50000HIT記念企画その2

 

言祝ぎの邂逅

 

 

その瞬間、音のない爆発が起きたかのように

眩いばかりの光りが部屋中に満ちた。

無意識に抱き寄せた小柄な体を庇うように背後に回し

そうして、真也は腕を挙げて光りを透かすように目を凝らす。

「リン、あんた何を・・・」

儀式の最後近く、無事に玉串を神前に添え、

定まった礼拝から頭を上げた時を狙ったかのような仕業は、

16年という時をかけ、この事態を仕掛け

待ち望んでいたはずの張本人によるものだろうと、

いくらなんでも、と思いつつも、

かの稲荷女神らしいという気もして。

長年の付き合いの気安さから、立場も場所も

頭から吹っ飛んで、思わず

出しかけた文句が不意に途切れる。

「え?」

光りの中に唐突に出現した存在は、

まるで古の神のごとく

夢のような装いに身を包んでいて、

青年は信じられないとばかりに目を見開いた。

シンと静まり返った式場に、気がつけば

己ら以外その動きをすべて止めていて、

透明に響き渡る鈴の音が空高くから降ってくる。

そうして、背後に庇っている少女が

こくりと喉をならすのを感じると

真也はそっとその手を引き寄せた。

そんな二人の仕草に、優しい笑みと

暖かい眼差しが静かに注がれて。

と、

さやさやとした静けさに小さな動きの波が起こる。

たった今、神の前に奏上し妻となったばかりの少女が

小さく身じろぎをし、止める間もなく一歩を踏み出す。

そうして、純白の花嫁衣裳の裾を捌きながら

すっと身を落とし跪くと、そのまま三つ指をついて、

神のおわす向こうから、光とともに

顕れ出でた女性に向かって拝礼したのだ。

そんな仕草に慌てて習った真也は、

しかし顔を伏せる事など思いもよらず、

長年、心の奥底にしまい込み、しかし決して

忘れることのなかった彼女(かのひと)の顔を

むさぼるように見つめ続けた。

どのくらいの時が流れたのか、

ふと気が付くと、彼女(かのひと)の

唇から妙なる音色が零れ落ちていて。

自失している真也にはその言葉が

意味を持って耳に入らぬまま、

しかし傍らにいる妻となった少女には

確かに届いているのだろう。

伏せていた顔を夫と同じように上げると、

光を見つめながら小さく頷き、

つと一筋の涙をこぼしたのだ。

「沙良。」

心配げな真也に花嫁は

わななく唇で微笑んでみせる。

そうして、発せられた言霊の響きが光となって

見つめ合う二人に静かに降り注いでいった。

 

と、

 

ガタン

 

さやさやとした光の波動が満ちる中、

突然の不協和音に、

真也は思わず膝立ちになり、

慌てて音のしたほうを振り向くと、はっと息を呑む。

後背の、時が止まっている人々の中、

唯一神意の影響を受けなかった壮年の男性が、

真也とよく似た表情で立ち上がって、

顔をまっすぐに向けたまま、

神前に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

そうして、まるで存在を忘れたかのように

唖然としている二人の側を通り過ぎると、

ためらうことなく光の中に入っていったのだ。

「父さん?」

思わずあげた大声に、光の中の少女は

つと視線を向け、大丈夫よというように

頷くと、すぐ側まで来た男に

そっと微笑みかける。

「父さん?」

瞬間、

急速に強く輝きだした光の波動に邪魔されて

まるで、映像の向こうの世界にいるかのように

光の中に佇んでいる二人の姿は

真也にははっきりと見ることも

かなわなかったのだ。

 

 

そうして・・・・

 

 

り〜ん

 

唐突に天上から響き渡った

一際鮮やかな鈴の音に、真也が

はっと心付くと、目の前に父が立っていた。

「父さん?」

父と呼ばれた壮年の男性は静かに微笑み

新郎たる息子と新婦たる娘の手を取ると、

ゆっくり立ち上がらせる。

「父さん?」

そうして、何かを確かめるかのように

もう一度神棚を振り返った。

同じように視線を向けた真也と沙良の目に、

自分達が捧げたばかりの玉串が写る。

先ほどまでの光はどこにもなく、

夫婦となったばかりの二人は

同時に夢から覚めたかのように

小さなため息をこぼした。

そうして、戻した視線の先に、

どこか老け込んだかのように

肩を落とした男の姿を見つけて。

「父さん?」

「お父様?」

かつて闇に呑まれたまま見失い、

そうして、今また光の中に見送った少女の姿を

瞼の中に焼き付けるように

目を閉じていた壮年の男は、

若い二人の声に顔を上げると、

吹っ切ったかのような笑みを与え

静かに自らの席に戻っていったのだ。

 

パン

 

男が打った拍手に、まるで今までのことが

無かったかのように、全てが動き出す。

なんの躊躇も無く自然に続けられる儀式の中、

典儀の声をぼうっと聞きながら、

真也は夢の中で会ったかのような

彼女(かのひと)の姿を思い浮かべる。

記憶の中そのままの、いや、

それ以上に若く美しく、

慈しみと愛情に満ちた表情(かお)は、

圧倒されんばかりに神々しくて。

 

そう、あの人は

『神の花嫁』、だったのだ、と。

今この時の、始まりは

確かにかの女神との

邂逅のおかげだったのだ、と。

 

自然に浮かんだ言葉に

瞼を伏せて頷くと、

真也はそっとため息を零した。

「真也さん?」

そんな気配を感じたのか

どこか不安げな響きを持って

微かに震える少女の声に、

真也は優しく視線を向ける。

先ほどの名残を留め、微かに赤い眦に、

溢れんばかりの愛おしさがこみ上げて。

そうして、重なる袖の影で、長い時をかけ、

ようやく自らのものとなった、

暖かく小さな手をぎゅっと握り締めたのだった。

 

 

 

 

おしまい

 

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本編第3部小話7をもう一度参照していただくと、

何の場面だったのか、わかるかと・・・・

 

仕上がってみると空也先輩、

じゃなくて

真也君視点のお話になってしまった。

でも、やっぱり真打は空也先輩でしょう。

躊躇うことなく千尋の元まで歩いていって

(つか、行けるということ事態、

彼の修行の賜物、

尋常じゃない力の表れなのですよ)、

彼女と何を話したのか、

彼は生涯語ることはありませんでした。

そうして、真也も沙良も

この出来事を胸に秘めて、

口に出すことはなかったのです。

 

 

ま、龍神様が聞けば、

怒りまくったに違いない内容なんですけどね。