10万HIT記念企画・無謀にも「七粒ノお題A」に挑戦してみよ〜

 

06・穢れを知らないその肌に

 

「おっと、見ろよ千尋のやつ、

あれでも全速で走ってるんかねえ。

あの男のセリフじゃねえけど

かっわいいなあ、顔真っ赤だぜ。」

「・・・」

「本人睨みつけたつもりだろうけど、

あんな潤んだ瞳で上目遣いされちまえば

諦めるどころじゃねえよな。」

「・・・」

「な、知ってるか?人間の女って

どっか父親と似たような男と

結婚する傾向にあるらしいぜ。」

「・・・」

「あの無神経で楽天家なとこなんか、

あいつの父親にそっくりじゃねえか。」

「・・・」

「千尋もまんざらでもなさそうだし、

似合いのカップルってとこだな。」

「・・・」

「こりゃ、千尋と会えるのももう僅かかもな。」

「・・・」

「ん、行ったな。いいか、

手ぇ離すっけど何もすんなよ。」

「・・・」

「ったく、状況判断もできねえ、ファジー機能も

ついていないような式、飛ばしてんじゃねえよ。」

「・・・」

 

艶やかな長い髪を首元できりりと括り、

その白い顔を次々に彩っていくネオンに

縁取られながら背筋を伸ばして立つ

男装の麗人は、まるで死神が釜を振り下ろさん

とするかのような力を、全力で止めていたままの形で

固まっていた腕を下ろすと、長いため息を吐く。

何事かわめきながら友人らしき集団に

引き摺られていく人間の男は、

そこの辻を曲がった闇道で黒焦げになっている

物の怪と同じ運命を辿るところだったなどとは

思いもよらないだろう。

「あんたそれで千尋を守ってるつもりか。」

箍が外れたとでも言うべきか。

おそらく千尋を襲おうとした物の怪を

屠ったことでその性(しょう)が暴走し

気が立っていたのであろうが。

 

「千尋の幸せを考えてやれよ。」

 

人間と物の怪は本来

交わってはならない世界を生きる。

あちらの世界に迷い込んでくる人間が

いないわけではないが

たいていは異質な存在として『世界』に

排除され消え去ってしまうか、

あるいは千尋の両親のように

全く異なるモノに成り下がってしまう。

千尋のように本来の性を失わず向こうの世界に存在し、

しかもこちらの世界に戻れたものなどごくごく僅かなのだ。

しかし、引き換えに千尋は

本来あるべき『世界』とは

ほんの少し異質な存在になってしまった。

聖性を帯びた魂は、混濁した

人の世の渦の中で浮き上がり

あるべき『世界』と馴染めないまま、

そうして、再び本来見えるはずもない

『世界』と繋がっている。

そう、『人間』にはリンの姿など見えないはずなのだ。

あの店を見つけることなどできないはずなのだ。

 

「あの男なんて良さそうじゃんか。」

 

もっとも、その魂を本来の人間の世界に引き戻すには

ある意味非常に簡単ではあるのだ。

聖性が穢れを帯びればよい。

即ち、千尋がその純潔を失ないさえすれば、

その魂はもう一度世界と馴染むことができる。

 

「千尋の幸せを考えてやれよ。」

 

こちらの世界に雑じりこみ、

とはいえ人間たちとはあきらかに

異なる世界に生きる物の怪は、

その唇から呟きを零す。

ほんの小さな呟きは

どこぞの地よりこの場を

眺めているのであろう竜に

言い聞かせるかのようで。

そうして、ゆっくりと唇を引き結び、

ぼんやりとその境界を滲ませると

その場からふっと消え去った。

 

 

 

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リンさんったら、牽制しているのか煽っているのか。

次で最後。