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成功するサイエンティスト ー科学の喜び一
290p 1957円、1988年昭和63年6月25日 発行、平成2年5月15日 第7刷発行、発行者海老原熊雄、発行所丸善株式公社
The Joy of Science, Excellence and its Rewards by Carl J. Sindermann ;Copyright 1985 by Carl J.Sindermann
Original English edition is published by Plenum Press, a division of Plenum Publishing Corporation, 233 Spring Street, New York, N Y 10013. U S A
<本帯>
カール・J・シンダーマン; ハーバード大学で学位を得る。彼の著Winning the Games Scientists PlayはLibrary Journalの1982年の理工学書のベストワンに選ばれた。彼はこのほか専門書を3冊著していて,そのうちの1冊はアメリカ野生動物協会から最優秀刊行物賞を受けている。また,編集者としても4冊の専門書を著し,最近まで定評あるFishery Bulletin誌の編集に携わっていた。理在は,ニュージャージー州のサンディフック臨海実験所の所長とメリーランド州とフロリダ州にある海洋研究所の所長を兼務している。また,ロードアイランド大学の海洋の兼任教授でもある。
科学者とは不思議な人種である。彼らの行動原理は一般社会からはるかに隔たったところにある。ここで生活を営む科学者たちは,国際的な科学者から落ちこぼれ科学者まで種々様々である。本書では、このようないろいろなタイプの科学者を紹介しよう。この大聖堂から貧民街を巡り歩くような科学者ウオッチングの旅で,読者はプロとして活躍する優れた科学者に存在する共通点を見いだすだろう。

まえがき
本書の構想を思いついたのは、私が前に出版した「サイエンティストゲーム」の執筆準備中のことだった。この執筆のために十年にわたる調査を行った。その問に、同僚たちと交わした討論の中から成功した科学者のケーススタ一デイにもとづいた本のアイディアが生れたのである。そして、科学研究者として成功することは、科学を実践する喜びと大いに関係があるということに気がついた。
こんな簡単なことが科学の分野の内でも外でも、これまで誰にも問題にされたことがなかった。前に出した本ではこの考えを十分に述べつくすことかできなかった。そこで、私は科学で功績を残した人たちをよリ広い範囲で取リ上げた第二の本を書くことにしたのである。見本としていくつかの章を下書きして、信頼できる何人かの同僚に回し読みしてもらった。その結果は熱狂的とまではいかなかったが、良好な意見が返ってきて出版計画を続行する意を強くした、しかし、本のよリどころとはじめのアイデイアを確固としたものにするためには膨大な量の調査か必要であった、最良のデータやひらめさが得られたのは、研究者どうしの夜のカクテルパーティーの席上などか多かった。また、うんぎりするほど退屈な論文が発表されている薄暗い講演会場でうとうとしている最中にひらめいたこともある。しかし、本書のべ-スとなったのは、科学者たちとの詳細な会話を通して集めたものがほとんどである。この口頭情報収集には何年も要した。したがって、本書の内容は「統計的に完壁」とはいえないにせよ、定量的には十分な土台がある。
読めばわかると思われるが、この本は決して自伝ではない。これは、無邪気で、時には人の話を鵜呑みにしがちな一人の観察者が、科学界という自分の性にあった生息地にいる研究者たちについて行った科学者ウオツチングのお話である。これは、科学における成功の条件を述べたものだが、そのもとになったのは科学に功績があり、科学することを喜びとしているように見える人たちについての広範な詮索である。
この種の本は当然感覚に頼らざるをえないか、感覚は一人一人大きく異なるものである。これは、科学の世界の一人の住民から見た、成功と喜びかきちんと並べられた断面である。ほかの人が分析して類似点を見いだしたとすれば、偶然の一致であろう。
本書をつくるのにいろいろお世話になった科学者たちに感謝したい。彼らは物議をかもしそうな意見をおじけずにいってくれたが、お名前は完全に匿名にさせていただいた。彼らには、本書中の実例になってもらったリ、いつも夜中まで続く長い討論につきあってもらったリした。フロリダ州マイアミにて カール・J・ジンダーマン

目次
プロログ
第一部成功に至るには
1.さあ出発だ
はじめに、科学的方法についての「方法論」、研究のアイディアはどこから生れるか、実験と観測、結論と体系化、研究成果のコミニュニケーショシ、結論、文献
2.研究グループを成功させる
はじめに、論文発表にまつわる問題、同輩・同僚とのつさ合い方、結論
3.異動の対処
はじめに、台本の書換え、転職の動機、転職のさいの注意、
結論

第二部 科学のエリート
4.成功の外的特徴
はじめに、「成功」とは何か、「良い科学」とは何か、成功ゲームの組立、「クラブ」、「フラタニティ」、「ネットワークつくリ」、科学のエリートとエリート主義、結論、文献
5.科学者の「内面」
はじめに、科学的卓越の下地、ひらめきの重要な役割、喜び、
結論、文献
6.科学者が目ざすところ
はじめに、研究科学者、教育者の科学者、管理の科学者、官僚の科学者、政治家の科学者、実業家の科学者、国際的科学者、結論、文献
7.上り坂の女性科学者
はじめに、成功した女性、女性の強み、女性の弱み、「体制に圧力をかける」、女性科学者の「リスク評価」と「リスク管理」、管理職の女作科学者、職場での男女問題、結論、文献
8.科学におけ権力者像
はじめに、管理・執行権力者像、科学に根をもつ権力者、権力者像としての指導者、権力者像としての委員長、結論

第三部落ち目になると
9.科学の病理学ー論争と不正行為
はじめに、論争、不正行為、結論、文献
10.ものにならなかった科学者ー燃えつきる、存在希薄、敗北保証付
はじめに、燃えつさる、存在希薄、敗北保証付、緒論
11.老科学者と不減の名声の追求
はじめに、老いゆく研究者、老いゆく教授、老いゆく管理職の科学者、老科学者一五十歳以上一へ提案する「行動規範」、
救世主コンプレックス、「撤退症候群」、不滅の名声を求めて、
結論、文献
第四部 本業から離れて
12.研究所の外での科学者
はじめに、社会問題の運動家、専門家と証言する、政治の仲介をする、大衆を啓蒙する、結論
エピローグ
付録
訳者あとがき
プロローグ
一九七〇年代中頃に、科学者についての注目すべき本が二冊出版された。レイ・グッデルの、「目立つ科学者たち」Visible Scientistと、ハリエット・ヅッカーマンの「科学のエリート」Scientific Eliteである。クッデルの本は現代の八人の「周知の科学者」に焦点を絞ったものであり、一方ヅッカーマンのはノーベル賞受賞者を扱っている。しかし、この『成功するサイエンティスト』は、これとは少し違った科学者たちを取リ上げる、すなわち、有名ではないが、科学の各分野でたいへん優れた、卓越した才能をもち、プ□として幅広く活躍している人々である。前述の二つの本に登場するよリすぐられた例とは異なリ、この本で扱う優秀な科学者たちはあまリにも多いので、一番簡単そうなカテゴリーを記述することさえ、大変な仕事になる。「盲、蛇に怖じず」の諺を受け入れ、本書は成功した科学者の特徴と科学界の中に存在する楽しみと喜び(そして哀しみと著しみも)を浮彫にしよう。
本書に登場する科学者は優秀ではあるが、夜のテレビ番組に出演したり、ノーベル賞を受賞するところまではいかない、科学に対して意義深い貢献をしている人たちである、本書では、誰が、そして、いかにして「成功をなしとげた」かに焦点を絞る。その意味では,正直に、かつあからさまに「エリート主義」の立場にたつ。

科学的方法についての「方法論」
いろんな図表がはリめぐらさ杵た中学校の科学教室での勉強か始まるとき、疑いを知らない生徒たちに、科学者たちの仕事のやリ方を説明する常套手段として「科学的な方法」というのが、もちだされるのが常である。この「方法」は伝統的に憶えやすい(先生によって多少の違いはあるが)の一覧表になっている。
●仮説を設定する。
●観察と実験によって必要なデータを集める。
●データの解釈にもとづいて仮説を修正することもある。
●修正した説をさら一に観察と実験によって確かめる。
●使えるすべてのデータを体系化し、そして終了する。
●結論を発表する。
何と美しい方法の青写真だろう、何と秩序だった真理の探究法だろう。そして何というぺてんだろう。成功した科学者のほとんどはブロードとウェードの著書「背信の科学者たち」さらにはフェイヤアーベンドの論文「方法に逆らう」に見られる意見に同意するに違いない。すなわちただ一つの明確な「科学的方法」なるものは存在しないのである。そんなものは、哲学者が科学の研究の日常ついて、何の現実的な裏付けも持たずにでっち上げたものにすぎない、しかし,この成功した科学者たちは一方で科学的観察に共通な心の状態と問題解決へのある取り組み方があということにはたぶん同意するだろう、そして、これが科学の方法論の本質なのだ。共通な要素には、客観性(主観的な意志が許容する限りにおいて)、適切な制御が保証されていること、適切な統計手法にもとづいた冷静な解析、加えて試料の有効性の保証がある。結論は、そのよリどころになるデータを超えるものであってはならない。これは環境保護庁の「法的許容性」の歓迎すべき概念にほかならない。
1.William Broad and Nicholas Wade, Betrayers of the Truth(New York: Simon &Schuster, 1983、背信の科学者たち、化学同人1988
2.Paul Feyerabend, Against Method (London; Verso, 1975)
はとんどのプロの科学者にとって、現実はさちんとした教科書にある「科学的方法」よリもずっとぬかるみの道てあり、かつ道は一本ではない、方法と概念の展開と段階的改良を語ることは科学がいかに行われかについて納得のいく説明として、よリ受入れやすいものであろう。この過程は次のような要素を含む。
○アイディアとひらめきの展開;これは地平線から現れるはしめてのささやかなヒントから始まリ、何度も袋小路に迷った末、最終的に検証可能な記述に達する過程である。
○実験の計画の展開;「こうすればどうなるかちょっと見てみよう」という程度の粗っぽさから始まリ、詳細な、手順を踏み、装置に重点をおさ、どんどん複雑さを深める実験の連続を経て最後には絶妙で、確信のおける、しかし、一見簡単にしか見えない実演に終るという過程である。
○データ解析の展開;計算機による精巧なモデルの検定にいたる過程。
○体系化の展開;他の研究者の発表した緒論やひらめきを考慮しつつ、データ解析の結果にもとづいて行う。
そういうわけで、科学的方法とは思考の進行に伴って、次々と現れる段階であると考えると最もはっきりする。そして一つの段階は、決定的なひらめきが生じたことを示す折れまかリ点での大小の方向転換を介して次の段階につながっているのである。それはあたかも、迷路の作者がいなくなってしまった宝さがしのようなものである。(あるいは、少なくとも直接に教えを乞うことができなくなったといってもよい。)
ただ一つの「科学的方法」というものの実体についてこれだけの制限があることを認めさえすれば,すでに世に出た科学者の足跡を、前にふれた不安定な段階においてどうであったかをたどることは不可能ではない.それには、次のことをしらべなくてはならない。1)研究のアイデイアがどこから出たか、2)どのように実験と観察を行ったか、3)どんな結論を出し、それから何を構築したか、4)発見をどのように発表したか。

研究のアイディアはどこから生れるか
研究のアイディアの中には、独創的でまったく新しいものも存在するが、科学の進歩の多くは決して常に独創的な考えに依っているわけではない。それはむしろ、空白をうずめ、データのギャップを補損し、部分的に完成したモザイクの小さな未だ欠けたところをうずめることに負うところが多いのである。先にもふれた著者の協力者であリファカルテイクラブのバーでの友人であるJ・C・サンダーランド教授は、かつて一度、近づきになったはじめの頃、私のために、初心者用アイデイア出所一覧表をつくってくれたことがある。彼は物事がよリ単純だった、ずっと前に消滅した科学の世界に根をもつ人てあり、また、たいへんもったいぶっていろいろと「のたまわる」人物ではあるが、彼のいおうとするところは今でも当を得ている。
○大学院学生にとっては、アイディアの源はまず指導教官である。指導教官の中にはアイディアをたくさんもっている人がいて、また先輩の大学院生もそれを十分に取りあげたので少し棚ずれしているかもしれ古いが適切にみがきをかければ宝石級になりうるアイティアか残っていないわけではない。教授のアイディアは往々にして自分の進行中の研究から派生したものであり、そのごく一部が学生に分けられ研究対象になる、
○セミナーや専門的な会合の論文集などは、他人の結論やアイディアから推し進めて新しい研究を考えつくのにたいへん良い源である。科学が議論されている場にいるというだけで、思考の機構が働き始めることがよくある。このときの思考の中味は時として識論の主題と奉ったく関係ないこともある。
○関連分野での新発見についての新聞報道や通俗雑誌の記事を読むことが、研究のアイディアにつながる一連の思考のきっかけになることがある。
○文献をさがすさいや、講義やセミナーの準備をするとき、手持ちのデータには何が欠けているかかはっきリすることがある。このことからよリ突っ込んだ研究を思いついたリ、さらに進んで新しい研究を提案するところまで行くことがある。
○机の上に白紙の束以外の何も置かないこと。これか、多くの人々にとって、将来の研究について考えをめぐらすことを刺激する優れた方法の一つである。
○学部学生の発する答えようのないばかげた(あるいはばかげていないのかもしれないが)質問が、一連の科学的思考を始動させることがよくある、
○大衆向けの講演やパネル討論において、企業人や主婦や、活動求グルーつの代表がめんどうな質問をしかけることがある。これに対してまともに答えられず「わかリません。考えてみます」と返事することがきっかけになることもある。
○夜、仲間との一杯やリながらの議論から,現存のデータのどこが抜けており、どこに矛盾があるかがはっさリすることがある、これらはすぐに補充したり、修正したリしなければならない。
●窓を通して雨にぬれた十一月のキャンパスの風景をぼんやリ眺めているとさ,あるいはまんじりともせずにむかえた憂鬱な早朝に{きわめてまれだが)突然のひらめきの、本物の、「ユリーカ挿話」が起きることがある。

実験と観測
○長期であれ短期であれ、研究計画もしくは戦略をもつ。
○どこに最前線があるのかを知るために、外国雑誌や抄録を含む文献をよく読む
○耐えられないほど長い時間をかけずに解決でさそうに見える、重要な問題を選び出す。考えられる限りの仮説を考慮し、その中で最も本当らしい一つについて検証することから始める。定量的な研究の開始前に、技術面やその他で何が不足であることをはっさリさせる。そのための試験的あるいは予備的な研究を行う。
○必要以上のデータを集める。ただし、何か統計的に有意義な試料であるかをあらかしめ決めておく。
○個人的な研究にあリがちな「無意識の身びいき」を避けること。そうでないと一組の結果を評価するとき都合の良い特定の一つの結論だけに有利な実験やデータに不当な重みかかかることになる。
○実験にとって反復性が基本であることを銘記する。再現性を欠く実験結果は、外的な、あるいは制御不能な要素が人リ込んでいると考えるべきである。
○実験の最終場面はゆっくりと現れるものである。これが最初の扉を開けたとたんに飛び出すことはまれである。
○複数の研究室が一つの問題の解析に携わっている場合には、相互間の較正と、手法の標準化が必要であることを絶対的なルールとする。
○否定的な結果の比重が増大する場合には仮説を修正あるいは破棄する覚悟をしてお<。たとえその仮定が自分のペットのように気に入っていても。強いて問われれば、これらの指針のリストか、測定や観測の自分のためだけの尺度として少なくとも心の中に存在することは、大多数の科学者が認めるところであろう。これらの指針がアイディアと、実在の検証の問を結ぶ重要な役目を果すのである。

結論
これまでプ□の仕事の世界についていくつかの要素を述べようとしてきてわかったことは、結局、多大の努力と、よリ多くの型通リの作業が大切であるということである。では、本書のカバーに広告した科学の喜びはどこにあるというのかと思われる読者がいるかもしれない。この素直な質問に対す答えは次のようである。科学を業とするときの初期段階にあっては、何よりも身を粉にするようなつらい労働をすることこそが大切であり、その働きが勤勉にかつ溌剌と行われたのであれば、結果としてここにいう喜びにつながることがあリうる。喜びは必ずしも早々と、あるいは容易には手に入るものではないが、しかし結局は人の手に落ち、賞味されるために存在するのである。経歴を磨いていく過程の初期には次のような事柄が重要であることはすでに知られている。
●計画に対する全力投球.
●並以上の洞察力。
●実験室や研究室の長く、時には孤独な時間。少なくともその一部は頭を働かせるのに使うこと。
●実験計画を綿密に立て、何度も練りなおすこと、
●データーの統計処理に悩みぬくこと
●雑誌や、別刷や、専門書を絶え間なくほとんど強制的に読み続けること一

2.研究グループを成功させる
はじめに
グループの指導者の任務は研究の計画をたて、その各部分の責任者を選び、研究k結果を解析することで表面的には、十分のように思える。しかし、成功した科学者にとっては、これは一人一人ばらばらな主張とくせと能力を毎朝研究室にもちこんでくる人々との、複雑で途切れることのない人間関係の単なる枠組にすぎないことが、とっくにわかっている。ポストドックはもっと良い職があれば急にやめてしまうし、大学院学生はアパートから追い立てを食うし、肝心の装置はしょっちゅう故障するし、どうしても必要な品物が届かなくて同僚から借りざるをえなくなる。このような日常的な内部的危機に重なるように、補助金の視察団がやってきたリ、大学当局が予算上の失策をしたり、監査にきたり、学部学生の採点があったり、配偶者が自家用車をこわしたリする。こんな大うずまきのような大混乱の中で有意義な研究がどうしてでさようか。答は、たいへん難しい。
大学の研究グループと長年にわたつての気楽な、あるいはもっと親密なつきあいでわかったのは、彼らの運営方法はその特徴を明確にできないくらい、個性的である、といいことだった。わずかだがいくつか見られた共通点は、すでに確立された手順と強く結びついた、格式ばらない気安さであろう。
この二つの結びつきは奇妙ではあるが実行可能である。研究の代表者はサーカスの団長に似ている。面倒が起きそうな芽を常に心を配って摘みどり、同時に平穏さと良い効果を演出する。生来の能力と習得したテクニックが一つになり、うまく行くと優秀なプ□の姿が凡庸の群の中から浮び上がるのである。
多くの成功例の裏には、優秀で忍耐強い技官と実験助手(男であれ女であれ)の存在があることは、科学者にと⊃て周知ではあるが、注意深く隠されてきた事実である。ほとんどの技官は、聞かれさえすれば、科学者が成功するのは彼らからなる支援グループがあるためだと、断言するだろう。もしこれが事実とすれば、技官と助手をうまく選び、適切に能力を認め、毎日接触することが、科学を業として成功するための最大の重要事項となるはずだ。それにしても、科学者がこの自身の成功の基盤の中の決定的な部分についてかくもしばしば無知であり、意を用いないのはなせだろうか。

○技官は研究の正当性とか目的などに関してよく教えられていて十分な知識をもっている○進行中の実験の勤務時間外の点検の義務を皆であまリ不満がないように分けあっている○一連の、特に苦労した実験か終ったら、紙コップのシャンパンで一杯やる
○研究の中心人物が頻繁に、かつ長期の不在でも、研究がどんどん進む
○秘書でも試験管が洗えるし、技官でもタイプが打る。
○昼食時に目を通す科学誌が実験机の上に山積みされている。
○定期的に気の張らないセミナーが行われる。
○客員研究者が、日常的流れに容易に溶け込める。
ピード教授は、技官と研究助手の選び方が多くのプロにとってしばしば問題になることを認め、有給助手の理想として「科学の素養があリ、天才に近い知能指数を持ち、装置の使い方と保守の訓練を受けており、コンピューターに強く、一分間一二〇語のタイプ能力があリ、外部に対して義務をもたず、精神的にゆとリがあリ、人生を常に前向きに見通している人物」をあげている。もちろん、そんな人に会ったことはないと、彼はただちにつけ加えた。しかし、長い研究生活の中では何人かの優秀でひたむきな助手がいたことを認めないわけではないと主張した。

同輩・同僚研究者とのつき合い方
○情報網をなるべく早くつくり、常にそれを大きくすることを,ほとんど義務にすべし。研究上の事柄について同僚たちとの情報の交換は、はじめは手紙を出す一方になるにしても、全力投球すべきである。
○学科内のメンバーと緊密な、相互扶助的関係を保っておくことが望ましい。
○協同研究を発展させることは,それかもし注意深く計画されてさえいれば、成功への道にとして有用である。「気が合う仲間」つまり、自然に気心か通じる、何人かの優れた科学者との仕事の上での緊密な関係を重視すべきである。その場合、各人の貢献度がほぼ同じであり、お互いが相互利益になると認めなければならない.
○向上心のある科学者は、専門的会合を最大限にいかし、同僚たちとの注意深く演出された舞台として利用する。
○研究計画や、論文の原稿について内内に意見を同僚に聞くことで彼らに参加意識を味わせ、力があるという気分にさせることができる。(ただしこれはあまり頻繁にやったり、負担をかけすぎたりはいけない。
○科学界内の情報交換は重要であるが、研究に関するアイディアが討論でそれを知った同僚が時には無意識に自分の研究に使ってしまうことある。そういう討論の場でアイディアを過剰に保護しないようにするのは難しいが、経験則からいうと、危険は気にせずに、自分が相手から受け取るのと同じ程度、あるいは時にはそれ以上のものを相手に与えるのがよい。
この経験則の「糸」として、アイディアは一度、口にしたら最後、それを自分だけのものにしておくことは不可能であり、その瞬間からそれは公共物であるということがいえる。このため、科学者の中には、自分の最上のアイディアは決して人に漏らさなくなる者もいる。
○年上の同僚とのつき合いには技巧と注意深さが必要である。厚かましい成リ上リ者とか、日和見主義者などと彼に受けとれてはならない。少し未熟ではあるが物知リで頭が切れる同僚だと思わせるのが分別のあるやリ方である。
○科学上の討論ではどうしても、自分が得意でかつ興味をもっている分野の方へ話を持っていきたがるし、また聞くよリも喋る方にまわろうとする傾向がある。このくせはやめるべきである。同僚は、彼らの得意なことと彼らの研究計画を話したいのである。彼らにとって他人の発言を聞くことは二次的な興味でしかない。

4.成功の外的特徴
成功を収めた状態に達成するための要素のいくつかの共通点が見えてくる。それには以下にあげるものの一部か、あるいはすべてが含まれる。
○一つの専門分野で本質的に新しい研究をする。
○その分野における最も定評のある雑誌へ精力的に投稿する。
○しっかりした権威ある、みごとなレビューや専門書を出版する。
○専門分野で、アイディア、概念、解析、体系化などで重要な貢献をする。
○ワークショプやシンポジウムヘ身のある参加をする。
○学会や会議での内容のある口頭発表をする。
○良い大学院生を魅きつけ、彼らを一人前の科学者に育て上げる。
○活発な同僚たちとの仕事および個人的な人問関係をつくり、それを保つ。
○委員会・非公式なワークショップ、あるいはこれらの類の集団活動で重要な役割を引き受けるという本能に近い能力をもつ。(これは、部分的には科学者としての信頼性、問題に対する情熱、他者の権利に対する注意深い配慮などから生じるものである。)

成功した科学者たちに見られる特徴には、共通なもの、か存在するように思える、それには以下の各項のいくつか、あるいはすべてが含まれる。
○同僚たちから尊敬をかちとっている。よく考え、よく創造する人物として彼らの間で信頼を得ている。
○細分化された分野に必ず存在しているが、その実態がはっきリしていない「内輪のグループ」に受け入れられ、その中で活動する。
○学会の役員に指名もしくは選挙され、長期にわたリ理事会や常設委員会に貢献をする。○シンポジウムにしばしば、かつ永続的に招待されて座長を努め、講演をし、あるいは重大な発言をする。
○全国的な、あるいは国際的な会合、ワークシュップ、ワーキンググループ、会議、シンポジムなどの座長としてときどさ招待、もしくは指名される。
○雑誌の編集委員になったり、また(まれに)科学雑誌の編集者として活躍する。
○グループの指導者、部門の責任者、研究所などの研究管理職に採用される。

成功ゲームの組み立て
「クラブ」;科学の学会や、より小さな集合における本当の「内輪の人々」
「フタタニティ」;頭の良い、声の大きい助教授とポストドックたちが大部分を占める「クラブ」のジュニア版
「外野」;いま問題とされている事柄にかろうじてかかわっているか、あるいはその種右辺にいる科学者たち
「たまたま立ち寄った人々」:管理職や、事務官やコンサルタントや学部学生の寄せ集め
<科学的卓越の下地>
○ひらめさの深さ
−データが集まり、何らかの新しいことの明確なイメージが浮かび上る。滅多にない輝かしい瞬間をつかまえる。
○概念を考え出す
-雲海のようなデータからその上に首を出し、
-巨大なジグゾーパズルの数片を論理的につなぎ合わせ、全景のつじつまが合うように見通しをつける。
○理解への本能的衝動
-部分的な答には不満であるが、しかし,
-使える方法論の限界を認識かつ容認し、
-たとえ進歩が遅く見えるときでも「探究への情熱」を保持し続けること。
○意志カとエネルギー
ーほとんど終りのない実験と反復実験を遂行し続け
−さらにもう一つの実験と反復実験をつけ加え、あるいは、もういくつかの野外観測を行い、
−急速に増大しつつある学術誌からの混沌とした情報を、読み、消化し、同化すること。○判断
-情報の重大なギャップがどこにあるかをはっさリさせるために問題の分野を調査し、
−力の及ぶ範囲にあり、解決ができそうな研究課題を選択し、
−適切な質問を設定し、
−長期、および短期の研究対象を決めること、
○実験計画がエレガントであること
−論理的かつ美しい研究計画をつくり、
−進行中の研究上の問題の解決に斬新な溌想をもつ。
○見通
−現在の実験や観察の先を読み、未来のよリ広い応用の可能性を考え、
−結果をよリ大きな背景に適合せるとすればどこであるかを把握する。
○柔軟性
−多くの事実がそれを示唆するとき、方向転換をする、
○完璧な誠実さ
職業的活動のどの面においても「強制されなくても誠実である」という感覚をもち続けること、手続きや行動に付して、それに従わ余ったために起る結果をおそれてではなく真に自発的に従う。
○寛容さ
-建設的な批評を受入れ、感謝する。
○備えある心
−バックグランウンド的な情報を評価し、吸収し、その上で、
−アイディアや結果を口頭あるいは著作で非常に上手に発表する

<燃え尽きる>
研究活動か活発な研究者の中で特に燃えづき症状になりやすい人は「ワーカホリック型」研究者である、この人たちを概括することは困難であるし、価値判断を下すことはよリ離しい。だが仕事と仕事に関連したことでほとんど頭が一杯で、そのほかに何の楽しみもない人たちがワーカホリックになりやすい。つまり、
・夜も家にいるよリ研究室にいることを好み、家にいても学術雑誌や論文原稿にうずもれている人。
・社交の場でも研究と研究結果(特に自分の)以外の会話ができない人。
・自分よリ研究成果が活発でない同輩に社交的にぎこちないとか無神経だと見られている人。
このような人たちの中から最高の研究成果、論文、概念などが生れるのだから、彼らを気の重な人だと思ったり、軽蔑したリしてはいけない。一般の社会的な価値観と比較すると彼らの価値観はゆがんでいるように見えるとしても、彼らが科学に没頭する楽しみは本物である。今回の調査で明らかになった大事なことは、かなりの数の有能な科学者がワーカホリックに近いか、みずからワーカホリックだと認めていることである。自分がそれと気がつかない人もあれば、そのことが欠点であるかのように弁解する人もいるし、それを自認し、そう見られることは喜ばしいという人もいる。この最後のタイプの人は全生涯を科学に捧げずに良い研究、ができるはずはないと思っている。この人たちは、正常な家庭生活を送り、趣味や社会の事柄に興味をもっている同輩を疑いの目をもって見る。彼らはまた期待していた報酬、特に同輩たちから寄せられる尊敬の念と賛意が得られない場合に燃えつきやすい。

<老科学者(五十歳以上)へ提案する「行動規範」
仕事に関する選択権が消え始め、体制が「自分の玩具を一つ一つ取リ上げて」行き始める人生の曲リ角にきたときには、活発な研究者は新しい行動原則つまリ「老科学者宣言」に従うことが必要になってくる。この宣言には次のような要素があると考えられる。
.昨日の成功や報酬は昨日の新聞程度の価値しかないという現実を受け入れる。
.人生のどの時点をも人間的成長、変化、そして月並なことからの解放のときにする。
.懐古主義を捨てて、五年前にやったことはもうしない。
.大抵の事態に対処する最良の態度は積極的な態度であることを忘れない。
・「昔はこうした」とかそれに類した発言をしない。
・昔、自分が定めた科学者としてのゴールは今からでも達成できると信じる。
・聞かれさえすれば助言はするが、「相談役」的な職種は避ける、さもないと窓際族になる。
・グルーブに最近に一人ってきた人や最も優秀なメンバーと有意義な科学的な会話を何らかの形で続ける。
・年長者だからという理由だけで不当に威張ったり、あるいはその逆に引っ込み思案になってしまう傾向を避ける。

<付録>
アメリカの総合大学は一般に理事会(board of trustees)、学長(president)、学務長(provost)、部局長(dean)、学科主任(chairman,head)と組織されている、財務担当の副学長がいる大学もある。アメリカでは日本の医学部、法学部、建築学科などに対応する部局は皆学部卒の学生でなければ入学できないので、それぞれでschoolとよばれている(medical school)。各スクールの長はdean で、大学院(graduate)は人文、科学の分野をすべてを含み一人のdeanがその長となっている。
教官の地位は教授(professor)、準教授(associate professor)、助教授(assistant)と三つあり、大学によっては講師(lecture)というさらに低い地位もある。終身在職権(tenure)とは、特別な理由がない眼リ解雇されないという権利で、日本では助手を含めすべての地位の教官に与えられているものである。しかしアメリカでは一般にすべての教授と多くの準教授は終身在職権をもつが、助教授にはない、終身在職権をもらうことは、アメリカの大学の教官にとっては大関心事である。ある年限大学に勤務して終身在職権をもらえなければ解雇される。これらの教官の給与は九ケ月間は一般に大学から支払われるが、夏休みの三ケ月は自分の研究費などから給与がとれる。助手・ポストドック(research associate, postdoctral fellow)、技官(technician)、大学院生など研究に携わっている人たちの人件費は、その研究の責任者の教官の研究費からまかなわれる。
研究費がなければ大学院生もとれないから政府機関などから研究費を独得するために多くの努力が注がれ、また研究費を維持するために研究成果を上げることが不可欠である。助手は一年契約で雇われるが、一般には三年くらいは一箇所で仕事ができ、中には上級研究者(senior research associate)、研究教授(research professor)といった年限がない教授待遇の人もいる。「金の切れ目が縁の切れ目」で研究費がとだえればこれらの人たちは解雇される。理系の場合は学部の授業の一部や、宿題、試験の採点などは大学院の一、二年生がすることが多く、彼らはteaching assistant とかteaching fellow とよばれる。
訳者の略歴
山本祐靖すけやす
東京大学理学部物理学科教授。PhD.1995年エール大学卒業、1959年同大学大学院博士課程修了、1959年よりブルックヘーブン国立研究所、マサチューセッツ大学準教授を経て、1969年より東京大学理学部助教授を勤め,現職
小林俊一
東京大学現学部物理学科教授、理学博士。昭和37年大阪大理学部物理学科卒業,昭和42年同大学大学院理学研究科博士課程修了。東京大学理学部昭和43年助手、昭和47年講師,昭和50年助教授を経て昭和60年より現職。
成功するサイエンティスト
ー科学の喜び一
昭和63年6月25日 発行
平成2年5月15日 第7刷発行
発行者海老原熊雄
発行所丸善株式公社