自己責任版:白銀の都
白銀の都 14. エピローグ

14. エピローグ


 じゅうじゅうと肉の焼ける音。人々のざわめき。なつかしい……でも……

「おい、ティア、食わないのか?」

「食べるわよ!」

今日は久々に半月亭にやってきた。いつもなら浮かれちゃうのに今日は全然そんな気にならない。

 そうよねえ。前来たのは……あの時以来じゃない!

 もうだれも覚えてないわよね。ああ、恥ずかしい……

あれからずいぶんいろいろなことがあった。

 あたしの腕はちょうど今日添木が取れたところ。お兄ちゃんももうこうして動き回れるようになっている。

 マスターがサラダとワインを持ってやってきた。

「エルセティア姫、この度はなんと言っていいか……」

「ええ?もういいの……ありがとう」

フロウは死んでしまった。あの日盗賊に殺されてしまったのだ。

 もちろんそれは表向きの話。フロウは当然ぴんぴんしている。でも……あたしのフロウはもういない。今いるのはメルファラ皇女……フロウじゃない……

 都は大いなる不幸と幸運に見舞われた。

 あの時の混乱と言ったら、あたしはずっと寝てたから知らないけど、すごかったらしい。

 だってお世継ぎが死んじゃったのよ。それも世にも希なる美しさだと詠われたメルフロウ皇子が死んでしまったのだから。

 これがどういうことか……都の娘の中に本気で殉死しかけた人がいるらしい。これで彼が結婚していなかったら、本当に二、三人は死んでたかも……

 でもその悲しみはメルファラ皇女の出現で、半分は吹き飛んでしまった。都の人は面白半分に聞いていた噂が本当だと分かって、みんな仰天した。その上ファラのあの美しさでしょう。そのうえ、彼女とデュールが結婚宣言をしたんだから!

 あたしたちはベッドの上で大笑いしていた。

 ともかくこれで一応けりがついた。

 ちょっともめたのは、どうしてファラがそんな育てられ方をしたかという点だけど、これはエイジニア皇女の遺言だということでうやむやにしてしまった。こう言っておけばみんな疑わないのは請け合い。

 というわけで、大体は丸くおさまったのだけど……

「はあ……」

お兄ちゃんがため息をつく。

 あれからずっとこの調子だから、今日はあたしがここに引っ張ってきたんだけど……

 でもそうよねえ。あの時はあたしもああ言ったけど、実際そういう立場になったらあたしならどうしてたかしら……多分……出来なかっただろうなあ。

「はあ……」

あたしもため息のおつき合い……

 そう。お兄ちゃんは大魚を逃してしまったけど、あたしだって文字どおりの骨折り損。

 あたしの今の立場は、メルフロウ未亡人……確かにジアーナ屋敷は残ったけど、今ではそこの主人だけど……ああ、そうそう。実はジークⅦ世はあの事件のあと急病で急逝してしまったのだ。だから今ではあたしがジアーナ屋敷をもらっちゃったというわけ……

 それにダアルⅤ世の方も隠居しちゃったし……ダアルの家も今ではカロンデュールが当主なの。フロウは……いやファラはダアルの屋敷にいる。あたしたち一緒には暮らせない。そりゃ会うことはできるけど。あたしと一緒だと縁起が悪いから……

 大きな家っていうのはいいけど……でももういや。

 あたしの横には今は誰もいない。たった一人……

 恥ずかしそうにあたしの横にもぐり込んで来たフロウは……もうどこにもいないのよ。

「はあ……」

なんだか滑稽よねえ。だってあたしとお兄ちゃんが二人して同じ人を失って落ち込んだるんだから……

「あの二人の結婚は、今度の春だっけ」

「そうみたい……フロウの喪があけたら……」

「そうか……はあ」

フロウの喪ねえ。

 そのときまたマスターがやってきた。

「どうしたんですか?二人とも……エルセティア姫にはまた踊りのリクエストが多いんですがねえ」

やだ、覚えてたの?

「べー!もうだめ!」

「そう思ってみんな断わってますが」

当り前よ!

「そんなことよりお酒ちょうだい!」

「はいはい」

もう飲むしかないわよ。

 本当にあれはいったい何だったのかしら……

 マスターがもって来たワインをすすりながら考える。

「要するにだよなあ……」

お兄ちゃんが言った。

「よくやったってことの報酬はさ、よくやったってことだけなんだよな」

はあ、そうみたい……

「はあ……」

「はあ……」

ああ。憂鬱……

白銀の都 END