方の男は無視して、返す刀でアルマーザに迫っていたボスに襲いかかった。
「うぉっと!」
彼女を押し込んでいたせいでほとんど真横から攻撃されたにもかかわらず、そいつはアウラの斬撃をかわした。
《へえぇ……》
その次の瞬間……
「うがあっ!」
彼女の背後から叫び声が上がる。
こちらは見なくとも分かっていた。
この瞬間にアルマーザが一気にクロスして突っ込んでいって、アウラに対していたもう一人の方を仕留めたのだ。
《連携ならこっちだってできるんだから!》
多対多で戦う場合はこのように相手を柔軟に変えられると効果的なので、開放作戦の頃からこんな練習はけっこう積んできていたのだ。
「おのれ……」
あっさりと仲間をやられてしまってさすがにボスも少々頭に血が上ったようだ。
とっとと目の前の女を片付けて逃げた二人を捕らえようと思っていたのだろうが、いつの間にやら形勢逆転だ。
男はぎろっとアウラを睨みつけて剣を構える。
《うーん……》
まあ、構えを見れば確かになかなかの腕なのは間違いない。だが―――アウラがひょいと薙刀を肩に担ぐと男はぴくっと身を震わせる。
次いでアウラがじりっと小さく横に動くと、男もそれに合わせて向きを変える。
《反応がちょっと大げさよねえ……》
これがブレスだったらこの程度ではニコニコ笑いながら視線さえ動かないのだが―――というのはともかく、あまりのんびりしてもいられない。
《んじゃ、ま……》
そこでアウラはつつつっと無造作に間を詰めていった。
男の目が見開かれ、肩や膝が緊張する。
だがアウラの動きは止まらない。そこで……
「ぬぉおおお!」
男がアウラに斬り込もうとするが、それよりも僅かに早く薙刀の刃が男の利き腕をざっくりと切り裂いていた。男は思わず剣を取り落とすが、次の瞬間アウラの薙刀の刃が男の喉笛を貫き通す。
「ぐはぁ……」
男はおかしな声を上げてそのまま倒れ伏した。
《さてと……》
アウラはあたりを見回す。
「他はもういない?」
「いないみたいですね」
「それじゃ」
二人が振り返ると木の陰からアラーニャが出てきた。
「アラーニャちゃん! ナイスです!」
「あ、うん……」
彼女が少々上気している。確かこんな形で戦いに参加したことはあまりなかったと思うが……
「ともかく行きましょう」
そこで二人はアラーニャに掴まって屋敷の外に飛び出た。
そこにはアルテラと奥方、それにティアとキールが心配そうな表情で待っていた。
「大丈夫でしたか?」
アルテラが青い顔で尋ねるが……
「あはは。ちょーっとヤバかったですかね」
アルマーザの答えに彼女は更に青くなる。
「えっ⁉」
「あは。でも大丈夫ですよ。みんなやっつけましたから」
彼女の目が丸くなった。
「シグヌムを……ですか?」
「はい。そうですけど?」
「そう……ですか……」
彼女が何やら沈鬱な表情になるが……
《ん? どうしたのかしら?》
もしかしてそんなに嫌いでもなかったのか? でもあの場合はああしなければこっちがやられてたんだし―――と、そこにティアが言った。
「それじゃともかくこんな所に長居は無用よ!」
それについては全く同意見だ。
一同は待っていた馬車に乗り込んでその場を離れた。




