自己責任版:白銀の都
白銀の都 12. 闇に響く角笛

12. 闇に響く角笛


 そんなふうにどれぐらいぼけっとしていたのか分らないけど……五分だったか五〇分だったか……

 ああ、フロウ……お兄ちゃん……ごめん!あたしもう行けそうもない……

 ここどこ?こんな所あたししらない!あたしどうしたらいいの?このまま進んでもっと変なところに入りこんじゃったら……そうしたら……そうしたら……

 またあの光景が眼前に広がる。

 真っ赤な……血が……死体が……

「フロウ!フロウ!」

答えはない。あたりはしいんとしている。微かに葉ずれの音が聞こえるだけ。虫の声もしない……どうして?あたしもう死んじゃったのかしら?

「フロウゥゥゥゥ!」

叫びは闇に吸い込まれるだけ……

 ああ……

 だがそのときさあっと風が吹いて急に霧が薄れた。ちらっと星が見える。

「あら?」

登りはすぐそこまでだ。その上の方にちらっと人影らしい物が……ああ、誰かいるんだ!

「助けて、助けて!」

あたしはそう叫びながらそっちに向かってポニーを走らせた。

「助けて!フロウが、フロウが……ああああ」

でもそれは潅木の茂みだった。

 ああ、なんてこと!

「あははははは。そうよねえ。こんな所に人なんて……ん?!」

でも……その茂みはなんだか知ってるような……それに……あら?あの影は……?

 向こう側にぼうっと何かが見える。あたしはポニーをそちらに向けた。その影は近づくに連れて一本の木の姿をしてきた。

「ああああああ!!」

この木、知ってる!これ……

 あたしはポニーから飛び降りた。木に駆け寄る。

 この格好、枝振り、これはどう見ても……

 あのとねりこじゃない!

 そのとき再び霧が晴れてセイシェルの星が輝いた。その輝きにたどたどしい文字が……

「フロウだいすき……」

あたしはそれを読んだ。知ってる。その下に何が書いてあるか、その横になんて書いてあるかも……

 た、助けてくれたんだ!フロウが……ここからなら分かるわ!絶対間違えっこない!この先のカロンの森はあたしの庭みたいな物だもの。

「ポニー!」

あたしの叫びにポニーはいななきで答えた。

「もう少しがんばってね!」

あたしはまたポニーに飛び乗った。まるで自分の体じゃないみたい。もう恐くない。

「さあ、行きましょう!」

そしてそこから都までの道がどうだったかなんてもう覚えていない。気がついたらあたしは都の大路を疾走していた。

 真夜中の都を疾走する馬。鞍もないその馬にのってるのはあたし……

 とねりこの木からここまでは一本道。間違えっこない。そしてここまで来れば目的地はもうすぐ!

 銀の塔の横を抜けて、ハヤセの屋敷の前を通り抜けると……見えた、見えたわ!あれがデュールの屋敷よ!

 ポニーもあたしも疲労困憊している。いまにも潰れてしまいそう。でもここで倒れるわけには行かない。

「ポニーあとちょっとよ!」

あたしは何十回目かのはげましをポニーに与えた。ポニーもくたくた。早く休ませてあげたい。

 ダアル屋敷はすぐそこだ。と思ったとたんに前に人影が現われた。

 あぶない!

「どいて、どいてえ!」

こんな時間だというのにまだうろうろしているなんて、蹴られたって知らないわよ。その人は慌ててよけた。その際に転んでしまったようにも見えるが、そんなこともうどうでもいい。

 今はあの屋敷に向かうだけ!

 門が大きくなってきた。開いているかしら。開いてなかったら面倒なことになるわ。そんなことになったら……でも、

「ラッキー!」

近づいたら門が大きく開け放たれているのが見える。不用心だけど、この際は好都合。

 あたしたちは一気にその門をくぐった。

「誰だ!」

誰かが叫んだように聞こえたけど、あたしは振り返りもしなかった。そのままポニーを走らせる。多分門番ね。

「待てえ!」

後ろからそんな声が聞こえる。

 中森を抜けると屋敷が見えてきた。あと本当にちょっと。もう一〇〇メートルもないわ!

 屋敷はほとんど真っ暗だけど、明りがついている部屋がいくつかある。

 ついたわ!

 屋敷の入口が見えた。やったわ!とうとう!でもその一瞬が命取りだった。

 どどどど、ざあああっ。ポニーが急に止まる。

「きゃあああああああ」

次の瞬間あたしは空中に放り出されて……そのまま生け垣に突っ込んだ。

 ぐしゃっ!

 目の前が真っ暗になる。星が飛んでいる。一瞬気が遠くなりそうになる。

 でも、こんな時にのんきに気絶なんてしてられないわ!

 あたしは起きあがると扉に走った。

 大きな扉を叩く……あれ?手が動かない……あ、左手は大丈夫だわ。

 どんどんどんどんどん!

「開けてえ、開けてえ、デュール、デュール!」

返事がない。あたしはドアを引っ張った。開かない。

「誰かいないの!開けて、開けて!」

中でごそごそ音がする。ああ、誰かいたわ。

 ドアががたんと開く。

「こんな時間にいったい……」

寝ぼけ眼の男が出てきた。

「デュール、デュールはどこ!」

あたしはわめく。

「デュール、デュール!」

「こら、一体何の用だ」

「デュールはどこよ!」

「お前は一体……」

ええい、うっとおしい!

「どいて!あんたじゃ話にならないわ!

あたしはその男を払いのけると、奥に走った。

「あ、こら、待て!」

「うるさい!デュール、デュール!」

「おい、気でも違ったか!」

「ぎゃああああああああ」

その男があたしの右腕をつかんだ。激痛が体中を駆け抜ける。

「あ……あの……」

男は肝を潰したようだ。

「何事だ!」

その時だった。階段の上から声がした。

「どうしたというのだ……ああ?エルセティア姫!」

デュールだ!

「エルセティア?ええ?」

男が目を白黒させている。もうそんなのにかまってられない。

「デュール、助けて!助けて!」

デュールは駆け降りてきた。

「エルセティア姫、どうなさったのです」

「デュール、デュール、フロウが……ファラが、ファラが……」

「ファラ?メルファラ姫が?」

「助けて!襲われてるの!山賊に!」

「何だって?」

「カロンデュール様、これはいったい……」

「ガラン!兵を集めろ!」

「ええ?でも……」

「聞こえなかったのか?」

「は、はい、わかりました」

「それから僕の馬の用意も!」

「は、はい!」

ガランと呼ばれた男は兵を召集しに飛び出して行った。

 デュールは一瞬呆然としたが、すぐに気を取りなおしたようだ。

「デュール、フロウ……ファラとお兄ちゃんを助けて!」

「エルセティア姫、どうかもっと詳しく話して下さい」

「ファラが、ファラがあぶないのよ!もしかしたらもう……」

「デュール様、いったい……ああ?」

カルスロムがやってきた。

「エルセティア様がどうして……?」

「分からん。だが彼女はメルファラ皇女の危急を知らせにやってきたらしい」

「危急?本当ですか?」

「ファラが、ファラが……」

「とにかくエルセティア姫、それはどこです!」

「北の、北の山荘」

「北の山荘?それはどこです」

「案内するから早く!」

「ちょっと待って下さい。そんなに急には出られません」

「早くしないと殺されちゃうわ!」

「スロム、僕の用意を」

「分かりました……ああ?」

「どうした」

「姫、腕をどうなさいました」

腕?どうって……

「腕なんてどうでもいいでしょ!だからはやく……」

「何かおかしくありませんか?」

ああ?誰の腕が?

「あとでいいって!痛くないから……ちょっとぶつけただけよ!それよりはやく!ねえ、お願い!」

あたしの剣幕に押されたみたいで、カルスロムはそれ以上何も言わなかった。

「分かりました、姫……スロム、そうだ、医者も連れていけ」

それから準備ができるまでのもどかしいこと。一分が一時間ににも感じられる。だから、

「そろそろ準備は出来たな」

デュールがそう言ったときは天にも昇る気持ち!嬉しくてキスしちゃいそうになった。

「はい」

カルスロムが答える。

「さあ、行きましょう」

「ありがとう!」

あたしたちは外に出た。外にはもう兵が集まっている。みんなたたき起こされたらしくて寝ぼけ眼だ。

「これだけしかいないのか?」

「なぜか今日は少なくて……」

「いい、行くぞ!目的地はル・ウーダの北の山荘だ!俺に続け!」

うおー、というときの声。

 デュールは馬に乗った。

「乗れますか?」

「大丈夫よ!」

と言ったはいいが、右手が上がらない。

「姫、さあ!」

デュールがあたしの体を持ち上げた……ああ、こら、胸をさわるな!……うう、でもこの際いいか……

 あたしが前に乗るとデュールは言った。

「さあ、教えて下さい!」

「北の林に向かって!」

「わかりました」

そういうとデュールが馬を出した。

 兵隊達が怒涛のように続く。

 ああ、フロウ、お兄ちゃん!今いくわよ!

 街の人はさぞびっくりしただろう。あたしの来るのを見てなくとも、この時間に兵隊が大勢で繰り出して行くのだから。

 あたしたちは都の北の門を出た。

 ああ、あれからどのぐらい時間がたっちゃったんだろう……みんな生きてるかなあ……だめよ、そんなこと考えちゃ、生きてるわよ!生きてるに決まってるじゃないの!あたしがこうして生きてるんだから、お兄ちゃんやフロウが死んじゃったりしたら許さないんだから!

 あたしたちは怒涛のように北の林を抜けた。

「まだですか?ティア」

「月の湖の向こうよ」

「わかった」

ああ、デュール……ありがとう……本当になんて言っていいか……

 本当に前はひどいことしちゃった……なんて謝ろう……まだ謝ってもない。だのにデュールはこんなあたしの頼みを……

 ううう。

「姫、姫」

「ああ?なに?」

「その先は?」

「ああ、川を遡るの。そしたらすぐよ!」

月の湖が見えた。来るときとは全然違って見える。一行はさらに月の湖を越え、北の山荘に向かった。

「あった、あれよ、あれ!あそこ!」

「あの屋敷ですね!」

「そうよ!」

湖に流れ込む川を少し遡ると、あたしたちの山荘が見える。

「それいけええ!」

デュールが叫ぶ。みんなが続く。

 そしてあたしたちは山荘に突進した。

 山荘の入口に数人の『夜盗』がうろうろしているのが見える。

「あいつらよ、あいつら!」

「あの物達を捕らえよ!」

デュールが命令すると、後ろにいた兵達が一気に襲いかかった。

 だが、夜盗はほとんど抵抗しなかった。ちりぢりに逃げまどうばかりだ。どうしたのよ、さっきの威勢は?

「変だな。あれがそうか?」

「そう……そのはずだけど……」

そのとき、

「カロンデュール様!」

伝令があわててやってきた。

「どうした」

「あれは……うちの兵です」

「なに?」

ええ?

「どこの兵隊?」

「あれは……ジャナン様の配下の……」

どういうこと?どうしてデュールの家の兵隊がこんな所にいるのよ。ジャナン?

「ジャナンだと?」

デュールはそう叫ぶと馬から降りた。あたしが降りるのを手伝うと、厳しい声で言った。

「どうしてそれがこのような所にいるのだ。それに、あの格好は何だ?」

デュールはつかつかと前に歩み寄った。

「カ、カロンデュール様……」

盗賊の格好をした兵士はちぢみあがった。

「お前達、何でこのようなところにいる……」

「そ、それは……」

その時あたしはなんとなく分かった。

「ああ!あんたたちフロウを暗殺しにきたの?」

「何だって?どういうことだ!」

「そ、それは……」

その時別の兵士が報告した。

「奥に負傷者がいました」

「誰だ?」

「同じくジャナン殿の配下の者数名と、ハラムート殿です。お世継ぎの付き人の……」

「ええ?」

「ムートが?」

カルスロムが叫んだ。ちょっと、なに?ムートが?

「ムート!」

あたしは運び出されてきたムートのもとに駆け寄った。

「ムート、ムート!」

生きてるの?死んでるの?

「エル……様……」

ムートが薄目を開けた。きゃあ、生きてる!

「ムート、ムート、ムート!」

あたしはムートに抱きついた。

 その時横にカルスロムがやってきた。

「ムート!悪運の強い奴め!」

「スロム……」

確か知り合いだって言ってたっけ……

「ムート、メルファラ皇女は?それにメルフロウ殿は?」

「あ……あ……森の方に……」

「森に行ったのね?まだ生きてるのね!」

ムートはかすかにうなずいた。

「どっちの森だ?」

だがムートは答えない。ええ?まさか……そんな……

「ムート!」

「エルセティア姫、とにかく今は……」

デュールがあたしを押さえた。

「でもムートが!」

「聞けるのは彼だけではない」

そういえば、そうよねえ……

 デュールはさっきの捕虜に向き直った。

「お前達、メルフロウ殿とメルファラ皇女はどこにいる?」

「それは……森の……森の奥に……」

「どっちの森だ?」

「あ……あちらの……」

捕虜が川の上流を指した。

「わかった。カルスロム、こいつらを縛って見張れ!ここを頼むぞ!残りはついてこい!」

「は、はい!」

「あ、あたしも!」

「姫はお残り下さい!」

「いやよ!」

「ですがこの先は……」

「いやだったらいや!」

あたしは近くにいた兵士を払いのけると馬に乗ろうとした……

「ああ!」

「危ない!」

腕に激痛が走った。どうして?ちょっとぶつけたぐらいで……

「姫、わがままを言わずに……」

「いや!」

ここで引いてなるものか!それを見てデュールは再び折れた。

「では……また前に……」

「きゃあ、ありがとう!」

デュールがまた馬に乗せてくれる。デュールは前に比べてすごくかっこいい!あたしはデュールにキスをした。

「ひ、姫!」

こういう所は変わってないけど……

「さあ行きましょう!」

「え、ええ。さあ行くぞ!」

あたしたちは森の方に出発した。

 森の中は薄暗くて見通しが悪い。

「真っ暗じゃない!」

「松明をつけろ!」

あたりのあちこちに松明がともった。

「気をつけろ!その辺に隠れているかも知れない!」

あたしたちはそろそろ進んだ。とても走れるところじゃない。

「あ、あちらに誰かいます!」

「なに?」

見ると人らしい物が……い、生きてた!

「フロウ!お兄ちゃん!」

「…………」

「フロウ!」

あたしが叫んでも答えない。どうしたのよ!そのうえ、兵士が迫るとその影は逃げようとした。どうして逃げるのよ!あたしの声聞こえないの?

 その時

「ああ!アルジャナン様……」

先頭の兵士が大声を上げた。

「何だって?」

周囲に動揺が走る。アルジャナン?そういえばいつかデュールの屋敷にお呼ばれしたときにいた、目付きの悪い……あのときデュールにプロポーズされちゃったのよねえ……その時に紹介された……

「ジャナン!どうしてこんなところにいるのだ?それに……その傷は……」

「カロンデュール……様……」

ほとんど半死半生だけど……ああ!すごい怪我。ムートに刺されたのかしら?どうして逃げてるのかしら……ということは……

「どうしたのだ、なぜこのようなところに?」

「そ、それは……」

「どうしてお前の手下が山賊の格好をしているのだ?」

「…………」

「後でゆっくり話を聞こう。大体の察しはついているがな。とにかく今は皇女の事が先だ!山荘に戻れ!」

アルジャナンはがっくりとうなだれた。

 あたしたちは前に進んだ……でも森は広い。いったいどこにいるの?フロウ、お兄ちゃん!

「デュール様、これでは捜しようが……」

冗談でしょ!ここまで来て見つけられないなんて……そんなの……

 あたしはデュールを見た。デュールも考え込んでいる。

「ねえ、デュール、どうにかしてよ!」

「どうにかといっても……この人数ではここは広すぎる……」

「そんなこと言ったって、それじゃフロウやお兄ちゃんや……ファラはどうするのよ!」

「ううう……ああ、そうだ!」

デュールが指を鳴らした。

「どうしてこんな事に気付かなかったんだ!」

ええ?どうする気かしら。

「誰か!角笛を持て!」

ああ、なるほど!そういうことね。でも……

「でも、お兄ちゃん達そんなの持ってるのかしら?」

「その時は向こうから出てきますよ。動ければね」

「ああ、そうか!」

従者の一人が角笛を差し出した。カロンデュールはそれを受け取ると大きく息を吸い込んだ。

 次の瞬間角笛の音が高らかに谷にこだました。



 俺はフロウを見た。

 星明りの中、フロウが立ち尽くしている。顔はよく見えないが……でも……でも……馬鹿やろう!冗談じゃないぞ!このままやられてたまるか!

 ムートはフロウを守るために倒れた。ティアは俺達のために一人敵の中に飛び出した。ここで俺が潰れたら一生の恥さらしだ!それがあと一〇分後に迫ってようと、そんな情けない死に方はできない!

「フロウ、援護してくれ」

「フィン!」

フロウが驚いたように見つめる。

「静かに、そこの上に登って……」

有無なんか言わせるか!俺は近くの大岩によじ登った。フロウも引きずりあげる。ここからなら相手がよく見える。

 俺は剣を抜いて言った。

「奇襲をかけるぞ。やつら絶対油断しているはずだ。襲われるとは思ってないだろうからな。そこをついて突破する」

「え、ええ」

「君の援護があれば、勝ったも同然だ」

フロウの瞳が輝いている。彼……じゃない、彼女もこれしかないことが分かったのだろう。フロウは弓に矢をつがえた。俺達はじっと待った。

 かがり火がやってくる。一、二、三つだ。

 やがてそれを持った男達が見えてきた。いいぞ、こっちにまっすぐやってくる。

「おい、いたか?」

「分からん。だがこっちにきたのは間違いない」

「よく捜せよ」

「ああ、血の痕だ!」

「なに?」

「あっちだ!」

さあ、来い!

 心臓が高鳴る。頭がだんだん真っ白になって行く……そして、ついに一人が俺達の大岩の下にきた。

 いまだ!

 その瞬間頭の中で何かが爆発した!

 俺は剣を構えるとがばっと立ち上がった。

「ええ?」

それを聞いて男が見上げる。俺は構わず一気に飛び降りながら剣を突き下ろす。

 ずぶり。

 剣が体に突き通る。

「ぎゃあ……」

叫びは中途で途切れる。やった!やった!これで一人!

 悲鳴を聞いて男達が駆けつけるのが見える。

「わははははははは」

笑いがこみ上げてくる。俺だってやればできるじゃないか!てめえこのやろう、いつまでもやられっぱなしじゃないんだ!ぶち殺してやる!

 けけけ!人を刺すってのがこんな気分だとは知らなかった!

 俺は剣を抜く大声で叫びながらそちらに向かって走る。

「てめええええええ」

最初の男と剣を合わせる。俺はめちゃめちゃに剣を振り回す。相手も動揺しているからすぐには寄って来れない。

「フィン!」

フロウの叫び声。来る!俺は反射的に地面に転がる。その瞬間矢が男の胸に突き刺さるのが見える。

「しえええええ」

俺は叫びながら男を突く。

「ごぐっ」

ふたーり!

 剣を引き抜くと俺は三人目の男に向かう。そいつはいきなりの展開に泡をくっている。チャンスだ!

 俺は剣で突きかかるとみせて、そのままとびかかる。

「うわあああ」

そのまま斜面を転がり落ちる。

「このガキ!」

「やかましい」

動きが止まると相手は俺にのしかかってくる。だがその前に俺は相手の股ぐらを蹴り上げる。

「ぐあっ」

男が剣を払う。辛うじてよける。俺の剣は……ない!転がっている間にどこかに行ってしまった。やばい。こいつは……

「てめええ、うあっ」

だがその時男の背中に矢が突き刺さっているのが見えた。フロウ!うい奴!

「ざまあみろ!」

俺は男の顔を力任せに何度も蹴飛ばす。男がやがて動かなくなる。だが俺は蹴飛ばし続ける。

「フィン、フィン!」

この野郎、この野郎……

「フィン!やめてええええ」

はっと気付くと俺の腰に誰かが抱きついている……フロウだ。

 はっと見つめるとフロウが飛び下がった。

「フィン……だ、だいじょうぶ?まるで……」

ええ?俺はいったい何をしていたんだ?

「あ……フロウ……」

俺は手をさしのべた。今度はフロウは逃げなかった。

「フィン、また敵がきます。はやく!」

「ええ?」

見ると下から更にかがり火がやってくる。こりゃやばい……

「フィン、あっちに行けませんか?」

「ええ?」

フロウの言う方を見ると、絶壁の下づたいに何とか行けそうな道らしきものがある。これはもうこっちへ行くしかない。俺は近くに転がっていた男の剣を拾った。重い……でもしょうがないか。

「行こう」

俺は歩き出そうとした。

「うぎゃ!」

とたんにわき腹に激痛を感じた。見ると、

「フィン、ひどい傷!」

ぱっくりと傷が口を開いて、血が流れている。それに腕にもだ。

「大したことない、行くぞ」

いつ受けたかも分からないような傷だ。大した事があるはずもない。

「フィン、でも……」

「危ないぞ!気をつけろよ」

「え、ええ」

俺達は歩き出した。

 だがちょっと行くだけで、結構大した傷だということが分かってきた。でも、今はとにかく行かなければ……

 そこはけが人にはなかなかやっかいな道だった。そのうえ夜だ。一応セイシェルの星が出ているとはいえ……急斜面を横歩きしながら俺達はそろそろと前に進んだ。滑って落ちたら健康でも怪我じゃ済まない。

「そこで終わりのようです」

前をいくフロウが言う。そいつはいい。このままじゃ本当に落ちてしまいそうだ。だが次の瞬間フロウが絶望の叫びをあげた。

「ああ、フィン……」

「なんだ?あ、あちゃー!」

そこも行き止まりだった。

 俺とフロウは岸壁の窪みのような所にある小さな岩棚に出た。前は絶壁、下は崖、後ろには敵。俺はほとんど半死半生……なんじゃこりゃあ!

 フロウ一人で逃げろといいたくても、ここじゃあ逃げる場所もない……一つあるとすれば、絶壁をよじ登るだけだが……フロウにできるか?いや……上がかぶってるように見えるし……でも……

 かがり火がやってきた。

「フィン……」

声に絶望がこもっている。

「フロウ……」

何と言ったらいいんだ?

「とんでもないことになっちまったな……これだったら都にいた方が良かったかなあ」

「そんなことありません!」

「フロウ……」

「私はこれで良かったと思います。こんな事になったといっても、それは運命だったのです……それに、それに……あなたと一緒なら……」

ああああああああああ。俺なんかにそんなこというなよ。俺のせいでどうなったと思ってるんだ?

「フロウ……」

フロウが俺を抱きしめた……きれいな服が汚れちゃうよ。高かったんだぞ……

 畜生、畜生、畜生。あ、あ、あ、どうしてこうなんだ?俺は……

 だが、まだあきらめるのは早いぞ。俺は何とか時間を稼がなければならないんだ。もうちょっと時間を稼げば、何とかなるかも知れない……

「フィン……私は後悔していません」

「フロウ……それはまだ早い!ティアがまだ来ないと決まったわけじゃない」

「でも……」

「見ろ、俺達のきた道を。ここにはあそこを通らなければ来られないだろう。ということは、奴らは来られないんだ」

「ああ!」

その時かがり火が道の向こうに現われた。

「お前達、もう逃げられないぞ」

へん。知ったことか!

「来れるもんなら来てみろ!」

「何だと?」

そう言って男が一人道をたどり始めた。

 だがそれはフロウの弓の格好の的だ。

 びゅん!

「ぎゃあああああ」

男が矢を受けて谷に転げ落ちた。

「行くな!向こうには飛び道具があるぞ!」

「ざまあみろ!」

「こっちからも射て!」

あに?

 とたんに矢が飛んで来て近くの岩に跳ね返った。

「危ない!」

俺達は岩の窪みに隠れた。

 ちくしょう、ここからじゃ弓が射てない。

 相手は俺達がちょっと動こうとすると、弓を射ってくる。いくら相手がへたくそでもこれじゃ動きが……

「ああ、渡ってきます!」

ああ、しまった……

「こうなったら……」

「ああ、フィン、どこへ!」

「俺が何とかする!」

「だめです!行かないで!死んでしまう!」

「このままじゃいずれだ」

「でも、だめ!」

俺はフロウを振り切ると前へ出た。

「てめえら、てめえら……」

そのあとが続かない。もう言うことは尽きてしまった。こうなったらもう口先でどうなるという問題じゃない。

 矢が俺をかすめる。だが恐怖は感じなかった。

「ふざけんじゃないぞ!」

そして俺は剣を構えた。

 へん、こうなったら死んででもお前らは通さないからな!その前に一人でも二人でも道連れにしてやる!

「フィン、フィンやめてえええええ」

フロウが叫ぶ!

 まるで俺が何を考えてるのか分かってるみたいだ……

 いや、当然だ!フロウ……いや、ファラ!君のためなら……

 俺は前の男に踊りかかろうとした。

 だがそのときだった!

「ええ?!」

「ああ??」

そこにいるもの皆の動きが止まった。

 一瞬そら耳かと思った。だとしたら質の悪いそら耳だが……だが、みんなにも聞こえているみたいだ。これはまぎれもない!

 角笛だ!角笛の音だ!

 本当か?信じられないが……

 だが次の瞬間再びそれは谷間に響きわたった。

 間違いじゃない!これは本物の角笛の音だ!

「あははははは、ティア!ティア!」

俺はそう言って地面にへたり込んだ。だがもう襲われる心配はない。

 見ると相手も同じだ。みんな右往左往している。もう俺達のことなんかどうでも良いという風情だ。

「フィン!」

フロウの声がする。俺は振り向いた。

 フロウがやって来る……俺はフロウに手をさしのべた。

 フロウが俺の腕にはいってくる……

「助かった……」

「ええ……」

「ティアが……やってくれたよ……」

「え、ええ……」

フロウの目に涙があふれている。

 俺はフロウを抱きしめた。

 敵は大混乱に陥っていた。もはや戦うどころの話ではない。なぜならその角笛の旋律は、カロンデュールが助けに向かっていることを意味しているのだから。いくらこいつらだって、いまここで俺達を殺してほめられるなどとは思わないだろう。

 どうせこいつらの親玉はダアルⅤ世だ。彼はカロンデュールには内緒で事を進めていたに違いない。こいつらだってこんな展開は予想さえしていなかっただろう……これがジークⅦ世の角笛ならばさっさと俺達を殺してトンずらしていただろうが……

 一つ心配なのは、こいつらが偽の角笛だと言い出さないかということだが……そんなことがあるはずないよな。あの吹き方の癖は俺でもカロンデュールと分かる。特にこいつらならば絶対聞き違えないだろうさ。カロンデュールが吹いているのかどうか分からなかったとしたら、即刻首だろうからな。

「あっはっはっはっは」

思わず笑いがこみ上げる。こいつは困るだろうぜ。自分達の親玉が敵の助けに向かっているっていうんだからな。はっ!せいぜい、困惑してろ!ざまあみやがれ!人を呪わば穴二つだ!

 再び角笛がなった。前よりもはっきりと、そしてもはや間違いようもない。

「フィン……ああ、そうだ!」

フロウが弾かれたように立ち上がった。

「フロウ?」

フロウは岩の窪みに戻ると何かを取り上げた。見ると、彼女の手にはあの角笛が握られている。矢筒にひっついてうるさかったやつだ。そうだよな、返事ぐらいしてやらなきゃ!ああ、あの時捨てなくて良かった……

 フロウは俺を見て微笑んだ。俺も微笑み返した。

 そしてフロウは高らかに角笛を吹き鳴らした。



 あ……あ……あ、か、神様!

 あれは、まぎれもない!角笛の音だ!

「生きてる!生きてるわ!」

カロンデュールの角笛に返事があった!あれがなに言ってるのかは分からないけど、とにかくどっちかは生きてるんだ!

「あっちだ!行けえ!」

あたしたちは角笛の聞こえた方角に向かって走った。

 ときどきデュールは角笛を吹き鳴らす。すると遠くからそれの答えがかえってくる。これの聞こえるうちは大丈夫なんだ!

 ああ、神様!ありがとう!

 そしてあたしたちは森を抜けて急な斜面に出た。

 そこには男の死体が転がっている……お兄ちゃん!じゃなかった……ああよかった……

「おーい、おーい」

その時遠くから声が聞こえた。

 あ、あの声は……

「お兄ちゃん!」

「ティア!」

「ティア!」

フロウの声も!

「お兄ちゃん!フロウ!」

あたしは馬から飛び降りると、そちらに向かって走った。

「ああ、エルセティア姫、危ない……」

だいじょうぶよ!転んだりなんか……わあああああ。

「危ないんだから……」

デュールが横についてきている。

「きゃあ!」

そのときあたしは立ちすくんだ。前に変な奴らが……

 でもそいつらは危害をくわえるという風ではなかった。どっちかというとおびえている。まるで小りすのよう……

「カロンデュール様……」

力なくそいつらが言う。

「お前達もか?」

デュールが冷やかに言う。

「カロンデュール様……」

茫然自失という風。

「この物達を捕らえておけ!さあ、エルセティア姫……」

「ありがとう……」

あたしたちはお兄ちゃんとフロウの声のした方に走った。でも声はすれども姿は……ええ?どういうこと?

「ティア……デュール……」

「お兄ちゃん!」

そのとき岩場の下の危なっかしそうな道を通ってフロウとお兄ちゃんがやってくるのがみえた。

 ああ、あの向こうにいたのか……

「メルファラ殿、それにフィナルフィン殿……」

「お兄ちゃん!最後におっこちないでよ!」

「わかってるよ!」

ここで落ちたらただの間抜けだもんね。一生言ってやるんだから!

 でもずいぶん危なっかしいわ。本当に……声が引きつってるみたいだし……

 でも何とか渡り終えた。お兄ちゃんはフロウの手を取ると、安全なところに導いた。

「ファラ、大丈夫か?」

お兄ちゃんがそういうのが聞こえる。フロウがうなずく。

 デュールが二人にかけよった。あたしも後に続く……

 生きてる!二人とも生きてる……ああよかった……

「あら?お兄ちゃん、それ……」

あたしは前に出た。お兄ちゃんのわき腹からどす黒い血が……

「ああ?何が?」

「お兄ちゃん、その怪我……」

「ええ?ああ、ちょっとね……」

ちょっとって……それじゃ……そう思ったとたんに腕が痛くなった……

「ティア、お前その腕は?」

見ると右手がぶらーんと垂れ下がって……まるで自分の手じゃないみたいで……ええ?こんなにひどいの?

「ちょ、ちょっとね……」

ぶっつけただけじゃない。しびれちゃってるだけよ……あれ?

「ああ、こら、どうした!」

あたまがくらっときた。大慌てでデュールが抱き止める。でもあたしは残った精神力の全てを傾けて何とか持ち直した。

 そうよ、ここで気絶なんかしてられないわよ!最後のオチまで見ないと!

 それを察したかのようにお兄ちゃんが言う。

「さあ、『メルファラ』皇女……」

フロウがうなずく。

「皇女様、ご無事で何よりでした……」

デュールがそう言った。

 フロウはデュールに手を差し出した。デュールはちょっと戸惑ったように手を出し渋ったが、ついにはその手を握った。そして……

「よく来てくれました、カロンデュール」

それは聞きなれた声。誰もが知っている声。でもそれを発したのは……

 デュールは一瞬あたりをうかがった。回りにはあたしたちの他には誰もいない。デュールはお兄ちゃんとあたしの顔を見た。お兄ちゃんの顔には意地悪そうな笑いが浮かんでいる。あたしはもうひきつりそう。

 最後にデュールはフロウの顔を見た……今はファラの格好をしているフロウを……

「どうしました?カロンデュール?」

フロウが言う。

「☆*@&★○※♀♂××???」

その時のデュールの顔は……一生忘れられない。

ああ、見るべきものは見たわ。そう思うと……

「ああ、ティア!」

「こら、どうした!」

「エルセティア姫、しっかりしてください!」

とにかく全ての片がついた……あたしの仕事はこれで、お、わ、り!