2009秋ハクセン祭り企画参加作品

*ハクセンを愛する皆様。

ようこそお越しくださいました。

このお話は、かなりオリジナル色が濃いものとなっております。

ハク様は、こちらの世界のとある場所に還って来てはいるのですが・・・

かなり趣味に走ったお話となっておりますがよろしければご笑納くださいませ。

 

それはありふれた御伽噺のごとく

 

ゆっくりと髪をすべる感触。

夢うつつの中、はっと意識が浮き上がり

しかし疲れきった身体はまるで赤子が母の胸に

憩うているかのような心地よさに抗えず。

早く目を開けなくてはと焦る気持ちは蕩ける様に鎮まっていく。

髪をなで下るその感触だけが意識の総てを支配して

そうして、再びとろりとした眠りの中に沈んでいったのだ。

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ざわめく闇に目を瞑り小さく息を吐くと浮き立つ気持ちを鎮める。

ありえぬと、あってはならぬと、

しかし己が総ての感覚が狂うほどの喜びに叫んでいる。

『・・・ああ・・・』

ありえぬはずの気配に向かい、ゆっくりと身をくねらせる。

近づくほどに気持ちがざわめき

痛いほどに鼓動が高鳴って。

そうして、瞳に映った光景に息が止まる。

虚空に浮かぶ月のごとく、闇を照らすその光。

「・・・ああ・・・」

転変をとき、ため息と共に密やかに吐き出された感嘆。

知らず頬を下っていく感触などもとより意識の上にも上らずに。

倒れ伏した少女の側にそっとそうっと平伏するがごとく跪き

幻燈のように浮かび上がる輝きにおずと手を伸ばしていく。

泥に汚れた丸い頬に浮かぶほんのりとした笑みの眩しさに

瞳に映すことさえも躊躇われて。

「ああ。」

伸ばした手をぎゅっと握りこみ無理やりに視線を外して

周囲の闇を見回すと深く息を吸い込んでざわめく闇に無言で命を下した。

そうして、引き寄せられるように戻した視線。

濡れた頬を恥じるように零れ落ちた髪を無意識に梳きながら

ほんの一瞬だけでも、と願ったその輝きを焼き付けて。

『ここに来てはいけない。』

抗えず手を伸ばし、思わず触れた髪の掌いっぱいに感じた儚く温かい命。

迷いを断ち切るように目を瞑る。

『こうして一目会えた。』

ただそれだけで。

再びの別れにたとえ魂が千切れようとも。

『戻りなさい。』

そうして、己の総ての力を注ぐように優しく光に包み込むと

そのままあるべき世界に押し戻したのだ。

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頬に当たる日差しの温もりに目を瞬くと小さく伸びをする。

ぼーっとしたまま上げた視線にキラキラと瞬く光と緑色が舞い散って。

映る色彩にぱっと眼を見開くと飛び起きた。

「やられた。」

夕べ真夜中、小さなヘッドライトを頼りに

倒れ伏したはずのごつごつとした岩肌と全く異なる場所。

見回せば、いつのまにやら昨日の明け方に

分け入ったはずの洞窟の入り口近くに戻っていて、

伏していた小さな棚は、まさに自然が織りなす造形美だと、

あくまで『天然の寝床だ』、と主張してしかし寝心地よく

柔らかく乾燥した苔の褥が敷かれている。

「こんなことしたって諦めないんだから。」

顔を顰めた少女はきゅっと髪をポニーテールに結いなおすと

薄暗い洞窟の奥に向って挑戦的な目を向けたのだ。

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どこまでも地下深くに繋がっていく

とある洞窟に足を踏み入れて三日目。

先の二日で学習した少女は口を引き結ぶと

絶対に寝ないこと。

横にならないこと。

這ってでも進み続けること。

と決意して再度の突入を試みる。

幾枝にも分かれた道筋のごつごつとした岩肌は、立ちすくむことさえ

許さぬような深い闇を纏っていて、少女が頼るちっぽけな

灯など歯牙にも引っ掛けぬほど。

それでも、少しずつ這いずるように闇を下っていく少女の、

その瞳はなにものをも恐れぬ強い決意を載せていて

一心に闇の先にあるものを見つめている。

「また会えるって言ったくせに。」

洞窟出口に程近い、苔の褥の中での目覚めに味わった

屈辱に近い苦味を思い出し唇をかみ締めると首を振る。

只待つのはやめるのだと。

会いにこられないというのなら私から行くのだと。

『鎮西で一番高い山の麓にある鍾乳洞』

ようやく辿り見つけたあなたの居場所。

教えてくれた、かの女(ひと)の諦め含みの

優しい眼差しに応えるためにも。

「絶対に諦めないから。」

たとえこの身が砕け散って魂だけになったとしても。

身体が疲労に負けるまでに辿る時間は同じでも闇に慣れつつある

身体が進む距離は確実に伸びている手ごたえがあるのだ。

「もうすぐよ、こはく。」

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『危ない。』

闇の中とがった岩肌につまずいて

そなたの脆い身体がまた一つ傷を負う。

その苦痛をただ見つめることしか敵わぬ

我が身がいっそう呪わしく。

なのに、そなたは澄ました顔で今もその身を削り続けていく。

命を守る術がつまっている背負っていた小さな荷物さえも

とうに放棄して憑かれた様に闇に挑む姿など。

『もうやめておくれ。』

空腹と疲労で困憊しているはずの腕の力を振り絞って

闇の中を這いずり足掻く姿などもう見たくはないのに。

『ここにきてはいけない。』、と。

もう幾度

かくり、とその身体が崩れ落ちるのを見守って

そなたの意識が失われる瞬間をただひたすら待ちわびて、

そうして、反する願いに砕け散る己が心に目を背け

そなたをあるべき世界へと押し戻したのだろう。

なのに、そなたは夜明けの光と共に再び、闇に挑むのだ。

『ああ、もうやめておくれ。』

・・・・・・・・・・・・・・・・・

『絶対にいや。』

あれからどれくらいの時間が経ったのか。

すでに時間の概念などなくなって、耐えられなくなった

疲労に濡れた岩肌に腰を下ろす。咽喉の渇きに

岩を濡らす水の滴を啜ると、ポケットから

取り出した最後の携帯食をぽりっと齧った。

「ねえ、こはく。」

シンと静まり返った闇の中。

奥底から聞こえてくる水音は

人一人が背を屈めてようやく通れるくらいの

洞穴(ほらあな)を下るにしたがって

少しずつ大きくなってきている。

と、額に巻いていた小さなヘッドライトの

灯りが、急に細く揺らめくとふっと消え去った。

「・・・電池終っちゃったみたいね。」

額に止めていたバンドを外すと、側の岩棚に置く。

闇を下るにしたがって少しずつ置き捨ててきた

人が文明の利器と呼ぶ物たちに、未練など無く。

闇が身体を押し包むのを感じると小さく笑んだ。

身につけた衣服以外の何物も持たず

只一心だけを抱えて立ち上がると瞳を閉じる。

そうして、ここ数日の闇行きで鋭くなった勘を頼りに足を進めた。

「ねえ、こはく。会いにきたよ。」

瞬間。

すっぽりと足元が消え去った。

「きゃあああ。」

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足の先が凍えるような感覚にふと目を瞬く。

『ああ、また寝ちゃったのかしら。』

諦め半分に上げた瞼の上。

思い描いていた日の光とは全く異なる光の点が

広がっていて呆然と目を見開く。

「あ、あれ?」

まるで星空が広がっているようなはるか頭上に煌く幻灯。

チャプリと足先を濡らす感覚にハッと身体を引き起こす。

「湖・・・?」

地下深くある湖を囲む岩肌のあちこちに張り付いている苔からは

ぼうっとした薄緑の光が微かに発せられていて

巨大な洞窟全体がキラキラと光を放ち、闇を引き立てている。

目を凝らすと真上の光の一角にほんの小さな穴が開いていて

どうやらそこから落ちたらしいと、なのに、痛みはどこにも無くて。

小首をかしげふと俯くと、知らず瞳が潤んでくる。

這い上がることなど不可能な高さと暗闇の圧迫感に

感じて当たり前の恐怖心など欠片も感じずに。

洞窟全体を包み込む気配に鳥肌が立つほどの歓喜が湧き上がる。

「・・・・」

湖の中央に佇む黒々とした闇から注がれるこの視線。

自然溢れた涙がぽたぽたと岩に落ちていって。

小さく息を吸い込むと、凝った闇に向って囁いた。

「・・・こはく?」

闇の中ズズッと何かを引き摺るような音が響きわたる。

「こはく、でしょう?」

水を挟んで傍に行かれないもどかしさに思わず立ち上がる。

じゃぶりと、勢いよく湖に駆け込むと1,2歩で腰まで

浸かり、予想外の深さに泳ごうと息を吸い込んだ。

瞬間、

湖面がざざっと波立ち、大きな波が押し寄せる。

あっという間も無く頭上で砕けた波に飲み込まれ

そうして、気がつくと温かい温もりに包み込まれていた。

「無茶をする。」

叱り付けるような温かい声に思わず涙が零れ落ちる。

「こはく。」

「千尋、泣かないで。」

「こはく。」

想像していたよりもずっと広くて温かい胸の中。

抱きしめてくる腕が微かに震えているのを感じる。

次々と湧き上がる感情が凪ぐまでの永遠に近い時間の間

そうして、互いに抱きしめあったのだ。

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・・・・・それから・・・・

地底深くに眠る水晶に囲まれた湖は

日々地上から積もり来る穢れを浄化するべく

今日もひっそりと水を湛えている。

闇の中、長い年月をかけて穢れを浄化し

再び地上に送り出す役目を背負った竜神が守る湖。

その水底に・・・

今日も今日とて、場違いなほどの賑やかな声が

清濁の混在する湖の底深くに隠された小さな宮に響き渡っている。

「・・・そうですか、母上は押しかけ女房というやつだったのですね。」

「あら。その言い方、お父様に迷惑そうに聞こえるのだけど。」

穏やかに笑っている父の膝の中に納まって、甘えるように

身体を丸めている姿は幾人もの子持ちになど見えない幼さで。

「父上も苦労されたのですねえ。」

「そうだな。」

思わずというように感慨深げにため息をついた父にぷうっと膨れた

母は、父の胸にもたれかかったままつんと顔を背けている。

「だってひどいのよ、こはくったら。」

何度も私を人間の世界に戻そうとするんですもの。

もう半世紀近く、地の底にあって日の光を見ていないにもかかわらず

ほんのり桃色の頬をした母はどこか上の空で答えると

庭で始まった妹達の喧嘩に気をとられたのかぱっと立ち上がり

父の伸ばした手にも気付かずに駆け出していく。

ぎゃあぎゃあと賑やかなわめき声に母の一喝が響き渡って

思わず肩を竦めると、所在無げに手を下ろした父を横目で眺めた。

「・・・本気で?」

あの光を手放そうとしたのか、と。

妹達とまるで姉妹のように騒いでいる母を見つめている翡翠の瞳は

温度を感じさせるほどの熱を帯びている。

「渡さぬよ。」

母を追っていた瞳をこちらに向け、そうして

ふと笑みを浮かべた父神の放つ気に、つと背筋があわ立った。

「分っております。」

旅立ちのときを迎えた息子にまで牽制するほどの執着に

生まれたときから慣らされて来た身には諦観とともに苦笑するしかなく。

頷いた父はそのまま立ち上がると母を追って歩き出す。

と、こちらを振り返り先程より柔らかい笑みとともに言霊を発した。

「・・・・・・・・・」

やがて近いうちに、この神域を旅立つことになっている息子に

向けられた餞(はなむけ)の言葉に半竜の少年は微笑む。

「だといいのですけど。」

「リン殿にはあるがままにお伝えいたしますから。」

父も母も幸せだと。

そうして二人はいつまでもいつまでも幸せに暮らしました、と。

それは、ありふれた御伽噺の結末のごとく。

そうして、父神の背中に向って頭を下げると、

旅立ちの仕度をすべく席を立ったのだった。

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おしまい

 

 

ちなみに・・・

こちらだけでも独立した話になってはおりますが

裏設定として前段階にこんなお話があったりしますので

よろしければ覗いてみてくださいまし。

 

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