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2001-02-12 「欺瞞の日」、ロバート・スティネット、3200円

昨年12月19日に通信販売のアマゾン.コムにオーダーがこの1月30日に我が家につきました。船便で40日ですからまあまあです。「欺瞞の日」ロバート・スティネット、1999年 Day of Deceit: The Truth About FDR and Pearl Harbor,Stinnett, Robert B. Hardcover $20,80 送料$5.95合計$26.75 x120円/$=3200円

ルーズベルト(FDR)が真珠湾攻撃を予め知っていたというドキュメンタリー小説であり、かなり話題になっている本で、日本でもそのうち翻訳が出ると言われてます。事前にインターネットでおよその内容を知っていたのですが著者の、しつこく、これでもかとFDRの真珠湾を奇襲させるために手段をつくしていたことを例示するのには、感心しました。逆にどうしてこんな明白な事実が今まで明らかにされてこなかったのかが不思議なくらいです。日米ともに奇襲攻撃が成功したと言っているほうが、真珠湾は米国にとって聖地であるし、日本には輝かしい隠密作戦勝利であり望ましかったからでしょうが。FDRが相当な策略家であり、またマスコミ対策を最重要視していたことが目につきました。キンメル提督は初めから徹底してカヤの外におかれ、後で職務怠慢で降格されたのですから、厳しい世界です。スティネットの力作、多くの資料分析や暗号解読に重点がおかれ、一般受けする本ではないと思います。

<要約>
Preface
太平洋戦争のベテランとして、50年間にわたり米国民が事実を隠されてきたことに怒りを感じるが、一方でルーズベルト大統領が、孤立主義の米国を自由のための戦いに参加させるために迂回手段をとらざるを得なかったことが理解できる。

1. The Biggest Story of My Life

1941.12.8、1 am CBSラジオ記者ムローは、ホワイト・ハウスで大統領と25分会見して戻ってきたばかりである。妻に、生涯で最も大きな話を聞いたが、それを忘れるべきか言うべきかわからない、と言った。

12.7 夕方、ムローとドノバン(後にCIAの前身OSSの創設者、1953年にはタイ大使)は大統領と深夜に合う。12.7は大統領は、議会での演説"Day of Infamy、不名誉な日"の草稿を書いていた。ドノバンが後に側近に洩らしたことによると、大統領は2人に公衆の反応を主に尋ねた。大統領は攻撃を歓迎しているようだった。

大統領は真珠湾には事前に攻撃がまじかだと警告していたと言う。

(訳注;この章は大統領が2人に事前に真珠湾攻撃を知っていたことを打ち明けたのではと示唆するもの)

 

2. FDR's Back Door to War

(1940年9月日独伊三国軍事同盟締結)

1940.10.7付けの、海軍情報部極東デスクのヘッドのLieutenant Commander, Arthur H.McCollumの書いた、日本を米国に対する戦争を仕掛けるように挑発する行動計画が存在する。マコーラムは1998年に日本で生れ、日本語を理解し、在日大使館の海軍武官ともなり、1923年には皇太子にチャールストンのステップを宮内庁の要請で教授した。

 

October 7, 1940

A. Make an arrangement with Britain for the use of British bases in the Pacific, particularly Singapore.

B. Make an arrangement with Holland for the use of base facilities and acquisition of supplies in the Dutch East Indies [now Indonesia]

C.Give all possible aid to the Chinese government of Chiang Kai-Shek.

D. Send a division of long-range heavy cruisers to the Orient, Philippines, or Singapore.

E. Send two divisions of submarines to the Orient.

F. Keep the main strength of the US Fleet, now in the Pacific, in the vicinity of Hawaiian Islands.

G. Insist that the Dutch refuse to grant Japanese demands for undue economic concessions, particularly oil.

H. Completely embargo all trade with Japan, in collaboration with a similar embargo imposed by the British Empire.

 

3. The White House Deceides

共和党大統領候補 Wendell Willkieが数%差でFDRを追いあげる。結局、

1940.11.5に選挙結果、429:51でルーズベルトが3選勝利。1940年11月、マコーラム8項目案の1ヶ月後に、日本海軍は真珠湾攻撃計画に着手。

1941.1.27、グルー駐日大使からハル国務長官宛に、日本が真珠湾攻撃を計画しているとの噂をペルー 公使から聴いたと伝えられる。

 

1941.1.30、松岡洋右外相から在米大使への訓令、「最近の日米両国の関係が悪くなっており最悪の場合に備えてプロパガンダ活動から、情報収集活動への転換」を命じる。

日本の政策は大東亜共栄圏という円に基づく経済ブロックをを設立することであった。

 

1941.1.31、ギャッロプポールの調査では、リンドバーグのヒットラーと平和について交渉せよとの提案には79%の米国国民が反対であるが、一方で88%が米国が欧州の戦争に介入することに反対であった。

 

1941.2.1、マコーラムはハワイのキンメル提督に真珠湾攻撃の噂は根拠がないと報告。(キンメルは、米国の解読した日本のパープル暗号の内容も伝えられなかった)

 

4. We Are Alert for an Attack on Hawaii

5. The Splendid Arrangement

6. The Outside Man

7. All Clear for a Surprise Attack

 

8. An Unmistakable Pattern

1941.7.1、日本商船が世界から引き上げることが米国情報機関により検知される(戦争時の輸送用に転用するため)

 

9. Watch the Wide Sea

1941.11.17、グルー駐日大使はワシントンに日本の海軍による急襲が近いことと警告する(海軍武官夫妻が瀬戸内海を観光旅行して演習を偵察した結果)。

これに対して、米国海軍は、北大西洋を無人(Vacant Sea)とする命令を出す。

 

10.A Night with a Princess

1941.11.15、マーシャル参謀総長は、新聞関係7社を招いて極秘のブリーフィングを行い、日本の暗号を解読していること、12月の始めに日本との戦争が始まることを知らせる。この情報はキンメルとショートには伝えられない。

日本の第一航空艦隊が11月26日から12月8日まで完全に沈黙を守っていたとされるが、それは間違いである。米国は発せられる無線を傍受していた。

1941.11.28、米軍が、緊急警戒警報を各司令官に出すがが一般住民には知られないようにせよとも命令。

 

11.War May Come Quicker Than Anyone Dreams

12.The Japs Are Blasting Away on the Frequencies

 

13.A Pretty Cheap Price

1941.11.28から12.6までに傍受された7通の日本海軍の無線から、日本が戦争を真珠湾で開始しようとしていることがあきらかであった。

1941.11.26ハル国務長官ノート(対日通告。中国からの日本軍撤退等要求)

 

14.This Means War

1941.12.6、9:30 pm 東京から在米大使館への訓令の13通が大統領に届けられ、10分間で全てに目を通し、これは戦争を意味する、とつぶやく。

1941.12.6、(土曜日)ワシントン時間5:00AM、ハワイ時間11:30 pm、東京から在米大使館への訓令(宣戦布告の手渡す時間、7日午後1時(ハワイ時間午前7:30)と14通目)の傍受と解読。それを聴いたルーズベルトは何も行動せず、マアーシャル参謀総長も、12.7 日曜日9:00-11:45に連絡役Brattonが面会したが時間かせぎをして、ぎりぎりまで警告を各司令官に出さない。

 

15.The Escape Was North

2001.12.7 日本軍の真珠湾攻撃により2476人の米国人が死亡。第一航空艦隊の6空母の414機が2波(第一波は7:53-8:25 am)の攻撃に参加。

 

Epilogue: Destroy Anything in Writing

1941.12.8、月曜日、マコーラムの挑発行動計画F、艦隊をハワイに移動、は真珠湾奇襲により成功した。その結果米国民は団結した。軍への志願者が陸軍、海軍の前に列をなした。孤立主義者のヘンリー・フォード、リンドバーグ、新聞王ハーストらが, Remember Pearl Harborの叫びに加わった。

しかし、共和党を中心にハワイの失敗は軍人だけのとがではない、との非難の声があり、ロバート委員会が設けられ,1942.1.24に報告書を提出。「責任はキンメル提督とショート将軍の職務怠慢。日本の成功は、日本軍は極東で攻撃を開始するとあらゆる米国人が思い込んでいたから」

1941.12.11から、真珠湾攻撃以前の傍受の情報を破棄するように海軍高官の命令が出されていた。

 

Preface

1. The Biggest Story of My Life

2. FDR's Back Door to War

3. The White House Deceides

4. We Are Alert for an Attack on Hawaii

5. The Splendid Arrangement

6. The Outside Man

7. All Clear for a Surprise Attack

8. An Unmistakable Pattern

9. Watch the Wide Sea

10.A Night with a Princess

11.War May Come Quicker Than Anyone Dreams

12.The Japs Are Blasting Away on the Frequencies

13.A Pretty Cheap Price

14.This Means War

15.The Escape Was North

Epilogue: Destroy Anything in Writing