自己責任版:白銀の都
白銀の都 8. 発覚

8. 発覚


 や、や、や、や、や、やっぱり………………

 その瞬間、俺の考えが……杞憂だったはずの考えが立証されてしまった……

 ない。フロウにはない!

 しばらく俺達はどちらも動かなかった。

 先に我に帰ったのはフロウだった。

「フィン、あ、あなたは……」

「す、すみません……これしか、なかったもので……でも……」

俺は立ち上がった。

「僕は……ティアの兄として……しなければならないと思ったから……

「フィン……」

フロウがものすごい目付きで俺をにらむ。あれは怒っているのか、それともおびえているのか?

「彼女は知っているのですね」

「え、ええ……でも私は……」

「しっ、静かに!」

どたどた足音がしてティアが戻ってきた。

「ないわよ。そんな手紙……あら?どうしたの」

「しまった、こぼしちゃったよ」

できるだけ平静を装う。

「もう、だから言ったでしょう。ほんとにドジなんだから」

「ごめん」

「ティア、ちょっと待っていて下さい。着替えてきますから」

「ええ」

フロウは部屋を出ていった。

「ねえ、手紙なんてなかったわよ」

「おかしいなあ、あれがなきゃ話ができないんだが」

「出し忘れてないわよねえ」

「出したよ。確かに」

「変ねえ」

「けちがついちゃったな。今夜は」

「手紙がないと話できないの?」

「うん、ちょっとこみいってるから……口で言っただけじゃ分かりにくいなと思って手紙も出したんだが……」

「しょうがないわねえ」

「またにするかなあ。そこまで緊急の話じゃないし」

「いいの?」

「こっちはまあ、いいけど」

入口の方で音がした。ムートだな。彼はすぐに入って来た。

「外は異常ありませんでした……メルフロウ様は?」

「すみません、僕がフロウにお茶をこぼしてしまって、今着替えているのです」

「そ、そうですか」

「冷めてたから火傷はしてませんよ」

「そうですか」

何と言っていいか分からないって顔だな。あれは。

「やあ、ムート、外はどうでした」

フロウが戻ってきた。

「何もありませんでした」

「ありがとう。手間をかけさせましたね」

「いえ、では私は」

ムートは出て行った。入口でまた控えるんだろう。こうやってずっとフロウを守ってきたんだな。たった一人で。

 そう思うと気の毒になってくる。この秘密がばれたらえらいことだ。だから警備を増やしたいところだが、そうすると秘密を知るものが増えてばれる危険も多くなる。

 だから特に信頼がおけて腕の立つ男にこうして任せているんだろう。ムートっていうのはいったいどういう奴なんだ?一度ゆっくり話してみたいなあ。

「フィン……」

「ああ、フロウ、どうしましょう。ティアの奴手紙がないって言うんですよ。これじゃ話ができない。今日はやめにして、星でも見ますか?」

「ええ?」

「そうだ、ティアの秘密をいっぱい暴露するって約束でしたねえ。それじゃ二人っきりでないと」

フロウは目を丸くして俺を見つめた。分かってくれよな。俺の言ってる意味。

「そ、そうですね。行きましょう」

ああ、よかった。

「ちょっと、あたしは?」

「お前がいたんじゃ秘密も何もないだろう」

「だって……」

「ティア、今日はフィナルフィン殿と話をさせて下さい」

「……ええ、分かったわ」

おお、素直な奴。さすがだな。フロウの一言は。

「大丈夫、あの話はしないから」

「あの話って何よ」

「ほらね。こいつ後ろ暗いことがたくさんあるから……」

「いじわる!」

「ははは。まあ心配しなくていいよ。行くのはすぐそこだから。窓から見えるだろう」

「ふん。いってらっしゃいよ。そしてあたしの悪口いっぱい言うといいんだわ!」

「ごめんなさい、ティア。では少しの間だけ……」

「…………」

「ちゃんとここを片付けとけよ」

「べーだ」

俺とフロウは部屋を出た。

「どちらへ?」

ムートがいる。

「そこの池へちょっと星見に。反対側の大岩の所にいます。外は安全ですね」

「はい、それは。分かりました。お気をつけて」

さすがについてこないか。屋敷内だからな。

 外に出ると涼しい。ちょっと寒いぐらいだ。

 俺とフロウは池を回ってフロウが大岩といった所にきた。ここは別邸がよく見える。逆に別邸からも見えるわけだ。いい場所だ。

 池の水面に僅かに小波が立っている。さらさらと森の葉ずれの音がきこえる。いい雰囲気だ。

 俺は近くの岩に腰を下ろした。フロウも俺から少し離れたところに座った。

 俺はフロウを見た。

 この人は……女だったなんて……今でも信じられない……

 フロウはおびえたように俺を見つめている。そんなに俺が恐いかなあ。でも……もしかしたらフロウが男と二人っきりになったことなんてこれが初めてじゃないのか?だとしたら……さっきはずいぶん不埒なことをして……不埒なんてもんじゃないよ。いきなり女性の……

 ひえええええ。心臓が、心臓が……

 怒ってないか?あの顔は……何と言っていいのか……

 でも美人だよなあ。女の恰好させたら都でもトップクラスじゃないか?

 その時フロウが言った。

「お話とはなんですか」

声が少し震えているけど、しっかりしている。結構気丈だな。パニックを起こすんじゃないこと思ってたけど、さすが男として育てられてきたことはある。

「ま、まあ、いろいろありますが、まず第一はティアのことでしょうね」

今はとにかくこれだ。

「ティア……」

フロウはうつむいた。

「このような結婚が不自然なのは……お分かりですよね」

「ええ……」

「ティアは……知ってて結婚したのですか?」

「ええ。私は一度解消しようとしたのです。でも彼女がいいと言ってくれたのです……」

そしてフロウはティアに告白した夜のことを話しだした。

「……彼女がそう言ってくれたのです。私はだから……だから……」

ふうんそうだったのか。俺は納得した。合意のもとか。あいつなら、やりそうな気はするな。

 ティアっていうのは見かけは大ざっぱだが、結構細かいところもあるからなあ。フロウを見捨てられなかったってのはよく分かるな。

 俺だってあいつの立場だったら……どうしたかなあ……女じゃないから分からないな。

 でも、ティア以外の友達がいなかったなんて悲惨だよなあ。おかげで女に対する美的センスがねじ曲がっちゃって……

「ティアがねえ。あいつは思い詰めたら何するか分からないから……」

「ティアを悪く言わないで下さい。すべて私が悪いのです」

そう言われちゃうと責めようがないよ。確かにあんたが悪いが……

 俺は次に何を言おうか考えた。するとフロウが言った。

「どうして私がこんな恰好をしているかお聞きにならないのですか?」

「ええ?それはまあ。でもだいたいは察しがついています。つまり生まれた双子は男と女だった。しかし死んだのは男の方だった、そうでしょう」

フロウはびっくりしたような顔をした。

「ええ、そうです。どうして……」

「いや、ずいぶん考えたんですよ。もしあなたが女だとしたら、どうやったらそんなことになり得るのか、とかね。あなたがエイジニア姫の本当の子どもなら、可能性はそれしかないんですよね」

「で、ではどうして私が女だと分かったのです」

「それは……本当に分かったのはさっきです。でもそうじゃないかという気はしていました…」

俺はフロウの姿の話、ティアの目玉の話、そして病気の話をした。

「あはははは、そんなことからばれてしまうんですね」

「まあ、そんなものでしょうねえ。でも多分まだ知っているのは僕一人でしょう。こういう証拠と言うのはそう思って見ないと見えないものですから。僕があなたが女だと半分思いこんで調べたから見つかったんでしょう」

「フィン、貴方は賢いのですね」

いきなり言われて赤面してしまった。

「そんな、たいしたことはないですよ。ちょっとしたことだから……」

「いえ、私には想像もつきませんでした」

誉めてくれて恐縮だけど、そろそろ核心に入らなければ……

「とんでもない。分からないことはたくさんありますよ。一つお尋ねしますが、

あなたが結婚した理由は分かった。ティアを選んだことも分かった。だけど子供はどうするのですか?」

「子供?」

「ええ。世継ぎですよ。あなたが即位しても世継ぎがいなければだめでしょう」

「でも……」

「ティアが男の子を産まなければ、世継ぎはカロンデュールかその子供ということになってしまいますよ。それをジークⅦ世が許すのですか?」

「そんなことは……でも……」

「それにあなたが女だということを永久に隠し通せるとは思えませんが。その時はどうなさるのですか?」

「私は……」

何も考えてないのか?まさか……俺の想像が当たっているのか?

「正直に答えて下さい。これはティアとあなたの問題でしょう?確かに僕は部外者だが、ティアが不幸になったり殺されたりするのを……」

「ええ?なんですって?」

フロウが真っ青になった。

「どうしてティアが殺されたりするのです」

「でも、このままじゃそういうことになりかねませんよ」

「どういうことです?」

「あなたは何も知らないのですか?」

「……知らないと思います」

げええええ。なんじゃこりゃ。調子が違うぞ。

 フロウは知らないらしいぞ。とぼけてるとは思えないよなあ。この目は。

 俺は最初はティアがフロウに騙されてるんだとおもっていた。フロウはあの親の子供だ。ティアを利用しているなんてのは十分考えられる。

 でもフロウとは結構つき合っている。あいつは本当に優しそうで、どう見ても芝居をしているとは思えないんだよね。

 それにさっきの話。たった一人の友達を陥れるような真似ができるだろうか?

分からないよな。それとこれとは別だなんて、考える奴もいるかもしれない。

 だけど、違うんだよな。俺の直感だけど、フロウはそんなことはしない。そう感ずる。だとしたらどうするんだ?

「これから話すのは、僕の推測ですから間違っていることもあるかも知れません。そのことを念頭に聞いて下さい」

「はい」

「ジークⅦ世はあなたを男として育てました。それは男でないと世継ぎにはなれないからです。そのことはわかりますね」

「はい」

「ですが、どう考えたって一生そのままとは思えませんよねえ。いつかはきっとばれるときがくる。子供の時ならいざしらず、大人になったら男で通すのは難しいことです。実際あなたは生理があるごとに病気と偽らなければなりません。これがもっと後になれば、更に厳しくなります。声変わりや、髭や、色々なことで発覚の危険が大きくなります」

「はい……」

「ジークⅦ世はそのことを考えていないのでしょうか?」

「それは……分かりません」

「考えていなかったら完全な馬鹿だ。あなたが女だと分かったときジークⅦ世は完全に都の笑い者になりますよ。それどころか大皇をたばかったとして死刑になってもおかしくない……」

「ええ!」

ふーむ、父親のことで顔色が変わったな。

「もちろんあなたも同様です。ティアももちろん……たとえ助かったとしても……」

「そんな……父上が……」

「多分これでジークの家は終わりでしょうね」

「父は……確かに父のやり方が正しかったとは思いませんが……でも、でも私のたった一人の父なのです。もしあんなことがなければ……」

よっぽど父親を愛しているんだな……要するに、父親の言いなりなんじゃないか?親の言うことに何も疑問をはさまずにやって来たっていうことじゃないのか?

「あんなこととは?」

「ダアルⅤ世との経緯です。あれがなければもっとみんな幸せになれたのに……もしかしたら私とカロンデュールは兄弟だったかも知れない……」

「ええ?」

何をいっているんだ?まあ後で聞こう。

「とにかく、ジークⅦ世もそのことは考えています。当然でしょう。だからあなたとティアの結婚を急いだのでしょう」

「ええ?どうしてですか」

「とにかく子供がほしかったのでしょう。あなたとティアの子供が」

「でも、そんなこと……」

「誰のでもいいからとにかく作るのです。そして皇子が生まれればそれが新しいお世継ぎになるわけです」

「そうですが、でも……」

「まだお分かりではありませんか?あなたは多分即位してすぐに死ぬことになるのです」

「!」

フロウはびくっと俺を見つめた。

「あなたは病気がちということになっているから、誰も不審に思わないでしょう。そしてその子供が即位することになるのです。もちろんあなたが実際に死ぬかどうかは……女性として再出発できるかも知れませんが……」

「ティアはどうなるのです」

こんなことを感情を殺していうのはものすごい苦痛だ。できるだけ何も想像しないで機械的に喋らなければ……

「殺されるでしょう」

「そ、そんなことって……」

「でも……ティアは経緯を知りすぎています。だとしたら……生かしておいてはのちのちトラブルが生じることになるでしょう……」

「そんな……」

俺だっていやだよ。ティアがどこの馬の骨とも分からない奴に犯されて、子供を産んで、挙げ句の果てに消されてしまうなんて……うう、自分の想像で身震いがしてくる。やめてくれえ。

 だがフロウはもっと衝撃を受けたようだ。

 俺ははあわててフロウの肩を抱いた。ぶるぶると震えている。

「まあまあ、とにかくこれは推測ですからこうなると限った物ではありませんよ。とにかくですね……」

「フィン……」

フロウの目がうるんでいる。こりゃ何かやばい格好だなあ。

「フ、フロウ、気を確かに」

「ああ、フィン。私はどうしたらいいのでしょう……」

フロウが俺の腕にすがりついた。わああ、離れなきゃ何するかわかんないよ。俺はあわててとびのいた。

「と、ともかく、ティアはまだですよね」

「まだって?」

ええい、鈍い奴!いいにくいだろう!

「要するに、ええ、妊娠してませんよね」

「妊娠?まだかどうか……」

まだかどうかって……

「わかるでしょう!」

「?」

「せ、生理はあるんでしょ?ティアのは」

「ありますが……」

「ああ、なら大丈夫だ……」

ほっとした。

「そうですか……」

でもなんなの?これ。

「ええと、とにかくどういう方法か分からないけど、ティアが子供を産むというのが大前提にあります。でないと全てが水泡に帰してしまう。だからとにかくそれを阻止しないと……」

「あ、あの、どうやって……」

「どうやってって……どうやってかなあ」

考えてみたらフロウも女。女二人じゃいざとなったら……ううう。

 どうすりゃいいんだ?

「あの、フィン、一つ聞きたいことが……」

「え、何か」

「子供って……どうやればできるのですか?」

ぶはっ!

「あの、それが分からないと阻止も何もできないと思うのですが……」

「し、知らないんですか?」

「ええ。男の人と女の人が結婚すれば生まれるということしか……」

な、な、な……

 冗談をいっている顔じゃない。なんとまあ、どういう育ち方をしたらこうなるんだ?こういう育ち方だよな。

「ほ、本当に何も?」

「はい……」

ど、ど、どうやって説明するんだよ。こんなの……まさか実地じゃ……その方がうれしいけど……こらこら。と、とにかく、

「ええ、じゃ、じゃあ、せ、説明します。本当に何も知らないんですね」

「はい」

そ、そんな風にみつめられたら……うわああああ。

 なんて言えばいいんだ?雄しべ雌しべじゃなくって……

「ええとですね、まず、そのためにはそういう行為が必要なのです」

「どういう行為ですか?」

あー。どういうってねえ……もう。

「ええと、男にはここに物がついているというのは」

「それは知っています」

ああ良かった。見せなきゃならないかと思った。

 という調子で俺はフロウに子供の作り方を伝授した。こういう場合、恥ずかしいからって手を抜くと後でひどいことになりそうだから……ああ、思いだしても赤面する。

 本気で何も知らないんだよね。こういう娘が大真面目で危ない質問をしてくるのに、若い男がどういう返答をしていいのか……困ったもんだ。

 話が終わったときにはさすがにフロウも上気していた。だろうなあ。いきなり刺激が強すぎたらしいが……

「だ、だいたい分かりましたか?」

「え、ええ。分かったと思います……」

ふう。

「とにかくそういうわけですから、ティアが妊娠させられることをどうにかして阻止しなければならないわけです」

「結婚していなくと、そういう行為をすれば子供は産まれるのですね」

「え、はい、まあそうです。正確には行為でなく、精液が入ったということによってですが……それに時期によっては産まれないこともあるというのはさっき説明した通りです」

疲れる!

「だとすれば……私はいったいどうすればよいのでしょう。常にティアを見張っていることなんてできません」

だよなあ。それに……見張ってたって無理やりやろうと思えばできちゃうよなあ。

「そのことについては、もうちょっと考えなければ……そこまでは考えていなかったので」

「……はい」

本当にどうしよう……そもそも、これからフロウに何をしてもらうかというのもよく分からない。

 ええと、本当ならジークⅦ世がこういうことを考えていると言うことを確認しなきゃいけないんだけど、ちょっと聞きに行けないしなあ。もっと別のことを考えてるなんてことは……でもこれがほとんど必然コースだよなあ。後の可能性なんて……

「とにかく……あと三日下さい。それまでに何か考えてきます。もちろん、僕の考えがもとから間違っているかも知れないことは、お心に留めておいてください」

「はい……」

「それではそろそろ戻りますか……ティアが完全にすねているかも知れない」

「そうですね」

俺達は立ち上がった。

「このことはティアには話した方がいいのでしょうね」

「そうですね。あいつの問題だからね」

「すみません……私のために……」

「いえ、今はそんなことはどうでもいい、今はこの問題をどうにかしなければいけません」

俺達は屋敷へ向かって歩き出した。

 と、入口の近くになってフロウが急に立ち止まった。

「どうしました?」

俺が見つめるとフロウが言った。

「フィン……私の名前をまだ教えていませんでした……私はは本当はメルファラといいます」

「ああ、そうですか……メルファラ……ファラ……いい名前ですね」

「ありがとうございます……」

そういうとフロウ/ファラは再び前を向いて歩き始めた。俺はその後ろ姿をじっと見つめた。だが声はかけなかった。

 ……………………

 俺達が戻るとティアがしびれを切らしていた。

「何やってたのよ!二時間も。よくそれだけ悪口があったわねえ!」

「とんでもない。全然時間が足りなかったよ」

「ふん。もう遅いわよ!さっさと帰りなさい!」

「はいはい」

その時ムートが出てきた。

「もうお帰りですか?」

「はい、長居をしてしまったようだし」

「それではお送りしましょう」

「いいですよ。お手数かけすぎている」

「こちらは構いません」

「……じゃあお願いします」

「それではフィナルフィン、また来て下さい」

「ええ、メルフロウ」

「もう来なくていいわよ!」

「はははは、またな」

そして俺は屋敷を出た。



 帰りの道も俺は今のことで頭が一杯だった。

 フロウは女だった。ティアはそれを知っていて結婚した。それはまあいい。問題はやはり、ジークⅦ世が何を考えてるかだよなあ。フロウは何も知らないみたいだし、ティアはもっとだ。

 だいたいこれが分かったからって、俺に何ができる?考えてみたら何もできないじゃないか。

 こうなったらティアとフロウをかっさらって逃げるか……でもどこへ?都の中ではすぐに見つかってしまう。この盆地の中でも同じようなもんだろうなあ。だとしたら迷いの森を抜けて外へ出るしかないよなあ。

 うう、そんなことできるか?俺はいいとしても、あいつらにそんなことを強制できるかなあ。

 都の生活に慣れてしまうと外じゃ暮らせないっていうよなあ。ここからいちばん近いのは肥沃の地の北の王国だけど、行ったことないしなあ。

 それにすぐに追手がかかるだろうし、捕まったらそれこそ最後だよな。俺はもちろん消されるし、ティアだって子供を産むまでの命だ。それにこのままじゃフロウだって本当に生きてられるかも分からないよなあ。あの親父のことだ。もしかしたらフロウまで殺す気かも……

 だったら逃げた方がまだましだよなあ。どんなに田舎でも……

 俺達三人の逃避行か……まあフロウはともかくティアならたくましいから……ゴミあさってでも生きて行きそうな気がする……

 ええと、それよりだよ……

 道は人気のない森にかかっている。ずいぶん来たなあ。この森を抜けたらヤーマンの屋敷は近い。

「ああ、ムート、そろそろいいよ。ありがとう」

「いえ、まだお送りします」

「でも君は役目があるだろう」

「これも役目ですから」

そう言ってムートは短剣を抜いた。

 な、なんなんだ?!

 顎然なんてもんではない。一体どうして……あ、そうか、聞かれちゃったんだ!あの話を!

「な、何だそれは」

なんて言うんではなかった。

「フィナルフィン様。失礼します」

ムートはいきなり飛びかかってきた。俺は逃げようとしたが、あっという間に組み敷かれてしまった。つ、強い!

「な、何をする」

「あなたは知りすぎた」

そりゃそうだ。だけどねえ、俺だって好きでやってるんじゃないんだから。

 俺はもがいた。だがびくとも動かない。さすが一人でフロウを守ってきただけある……なんて感心してられるか!

 次の瞬間、短剣が喉に当てられた。

 わあああああああ。

「ま、待て!おまえこんなことしていいと思ってるのか!」

「フィナルフィン様、覚悟!」

「あ、あのなあ、お前フロウがどうなってもいいのか?」

「なに?」

一瞬動きが止まった。チャンスだ!

「あのなあ、フロウだって命があるって保証はないだろう!このままじゃ」

俺に残されたのはこれだけだ!

「ティアがどうなったって構わないだろうがな、お前は!だけどフロウだってどうなるかわからないぞ!」

「…………」

舌先三寸、行き当たりばったり。

「病気持ちの皇子が病気で死ぬことは良くあるよな!」

「…………」

「ムート!お前フロウとジークとどっちが大切なんだよ!」

「そ、それは……」

やった、効いたぞ!

「手を放してくれよ」

ムートははっとしたように手を放した。そして地面にへたりこんだ。

 ふう、馬鹿力め。俺は喘ぎながら服の泥を払うとムートの横に座った。

 ともかく助かった。少しの間は……

 突然のことなので頭が混乱している。いったい何を言ったらいいのか、変なこと言ってまた逆上されたら恐いし……

 さっさと逃げるか?でもそんなことしたら……

 とにかくフロウの話だよ。ムートはフロウの育ての親みたいなもんだよな。だとしたら情が移ってて当然。とすれば……

「なあ、ムート、君はずっとフロウを……ファラを育ててきたんだろ?」

ムートはうなずいた。

「俺の言ったことは本当だったんだな?聞いていたんだろ?」

「は、はい」

「子供が生まれた後、ティアとフロウはどうなるんだ?」

「それは……」

「殺されるんだな?」

「ティア様は……でもメルフロウ様は……命を助けるとの仰せでした」

はあ、そうか。そんなもんだろうな。だが……勝手な話だ。俺は腹が立った。

「面白いじゃないか、ティアは消す、フロウは助ける、かよ。だけどそんなんが信用できるのか?人殺しが言ったことだぞ?」

「…………」

「自分の娘にこんなことをしてる奴だ。二枚舌なんてお手のもんだろう!」

「…………」

「それに、フロウが殺されなかったとしてもだ。ティアが殺されてあいつが果して生きているかどうか……」

「!」

「フロウの立場になって見ろよ。どうやったらおめおめ生きて行けるんだよ!ティアはいったい誰のために死ぬんだ?」

「ああ……」

「フロウねえ……あんないい娘見たことないぞ。素直で、きれいで……ちゃんと育ってたら社交界の華だよ。お前はいい育て方をしたよなあ」

「…………」

「それで何が得られるんだ!お前は?地位か?金か?フロウはどうなるんだ?」

「あ、あなたはダアルが、ジャナンの奴が何をしたか知らないからそんなことが言えるのです!」

ジャナン?アルジャナンかな?あの悪評の高い。

「知らないよ!そんなの。だがなあ、だったらお前らだけで決着つければいいだろう!どうしてフロウやティアまで巻き込むんだよ!ふざけたこと言ってるんじゃないよ!」

「私は……」

「結構だよな。あんなきれいな娘を独り占めできてさ。まともな結婚もさせず、ただ殺すためだけにあそこまで育てたのか?母親が生きていたらなんと言ったことか……」

「や、やめろ!」

しまった、怒らせたか?

 だがムートは振り上げた手を止めた。

 目があさっての方を向いている。

 そのままの格好で俺達は硬直した。

 と、ムートがつぶやく。

「ああ、エイジニア様……私は、私は……あなたを裏切ってしまった……」

なんだ?一体なにを言ってるんだ?

「でも私は、私は……ジーク様が……」

だいじょうぶか?なんだか危ないぞ。

 俺は二、三歩下がった。だがムートが暴れだしそうな気配はない。

「う、裏切るってなんだ?」

「エ、エイジニア様は……娘が生まれたらダアルの若君と娶せてほしいと言い残して……」

「な、なんだって?」

ちょっと、ちょっと待てよ!そんな遺言があったのか?

「だのに私は……私は……」

「おい、どういうことだ!」

俺はムートをにらんだ。

「奴だ……奴さえいなければ……」

それからムートはぼつりぼつりと話し始めた……

 最初にジークの家の窮状があった。

 ダアルとの抗争に負けてジークⅥ世は公職から追放され、小役人のような仕事をあてがわれた。そのような状態では宴を開くどころか、屋敷の維持さえ難しい。たとえ何とか開いたとしてもダアルの顔色をうかがって、誰もやってこないだろう。

 ジークⅦ世はそのような中で育った。

 このようなジークいじめの裏には常にアルジャナンという男がいた。ダアルⅤ世はまだ若かったが、ジークⅦ世を憎む心は父親にひけをとらなかった。そして彼はアルジャナンにそれらのすべてをやらせたのだ。アルジャナンもどういうわけかジークの家を憎んでいた。彼は命令されたこと以上の働きをした。

 ジークの一族は彼らのなすがままにされた。そしてついにジークの一族はその象徴と言うべきジアーナ屋敷を手放さざるを得ない状況に追い込まれる。

 だが、そんな彼に暖かい手をさしのべたのはエイニーア皇女だった。彼女はジークⅦ世の人柄に引かれ、全てを捨てて彼を愛した。ジークⅦ世もそれに答えた。

 そう!ジークⅦ世は若い頃はとても真っ直ぐな気性だったのだ!それがどうしてこうなったかは後の話になるのだが……

 どうして皇女がジークⅦ世と出会うことになったかというと、それはムートが皇女のお付きだったカルスロムと友人だったからである。ムートの家は先代のジークⅥ世時代に大きな恩を受けていた。そのため彼は何か恩返しをしようと考えていたのだった。

 皇女が彼らをバックアップしたため、家は持ち直し始める。だが、それでもダアルの権勢に比べればささやかなものだったが……

 しかしダアルⅤ世はその立場に満足していなかった。彼はジークⅦ世とエイニーア皇女が恋仲なのに嫉妬する。それ以上に、下手をするとジークⅦ世は世継ぎの父親と言うことになってしまう……もちろんエイジニア皇女がいるから、そちら相手の方がその確率は高いが……

 というわけでダアルⅤ世はエイジニア皇女に求婚しはじめる。

 それを見たジークⅦ世は愕然とした。ダアルⅤ世の目的が見え見えだからだ……彼は絶望した。もしダアルⅤ世と皇女が結婚して皇子が生まれたら、ダアルⅤ世の権勢はもはや不動のものになる。たとえエイニーア皇女がいたとしても、その力は世継ぎに比べれば微々たるものだから……

 エイジニア皇女はエイニーア皇女に比べておとなしい方だった。しかし、ダアルⅤ世を嫌っていた。彼女は何度も断わったが、ダアルⅤ世はしつこかった。ダアルⅤ世はついに実力公使に出ようとする。夜中に忍び込んでものにしようとしたのだ……

 それを知ったエイニーア皇女は決心する。もしそれが成功したならば、彼女の愛するジークⅦ世は終わりである。彼女が何かしなければ……そして彼女はダアルⅤ世が来る夜に、ジークⅦ世にこっそり忍んでくるように言ったのだった。

 夜の暗がりの中、二人の男がそれぞれ皇女を抱いた……だが、朝日がさしたときにその横に見いだしたのは互いの目的とは異なった女性だった!エイニーア皇女とエイジニア皇女はこっそりと部屋を入れ替わっていたのだ。

 エイジニア皇女は妹をよく知っていた。彼女はエイニーア皇女がそれを言い出したとき、どの様な気持ちでそんなことを言っているのかすべて分かっていた。彼女が止めたところで、妹の気持ちが変わることなどないことも知っていた。またエイジニア皇女にしても、ダアルⅤ世に比べればジークⅦ世の方が良かった……そこで彼女は妹の提案に何も言わずに同意したのだった。

 こうなった以上ジークⅦ世もダアルⅤ世も為すすべはなかった。そして彼らの婚約が発表されたのだった。

 時が経ち、二人の皇女は懐妊する。だがその結果は知っての通りであった。エイジニア皇女は産褥のために死ぬこととなるのだ。

 だが最後の意識の中でエイジニア皇女は言ったのだ。彼女は双子が生まれたことを知っていた。皇子と皇女であることも。

 彼女は愛するエイニーア皇女の、彼女が愛したジークⅦ世の、その全ての幸せのためにも、生まれた女の子とエイニーア皇女の息子とを娶せるように遺言を残したのだった。

 それによって両家のいさかいにも終止符が打たれることをも望んで……

 彼女も、彼女の妹も、その争いに巻き込まれ、翻弄された。このような不幸はもう二度と起こさせたくない……

 だが、彼女は生まれた皇子が彼女をすぐに追って来ることは知らなかった……

 そのときジークⅦ世が何を思ったか……

 それによって全てが失われてしまったのだから……皇子も、エイジニア妃も、エイニーア皇女も、ジークの未来も……

 たとえそれが遺言であったとしても、彼の娘をダアルⅤ世が受け入れるかどうか……今までの事を考えると……

 そして……

 ………………………………

「だから……選択はこれしかなかったのです……皇女を皇子としてそだてるしか……」

ムートはもう泣きださんばかりだった。

 はあ、なんとまあ、その……壮絶だよ。返す言葉がない。エイニーア皇女ととそんな経緯があったなんてねえ。

 ムートは話し終えるとがっくりと肩を落とした。

 そのときだった。

 そんなムートを眺めていると、急に俺の頭にひらめいた。どうしてムートを仲間にしちゃいけない?こいつが仲間になれば道が開けそうじゃないか。どっちにしたってこの男はフロウを深く愛しているに違いない。見れば分かる。だったら……

「ムート……もう一度聞くけど、君はフロウとジークとどっちが大切なんだ?」

「それは……どちらも……」

「だが今はどっちかを選ばなければならないんだ。どっちを選ぶ?」

「…………」

「なあ、ムート。前に僕たちがフロウと遊ぶのを黙認したのは、誰の考えなんだ?」

「あれは……私の……メルフロウ様が可愛そうで……」

「だろ?だったらもう一度君の考えで行動しなければいけない時が来たんじゃないのか?」

「私の?」

「そう。僕は、僕だけではフロウもティアも守れそうもない。でも君がいれば……」

「…………」

「なあ、フロウの父親として、ジークⅦ世と君とどっちがふさわしいと思う?」

「そ、そんな……」

だがムートは考え込んでしまった。

 だよなあ。こんなことを請け負っているっていうことは、ジークⅦ世にものすごい信頼があるっていうことだよ。ジークⅦ世を裏切るということは大変なことだよなあ。でも、

「君に取っては家の方が大事かも知れない……でも僕にはフロウやティアの方がずっと大事なんだ。もし協力できないのなら、せめて僕のすることを黙認してほしい」

「な、何をなさるのです」

「決まってるじゃないか!フロウとカロンデュールをくっつけるんだ」

「ええ?」

「これほどいい解決策はないじゃないか!」

「でも……だめだったら?」

「それは……しょうがないよなあ。そうなったらみんなで逃げるしかない……」

「逃げるってどこへ?」

「さあ、外しかないだろう……」

「そんな!」

だろうなあ。盆地の中じゃ逃げたことにならないし、外と聞いただけでみんな怖気づいちゃうし……俺だって迷いの森のちょっと先まで行っただけだしなあ。恐いといえば恐いよ。やっぱり最後の手にしとかないと……

「逃げるのは後回し!カロンデュールの話が先だ」

「でもどうやって……」

「どうやってって……それはこれから考えなきゃいけないが……」

「…………」

難しいなあ。それに……時間があるのか?くっつくまえにティアがやられちゃったら……

「そういえば、君は知っているんだろう?どうやってティアに子供を産ませるんだ?」

「それは……」

「まさかお前が……」

「違います!ジーク様が……」

やっぱりそうか!

「私がお二人を薬の入った飲物で眠らせたところに、ジーク様がきて……」

そんなとこまで決まっているのか?で、眠っているティアを……このど変態め!

「い、いつだよ?」

「まだその日は……でも急いでおられます……早ければ今週にでも……」

わあああああ。 

「おい、どうするんだよ!」

「私は……」

だいたいジークⅦ世がティアをはらませたとしたら……ああ?

「か、考えても見ろよ。それでティアが男の子を産んで、そいつが世継ぎになったって血がつながってないじゃないか!これは犯罪なんてもんじゃないぞ!」

「……で、ですが……」

とにかくどうにかして時間稼ぎでもできれば……だけどこういう計画じゃ稼ぎようがないよなあ。ムートが薬を盛らなかったとしても、何の解決にもならないし……もう一気に脱出しかないか?

いや待て待て、それは最後に置いといて、ジークが入ってこれないようにしても……どうやって?物理的にガードはできないし……だいたいジークがいなきゃ子供が作れないよ。でも……あん?

 いや待てよ。可能性はあるよな……そうだ。とにかくこれで時間が稼げるぞ。とにかく時間を稼いでいればいいことを思いつくかも知れない……それでだめなら脱出の決行だ。

「ムート!」

「は、はい!」

「どっちかいま決めろ!」

「ええ?」

「ジークにつくか、フロウにつくか……」

ムートは考え込んだ。

 恐ろしい沈黙……おい。調子に乗って言っちゃったけど、もしいやだっていわれたらどうするんだ?

 俺は立ち上がった。もちろんその時は逃げるためだ。

 だが……

「分かりました……お従いします……」

「分かってくれたか?」

「はい……」

やった!ならばもう心配はない!

「ありがとう、ムート!」

俺はムートの手を握ると引き立たせた。

「それじゃ戻るぞ」

「ええ?」

「フロウに話がある。時間稼ぎの方法を思いついた!」

「ええ?どんな?」

「君にも協力してもらわないといけないんだが……」

「は、はい……」

うまくいけばいいんだが……