19999HIT記念リクエスト小説(Hanako様リクエストによる)

*龍神シリーズ第2部第2章3を、もう一度お読みくださると

話の流れが掴みやすいかも、です。

 

リンさんの秘め事

 

ほれ、もっと飲めっ。

せんの代わりに、ムサイお前らで我慢してやってんだから

ちゃんと最後まで付き合ってもらうぜ。

ほんっと、潤いがねえったら・・・

ああ?

しょうがねえだろ。

毎年ここに来るってことにして、

師匠の招きを断ってんだからさ。

冗談じゃねえつうの、

あんなエロじじいの相手なんか正月早々やってられっか。

ん?

酒の肴に聞かせろってか?

・・・まあ、いっか。八百万の神々の在りようの参考に、な。

しかし、お前らも苦労するねえ。

竜宮から来た早々、主に役目を押し付けられて

肝心の主は妻と竜穴に篭ってるってか。

やってらんないのは、あんたらじゃねえのか?

まあ、好きで仕えてんだったらいいけどさ。

ああ?

わかったから、せかすなっつうの。

 

・・・・・・・・・・

 

「ってめぇ。その汚い手をせんから離せ!

ふざけんな。花嫁に対して仮にも

名のある神の眷属のすることか。

酔い覚ましにぶっとばしてやる!!」

言うと同時に突き出したリンのこぶしは、

その化け狐をものの見事にふっとばす。

ガッシャ〜ン

「きゃあ、リンさんってば。抑えて。」

「離せ、せん。もう一発殴ってやんなきゃ気がすまねえ。」

退席しようと千尋の手をとり、回廊を曲がったとたん

酔った振りをしたとある神の使い魔である狐の化身が

すれ違いざまに千尋に抱きついたのだ。

とっさのことで、避け切れなかったとはいえ、

この宴席の主役に大切な花嫁を任せられた身としては

痛恨の出来事であり、しかも相手が予てから妙に

リンに対して絡んできていたやつであったので、

同じ狐の化身ということもあり、

事故ではなく確信犯的な嫌がらせだということは

丸分かりだったのだ。

 

・・・はくのやつに知れたらどんな惨事が起きることか。

こういうことが無いよう湯婆婆にも重々申し付かっていたというのに。

・・・むしろ、ほうっておいてはくのやろうに始末を任せてやろうか・・・

 

と一段と過激なことを考えながら、でも自分にとっても大事なせんを

汚されたような出来事に対して完全に頭に血が上ってしまっている。

 

相手にしなかった俺に対する嫌がらせを、

せんに向けるなんて許せねえ。

やっぱ俺の手でめっためたにのしてやる!!

 

懸命に止めようとしておろおろしているせんを感じながらも

リンの怒りは収まらず、壁にもたれて怯えているやつを睨み付ける。

まさか、この油屋の従業員であるリンから直接的な暴力での

報復がくるなど、考えてもいなかったのだろう。

おまけにリンの放ったパンチの強烈なこと、

相手はすでに酔いなど吹っ飛んでしまったようで、

怯えて壁にすがり付いている状態で。

「おら、立てっつうの。」

しかし、襟首を掴んで腹にもう一発食らわせようとしたところ、

突然現れた神にその手を背後から掴まれてしまったのだ。

「そこまでだ。我の顔をつぶしたこやつには

我から罰を与えるゆえ、その手を離せ。」

そう言うと、手を振り、お前は先に戻っておれ、と、

たった今リンが報復しようとしていた狐の化身を

さっさとこの世界から飛ばし去ってしまったのだ。

そうして、突然の乱入に呆然としているリンたちを見て、

煌びやかに盛装している巨大な稲荷神はにっと笑む。

リンよりも頭二つ分ほどはでかいであろうか。

引き締まった巨大な体格に、ちょっと下品なくらいの

キンキラ金の衣装が妙に似合っていて一見するとどっかの成金の

御曹司という雰囲気ではあるが、瞳に纏うその深さは

外見を裏切っていて、侮ってよいような存在とも思えない。

年のころは青年と中年の境目といった感じなのだが、

その実年齢など計り知れないほど

長く生きていることは間違えないだろう。

この油屋で長年接客をしているリンはそれだけのことを

瞬時に見て取ると

さりげなく、千尋を背後に庇った。

稲荷神は、にやにやしながらリンより頭二つ分ほども

上にある顔を屈め、その顔をまじまじと眺めてきた。

リンは気おされたように半歩下がるが、

そこで踏みとどまると、しかし気強く睨み返す。

「お客様。お連れになるならばしつけのきちっとした

眷属になさってくださいませ。」

いやみを込めた抗議に稲荷神は頭をかく。

「おお、すまなかったな。あれは、わしがそなたのことを

意識していたのに、やきもちをやいて、な。」

「は?」

「ふむ、ますます惚れた。よいな、その顔。

どうだ、そなた、我の眷属にならんか。」

わけのわからないことをぶつぶつ言われ、あげくにその場で、

唐突に眷属になることをスカウトされたリンは

胡散臭そうな目で稲荷神を見る。

この稲荷神は正式名称を鼻顔稲荷大明神

(はなづらいなりだいみょうじん)といい、

稲荷神のうちでもかなり神格が高く、秋津島3大稲荷の

次席を務める一人だ、ということだけは

女中頭の知識として頭に入っている。

たしか昨日が初めての投宿で、出迎えにはでたものの、

直接的に言葉を交わしたのはこれが初めてのことなのだ。

「はい?お客様、ご冗談はお使いになる

眷属の諸氏くらいになさってくださいませ。」

そんな神の言霊は、それなりの効力を持つはずで、

しかし、気が立っているリンは鼻であしらうと千尋の手を取る。

「ごめん、せん。

まさか、この席にあんな命知らずのアホがいるとは。

ああ、それにしても早く部屋に戻って穢れを落とさなけりゃ。

あんなやつに触れさせるなんて、

ほんと、俺としたことが・・・」

「リンさんってば、気にしないで。」

傍らのでかい稲荷神を完全に無視して、

膝につくくらい頭を下げたリンが、顔を上げようとしたところ

背後からの極寒の声に、思わず体が固まる。

「よい。千尋は我が連れて行く。」

「はく。」

「はく・・・様。」

そうして、千尋に関してはどんな些細なことも

見逃さないこの龍神は

リンを無表情に見ると、千尋をその手から

奪い取って、さっさと行ってしまったのだ。

ちっ、取り付く島もねえってやつだな・・・

取り残されたリンは立ち尽くして、その後姿を見送る。

「はくってば・・・」

次第に小さくなっていくせんの声もむなしく響いて。

 

・・・それも無理はねえか。・・・俺のミスだしな。

それにしてもあの野郎、もう一発殴っておくんだった。

 

わなわな震えながら肩を落として俯いているリンは珍しく落ちこむ。

ウォッホン

そんな様子を廊下の片隅で眺めていた稲荷神の

わざとらしい咳払いに、リンははっとすると気を取り直した。

「何だ。まだいらしたのですか。どうぞ宴席にお戻りくださいませ。」

それでも女中頭の矜持から、言葉だけは丁寧に言うと

主役が抜けた宴席に戻るために足を出そうとした。

「まあ、あわてなさんな。」

「ってめ、何しやがる。」

しかし、稲荷神は素早くそんなリンを横抱きに抱えると

近くの空き部屋に連れ込んでしまったのだ。

 

・・・・・・・・

 

「そ、それで、どうなったんだよ。」

わくわくといった調子で聞いてくるヤ・シャにリンは杯を突き出す。

注がれた酒を一気に飲み干すとリンはふてくされたようにとぐろを巻いた。

「どうもこうも、油屋っつうのはそういうところでさ。

俺は、まあ霊霊のお相手は勤めたことがねえんだけど

霊霊の中には勘違いするようなやつも多くってさ、

こいつもそういうつもりかってんで、部屋に連れ込まれて

下ろされたとたん、ぶっ飛ばしてやろうとしたんだよ。」

 

・・・・・・・・・

 

「おっと。」

リンの拳をなんなく受け止めた稲荷神は

構えるリンの頭をその大きな手でぽんぽんたたく。

「手が早いな。まあ、落ち着け。」

そういうと、先ほどの続きで眷属になるようにと、

切々とリンを諭しだしたのだ。

手を出すつもりかと身構えていたリンは拍子抜けする。

確かにおいしい話であることは、話だけならば

充分理解できるが、しかし、この油屋に長年勤めているリンには

おいしい話には裏があるということもわかりきったことなのだ。

話半分に聞いていたリンもあまりのしつこさに思わず口を挟む。

「なんで、そこまで俺にこだわるわけ?」

「一目ぼれ、だ。」

「へっ?」

きっぱりとした物言いにリンは唖然としながらまじまじと

この稲荷神を眺めた。

そうして、ぶちぶち言い続ける内容にやっと耳を傾ける。

この稲荷神はそれでも、湯婆婆に掛け合ってみたらしいのだ。

この女中頭を床に呼びたいと。

しかし、リンは白拍子ではなく、契約外のことは

湯婆婆でも強制することはできないのだとか。

おまけに今は、もっと大切な役目を申し付かっている最中で。

湯婆婆にさえも、まったく相手にされなかったらしい。

直接的に口説こうか、と思っても

リン自身、腰が低いように見えて、

どのように力のある神に対しても

決して媚びようとするような娘ではなく。

自らの意思でしか動かないだろうということを

昨日からこっそり見守り続けた稲荷神にも理解できて。

背筋を伸ばして一人で立つ、プライドの高いこの娘を

どうすれば、自分のものにできるだろうか、

と考えた末の申し出らしい。

「で、眷属になって俺にどんな得があるんだよ。」

あほか、こいつ。

口説こうとする相手をいちいち眷属にするなど

聞いたこともない話だ。

金を積まれても床を共にする気などなく、

もちろん、眷属になることで自由を失う気もないリンは

すでに、言葉遣いさえも取り繕うこともしない。

そんな、つっけんどんなリンの態度に

稲荷神は嬉しそうに、やに下がる。

「そこはそれ、単なる床入りではなく、

もれなくわしの神気を注いでもらえる

という特典が付くということで、どうだ?」

「いらん。」

即答するリンに、稲荷神はそれでもめげずに言い続ける。

「まあ、そういうな。そなたは、このような場所で

燻っていてよいような輩ではない。

わしが目をつけたくらいだ。

きちんと修行をすれば、いずれは神籍に入れよう。」

そっぽを向くリンに稲荷神は、これでもかとさらに口説く。

「そうすれば、あの龍神とも対等に渡り合えるぞ。

千尋とか申す娘とも会いたい放題だ。」

下心丸出しの稲荷神の言葉ではあるのだが、

それには思わず反応してしまった。

「・・・せん、と?」

稲荷神はしてやったりとにっと笑む。

「そうだ。そなた、あの娘に惚れておるのだろ?」

「な、何言ってやがる。」

「隠さんでもよい。狐には、ま々あることだ。

障害の多い恋ほど燃えるってな。ふっふっふっ・・」

動揺するリンに稲荷神はとどめの一言を刺す。

「この油屋にいたのでは、いつになったら独り立ちできるか

わからぬぞ。神になれば、どんな小さな社とて、

そこは、自分ひとりの城だ。誰の言いなりにならなくてもよい。」

 

・・・・・・・・・・

 

「へ〜。そういうものなのですか?秋津島の理って面白いですね。」

リンさんが殿下と対等にやり合える訳がやっとわかりました。

ゲイ・リーが感心したように口を挟む。

「まあ、な。」

つっこみどころが微妙にずれている気がしないでもないがリンは頷く。

「そんで、結局リンはそいつのところに行ったわけ?」

ヤ・シャが、話を戻そうと、リンの袖を引っ張る。

「ああ。家神として独立するまで7年ほどな。

まあ、7年間いろんな勉強をさせてもらったぜ。」

そう、神としてのありようから、眷属の支配の仕方、

他神のあしらいかたから、自分を守ることの意味まで。

時には、真摯に守るべきもののために力をふるい、

時には、利用できるものをとことん利用する

神としての身の立て方をじっくりと見聞させてもらった。

だから、

「で、神気とやらももらったのですか?」

「・・・・ぁぁ。何回か、な。」

だから、この件も含めて後悔していない。

そうでなければ、どれだけ修行を積もうとも、

7年という短期間で一人前の神として

独立できるほどの神力を得られはしなかったであろうから。

まあ、独立するときに散々駄々をこねられて、

嫁になれ、とまで言い寄られたのにはまいったが。

今でも、時折しつこくプロポーズしてくるのにも辟易しているが。

どちらかというと、気のいいあの師匠を、

いいように利用したのは自分のほうなのだ。

もっとも、あの稲荷神は年の功からか、

そんなリンのあり方も含めて

すべてにおいて気に入っているのだから、

お互い様というべきかもしれないが。

「ま、秋津島の神っつうのは、持ちつ持たれつ

互いを利用したり、されたりしながら、

生きながらえているってとこだな。」

「共に手を携えて、ということですか?」

ゲイ・リーの言葉にリンは首を傾げる。

「・・・どっちかというと、てんでんばらばら、

自分のことは自分でって感じだけど?」

「いえ、崑崙のありようと比べると、ということです。」

リーの言葉にうんうん、と頷いているヤ・シャを見ると

リンは、肩をすくめる。

どこからそういう結論がでるのかよく分からないながらも

こいつらも、苦労してきたんだな、ということを

なんとなく感じたリンは、まあ、呑もうぜ、

と酒瓶を手に取り、3つの杯を満たしたのだった。

 

「ああ、それで、やっぱり、リンさんは姫君に惚れているのですか?」

「へっ?」

互いの話を肴に杯を重ね、これでお開きという最後の一杯を

飲みながらの唐突なゲイ・リーの言葉に、

リンは呑みかけていた酒をのどに詰まらせる。

そうして、苦しそうに咳き込んでいるリンを

いいことを聞いたとばかりに、

にたにたしながら見ているヤ・シャの肩を小突きながら

「あったりまえだろ。」

と開き直ったのだった。

 

 

 

おしまい

 

リクエスト目次へ

 

 

Hanako様、このたびはリクエストをありがとうございました。

いただいたリクエストは「リンさんが家神になるきっかけとなった詳しい話か、

千尋が潔斎に入っている3年の間の四人の武闘神との絡み・ロマンスの話」

ということでしたが、いかがでしたでしょうか。

リンさんは、ヤ・シャやゲイ・リーとはすっかり飲み友になってしまったようです。

ロマンスはちょっと無理っぽい?かも・・・

かわりに、かつて眷属として仕えていたあの方との意外な関係を

あけっぴろげなリンさんに、酒の席で語ってもらいました。

友林の脳内だけにあった設定を文にするきっかけをくださったHanako様に大感謝です。

 

ところで、リンさん秘め事って鼻顔稲荷様との関係?

いえいえ、そっちでは、なく・・・

もしかして、リンさんがちーちゃんに惚れているのって

内緒でもなんでもなかったか、かな?・・・

 

 

 

おまけの話

 

(ちょっと裏風味なので、お気をつけください。)

 

「おお、帰ったかリン。」

「げっ。なんであんたがここにいるんだよ。」

「相変わらずつれないやつだな。

どうだ、叶わぬ恋などあきらめて

いい加減わしの嫁にならんか。」

「あきらめるのは、てめえだっつうの。」

「おっと。」

「うわ、抱きつくな。」

「そういうな。ああ、そなたの匂いだ。

どうだ、久しぶりに気をやり取りせんか?」

「放せ!エロじじい。てめえは、それしか言えんのか。」

「照れるな照れるな。」

「照れてねえっつうの。こら、放せってば。」

バキッ

「おい、魔茄(まな)。さっさとこいつを連れて帰りな。」

「リンってば。鼻顔様が本気なのは承知しているくせに。

比売神に立ててくださるっていうのにどこが不満なの?」

「あのなあ。婚姻っつうのは双方の合意がなけりゃ意味ないだろ。

俺はその気がないんだっつうの、何回言えば分かるのかな?うん?」

「本当にはいやじゃないくせに。」

「嫌いじゃないぜ。師匠としても尊敬も感謝もしている。あっちもうまいしな。」

「なら。」

「嫁になれ、って言わなけりゃ、

たまには相手をしてやってもいいんだけどさ。

本気ならば、なおさらこの程度の気持ちしかねえやつを

相手にしてもむなしいじゃんか。お前もわかるだろ。」

「・・・リンってば。森の龍神ご夫婦のほうが特別なのよ。」

「・・・わかってるさ。ほら、さっさと連れ帰れ。まだまだ忙しいはずだろ。」

「鼻顔様が本気になったら、抗いきれないってこともわかってる?」

「・・・ああ。甘やかされているっつうことも承知の上だ。

それでも、譲れんものは譲れん。」

「・・・そなたのそういうところに惚れておるのだ。」

「ってめ。起きやがったのか。もう一発いくか?」

「ふっ。わしは諦めんぞ。そなたが、落ちるまで、な。」

「さっさと帰れ。」

グイッ

「うわっ、やめっ。」

・・・

「今日は、口付けだけで我慢しておいてやろう。では、またな。」

「っ、二度と来るな〜!!」

バキッ

リンさんの放った新年2発めの拳がものの見事に決まり、鼻顔稲荷大明神様は、

とても美しい放物線を描いて飛んでいかれたのだとか。

 

ちゃんちゃん