自己責任版:白銀の都
白銀の都 13. 終局

13. 終局


 あの馬鹿野郎、一人だけのんきに気絶なんかしやがって……こっちだってどれだけ気絶したいことか……

「ど、どうしましょう……」

ティアを支えたカロンデュールがおろおろしている。どうしようったって、いまする事は、

「とにかく戻りましょう」

「でもエルセティア姫は腕を折っているみたいで……」

「ああ?」

見ると確かに右腕がおかしい。

「腕が折れてようと首が折れてようと、今は帰るしかないだろう?」

「は、はい……馬は、馬はないのか?」

カロンデュールもずいぶんパニックになっているようだ。まあ普通の神経ならそうだろうが…

 彼の叫びに答えて部下の一人が馬を連れてきた。

「一頭ですが……」

「大丈夫ですよ」

俺はその馬にまたがったが……うぎゃあああ。馬に乗るだけで大騒ぎだ。こんなにひどい怪我なんてしたことがない……やっぱり痛いもんだ。

「さあ、ファラ……」

俺はフロウが乗るのを助けた。この場合怪我をしていようが死にかかっていようがこうするのが男の務め……うううう。本当かよ!男なんかに生まれて来るんじゃなかった……

「フィン……痛くありませんか・」

「ははははは。大丈夫です……大丈夫……うが!」

馬が動き出したとたんに激痛が走る。

「フィン!」

「とにかく、帰らないと……」

「ええ、がんばってください」

「ああ……」

本当に生きてたどり着けるかねえ。

 でも馬が足りないのはある意味では幸運だった……こんなにもぴったりとファラにくっつけるチャンスなんて滅多にないからなあ……気絶しているティアはカロンデュールが抱いている。大サービスだ。

 それにしても、ティアの馬鹿は腕の骨が折れていると知らずにここに来たらしい。よくまあ痛くなかったものだ。だいたいどこで折ったんだよ。どうせ入口のドアにはさんだかどうかしたんだろう。

 だがとにかく今はそんなことに構っている気分ではない。早く帰って寝たいだけだ。

 でも、そうは問屋が卸しそうもない……

「これはいったいどういう事なのです?あなたは……メルフロウなのですか?」

前行く一行から距離が開いたとみるや、それまでじっと黙って考え込んでいたデュールが言った。

「あんまり大きな声を出さないで……」

秘密がばれるし、傷にも響く。

「ああ、すみません……」

もう少し辛抱してくれてもいいじゃないか。こっちだって痛いのを我慢しているのだから。でもまあ当然と言えば当然だが……普通の好奇心をもっていればなあ。

「ええ、その通りです……」

俺の前に乗っているフロウが答えた。

「お話すると長くなりますが……私が女だったというのは本当です……いままでは偽っていたのです」

「でも……そんな……」

信じられないという顔だな。だろう。俺だってそうだったんだから……

 うう、いててて。

「事の起こりは私たちの父上同士のいさかいが原因でした……」

フロウは淡々とデュールに事のあらましを話した。

 ジークとダアルの争い、ダアルの政治的勝利、エイニーア皇女とジークⅦ世にまつわる物語、エイジニア皇女とジークⅦ世の結婚、皇女の出産、皇女と本物のメルフロウの死、ジークⅦ世の決心、フロウの生い立ち、そして結婚……

 フロウは全てを事細かに話していった。

 デュールの顔色はますます青ざめていった……

「……そのために私は決心したのです。ですから今日もしこのようなことがなくとも、あなたはこのことを知っていたはずです。でも……不幸なことになってしまいました……」

「メルフロウ殿……いやメルファラ皇女……ああ、どうお呼びしたらいいのでしょう」

うーむ、難しい……だが……

「もうファラと呼んで下さい……この格好ならばおかしくはないでしょう」

「そうですね……ではメルファラ皇女、とにかくここであなたに謝らねばなりません。たとえ私が知らなかったといえども、あなたをこのような目に遭わせてしまったことを……なんと言ってよいか……その……」

「そのことはもう気にしていません……お顔をお上げ下さい。あなたに罪がないことは分かっています。それにこのようにあなたが助けて下さったのですから……もうそのことは忘れましょう」

「でも……ありがとうございます」

デュールは深々と頭を下げた。

 その時森の切れ目が見えた。もうすぐ山荘だ。俺は言った。

「ああ、あの山荘が見えましたね。話の続きはあそこでしましょう。とにかくけが人をどうにかしなければ」

「はい……」

そうして俺達は生きて山荘にたどりついた。

 山荘の中はごったがえしていた。山荘の裏手には縛り上げられたジャナンの部下達が転がっており、中はちょっとした野戦病院という雰囲気だ。

「ラタン!そいつらは後回しだ、まずこの方がたの治療をして差し上げろ!」

「はい、はい、カロンデュール様」

小柄な医者がせかせかとやってきた。

「この方がたは特別だから、奥の部屋をあけてそこにお通ししろ」

「はい、はい」

ここは俺の家の山荘だぜ。あんたにやった覚えはないがなあ。なんて減らず口を思いつくほど余裕が出てきたようだ。

 でも痛い……

 デュールがティアを抱えて奥へ行く。俺達もあとに続いて、奥の寝室に入った。

 デュールがティアを寝かせ、医師に指示をしている。

 ぎゃあ。ここは俺がさっきジャナンと喧嘩した所じゃないか……でも一応掃除はされているようだ。こういうとこに気付くのは……カルスロムの奴か?そういえば森には来ていなかったようだが……

「すみません、ちょっと他の様子を見なければならないので……どうかお休み下さい」

「あ、はいはい」

ここは俺の山荘だって言うの!

 俺はフロウを近くのソファに座らせると、自分も腰をおろした。

 それを確認するとデュールは出て行った。

 ああ、疲れた……

 もう何も言う気力がない。でもここでもう一仕事あるよなあ。

 フロウとデュールの間をまとめなければならない……デュールの調子なら何とかなりそうだが……ちょっとした問題があるんだよな。

 俺はフロウを見つめた。彼女はさっきからティアの様子を凝視している。

 問題なんだよ……

 そのとき、医者がティアを見終わって顔をあげた。

「ティアは、ティアは大丈夫ですか?」

フロウが息せききって尋ねた。

「はい、ええと、メルファラ様、命には別状はないようじゃな」

「ああ……良かった……死んでしまったかと思いました……」

フロウは安堵のため息をはいた。こっちもそうだ。この馬鹿……死んだりしたら承知しないぞ。

「それからあんたの怪我を見せて!」

そういうと医者は有無を言わさず俺の怪我の手当を始めた。

「うぎゃあああ、いててててて!」

「痛いうちは生きている証拠じゃ。よくまあ……もう少しで内臓を傷つけるところじゃ。危なかった……」

ええ?そんなにひどい怪我してたか?

「フィン!」

「大丈夫だって。そんな顔するんじゃないよ……」

とにかく問題なんだ……

「でも……」

「すみませんね、メルファラ様、お怪我をお見せ下さい……」

この野郎、女には優しいな?

 医者はフロウの足の手当を始めた。あああ、その程度の傷なら俺がするから、お前はあっち行け!と言ってしまうのを押さえる苦労といったら……

 はあ。問題だ……

「これで大丈夫ですな。それではあちらにも患者がいますので、失礼させていただきます」

「ありがとうございます」

「いえいえ」

俺達の手当が終わると、医者は別の患者、ジャナンの部下達を見るために出て行った。俺達がきたせいで、治療が中断されたからなあ。

 でもまあ、邪魔者は消えたということで、部屋には俺とフロウだけが残された。

 というわけで、本気で問題と取り組まねばならない……ああ、困った。

 俺達がこんなことをした当初の目的は、ここで『ファラ』とカロンデュールをくっつけるためだった。

 これは今は亡きエイジニア皇女の遺志でもある。彼女は自分の娘とエイニーア皇女の息子を結婚させてくれと言い残して死んだのだ。

 そのことによって、フロウの異常な状況が正され、ジークとダアルの長年に渡る抗争に終止符がうたれ、都に世にも希な美しい大皇妃が生まれることになる。いいことずくめじゃないか。

 そうだよ。ここできっちりと決着をつけてないと、またかつての混乱の時代に逆戻りだ。そしてまたジークⅦ世とダアルⅤ世が決闘することにでもなれば……そんなことは避けなければ。

 そもそも俺がこんなことに首をつっこんだのは、ティアの悲惨な運命をどうにかするために始めたことだった……だが……やっているうちに俺の中では目的がずれてきてしまった。なぜ俺がここまでしてこの計画を進行させたかというと……それは……もはやフロウのために他ならない。

 俺はフロウに幸せになってほしくて、こんなことをしていたのだ……

 だとしたらいま俺の為すべき事は……?

「フィン……」

フロウが何か言おうとした。だがその時ドアが開いてカロンデュールが入ってきた。

「やはり父の差金でした……」

ああ?やっぱりか。

「父は多分メルフロウ殿が即位なされたら、ダアルの家にとって非常にまずいことになると考えてこのようなことをしでかしたのです」

当然だな。そうなってジークⅦ世がダアルⅤ世をほっておくわけがない。少なくともダアルの一族は都の今の地位からは追放されるだろう。フロウが大皇に即位するということは、ジークⅦ世が実権を握るも同然だから。

「そうですか……」

フロウが静かに言った。

「でも、もうそんなことはさせません。僕はあなた方に何の恨みもないし、これは前言ったことと同じです」

これは本気らしいなあ。

「ありがとうございます……」

しばらくの沈黙。カロンデュールがまた言う。

「それで……メルファラ皇女、あなたはこれからどうなさるのです?」

「ええ?どうとは?」

「また男に戻るのですか?」

「いいえ!」

フロウはきっぱりといいきった。

「私はもう男に戻る気はありません。あの生活は地獄のような生活でした。もう二度とあんなことはしたくありません」

「では……これからは?」

「どこかでひっそりと暮らします……それがいちばんいいと思います……」

そう言ってフロウはちらっと俺の方を見た。

 問題だ!

 カロンデュールはそれを聞いて目をつぶった。こいつ……なにか言いそうだぞ。

「メルファラ皇女……どこかでとは……どういうところでですか?」

フロウがカロンデュールを見つめる……眼差しが震えている。

「それは……まだ考えていません。でも……ジアーナ屋敷にはもういたくありません……」

そうか……辛い思い出の詰まっている場所だからなあ。フロウならあそこの当主としてぴったりなんだが……

「だったら……うちに……来ませんか?」

「ええ?」

わは!こっちから言う手間が……

 フロウがまじまじとカロンデュールを見るので彼はますますしどろもどろになった。だが、ついに言った。

「もし……良ければ、私と、け、結婚していただけませんか、ということですが……」

「ええ?」

そう言ってフロウは絶句した。

「そ、それは、唐突なのは認めますが……今のこの状態を最もよく収めるには、これが一番いいと……」

フロウはじっとカロンデュールを見つめ、ついで俺を見つめた……

 わあ、見つめないでくれ!見つめないでくれ!

「あ、ああ、すみません、フィナルフィン殿の前で……お答えしにくいのでしたら、あとでも構いませんが……あ、あの、フィナルフィン殿はいかがお考えでしょうか?それとももうメルファラ皇女には別の方が……」

俺に聞くなって言うの!このボケ!

「あ、そういうわけではないみたいですが……」

何を言ってるんだよ!もう……

「ああ……だったら……ぜひ……決して不幸にはさせません……それは今までは僕たちの間には深い溝がありましたが、僕は、それを埋めてみせます。父上が何と言おうとあなたをお守りします」

多弁な奴だな。だが……こいつのいいところは腹芸の出来そうもないところだ……見ていて情けなくなってくるぐらい素直な奴だ……

 だから少なくともこいつの今の気持ちだけは真実だろう。今後どう転ぶか知らないが……

 フロウはまだ俺を凝視している。

 あれは……あれは……あの目は……

 俺は崖っぷちに立たされた気がした。こういうのを前門の虎後門の狼……じゃなくて、鶏頭となるも牛後となるなかれ……じゃなくて、ええとええと……

 俺は……俺は……選択しなければならない。でも……でも……これは選択じゃない。必然だ。

「メルファラ皇女……」

口が勝手に動き出す。

「いいお話だと思いますよ。願ってもない……」

フロウの目が大きく見開かれる。口がかすかに動く。

『フィン』

唇はそう動いた……俺は目を外らす。もうだめだ……

 死んだような沈黙……俺にはもうこれを破る力はない……

 ああ……ああ……ああ……

 そして……フロウがデュールに向き直った。

「カロンデュール……わかりました……」

声に力がない……でも……

「ほ、本当ですか?」

「ええ……」

「ありがとうございます!」

「あ!」

デュールはいきなりフロウを抱きしめた。だが次の瞬間真っ赤になって手を放した。

「し、失礼しました……あまりのことで……じ、実は湖で初めてお会いしたときから……いや、本当は初めてではなかったんですよね、でもまあ、とにかく女性のあなたと……これも変だなあ、ええ、とにかくその時からあなたの事ばかり思っていたのです……それ以前から実は、私はあなたにあこがれていたんですが……メルフロウとしてのあなたですが……あなたは僕にないものばかりもっていらっしゃった。僕が逆立ちしても真似の出来ないような物ばかり……」

「それはこちらも同じです」

フロウはうつむいたまま……

「ああ、まるで夢のようだ……何度もあなたの夢を見た……一時は諦めかけていたのですが…」

ああ、だめだ……もう聞いていられない……

 その時天の助けか、カルスロムが入ってきた。

「失礼してよろしいですか?」

「何だ?」

「ジーク様とダアル様がお着きです」

「ええ?一緒に?」

「いえ、偶然そこで出会ったようで……」

「分かった。いまいく。待っていろ」

「分かりました」

カルスロムは出て行った。

「お聞きの通りです。ちょうどいい、ここで発表してしまいましょう。よろしいですか?」

「え、ええ……」

「では一緒に参りましょう」

「あ、少し待って下さい……この格好では……それに……」

「あ、分かりました。では私が先に行っていますので、あとでお呼びします」

「え、ええ」

そういうとカロンデュールは地上一〇センチを歩いて行ってしまった。

 はあ。

 再び俺とフロウの二人きり……

 俺は顔を背けていた。もうフロウの顔なんて直視できない……

「フィン……」

フロウが言う。

「…………」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「君が謝らなくともいい……」

「でも……」

「どうしようもないだろう?それとも君は母君の遺志を……」

「いえ……それは……でも……」

フロウが凍り付いた……

 そう……たとえそれが大皇であろうとも、人の遺志に逆らうなんて……どうしてこんな定めがあるのか知らないが、これが俺達の不幸の始まりだと言っていいのかも知れない。

 ジークⅦ世もダアルⅤ世もある意味ではそれに動かされてきたのだから……彼らもまた親の遺志に操られていたのだから……だが、だが……

 もうこんなことを考えていてもしょうがない。忘れよう。忘れなければ……

「楽しかったですよ。あなたといられて……」

俺は快活に喋り出した……ように見えたよな?

「フィン……」

「一生に一度あるかないかの体験でしたね。もう一回といわれれば断わりますが……」

「フィン……」

「でも……これで良かったんですよ。僕なんかと一緒になってたら……」

「やめて!フィン」

「いや……だってフロウ、君は僕しか知らなかったんでしょう?男は……女の子の友達がティアしかいなかったように……」

理由など何とでもつけられる。人を騙すのはわけはない。だが……

「ええ……それは……でも……」

「世の中にはもっといい奴がいっぱいいますよ。それにカロンデュールはいいやつだ。ああ言うところで生まれ育って、どうしてあそこまで素直になったんでしょうねえ。見たでしょう?」

「ええ」

「だったらいいでしょう」

「でも……」

その時ドアが開いてカロンデュールが顔を出した。

「よろしいですか?」

「ええ、もうすぐ行きます」

「はい……」

ああ!時が近づく……

 そう思った瞬間、俺は自分がとてつもなく馬鹿なことしでかしているような気がしてきた……だが、俺は正しいんだよ。いつだって俺は正しいんだ!

 カロンデュールがドアを閉めると俺は言った。

「そろそろ行かなければ……」

どうしてこんなに口が重いんだ?

「フィン……」

それを聞いてフロウの目に大粒の涙があふれた。

 どうして?どうしてフロウは泣くんだ?

 当り前じゃないか!泣いて当り前だ……なぜならフロウは、俺を……俺を……

 だが……

だが……

 そう……俺にはできない……まだ遅くないかも知れない……でも……だってだれにできる?聞いたことがない!そんなことできっこない!

 俺にあのジークⅦ世のような真似ができるか?

 エイジニア皇女……あなたはどうして……でもあなたにとってはこれが……

 死のような沈黙……そして……

「……ええ」

フロウはそういって涙を拭った。

 俺は目をつぶった。とたんにどっと落込みがやってきた。ああ……終わりだ……何もかも…

 どうしてなんだ?どうしてこんな目に会わなきゃならないんだ?

 どっと疲れが吹き出してきた。そういえばそろそろ夜明けだが、一睡もしていないじゃないか……

 はあ、眠るか……

 そのときフロウの手が俺の肩に触れた。俺はびくっとして振り向いた。

 とたんに何か柔らかいものが俺の唇に触れた……

 !!

 無限のような一瞬……そして……

「ありがとう……フィン……」

そう言うとフロウはきびすを返して出て行った。

 あとは俺だけが残された……

 ひとりぼっちで……



 ば、ば、ば、ばっかじゃないの?何考えてるのよ!

 あたしは薄目をあけた。

 今までのみんな聞いてたんだからね。

 見るとお兄ちゃんがぼけっと座っている。いつでもぼけっとしてるけど、今日のは特に筋がねが入っているわ。

「ばか」

あたしは言った。お兄ちゃんが振り向く。

「ばか!」

お兄ちゃんがあたしを見た。

「何考えてるのよ?いったい……」

「き、聞いてたのか……」

「あったりまえでしょ?横でそんな話をごそごそやられたら目が覚めちゃうわよ!」

「そうか……」

もう……

「どうしてフロウをふっちゃうのよ!もったいない……」

「仕方がないだろう!」

「どうしてよ!いくらエイジニア皇女がそう言ったからって、お兄ちゃんはフロウのこと好きなんでしょ?」

「そりゃ……馬鹿野郎!気でも狂ったか!そんなことしたらなんて言われるか……」

「言われたっていいじゃない!その代わりにファラが手に入るんだから!」

「言われるのはファラだ!」

う、う、そうか……でも……

「でもそもそもそんな遺言誰も知らないじゃないの。黙ってたら分からないわ!死人に口なしって言うじゃないの!」

「あ、あのなあ……」

お兄ちゃんは真っ赤になった。

「ばか!」

「うっさい!とにかくもうほっといてくれ!」

そう言ったきり、お兄ちゃんはもう何を話しかけても答えなかった。

 本当に何を考えてるのよ。まったく……そりゃエイジニア皇女の遺志は大切だけど……でも皇女は死んじゃったじゃないの。生きてたら反対したかしら?そりゃデュールとの方が何かといいけど、でも本人同士のことはどうなるのよ!

 ああ、もう……

 腕がうずく……思ったよりひどいけがみたい……もしかしたら骨が折れてるのかも……そうよねえ。自分の事も考えなくちゃ……

 これであたしは名実ともに未亡人……しかも……しかも……

 あー、もうやめてほしい!

 疲れた……

寝よ。