自己責任版:白銀の都
白銀の都 9. 裏工作開始

9. 裏工作開始


「お茶をお持ちしました」

「ありがとう、ルー」

うう、気が重い……どうしてこんなことになっちゃったのかしら。でも話を聞いたら確かにそうなのよねえ。ああ。

 フロウもすごく暗い顔をしている。あーあ、フロウには笑顔が似合うのに……こんな顔見たくない!

「ティア」

フロウがささやいた。

「なに?」

「大丈夫ですね?途中で笑ったりしませんね?」

「大丈夫よ。まかせて」

といっても……やっぱり本当に薬入れてもらった方が良かったかなあ。あたしがどじったら、すべて水の泡だもの。

 でも今から薬いれてくださいって頼みには行けないし……

「あたしがんばるから……」

「ティア……ごめんなさい」

「ええ」

あたしはお茶を飲んだ。

 ルーのお茶はいつもおいしい。でも今日は今一だ。

「ああ、やっぱりおいしいわ」

薬ってどの位の時間で効いてくるんだっけ。あんまりすぐ倒れちゃったら不審に思われるかなあ。

 フロウはあたしをじっと見ている。心配そうだ。

「何だか眠くなって来ちゃった」

「ティア、ティア」

フロウがささやく。

「なあに?」

「ちょっと早すぎませんか?父がそこまで来ているはずです」

「で、でも……」

「もう少し……何か話していて下さい」

「え、ええ」

あたしたちは先日の狩の話を始めた。この間の狩は邪魔が入らずに一日中やってられたのだ。今度もまたフロウは上手だった。あたしも真似してみたけど全然ダメ。同じ女なのにどうしてなのかしら。

「……そうよねえ。でもどうしたらフロウ、あんなに弓がうまくなるの?」

「練習したんですよ」

「練習したってうまくならない人だっているのに」

「私はそれ以外あんまりすることがありませんでしたから……」

「だって……あたしなんかまだまっすぐも飛ばないのに」

「そんなにすぐには無理ですよ」

「そうかなあ」

「でもティアの乗馬はとても上手ですよ」

「ええ?そう?」

ポニーはとっても慣れてるから……でもそろそろいいかな?

「ティアはいつから乗っていたのですか?」

「ええ?ああ、それはねえ……ふあー」

あくびをする。今度はフロウも何も言わない。

「ねえ、ティア?」

「馬?それはねえ……ふあー」

「どうしました?もう眠くなりましたか?」

「ええ?ああ、そうねえ……」

「ティア、ティア?」

「ええ?」

「ティア」

「ううん」

「寝てしまったのですか?」

「…………」

フロウはあたしの顔をぴたぴた叩いた。あたしは何も答えない。そして教えられた通りゆっくりと寝息を始めた。

 この三日ばかり、これの練習ばっかりしていた。寝たふりっていうのも意外に難しいのよねえ。気がつかなかったけど。寝息をずっと真似するっていうのは結構やりづらいんだ。

 フロウが立ち上がった音がした。そしてドアが開く。あたしはソファーのクッションに顔を埋めた。顔を見られたらまずいから……

 誰かが入って来る。一人はフロウ、もう一人はムート、そしてジークⅦ世だ。

「眠ったか?」

「はい……」

しばらくの沈黙。

「本当にお前がするのか?」

「私がします」

「ふん。誰に聞いたか知らないが……」

何言ってるのよ!このタコ!

「ではこれを……」

「これですね」

「ちゃんと分かっているな?場所も?方法も」

きゃあ、えっち!

「え、ええ」

「何か危なっかしいな。やはり私がした方が……」

冗談じゃないわよ!

「だめです!」

声が荒い。

「それはお約束したはずです」

「だが……」

この間フロウがこのことをお父さまに言ったときは、ほとんど殴りあいになりそうだったってムートが言ってたわ。

「いくら父上でも、これだけはだめです」

「フロウ、お前はこれがどれだけ重要なことか分かっているのだろうな?」

「当然です」

「当然、か。だがよく考えついたものだ。こんなばかばかしいこと……」

「どういうことですか?」

「その娘はよくまあこんなことまで知っていたものだ。さぞかしいろいろなことを教わっただろうな」

な、何を言ってるのよ!そりゃ、今回フロウがこういうことを言い出したのはあたしの入れ知恵ということになってるから……もちろんあたしは『それとは知らずに』そういうことを教えたことになっている。

 けど、言うに事欠いて……

「どういうことです!」

「いいとこの娘がこんなことを知っているはずがない。さぞかしいろいろな体験があったのだな」

あ、あ、あのねえ。あたしはもう少しでわめき出しそうになった。だがフロウの声で思いとどまった……

「父上はティアを屈辱するのですか?」

ものすごい声……どんな顔してるの?

「ふん。これではたとえ子供が生まれても誰の子か分かったものじゃない」

こ、この……こういう場合じゃなかったらひっぱたいてやるのに……

「あははははははは」

フロウの笑い声。

「父上からそんなことを聞こうとは思ってもいませんでしたよ!」

「フロウ!」

「父上!あなたにそのようなことを言う権利はありません!どちらにしたって産まれるのは私の子ではない」

「フロウ!」

「父上には子供を差し上げます。でもティアは私の妻です。たとえ父上であろうとも勝手なことはさせません!」

「でもお前は女だ」

「女であろうとも夫として結婚したからには妻を守る義務があります」

フロウ……

「……ふはははははははは」

「何がおかしいのですか?」

「フロウ、お前が本当に男だったらなと思って……」

「父上……」

「ではしっかりやれ」

ふん!

「はい……ではムート」

「はっ」

ムートがやってきてあたしを抱きかかえた。あたしはなるべくだらーっとして前後不覚のようにみせた。

 そのままあたしたちは寝室に向かう。

 どうせならフロウに抱えてもらいたかったんだけどなあ。まあこの際はいいか。

 奥の寝室にはいる。ムートがあたしをそうっとベッドに下ろす。ああ、これが本当の初夜だったら良かったのに……

「メルフロウ様……」

「ありがとう。では下がってくれ。誰も入れないように」

「はい……」

ドアがばたんと閉まって……フロウが外をうかがっている。

「もう大丈夫ですよ。ティア」

あたしは伸びをした。

「あーあ、疲れた……」

「しっ。大きな声を出さないで……」

「あ、ごめんなさい」

フロウは手に持ったシリンジを置いた。

「良くできましたよ。ティア。本当に眠っているようだった……」

「えへへへへ。寝たふりは前からよくやってたから……」

「さあ、着替えますよ」

「ええ」

フロウは寝間着を取り出してあたしあたしを着替えさせ始めた。

「結構面倒なものなんですね」

「わあ、くすぐったい!」

「声を出さないで!」

「あ」

やっとのことで着替えが終わって、フロウがあたしの服をたたむ。

 お兄ちゃんたら、目のある人がみたら自分で着替えたかこうして着替えたかすぐ分かるっていうのよね。本当かしら。

 横のテーブルにフロウが置いたシリンジをがある。

「それがそうなの?」

「ええ」

あたしはこわごわ手に取ってみた。

「これがジークⅦ世の……何だか水みたい」

あの変態親父め!

「貸して下さい。捨てますから」

「うん」

汚らわしい……そうよね。何考えてるのかしら。全く。こんな物入れられるのかと思ったら寒気がして来る。

 でもこうでもしなくちゃもっとひどいことになってたのよね。

「明日ももう一度……」

「うん。分かってる」

お兄ちゃんがこういうことを思いつかなかったら、どうなってたのかしら。聞くところによると、二人とも眠らされてその間にあの変態がやってきて……冗談でしょ!

 とにかくこれで一カ月は時間が稼げたってこと。でも一カ月なんてすぐだわ。もう一回か二回ならこの手でごまかせるけど、あんまりあたしが妊娠しないと疑われちゃうわよね。

 それまでに何とかしないと……

「ねえフロウ……」

「ええ?」

「あたしたち、どうなっちゃうのかしら……」

「それは……」

「やっぱりどこか遠くへ行くしかないのかしら……」

「ティア……私のためにあなたにそんな苦労をかけたくありません……」

「あら、あたしならいいの。フロウと一緒なら……」

「いえ、あなたはもっといい人と結婚するべきなのです。すべて私の責任なのですから……」

「違うわよ。あの変態……じゃなくてお父さまが悪いんじゃない!フロウが悪いんじゃないわ」

「でも、結局は私のせいなんです……私が弱かったから……拒否できなかったから……」

「でもそうなってたらあなたは……」

「ああ、もう言わないで!」

「ごめんなさい」

「それより、これを返してきますから、一応寝たふりをしていて下さい」

「ええ」

フロウは空になったシリンジを持って出て行った。

 すー、はー。寝たふりをする。もしかしたらジークⅦ世が見に来るかも知れない。いつかひっぱたいてやる!

 でも……あの日、お兄ちゃんがムートと帰ってきた時にはびっくりしたな。その時はまだあたしは何も知らなかったから。フロウは何だか知らないけど落ちこんじゃって、なだめるのに大変だった。

 ムートとお兄ちゃんが帰ってきていきなり話を始めたときには、さすがのあたしもパニックに陥ってしまった。

 ひどいじゃないの、あまりにも……こんな話ってないわ。極悪非道よ!

 で、とにかく時間稼ぎのために、フロウが人工授精をすると決ったのだった。そうすれば、無理やり乱暴されることはないわけだ。でも、あたしが妊娠しなかったら不審に思われるわよね。時間は一カ月が二カ月。その間にフロウとデュールをくっつけるいい方法を考えなければならない。

 出てこなければ、あたしたちは本当に都落ちするしかない……

 ああ、そんなこと……でもフロウと一緒なら……けどフロウは女よねえ……それに都の外ってどんな所なのかしら。ほとんど聞いたことがないわ……

 人が入ってきた。

「ティア、もういいですよ」

「ああ、うまくいった?」

「いろいろ聞かれましたが、疑っていないみたいです」

何聞かれたのよ?もう……でも、

「ああ、よかった」   

「とにかく今日は寝ましょうか……」

「ええ」

フロウが横で着替え始める。フロウの肌ってとってもきれい。男の人がみたらよだれたらしちゃうだろうなあ。うう、また落ち込みそう……

 着替え終わるとフロウはあたしの横にもぐり込んで来た。

「ごめんなさい、ティア」

「いいのよ」

「ああ、本当に私が男だったらこんなことにはなっていなかったのに……」

最近フロウはよくこうつぶやく。

「過ぎたことはしかたがないでしょ。もうくよくよするのはやめましょ」

「ティア……」

フロウがあたしの胸に顔を埋めた……

 はああああ。ため息が出てしまう……でも、どうしたらいいのかしら。お兄ちゃんに思いつかないことがあたしに思いつけるわけないし……

 あたしはフロウの寝顔をみつめた。きれいよねえ。女のあたしが見ても。嫉妬しちゃうぐらい……どうしてあたしがこんな人を抱いて寝なければいけないのかしら……

 そうよ。フロウがファラとして育ってたのなら、ダアルⅤ世だって拒否できないわよねえ。こんな美人をふっちゃうなんてもったいない……

 そういえばこの間来たとき、デュールったら赤くなってた気がするわねえ。あとからしつこくファラのことを聞いてたし……あれは一目ぼれよ。当然よねえ。男だったら絶対よ。

 だったらうまくいくかなあ。

「ねえフロウ?」

「ええ?」

「起きてた?」

「ええ」

「ねえ、あのことどう思う?」

「ええ?カロンデュールのことですか?」

「ええ」

「どうって……いい人みたいですね」

「それだけ?」

「それだけって?」

うーん。何も考えてないみたい……

 だいたいあの遺言の話はフロウも知らなかった。いきなり言われてもぴんとこないわよねえ。きっと……

 でもデュールがあの時『ファラ』に一目ぼれしたのは絶対だわ。それに家の間の確執はもう嫌だとか言っていたような気がする。だとすればデュールはこの話に反対はしないわよねえ。

 フロウとデュールが結婚すれば、ジークⅦ世とダアルⅤ世も仲直りせざるを得ないし……もちろんお世継ぎはデュールになるけど、フロウだって大皇妃よ。ジークⅦ世が不利になることはないし……『メルフロウ』はそれこそ病気で死んじゃったことにすればいいし……

 問題はないわよねえ……

「でもティア、気がかりが一つあるのですが……」

「なあに?」

「でも、あなたはどうするのです?」

「あたし?」

あたしって……そういえば……

「あなたは……未亡人ということになりますが……」

 未亡人……ええと……

 やだ!あたしまだバージンなのに……

 未亡人?!

「…………」



「やあ、フィナルフィン、よく来てくださいました」

「やあ、マルホール元気そうじゃないか」

「一度挨拶には行こうと思ってたんですけど、何かと忙しくて……」

「いいっていいって」

「今日はエルセティア姫は……」

「やっぱりだめ。来られないってさ」

「ああ、そうですか……一度謝っておかなければと思ったのですが……」

「大丈夫だよ。あいつは怒ってないから。いま舞い上がってる最中なんでね」

「そうですか……宜しくお伝え願います」

「はいはい」

今日はこいつらの婚約発表の宴だ。ティア達のに比べたらちょっとささやかであるが、あれはまた例外だから。

 それでも山海の珍味が山と積まれ、人がどうみても一〇〇人以上はたむろしている。なかなか壮観だ。

 こいつらとはもちろんマルホールとフィーリアンだ。

 だがある意味ではそのせいでフロウに再会できたと言えないこともない。まあ人生すべて塞翁が馬だ。

「まあ、フィン!いらっしゃい!」

さあ出たぞ。

「やあ、リアン、君も元気そうだね」

「ええ、おかげさまで。でも……あまり召し上がってらっしゃらないの?」

「ええ?ずいぶんいただいてますよ」

「グラスが全然減ってないわ」

「ああ、それじゃあ……」

俺はグラスをあけた。今日はしかしセーブしとかないと、後から仕事があるから……

 リアンがワインをついでくれる。ここでお世辞ぐらい言っておこう。

「やあ、リアン、ありがとう。おや、きれいな服だね」

「まあ、フィンにそんなこと言われるなんて……珍しいわねえ。滅多にこんな所にこないし…」

「そんなことないさ」

「ええ?ああ、わかった!ティアにあてられたんでしょ?」

「ああ?」

「そうよねえ、あのお二人、とっても幸せそうじゃない!」

幸せ……なのかなあ。よく分からんが。

「まあね。さすがにああも見せつけられると……」

「きゃあ、やっぱり?」

「こらこら、リアン、あんまりこういう所でそういう話をするんじゃないよ」

「なによ、ホール、いいじゃないの」

こいつもティアにけっこう似た性格をしてるな。

「聞きたいか?」

「聞きたい聞きたい!」

「じゃあ後でゆっくりとね。今はほら、挨拶回りが大変だろう?」

「いいのよ、そんなこと」

「リアン!」

「だって……」

「じゃあ後でまた……」

「放してよ、いじわる!」

「…………」

リアンはマルホールに引きずられるように行ってしまった。

 うーん。あの性格は直ってないなあ。ティアもそうだけど、こっちは少し話が別だから……ホールも苦労しそうだ。でも今日は少し彼女に働いてもらわなきゃ……

 さてさて、計画を再検討しなきゃ。

 それにしても考えるだに腹が立つよなあ。ジークⅦ世が妻の遺言を踏みにじるような男だとは知らなかった。てめえらの確執が下らない遺言に支配されてるくせに、こういう立派な遺言を踏みにじるなんて男の風上にもおけない奴だ。

 だいたい、ジークⅥ世とダアルⅣ世の決闘のきっかけはダアルⅣ世が『貴様は親の死体を踏みにじるような奴だ』と言ったことなんだから……要するに、親の遺言を守らないような卑劣な男だと言ったわけだ。

 この場合妻の遺言だが、同じようなものだ。都で遺言がどれほど大切にされるか知らないわけでもないだろうに……それが赤の他人だって最期の頼みであれば誰だって何でもするだろう。ということはそれほどダアルⅤ世のいたぶりはひどかったということなんだろうが……

 それにしても、女装したフロウをカロンデュールが見ているとは知らなかった。危ない話だ。でもそれで展望が開けたんだから、危険を犯しただけの甲斐はあるよなあ。

 その時のムートの顔を見てみたかったね。脳の血管が切れちゃったんじゃないか?

 そのせいかなあ。フロウがきれいになったのは。あんな格好をしたせいで、女に目覚めちゃったのかな。ああ、見てみたかったなあ。きれいだっただろうなあ。

「あ、失礼」

やばいやばい。またぼけっとしちゃったよ。後ろにいたお嬢さんにぶつかってしまった。今度はワインをこぼさなかったな。

「いえ、こちらこそ……あら、あなたは……ええと……」

「フィナルフィンと申します。レイディー。ル・ウーダ・フィナルフィン」

「ああ、そうそう。思いだしましたわ。エルセティア姫のお兄様!」

だれだこいつ?真っ赤になっちゃって、もう酔ってるのかよ。

「まあ、お世継ぎのお義兄さまですって?」

「ええ、本当?」

後ろの娘が振り返る。なんだなんだ。これは。

 そうこうしているうちに、俺はその辺の娘に取り囲まれてしまった。おい、いいのかよ。最近は解放的だなあ。仲立ちはどうした!

 でも悪い気はしないな。いくら俺がフロウのおまけでも。

「まあ、お義兄さま!」

「はい、まあ、訳あってお世継ぎの君の義兄ををやってます」

娘がころころ笑う。

「あの二人も皆様のご祝福の中つつがなく結婚できまして、感謝してると思いますよ。でもみなさんはさぞかし残念だったでしょう」

「ええ、そうですわ……」

「だめよ、キャス、そんなこと言っちゃ!」

「あ」

回りがどっとわく。

「お、お世継ぎの君はお元気なのですか?」

「ええ、それはもう……フロウなんかはは最近見違えるほどだ。ちょっと疲れてるかも知れないけど」

「きゃああああ」

黄色い声があちこちから上がる。そうだよね。これが正しい反応なんだよね。

「フィナルフィン様はお一人なんですの?」

い、いきなりなんだこいつは。

「ええ、まだそうですが」

「どなたかいらっしゃらないの?」

「え、ええまだ……」

「きゃあ、もったいないわ。こんなに素敵な方が……」

何を言ってるんだよ。回りからもぶつくさ聞こえてくる。抜駆けがなんとかとか……

「ああ、お世辞でもこんなお美しい方から言われると光栄です」

段々疲れてきたぞ。  

「何だ何だ?えらくもててる奴がいたと思えば、フィンじゃないか」

この声は……

「出たな、酔っぱらいめ」

カーンだ。

「みなさん、始めまして。私はこいつの親友のロトカーンです!」

「あなたはいいのよ!あたしたちフィナルフィン様とお話してるんだから」

か、可愛そうな奴。

「そ、それは惨いお言葉。このような美しい方々に冷たくされるほど、男として情けないことはありませんよ」

「だめよ、だーめ!」

「いいじゃないの、入れてあげましょうよ」

「ありがとうございますだ」

「きゃははははは」

こいつが入ると何だか分からなくなって来る。

「そででは、まず、お世継ぎの幸せを祈って乾杯!ついでにホールとリアンの幸せも祈りましょう」

「乾杯!」

「かんぱい!」

そんなこんなで大騒ぎしているところに、リアンとホールが戻ってきた。一緒にエイマもきている。彼女はティアの幼なじみだ。

「まあ、みなさん、楽しそうですわね」

「やあ、主役のお二方がいらっしゃった」

「だめよ。ちゃんと聞こえてるんだから。カーン」

「げ」

「あなた、後かたづけね」

「そ、それはご勘弁!」

カーンが馬鹿やっている間に、俺はエイマに話しかけた。

「やあ、エイマ、あれできそうかい?」

「ええ、大丈夫だと思うわ」

「できるだけ早めにお願いするよ」

「でも、着付けてみなくていいの?」

「大丈夫だよ……と思うけど」

「何の話?」

いきなりリアンが割り込む。

「な、何でもないよ」

「ねえ、エイマ何の話だったの?」

「そ、それは……」

「着付けがどうとか……ああ、分かった。服を作るのね。フィンがでしょう。誰の服?」

地獄耳だねえ。

「そ、それは……」

「いいのよ。言わなくっても。まあ、でもフィンが……」

「ねえねえ、どうなさったの」

「実はねえ……」

喋りなさい、喋りなさい!

「きゃああああ、本当?」

「こら、フィン、お前どこに女を囲ってるんだ!」

「そんなことしてないって!それよか、フロウの近況を聞きたかったんじゃないのか?」

「きゃあ聞きたいわ」

これだよ。まあ、困った奴らだというか、便利な奴らだというか……

「では、この間会ったときの様子から行きましょうか。ハネムーンから帰ってきて三日目だったけど……」

「きゃあああああ」

 俺はフロウとティアについてあることないこと喋り出した。本当のことはとても言えないからな。

 それにしても、結婚してますます人気が上がってるよ。フロウは。結婚前はあわ良くばというのがあったけど、今じゃさすがに手は出せない。出せないこともないだろうが……で、やっかみ半分で聞きたがる連中が多い。もし不幸な結婚だったら大喜びなんだろうなあ。何と言っていいか分からん……

「……ちょうど気持ちのいい午後だったから、フロウはよく眠っていたんだそうですよ。あそこは昼寝にいい木陰がたくさんあるから。どうしてそんなに眠たかったのかは知りませんが…」

「きゃあ、いやだ!」

「そこへね。ティアがおどかそうと思って忍び寄って行ったそうです。ところがね。足元に気をつけていなかっんで、木の根っこにつまづいてすっ転んだというわけです」

「きゃはははは」

「それ以来フロウはティアが危険だから外で寝るのはやめにしたそうです」

「あはははははは」

「ねえ、もっとありませんの?」

「さあ、段々ネタが尽きてきたから……ああ、もう一つあったな。でもこれは……」

「どんな話ですの?」

「いや、起こったことじゃないんです。あそこで話したことなんだけど……ほら、お世継ぎが双子だったことは御存知でしょう」

「ええ、すぐお亡くなりになったそうですわねえ」

「その亡くなった方が、皇子だったか皇女だったか御存知ですか?」

「ええ?」

「知ってる?」

「あたしは……」

「皇子だったんじゃないの?」

「さあどっちでしょう。カーン、お前知ってるか?」

「よく知らないよ。でも皇子じゃなかったのか?」

「じゃあ、当てた方はこんどジアーナ屋敷で行なわれる舞踏会にお呼ばれできるように私が取り計らいましょう」

「きゃあああああ」

「さあ、どちらでしょう」

「でも、そこまで言うのなら皇女かしら」

「いやいや皇子だと思うね。みんなこの男の性格の悪さを知らないから」

「あたし皇女!」

「私も」

「皇子じゃないかなあ」

「ええと、皇子が三人、皇女が四人ですか。もういいですか?いいですね?ではお答えします。正解は皇女です」

「きゃあああ。当たったわ」

「やだあ、どうしよう」

「なんて奴だ」

「はずれた方でも女性なら残念賞で招待しましょう」

「きゃあああ、ありがとう」

「俺は?」

「お前は女か?」

「だったらどうする」

「ドレスを着て来いよ!」

「きゃあ、やだあ!」

また大騒ぎになる。やっと収まったところで、

「いやね。あそこでみんなと話してるときにその話が出て、私も知らなかったんですが。もし生きていたらすごい美人になってただろうなってね」

もう少しあおろう。

「ええ、そうよねえ。そうならきっと……」

「お世継ぎってお美しいから……」

「でしょう。想像力が刺激されちゃいますよね。メルフロウ君とメル……じゃない、その皇女が一緒に並んでいるところを想像したりすると……」

やばいやばい、名前を出しちゃまずいよな。

「本当!そんなお二人が並んでたらさぞおきれいでしょうねえ」

ああ、よかった。

「運命と言うのは過酷なものですね。もし生きていれば……」

「そうよねえ……」

「でも、もしかしたら死んだってのは外向けの話で、実はどこかでこっそり育てられてたりして。悪い魔法使いの呪いで、一七になるまで人目にさらしてはいけない、とかいって……」

「ええ?本当?」

「本当だとしたら?」

「すごいわ。素敵なお話!」

「でも、魔法使いの呪いはまだ解かれていませんよ。王子様がやってこなければ……誰が呪いを解くんでしょうねえ」

「えーと、えーと……」

「カロンデュール様がいいわ」

「きゃあ、本当。ぴったり!」

「ねえ、もしかしてそれ本当?」

「とんでもない。そんなことになってたらいいけど、事実は厳しいんですよ」

「なんだ、がっかりだわ」

「でも本当なら素敵よねえ」

「世の中そんなにロマンチックなことばかりじゃない。でも今日は僕はみなさん方に囲まれて、とってもロマンチックな気分ですよ」

「まあ、お上手!」

「あはははは」

はてさて、うまくいったかな?

 俺はその後もさんざん馬鹿話を続けた。何だか俺の回りにばかり女が集まってしまったので、回りの男の目が冷たい気がしたが、まあそんなことはどうでもいい。こっちは話の効果が上がったかそれだけが気になっていて、浮かれた気分になんてとてもなれない。

「ふう」

俺は大きくため息をついた。これで第一弾が終わったわけだ。これだけじゃちょっとこころもとないから、別な話もばらまかなければ……俺の囲ってる恋人が実はその皇女ではないかという……

 で、第二弾をどうするか考えていたところにリアンがそっとやってきた。

「ちょっとちょっと、フィン!」

「おや、リアン、ホールをほっといていいのか?」

「いいのよ。ねえねえ、さっきの話……」

「さっきの?」

「お世継ぎの亡くなられた妹君の話よ」

何だ?いったい?

「あれが?」

「あれ本当なの?」

「な、何を言ってるんだ」

「あたし聞いちゃったわよ」

「何を?」

「エイマからねえ、あの服のこと!」

「な、なんだって?」

「都の人じゃないんだって?さしあげるのは」

「ど、どうしてそれを……なんて口が軽い……」

まじにびっくり。

「エイマって、くすぐったら何でも話すのよ」

ひどい奴だ。

「そ、それはねえ……娘なんて、ど、どこだっているさ」

「まあ、やっぱり」

「違うんだよ。違うの」

「じゃあどなた?」

ここまでして突っ込んでくるとは……なんという性格!好きだねえ。全く。

「言えない、言えないよ」

「でも都以外に人なんてほとんど住んでないじゃない」

「あのねえ、だめなの。とにかく今は。後でもう少ししてからじゃないと……」

「それじゃ名前だけでも……メル何ていうの?」

「だめだって!」

「ねえ、フィン……」

うわああああ。何を……

「あほ!色じかけで落とそうったって、だめだぞ!」

「うふふ。わかったわ!」

「わかってくれた?」

「ええ」

はあ。

「こんなこと誰にも言うなよ!それに、さっきの話とは本当に関係ないんだからな」

「ええ、わかったわ。これはあたしとあなただけの秘密ね!」

「あ、ああ、ああ」

「じゃあね!」

俺は真っ青になって立ち尽くした。お、恐ろしい奴だ。こっちからもう少しほのめかしがいるかなと思っていたが……何か俺はやってはいけないことをしてしまったんじゃないか?

 しかしもう後には引けないよなあ。カロンデュールに伝えるもっといい方法があれば良かったんだけどね。いきなり行ってファラが逢いたがってるとか言っても疑われるだけだしねえ。

 ともかくこれで明日中にはこの噂が都中に広まるだろう。カロンデュールの耳に入るのもすぐだ。その時、カロンデュールがどう出るか、見物だな。

 でも……ああびっくりした。



 しかし見事なものだなあ。リアンの才能には恐れ入るね、全く。

 俺達の前に何枚かの紙切れが散らばっている。

「何よこれ、お兄ちゃんこんなこと喋ったの?」

「とんでもない。魔法使いがどうとか言ったのは確かだけど、先代の呪いとかそんなことは言っていない」

今俺達はフロウの部屋で密談の最中である。いるのは俺とフロウとティアとムート。みんなは俺が集めてきた街の噂に感服しているところだ。

 例えばこんな調子だ。

『お世継ぎのメルフロウ殿の死んだはずの妹は実は世を忍ぶ姿で生きていた。彼女の名前はメルディアナ皇女という。メルフロウ皇子とメルディアナ皇女が生まれたとき、ジークⅦ世の夢枕に白の女王が立った。白の女王はジークⅦ世にもしも皇女が一七才になるまでに人の目に触れたら、恐ろしい災厄が起こるであろうと予言した。ジークⅦ世はそれで皇女を人里離れた山のなかでお育てした』

これなんかはまだまともな方だ。大方はこんな調子なのだが、中にはすごいのがある。いちばん笑えるのはこれだ。

『メルフロウ皇子の出産はひどい難産だった。皇子に続いて双子の妹メルフライア皇女が生まれたとき、母君のエイジニア妃は苦痛の中幻を見た。

 それは始大皇と白の女王の姿だった。幻は妃に語りかけた。エイジニアよ、そなたの命運が尽きるときが近付いた。さあ、私たちと一緒に来るがよい、と。妃は大皇に答えた。私は生まれて来るこの子達を置いては行けませんと答えた。だが、大皇はこれがお前の定めなのだ、この定めは私でも変えることはできないと答えた。

 妃はそれならばわが子達の行く末を見せてほしいと頼んだ。大皇はそれはできないと答えた。それを見ればお前の苦しみはいやが増すであろうと。だが、妃は懇願した。そこで妃の苦しみを見かねた白の女王がとりなして、妃に子供達の未来を見せた。

 だがそれは子供達の不幸な未来だった。エイジニア妃の死によってジークⅦ世は発狂し頓死する。庇護を失った子供達は別々の家に引き取られるが、兄のメルフロウ君はまだ言葉も喋れないうちに病死する。妹のメルフライア皇女はすくすく成長して都でも一、二を争う美女となる。だが彼女は体は成長しても心は赤子のままであった。皇女を引き取った夫婦は心の底から皇女を愛していたが、この美しい皇女がこのままでは弄ばれるだけの運命にあるのを悲観して、皇女ともども湖に身を投げる。

 それを見たエイジニア妃は言った。どうして罪のない子供達にこのようなつらい運命を背負わせるのです?私の命だけでは飽き足りないのですか?このままでは私は死んでも死にきれません。わたしなら結構です。地獄の底まで落ちて永遠の責苦を受けようと、亡霊となってこの地を永久にさまようような運命を与えられようと。ですが、子供達には幸せを与えて下さい!

 その苦しみを見た大皇は言った。これはお前達の一族の呪いの果てなのじゃ。同じ一族でありながら争い、血を流しあった報いなのじゃ。だが、一つだけ方法がある。それは皇女をこの地の栄華から完全に切り放すことじゃ。その皇女が辛酸をなめることで、呪いは弱められ、ついには断ち切られることとなろう。

 妃は言った。それはどのぐらい長くの間ですか?大皇は答えた。わしには分からない。もしかすれば数年かもしれぬし、一生かかるかも知れぬ。

 妃はそれを受け入れるしかなかった。そして大皇の特別の思召しで、明け方のある時刻だけ、皇女に逢いに行くことが許された。

 妃は死の間際ジークⅦ世にそのことを言い残して死んだ。ジークⅦ世は妃の遺言を守り、皇女をいずことも知れぬ地に隠した。そこを知っているのはジークⅦ世以外では、ただ一人のさる高貴な方だけであった。

 皇女はその地で田舎の娘として育っていった。彼女は都のことは知らなかったし、自分の生まれのことなど更に知らなかった。だがいつも不思議に思うのは、朝目が覚めたときいつでも誰かが見守っていてくれたような気がすることだった……』

たったあれだけから、よくまあこれだけの話を作れたもんだよ。実はまだこの続きがあるんだが、疲れてしまってメモしてこなかったのだ。この後なんだか、都からきた若者と皇女が恋に落ちてうんたらかんたらと続くのだ。

 だいたい一週間だぜ。一週間。まあ、暇な奴がいっぱいいるんだろうなあ。ここには……ほんとうにあきれてしまう。

「この、さる高貴な方ってお兄ちゃんのこと?」

「うーん、さあなあ」

「でもおもしろいですね。どうやって噂に尾ひれがつくかというのがよく分かります」

「フィナルフィン殿、それでカロンデュール様とは連絡がついたのですか?」

「ははは。ちゃんとね。きょうこれから会うことになっている。カロンデュールの付き人のカルスロムという奴とね。俺の所に打診がくるまで、四日しかかからなかったよ」

「カルスロム殿ですか」

「そうそう。そういえば君は知り合いだったよなあ」

「ええ」

「どういう奴なんだ?前に一度会ったことはあるけど……」

あの半月亭の大騒ぎの最中じゃちょっとなあ。

「もし私を信頼していただけるならば、彼も信頼して大丈夫です」

「はあ」

そういう奴か……ムートの友人で今はカロンデュールの付き人なんだから、そんな人間なんだろう。

 ならばいきなり刺されたりすることはないだろう。

「でもムートがカルスロムって人とお友達だったら、ムートに伝えてもらえなかったの?」

「私が行ったら怪しまれるでしょう」

「そうなの?」

「多分……」

どうなんだろうねえ。最近は会ったこともないっていうし、かつて友人だったことは知ってる人は知ってるから……もしジークⅦ世がカロンデュールを罠にかけるとしたらムート→カルスロムを利用すると誰でも考えるだろうから……

 やっぱり今回の方がいいと思うが……

「それよりジークⅦ世の方は?」

この噂は当然彼の耳にも入っているはずだが……ムートはうまくやってくれたかなあ。

「その点は大丈夫です。ジーク様は私に調査をお命じになりました」

「そうか。それはよかった」

ムートが調査するなら大丈夫だ。この計画で危ないのはこの点だからなあ。まあ、ジークⅦ世自身でやらない限り、ムートにお鉢が回るのは当然と言えば当然だ。

 しかし、こうなったらもう後には引けないよなあ。賽は振られてしまったも同然。俺達はメルフロウとカロンデュールをひっつけるために全力を尽くさねばならないのだ。

「でもエイジニア妃の遺言がそんなんだったっなんて、とんでもない話よねえ」

「ええ……」

これはフロウさえ知らなかった。多分知っているのはムートとルーとジークⅦ世だけなんだろう。ムートがそれでどのぐらい苦しんで来たか……俺だって面と向かって『お前は死者を踏みにじるような奴だ』と言われたら、決闘を申し込むよなあ。だのにムートは……

 よっぽどの恩恵を受けたんだろうなあ。それが何かは聞かなかったけど……

 まあとにかく、

「今日一応大筋は決まると思うので、決まったらお知らせしますよ。でもここに来るのはもうよした方がいいかなあ」

「ええ、ジーク様に気付かれる前に……」

「フィン、もう来ないのですか?」

「ええ、あんまり出入りしていたら不審に思われますからね。いくらティアの兄でも」

「そうですか……」

「あと、他の準備もだいたいできていますので。まだもう少し集めなきゃならないものがあるけど。今の調子じゃ決行は今度の舞踏会の夜ですね」

「……ええ」

「はい……」

ええと、だいたいこんなものかな。

「それでは今日はこのぐらいにします。そちらも心の準備だけはしておいてください。もう後には引けそうもないので……」

「はい……」

「うん……」

フロウがじっと俺を見つめる。

 あ、そうだ。わすれていた。

「あ、もう一つ、大事なことを忘れていた。この紙に書かれてる姫君達を今度の晩餐に招待して下さい。約束してしまった……」

「なにこれ?」

「このあいだ、余興でついついね」

「もう……いいの?フロウ」

「いいですよ。もしかしたら私の最後の晩餐かも知れない……」

「……ええ」

うーむ……

「とにかく今日はこれで失礼します」

俺は荷物をまとめると部屋を出た。

 確かにそうだよな。この計画が成功しようと失敗しようと、メルフロウ君はこの世からいなくなってしまうんだから……

 そんなことを考えながら玄関を出ようとしたときだった。

「フィン、フィン」

「あ、フロウ、どうしたんです?何か忘れてたかな」

だったら自分でこなくとも……

「いえ、お、お礼を言おうと思って……」

「お礼?」

「ええ、ほんとうにあなたは私とティアのためにこのようなことまで……でも私には何もあげられそうもない……」

「い、いいんですよ。別に……」

フロウは俺の手を取った。フロウの手!暖かく柔らかな……こ、これは……

「本当にありがとうございます……これ以上なんと言っていいのか……」

微かな震えが伝わって来る……

「そ、それは、うまくいったときに、また……」

俺は手をふりほどくとあわてて外に出た。

「あ、フィン」

「そ、それじゃまた、フロウ!」

そのまま俺は小走りに別邸から離れた。振り返るとフロウが立っているのが見えた。

 び、びっくりした……いきなりだからなあ。でもあんなに感謝されて……悪い気はしないよなあ。

 でもそんなに感謝することないのに。そりゃ、この計画は大変な計画だよ。成功しようが失敗しようが大変なことになるのは目に見えている。だけど俺がこんなことしている理由は別に……別に……

 ティアの馬鹿の尻ぬぐいに決まってるじゃないか!