10万HIT記念企画・無謀にも「七粒ノお題A」に挑戦してみよ〜
07・溶けてなくなる恋ならば
「信じられない。」
手近にあった看板に縋りつくように体を預けると、
来た方向に視線を向けながら激しい息の合間に呟く。
本日2度目の全力疾走にがたつく足は
もう一歩も歩けないと訴えていて千尋は
ずりっとその場にしゃがみこんでしまった。
シンジラレナイ、アンナトコロデアンナコト・・・
しかし、一番信じられないのは確かに動揺している自分自身で。
千尋はくっと俯き唇を噛むと、膝に顔を埋めて蹲まる。
圧倒的な勢いで千尋の思いを呑み込もうとする現実は
脳裏に繰り返しあらわれて、そうして思い知らせされるのだ。
こうして蹲っていても誰も来ない、ということを。
千尋のために差し出されるあの白い手はないのだ、ということを。
ひしひしと体を包み込む一人ぼっちの現実は、
あの大きな手を取りさえすれば簡単に
消え去っていくだろうということはわかっているのだけれど。
千尋を好きだと叫ぶ男に身を委ねさえすれば
人並みな幸福と言える人生を過ごすことができる
ということも重々わかっているのだけれど。
だけど・・・
「声が違うの。」「手も違うの。」
纏う空気そのものが、存在そのものが全く違うのだと。
ほふっと大きくため息を付いた千尋は顔をあげる。
「私はハクのものだけど・・・」
そうして、うんと頷くと勢いよく立ち上がり、
シャンと背筋を伸ばすと空を見上げた。
ビルの谷間にある狭い空は街灯りに邪魔されて
星影さえもみえないけれど。
「決めた!」
カララン
「いらっしゃいま・・・なんだお前か。」
「うん、また来ちゃった。」
「こんな時間までこんなとこうろついてんじゃないよ。
それに、客がいるときに店にくるなっつっただろ。」
狭い店ながら熱気でむんむんするほどに満席の客は
一斉に視線を向けるとドアを背景に立つ人間の娘と
ちょっとばかり有名な女狐のバーテンダーのやり取りを
好奇心いっぱいに見守る。
そんな油屋の客筋と似たような霊霊たちがひしめく客席を
ちらっと見やると、千尋は臆することなくカウンターまでまっすぐ歩いていく。
「な、なんだよ。」
視線を逸らさず近寄ってくる千尋に、先程とは顕かに
異なる目力に圧倒され、リンは僅かにたじろぐと眉を寄せる。
「お客様に迷惑だから、帰れ。」
「リンさん。」
しっしっと手を振るリンににっこり笑った千尋は
カウンターに手を付くと身を乗り出す。
「な、なんだよ。」
「ハクのいる場所教えて。」
「はぁ?お前なあ。さっきも言っただろ、んなのわかんないよ。」
「じゃあ、ハクみたいな竜のいそうなところ教えて。」
ますます笑みを深くした千尋に、心持ち身を引くと
リンはもう一度帰れというようにブンブンと手を振る。
「だから、知らないって。」
「そう、じゃあいい。お客さんたちに聞くから。」
そういうと、手近に座る編み笠を被ったずんぐりとした男霊のほうを向く。
「うわっ待て待て待て。」
声をかける前に慌てて遮ると千尋の腕をひっぱり
客の物の怪から引き離す。
「いったいどうしたんだよ。お前おかしいぞ。」
「うふふ。」
「第一、ハクの野郎のことなんて誰も知らないっつってんじゃん。」
「知らなくてもいい。私が探すから。
竜が好きそうなところってどんなとこ?」
「はぁ?」
リンは頭をガシガシ掻くとまじまじと目の前の人間の娘を見つめた。
ほんの数十分前に店を出て、そうして物の怪道に迷い込み
さらには人間の男に言い寄られて、逃げ帰ったはずの小娘は、
まるで違う人間になったかのようなオーラを纏っている。
「お前、さっき人間の男にこくられていたんじゃないのか。」
あいつにしとけと続けるはずの言葉を遮るように千尋は笑う。
「アア、あれ見てたの?にくったらしいよね。」
「おまっ、そんな好意を寄せてくれるやつに何を言いやがる。」
信じられないとばかりに目を細めるリンを無視するかのように
千尋は上を向くと半瞬後そのまま視線を戻し、小首をかしげた。
「私なんて好きって伝えることさえできないのに。」
「はぁ?」
「ほんとにくったらしいったら。所構わず
人目の気にしないであんなこと言うなんて、羨ましすぎ。
おかげで私も我慢できなくなっちゃったじゃない。」
「は?」
「だから、待つのは止めて探すことにしたの。」
「はぃ?」
「やあだ、リンさんさっきから変な合いの手ばっかり。」
「お前、探すって、人間に竜なんて探せるもんか。」
「見つけるよ。」
「だから無理だって。」
「見つける。」「だって、ハクは私のものだから。」
「へっ?」
「だから、ハクは私のものなの。」
「・・・」
呆然と口をあけているリンに千尋は
先程までの笑みを消すと真剣な顔で続ける。
「早く探してあげなくちゃ。あの人ってけっこうオロカだから。」
また、なんかの罠にかかって私に会いに来たくても
来れない状況にあるんじゃないかしらって思うのよね。
ほんと手間がかかるったら。
うんうんと頷いている千尋をリンは呆れたように眺める。
「だけど、やっぱり世界は広いじゃない。効率よく探さなきゃ。」
ほんとうかうかしているとお婆ちゃんになっちゃう。
そう言うと、くるりと後ろを振り向いて声を張り上げた。
「お客様方の中でどなたか、白い竜をご存知の方いませんか?
油屋で帳簿係りをしていたハクって呼ばれていた竜です。」
「千尋、お前・・・」
ざわつく客席を見回している千尋にリンは小さく声をかける。
「ダメでも探しに行く。こっちに戻ってきていると思うから。」
「なんで、わかるんだ?」
「本人が戻るって言ってたしそれに、なんとなく感じるの。」
「感じる?」
「うん。」
「・・・愛の力ってやつか?」
どこか遠い目をして呟いたリンを肩越しに振り返ると
千尋は嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ、そうかも。」
リンはお手上げというように天井を見上げる。
「・・・西だ。」
「え?」
頭だけでなく慌てて体ごと向き直った千尋を
狐妖は諦め含みの温かい眼差しで見つめる。
「はるか西。鎮西で一番高い山裾にある鍾乳洞・・・」
先程の自分のように呆然としている娘にリンは肩を竦める。
「・・・らしい。」
「え?リンさん?」
「それ以上は知らない。そこで何してるのか、どうして、お前を
守るのに式しか寄越せないのか詳しい事情なんか知らない。
本当にそこにいるのかってことも確かじゃない。」
リンはそう言うと千尋の瞳を不機嫌そうに見つめる。
「止めとけよ。」「竜なんか追っかけたって幸せにゃならないぜ。」
一瞬後、目を見開いた千尋は眉を寄せるリンにカウンター越しに飛びつく。
「リンさん!リンさん!ありがとう、大好き!」
そうして、そのままの勢いでぴょんと飛び降りると
霊霊にむかって深々とお辞儀をした。
「お騒がせしました。」
「行くのか。」
ポニーテールが落ち着く間もなくドアに手をかけた千尋は
くるりと振り向くと幸せそうに笑う。
「うん。リンさん、またね。」
顔の横に軽く手をあげ挨拶をする千尋に
リンは苦笑するとピシっと右腕を伸ばす。
「グッドラック!」
にこっと笑った千尋はカラランとドアを開ける。
そうして重いドアがバタンと閉じると同時に
祝福の鐘のように高く澄んだ音が響き渡ったのだった。
妖怪御用達のバーフォクシー。
この夜の出来事は噂好きの霊霊の間で
いつまでも語り草となったという。
そうして、数十年後。
世慣れぬ半竜の少年が初めてのカクテルを前に
あの人間の娘と同じ席に座って、嬉しそうに
常連たちの話に耳を傾けていたのだそうだ。
おしまい
10万HiTありがとうございました。
記念とはいえ趣味に走った話ですみません。
実は私、土曜夕方FMラジオでやってる「アバンティ」のファンだったりします。
ああいう、バーでグラスを傾ける優雅な時間を過ごしてみたい。
(ってわかる人しかわからないこと書いて、またまたすみませ・・・)
七粒ノお題を元に作ったお話ですが、
たった一晩の、しかも1時間足らずにあったことなのに、
完成まで一月以上もかかってしまいました。
最後、どんなもんでしょう。
やっぱ、千尋さんってこんな感じじゃないですか?
私、待つの。
っていつまでも待ってられるか〜
とちゃぶ台ひっくり返しちゃったよ、おい。
この後どんな困難が待っていたとしても、
千尋さんって勢いで解決しそうです。
・・・なんか、うちのサイトの女性たちってたくましいね。(遠い目)
こんなサイトですが皆さま、どうぞこれからも末永く
お付き合いくださいますようよろしくお願いいたします。
(ぺこり)