100のお題・指輪物語(原作)より

086. 忍ぶ

「エオウィン様、どうかもうお休みくださいませ。」

子供の頃から仕えてくれている侍女の言葉も

耳に入らないかのように、現在ローハンの仮の

主となっているエオウィン姫は物思いにふけっていた。

思えば、世継ぎの君であり、いとこのセオドレドの訃報を

聞いて悲嘆にくれたあの時から、まだ1週間とたっていない。

しかし、あの時の暗澹とした絶望から比べれば、

今の心配と苦しみなど夢のような幸せといっても

いいかもしれない。この誇り高いローハン王家が

あのまま、口先だけの卑怯で悪賢い蛇の舌の

思うままに朽ち果てていくのかもしれないという

恐れが消えた今、無事にセオデン王と兄エオメルの

勝利と帰還を祈ればいい、今の境遇は信じられないほどで。

ことに、父とも主君とも慕っていたセオデン王、

つい先ごろまで、まるで今にも儚くなってしまいそうなほど衰微

しておられたお方が、再び剣をとり、馬を駆けて

このローハンを救うため戦に赴いてくださったのだ。

「あのお方のおかげなのだわ。」

エオル王家の姫君は呟く。

そうして、身の内を誇らかに走る自身の血筋を思った。

できることなら、国民(くにたみ)とともに、この砦にこもるのではなく

ともに、戦いに赴きたかった。しかし、王から

鎧と剣を授かり、王家の一員としての務めを果たすこと

今、自身があるこの立場も、長い間望んでいたことではないか。

「姫様、長い道中、民を導いてやっとこの砦にたどり

着かれたばかりではありませんか。どうか、その甲冑を

お脱ぎになり、お体をお楽になさってくださいませ。」

僅かな水と食料以外のものをすべて捨てさせ、徒歩(かち)で

この馬鍬砦まで避難する女、子ども、それに年寄りばかりを

率いてくるのは、並大抵のものではできなかったであろう。

力ある男達はみな剣や槍をとり、馬や徒歩で彼らの王に

従って戦に赴いていったのだ。残されたものの不安と不満

をおさえ、一人の脱落者もなくこの砦に避難させることができたなど

ある意味奇跡に等しいことで。なのに、この姫は当たり前の

ようにやり遂げたのだ。その功績を当たり前のものとし

評価してくださるものが一人もないのは、情けないことではないか。

幼い頃から、この主に仕えて、その思いも誇りもそうして、

弱ささえも知り尽くしている侍女からみれば、痛々しいばかり。

しかし、このエオル王家の姫は言うのだ。

「セルナ、今、砦の防備についている守備隊の

責任者を呼んでちょうだい。」

「姫様。」

非難の声をあげる侍女に、僅かに微笑んで見せると

「守備隊の勤務状態を確認するだけだから。話が

終わったら、そなたのいうとおり休みます。」

侍女が黙って頭を下げ、部屋を出ようとした時

「それから、民の部屋割がすんだのか確認をして、

ああ、それといざというとき逃げ込む山中の洞穴の

様子も聞きたいから、やはりこの砦の責任者、ええと

たしかナンデスといったかしら。彼もお呼びしてちょうだい。」

「・・・かしこまりました。」

命を果たすために部屋を出て、扉を閉めようとしたとき

姫君の憂いに満ちた横顔が強く印象に残って。

セルマは切なく思う。

「ああ、セオドレド様、なぜ戦死なさったのです。

姫君をお守りくださるのではなかったのですか。」

言っても詮のないことではあるのだけれど。

姫君を立たせているのは誇りという一本の棒で、

固く強護に見えても、衝撃で簡単に折れてしまいそう。

セオドレド様の戦死の報を聞いたときの

姫君のお顔を忘れることができようか。

セルマはため息をつく。そうして姫を一刻も早く休ませるため

命を果たすべく、砦の階段を下りていった。

 

エオウィンは微笑む。

神はこのローハンをお見捨てではなかった。

セオドレドを連れ去られたかわりに、エレンディルの

お世継ぎを古より蘇らせ、このローハンを奮い立たせて

くださったのだから。

ああ、馬で、ローハンの平原を駆けていきたい。

そう、私もいつか、あのお方とともに

馬を並べて進軍しよう。

それまでは、殿の命じられたとおりの務めを果たさなくては。

あのお方の側にあっても恥ずかしくないように。

 

 

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エオウィン姫については

かなり妄想はいっています。

映画では、アラゴルンたちも一緒だったけど

原作では、戦いはヘルム峡谷で、エオウィンたちは山中にある

馬鍬砦というところに避難させられていたのよ〜ん。

原作で、残された国民を誰が率いればいいかと、王が訊ねた時

ハマが言った、「エオウィン様は恐れを知らず、勇敢であらせられます。

すべての者が姫君をお慕い申し上げております。われらの留守中

姫君をエオルの裔(すえ)の統治者になさってくださいませ。」

(注、二つの塔・上、瀬田貞二訳 評論社より)

という言葉から妄想が始まってしまったのん。

この、ハマッつう人もいい味だしているよね。