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研究サービスとは何か、研究管理についての一考察


武井武著、日刊工業新聞社、昭和49.2.10初版発行 150ページ

感想;研究管理について述べられた本は希であるが、これは不朽の名作であろう。特許やディスカッションについては、現状に合わない古い面も見かけられるが、優れた研究者の書いた研究管理の名著。

著者略歴
1900明治32年 埼玉県生れ
1927昭和2年 東北大理学部化学教室卒業
1936昭和11年 東工大教授
1952昭和27年 慶応大学教授
1960昭和35年 理化学研究所招へい研究員
1969昭和44年 慶応大学名誉教授
目次
1.総論
1.研究と開発;research&development, dev.research開発研究
2.研究サービスとその重要性;research administration
2.研究の本質
1.研究の性格とサービスの役割;研究は創造の行為である
2.研究の種類
3.研究の特徴
4.研究の質
5.研究のドメイン
6.研究の展開
7.重点度
8.生産工場になぞらえて
3.研究機関の種類と性格
1.研究機関の種類
2.研究機関における性格
4.研究体制
1.主要国の研究状況
2.日本の研究体制
3.各国の研究体制
4.研究体制上の要点
5.研究機関の構成
1.組織の概要
2.組織の要点
3.人員の構成
4.人員構成の要点
6.研究機関の運営
1.運営の特色
2.人事
3.経費と予算
4.研究目標の選定
5.研究題目の決定
6.研究計画の設定
7.実験計画の立案
8.評価
9.調査
10.特許処理
11.秘密保持
12.研究の環境
7.研究者と研究指導者
1.研究者の性格と特色
2.研究者に必要な認識
3.研究の態度
4.研究指導者の役割
5.協同研究者
6.受託研究者
7.研究者のエチケット

2.研究の本質
1.研究の性格とサービスの役割;
研究は創造の行為である。研究と生産は本質的に違う。研究は頭の働きが中心である。研究者は常に未知の世界で夢を追って考える。研究は事業である。実験をしないで成果が収められれば最良である。簡単な実験・計算で成果が得られれば上等である。立派な装置、多額の実験費、長い時間を要して成果を上げる事は決して上策とはいえない。必要以上に高度な措置精度の高い計器を用いることは無意味で害となる。これらを是正することも研究サービスの役割。
研究には自由が尊ばれる。夢を追って闊達奔放に新しい世界を走るのが研究の性格であるが、定められた研究題目と条件の範囲(研究ドメイン)で自由である。よきドメインを与 えることは研究サービスの役割である。
2.研究の種類
(i)基礎研究 basic research, fundamental research
主として大学の研究室で、また国公立の研究機関でもある程度民間では余り行われない。exploratory researchは高度の研究能力を持ったものに達成。
(ii)応用研究 applied research
新製品や新技術を実現するための研究。応用研究も2種類、直接に新製品や新技術を仕上げる研究と、その二は仕上げるために必要な基礎的な事実の究明。応用基礎の研究と呼ぶ。
計画研究target researchは、一種の応用基礎研究であり、概して大きな国家的開発を目的とした場合に行われる。
(iii)開発研究development research
開発機関で行われる。開発に従属して行われる研究。
3.研究の特徴
4.研究の質
電気の基本式になぞらえて
電力=電圧X電気量X力率
研究成果=研究の質X研究の量X有効率
5.研究のドメイン
期限、費用、助手、装置、秘密保持、使用原料、実験場所などの制限あり。各々の研究者に適したドメインを与える。ドメインを外れてはいけない、この時は指導者と相談して変更。

6.研究の展開
型1.杉やひのきのような伸び方をする研究の展開
一つの研究題目を中心に1年毎に業績が増す。年輪研究。大学の研究室でみられる。研究能力の優れた教授中心。
型2.欅や樫のような伸び方をする研究の展開
優先的に伸びた1本の幹が数多くの枝に分岐し、その各々が天高く繁る。民間の研究機関。
型3.竹が竹林を作るような発展をする研究の展開
創意と勘により新分野で旗をあげるもの。各種の研究機関。
型4.つつじやうつぎのように育つ研究の展開
いわゆる潅木研究で研究水準が固定して進歩が認められない。研究報告は数多くでるが新味と進展がない。大学や国公立研究機関で同じ実験方法でデータを積み重ねているもの。よき指導者のいない場合に起り易い。
型5.藤やぶどうの木のように独立して伸びることの出来ない研究の展開
学識も研究能力も相当に持ちながら独歩の気迫にかけ指導者に頼るものである。よき指導者が重要な役割。
型6.柿ノ木のように経年する研究の展開
柿ノ木は若い頃はよく育ち幹も太り大きな根が地下に伸びるがしばらくすると幹の太りは止まり、根も成長せず枝は代謝して大きくならない。しかし寿命は長く、毎年、同じ様に柿の実を作る。研究で言うならばある程度、実績の出来た後は目立った進歩もなく永く平凡な研究ものがあたる。研究能力向上が止まり、むしろ退化が起っている。再教育が役に立つが、実際には退化しかけた研究者を救うのは難事であり、かえって残酷なことになりかねない。
型4,5,6は好ましくない研究展開の例である。
その他、麦や稲のような1年草の研究展開型、浮き草、椰子やしゅろのような幹高く伸び枝の出ない型、宿り木型あり。
7.重点度;研究の種類と性格の重点度
基礎研究 応用研究 開発研究
1.未知の分野の探求を 未知の分野の探求を 開発に不随する
主体とし、学問科学 主体として産業生活 未知事項の究明
の進歩に寄与する の進歩に寄与する
2.未知の分野に立つ 未知の分野に立つ 未知ではあるが
開発上適当とされる分野に立つ
3.研究者が独自の判断 研究者独自の判断で 研究者独自の判
で研究を勧め学界の 研究を進めるが常に 断で研究を進め
情勢に注目する 業界の情報に注目 るが常に開発の
する 要求に従う
4.研究能力、特に学問 幅広い知識を持つ熟 経験に富む人間
の探究に適した研究 練した研究者を主体 関係のよい研究
者が研究に当たる とした研究を進める 者を望む
5.一元化した問題を中 環境を主体とし、情 開発の意向を取
心に研究を展開し 報に注目し可及的速 入、綿密な研究
続ける かに成果をあげる 計画を立て実行
6.誤りなきを期す 独創を尊ぶ 協調を尊ぶ
7.学問的発想を尊ぶ 勘を働かす 遺漏なきを要する
8.学問的蓄積の増大に 最大の効果を狙う 臨機応変の処置
努力する をとる
9.結果の解析吟味を十 評価を随時十分に 評価を十分にし
分にし一般的な結論 行い産業生活に役立 実用化に指向す
を導くように努力 たせる るよう努力
10.公表して討論、批判 公表するにしても 公表するとすれ
の材料とする 慎重に行う ば開発完成後
11.特許などにはほとん 特許権獲得が重要 特許・実用新案など
ど関係ない 事項である になり得るものがあ
れば処置をとる
12.秘密とする事項のな 秘密厳守が重要 秘密厳守が重要
いのが原則

8.生産工場になぞらえて
3.研究機関の種類と性格
1.研究機関の種類
(i)大学学部の研究室
(ii)大学の付置研究所
(iii)国公立の研究所
(iv)法人研究所;特殊法人研究所は日本特有
(v)独立した研究専門機関
nonprofit research institute, commercial laboratories
(vi)民間企業における研究機関

2.研究機関における性格
4.研究体制
1.主要国の研究状況
主要国の研究者数、科学技術白書 s47年版
国名   総数   人口1万人当たりの研究者数
日本s46 194,347人 16.6人
米国s43 550,200 27.4
英国s42 56,571 10.3
仏国s43 55,160 11.0
西独s42 61,559 10.5
ソ連s43 627,900 26.4

主要国の研究費の費目別構成比率、科学技術白書s47
   人件費 固定資産購入 原材料費 その他
日本 43.6% 22.9% 16.5% 17.0%
英国 48.6 12.6 22.0 16.8

2.日本の研究体制

研究機関の研究費の性格別割合s45年度;科学技術白書s47
      基礎研究  応用研究 開発
経 国営 36.4 43.8 19.8
営 公営 5.9 54.3 39.8
主 民営 22.3 35.8 41.9
体 特殊法人 9.8 24.4 65.8

学 理学 32.4 47.2 20.4
問 工学 14.7 28.8 56.9
別 農学 14.3 55.3 30.4

大学等の研究関係従業者数の構成比率s46.4.1 科学技術白書s47
研究者 研究補助者 技能者 その他関係者
全体 61.2 8.6 13.3 16.5
国立 57.6 7.9 16.6 17.9
公立 75.9 2.4 7.9 13.7
私立 66.6 11.4 7.6 14.4

3.各国の研究体制
4.研究体制上の要点
5.研究機関の構成
1.組織の概要
2.組織の要点
3.人員の構成
4.人員構成の要点
6.研究機関の運営
1.運営の特色
2.人事
3.経費と予算
4.研究目標の選定
研究目標は研究の成果への期待であって具体的な研究の対象ではない。大学の研究室なら、フェライト化学への寄与、高分子化学への参画、のようなもの、公立研究所なら、排水公害への対策、海中資源開発への進出、企業体の研究機関なら希土類工業への進出、石油化学工業への進出、というもの

5.研究題目の決定
大題目;研究機関の首脳が各研究部門に与える総括的題目
中題目;各部門が各研究室または研究班に与えるもの
小題目;研究者に与えられるもの
研究題目は可及的幅広いものがよい。そのなかに多くの思考と創意が盛られるように組む。
よき題目の持ち駒を沢山持ち、これを適所に適時に打つのが研究指導者または管理者の務め。このためこれらの者は常に勉強して視野を広める必要あり。

6.研究計画の設定
7.実験計画の立案
8.評価
評価は、研究に要する努力と得られる成果を対比する行為であって研究を進める指針である。研究に要する努力の推定は比較的容易である。しかし成果の推定は容易ではない。大学などにおける基礎研究では学問的成果が主体であり、主観的なものであり、その時の環境に著しく左右される。従ってこの場合の評価は研究者または研究指導者の胸に納められていてあまり書式的なものではない。
応用研究の場合は効果は複雑で簡単には推定できない。効果の要因が極めて多いのでそれらを分類して別々に処理する。定量的に効果を表すことは困難で結果も定性的である。企業における評価の重点は直接的な利益に置かれる。
i.その研究が新製品、新技術の開発か、事業に役立つか
ii.出来上がった事業の将来性いかん
iii.出来上がった事業と他の自己の事業との関連性
iv.出来上がった事業と他の関連事業との関係
v.他社の同一事業との競争状況、即ち事業としての安定性
vi.出来上がった事業の規模とそれに伴う資本の投下、陣容の整備
いつ評価を行うか?
1.研究目標選定の際
2.研究題目決定の際
3.研究計画設定の際
4.研究が一つの段階を越えたときに行われる
5.最後に行われる評価は所期の研究が一応目的を達した時に行われる。これは、研究した経路をよく解析して反省すると同時に結果を取りまとめる資料とし、更にこれを次の段階すなわち開発にまわす良否を判断するものである。この最後の評価こそ実に重要なもので多くの関係者が幅広く検討すべきものである。要すれば特定の公表を行って意見を聞く。
書式的な評価にしても主観的な評価にしても記録に残し後の参考にすることが重要である。大学や国公立等の研究者は主観的評価の記録を積み、出来ればこれを公表して貰いたい。企業においてもその研究が事業として出発した暁には評価の記録を公表されることを私は昔から希望している。

9.調査
10.特許処理
11.秘密保持
研究者の研究記録はただ一つ、研究控え帳にまとめる。研究毎に控帳を準備、ノート形式であってルーズリーフのように取り離し出来るものであってはならない。研究事項はこのノートに日記的に記述し計算や図 面も添付、毎日、指導者、管理者の検印を受ける(米国ではこの検印が公正証書の役をなす)。研究室の金庫に保管される。研究結果の取りまとめや意見のようなものも全てこのノートに期される。この研究控帳が研究機関の最も重要は財産である。

12.研究の環境
7.研究者と研究指導者
1.研究者の性格と特色
研究を希望する者には性格の鋭い者が多い。しかしこの鋭いことが必ずしも研究成果には直結しない。実直な性格の持ち主も多い。この性格のものは特色のある研究成果をもたらすことが比較的多いようである。新味を好む者も多いようである。学問を好むものを研究者となることを希望する場合が多い。しかし知恵の多い人はあまり研究を好まないようである研究の型にも種々の特徴がある。実験が好きな型 、解析が好きな型、新しい発想に基づくが最後の結論に達しない人、途中から研究を引き受け仕上げる人。実験計画を立てるのに興味を持つ人、装置を組立てることの上手な人、研究結果を取りまとめるのが得意なもの、好まないもの、成果の発表を躊躇するもの、大いに発表したがるもの。研究指導者はこのような研究者の性格と特色を十分に認識していなければいけない
2.研究者に必要な認識
3.研究の態度
研究にも定石がある。
i. 生きた研究をする。データなり調査値は速やかに整理して研究を進める。
ii.研究において失敗は恥じではないが、間違いは恥じで罪深い。そのためには疑うことが重要である。
iii.独創を発揮するためにはどうするか。真似ないこと。幅の広い知識学問を身につけること。自分の研究分野以外の他の分野において。潜在知識となり独創の基になる。精神の集中。勘の重要性。
iv.研究は与えられたドメインのなかで自由奔放に行う。
v.研究者が自主的に進める。
Vi.常に怠らずに研究状況を書くことが重要である。
vii.研究毎に研究控帳を準備する
viii.研究結果の公表、特許処理、秘密保持は機関決定に従う
4.研究指導者の役割
5.協同研究者
6.受託研究者
7.研究者のエチケット
会社の不利益となるようなことは口外してはいけない。逆にさぐりを入れるようなことも望ましくない。講演者が喋りたくないような事項はなるべく質問しない。

研究生活40年
非売品、s37年4月1日発行 258ページ
著者、武井武、発行者、武井武先生還暦記念会
(1901明治33年) 1900年生れ埼玉県
1919大正8年  蔵前の東京高等工業学校電気化学科3年
東北電化株式会社フェロアロイ製造、加藤与五郎
1923大正12年9.1 関東大震災、関東亜鉛鍍金会社にて
1924大正14  東北大入学
1927昭和2.3.31東北大金属材料研究所補手
1929昭和4.4.1 東工大発足とともに、電気化学科で助教授
1934昭和9.3 東工大付置の建築材料研究所の研究員
1935昭和10.4 欧米研究室視察、酸化金属磁石
1942昭和17.11 財団法人重金属研究所発足八木秀次学長理事長
1948昭和23.6 公職追放(東工大から)外地における資源調査
1949昭和24.3 株式会社科学研究所入社
1951昭和26 追放解除
1952昭和27.4 慶応工学部応用化学科教授(科研と兼任)
1952昭和27.4 藍綬褒賞、酸化金属磁心・磁石の発明
1957昭和32.3 日本生産性本部の研究機構調査団、欧米調査
1958昭和33.10 特殊法人・理化学研究所
1959昭和34.7.15 理研定年退職
1961昭和36年 還暦
<1978昭和53年文化功労者>

序;この書は私の還暦記念としてか金の好意に甘えて書きたいことを勝手に書いた道楽物。三菱電気、TDK、信越化学工業等の援助
近ごろ研究をどうしたら能率よく行えるか興味、これを研究管理又は研究合理化と呼ぶが、これを随筆にした。
○調査団員として出発するとき;鍍金情報 S32.1
s32年3月に日本生産性本部の研究機構調査団の一員として欧米の研究所を視察。出発前に日本の有名な研究所をいくつか見た時の感じでは、民間研究所では真似で一杯で独創的な研究は殆ど実らないにように思えた。大きな原因は独創的な研究を期待していないことにある。
○研究機関を巡って;電気化学
3ヶ月に亘り欧米の代表的、大学、研究所、会社の研究室、50以上を訪問。
大会社の研究所;独創的研究、基礎的研究が重要視されている
研究成果をあげる秘訣は、優秀な研究者が十分に研究出来るようにすること、それ故、優れた研究者を得るのに非常に苦心している。サービス部門を完備して研究者が十分能率を上げられるようにしている。中規模の会社では、研究委託の例が多い。第三は協同研究である。
非営利研究所;カルフォルニアにはスタンフォード大学のStanford Research Instituteは1500名の陣容と14百万ドルの年間予算、収入の50%は民間からの委託研究費、他は政府機関からの委託研究費シカゴのArmour Research Foundationもイリノイ大学を背景とした非営利研究所である。米国には、10この種の研究所。これらの研究所には優秀な研究マネージャーと研究者がおり、研究設備とサービス部門が完備。
協同研究;企業組合Trade Associationの研究所、研究組合Research Association等がある。英国には40以上もの協力研究組織がある。研究組合は、主として、関係業種会社より成る協会又は協議会などによって維持されている独立機関である。Iton and Steel R.A.はResearch Council of the British Iron and Steel Federationを中心とするもの。
研究組合は、協会や協議会からの支出と政府の支出とで運営で政府の支出は平均として全体の1/4程度。西独のMax Planck Gesellschaftもこれと類似の研究組織。
ゲゼルシャフトは国内各所にそれぞれの専門の研究所、それぞれは業界からの委託と政府の補助とで運営。ジュッセルドルフの鉄鋼研究所では予算の2/3が鉄鋼協会から、残りは政府。研究は自由に行われ、ドイツ工業の発展に役立つという観点から自発的に決定、民間からの委託研究も一般的な問題では受入れられていた。大学教授が研究の指導に当たることは注目。

○欧州における研究機構、インダストリーリサーチ、s33.12
1.米国では政府負担の研究の大きな部分を委託研究で民間産業界に依頼、西欧では政府自身の直轄の研究所で実施、未解決の研究には補助金を支出。
2.米国では大学を背景とする非営利研究所又は営利研究所が発達、西欧では協同研究体制が発達。
3.大学が基礎研究の場であり、研究者の養成と訓練の場であることは欧米で同じ。

研究意欲の増進;事務と経営、s33.12
○よい研究者をうるミチ;researchは創作、developmentが実用化
○研究意欲の増進;待遇が最も大きな因子、風光明媚な場所に
○研究の設備と施設;研究の自由と成果公表、ディセントラリゼション

研究におけるIntensity Factor,日本化学工業 ,s33.10
IRI(Industrial Research Institute)の56年春大会で、研究意欲を向上させるために指導者はどうするべきか、なる円卓会議で有効な方法を7項目、第一はprovide recognition beyond salary;褒賞、公表、敬称、役得、現金ボーナスが考えられる。
一方で、これが最もコントラバーシャル。5番目にFreedom to select assaignments, 第7番目がapply pressure directly;期限をつけたりすること。研究に対して期限を付けることは欧米における工業研究の一つの定石のようにもなっているが、基礎研究家には適用出来ないものと思われる。

研究機構調査の海外視察
調査団は内田俊一(東工大学長)を団長に11名。私は副団長科研は亀山会長が予算がないから無理といわれTDKから。s32.3.19羽田発、スタンフォード研究所は戦後に出来た非営利研究所1500人が年間60億円の研究費、研究態度が真 剣。研究を怠けたら食えなくなる。だから熱心に研究の合理化を考え、効果をあげる。イーストマンコダック研究所では、自分の好きな研究を自由にやってよい研究者が沢山いた。
ビュローオブスタンダードを見学、官立の研究所には如何にも活気なし。国から給料を貰って安易に研究しているとこういう風になる。ここには若い研究者は少ない、業績の上がった研究者は会社に迎えられて去る、と言っていた。
ワシントンで科学財団や科学教育局で沢山の話を聞く。大学には基礎的な研究を分担、教授が真剣に研究するよう政府は委託研究の形をとる。応用研究は会社に依存、会社には政府が多額の委託研究費を支出して会社の研究を援助。米国は官公立の研究所に成果を期待していない。
英国では、大学の研究室が米国以上に学問の発展に寄与する基礎研究を主体とすることに気付く。仏国も同様。官立の研究所を一つ見たが真剣な姿に触れることが出来なかった。

ノートするなかれ;日本化学工業、s36年3月
昨年の暮れ、ある会社の研究会で私は研究の秘密漏洩防止について次のような自己流の議論を述べた。研究の記録は唯一研究所の金庫の中にあればよい。研究記録をプリントするのはもってのほかである。研究の討論にノートを使ってはいけない。討論に使った書き潰しは全部、その場で焼却せねばならぬ。研究報告を出す場合は唯一自書してこれを上長に見せる。上長はこれを閲覧の上、焼却するか金庫の中に保存する。研究記録は所外に持ち出すべきではない。
大学でノートする習慣の悪いことは識者の常に唱えること。ノートする習慣が人を不勉強にしてしまう。また物を考える興味を減殺する。外国人は決して人前ではノートしないと私は思っている。私は見学中には決してノートを出さない。多くは宿に帰って要点をメモする。これがエチケットではないか。

追放
s23年6月に東工大の教職から追放された。理由は戦争中外地において資源調査をしたためである。重金属研究所を引き受けラテライト(含ニッケル、クロム鉄鉱)の乳化選鉱法が比島において実施可能か現地を踏破したこと。追放になったとき、追放は名誉です、と言ってくれる人があったが、これは大抵冷淡な人であった。誠に気の毒です、といってくれる人が沢山いたがこれは真 に同情しての言葉である。追放されたことは決して名誉 でもなけれ愉快でもない、やはり寂しいものである。自由な日が得られるので釣りを始めた。温室に育った私には世の生存競争が真 味に感じたような気がした。知恵のない人間はなるべく知恵のある人間と一緒にならないようにするのがよいということも判った。
所謂五十の手習いであった。追放1年後に仁科所長の好意で科学研究所に勤めるようになった。昭和24年3月である。これは当時、東工大の学長であった和田小六や文部省の清水勤二大学学術局長の推挙によったもの。戦後の苦難時代で経済的に苦しい研究所に年長者が入るのは多くの抵抗があった。研究所の中の閥は強く根を張っていた。仁科は最初、主任研究員として採用予定であったが、遂に特例で仁科研究室の一員ということにした。s25年には岡本 祥一が来て、直ちにフェライトによる超音波発振の研究に着手し、魚群探知機用の試作に専念。
s26年の夏、仁科社長は遂に不帰の客となられた。苦しい経営の中で、はげしい閥関係の中で無理して奮闘されたことが病気の遠因であると聞いて私は本当に悲しかった。悲しい社葬の後で仁科研究室は分裂した。仁科の後をついだ坂谷希一社長はペニシリンの暴落、ストレプトマイシンの生産不調等で財源にこまり給料の遅配さえも行った。
次いで村山威士が社長となり、亀山直人が会長として来られた所員は亀山先生に多大の期待を持ったが、古い伝統と称するものが根強く張っており先生は仕事がしにくくかった。
研究員制度を改革したり、自ら技術部長となり研究制度を強化した科研の復興に努力。主任研究員を増員して、私も主任の仲間に入った。
[有名な研究者を主任に推薦すると投票で否と書く人がいる本当に科研はわからないところである」と亀山先生は述懐されていた。東京電気化学工業から1名ずつ委託研究出張の形で事務員をお願いしている。委託研究費の他、委託研究者をお願いしている。
科学研究所はs33年10月に特殊法人理化学研究所となり科技庁の所管に入った。長岡治男理事長、坂口謹一郎副理事長を迎えて研究所は気分を一新した。長岡理事長は所員の研究に可及的に自由を与 える方針を明らかにしたので研究所にゆったりした和やかな気分が生まれた。経済的に安定したのも有り難いことであった。私の研究室の年間研究費は1000万円をこすに及んだ。s34.7.15で定年に達し退職したが、招へい研究員となった。大越主任と私のために出来た制度。
武井研究室は熔融フェライト、薄膜フェライト、アルカリフェライト、バリウムフェライトフェライトの物理化学などの研究を行っている。

還暦を迎えて;TDKタイムズ s34.7
人生60才まで生きるのに特別の努力はいらない。従って、還暦を迎えても感謝される筋もなければお祝い受ける理由もない。ここで一つのくぎりをつける意味らしい。

釣り談義;日本化学工業、s34.6
釣りをあまり科学的に研究し過ぎると、つれすぎて魚がいなくなり結局楽しめないことになるので研究も度を過ぎてはいけないと思う。私は昔、魚の非常に好む香料を見出そうと思って実施研究をひそかにやっていたのであるが近ごろはこれは考え物であると信じ、研究を止めている。