龍神シリーズ第3部第1章小話集

その20、スケープゴート

(お題・028 千と千尋の神隠しより)

 

「何?」

ただでさえ雲の上の神々を前にして、

戦々恐々の心持でいたというのに、

主の用件を伝えた瞬間、上位神たちが放った気に、

龍神の使いたる木霊が、思わず失神しそうに

なったのも無理はないことであろう。

つい先年の出雲の集いで、正式に神の一員として

二ギハヤミシルベノコハクヌシの臣籍に名を連ねたばかりの

豊吾田津玉尊(とよあたつたまのみこと)は、

辛うじて意識を保つと上位神の

顔が目に入らないように平伏したまま、顔を伏せた。

 

例年のごとく、今年も神無月の一日より出雲の集いが開かれている。

もちろん、八百万の神々すべてが集うというわけではないが、

主だった名のある神々は、必ずこの集いのどこかに顔を出して

秋津島の一年の計を図るのが神代からの不文律であり

出雲の集いというのはそういう意味で、秋津島の神々を

結ぶ絆であり、また枷(かせ)でもあるのだ。

崑崙のように天帝を頂点に力がある神々ごとピラミッド型の

階層世界となっているわけではない、秋津島の神々は

己自身が己の主であり、神力や神格、あるいは

守護地の大小に関わらず神と神の間柄は対等のものである。

もちろん、契約によって力ある神の臣に下ることを選ぶ

神もいるが、基本的にはその関係も自由意志による

対等な立場にたったものであり、契約を結ぶも破棄するも

(建前上は)それを選ぶのは神自身によるものなのである。

唯一例外は、上位神と呼ばれる地、水、火、風、空を司る

神々の代表たる5柱の神で、八百万の神々の

まとめ役として別格の力と権力を有している。

その上位神を選ぶのは先代の上位神であり、

また、八百万の神々すべてでもある。

独裁的な力を有する神がいない代わりに

上位神の意向は、その分尊重され

異を唱えることは許されていないのだ。

もっとも、上位神とはいえ、有無を言わさず他神を従わせる

ようなやり方は、秋津島の神のとる道ではなく、

それこそ非常時でもないかぎりありえないことではある。

権力は権力として発揮してこそ意味があるとしている

崑崙や竜宮などとは、その存在のあり方からして

まったく異なっている世界なのだ。

我のほかに神は無し、と言い切るような

強力で傲慢な唯一神がいない稀有な国。

ゆえに、この秋津島にはいまだに人間社会の中に、

太古から続く古い神々への信仰の形跡が

継承されているのだともいえるのかもしれない。

そうして、ここはそんな八百万の神々の集いの中で

話し合いで解決できなかった懸案を上位神が最終的に

決定する、いわば、秋津島の最高決定機関なのだ。

まだ、神になって1年足らずの若い若い木霊出身の神にとって

普通ならば立ち入ることさえできないはずなのであった。

 

そんな木霊を睨みつけている火の神と風の神を牽制するように

水の神たる翁神は、優しげな声で豊吾田津玉尊に話し掛ける。

「それで、3年と申したか。」

「はい。」

「来春より、向こう3年の潔斎に入るゆえ集いに欠席すると?」

「御意。」

「ふむ。」

そんなやり取りに業を煮やしたのか風の神たる天駆嵯祁李男尊

(あまはせさぎりおのみこと)が、強引に口をはさむ。

「何を考えての事か。あやつは、東の竜宮と盟約を結んだ

というではないか。その申し開きもせず、欠席とな。」

火の神である金床耶迦具土彦穂弟命

(かなとこやかぐつちひこほでのみこと)も、憤慨した口調を

隠そうともせず顔を真っ赤にして続ける。

「それだけならばまだしも、やつが竜宮から連れ帰った

竜どもをいかがするつもりか。秋津島に置く以上は

神籍に名を連ねぬまま、かって気ままなことをされては、

秋津島の理を崩すことになろう。この集いで神々に

披露せねば余計な憶測をよぶことにもなりかねぬ。」

「其れにつきましては・・・・」

玉が、顔を伏せたまま小声で言いかける。と、

「よい。面をあげよ。あやつの勝手は今更なことじゃ。

そちを咎めようとは思わぬゆえ、言いたいことが

あれば、率直に申すがよい。」

翁神は怒れる2柱の神を目で抑えるとこの場を取り仕切る。

玉は恐る恐る顔を上げると、

地の神である白神姫尊(しらかみひめのみこと)が

励ますように頷いているのが目に入った。

それに励まされたかのように一つ息を吐くと、

主の言伝(ことづて)の続きを伝える。

「カァ・ウェン、ツェン・ツィ、ゲイ・リー、ヤ・シャの各閣下に

おかれましては、潔斎に入られる主の変わりに

標道と森の守護につくお心積もりでおられます。

主といたしましては、いずれ、潔斎が終わりました後に、

正式に秋津島の神籍に入れたいとのことでございましたが、

一応形式を整えるために、主の眷属としての扱いを

認めていただきたいと申しておりました。」

「ふむ。」

考え込むような翁神の右隣に座っていた空の御方である

天津旭高日子旭日昇天空姫の命  

( あまつひこひこきょくじつののぼろあめのそらいひめのみこと)

が、突然くすくす笑い出した。

「あさひ殿?」

「翁様、認めて差し上げませ。あれらは一応竜族でありましょう?

翁様の籍に入っているニギハヤミシルベノコハクヌシの眷属で

あるならば翁様の手の内に入られたも同じではありませんか。」

「ふむ。」

そうして、輝く朝日のような顔(かんばせ)を風の神と火の神にむける。

「竜宮との盟約も水晶宮4天王であった竜神を眷属にするも

あの子にとってはたいした意味を持つことではないのでしょう。」

「ゆえに、申し開きの必要など考えもしなかったのでは?

あの子の思考と行動の第一義を思い出してごらんなさいませ。」

そう言うとくすくすと笑い続ける空の女神に、

毒気を抜かれたように風の神と火の神は顔を見合わせる。

「玉ちゃん。」

「は、はい。」

大きな羽根つきの扇子を優雅に揺らしながら

真紅と金のチャイナドレスに包まれた足を組むと、

相変わらず奇抜なファッションを好む白神姫命は

木霊出身の神に声をかけた。

「ちーちゃんは、お元気?」

「・・・はい。」

「それで、当然潔斎にはちーちゃんも一緒に入るのよね?」

「はい。」

「そう。ならば、いよいよかしらねぇ。あさひ様?」

「あなた様もそう思って?」

ええ、と訳知り顔に頷きあっている女神たちに、翁神が口を挟む。

「姫君方には、このたびのわけがおわかりか?」

白神姫命は扇で口元を隠しながらふふっと笑う。

「ねえ、翁様。シルベ殿がちーちゃんを娶って100年ですわよ。」

そうそう、というように空の御方も頷くとしみじみ呟く。

「あの子の覚悟もやっと定まったのですわねえ。」

「あら、あさひ様。わたくしはシルベ殿がちーちゃんの

おねだりに負けたのでは、と思いますわ。」

「そうかしら。まあ、千尋自身が口にしたのであれば、

否など申せるはずもないけれど、それでも、それを受け入れる

ことができるほど成長したようで、わたくしも嬉しいのです。」

「あさひ様はシルベ殿をまるでご親族のように

思われていらっしゃるのですね。」

「そう、ね。できの悪い弟といったところかもしれませぬ。」

ころころと楽しそうにおしゃべりを続ける女神たちに

風の神たる天駆嵯祁李男尊が首をひねりながら訊ねる。

「結局、どういうことなのです?」

女神たちは3柱の男神に鈍いわねえ、といいたげな

眼差しを送ると、玉に話しかける。

「玉尊(たまのみこと)殿。そう、なのでしょう?」

「・・・主のご真意は私などには分かりかねます。」

「た〜まちゃん?シルベ殿に口止めされてる?」

「い、いえ。」

「いいのいいの、わかっているから。

ちーちゃんにがんばってと伝えて頂戴ね。

あ、そうそう、そなた、出雲の帰りに冨士に寄りなさい。」

「は?」

からかうような白神姫命にあせっている玉に、空の女神も続ける。

「そなたの神祖の玉響殿のさらに御神祖神たる

木花咲耶姫神(このはなさくやひめのかみ)は

火の中でお子を無事生みまいらせた。

そのご加護をいただくのには

冨士のお宮が一番でありましょう?」

「そう、3年もかけるのだからちーちゃんの負担も大きくなるものねえ。」

「・・・・ちー様にご負担をかけぬための3年だと申されていましたが・・・・」

あきらめたかのようにボソッと呟いた木霊の言葉に、

火の神である金床耶迦具土彦穂弟命が

やっと金縛りが解けたかのように体を動かすと呆然と呟く。

「冨士の宮?」

木花咲耶姫神、玉がその名を頂いた

豊吾田津媛命(とよあたつひめのみこと)など、

いくつもの別名を持つこの神は、桜の美しさを体現した神として

美しく儚いというイメージがある。

しかし、どうしてどうして。その行動は名に反して激しくて。

一夜で身ごもったことを夫に疑われ、潔白を証明するために

火をかけた産屋で無事3人の神を出産してのけたのだ。

母は強し。

以来、安産と子安神として人々に深く信仰されている

神でもあるのだ。そうして、霊峰冨士の神霊でもある

この神の本宮で加護を願うということは・・・

「つまり、やつは御子を?」

「やっとお分かりになりまして?」

やれやれといった顔の女神たちを呆然とみながら風の神も続ける。

「つまり、集いに欠席するのは、竜宮との盟約をごまかしたり

武闘神を隠したりするためなどでは、無いと?」

2柱の女神は声をそろえる。

「当たり前ではありませんか。」

そうして、交互に言い募った。

「あの子が、このような不義理をするのはよほどの

事情で、しかも千尋がらみでなくてはありえないこと。

だとすれば、答えなどおのずと見えるではありませんか。」

「ほんと、殿方ってす〜ぐ物事を堅苦しく、悪いほうへ

お考えになるのだから。困ったものねえ。」

「琥珀主殿をもう少し、信用されたらいかが?」

「そして、千尋の存在を。」

「そうですわよ。ちーちゃんがいるかぎり、シルベ殿が

秋津島に災いをもたらすことなどありえないのだから。」

畳み掛けるような女神たちに、先ほどから黙っていた翁神が口を開く。

「まあまあ、お二方とも、それくらいにされよ。」

そうして、ふっと顔を綻ばせると平伏している木霊を見やる。

「玉殿。」

「はい。」

「欠席届と眷属の件、了承したと伝えよ。

千尋姫命と会える日を楽しみにしている、と。」

「はい。」

「それからな。」

「はい。」

「自分のことは自分の口で伝えよ、とな。」

「・・・・はい。」

 

龍神の使いがその使命を果たし心底安堵した顔で退席したあと、

残された上位神たちは、それぞれの物思いにふけるかのように

しばらくの間沈黙が続いた。

そうして、翁神は他の上位神に向かいふっと呟く。

「やれ、めでたいことじゃなあ。」

神々は、はっと顔を上げる。

「まあ、お気の早いこと。」

「ちーちゃんの苦労と苦しみを思いやればめでたいと

浮かれてばかりはいられませんわ。」

そうして、みな心の中で感じていたことを火の神が口に出す。

「・・・あやつの子を何事も無く、あの娘が産めようか?」

そう、長い年月を生きて秋津島に君臨してきた上位神とて

神が娶った人間に子を産ませるという事例は

数えるほどしか知らなくて。神と人との婚姻として、

神々と人間社会の双方に有名な三輪山の龍神とて

結局は子を得た代償として、妻子ともども

手元におくことを許されない運命であったとか。

「・・・・」

「あさひ殿?」

「・・・前例はあります。」

「あさひ殿?」

「この秋津島にではありませぬが。」

「それは?」

「ほかならぬ、琥珀主殿のお母上が無事に産みまいらせられた。

そうして、今でも月宮で夫君に添うておられます。

・・・・とはいえ結局、お子とは離れ離れとなる定めだったのですが。」

くくっと、風の神は嗤う。

「あやつも親神に習うか?輪廻の理を曲げて得た娘だ。

その上、子までとはいささか欲が深いというもの。」

そんな風の神をたしなめる様に睨むと

空の女神は続ける。

「何れにせよ、新たなる神は天からの授かりもの。

まだ、定まったことではありませぬゆえ、

暖かく見守ることにしようではありませんか。」

「3年か?」

火の神の問いに空の女神が答える。

「あるいは、もっと。3年というのは、

あの子が妻の体の準備を整えるための時間でしょう。

子が授かるのは、もっと先のこと。

何れにせよ、このことは、他の神々には

内密にしたほうがよいと思われますが。」

まじめな表情の空の女神に対し、風の神は腕を組みながら

難しい顔をしてみせる。

「なんぞ、表立った理由が無ければ、邪推されよう。」

地の女神が悪戯っぽい口調で口を挟む。

「そこらへんは、翁様にうまくやっていただきましょうよ。」

「ふむ。翁殿?」

神々の話し合いを聞いているのか、いないのか、

ずっと目を閉じていた老神が、瞼を開く。

「あやつの選択は、我らが口を挟むことではないが・・・」

「翁殿?」

「・・・千尋と子と双方を失うという事態は避けねばのう。

やれやれ、あやつを縛る枷の細いことよ。

まるで綱渡りではないか。」

独り言のように呟くと、4柱の神の注視に気付いた翁神は続ける。

「前例を踏襲するとはかぎらぬ。あやつは常に

ぎりぎりの状態で、最後には

欲するものを手に入れてきたのだ。

我らにできることは待つこと、であろうな。」

頷く神々に、老神はしかし、わざと呆れたような顔を見せる。

「しかし、だ。あやつも相変わらずのことよ。」

「何がでございます?」

扇子で口元を隠しながら、地の神が訊ねる。

「いや、来春からの潔斎ならば、今回の集いには参加できように。」

「そういえば・・・」

はっと気付いたように険悪な顔になる2柱の男神は

「妻との時を邪魔立ていたすなということであろうなあ。」

いやいや、若い若い。

そう言って、呵呵大笑する老神に、顔を顰めつつ、

思わず苦笑を漏らすのであった。

 

 

おしまい

 

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スケープゴート・・・生贄の山羊

昔、ユダヤで年に一度人々の罪を背負わせて荒野にヤギを放していたとか。

そこから転じて

責任を転嫁したり、不満や憎悪を他にそらすための身代わり、の意味が。

ようは、自分に都合が悪いことを押し付ける相手のこと。

結論

よい子は、サボリの言い訳をスケープゴートにさせてはいけません。

琥珀主君、分かりましたか?

 

設定などの友林の言い訳は、もっと下にありまっす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

新たな神を産むために幾足りの女神が身を犠牲にしてきたのか、

知っているのは、高天原におられる神々だけなのです。

御子を作ることをたきつけていたリンさんは、

獣の化身なので、そこまで重く考えたことなかったのかも。

それに、実際に自分で経験しているわけじゃなかったし・・・

上位神達の心配は結局千尋云々というより、万が一に

千尋の命が新たな神の誕生との引き換えになった後の

琥珀主の動向でしょう。

琥珀主が宙無に眠りにつかない限り死なないはずのちーちゃんですが、

琥珀主よりも力のある神(もしかしたら、これから産まれてくる子?)に

殺されちゃったらその限りではないのです。

(だから、琥珀主は千尋への上位神の加護を必死で求めたんだけどね。)

でもさすがに、妊娠出産は、女にしかできない仕事で

そんな中で、できうる限りのことをして

万全な体制を整えようと彼なりに必死なんですね。

じゃあ、やめておけば?と思うけど、

千尋が小話17飛翔で口に出して願っちゃったから・・・

基本的に千尋の願いはすべて叶えることが

千尋の払った犠牲に対して自分ができる

せめてもの報いだと思い込んでいるからなあ。

 

というわけで、

まだ,月のものも安定しないうちに神人になっちゃった千尋は

竜穴で眠りにつきながら、ゆっくりと体を成熟させていきます。

そして、心も・・・

 

千尋が新たな神の誕生のための犠牲の山羊になりはしないか

と懸念している上位神方。

見守るだけじゃなくて、なんか手を打ってくれよ。

 

 

 

余談

*このお話に出てくる木花咲耶姫神の由来や

三輪山の龍神様についてのお話は、

日本の神話・伝承に基づいて書いてありまっす。