100のお題・千と千尋の神隠しより

076. 別れの曲

 

哀しい曲?

あなたはそう感じるの?

でも、私にとっては一番大切で

そうして、大好きな曲なのよ・・・

 

そうね、もう、何年前になるのかしら。

わたしが、はくの比売神となる

ほんの少し前だったから

何年どころか、何十年も前のお話。

そう、始まりは夢からだった。

一時期なぜか、悪夢というわけでは

ないのだけれど、目が覚めたときには

いつもぐったりしているような夢を

繰り返し繰り返し見ることがあってね。

内容は、ぼんやりとしか

覚えていなかったのだけれど、

何かに呼ばれていて、

そこに行きたいのだけれど

どうしても行き着けない

という夢だったの。

パターンはいろいろだったのだけど、

たいてい女の人の泣き声から始まって、

私を呼ぶ声がだんだん大きくなってきて

その声があんまり悲しそうだったから、

どうしても側に行ってあげたくて、

道を探すの。

でも、いつも何かに邪魔されて、

行き着けたことがなくて。

起きたときにぐったりしている私に、

はくも、心配してね。

いろいろ調べてくれたのだけれど、

呪い(のろい)がかかっている

というわけでもないし、

他の霊の悪戯でも、

夢魔の仕業でもなくて、

原因がよくわからなかったの。

だから、はくが夢を見ないように

呪い(まじない)を

かけてくれると言ったのだけれど

どういうわけか、それも気に進まなくて、

しばらく様子をみたいってお願いしたの。

それで、ある日とうとう、

起きている時にも、

同じ声が聞こえてきて。

どこからか、女の人の泣き声がして、

悲しそうに私を呼ぶの。

「ちひろ、ちひろ。」って。

ねえ、呼んでるでしょ。

はくには聞こえないの?

そう、その声は私にしか

聞こえない声だったから、

はくにもお手上げだったのよ。

でね、それからしばらくたった日だった。

ある日突然、

無性に悲しくて悲しくて、

理由もわからないのに、

涙がとまらなくなってしまって、

そこでようやくわかったの。

薄情な娘はとうとう最後まで

親不孝のままだったのね。

はっと気付いたときは、

お父さんもお母さんも

この世界にはもう存在していなくて。

ううん、「存在」はしていたの。

2人とも黒い黒い光になって

森のすぐ側にある

あの家に戻ってきていた。

はくが言うには、死の間際に感じた

私に対する未練から

成仏できないのだろうって。

はくってば、ちょっぴり怒っていた。

別れはすませてあるはずなのに、

まだ私を悩ませるのかって。

私を奪った運命を、神を、

呪った魂は不浄の存在で、

おまけに死に際に会いにいかなかった

私への呪いまで含んでいるといって、

はくは、わたしが2人の側に行く事を

許してはくれなかった。

泣いて縋って

頼んだのだけれど。

すでにあの魂との縁(えにし)の糸は

切れているのだからって。

今更、姿を現しても私を私として

認識できないだろうからって。

だから、せめてお願いしたの。

私が弾くこの曲を

あの哀れで大切な魂たちに

とどけて欲しいって。

そうして、

そうしてね、

黒かった光が少しずつ色を薄くして、

本当の輝きを取り戻すまでの1年間。

毎日この曲を弾き続けたの。

はくは、わたしが2人に会うことは

許してはくれなかったけれど

毎日毎日この曲を

2人の元へ届けてくれて、

そうして、ある日ふっと

小さな光の泡になって

空に上っていったと教えてくれた。

2人ともに小さな光になって

最後まで、

仲がよかったって。

私の弾くこの曲が

お父さんとお母さんの魂を

無事、輪廻の流れまで

届けたのだろうって。

 

だから、心配しなくていいのよ。

この曲を弾くときに、

涙が流れてしまうのは、

哀しいからではないのだから・・・

 

 

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割り切って生きていけても、

割り切って死んでいける人は

少ない、かも。

せめて、死ぬ前に一目、

というのは親としては

当たり前だと思います。

このお題を見てから

ずっと、千尋と両親との

本当のお別れの場面しか

思い浮かんでこなくて。

でも、あの龍神があの親に

千尋をもう一度あわせてあげるか

というと、ん〜無理?

昔から神隠しにあった人間は

2度と戻ってこないのがセオリーだし?

そんなこんなで、

こんなお話になってしまいました。

まあ、結果よければ・・・

ということにしておいてください。