メルファラ救出作戦 第5章 シフラへの道

第5章 シフラへの道


 隠れ家に向かう馬車の中でアウラ、ティア、アラーニャと、アルマーザ、奥方、アルテラの六人が向かい合わせに座っていた。キールはルードスと一緒に御者台だ。

 一息ついたところで奥方とアルテラが深々と頭を下げた。

「この度は助けていただいて本当にありがとうございました」

「あ、うん。まあ、何ていうか、行きがかりでね?」

 ティアが手を振って答えるが、奥方の目がちょっと丸くなる。

《あー、行きがかりじゃあんまりここまではしないんだけど……》

 今回は開放作戦中と比較しても結構ヤバめだったと思うのだが……

「それで、申し遅れましたが私はリラと申します。アキーラではウーベルという官僚の家内でございましたが……」

 そこで彼女は小さくため息をつく。

「あ、なにかすごく苦労してきたのよね?」

「え? まあ……」

 ティアの問いに彼女がうなずいた。

 そのあたりの話は聞かなくともだいたい想像はつく。

「でも、そのウーベルさんが諜報組織の人だったとか……」

「私もギリギリまで知らされていなかったのです」

「そうなの?」

「はい。それまではごく普通の書記官だとばかり……ただあのとき、アロザール兵がなだれ込んできて、そこで自分に何かあったらここを頼れと符牒を教えてもらいまして……」

「そうなんだ……」

 それを聞いたアルマーザが尋ねた。

「あ、もしかしてあのときアルテラさんが言ってた何とかの森とか?」

「あ、はい」

「ま、ともかく運が良かったわよね。さすがにあたしたちでも組織の協力がなかったらちょっと無理だったし」

 それを聞いてリラ奥方が尋ねる。

「あの……それで、皆さんが大皇后様のベラトリキスの?」

「あ、うん。まあね……」

 ティアはあっさりとうなずいて一同の紹介を始める。

「えっとこちらがアウラであたしがティア。彼女がアラーニャちゃんで、こっちがアルマーザなの。あと、御者台にいるのがキールって言って、まあ仲間の一人だったんだけど」

「まあ……」

 リラは一同を驚愕の表情で見渡した。

「皆様が……レイモンを救ってくださった……」

「いやまあ……でもね? それってみんなの協力があってこそなの。あたしたちだけじゃそんなこと絶対できなかったし」

「みなさんの?」

「うん。もうみんなアロザールの連中にはブチ切れててね? いた人たちがみんな味方だったようなものだから」

「しかし……男性は動けなくなっていたのですよね?」

 ティアは大きくうなずいた。

「そうなの。だから女の人がみんなすごく頑張ったのよ? 例えば……一番すごかったのがルンゴの宿屋の女将さんよね?」

「あー、そうですね」

 アルマーザが相槌を打つと、リラ奥方が尋ねる。

「その方はどんなことをなされたのですか?」

 ティアはにっこり笑って話し始める。

「最初にね、あたしたちがルンゴでファラを助け出したんだけど、そのときにね、あの人がアロザール兵に嘘を教えてくれて、そのせいでとっても貴重な時間が稼げたのよ? おかげで追手に追われることもなくて逆にこっちから駐屯地を燃やしたりもできたし」

「まあ……」

「ところがそれがバレちゃって、女将さんが公開処刑されそうになっちゃって……」

 奥方とアルテラが顔を見合わせる。

「あ、それは聞いたことがありますが……」

 あの話は今でもレイモンでは語りぐさになっているのだ。

「いやもう、あのときは本当にどうなるかって思ったんだけど……」

 それはアウラもそうだった。

《本当にあいつがヘタれなかったらどうなっていたのかしら?》

 ファラはそういう場合は躊躇なく首を切り落としてくれと言っていたが―――あのとき正直アウラは何も考えていなかった。フィンが相手は絶対に彼女に危険が及ぶようなことはできないと言っていたからそうなんだろうとしか……

 だがいま思い起こしてみたら、結構ギリギリの勝負だったのではないだろうか?

 人が追い詰められてパニックになったら何をするか分からない。

 大体いつもあいつらは彼女が親切に『近寄ったら斬るぞ!』と警告してやっているのに、人の言うことを聞きやしないのだし……

《もし本当にそんなことになってたら……》

 いったい自分はどうしただろうか? あれはファラ本人の願いであり、ミーラも結局そうなったらそうしてくれと言っていたのだが……

 人の首を切り落とすことなどは造作もないことだが―――でもあのとき本当に彼女の首を落とすことができただろうか?

 だが……

『私達は本気で臨まなければなりません。それが芝居だと見透かされてしまったら……私達は何もかもを失うことになってしまいますから……』

 そう言ったミーラの泣きそうな表情は今でもしっかりと目に焼き付いている。

 アウラがそんなことを思い起こしている間にもティアは話を続けていた。

「それとかねえ。もうあっちこっちの人がみんな敵の動きを教えてくれるし、空いた家を隠れ家に使わせてくれるし、それに美味しいお肉とかも差し入れてくれるし

 最後の項目は確かに重要な要素だった。

《メイだけじゃなくアカラとかも料理上手だったしな……》

 小鳥組作戦に行ってくるとさすがにお腹が空くのだ。そんなときに彼女たちの料理を食べられたというのはある意味至福だったと言ってもいい。

 だが美味しい料理というのはやはり良い食材あってのことなのだ。

 中原をみんなで突破したときは、最後の方の食事はかなり残念だったと言わざるを得なかったが―――メイはずいぶんと頑張ってくれていたようだが……

「あとアキーラへの突入のときにも、消防団の人たちとかがすごく協力してくれて」

「消防団が? ですか?」

 また二人が首を傾げる。

「あ、それがね? シアナ様とかリディール様が壁超えで兵隊を中に入れたんだけど、そこで城壁の見張りをみんな眠らせてくれたのよ?」

「ああ……はい……」

 リラが納得したようにうなずいた。

 と、そこにアルマーザが付け加える。

「そしてトドメはやっぱ、ゼーレさんたちですよね?」

「うん。そうそう!」

「その方々は?」

 とリラが尋ねたときだ―――御者がトン……トントンと合図をしたのだ。

 !

 一同に緊張が走る。敵の見回りが現れたのだ。

「何人?」

「二人だ」

 アウラとアルマーザが目配せを交わす。最悪の場合は始末してしまわなければならないが―――そう考えていると馬車が止まる。

「こんな時間にどこに行くんだ?」

 見回りが尋ねているのが聞こえる。

「はい? 臨時雇いの女達を村に返すところですが?」

 セイルズでは繁忙期には周辺の村から臨時に人を雇うことはごく普通で、村人たちにとっても良い小遣い稼ぎになっていた。

 そして今はアロザール軍のせいで各所が多忙を極めていたので、そんな臨時雇いの男女もたくさん町を出入りしていた。身なりもみんな農婦姿だ。中を覗かれても問題はないはずだが……

「ああ、こんな遅くまでご苦労なことだな」

「そりゃ、こんだけ人が増えりゃ積荷も増えますから。これでも早く返してもらった方なんですぜ?」

「あー、わかった。行っていいぞ」

 一同はほっとして顔を見合わせる。

《どうやらあの騒ぎはまだ知られてないみたいね……》

 あいつらの死体が見つかっていたらさすがにこの程度では済まなかったはずだ。

 馬車が動き出してアウラは後部の幌の隙間から覗いてみたが、見回りの兵士が二人退屈そうに伸びをしているのが見えた。

 ほっと一息ついたところでリラが尋ねた。

「それで、そのゼーレさんという方は?」

 ティアがまたうなずくと話し始める。

「あ、アキーラ城の宮廷料理人の人たちなんだけど、その人たちが男のシェフが倒れちゃったんでこんなのしかできませんって、ゲロ不味な料理を太守に出してたんだって」

「はい」

「んで、それに耐えかねた領主がね? 町の居酒屋で美味しい料理を出してた子を城に連れ帰っちゃったんだけど……」

「はい……」

「その子っていうのが実はメイちゃんだったのよ」

 二人の目が丸くなる。

「え? もしかしてメイ秘書官様ですか?」

「そーなの。彼女ってねえ、秘書になる前は宮廷料理人だったのよ?」

「え? そうなんですか?」

「うん。だからとっても料理が上手で……それで彼女が突入の日時を知ってたからそれに合わせてみんなで料理に薬を盛って、それでアキーラ城はもうほとんど無血で開城できちゃったりして」

「まあ……」

「ゼーレさんたちがサボタージュしてなきゃお城では大激戦になってて、まさにナイスアシストだったのよ?」

「まあ……」

「でもそれって……一歩間違えたら……」

 アルテラが尋ねる。

「あ、うん。そうなの。だからみんなすごく勇気があったのよね」

「…………」

 リラとアルテラが顔を見合わせて何やら暗くなってしまうが……

「あ、でもお二人だってそうでしょ? 一度はあいつらから逃げ出そうとしたんだし」

「でも……」

 二人が更に暗くなる。

「失敗しちゃったのはしょうがないし。それでも諦めなかったらからこうしてあたしたちと出会えたんだし」

「そうですね……でもそれを成し遂げられたあなた方はやはりすごいですよ」

「あは。まあ……ってか、アロザールも本当にこっちの方はナメてたから。ほら、あの呪いで動けるのが女ばかりだからって、もう完全に油断しまくりで」

 そこでリラが尋ねたのだが……

「そういえば……そちらでも呪いの解き方を見つけたのですよね?」

 ………………


「「「ぷっはーっ!」」」


 聞いた一同が思わず吹き出した。

「?」

 リラとアルテラが不思議そうにみんなの顔を見るが―――ティアが笑いをこらえながら答える。

「あ、いや、それがね? 呪いの解き方を見つけたのが、おに……フィーネさんとメイちゃんなんだけど」

「はい」

「それがどんな方法だったか、知ってる?」

「え? それは確か……互いの血を混ぜ合わせる儀式を行うのでしたよね?」

 一同がニヤニヤと顔を見合わせた。

「まあ、それはシルヴェスト方式で」

「え?」

「実はねえ……」

 そう言ってティアが小声で二人にレイモン式の解呪の方法を教えると……

「んなっ……」

「ええっ?」

 小さなカンテラの光でかなり薄暗い馬車の中でもありありと分かるほどに、二人は赤面した。

 それを見てアルマーザが突っ込む。

「だからティア様。奥方様にちょっと下品ですよっ!」

「だってじゃなきゃどう説明するのよ?」

 まあ確かに難しい話だが……

「えっと……しかしその、フィーネ様とはどのようなお方だったのですか?」

 リラは話を変えようとしたのだろうが―――それを聞いた一同はまた吹き出してしまう。

「はい?」

「いや、その……」

 白き魔法のフィーネはベラトリキス唯一の戦没者で、アロザールの呪いの解き方を発見し、命を賭した大魔法“マグナ・フレイム・エテルナム”でアロザール軍を焼き尽くした魔道士として一般には知られていたが……

「えっと……まあ、本当は秘密なんだけど、実はフィーネってね? 本当はル・ウーダ・フィナルフィンっていう男なの」

 ………………

 …………

 ……

「ん、まあ……」

「ええっ?」

 リラとアルテラが驚愕の表情となった。

「あ? もしかして知ってる?」

「え? あ、その……ほら、確か……」

 二人は何やらしどろもどろだが……

「そうなのよ。アロザールから出迎え役でファラ様を迎えにきた都出身の男なんだけど」

「あ? あ、でも……その男は処刑されたと……」

「うん。そうなの。そうしとかないといろいろ不味かったんで、表向きには死んでもらって、今ではリーブラ・トールフィンって名前になってるんだけど……」

「可哀想にレイモンの人からはめっちゃ嫌われちゃって、殺され方もだんだんすごくなっちゃったんですよね?」

 またアルマーザが口を挟む。

「そうそう。最初は単にシアナ様に焼き殺されたってだけだったんだけど、そのうち皮を剥かれて遠火でゆっくり焼かれたーとか、焼けた鉄板の上でじっくり揚げ焼きされたーとかもうどんどん美味しそうになっちゃって……」

 一同が吹き出すが―――リラが目を丸くして尋ねた。

「でもどうしてその男がそんな協力を?」

「ってか、最初っからお兄ちゃんはねえ、ファラを助けるためにレイモンに来てて……」

 ………………

 …………

 ……

 リラとアルテラの目がまた丸くなる。

「お兄ちゃん? ですか?」

「あっ!」

 奥方に問われてティアが固まる。

 そして……

「えっと……今のナシ!」

 ………………

 だがもちろんいったん口に出してしまったらもはや無しにはできないものだ。

 二人がじとっとティアの顔を見る。

「あの……ティア様っていったい……」

 彼女ははあっと息を継ぐと開き直った。

「あーっははははは! こうなっちゃあ仕方ないわね。実はあたしね、本名はル・ウーダ・エルセティアっていってね?」

 ………………

 …………

 ……

「はいいぃぃぃぃ⁉」

 リラとアルテラの目が真ん丸になった。

「あの……確かその方は……都のメルフロウ皇太子様のお后だったのでは……」

「あはははっ。まあ、そんなこともあったんだけどっ! まあ、ちょーっといろいろあって、今では黄昏の女王ティアなのよっ!」

「しかし……」

 二人は全く納得がいかないという表情だが―――それも当然だが、そこにアルマーザがやれやれといった表情で言った。

「あー、それ話しだしたら一晩かかるんで、また別の機会にということでいいですか?」

「あ、まあ……」

 二人が不承不承うなずくが―――そこでティアが続ける。

「あ、それで何だっけ。そうそう。そのル・ウーダ・フィナルフィンなんだけど、最初はファラを救うためにレイモンの侵攻を止めさせようとしてアキーラに来てたんだけど」

「はい……」

「そうしたらアリオール将軍に捕まっちゃって、拷問されそうになってたところをアロザールの魔法使いに助けられて」

「えっ⁉」

「それが何でもその魔法使いが、昔フォレスにいたときに因縁があった奴だそうで、そこでレイモンを抑えるためにはアロザールに協力したほうがいいだろって思って協力してたんだって」

「まあ……」

「ところが実はアロザールがレイモンよりもずっと悪い奴らで、あんな呪いを広めてレイモンを滅ぼしたあげくに、メルファラ大皇后を王子の后に寄越せとか言い出すし」

「はい……」

「そこで都の作法とかに詳しいからファラの出迎え役にさせられてしまったとかで」

「まあ……」

「でもそんなこと分からないじゃない? だから最初はみんなで吊し上げたんだけど」

 それを聞いて一同がまた吹き出した。

「あはは。文字通り吊るされてましたよね。逆さに」

「はい?」

「あーほらみんなね? 本当にファラを裏切ってたんなら容赦なんてしないつもりだったから、それでリディール様が吊るしちゃったんだけど……でも実はそうじゃなかったって分かって」

「フィンさんが来てくれて本当に助かりましたよねー」

「うんうん。あいつ悪賢いから、騙し討ちみたいな作戦が大得意で、それでアロザールの連中をきりきり舞いさせてやったのよ?」

「まあ……」

「あ、でもハフラとかリサーンも大概でしたけどね」

「あの二人も凄かったわよねえ。村にいたときはあそこまでとは思わなかったけど……」

 ティアとアルマーザの会話を聞いてリラが尋ねる。

「アオバズクのハフラ様とイワツバメのリサーン様ですか?」

「あ、そうなの。そんなみんなで色々考えて作戦を立てられたおかげなのよ? アキーラの開放ができたのは」

「まあ……」

「そのフィンさんがアウラ様の恋人なんですけどね」

 アウラはコケそうになった。

「えーっ? そうなのですか?」

 リラが尋ねるが……

「どーでもいいじゃないの」

「いや、でもそのせいでフィンさん、大変な目に会ったんですよねー? 捕まったときに……」

 アルマーザの言葉に一同がまた吹き出すが―――と、そこで馬車がガタンと大きく揺れた。

「あ、ここからは揺れますよ。隠れ家に近いんで」

 御者の声がした。

「あ、分かった」

 馬車は脇道に入ったらしくそこからはかなりガタガタ揺れだした。

「あとどれだけ?」

「もうすぐでさ」

 果たしてそれからすぐに馬車は停止した。

 一同が馬車から降りるとそこは草原の中の一軒家の前だった。

《うわ……広いわねえ……》

 空一面が満天の星だ。こんな光景はレイモンではよく見ていたが、ここ最近では久しぶりだ。

「こっちです」

 御者のルードスが一行を中に招き入れる。

 そこはごく普通の農場の母屋だったが、彼はその奥の物置のような部屋に一同を案内する。そして床の上蓋を上げると、下から光がこぼれだしてきた。

「すみません。今晩はこちらでお願いします。奴らがやってくるかもしれませんで」

 リラとアルテラは一瞬言葉を呑むが、すぐにうなずいた。

「承知しました」

 一行が地下室への梯子段を降りると下は意外に広く、大きなベッドが三つ置かれている。

「すみません。今夜は二人ずつでお願いします」

「えっと、キールは?」

 ティアが尋ねるとルードスが答える。

「あちらは上ですが?」

「あ、まあそうよね」

 彼女たちだけならともかく、リラ奥方やアルテラが一緒となればそれは当然だ。

 アウラはベッドを触ってみたが、そこまで上等ではないにしても十分に寒さは凌げそうだ。

《あのときは野宿も何回かあったし……》

 馬車や地面で寝るのに比べれば専用の寝具というのは素晴らしい発明と言って良い。

 アウラがそんなことを思っていると、アルマーザがベッドに飛び乗ってにこやかに言った。

「あはは。あの地下室を思い出しますねえ」

「あ、そうね」

 一同がうなずきあうが―――もちろんリラとアルテラは首を傾げている。

 それを見てアルマーザが言った。

「あ、開放作戦中にアリオール様たちとドゥーレンさんたちが一緒にいた地下室なんですけどね?」

「えっ⁉」

 リラが思わず口に手を当てる。

 その様子を見てアルマーザが尋ねる。

「あ、ドゥーレンさん、リラさんもご存知でしたか? ドレスとかを作ってもらったとか?」

 彼女が慌ててうなずいた。

「え? あ、 はい。それは何着も……」

「腕のいい人ですよねえ。あたしたちも色々作ってもらったりしちゃったんですけど」

「あ……はあ……」

「その二人がもう、めっちゃ険悪で」

 ティアがうなずく。

「だったわよねー。エッタちゃんがいなかったらもう大変だったんじゃないかしら」

「二人?」

「あ、だからアリオール様とドゥーレンさんですよ。他にラルゴさんっていう配下の人と、ヴォランさんって人も一緒でしたけど」

 リラとアルテラの目がまた丸くなる。

「ど、どうしてそんなに険悪に?」

 アルマーザがうなずいた。

「あはは。それが実はですねえ、そのドゥーレンさんとヴォランさんって、シルヴェストのスパイ組織の中核メンバーだったんですよ」

 それを聞いたリラとアルテラが絶句した。

「その二人って昔は、ウィルガの大地とかいう反政府組織だったそうで……」

 アルマーザが話し続けるが……

「んえっ!」

「あ、ご存じですか?」

「あ、それはまあ……有名ですから……」

「そうなんですねー。で、その組織の人たちがアラン王に雇われてレイモンに潜入してスパイ活動をしてたそうなんですよ」

「はい……」

「ところが組織が壊滅しちゃってみんな捕まっちゃったんですけど、そのままじゃみんな死刑になってたそうなんですが、アリオール様がこっそり自分の別宅に匿ってたそうなんです」

 ………………

 …………

「えっ⁉ どうしてですか?」

 アルマーザが答える。

「あ、有能な人たちだから利用価値があるだろうってことで……実際、そのあとのアキーラ開放ではものすごく役立ってたんですよ? 何しろ男の人が動けないから中心になって動いてたのがアイオラさんって組織の人だったし……」

「アイオラさん……ですか?」

「はい。アキーラのポプラ亭ってお店のオーナーなんですが……あ、そこでメイさんが美味しい料理を作ってたんで太守に連れてかれちゃったんですが」

「あ、はい……」

 と、そこでアルテラがつぶやいた。

「しかし……よくまあ無事で……」

「あー、それにはリエカさんがお願いしたのも効いたんですよね?」

 と、アルマーザがアウラに言った。

「え? うん。そうみたい」

 それを聞いたリラが不思議そうに尋ねる。

「リエカさんがお願いを?」

 アルマーザが答えた。

「あ、元は組織の人だったんだけど、裏切ってアリオール様の方に付いちゃったそうなんだけど、でも悪い人じゃないんですよ?」

「え? 裏切った?」

 リラとアルテラの二人が思わず顔を見合わせるが……

「あー、まあ、色々と経緯があったみたいで……」

「いったいどんな?」

 リラが興味津々という表情で尋ねるが―――そこでアラーニャが大きなあくびをした。

「あー、話すとちょっと長くなりそうなんですが……明日でいいですかね?」

「あ、それはもちろん……」

 確かにそろそろ深夜だ。明日も早くから移動を開始する予定だ。こんなとき休める場合は休んでおくというのが鉄則だ。

 そこで一同はリラとアルテラ、アルマーザとアラーニャ、そしてアウラとティアがそれぞれベッドに潜り込んだ。

「あ、もしかしてお姉ちゃんと寝るのってこれが初めてかしら?」

「そうかも」

 そう答えながらその後ずっとお喋りに付き合わされたらどうしよう? とちょっと心配になったが―――そのとき既に彼女は寝息を立てていた。



 翌朝、一同はまだ暗いうちから起き出して出立の準備を始めた。

「うわ。寝られませんでしたか?」

 アルマーザがリラ奥方たちに尋ねている。

「え? あ、まあ、ちょっと……」

 見ると二人は少々目が赤い。アウラ達はこういうことには慣れていたのだが……

「あ、でも今晩はゆっくり寝られると思いますからね」

「そうですね」

 そんな会話をしていると、ルードスとキールがみんなの朝食を持って降りてきた。地下室にぷうんと良い香りが立ち込める。

「皆様おはようございます」

「おはようっ!」

「うわ、けっこう美味しそうな朝ご飯ですねー?」

 ティアとアルマーザが元気良く答えるとルードスが言った。

「今日の移動は長いですから。しっかり食べておいてください」

「はーい」

 自分たちなら問題はないが奥方達はどうだろうと思って見てみたが……

《あ、大丈夫そうね?》

 二人とも食欲には問題なさそうだ。

「それで町の方はどうですか?」

 リラ奥方が尋ねるとルードスが答えた。

「さすがに騒ぎになっていますが……追手はみんなクルーゼの方に向かった様子です。昨夜そちらに向かう怪しい馬車をみたという酔っ払いがいたそうで」

 そう言ってニヤリと笑う。

「そうですか」

 一同も顔を見合わせてにっこりと笑った。

 どうやらシフラ経由で逃れる作戦はとりあえずは上手く行っているようだ。

 朝食が終わると一同はそれぞれ着替えを始める。

 アウラ、ティア、アルマーザ、アルテラはかなり仕立ての良いメイド服で、リラは大店の女将さんのような正装だ。そしてアラーニャは白無垢の婚礼衣装である。

「まあ……綺麗」

 ティアがうっとりと彼女を見る。アラーニャは何やら顔が赤いが―――今日から彼女たちはセイルズの大店からシフラの有力者への輿入れの一行になるのだ。

「どう? キール。アラーニャちゃんカワイイわよねえ?」

 ティアが彼を肘で突く。

「あ、ああ……」

 キールも何やら顔が赤いが……

「へえぇ……へえぇ……」

 アルマーザがそんな声をあげながら彼女の周りをぐるぐる回っている。

「ちょっと、さっきから何してるのよ?」

「あ? いえ、初めて見たもんだから……」

 ティアのツッコミにアルマーザが答えるが……

「初めて? ですか?」

 ちょっと驚いた様子でアルテラが尋ねた。

「だってうちの村じゃ結婚なんてしませんからね」

「えっ⁉」

「あー、まあそうよねえ。でも勝負服はあるじゃないの」

「だってあれは……」

 一同が思い出して苦笑するが―――確かに綺麗な服だがこんなところで着られる代物ではないし、そもそも今の季節には寒すぎるし……

「みなさん準備はよろしいですか?」

「あ、はい」

 今日一行が使うのは高級な馬車だ。

《あ、これってメイがいたら大騒ぎだったわよね?》

 アウラには馬車の種類などはちんぷんかんぷんだが、シートも柔らかく揺れも少ない。かなり良い馬車だというのは間違いない。

 こうしてシフラへの二日の旅が始まった。

「えっと、シルヴェスト軍の検問はどのあたりで?」

 リラ奥方がルードスに尋ねる。

「ああ、わりと近くですよ。ここからなら今日の昼前には到着しますか」

「そうですか」

 ということは、そこまでに追手が来なければほぼ逃げ切りは確実だということだ。

「検問は通れますかねえ?」

「それは問題ないと思いますよ?」

 アルマーザが尋ねると彼は請け合った。

 通行手形などは組織が準備してくれているし、輿入れの一行の邪魔をするほど無粋ではないだろうし。

《まさか強行突破なんて無いわよね……》

 少々の人数なら彼女とアルマーザ、それにアラーニャに支援してもらえば何とかなるだろうが、間違いなくその後が面倒だ。ま、ともかくその時はその時なのだが……

 そんなことを考えながら馬車に揺られていると、リラ奥方が口を開いた。

「あの……それで夕べのお話なんですが……」

「え?」

 一瞬ティアがぽかんとするが……

「えっと、リエカさんのお話ですよね?」

 アルマーザが言った。

「あ、はい……」

 そう言えばかなり興味がありそうな様子だったが―――そこで彼女が話しだした。

 ルンゴの公開処刑の後アリオールと合流してから彼女たちは、おおむねあの隠れ家で過ごすことになった。その頃には呪いの解けた男の数も増えてきて、ベラトリキス本人達が出張る必要は減ってきていたためだ。

 そうすると空いた時間にリエカやアルエッタ、アイオラなどと話すことが増えて、その結果どうして彼女達が一緒に暮らしているのかとか、リエカの顔の話になってしまう。

 アウラはさらに彼女とプライベートな時間を過ごすことが多かったから、そのあたりは詳細に聞いていた。

《あたしがやっつけられればよかったのに……》

 返す返すも残念な話だが……

「えーっとまず、そのリエカさんなんですが、元々はエステアさんっていって、アウラ様のお友達だったんですよね?」

「うん」

 アウラはうなずいた。

「えっ?」

 リラが意外そうな表情になるが―――アルマーザは続ける。

「彼女、元々ヴィニエーラという郭の遊女さんだったそうで、アウラ様とは小娘の頃からの知り合いだったそうなんです」

 リラとアルテラが顔を見合わせる。

《何が不思議なのかしら?》

 昨日からずっとこの二人の反応は妙に大げさなのだが……

「ところがそのヴィニエーラって郭がお取り潰しになっちゃって、そこにいた遊女さんたちは各地に散り散りになってしまったそうなんですよ。例えばアウラ様のお友達だったすごくお喋りな人は……」

「ハスミンね」

「そうそう。ハスミンさんはどこかの大きな農園の女将さんになってて、あと他の郭に移った人も大勢いいて……」

「パサデラはハビタルのマルデアモールで、クリスティが都のバーボ・レアルで、タンディとアミエラがガルデニアのディーレクティアで、セイルズのディミヌーラにはロジカがいたし……」

「あ、はあ……」

 アウラがすらすら話すのを二人が驚いた顔で見ていたが……

「あ、それでリエカさんなんですが、彼女も最初はどこかの郭に移る予定だったんですけど、そこでネイードって奴に声をかけられたそうで」

 リラとアルテラの目がまた丸くなるが―――二人とも黙ってうなずいた。

《ん? もしかして知ってるのかしら? そいつのこと……》

 そんなことあるわけないと思うが……

「そのネイードって奴が渋くてけっこういい男だったそうで、俺の愛する女は一生お前だけだーみたいに言われてリエカさん、ポーッとなっちゃったそうで」

「まあ」

「ところがそいつはですね、各地を回って女の子を集めるのが仕事だったんですよ」

「女の子を集める?」

「そうなんですよ。実はそいつも、シルヴェストの秘密組織の人だったんですよ」

 ………………

 …………

 リラとアルテラが絶句する。

《まあ、それはそうよね……》

 普通の生活をしていれば秘密組織なんかに関わることはない。

「あー、その頃って何ですか? レイモン王国とシルヴェスト王国が敵対してたんですよね? それでシルヴェストからレイモン国内にもスパイをたくさん送り込んでたそうで。ネイードってのがそんなスパイを養成して送り込むのが仕事だったそうで」

「まあ……」

「それでリエカさんもレイモンが攻めてきたら大変なことになるのは分かるし、彼女もまだ若かったりして……そのときはまだ十六歳だったそうですが、それでスパイになるって決心したんだそうです」

「はい」

「そこで彼女が働くことになったのが、アリオール様のお屋敷だったそうなんですが」

「えっ? あのアリオール様の?」

「はい。で、リエカさんって元がヴィニエーラで遊女になれるくらいの逸材だから、すぐにアリオール様に見初められてしまったそうなんです」

 リラが少し目を細めて尋ねた。

「それで裏切ったと?」

 だがアルマーザが首をふる。

「いや、そんなのは最初から想定内だったそうで。リエカさんだって遊女だったんだし」

「はあ……」

「ネイードからは自分からは誘惑しなくてもいいけど、相手が迫ってきたら断るなって言われてたそうで。それで結構重要な情報が組織に流れたりもしたそうなんですよ?」

「……それじゃどうして?」

 アルマーザがうなずいた。

「それがですねえ。そのネイードって奴が、どうもリエカさんに本気で惚れ込んじゃったみたいで、結構しつこく呼び出してたみたいなんですよ。連絡だったら出入りの業者を通じてできるようになってたそうなんですけど」

「呼び出してって、いったいどうして?」

「あー、そりゃもうリエカさん、美人でスタイルも良くって、しかもすっごい名器で

「え?」

「ですよねー」

 アルマーザがアウラに尋ねるが……

「あ、うん。何かもう吸い込まれるみたいな?」

 彼女があっさり答えると二人が一瞬ぽかんとしてから、また赤くなる。

 リエカ―――エステアとはヴィニエーラにいたときもそうだが、サフィーナの練習台になってもらったときにも何度も床を共にしていた。

《何かますます磨きがかかってたみたいだけど……》

 男がそれに溺れてしまうというのも納得いくが……

「ところがそれをアリオール様に怪しまれちゃったそうなんです」

「あ、はい」

「そこでアリオール様が、リエカさんが呼び出されたとき後を付けてったそうなんですが……」

「はい」

「そこですごい騒ぎが起こってしまって……」

「どんな騒ぎですか?」

「それが、リエカさんがネイードの所に行ったらそこに他の女の子がいたんですよ……あ、実はその子が本物のリエカさんだったんですが……」

「え?」

「えっとその頃は、あー、ややこしいですね。エステアさんはトリア……でしたっけ?」

 アウラはうなずく。

「あ、うん」

「そんな名前を名乗ってたそうなんですが、実はそれが本名なんだそうですが……エステアさん、ネイードが自分を愛してくれてるとばかり思ってて。でもネイードってのは女の子を言いくるめてスパイにするのが仕事だったわけで、だから他にもいっぱいそんな子がいたんですよ」

 リラとアルテラが納得したようにうなずく。

「そして全員にお前だけを愛してるよーみたいなこと言ってて……それで特にその本物のリエカさんのほうがブチ切れちゃって、その子とほとんどつかみ合いになってたところにネイードが戻ってきたんですけど」

「はい」

「そこで二人でこれはどういうことだって詰ったらそいつ、逆ギレしてエステアさんを張り倒しちゃったそうで……」

「そんな……どうして?」

「あ、だから女の子たちはネイードが愛してくれてるって思ってたからスパイなんて危ないことしてたわけで。でもこうなっちゃったらそれが大無しでしょ?」

「あ、はい……」

 二人が納得したようにうなずいた。

「ところがそこが運悪く暖炉のそばだったんですよ」

「それでは?」

「はい。彼女、頭から暖炉に突っ込んじゃって……」

「まあ……」

「それで顔が半分焼けちゃって、のたうち回ってる所にアリオール様たちが踏み込んできて、ネイードはアリオール様に斬られてしまったそうで」

「まあ……」

「それからいろいろと尋問されたそうなんですが、その組織ってのは下っ端には何も知らされてなくて。芋づる式の検挙を防ぐためなんだそうですけど……思わずネイードを斬っちゃったのは早まったって、アリオール様ずいぶん後悔してたみたいなんですが……」

「でしょうね……」

「結局分かったのは本物のリエカさんが、どこかの高官の家に上がることになってて、そのためにまずはドゥーレン工房に行くことになってたってことだけで」

「ドゥーレン工房ですか」

「はい。リラさんもいろいろ仕立ててもらってたんですよね?」

「はい。それは何着も……あのドゥーレンさんが……えっと、それでどうなったのですか?」

「あ、はい。そこでアリオール様が彼女に協力しないかって言ってきたそうなんです」

「はい……」

 リラ奥方が息を呑み、うなずいた。

「元々エステアさんってそこまでレイモンを憎んでたわけじゃなくて、ネイードに言われたからそうしてたってだけで……それでアリオール様が立派なのを見て、そんな人を騙すのにちょっと心が痛んでいたりもしてたそうで」

「……そうでしょうね」

「そこで彼女、でもこんな醜い姿になってしまった自分に何ができるんだ? って尋ねたそうなんですよ。そしたらアリオール様、お前をそんな姿にした奴らに一泡吹かせてみないかって」

「一泡吹かせると?」

「はい。本物のリエカさんに成り代わってドゥーレン工房に行って、そこの情報を色々教えて欲しいと言われたそうで」

「まあ……」

「でもエステアさん、顔が焼けちゃったのもそうだったんですが、それよりもネイードに裏切られてたことがショックで、それでアリオール様にこう言ったそうなんです」

「どのようなことを?」

「そんな汚れ仕事を受けるのは構いませんが、それでは用済みになった醜女はどこにお捨てになるんでしょうって」

「まあ……」

「そうしたらアリオール様、笑い出しちゃったそうで」

「笑った?」

「はい。そして、誰がそんなもったいないことをするかと。でも私はこんな顔になってしまってって彼女が言ったらですね」

 アルマーザがニヤッと笑う。

「気にするな、私の目当てはお前の体なんでな……だそうで」

 ………………

 …………

 二人は顔を見合わせる。

「いやあ、実際あの二人って本当に仲が良くってですね。アリオール様もその前から彼女のこと好きだったみたいで、そのせいでつい逆上してネイードを斬っちゃったみたいなんですが……いつも言ってましたよ? 彼女を正妻にできないのは本当に心苦しいがって……」

「そうなのですか?」

「みたいなんですよねー。今じゃレイモンの国王代理だし、結婚相手はどこかのお姫様とかじゃないとダメなんだそうで」

 そこでアラーニャが口を挟む。

「それってちょっと可愛そうですよね」

「うんうん。本当に傷さえなければ完璧なカップルだと思うんだけど」

 ティアもうなずくが―――リラが続きを促した。

「えっとそれで彼女が?」

「あ、はい。それでエステアさんがリエカさんってことになってドゥーレン工房に行くことになったそうなんです」

「しかし……よくバレませんでしたね」

「あー、だからその組織の秘密主義のせいて、下っ端の顔なんて分からなかったそうなんですよ。そこでネイードと一緒に来たらレイモンの兵隊に踏み込まれて、そのドサクサで家が火事になってしまって、そこで自分だけでもドゥーレン工房に行けって言われたって言ったら、素直に信じてもらえたそうで」

「そうなんですか……」

「で、それから彼女、工房に住むことになって……あ、本当はどこかの高官の屋敷に奉公する予定だったそうなんだけど、顔があんなになっちゃったせいでダメになっちゃって」

 リラとアルテラがまた息を呑んでうなずいた。

「ところがそこがすごく居心地がよかったみたいで。お針子さん達はみんないい人で、あとエッタさんがすごく可愛いくて親切で……彼女が親身になってまだ癒えてなかった顔の傷を手当してくれたそうで……」

「エッタさん?」

「あ、ドゥーレンさんの娘さんなんですが、アルエッタっていって、本当にいい人ですよ? 私達もけっこうお世話になりましたけど」

「そうなんですか」

「そこでまた、そんな人たちを騙すのは辛いなって思いつつも、ネイードの顔を思い浮かべて心を鬼にしていろいろ情報を流してたそうなんです」

「はい」

「そんなところにやってきたのが、ル・ウーダ・フィナルフィンという男で」

「あ、はい……」

 リラの目がまた丸くなった。

「その男が何でもレイモンの都攻めを阻止しようとしているとかで、可能な限り協力してやれって国元から指令が来てたそうで」

「はあ……」

「リエカさんももうそんな情報を知る立場になってて、ところがその中に彼女にとっては絶対に聞き捨てならない情報が混じってたんですねー

 それを聞いた一同がまた吹き出す。

「いったい……どのような情報なのです?」

 リラが興味津々といった表情で尋ねたときだ。


「みなさん。シルヴェストの検問所が見えてきましたぜ」


 一同の間にさっと緊張が走る。

「それじゃ」

「はい」

 ここは正念場だ。偽装が上手く行けばいいのだが、そうでなかった場合は少々暴れまわる必要がある。

 アウラとアルマーザは馬車の隅に隠してあった薙刀と剣を確認する。

《この服、結構動けるのよね……》

 メイド服というのは日常の作業をするときに着用するものだから、見かけが可愛い割に立ち回りの際にも邪魔にならないので結構好きなのだ。

 そんなことを思っていると馬車が止まる。

 続いてルードスが検問の兵士と話す声が聞こえてきた。

「ども。ご苦労さまです」

「どちらまで?」

「この通り、シフラまででさ。うちのお嬢様がクーリア様のご子息とご結婚なさいますので」

「それはめでたいな……ふん。なるほど……特に不備はないようだが……中を見てもいいか?」

「そりゃもちろん」

 それから足音が近づいてくると馬車の扉が開いて兵士が中を覗きこんだ。そして白無垢のアラーニャの姿に目が丸くなる。

「お勤めご苦労さまでございます」

 リラが深々と礼をすると兵士も帽子をとって礼を返す。

「いや、こちらこそご無礼いたしました。道中お気をつけください……それからどうかお幸せに」

 と、アラーニャに向かっても礼をする。

「あ、ありがとうございます」

 彼女が赤くなって答えると兵士はにっこり笑って馬車の扉を閉めた。

「行ってよろしいですかい?」

「よし。行け」

 そして馬車が動き出した。

 一同は互いに顔を見合わせた。

 それからしばらくして、アルマーザが小声で言う。

「何だかあっさり終わっちゃいましたね?」

 アウラも少々拍子抜けだったが……

「上手く行ったんならいいんじゃない?」

 彼女が答えるとティアが言った。

「でもあの兵隊さん、結構いい人だったみたいよね?」

「そりゃ、アラーニャちゃんが可愛かったからですよ。絶対」

「えーっ⁉」

 それは確かにそのとおりかも―――と思っていると、リラがアルマーザに促した。

「それでその……聞き捨てならない情報とは何だったのですか?」

 そこで彼女が続きを話し始める。

「あ、はい。それがですねえ、そのフィンさんの恋人がヴィニエーラのアウラだっていう話だったんですが」

「え? あ? そういえば昨日そのようなことを……しかしそれが?」

 アルマーザがニヤッと笑う。

「それがですね、アウラ様、遊女さんの間ではすごい人気者で、“ヴィニエーラのアウラお姉さま”って言ったら誰でも目がハートになっちゃうくらいで」

「そこまでじゃないでしょ」

 と、言いつつあながち間違いでもないのだが……

「いや、でもタンディさんもアミエラさんも、ロジカさんもみんなそうだったじゃないですか」

「あの子達はだって……」

 口ごもるアウラをよそにアルマーザは続ける。

「で、その中でもリエカさんはもう、まさにアウラ様を神と崇めていたくらいで」

「大げさでしょ? ちょっと……」

「え? でもあの態度、ほとんどそうじゃない?」

 ティアが突っ込むが―――いや、確かに少々彼女は度を越していたとは思うが……

「えっと……どういうことです?」

 リラとアルテラが首を傾げている。

「あ、それがですねー。アウラ様がまだヴィニエーラにいた頃は、ものすごい男嫌いで通ってたそうで……触れた男はみんな斬る、みたいな」

「だから大げさだって」

 しつこくなければ肘打ちくらいで済ませていたのだが……

「だからリエカさん、そんな彼女に虫が付くなんて絶対にあり得ないって思ったんですね」

「まあ……」

「でも表立って問い詰めることはできないしってイライラしてたら、なぜかエッタさんがさらわれてしまって」

「え? どうして?」

「それが、フィンさんとアウラ様がシルヴェストでやったことが原因らしくて、それで逆恨みしたボニート君、でしたっけ?」

「うん」

「その子がフィンさんを捕まえるためにエッタさんを誘拐してしまったそうで」

「まあ……」

「それを知ったフィンさんが、リエカさんに協力を求めてきて。リエカさんにとってもエッタさんは大切な人だったから、そこで仕方なくアリオール様に通報したそうで」

「仕方なくですか?」

「はい。それがその頃は逆に組織の方が泳がされていたってことみたいで……」

「あっ!」

 リラとアルテラがまた驚愕の表情になるが……

「ところがここで彼女を助けたらそれがバレちゃうし、でも通報せずに組織の内部で何とかできても、そんなケチが付いたら身を隠されちゃうし、ってことだったそうで……」

「あ、はい……」

「んで、結局そこでフィンさんも捕まっちゃって、アリオール様の別邸に連れてかれちゃったんですけど……」

 そこでまた一同が爆笑する。

 まあ、何度聞いてもここは笑えるが―――もちろんリラとアルテラはぽかんとしている。

「そこでフィンさんが大変な拷問にあったそうなんですね

「そういえば昨日……でもどんな拷問だったのです?」

 二人は興味津々の表情だ?

「それがですね。実はヴィニエーラにいた頃のアウラ様って完全な不感症だったそうなんですよ」

「不感症?」

 リラがアウラを思わず見る。

「あ、うん……」

「だからアウラ様にとっては男なんて単にぶった切るための巻藁みたいな存在だったそうで」

「そんなんじゃないわよ!」

 人は巻藁とは違って、迂闊に斬ったりしたら薙刀が汚れて後始末が大変なのだが?

「そんな彼女にできた恋人ってことだから、そりゃすごいんだろってリエカさん思ったそうなんですね……ぷふっ」

 一同がまた吹き出す。

「すごいって?」

「そりゃもちろんアレがですけど……」

 ………………

 …………

 ……

 リラとアルテラがまた赤くなった。

「そこでリエカさん、フィンさんをベッドに縛り付けて、裸にして、そのアレをじっくりと愛撫してあげたそうです。そうしたらすぐに大っきくなったので……」

「はあ……」

「それからナイフを手にしてこんな風に言ったそうなんですよ……あのお姉さまを逝かせてあげられるほどの逸物なら私なんて簡単でしょ? って……でもお前が先に逝ったら殺すからって」

 ………………

 …………

 二人の目が丸くなる。

「そしてリエカさんも裸になってフィンさんの上にまたがって腰を振り始めたそうで……あ、先程も言ったとおりリエカさんって大変な名器で、しかもフィンさん、何でか知りませんがずっと禁欲してたそうで……」

「禁欲……ですか?」

「はい。何かアウラ様と再会するまでは女は抱かないとか何とか?」

「うん」

 二人の目が丸くなる。

 どうしてそんな変な誓いを立てていたのかは知らないが、まあちょっと嬉しかったのは事実だが……

「しかしそうなると……」

 リラがおずおずと尋ねる。

「はい。アリオール様が来るのがもう一瞬遅れてたら、ぷふっ……本当に命はなかったみたいですねえ……」

 その場全員が吹き出した。

「しかしともかくそれで助かったと?」

「まあ、その後は普通の拷問をされそうになってたみたいなんですが……焼けた火掻き棒でじゅーっ、みたいな?」

「えっ? それで?」

「そこを助けてくれたのが昨日も話したとおり、アロザールの魔法使いだったんですね」

 ………………

 リラはうなずいた。

「そうだったんですか……で、組織の方も?」

「あ、はい。昨日も言ったとおり、組織の人たちもみんな捕まっちゃったそうで……で、そこでリエカさんがアリオール様にとりなしたのもあって、ドゥーレンさんたちはアリオール様の秘密の別邸に監禁されることになったそうで」

「そうだったんですか……」

「あと、アルエッタさんはリエカさんと一緒にアリオール様の本邸で働くことになったそうですが……あー、それって要するに人質だったんですけど、まあともかくみんな無事で」

「まあ……」

「んでまあ、しばらくはそんな調子だったところに、あれが起こりまして……」

「あ、はい……」

 二人が息を呑んでうなずいた。

「その頃にはアリオール様は都攻めから戻ってきてたんですが、呪いを受けてしまってその別邸に避難したそうなんですが、結局そこから動けなくなってしまったそうで」

「はい」

「そこでみんなの世話をすることになったのがリエカさんとエッタさん、それにアイオラさんたちで……アイオラさん、最初は怒ってたそうなんですが、ネイードの話を聞いたら納得してくれたそうで……ネイードって仲間内からもわりと評判は悪かったみたいで」

「そうなのですか」

「ま、ともかく今は喧嘩してるときじゃないだろうってことでそこで潜伏していたら、あたしたちと合流できて、それからですね。本気でアキーラの開放にかかったのが」

「そうだったのですか……」

 彼女は何やらひどく安心した様子でうなずいた。

《なんかまるで他人事じゃないみたい……》

 昨日から彼女たちの反応があからさまに大げさなのをアウラはちょっと不思議に思っていたが―――でもなかなか手に汗握るお話だ。コルネなんかも物語に感情移入してしまって泣いたり笑ったりしていたから、そんなこともあるのだろう。

「そのあとの作戦がうまくいったのも、アリオール様の手勢と組織が共同で事に当たれたからで、例えば……ぷふっ。あの女装兵団の設立のときなんか……」

「女装兵団?」

「ほら、男の人の呪いが解けたってことが相手にバレたらまずいんで、みんな女装であちこちで活動してたんですが、その服を中心になって作ってたのがエッタさんとルルーと、それとドゥーレン工房のお針子さんたちだったりして」

「ルルーさんとは? もしかしてシマエナガの?」

「はい。彼女も裁縫が大好きでですねえ……」

 ―――というように旅の間の雑談のネタには全く困らないのであった。



 翌日の昼過ぎ。一行はシフラ郊外の低い丘の上で休息していた。

《へえぇ……》

 見下ろすと右手にはテクネ川がゆるくうねりながら流れている。この川は大河ヘリオスの支流だがこのあたりではもう十分に川幅は広く、既に大河の風格を示している。

 正面少し左の低い台地の上に広がっているのが城塞都市シフラだ。

 長い灰色の城壁に囲まれているためその内側は見えないが、台地沿いの絶壁の上にいくつもの尖塔がある大きな城が聳えている。

《結構大きいのね……》

 この城塞都市はかつてのラムルス王国の都で、中原では元ウィルガ王国の首都バシリカと並ぶ大都市だった。

 アウラがこれまで見た中では最大の都市かもしれない。

 白金の都の銀の塔は確かに凄いが町の規模その物はここまで大きくなかったし、ベラのハビタルは広かったが平べったく、こんな立派な城壁もないので威圧感というものはあまり感じられなかった。

「へえぇ……大きな町なんですねえ……」

 アルマーザが感心したようにつぶやいているが……

「そうなのですよ」

 リラ奥方がひどく懐かしそうな表情だ。

「リラさん、来たことがあるんですか?」

「いえ、私の母の出身地なんです」

「ああ、そうなんですね」

「よく、中原で最も美しい都だと申しておりましたが……」

「そうなんですか?」

 アルマーザはちょっと首を傾げる。

 それはアウラも同様だった。確かに大きくて立派な都市なのは間違いないが、美しいかと言われたらどうなんだろうという感想だったのだが……

「まあ、行ってみればわかりますから」

 そこで一同は旅の最後の行程に入った。

 馬車が丘を下り船着き場の横を抜けて台地への坂道を登り切ると……

「ええっ⁉」

 アラーニャがびっくりした声を上げた。

 なぜならその先には青色の細長い植物が密生した水路があったからだ。

 道はその水路を渡る橋を抜けて城門に達している。

「こんな台地の上に……こんな広い川があるんですか?」

 彼女の問いにリラが答える。

「いえ、外堀なんだそうですよ」

「外堀?」

「何でもラムルスの昔の王様がこしらえたそうなんです。そのためにテクネ川の上流からの水路をわざわざ作ったそうで」

「へえぇ……」

「なのでシフラのことを“山の水上都市”などということもあるとか」

「どうしてそんなことを?」

「その前の戦争でシフラは一度陥落したことがあって、そこで街の防衛力を高めるためにそうしたと言われていますね」

「へえぇ……」

 アラーニャはまだ信じられないといった表情でその光景を見ているが……

《あー、確かに外堀ってあったわねえ……》

 このシフラに関してはアウラは地図の上でならかなりよく知っていた―――というのはアキーラからの大中央突破の際に、最悪のケースではこのシフラ攻めもあるからと具体的な作戦を検討していたからだ。

 その際には小鳥組作戦が行われるかもしれないということで、ベラトリキスの面々もその会議に参加させられていた。そこで大きな問題になっていたのが城や街全体を取り囲む水堀をどう突破するかという話だった。

《フィンがよく言ってたっけ……》

 ここが話題になるとすぐシフラ攻防戦でレイモンが都とベラの連合軍を破ったという話になっていたが―――そのときは結局レイモンは策略を用いて連合軍を内部崩壊させたのが勝因だった。

 地図の上ではピンとこなかったがこうやって実際の姿を見てみると、本当にこの街を攻めるのが大変だということがよく分かってくるが……

 そんなことを考えているうちに馬車は城門に到着した。

 そこでは検問も行われていたが、特にトラブルもなく一行は市内に入ることができた。

《へえぇ……》

 市内を見るとリラがああ言ったことにある程度は納得がいった。

 街の建物はアキーラでも見たことのあるような石造りだが、それよりも目立つのがそこかしこに存在している緑色の空間だ。

 道には並木が立ち並び、緑の森や池のある公園が点在し、その間を連絡するように縦横に水路が廻らされている。

《あ、確かに春になったら花が綺麗なのかも……》

 だが町に緑があるという点では、確かにアキーラでは少なめだったが、都やガルサ・ブランカやガルデニアでも緑の街路樹がある光景はごく普通にあった。中原で最も美しい都というのは奥方のお母さんの思い出補正が入っているのでは?

 ―――そんなことを考えているうちに馬車はとある町家の前に停車した。

「ここですぜ」

 シフラにおける組織の拠点に着いたようだ。

 一行が中に入ると、そこはごく普通の民家だった。

 そこで数名の組織のメンバーが待っていた。

「お待ちしておりました」

 彼らが一行に挨拶する。

「ありがとうございます」

 リラが深々と礼を返すと彼らに尋ねた。

「それで例の件は?」

「はい。調査してみたところ、確かに城にはそんなお客人がいらっしゃるようで……」

 一同は顔を見合わせる。

「それってメルファラ大皇后?」

 ティアが尋ねるが……

「さあ……。ただ年格好はおっしゃられたとおりで、大変丁重に扱われているのも確かです。またその客人が来たのが、この半月ほど前だというのも……」

 再び一同は顔を見合わせる。

「間違いないかしら?」

「ですね」

 ティアとアルマーザが顔を見合わせる。

 ここに来るまでの間シフラ在住の組織の人に、城内にそのような客人がいないか調査を依頼していたのだが……

《本当にファラなのかしら?》

 状況はぴたりと符合しているようだが―――それにしても……

《本当に見つかっちゃうなんて……》

 正直、ここに来るまで完全には信じていなかったのだ。特に最初はまったく雲を掴むような話だったのだが……

「んじゃ、あとはちゃっちゃとファラを救い出して、みんなでトルボに行かないとね?」

 とティアがリラとアルテラに笑いかけると……

「そうですね」

 二人はうなずくが―――何やらその振舞いに力がないようにも見えるのだが?

《やっぱり早く行きたいのかしら?》

 救出作戦を行うためにはしばらくここに滞在しなければならないが、まさにここは敵地のど真ん中だ。不安になるのはやむを得ないだろうが……