100のお題・ハウルの動く城より
036.機械の音楽
「きゃっ。びっくりしたぁ。」
ほこりがもうもうと立ち込める
『恐怖の部屋』の掃除中、
ソフィーは 箒の枝にひっかけて
小さな木の箱を落としてしまいました。
しまった、と思ったときはもう遅く
その小箱はほこりだらけの
絨毯の上に転がり落ちていました。
絨毯が衝撃を和らげてくれたのでしょう。
どうやら、小箱はどこも壊れてはいないようです。
しかし、油断はできません。なにしろここは、あの
魔法使いハウルの部屋なのですから。
繊細な魔法の道具だったらどうしよう。
ソフィーは、恐る恐る 小箱に手を伸ばしました。
と、持ち上げようとしたとたん
底が抜けたように片側だけ開き
突然、不思議な音楽がなりだしました。
驚いた拍子に小箱を落としそうになった
ソフィーは、慌てて持ちかえるとふたを閉じました。
そのとたん、音楽も止まってしまいます。
「あら?」
ソフィーは、もう一度ふたを開いてみました。
すぐに、音楽が鳴り出します。
それは、今まで聴いたこともないような
高く透明な感じのする不思議な音色でした。
ソフィーは嬉しくなってふたを開けたままききほれます。
でも、なんてことでしょう。
同じメロディーが繰り返し繰り返し流れるうちに
次第にゆっくりになってきて、とうとうとまってしまったのです。
「えっ、どうして?」
今度こそ壊れてしまったのかと、ソフィーの
顔は青くなります。
繊細な音楽が鳴る不思議な箱は
やはり、魔法の箱で、魔力はあってもろくにコントロール
もできない、(と思い込んでいる)
ソフィーが開けたせいで音楽が鳴らなく
なってしまったのでしょうか。
ソフィーはふたを開けたり閉めたりしながら
眉をしかめて、ため息をつきます。
どう考えてもこれはソフィーのせいで、
壊れてしまったとしか思えません。
となるとする事は、決まっています。
せっかく、煩いのがいないうちに、と止められて
いるのを承知しながら、忍び込んでいたのです。
どんなにいやみを言われることか。
それに、考えなしの長女のすることですから
大切なものを壊してしまうという可能性も
考えておかなかった自分が、やはり悪かったのです。
「あやまらなくちゃ。」
ソフィーは心を決めて、顔をあげました。
そうして、初めて、面白そうにソフィーを
見つめているハウルに気が付きました。
息を呑むソフィーにハウルは楽しそうに言います。
「あ〜あ、やってくれたね。
ペナルティーだよ、ソフィー。」
「な、なによ。そんなに大切なものを
あんな落っこちやすい所に置いておく
方だって、悪いじゃない。」
くすくす笑いながら近付いてくるハウルに
後ずさりしながら、それでもソフィーは
憎まれ口を叩きました。
だって、困っているソフィーを見て笑っている
ハウルになんて、素直に謝るのも悔しいのです。
それに、こういうときのハウルは
要注意なのですから。
「捕まえた。」
壁際に追い詰められたソフィーは、日の光を
集めたような金色の髪が視界を覆うのを
見つめます。左右はハウルの両腕に囲まれて、
目の前には今にも額がくっつきそうなほど
密着している、作り物の人形のように整った顔。
背中に感じる固い壁の感触に、ソフィーは
猟犬に追い詰められたウサギの気持ちが
分かるような気がしました。
くすっ
固まっていたソフィーはハウルの思わず
もれたような笑い声に、はっとして
ぷいっと顔を背けました。
その頬は髪に負けないくらい色づいていて、
ハウルは思わず横顔を隠そうとする
豊かなあかがね色の
髪をつかみ、そっと口付けました。
「・・・ごめんなさい。」
「何が?」
手に重さを感じるくらいたっぷりとした
髪の感触と香りを楽しみながら
ハウルは楽しそうに聞き返します。
「あんたが、こんなことするくらい
大切なものだったんでしょう。
壊してしまって悪かったわ。」
「こんなことって?」
「だから謝ったんだから嫌がらせはやめて。」
繊細な芸術家の作った大理石の彫刻をも
思わせる美しい指がソフィーの首筋をたどっていきます。
それに、びくっと反応してしまったソフィーは
恨めしそうに狡賢い魔法使いを見上げました。
「怒っているわけではないよ。」
「じゃ、なんでこんな意地悪をするのよ。」
ハウルは悔しそうに鼻をならすソフィーの首筋に
唇を寄せると、吐息とともに答えました。
「勝手に部屋に入ったことへのペナルティーは、別。」
ずっと捜し求めやっと手に入れたこの娘さんは
やはり一筋縄ではいかないくらい強い意志を持っていて、
どんなに拒否してもこの部屋を掃除する機会を
見逃しません。もちろん、ハウルもそんなに
奴隷働きが好きならば、とある程度は
好きにさせてはいたのですが、
今では、ハウル専用の仕事部屋になっている
この部屋については別です。
(もちろん、ソフィーと二人で熱いときを過ごす
寝室はちゃんと別に確保してあります。)
なにしろ、ハウル自身でさえ
かつて、興に任せて作り上げてきた
数々の魔法グッズをすべては把握しきれて
いないのです。中途半端に力のあるものや
うまく作動しない失敗作だってほうりだしてある
のですから、へたに掃除をされて、
この大切な娘さんを傷つけることにでもなったら
それこそ、大変ではないですか。
なのに、ソフィーときたら、そんなハウルの
気持ちなどちっとも理解しようとしません。
『あんたが、仕事をするたびにこもり続ける
部屋があんなにほこりっぽいのは我慢できないわ。
片付けるのはあきらめるから、
せめてほこりだけでもはらわせてよ。』
何度も、言われていたのですが
そのたびに『だめ』といい続けていたというのに。
ハウルは思わず噛み付くような勢いで
頑固なソフィーの、しかしはっとするくらい
華奢な首筋を吸い上げます。
「ちょっ、ちょっと、ハウル。」
そのまま、ひざ裏をさらわれてお姫様だっこを
されてしまったソフィーは、いまさらながら
じたばた暴れます。だって、まだ午前中も半ば、
気持ちのよい風の吹く小春日和の今日は
うち中の掃除をして、普段あまり洗えない
カーテンやソファーカバーなどの大物を
洗濯する予定なのですから。だから、このまま、
寝室へ攫われて行くわけにはいきません。
「あんたってば、お仕事どうしたのよ。
忘れ物なら早くもって行きなさいよ。」
確か、今日はこのところずっと取り掛かっていた
王様からの注文の品を届けて、作動を確認するのだ
といっていたはずです。
「ん〜。だってしょうがないだろ。それのせい
なんだから。だから今日は、実験は中止。」
さっき、届けを魔法で飛ばしておいたよ。
「え?って、まさか、これのこと?」
無意識に抱きしめ続けていた小箱に視線を
やったソフィーはもう、どうしたらよいやら、
途方にくれてしまいました。
「ご、ごめんなさい。わたしのせいなの?
どうしよう。あんたの立場が悪くなったら。
わたし、王宮へお詫びにいくわ。」
「いいよ。そんなこと。それよりお詫びなら
僕にしてよね。言葉じゃなくてちゃんと態度で。」
気がつけば、ここはつい数時間前まで
いたはずのベッドの上です。
ハウルはソフィーが抱きしめていた箱を
無造作に取り上げると、傍らの小机に置きました。
すっかり、『そっち』モードになっているハウルは
ソフィーが暴れなくなったのをいいことに
唇を奪おうと、顔を寄せます。
「・・・あんたってばなんで、泣いているのさ。」
ハウルは顔を顰めます。
「だ、だって。わたしってば、
またあんたに迷惑をかけちゃって。」
ほろほろと流れるソフィーの涙は、普段めったに
見せてくれない分、貴重ではあるのですが、
ハウルにとっては一番の弱点でもあります。
「だからさ、こんな箱のことなんて
今はどうでもいいんだってば。」
「よくないよ。ハウルってば今度の仕事かなり
がんばっていたのに。わたし、やっと
終わったってほっとしていたのに。」
「ああ、もう、だからね。」
泣き止まないソフィーにハウルはまいたっなあ
と自慢の髪をくしゃくしゃにかき混ぜると、
ため息をついて、ソフィーを抱きしめたまま
勢いよく体を起こしました。
「ほら。」
そうして、傍らの小箱を手にとり、なにやら
指先を動かすとふたを開きます。
♪♪♪♪♪〜〜〜
ソフィーは、聞こえてきた音楽に目を
見開くと、はっと両手で顔を覆いました。
「よかったあ。直ったのね。」
別に最初から壊れていないし。
心の中で舌を出したこのずるい魔法使いは
指の間からつぶやくソフィーをもう一度
押し倒すと、唯一見えていた額に
唇を落としました。
「安心したろ。ほら手をどけて。」
さっきから、あんたにキスしたくてたまんない僕を
いつまでじらすつもりさ。
ゆっくりと指を開いて、顔を覗かせるとそこには
美しい緑色の瞳に艶を含ませ、口角をわずかに
あげている憎たらしくもいとしい男(ひと)の顔が。
「直ったんなら、早くお仕事に・・・」
「却下!」
小さく掠れがちな声は、この美しい男の唇に
塞がれて、どこかに消えていきました。
そうして、ハウルのいうペナルティーをたっぷりと
思い知らされた後、ソフィーは今朝変えたばかりの
シーツの上で温もりに包まれながら、この魔法の音楽は
オルゴールというハウルの生まれ故郷にある
機械の仕組みをアレンジしたものだということを
教えてもらいました。サイドの下側にあるソフィーが気がつかない
くらい小さな取っ手を回すと、もう一度音が鳴るのです。
気に入ったなら、あんたにあげる。
そんなことを言うハウルにいやな予感に襲われます。
「これって、王様に頼まれていたんじゃないの?」
「違うし。もともとあんたにあげるつもりで作っていたんだよ。」
「じゃあ。」
ソフィーは思わず起き上がると涼しい顔をしている
魔法使いを睨み付けます。
「あんたってば、仕事サボったのね!」
これのせいで仕事にならないって言ったくせに。
このうそつき魔法使い!!
「だってこんないい天気に仕事なんかしたくないし。」
あんたを抱きしめてキスしたくなったから
帰ってきたのさ。
「ハ〜ウ〜ル〜!!」
ボスッ
ふわふわの羽がたっぷりつまった大きな枕を
あのしてやったりといった顔をめがけて投げつけてやると
ソフィーはさっさと身支度をして、中断していた
家事をするために部屋を出て行こうとしました。
そうして、羽枕を抱えてソフィーをうっとりと見つめている
この馬鹿魔法使いを振り返ると、
「あんたの、あの部屋の埃が一つもなくなるまで
あんたと一緒に寝てやらないからね。」
仕事サボったんなら、ちょうどいいから
自分であの部屋の掃除をしなさい!!
そういうと、足音も荒く部屋を出て行きました。
残されたハウルは、最初こそ
そんな〜と情けない顔をしているふりをしていたのですが
そのうち、また、くすくす笑い出しました。
だって・・・
「ソフィーは怒っているときが一番かわいいなあ。」
それに・・・
「それに、この箱のせいで帰ってきたのはうそじゃないし。」
ハウルは、嬉しそうにくすくす笑い続けます。
ソフィーはきっとまたこの小箱をあけて
音楽を聞いてくれるでしょう。
なにしろ、この箱にはふたを開けると
音楽が終わる前に、その人の一番大切な人が
訪ねてくる、という魔法がかかっているのですから、ね。
おしまい
いろいろあった後(友林の妄想の中では)
やっと落ち着いて思いを交し合った後の二人です。
いろいろ・・・については、いまだ文になっていません。
もうすぐ、DVDも発売されるし、ハウルのお話も
すこしずつ書き始めようかな。
つか、なんか友林のハウルはこんないたずら坊主です。
ソフィーを手に入れるまでは、けっこう腹黒だったんだけど。
(今でも十分、腹が黒い、か?)
気が強いようだけれど、根は素直で優しいソフィーは
いつもしてやられています。もっとも、ハウルにしてみれば
振り回されているのはこっちだぜ、とぼやくかもしれませんが。